大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・連載戯曲『あすかのマンダラ池奮戦記⑧』

2019-06-23 06:48:35 | 戯曲
連載戯曲
『あすかのマンダラ池奮戦記⑧』




 上手の藪から、あすかが飛び出してくる。手には件のメモリーカードとコントローラーを握って。 

あすか: 言ったじゃないか、神を信じろって! 
イケスミ: あすか!?
フチスミ: あすかさん!?
あすか: 今のは威力偵察なんかじゃない。本格的な攻撃の陽動作戦に過ぎない。主力は南よ! 南に何か途方もなく禍々しい化け物が潜んでここを狙っている。獣道を通っても、ひしひしと感じたよ!
イケスミ: ほんとうか!?
フチスミ: そのとおりよ。北に気をとられすぎていた……南に化け物……動き始めた!
あすか: 話は聞いた。消えかかっているんでしょ、イケスミさん。もっかいやろうよ。ほら、コントローラーとメモリーカード!
イケスミ: いいのか? 今度は命にかかわるぞ……?
あすか: 賢くなったの。二人を見殺しにしても、あの南の化け物は、あたしを認識している。ここをあっさりかたずけたあと、きっとあたしを殺しに来る。知りすぎてしまったかから。そのためには、もっかい依代になって戦ったほうが生き残れる可能性が高い。そう計算できるほどにね……って理屈つけたら納得してくれる?
フチスミ: アスカさん……
あすか: さあ、コントローラーを持って! あたしはメモリーカードを……え!?
イケスミ: どうかしたのか?
あすか: これ、ドラクエⅧ「空と海と呪われし姫君」のメモリーカード……鞄の中でごちゃになったんだ……これは、ラチェットアンドクランクⅢ……ファイナルファンタジー……メタルギアソリッドスリー……おっかしいなあ……
イケスミ: 度はずれたゲーマーだな……
フチスミ: だめ、もう、間に合わない!

 ゴジラの咆哮のような禍つ神の叫び声が聞こえる。

あすか: あいつよ、南側に潜んでいた奴!
フチスミ: 並みの禍つ神ではない……いずれの荒ぶる神か?
イケスミ: ……あれ、轟八幡だよ。ほら、あの頭の鳥居。
フチスミ: え、この国の二ノ宮の……(神の咆哮)なんとあさましいお姿に……
イケスミ: 人間が、よってたかっておもちゃにしちまったんだ。駐車場の経営から、貸しビル、株の売買にスーパーの経営、観光会社に、このごろじゃ専門学校から塾の経営まで手を出しているって話だよ。
あすか: お母さんの言ってた轟塾!?
イケスミ: この国の人間は、思いやるって心を失ってしまったんだ。人に対しても、神さまに対しても、自然や何に対しても……祖先から受け継いだ夢も誇りも恐れも忘れ果てたアホンダラにな!
フチスミ: 感想言ってる場合じゃないわよ。
あすか: ね、あたしにもやらせて! こう持つの?(百連発の大筒を両脇に抱える)
フチスミ: だめ、普通の人間が持っていたって、ただの竹筒……
あすか: そんなのやってみなきゃ……(引き金を引いた気持ちになる。両脇から百発ずつの鬼の殺気のミサイルが飛び出す。反動でニ回転半ひっくりかえる)
イケスミ: あすか……おまえって……
フチスミ: 動きが止まった……
イケスミ: ちょっと驚いただけさ、じきに……ほら動き出した(神の咆哮と地響き)
あすか: くそ!
フチスミ: 撃つしかないわ、最後まで!
イケスミ: 撃て撃て撃て! 撃って撃って撃ちまくれえええええええええええええ!!

 三人しばらく撃ちまくる、地響きしだいに近くなる

イケスミ: 弾が少なくなってきた……
フチスミ: そろそろ桔梗とあすかちゃんを解放してあげたほうが……
あすか: やだ! ここで逃げんのはやだ!
イケスミ: あたしたちは踏まれても死なないけど、あんたたちは死ぬんだよ!
フチスミ: 桔梗も離れようとしない!
あすか: やだ! もうわけわかんないけど、やだ!!
 
 ブーーーーーーーーン ドカッ!!

