大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・魔法少女マヂカ・034『自衛隊めし・2』

2019-06-18 14:12:03 | 小説
魔法少女マヂカ・034  
 
『自衛隊めし・2』語り手:安倍晴美   

 

 

 アサケタニ?

 

 ノンコがボケをかます。

 それも正面ゲートの真ん前で。

 リックンランドに向かう家族連れやオタクさんたちが笑ったり呆れたりしている。

 わたしたちはリックンランドではなくて隊員食堂に向かうので、安倍先生が受付で手続きをしているのだ。そのために、調理研の四人は初めての自衛隊基地にキョロキョロしている。

「阿佐ヶ谷って読むんだよ」

 清美が指導を入れる。

「あさがやちゅう……?」

「とんち!」

「ああ、とんちか!」

「このトンチンカン!」

「恥ずかしいから、離れてくれる」

 

 三人が漫才をしている横で、わたしはシミジミしている。

 初めて来たのは昭和五年だったか……帝都近傍のゴルフ場だった。オープンの日には森小路宮に付き添って、前月に代替わりしたばかりの若宮に三番ホールでイーグルを取らせてやったっけ。あいつ、戦死するまで自慢にしてやがった。十年足らずで軍用地になって予科士官学校、振武台って命名されたのは十六年だったっけ……特務の五人が、ここの出身だったな。

「手続き終わったから行くぞ」

 安倍先生の声で我に返る。

「今日は無理言ってごめんね、そのかわり、今日は食べ放題だから、しっかり食べて言ってね。あ、わたし、青雲社の森っていいます。あ、晴美、いや、安倍先生とは大学の同期。よろしくお願いします」

「「「「よろしくお願いしま~す!」」」」

 雑誌社の女性。先生の友だちで、今日の取材を企画した張本人だ。顔合わせの挨拶をしている間に広報の隊員が控えてくれ、挨拶のキリが付いたところで案内してくれる。

「ウワーー! おっきい!」

 ノンコが感激のバンザイをする。気持ちは分かる、学食の三倍はあろうかという食堂は壮観だ。森さんと広報さんの話では、こういう大食堂が基地内には三つもあるらしい。

「バンザイだけにしとけ!」

 興奮のあまり走り出しそうなノンコの襟首を捕まえる清美、友里は行儀よく立っているが、隊員たちの控え目な注目が集まっているのを分かっているようだ。学校に居る分には1/800の生徒に過ぎないが、若い男性ばかりの駐屯地ではやっぱ注目される。むろん無遠慮にジロジロ見られることは無いが、視野の端に捉えられたり、ガラスに映る姿を見られているのは分かる。

 ただ、個人差があるようで、ノンコと清美は分かっていない。清美がノンコを叱るのは、清美の常識から外れているからだ。渋谷や原宿に居ても、同じようにしているだろう。

「さあ、さっそくですけど、こっちのテーブルへ!」

「「「「うわーー!」」」」

 全員が感嘆の声をあげた。テーブルの上には人数の七倍分のランチが並べられていたのだ!

 

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高校ライトノベル・連載戯曲『あすかのマンダラ池奮戦記③』

2019-06-18 06:39:05 | 戯曲
連載戯曲
『あすかのマンダラ池奮戦記③』




 
 
イケスミ: 着いた、着いた、……着いたんだああああああ!
あすか: 疲れた 疲れた……疲れたんだってばぁぁぁぁぁぁ!……(へたりこむ)
イケスミ: あ、思わず抜け出しちゃった(コントローラーをもてあそんでいる)
あすか: もうやだよ、とりついちゃ。もう、クタクタのヘトヘトなんだから……。
イケスミ: アハハ、もう大丈夫。着いたんだからな、わが故郷へ……!
あすか: 着いた?
イケスミ: あの鬼岩をまがって、坂の上にあがると見えるんだ。
 伴部、美原、樋差(ひさし)の三ヶ村。そして、そして、オオミカミ神さまの在(い)ます、ミズホノウミが……
あすか: 海?
イケスミ: 湖のことだわよ。小さいんだけど、尊敬と親しみの気持ちをこめて、人々はウミってよぶんだ(コントローラーをしまう)
あすか: そうなんだ。
イケスミ: ほら見ろ、鬼岩のここ、千年前に親神さまといっしょに土地の鬼どもを封じ込めたときに、記念に残したサインだぞ。
あすか: ……ウーン、どうも、ただのひびわれにしか見えない。
イケスミ: アハハ、神さまのサインだからな。真ん中が、トヨアシハラミズホノオオミカミさま。
 左がフチスミノミコト、わたしの親友。そして右がイケスミノミコト……  
あすか: へえ、これがイカスミさんなんだ。よく見ると、ちょっとイケてんじゃん!
イケスミ: ……この下の方に……埋もれてしまったんだろうなあ、
 他の神さまの名前が彫りこんであるはず……みんな、なつかしいわたしの仲間、わたしの同胞(はらから)
 ……(耳を岩につけて)鬼の気が弱々しくなってる……千年の歳月が鬼を和ませたか、さすがミズホノサト。 
あすか: ここの神様って、みんな名前の下にスミがつくの?
イケスミ: たいていな。神様である証拠。
あすか: でも変だね。
イケスミ: 何が?(少し気を悪くしている)
あすか: だって、フチスミとかイカスミとか、今にもタコみたく墨はき出しそうな感じでしょ?
イケスミ: 失礼な。友達じゃないんだぞ、神様なんだぞ、いちおう。それに、いいか、わたしは、イカスミじゃなくて、イケスミ!
あすか: え?
イケスミ: イ・ケ・ス・ミ! 行くぞ!

