大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・せやさかい・023『堪忍してほしいなあ』

2019-06-06 13:39:04 | ノベル
せやさかい・023
『堪忍してほしいなあ』  

 

 

 文章力が無い!

 

 国語の吉良先生が言う。

 中間テストの国語の成績が悪かったんや。

 あたしだけと違て、学年みんなが悪いらしい。

「だから、文章を書く練習をします」

 先生は、まず原稿用紙二枚を印刷したB4のプリントを配る。ざら紙とインクの匂いが初々しい。

 後ろに回したら「刷りたてやねえ」と留美ちゃんは嬉しそう。留美ちゃんは本の虫やから、紙とかインクとかも好きやねんなあ。留美ちゃんの声が大きかったんか、吉良先生は、ちょっと怒ったような顔。

 なんでやろと思たら、次のプリントが配られてきた。

 同じB4に天声人語と産経抄が印刷したある。テンコエジンゴ? サンケイシャ? スカタン読んどるのは男子のアホら。

「『テンセイジンゴ』『サンケイショウ』と読みます。どっちかを読んで、きれいに原稿用紙に写しなさい。ええか、句読点、改行に注意。漢字には数詞以外は読み仮名を振ってきれいに書く! 書けたら、先生に見せに来なさい。ええなあ、ほんなら、かかれ!」

 しばらく沈黙が続いて、サラサラと音がする。みんな従順に作業にいそしんでる。

『天声人語』を読む。全編安倍総理の悪口。悪口は好きくない。

『産経抄』を読む。父親と子どもの関係について書いてある。最近いろいろ事件があったからなあ……父親の有り方、子どもへの接触の仕方……お父さんは商社勤めで忙しい人やったなあ。

 

 家族三人で出かけた記憶がほとんどない。保育所やら学校やらはお母さんが来てくれてた。

 顔は思い出せるんやけど、声が思い出されへん。

 もし、お父さんが蘇って「さくら、元気か?」とか声をかけてくれたら、たぶん思い出せる。

 六年も前に失踪したからか、もともと会話が少なかったからか、お父さんの声が思い出されへん。なんや、辛なってきた。

 仕方ないんで『天声人語』を写す。宿題をやる要領で、意味なんか考えんと、コピー機になったつもりで書き写す。

 期せずして一番に書き終えて、先生に見せに行く。

 

「え?」

 

 ちょっと驚いたような顔して、手元の書類を裏がえしてから「どれどれ……」と読んでくれる。

「うん、正確に書けてる。まだ時間あるから『産経抄』も書いてみる?」

「あ……産経は堪忍してください」

「あ、うん、いいよ、じゃ、静かに自習」

「はい」

 静かに自習して一時間が終わる。

 

「吉良先生、内職してたんだよ」

 留美ちゃんが言う。

「内職?」

「うん、なんかレポートみたいの書いてたでしょ。きっと急ぎの仕事。だったら、正直に自習にしちゃえばいいのにね」

 ちょっと怒ってる。

 あたしは、先生にも事情があるんやろと、納得してんねんけどね。

 

 昼休み、廊下で吉良先生と出会う。

「酒井さん、あんたとこ朝日新聞やねんなあ」

 同志見る目で言われる。

「え、あ……はい」

 家で新聞なんか読んだことないから、じっさい何新聞とってるのかは分からへん。せやさかい、あいまいな肯定の返事。

 それ以上言われることはなかったけど、お仲間見っけみたいな目ぇで見られるのんは堪忍してほしいなあ。

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら      この物語の主人公 安泰中学一年 
  • 酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
  • 酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主
  • 酒井 詩        さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
  • 酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
  • 榊原留美        さくらの同級生
  • 夕陽丘・スミス・頼子  文芸部部長
  • 瀬田と田中       クラスメート
  • 菅井先生        担任
  • 春日先生        学年主任
  • 米屋のお婆ちゃん

 