 この時、大きな白い矢がとんできて、轟八幡の胸板を射抜く(音と演技だけで表現)大音響とともに轟八幡が倒れる気配。

フチスミ: オオミカミさまだ! オオミカミさまがもどられた!
あすか: まぶしい!
イケスミ: 笠松山の向こうから矢を射られたんだ!
あすか: まぶしくて……
フチスミ: 間もなく笠松山を越えられる。それまでに、とどめをさそう!
イケスミ: ああ、残った雑魚の禍つ神どももな。
フチスミ: いくよ!
イケスミ: おお!  
あすか: あ、ちょっと待って、あたしも……!

 舞台前まで乗りだして、掃蕩戦にいどむ三人。笠松山からのオオミカミを暗示する光などが戦斗音を残してフェードアウト(戦闘を表す歌とダンスになってもいい) 
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高校ライトノベル・高安女子高生物語・4〔稽古始めは電車の中で〕

2019-06-23 06:37:51 | 小説・2
高安女子高生物語・4
〔稽古始めは電車の中で〕 


 昨日から定期で電車に乗ってる。

 と言うても、学校へ行くわけとちゃう。台詞を覚えるため。
 先月の27日に台本もろてから、ろくに読んでない。稽古は5日から始まる。せめて半分は覚えとかなら申し訳ない。

 台本を覚えるというのは、稽古中にやってるようではあかん。稽古は台本が頭に入ってることが前提や。

 一つは、去年のコンクールでの経験。台詞の覚えが遅かったんで、100%自信のある芝居にはなってなかった。去年の「その火を飛び越えて」は南風先生の創作で、初演は、なんと八月のお盆の頃。塚口のピノキオ演劇祭が最初。
 コンクールは十一月が本番やから台詞はバッチリ……と、いいたいけど。創作劇だけあって書き直しが多い。南風先生も忙しいんで、なかなか決定稿になれへん。
 で、できたんが十月の中間テストの後。

 なんと台詞の半分が新しなってしもてオタオタ。

 行き帰りの電車の中と、授業が始まるまでの廊下の隅やら、昼休み食堂でお昼食べながら覚えたけど。なんとか入ったいう程度。当たり前には入ったけど、身にしみこむいう程や無い。
 台詞いうのは、算数の九九と同じくらいどこからでも自動的に言えるようにしとかんと、解釈やら演技が変わったら出てこうへんようになる。

 う~ん、歌覚えるように覚えたらあかん。メロディーといっしょやなかったら歌詞が出てけえへんかったり、最初から歌わなら途中の歌詞が出てこうへんようやったらあかん。

 覚えた台詞は、一回忘れて、その上に刷り込んで、自動的に出るようにせなあかん。つまり算数の九九みたいに。これは、経験と……あとは、もう一個。別の機会に言います。
 コンクールは、そこそこの出来やったけど、あの浦島に文句つけられるような弱さはあったんやと思う。難しい言い方で『役の肉体化』が出来てへんかった。ヘヘ、難しいこと知ってるでしょ。あたしは、そんじょそこらの演劇部員やないという自負はある。

 その割には、五日間も台本読まんと正月気分に流されてしもて反省。     

 で、昨日から電車に乗って台詞覚えてる。
 
 駅前のコンビニでパンとおにぎり買うて、電車に乗る。
 準急で榛原まで行って、榛原から、上六行きの準急に乗って戻ってくる。上六のホームでお昼にして、また榛原まで行って高安へ戻ってくる。
 これで、だいたい半分入る。
 うる覚えやけど。
 で、ぶつぶつ台詞を喋りながら高安銀座を外環まで歩いて、詰まったら、台本開けて確認。外環沿いに北に歩く。スシローまで来たら五月橋の方に向かって西へ。恩地川渡って川沿いを歩くころには、なんとか一本通せた。

「あたしのやっつけも大したもんや!」

 せやけど、これはテスト前の一夜漬けといっしょ。ちょっとしたことで飛んでしまう。

 恩地川沿いを歩いてたら、関根さんに会うてしもた。

 関根さんは中学の先輩。軽音やってて、勉強もできるし、スポーツも万能。高校は、うちの学校の近所の美章園高校。うちの中学からは二人しか行かれへんかった府立の名門校。あたしは卒業式の日に必死のパッチで「第二ボタンください!」をかました。