 舞台を一周して坂の上。

あすか: うわあ……!
イケスミ: ……!
あすか: ……すごい、やっぱ海じゃん! 
 けんそんして小さいって言ってたけど、海だよこれは! 
 霧のせいでむこう岸が見えないせいかもしれないけど……水上バイクで走ったら気持ちいいだろうねえ、
 この夏、江ノ島行きそこねちゃったから、カンドーだよ。
 この秋はエルニーニョとかなんとかの現象とかで、まだ暖かいからさ、
 水上バイクとか貸してくれるとこないかな!? 手こぎとか足こぎのボートだっていいんだよ。
イケスミ: ……ちがう。ミズホノウミは、こんなに大きくはないぞ……(鬼岩のところへもどる)
あすか: ちょ、ちょっとイカスミ……
イケスミ: ……たしかにこれは鬼岩、むこうに、笠松山と伴部山……

     水辺にもどる。

あすか: イカスミさん……
イケスミ: なんだ、なんだよ、どうしたってんだ、この一面の水は?
あすか: だって、三百年もたってんだからさ……
イケスミ: 変わるのか、こんなにも激しく……
 ここに立てば、伴部、美原、樋差の三ケ村がミズホノウミを軸に咲く大きな花のように望めた。
 それが、この一面の水……。
あすか: あの……
イケスミ: ちがう。ちがいすぎる。わたしとしたことが、
 どこか別のとんでもないところに出てきてしまったにちがいない。
 わたしとしたことが……(踵を返して、鳥のように立ち去ろうとする)
あすか: 待って、勝手に行かないでよ、おいてかないでよ!

 この瞬間、震度四程度の地震。彼方で何かが崩れる音がする。音は不気味にこだまし、怯えるあすか……

イケスミ: これは……。
あすか: あたし、帰る!
イケスミ: 待ちな、今のはただの地震だ!

 あすか、聞く耳を持たず、もどろうとするが、気づかないうちにあらわれていたフチスミの姿に驚いて立ちすくむ。
 フチスミは、セミロングの黒髪に、地元の女子高生の姿をしている。


あすか: キャー!
フチスミ: あなたたちが来た道は、今の土砂崩れで、通れなくなってしまったわ。
イケスミ: ……おまえは?
フチスミ: お久しぶりね、イケスミさん……