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高校ライトノベル・連載戯曲・すみれの花さくころ(宝塚に入りたい物語)9

2019-06-06 08:18:35 | 戯曲
連載戯曲
すみれの花さくころ(宝塚に入りたい物語)9

 

※ 無料上演の場合上演料は頂きませんが上演許可はとるようにしてください  最後に連絡先を記します
 
時  ある年のすみれの花のさくころ
所  春川町のあたり

  
人物 

すみれ  高校生                        
かおる  すみれと同年輩の幽霊
ユカ   高校生、すみれの友人
看護師  ユカと二役でもよい
赤ちゃん かおると二役
 
  
 


 かおるのスマホが鳴る。

かおる: ……石田さんだ。
すみれ: ……?
かおる: ……当たったんだ!
すみれ: え?
かおる: 宝くじが当たったって、石田さんが……
 ほら、さっきの女性警官の人が、メールで教えてくれたの、一等賞の生まれかわりが当たったって。
すみれ: かおるちゃん!  
かおる: ……どうしよう、生まれかわりは今すぐだ……でも、そうだよね。消えかかってるんだもんね。

 生まれる寸前の早鐘をうつような胎児の心音が聞こえてくる。

すみれ: 赤ちゃんの心臓……これで消えなくてもすむのね!?
かおる: うん、そう……でも、どうしよう心の準備が……。
すみれ: これでまた宝塚を受けることができるじゃない!
かおる: そうね、そうよね。今度こそ、今度こそ……ね、戦争だいじょうぶだよね。
 さっきの戦争が日本にくることなんかないでしょうね。もう空襲で、まっ黒こげなんてやだからね。 
すみれ: うん、大丈夫だよ。ずっと平和が続いてきたんだから。
かおる: ありがと……このスマホあげる。
すみれ: え?
かおる: これで、あたしの生まれかわる瞬間が分かる。
 生まれかわって、あたしが生前の記憶をなくすまでは、あたしのこと、このスマホで分かるから。
 あたしのことを訪ねてきて……すみれちゃんには見えないスマホだから、無くさないようにね……。
すみれ: うん、かならず会いに行くからね。
かおる: FOR YOU……。
すみれ: 愛……。
二人: 信じて……!

 心臓の音、力強く大きくなる。

すみれ: いよいよ……。
かおる: いよいよね……じゃ、行くわ。必ず、必ずね……。

 かおる消える。同時に赤ちゃんの産声。

すみれ: 生まれた……生まれかわった!

 看護師(ユカと二役でもよい)が赤ちゃん(かおる)を連れて、うかびあがる。嬉しそうなすみれ。

看護師: 北野さん、無事に生まれましたよ! 三千六百五十グラム。元気な赤ちゃん! 
 ハハハ、だいじょうぶ、五体満足。お母さん似のお目め。お父さん似の口もと。利発そうなはり出したおデコ。
 きっと立派な子に育ちますよ。ね、レロレロバー。さ、それじゃお母さんのところにもどりましょうね……え? 
 ああ、ごめんなさい。とっても元気な男の赤ちゃんですよ! 男の子!
すみれ: 男の子!?
赤ちゃん: 男の子!?(ひっくりかえり、くやしそうに泣く)
看護師: おーよしよし……(去る)
すみれ: 男の子じゃ、宝塚に入れないよ……。