 その関根さんとバッタリ会うてしもた。心の準備もなんにもなしに……。

「おう、佐藤、アケオメ。正月そうそう散歩か」
「あ、あ、あけましておめでと……」
 そこまで言うと。
「せや、自分とこお婆ちゃん亡くならはってんやったな。喪中にすまんかった」
 なんという優しさ。孫のあたしが年末まで忘れてたこと覚えててくれはった。感激と自己嫌悪。
「あ、あの……」
 次の言葉が出てこないでいると、横の道から真田山高校にいってる田辺美保先輩が来る。
「おまたせ、セッキー!」
 田辺さんは関根さんと同期のベッピンさん。あたしよりカイラシイ。せやからニクタラシイ!
「ほな、いこか?」
 関根さんは、軽く手で挨拶していってくれたけど、田辺さんは完全シカト!

――佐藤明日香なんか、道ばたの石ころ――

 そんな感じで行ってしもた。くそ! 外環のどこかのファミレスでディナーデートか、遠回りして山本八幡に初詣えええ!?

 そんなん思てたら、台詞みんな飛んでしもた!      

 で、今朝は、上六まで出て名張桔梗が丘行きの快速二往復。帰りは山本で降りて、玉串川沿いを歩いて家に帰る。
 今年は、正月の三日目から、ショボイ一年の予感。   

 初稽古まで、あと二日……。
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高校ライトノベル・里奈の物語・3『連ドラみたいにはいかない』

2019-06-23 06:25:44 | 小説3
里奈の物語・3
『連ドラみたいにはいかない』


 天井が違うのにびっくりした。

 あたしの部屋は、ただのアイボリーだけど、目が覚めて見えたのは淡いグリーンだ。

――……そうか、あたしってば、伯父さんの『アンティーク葛城』に来てるんだ――

 妙子ちゃんにブタ鍋つくってもらって、いろいろ喋って、お風呂に入れてもらって、
 あがったら、そのまま寝ちゃったんだ。

 ベッドの脚から伝わる気配、もう、みんな起きてるんだ。

 あたしは、キャリーバッグからダンガリーのシャツとストレッチジーンズを出して着替えた。
「……おはようございます」
 リビングの戸を開けて、とりあえずの挨拶。朝寝坊をしたようなので、きまりが悪い。
「ごめんね、里奈ちゃん。きのう店の前で四時間も待ってくれてたんよね」
「あ、いえ……」
「もうちょっと寝てたかったんちゃうか、起こしてしもたんやったら、ごめん」
 伯父さんもおばさんも、気遣いの第一声で始まった。
「さ、朝ごはん。おばちゃんらも今からやさかいに」
 そう言えば、お味噌汁の香りがする。
 ごはんの準備くらいは手伝うつもりでいたので、アセアセだ。
 夕べの晩ご飯といい、朝ごはんといい、あたしはなにもしていない……サゲサゲになってくる。
「里奈、さきに顔洗うか?」
 やばい、あたしは、いつも朝ごはん食べてから顔を洗っている。
 それも、学校に行かなくなってからは忘れることがある。だって、起きるのは、たいてい昼前なんだから。
「あんた、洗面所教えたげて、その間に朝ごはん用意しとくから」
「せやな。里奈、おっちゃんと一緒においで」

 洗面を終えて、リビングに戻ると和風の朝食ができていた。何か月ぶりの当たり前の朝食。

「口に合うた? 味付け関西風やから、違和感とかなかった?」
「大丈夫です、お母さんも大阪の人間だから、味付けは関西風でしたから……」
 お母さんは言葉やファッションとかは東京だけども、食事は関西風だ……初めて気づいた。
 ポワンと何かが浮かんで、形になる前に弾けてしまう。あたしのポワンは当てにならない。
「昨日は、鉄瓶のええのが出てたから、京都で二軒回ってた。ひょっとして里奈が来るんちゃうかとは思うてたんやけど、かんにんやで」
「ううん、そんな……あたしこそ、行くって言いながら、何べんもすっぽかしてきたから」
 明るく言おうとしたけど、気持ちがついてこない。
「無理に合わせることないから。里奈ちゃんは、ここにノンビリしにきたんだから、ノンビリが自分の仕事だと思って楽にしてね」
「はい……あの、妙子ちゃんは?」
「あ、もう会社に行っちゃった。今日は出向初日だから」
 おばちゃんは、なぜか東京弁になった。妙子ちゃんのことは、あたしには眩しすぎることが分かっているような気がした。