 フチスミ、神の間で通じる独特のあいさつをする。イケスミ、同じあいさつをかえす。あすかたじろぐ。

イケスミ: トヨアシハラフチスミノミコト?
フチスミ: 昔どおりのフチスミでいいわよ。
あすか: フチス……?
イケスミ: フチスミさん……わたしの親友だぞ。わあ、三百年ぶりだ!
あすか: あ、さっき鬼岩に名前のあった。
イケスミ: その姿は……依代?
フチスミ: ええ、わけあって……おいおい話すわ。
あすか: あの……。
フチスミ: 言っとくけど、今の土砂崩れは、わたしのせいじゃない。
イケスミ: 今のは地震でしょ?
フチスミ: もともとはね……でも、今のは違う。
あすか: ……。
フチスミ: (あすかに)そんなに怖い顔で睨まないでくれる。このへんに(自分の額を指す)穴が開きそうよ。
あすか: ごめんなさい……
フチスミ: あなた、イケスミさんの依代ね?
あすか: は、はい。
フチスミ: 名前は?
あすか: あすか、元宮あすか……です。
フチスミ: いい名前ね。そんなに固くならなくていいのよ。もっとリラックスしてちょうだい。
あすか: は、はい。あ、あたしはめられちゃったんです。こっちの神さまに……
イケスミ: !(口にチャックをするしぐさと音)
あすか: モゴ、モゴモゴ……
フチスミ: イケスミさんに何かされたの?(口のチャックを開くしぐさと音)
あすか: (堰を切ったように)元々は自分が悪いんだけど。
 成績票を池におっことして、そしたら、紙と金の成績票のどっちかって言うから、言うから……
 あたし正直に紙のほうですって、そしたら六甲おろしに神が宿るとか正直者だとか言って、金の成績票もくれたわけ。
 それが開いてみればオール零点のサイテー、「池に落ちる」と、「成績が落ちる」って、オヤジギャグみたいな、
 へたなキャッチセールスみたく……。
イケスミ: で、ひっかかっちゃったわけだ。でも、あすかにも下心があったからなんだよ。あわよくば……
あすか: だって、だって……
イケスミ: さっきは、水上バイクでかっ飛ばすとか言って喜んでたじゃん。
あすか: だってだって……
フチスミ: 性格悪くなったわね、イケスミさん。
イケスミ: だってよ、本人の同意がなきゃ、依代にはできねえもん。苦労したんだぞ、狙いをつけて、シナリオ練って、猫まで仕込んで……。
あすか: ま、前から目をつけていたんだ……ストーカーだよ、未成年者略取誘拐罪だよ……イカスミさん。
イケスミ: イケスミだっつーの!
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高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・066『大阪を都にしてはなりません!』

2019-06-18 06:18:52 | ノベル2
時空戦艦カワチ・066   
『大阪を都にしてはなりません!
 
 
 
 江戸時代の大阪は江戸から軽蔑されていた。
 
 この軽蔑は江戸の劣等感から来ている。
 
 大阪が浪速の宮の昔から日本の中心であった。じっさい都がおかれたことも度々であったし、日本最大級の前方後円墳は大阪に集中している。仏教も飛鳥と並んで広まり、その威容は四天王寺の伽藍配置に残っている。江戸弁である「くだらない」は元来江戸周辺の関東で作られた二級品を指す言葉で、大阪などの上方から来たものを「くだりもの」と称した反語である。
 優れていればこそ、劣等感の裏がえしとしての反発はハンパではない。
 大阪者は贅六と蔑まれた。
 筆者も若いころ、友人数人と食堂に入り注文を考えていると「関西もんはきれーだ」と隣の席のオッサンに言われたことがある。
「ありがとー、関西はキレイでしょ」と連れがかましたが、オッサンは「キレイ」の意味がとっさには分からなくてキョトンとしていた。電車の中で喋っていると周囲から人が居なくなったことがあったり、東京駅で順番を待っていると「や、あんたたち京都の人でしょ?」と後ろのオバサンに聞かれた。「いいえ、大阪です」と正直に答えると、オバサンはひどくつまらなさそうな顔になった。
 
 わたしの時代でこうなのだから、来輔改め密と仲子のころは押して知るべしである。
 
「え、大阪が都になるのでございますか!?」
 仲子は目を剥いて驚いた。
「はい、これからの都は四通八達した交通の要に置かなければなりません。外国との交際、貿易を考えますと整備された港がなくてはなりませんし、経済的にも繁華でなければなりません。大阪には、そのいずれもが揃っており、京都にも淀川の船便を使えば一昼夜で、いずれ鉄道を敷設すれば半日の近さになります。元々は大久保利通さんのご意見なのですが、新政府のみなさん、いずれも賛同されています」
 これだから田舎者は……と思うほど剥き出しではない仲子だが、これはいけないと深層心理で思った。
 密(ひそか)は越後の出であり、大久保利通は薩摩の出身、新政府のほかの歴々も大半は薩長土肥で、江戸者ほどの偏見がない。
 だから利便性だけで大阪遷都などと言い出すのだ。
 仲子は大阪弁が嫌いだ、大阪を都にしてしまえば、上は帝から役人の端にいたるまで大阪弁を喋るようになる。果ては江戸言葉など土臭い東エビスの卑しい言葉と蔑まれるの違いないと危機感を感じた。
 