 暗転。保育所のさまざまな音がして明るくなる。数ヶ月後のすみれ。

すみれ: あれから数ヶ月。アラブでおこった戦争はまだ続いていますが、今のとこ日本は平和です。
 あたしはとりあえず大学生になりました。運命的な出会いはまだ。
 情けないけど、今は、とりあえずユカにぶら下がってます。
 かおるちゃんが心配していたとおり、あの見えないスマホは無くしてしまい、
 手がかりは北野という苗字、誕生日、そして三千六百五十グラムという体重だけ。
 秋の奉仕活動の実習に、ユカといっしょにこの春川保育所にやってきました……
 そして、この子を見つけました(無対象の赤ちゃんを抱き上げる)北野たけしちゃんといいます。
 手がかりの三条件にピッタリ。鼻すじが通って、ちょっとシブイ顔をしてるところなんか、かおるちゃんに似ています。
 保育所の先生たちはジャニーズ系だって言いますが……あたしはひそかに決心しました……
 男でも宝塚に入れる運動をおこそう! おかしいですか? 
 おかしいっていえば……あの一等の宝くじ、
 女性警官の石田さんが、自分の当たりくじをかおるちゃんにまわしてくれたんじゃないかなって、
 今は、そんな気がします……あ、やってくれちゃった……ユカ! かおる……たけしちゃんおしっこ! 
 え、あたしが!? はいはい、おしめかえまちょうね(おしめをはずす)
 ああ、出てる最中!(おしっこが顔のあたりまで吹き上がる)ええと、おしめのかえ方は……ええと……ちょっとユカ!

 テーマ曲流れ、すみれが不器用におしめを替える(登場人物全員が出てきて、宝塚風のフィナーレになったら、いっそういい)

                    ――幕―― 


※ この戯曲を上演されるときは、下記までご連絡ください。

〒081-5866 大阪府八尾市東山本新町 6-5-2   大橋むつお

 上演料は、高校生のコンクール(無料上演)などは無料です。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・27』

2019-06-06 07:00:47 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・27  


『第三章 はるかは、やなやつ!5』


「こんなん、どないや」

 シャキっとしたかと思うと、先生の身長が五センチほど伸び、印象としては二十代ぐらいに見えた。
「そんで歩くとやな……」
 おお、外人さんだ!
「まっすぐ前を見て、身体は、腰から……これがコツ。腰で歩く。右、左と腰から前に出る。足は伸びたままでカカトから下ろす。手ぇはちょっと内向きに出す。これを誇張してやると……」
 おお、モデルさんウオーク……足の長さを除いて。
 よく見ると、足も着地するときには伸びきっていること。わずかだけど、後ろに残した足を上げるタイミングが遅い、つまり、歩幅が長くなっている。そして一本の線を踏むように歩いていることが分かった。
「これを逆にやると……」
 腰が落ちる。
 従って、膝と背中が曲がり、足が少し外向きになり……カカトじゃなくて、ペタンペタンという感じで、足の裏全体で下りてくる。そして腰を動かさず足だけが前後に動く。だから歩幅は狭い。顔はやや下を向いて、立派な(?)おじいちゃんのできあがり!

 先生は、調子にのって、番長になったり、兵隊さんになったり、ダースベーダーになったり。
 乙女先生はマリリンモンロー(イメージだけどね)になったりして遊び始めた。乙女先生も元は大学で演劇部だったそうだ。
「ちょっと遊びすぎたな、みんなでワカメやるぞ」
 簡単なようで難しい。その日はだれもできなかった。

 三日後には、タマちゃん先輩ができるようになった。わたしはまだダメ。
 この日は一回通し稽古(ルリちゃんが休んだんで、先生が代役)のあと、講義になった。
「筋肉には、三種類ある。随意筋と不随意筋と、それに半随意筋や」
 初めての言葉に、みんな「???」であった。
「立ち上がってみい」
 みんな、立ち上がった。
「バンザイしてみい」
 みんなでバンザイ。
「それが随意筋や、自分の意思で動く筋肉」
「筋肉て、みんな意思で動かせるんとちゃうんですか?」
 と、タロくん先輩。
「ほんなら、心臓止めてみぃ」
「!?」
 と、みんな絶句。
「な、心臓とか、内臓の筋肉は意思では動かされへん。これが不随意筋や」
「じゃ、半随意筋は?」
「耳動かしてみい」
「え、ウサギじゃないからできませんよ」
「見とけよ……」
 なんと、先生の耳が動いた!
「大昔は、誰でも動かせた。敵から身を守るためにな。進化の過程で、必要なくなったんで、訓練せんと動かせんようになった。勝新太郎が座頭市やるときに、一生懸命に練習してできるようになった。まあ、やってみい」
「ウーン……」
 だれもできない。