 気持ちが悪くなってきた、食べたばかりの朝ごはんが逆流しそう。

 気まずくなりかけたとき、ツケッパのテレビが朝の連ドラになった。
 連ドラは好きだ。奈良にいるときも昼の再放送で観ていた。
 出てくる人は、みんないい人。努力は必ず報われて、ハッピーエンドはお約束。

 たった十五分だけど……十五分だから入っていける。伯父さんたちも連ドラ好きでよかった。

 そして、これは言える。あたしのこれからは、連ドラみたいにはいかない……。


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高校ライトノベル・時かける少女BETA・37《コスモス坂から・10》

2019-06-23 05:59:42 | 時かける少女
時かける少女BETA・37
《コスモス坂から・10》 


 坂のコスモスたちは8回目の花をつけた。

「お兄ちゃん、なによ、この記事!?」
 久々に帰ってきた勲に、芳子はスクラップ記事を二冊ほど投げた。スクラップには勲の日日新聞の記事の切り抜きが貼り付けてある。
「なんだ、うちの新聞のスクラップやってんのか……北C関係の記事が多いな」
「どうしてろくに取材もしないで、北を楽園みたいに書くの。このシリーズなんかお兄ちゃんの記事でしょ?」
「ああ、南の軍事政権に比べれば、躍進中の国だからな。どこか問題あんのかよ?」
「この日日新聞の記事で、北は楽園だって思って行っちゃった人いっぱいいるんだよ」
「じっさい北は南より良い国だ……見てみろよ、おまえもスクラップしてるじゃないか、井出徳雄のコラム。首都Pより……労働者は定時になると仕事を終わり、隊列を組み、朗々と合唱しながら整然と家路に向かう。ここには本物の労働者と、その喜びにあふれてる。街は清潔で、ハエや蚊一匹目にしない。ひるがえって、我が国は……」
「それ異常だよ。仕事帰りにまで隊列組んで朗々と合唱する? 人間自然なら、仕事終わりはもっと開放されて、三々五々自由に帰るのが人情ってものよ。ハエや蚊も一匹も目にしない? そんなの外国人用に徹底的に掃除と殺虫やってる証拠じゃん。井出徳雄って、日日新聞の論説委員やってるでしょ。特別に管理されて演出されたもの見せられてるの分からないかなあ」
「芳子こそ、偏向だよ。社会主義や共産主義を正しく理解していない」

 その夜は、コスモス坂の家では遅くまで、スクラップブックや資料を間に挟んで兄妹同士の言い合いになった。

 昭和38年。

 オリンピックを前にして、芳子は駆け出しの作家になっていた。若いながら、資料と分析に基づいた背景設定などには定評があり、新しい社会派小説の旗手として人気があった。
 勲は社会部の記者として中堅になり、日本の保守政権の金権体質を暴いたり、社会主義国の国情なども進んで勉強。特集を組んだり、クオリティーペーパーとしての日日新聞の中堅記者として、社内の幹部たちからも有望視されていた。

「あなた、もう仕事には慣れた?」

 4日ぶりに帰ってきた真一に久美子は団地の鉄の扉を空けながら尋ねた。
「ああ、初めての選挙だからね。いま組織固めと情宣できりきり舞いさ。投票まで一か月、苦労かけるけど頼むよ」
 真一は、美大を出た後絵の道はあきらめたが、なんとか高校の美術教師になった。
 久美子と結婚したあくる年には、組合の専従となり、この春からは、党活動を専一にするために、学校も辞め、初めての選挙活動に党員の運動員として忙しい毎日を送っていた。久美子は、そんな真一と交代するように県立高校の常勤講師になり、正教員になるために、二次試験を終えたところであった。
「今夜は、久々にお義兄さんが帰ってるんだろう。きっとヨッチャンと激論だろうね……あ、胡椒くれるかな」
 真一は器用にフライ返ししながら、学生時代にバイトで覚えた中華料理の晩御飯を作った。