 直接的には、夫の前島密出世のチャンスと考えた。
 
「お話がございます」
 寝床に入ろうとする密をとどめて居住まいをただした。
「なんでしょうか?」
 いつにない仲子のたたずまいに、密かも布団の上で正座してしまう。
「都は江戸になさいませ」
「江戸ですか?」
 江戸は二百六十年にわたって幕府が置かれたところだ、そこを都にするのは新時代にはそぐわない。
 
「だんぜん江戸です!」
 
「なぜ、江戸なんでしょう?」
 仲子はニッコリ笑って言った。
「わたしが申し上げずとも、旦那様はお気づきのはずでございます。旦那様は上の方を立て、ご自分の意見は、ここ一番という時以外はお示しになりません。いえ、分かっていても封じておしまいになられます。今宵一夜お考え下さいませ、きっとお気づきなるはずでございます。お気づきになられましたらお声をおかけくださいませ。今宵は褥(しとね)を別に致します」
 仲子はさっさと隣の布団に潜り込んでしまった。
 妊娠の兆候の見える仲子は、朴念仁の密の目にも、ずいぶん色っぽくなった。
 しかし、旗本の娘である仲子が口にしたことである。言いだしたからには密が、なにごとか答えを見出すまでは応じてはくれない。
「大阪を都にしては、どこがまずいのだ……」
 オアズケを食った密は腕を組んで真剣に考え始めたのだった……。
 
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高校ライトノベル・時かける少女BETA・32《コスモス坂から・5》

2019-06-18 06:09:54 | 時かける少女
時かける少女BETA・32
《コスモス坂から・5》


 海岸に下り、岩場を回ったところで意外な人物に出くわした……。

「白根さん……」
「あ……」

 白根は、小さな岩に腰かけ、何やら絵を描いていた。
 芳子が声を掛けたので、一瞬手が停まったが、すぐに芳子には興味なさげに筆を動かした。
「へえ、白根さんて絵を描くんだ……相模の海だ……江の島は入れないんですか?」
「あんな俗な物描いたら風呂屋のペンキ絵になってしまう」
「そうなんだ……」
「オレは太平洋を描いている。海を隔てつ我ら腕(かいな)結びゆく……🎵」
「インターナショナルの海?」
「ああ、世界は一つ。人類は一つなんだ。だから相模湾みたいな小さな海じゃない。世界に繋がる太平洋を描いているんだ」
「こっちのスケッチブック見ていいですか?」
「あ……ああ」
 
 二冊のスケッチブックには湘南のいろんな場所から書いた『太平洋』が描かれていた。
「上手……あ、コスモス坂のもある。家の近所だわ」
「……このへんに住んでたのか」
「戦争で家が焼けて、戦後建て直すときに越してきたんです。このあたりには海も山も街も程よい規模であるからって……」
「程よいか……オレにはなんだか箱庭みたいで息苦しい。この海だけが、大きく外の世界に広がっている。お兄さんの笑顔には参ったよ。この箱庭を突き抜けて世界が見えていなきゃ、ああいう風には笑えないよ」
「あれって、マリリンモンローの映画観た後の馬鹿笑いなんですよ。『資本論』三回読んで悟った笑顔なんて嘘っぱちだから。ごめんなさい」
「ハハハ……いいじゃないか。たとえアメリカが作った映画でもいいものは良い。そういう考え方は好きだ。モンローだって苦労して育ったプロレタリアだ。それに今の夫は社会派劇作家のアーサー・ミラーだ」

 白根は無理をしているように思った。でも、あんな兄でも幻滅しないのは、もどかしくも嬉しかった。芳子は、今の日本の若者は魔法にかかっていると思っている。できもしない世界平和を実現できるというおとぎ話、兄の勲のようなブントから、白根のような高校生まで。

「今日は、海しか描かないんですか?」

「うん、お兄さんの写真を見ていたら、海だけを描いてみるべきだと思ったんだ」
「つまらなくないですか、海だけじゃ?」
「海をバカにしちゃいけない。海は季節や時間、天気の具合で千変万化だ。見てごらん、水平線は、けして真っ直ぐじゃない。地球は丸いから微妙に湾曲している。ほら……」
 白根は、スケッチブックを目の高さで横にして芳子の目の高さに持ってきた。なるほど微妙に湾曲している。
「きれいなライン……」
 白根の水平線は、何の迷いもなく、一気に微妙な水平線の湾曲を描いていた。それに、よく見ると、絶えず変化している波や海の表情も巧みにとらえている。芳子は白根の絵の腕はかなりのもんだと思った。多少時代の魔法にはかかっているけど、モノを見る目は確かだと思った。