「ほんなら、目ぇつぶってみい」
 これは、みんなできた。当たり前。
「ほんなら、今度は、片目だけ」
 そんなもの当たり前……にはできなかった。
「アメリカ人なんかは子どもでもできる」
 あ、これってウィンクだ。
「そうウィンクや。日本人は生活習慣にないから、でけへんもんが多い」
 先生は、それから片方だけ眉をつり上げたり、しかめたり、なにげに肩を上げてみたり。簡単そうで、やってみるとできない。なんだか先生が欧米の役者さん(けしてスターではないけど)に見えてきた。

「次、みんなで笑てみぃ」
「アハハハ」
 と、思わず笑ってしまった。
「笑てくれるのは嬉しいけど、それやない。声を出せへん笑顔や、笑顔。さあ、やってみい」
 みんなその気でやってみる。
「お、はるかはできるんやなあ」
 みんながわたしの顔を見る。
「ホー……」
 と、みんな。そりゃあホンワカはわたしの生活信条だもん。
「ほかのもんは、虫歯が痛いのを辛抱してるみたいな顔や」
 思わずみんな、互いの虫歯顔を見て、吹き出してしまった。
「まあ、こんなもんは、駆けだしのアイドルでもできよる。ここの(頬を指した)笑筋を鍛えとくこっちゃなあ」
 こんなもんかよ……。

「最後に横隔膜。肺と内臓の間にある筋肉や。一応は随意筋や。試しに息止めてみい」
 みんな息を止めた。
「な、できるやろ。ほんなら、横隔膜をケイレンさせてみい」
「え……」
「アハハハ……!」
 先生が突然の大爆笑。気がふれちゃったか!?
「これが、横隔膜のケイレンや。ほかにもシャックリやら、泣きじゃくりもこの一種や。とりあえず、笑えること。楽器のトレモロといっしょ、稽古したらだれでもできるようになる。とりあえず〈ハ、ヒ、フ、ヘ、ホ〉で笑えるように」

 それから、先生は部活の出席簿をチェック。持参のパソコンに、なにやら打ち込んだ。
 タロくん先輩にやらせる以外にも、自分で記録をとっているようだ。
 パソコンを閉じると、タロくんの出席簿を指さした。
「そこから、なにかを読み取って対応と、覚悟をしとけ」
「?」と、タロくん先輩。

「ありがとうございました。お疲れ様でした」

 いつもの挨拶で部活を終わる。
「これで、和顔施にも磨きがかけられるで」と耳元でつぶやいた。
「それから……」と振り返り、
「目玉オヤジは、大権現や。帰ったら、広辞苑でもひいてみい」
 と、憎ったらしくウィンク。
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高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・054『修学院のチンピラ教師』

2019-06-06 06:43:10 | ノベル2
高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・054
『修学院のチンピラ教師』




 ビリ!

 中佐は手を振り上げたまま固まってしまった。

 わたしを張り倒そうとして腕をいっぱいに振り上げて軍服の脇が破れてしまったのだ。

 作業場のみんなは息をのんだ。

「脱いでください、すぐに直します」
 ヨッチンが中佐の軍服を脱がせて、直ぐにミシン掛けする。
「改正四式ですね……袖ぐりの縫製を簡略化してありますので、とっさの大きな動きには耐えられないんです……いせ込みをやり直して二重にします」
 家業が仕立て屋なので、ヨッチンの手際は見事だ。
「中佐殿は、わたしにビンタを食らわせようとなさいましたが、袖が破れたことで手が停まってしまわれました。操縦手が戦闘中であれば、一瞬の動作停止が命取りになります、どうか縫製仕様を再考願えませんでしょうか」

