連載戯曲
すみれの花さくころ(宝塚に入りたい物語)8
すみれの花さくころ(宝塚に入りたい物語)8
※ 無料上演の場合上演料は頂きませんが上演許可はとるようにしてください 最終回に連絡先を記します
時 ある年のすみれの花のさくころ
所 春川町のあたり
人物
すみれ 高校生
かおる すみれと同年輩の幽霊
ユカ 高校生、すみれの友人
看護師 ユカと二役でもよい
赤ちゃん かおると二役
かおるが戻ってきている。
かおる: ほんと、いいセンいってるわよ。
すみれ: かおるちゃん!
かおる: 本人に素質がなければ、体験版でもぎこちなくなるものよ。
すみれ: もう! で、八千草ひとみさんは?
かおる: ……九十五才のおばあちゃんだった。
すみれ: やっぱ、むつかしいのね。
かおる: プレッシャーかけるつもりじゃないけど。ほんと、すみれちゃん素質あるわよ。
すみれ: ありがとう……。
かおる: やっぱ宝塚は……だめ?
すみれ: ごめんね。
かおる: そうよ、そうだよね。でも、宝塚はともかく、なにか、その素質生かせる、音楽の先生とか……。
すみれ: うん……あたし、進路のこと思うと考えがまとまらなくなる。
これかな……と思った尻から違うって気持ちになってしまう。苦手なモグラ叩きみたいで、ゲームそのものから逃げ出したくなる。
そのくせ夏の夕立みたいに突然やってくるおもしろいことには、後先考えずにとびついて……。
かおる: 放送部とか、ソフトボールとか、演劇部とか、一人文芸部とか?
すみれ: 言わないでよ。これでも自己嫌悪。
それって進路と何の関係もなくって、人生の無駄になっちゃうんだよね。
ユカなんか、うらやましい。さっさと、志望校とか決めちゃって。
かおる: あたしもね、無駄って言われたんだよ、宝塚うけたいって言ったとき。
その宝塚の譜面とりにもどって死んじゃったから……親にとっちゃ無駄中の無駄だったんだろうね宝塚なんて。
……あ、これってよかった?(無対象の号外で紙飛行機を折っていた)
すみれ: え、いいんじゃない。ユカが持ってきた号外だから。
かおる: 号外……(紙面を見て)どこかで戦争がおこったのね。
すみれ: 関係ないよ、そんな戦争。
かおる: アハハハ……。
すみれ: なに?
かおる: わたし、だいとうあせんそう大東亜戦争の号外も紙飛行機にして叱られたんだ。
宝塚のことばっかり考えていて、お父さんが持って帰ってきた号外。
叱られながら思った「関係ないよ、そんな戦争」エヘヘ、でも、その関係ない戦争で死んでちゃ世話ないけどね。
……すみれちゃんもやってみな。号外の紙飛行機って、よく飛ぶんだよ。
すみれ: うん。
かおる: ……無駄って大事だと思うんだ。無駄の中から本物が現れる。
無駄かなって思う気持ちが、いつか自分にとっての本物を生むんだ。気にすることないよ。
すみれ: ありがとう……。
かおる: あたしもね、最初から宝塚だったんじゃないんだよ。
すみれ: え?
かおる: 最初は看護婦さん。今は看護師だっけ。盲腸で入院したときに憧れちゃって。
すみれ: それがどうして?
かおる: ちがう。ここはこう折るんだよ……よし! 飛ばしに行こう、春川の土手に!
すみれ: うん。
二人、無対象の紙飛行機を持って、春川の土手へ。
すみれ:看護師さんが、どうして宝塚に?
かおる: 昭和十六年に東京にオリンピックがくるはずだったんだよ。
すみれ: ほんと?
かおる: うん。で、あたし、陸上の選手に憧れたんだ。
でもね、戦争でオリンピックが中止になって、むくれてたらね、叔父さんがかわいそうに思って、帝国劇場に連れて行ってくれたの。
すみれ: 帝国劇場?
かおる: あのころは、宝塚の大劇場は閉鎖されてたから、そんなとこでやってたの。
すみれ: そこで宝塚に出くわしたんだ!?
かおる: うん、そこでビビっときたの。あたしの人生はこれだって!
すみれ: 運命の出会いだったのね!
かおる: うん。いくよ。いち、に、さん!
すみれ: えい!
手をかざし、紙飛行機の行方を追う二人。
すみれ: すごい、あんなに遠くまで……!
かおる: まぶしい……。
すみれ: 幽霊さんでもまぶしいんだ。
かおる: ……。
すみれ: かおるちゃん、色が白ーい……手なんか透けて見えそうだ(歌う)手のひらを太陽に、すかして見ればー♪
……どうかした?
かおる: ……始まっちゃった。
すみれ: え?
かおる: 消え始めてる……。
すみれ: 消える……!?
かおる: 幽霊はね、生まれかわるか、人につく憑くかしないかぎり……やがては消えてしまうの。
……早い人で死後数年、遅い人で千年……思ったより早くきたな……。
すみれ: かおるちゃん……。
かおる: これって、成仏するともいうのよ。だから、そんなに悲しむようなことじゃない……。
すみれ: いやだよそんなの。かおるちゃんがこのまま消えてしまうなんて!
かおる: 大丈夫だよ、すみれちゃんにも会えたし……。
すみれ: いや! そんなのいやだ! ぜったいいやだ!
かおる: すみれちゃん……。
すみれ: ね、あたしにのりうつって憑依って! あたしに取り憑いて!あたし宝塚うけるからさ!
かおる: だめだよそれは。そうしないって決めたんだから。
すみれ: あたし、素質あるんでしょ? あたし宝塚に入りたいんだからさ。ね、お願い!
かおる: 自分のことは自分で決める。そう言ったじゃない。
すみれちゃんは、まだ運命の出会いをしてないんだから、本心から望んでるわけじゃないんだから、そんなことするべきじゃないよ。
すみれ: おねがい、わたしに取り憑いて! FOR YOU 愛信じて……。
かおる: ありがとう、そこまで思ってくれて。温かい気持ちのまま消えていけるわ……動かないで!
消えていく幽霊のそばにいちゃあ、すみれちゃんまで影響をうけてしまう。
すみれ: かおるちゃん……。
かおる: あたし、川の中で消えていく……そうしたら海に流れて、いつか雨か風になって戻ってこられるかもしれないから。
……さようならすみれちゃん。あなたに会えてよかった……嬉しかったよ。
すみれ: かおるちゃん、かおるちゃん……!