「そうだ、一度君のこと描かせてくれないか!?」

「え……!?」

「君の表情は、さっきから五六回は変わっている。ほら、今も変わった!」

 こうして、二人の付き合いは稲村ヶ崎の海岸から出発した……。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・39』

2019-06-18 05:59:17 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・39 


 職員室の前まで来ると、乙女先生の罵声が聞こえてきた。

「ちゃんと生徒らは時間通りに集まっとったでしょうがな!」
「しかし、空気を読ませることも、教えなあかんのんとちゃいますか!」
 どうやら、相手は細川先生のようだ。
「どんな空気やのん!?」
「あんな写真撮影は、水物です。流れと空気があります。一生でいっぺんの卒業写真、笑顔で写してやりたいやないですか。もうちょっと早めに来て空気つくること教えなら……」
「あんたなあ、あの子ら二分前には集合しとった。自分が勝手に早よした流れ止められて、山田に八つ当たりしてただけやんか!」
「ちゃいます。僕の時計は三時ちょうどでした。僕のは、あくまでも指導です!」
「けっこうな指導やね。怒られた山田らも、写される側やねんよ。それに気ぃついてた、他のクラブのもんがよそのクラブに混ざって何遍も映っとたん!?」
「それは顧問の責任でしょ!」
「なんやてぇ!」
「まあ、お二人とも、アメチャンでも食べて……」
 竹内先生が間に入ったようだ。
「どうしょう……」
 わたしはプレゼンの鍵を返しに来たのだ。
「どないしたん?」
 山中さんが、通りかかって声をかけてきた。
「実は……」
「ほんなら、うちが返してきたげるわ」
「でも……」
「大丈夫、うち透明人間になれるさかい」
 山中さんは、そーっと職員室のドアを開け……。

「失礼しまーす……」

 ほんとうに透明人間のように気配を消して、あっという間に鍵を返して出てきた。
「ほな、うち少林寺の方行ってくるさかい……」
 山中さんは気配を消したまま行ってしまった。わたしは帰ろっと……。
「だれや、そこに居るのは!?」

 尻に帆かけて(われながら古い慣用句。でも実感です)わたしは、下足室に突進した。
 こないだは、ここで吉川先輩に声をかけられたんだけど、今度はわたしが声をかけた。

「ちょっと、ルリちゃん」
「え、なにぃ?」
「なんで、さっき写真に入ってきたのよ」
「なんでて……あかんのん?」
「あかんも、ヤカンもないわよ。あんたね!」
 大阪に来て、始めて人のこと「あんた」呼ばわりした。
「なに言うてんのよ」
「クラブ辞めたばっかで、よく入れたもんね!」
 もう止まんない。
「だれのおかげで、台本替えるハメになったと思ってんのよ。本が決まって一ヶ月、ずっと稽古してきたんだよ。それをプッツンプッツン、便秘ウサギのフンみたくしか稽古にこないで、挙げ句の果てにハイサヨナラしちまったんだよ。年末の大掃除のゴミのほうがよっぽど礼儀正しいわよ。思わない? 捨てたら二度と戻ってこないもんね。いったい、どのツラ下げてクラブ写真に入れんのよ!?」

 間

「あんたに、なにが分かんのよ! あたしらは演劇学校の生徒やないねんさかいね。あんなムズイことやりながら部活なんかしとないわ。あたしらクラブに息抜きに来てんねんよ。そこのとこ間違わんといてね!」
「あんたには、責任感てものがないの!?」
「ふん、優等生ぶってからに。あたしら家帰ったら、家の用事して、弟のめんどうみて、おまけにこのごろは週三日のバイト。進路のこと考えたら、勉強も手ぇ抜かれへんねん。そやから部活は息抜き、それがY高の部活や。それで、思い出のクラブ写真にも写ったらあかんのん、あかんのん!? しょせん、しょせん、あんたは東京のお嬢ちゃんや、部活に青春かけられる苦労知らずや!」
 駆け出そうとしたルリちゃんの腕をつかんだ。
「……上等な口きくじゃないのよさ」

「またにしとき……」

 タマちゃん先輩の声に、わずかに手の力が抜けた。スルリとその手を抜けて、駆け去るルリちゃん。
「待て、ヒキョーモノ!!」
 今度は、わたしの腕がつかまれた。意外に強い力だった。
「またにしときぃ……な」
 強い力はすぐに弱くなった……でも、そのタマちゃん先輩の手を振り切ることはできなかった。

 暮れ落ちない夕陽が恨めしかった。頬をつたう涙をいつまでも照らし出す真夏間近の夕陽が……。
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