 中佐も被服担当の主計なので分かってはいるようだ。

「しかし、それでは一着当たりの生地が五センチ多くなり、生地一反あたり0・5着不足する。縫製時間も……」
 反論したかったが、すれば中佐の顔もプライドも潰してしまう。
 吸った息を静かに吐いた。
「はい、仕上がりました。お召しになってください」
 ヨッチンは介添えしようと軍服を広げて捧げた。
「一人で着られる……持ちかえって勘案する。見本と仕様書を回収する」
 必要なものを回収すると中佐は引き上げて行った。

 午後の課業は中止になった。

 作業場清掃とミシンの手入れを念入りにやっても、定時よりも一時間近く早い終業になった。
 残業を覚悟していた生徒たちはスイトンの分の元気さを残して帰宅することになった。

 ついていたと思ったが、これが仇になった。

 本町筋にさしかかると、勤労動員で防空壕を掘っている修学院中学の監督にからまれた。
「おい、帝都女学院は、なんでこんない早いんだ」
 こわもての体育教師のようで、ただでは済ませないというオーラに満ちている。
「それに、貴様ーーーーその面はまるで鬼畜米英ではないか! なんで敵性外国人が日本の女学生のナリをしてるんだーー!」
「わたしは日本人です!」
「日本人なら、なぜ目が青い!」
「母が欧米人だからです、育ちはずっと日本です」
「育ちは日本……なら生まれはどこだ?」
「どこだっていいじゃないですか、母も国籍は日本です」
「そんなことはどうでもいい、出自を言え!」
「シカゴの生まれです」
「シカゴだと……正体がバレたな、百パーセント混じりけ無しのアメリカ人ではないか! 憲兵を呼ぶぞ!」

 ここで父や兄の名前を出せば簡単なんだけど、ここは大通り、だれが聞いているか分からない、父や兄に迷惑をかけるわけにはいかない。かわりの言葉を考えるがとっさには浮かんでこない。

「だいたい、その胸当てズボンが気に入らない。なんでモンペにしないんだ、そのナリはまるで浅草レビューのはすっ葉ダンサーではないか! 帝都はたるんどる!」
 レビューとかダンサーとか英語がこぼれて、この男は元来は浅草六区あたりに屯していた遊び人なのかもしれない。
 絡み方が、まるでチンピラだ。
 あ、いけない、わたしはチンピラを見るような目で見ている。
「なんだ、その目つきは!」
 男の手が胸元に伸びてきた時、男の後ろで声がした。

「ちょっと待っていただけませんか」

 目の焦点を合わせると、男の肩越しに雄と同じ陸軍航技士官の軍服が立っていた。
「この女学生は妹だ。なにを聞いたかは知らないが、あなたの聞き間違いだ」
「し、しかし中尉殿」
「染色体の事情でこういう顔つきをしているが純然たる日本人だ。わたしが言うのだから間違いはない、多少口の利き方が悪かったのなら自分が詫びる、この通りだ。さ、照代、君たちも行くぞ」
「え、あ、はい」

 不器用に修学院のチンピラ教師に頭を下げると、中尉といっしょにその場を離れた。

 だれだ、この人は? 雄と同じ中尉の軍服を着ている以外にはなんの共通点もない中肉中背の男は……?
 
