文章力が無い!
国語の吉良先生が言う。
中間テストの国語の成績が悪かったんや。
あたしだけと違て、学年みんなが悪いらしい。
「だから、文章を書く練習をします」
先生は、まず原稿用紙二枚を印刷したB4のプリントを配る。ざら紙とインクの匂いが初々しい。
後ろに回したら「刷りたてやねえ」と留美ちゃんは嬉しそう。留美ちゃんは本の虫やから、紙とかインクとかも好きやねんなあ。留美ちゃんの声が大きかったんか、吉良先生は、ちょっと怒ったような顔。
なんでやろと思たら、次のプリントが配られてきた。
同じB4に天声人語と産経抄が印刷したある。テンコエジンゴ? サンケイシャ? スカタン読んどるのは男子のアホら。
「『テンセイジンゴ』『サンケイショウ』と読みます。どっちかを読んで、きれいに原稿用紙に写しなさい。ええか、句読点、改行に注意。漢字には数詞以外は読み仮名を振ってきれいに書く! 書けたら、先生に見せに来なさい。ええなあ、ほんなら、かかれ!」
しばらく沈黙が続いて、サラサラと音がする。みんな従順に作業にいそしんでる。
『天声人語』を読む。全編安倍総理の悪口。悪口は好きくない。
『産経抄』を読む。父親と子どもの関係について書いてある。最近いろいろ事件があったからなあ……父親の有り方、子どもへの接触の仕方……お父さんは商社勤めで忙しい人やったなあ。
家族三人で出かけた記憶がほとんどない。保育所やら学校やらはお母さんが来てくれてた。
顔は思い出せるんやけど、声が思い出されへん。
もし、お父さんが蘇って「さくら、元気か?」とか声をかけてくれたら、たぶん思い出せる。
六年も前に失踪したからか、もともと会話が少なかったからか、お父さんの声が思い出されへん。なんや、辛なってきた。
仕方ないんで『天声人語』を写す。宿題をやる要領で、意味なんか考えんと、コピー機になったつもりで書き写す。
期せずして一番に書き終えて、先生に見せに行く。
「え?」
ちょっと驚いたような顔して、手元の書類を裏がえしてから「どれどれ……」と読んでくれる。
「うん、正確に書けてる。まだ時間あるから『産経抄』も書いてみる?」
「あ……産経は堪忍してください」
「あ、うん、いいよ、じゃ、静かに自習」
「はい」
静かに自習して一時間が終わる。
「吉良先生、内職してたんだよ」
留美ちゃんが言う。
「内職?」
「うん、なんかレポートみたいの書いてたでしょ。きっと急ぎの仕事。だったら、正直に自習にしちゃえばいいのにね」
ちょっと怒ってる。
あたしは、先生にも事情があるんやろと、納得してんねんけどね。
昼休み、廊下で吉良先生と出会う。
「酒井さん、あんたとこ朝日新聞やねんなあ」
同志見る目で言われる。
「え、あ……はい」
家で新聞なんか読んだことないから、じっさい何新聞とってるのかは分からへん。せやさかい、あいまいな肯定の返事。
それ以上言われることはなかったけど、お仲間見っけみたいな目ぇで見られるのんは堪忍してほしいなあ。
☆・・主な登場人物・・☆
- 酒井 さくら この物語の主人公 安泰中学一年
- 酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
- 酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
- 酒井 諦一 さくらの従兄 如来寺の新米坊主
- 酒井 詩 さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
- 酒井 美保 さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
- 榊原留美 さくらの同級生
- 夕陽丘・スミス・頼子 文芸部部長
- 瀬田と田中 クラスメート
- 菅井先生 担任
- 春日先生 学年主任
- 米屋のお婆ちゃん