 芳子は、兄と言い合いしながら、無意識にその時が近づいてきているのを高揚として感じていた……。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・44』

2019-06-23 05:48:16 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・44 



『第五章 ピノキオホールまで・5』


 下足室をグルーっと見渡してから靴を履き替えた。

 校門を出ようとしたら、吉川先輩が追いかけてきた。
「待ってろって言っただろう」
「うそ、あとでって、わたし下足室で待ってた」
「オレ、生徒会室に来ると思って」
「え、あんな暑いところで(生徒会室にはエアコンがない)!」
「窓開けっ放しにしとくと、あんまり気にならない。それに、オレの自由になる部屋ってあそこだけだから」
「ごめんなさい」
「いいよ、オレも帰る、カバンとってくるから」

 そして、おなじみの、駅前のハンバーガー屋さんの二階。

 ただし、今日は奥の通称「ラブラブ席」。観葉植物がちょっとしたパーテーションになってて、ちょびっとだけ見えにくい。ここに座ってるカップルには声をかけないのが、Y高ではセオリーになっている。
「言っとくけど、告白じゃないからな」
「う、うん」
「そんときゃ、もう少し場所を選ぶよ」
 先輩は、カバンをガサゴソしだした。
「これ……」
「あ……!」
 ここだけ見た人は、ぜったい誤解する。
 出されたモノは、指輪のケースよりも大きかった。
 そして、そのときのわたしには、指輪よりもトキメクモノだった。

『ジュニア文芸八月号』どんな宝石よりもまぶしい。パンドラの箱って、きっとこんな感じ!

 窓ぎわの真田山の生徒が完全に誤解している。
 でもセオリー通りに、無視してくれている。
 あらぬ噂が……なんて、その時は気にならなかった。
「二百十八ページ……」
 わたしは、おそるおそるページを開いた……。
「あ……」
「入賞おめでとう」
 先輩は、優しくつぶやくように言った。そして……。
「作品を見せてよ」
 金賞、銀賞は掲載されているが、佳作は名前だけ。

 そう佳作だったんだ……。
 
「見せなきゃだめですか」
「だって、約束だろ」
 先輩は意地悪そうに脚を組み直した。
「だって……」
「それとも、オレには見せられない事情でもあるわけ?」
「う、ううん!」
 思いっきりのウソつきホンワカ顔になってかぶりを振る。
「すごい、スマホに残してんのかと思った」
 わたしは、暗誦していたそれを、部活用のノートに書いた。


『オレンジ色の自転車』
 
 ひとひらの雲の下 ふと目にとまった3000円
 
 中古にしても安い
 オレンジ色の自転車

「どうしてこんなに安いんですか?」
「ああ、名前がね、元の持ち主の名前が、特殊な塗料でとれないんだよ」
 見ると、うしろのフェンダーに「ハル」と書かれていた。
「これください」
「いいのかい?」
「いいんです、この下に(カ)を入れればわたしの名前だから」
「なるほど」
 おじさんはサービスで(ハル)の下に(カ)の字を入れてくれた。

 ひとひらの雲といっしょにハルカに乗って帰った。

 ハルカを置いて、アパートの階段を駆け上がった。
 お母さんが、ドアに表札をつけているのが見え。
「あ、そうだ」
 部屋から、油性ペンを取り出してハルカのお尻にまわる。
 一呼吸して、油性ペンをかまえる。
 あ……思わずGと書いてしまうところだった。
 ハルカの(カ)の下にBと書いた。
 ひとひらの雲がゆっくりと流れていく。
 Gの思い出といっしょに……
「はるか、お使いお願い!」
「分かってるって!」
 オレンジ色の「ハルカB」にうちまたがって、お使いに……。
 ふと空を見上げる。
 ひとひらの雲は、もう流れていってしまった。
 そのあとには、一面、群青の空……。
 白いヒコーキが、ちょこんと浮かんでいた。

 読み終わると、「くれるんじゃないの?」という先輩の顔に気づかないふりをして、ノートをカバンにしまい、一気にシェイクを吸いこんだ。
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