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高校ライトノベル・時かける少女BETA・20《大和と信濃と・5》

2019-06-06 06:34:11 | 時かける少女
 時かける少女BETA・20
《大和と信濃と・5》              


 
 西日を背に受け、黒々と現れた巨艦に信濃の乗員、工員、捕虜たちは声も無かった。

「あれが大和……?」

 信濃の阿部艦長は静かに頷いた。時に昭和19年11月29日の夕暮であった。大和の乗組員も気づき、世界最大の戦艦と空母の邂逅に歓喜した。
「ラッキーだったな。君たちは世界最大の空母に乗って、世界最大の戦艦にお目にかかれたんだ。いずれ戦場で出会うかもしれん、目に焼き付けておいたほうがいい」
「こんな軍事機密を知った我々を日本は釈放するつもりですか?」
 ウェンライト少佐が訊ねた。
「見せているのはガワだけだ。我々の力は身をもって知った通りだ。それに我々は戦争が終わるまで君たちを養っておく余裕が無い。そのうち仲間が増える。まとまったところで、アメリカに帰っていただく。捕虜虐待などと言われんうちにな。さ、迎えのトラックが待っている。君らの仕事は大統領に手紙を書くことだ。検閲などはしない、思ったまま書き給え。そして、しばらく不自由な生活になるが辛抱してくれ」
 捕虜たちは、タラップを降り、トラックに乗せられて広島の収容所に連れていかれた。阿部艦長と細井中佐は大和の有賀艦長に挨拶に行くために内火艇に乗った。

「甲板を黒塗りにされたんですね」

「気休めだが、多少は視認しにくくなると思ってね。信濃も派手な偽装塗装だね」
 信濃は薄緑の上に濃緑色で、商船のシルエットが描かれている。
「あれも気休めです。昨日易々と米潜に発見されましたから」
「しかし、返り討ちににして、52人も捕虜にしたらしいじゃないか?」
「ああ、この横鎮の細井中佐のお蔭です。空技廠もいろいろ新手を考えてくれているようです」
「これをお受け取りください。軍令部と艦政本部からの辞令です」
 細井中佐は、二通の封筒を大和の有賀艦長と信濃の阿部艦長に渡した。
「細井君。君が大和の改装と信濃の艤装委員長になるのかい?」
「一応です。わたしが口出しするのは、ほんの一部です。そうだ、さっそく試しておきましょう」
 細井中佐は太い体をかがめ、鞄から菓子袋のようなものを取り出した。これだけの動作でも腹が邪魔になり顔が赤くなっている。
「なんだね、この鉛筆のキャップみたいなのは?」
「25ミリ機銃用の命中精度向上蓋です。間もなく敵の偵察機が……ちょっと待ってください」
 中佐は携帯用の電探の受信機を取り出し、二人の艦長にも見せた。
「これは……?」
「なかなか重宝なもんですよ」
 もう慣れてしまった阿部艦長がニンマリ笑う。
「B24が三機松山沖まで来ています。この向上蓋を付けた25ミリで撃ってもらえませんか」
「いいが、よほどの低空でなきゃ、かすりもせんよ」
「まあ、お試しあれ」
 有賀艦長は、砲術長に命じ、右舷舷側の一番三連装に向上蓋を取り付けた弾を装填させた。性能を測るために他の対空機銃は、沈黙させることにした。

 B24は、大型の空母が入港した情報を得て確認に来たのだ。そして、対空火器が沈黙しているので、高度を3000まで下げた。

「ころあいです、撃ってください」
「3000じゃ射程ギリギリ。当たらんよ」
 砲術長はニベもない。
「まあ、ものは試しだ。撃ってみろ」
 艦長の指示で、砲術長は一番機銃に命じた。
「右舷二時、35度の敵機を撃つ。一斉射10発ずつ。三機とも均等に撃つ。これでいいんだね?」
 砲術長は、子供に言うように確認した。
「十分だ」
 細井中佐も簡潔に答えた」
「テーッ!」
 最初の斉射で先頭機が火を噴き、まさかと思っていた機銃座員たちは、慌てて照準を変え、二十秒で残りの二機も火を噴いた。
「搭乗員は、落下傘で脱出します。捕虜獲得も重要な任務ですので、早急に救助してやってください」

 アーチャーフィッシュの乗員を含めて、100名ほどの捕虜になった。細井中佐は、その実績をもって、軍令部に捕虜収容所の増設を具申した。
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