大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・せやさかい・027『カマイタチ・4』

2019-06-20 13:47:31 | ノベル
せやさかい・027
『カマイタチ・4』 

 

 

 伏せて!

 

 頼子さんの言葉に、田中さんを庇って踊り場の囲いの内に収まる。

 囲いの上に身を晒してると外から丸見え。第三者に騒がれるのはまずいという判断。

「わたしたち文芸部なの、落ち着いたら部室にいこ」

 田中さんは無反応やけど、抗うこともなく、頼子さんの庇われながら部室に来た。

 情けないけど、言葉が出てこーへん。

 あたしごときが言葉かけてもしらこい感じがしたり、言葉にしたら田中さんを傷つけるだけいう気がしたり、吸うた空気が声になれへん。

 助けた側やけど、あたしもショックで、どないしてええか分からへん。留美ちゃんは、あたしの後ろをついてくる。

 

 ダージリンの香りが立ちこめてる。

 

 救出前に淹れた紅茶が飲み頃になってる。ほんの二分足らずの救出劇やったとは思われへんくらいの緊張感。

 言葉は出てけえへんけど、寄り添わならあかん思て、田中さんの横に腰かけた。そやけど、紅茶が入ってティーカップ持って座った時は一つ空けてしまう。

「……誰にも言わんといてください」

 猫舌でも飲めるくらいに紅茶が冷めたころに、田中さんはポツリと言う。

「うん、いいわよ。でも、四階の外階段だったから、誰かに見られてるかもしれないけどね」

「…………」

「あの、田中さんやとは限らへんよ。わたしを狙たんかもしれへんし」

 そうなんや、あの上着はわたしのとこに置いたったんやから。

 田中さんは、チラッとわたしを見ただけで、すぐに視線を落としてしまう。

「酒井さん、一人称使い分けるんやね」

「え?」

「わたし……と……あたし」

 え? え? 

「田中さん、制服は9号でしょ……これが合うと思うわ」

 頼子さんは、三着持った制服の一着を渡した。

「これは……?」

「卒業生が予備に寄付していったものよ。ここを倉庫代わりにして、忘れてるのよ、先生たち。ネームの刺繍は削っといたから、よかったら使って」

 すこし間があって、田中さんはノロノロと制服を着替えた。脱いだ制服は補修したところが口を開いてた。さっきの騒ぎで破れたんや。

「お世話になりました」

 小さくお辞儀して田中さんは出て行った。

「付いていかなくていいんですか?」

「大丈夫よ、もう一度死のうと思うなら、制服替えたりしないわよ」

 頼子さんはすごい! そう思うと、自分もなにかせなあかんと思う。

「わ、わたし、家まで送っていきます!」

 さっき、椅子を一つ空けて座ったことと、安直に慰めよとしたオタメゴカシを挽回したくて立ち上がった。頼子さんは、なにも言わんと見送ってくれた。

 校長室の前まで行くと、ちょうど田中さんが出てくるとこやった。菅ちゃんが頼んなさそうに付いてる。

「わたしが送っていきます」

「あ、ああ、頼むわ」

 そない言うと、菅ちゃんは正直にホッとした顔になる。

 田中さんは無言やったけど、付いてきたらあかんとは言えへんかった。

 いろいろ聞きたかった。犯人は誰? とか。

 でも、言葉はかけられへん。

 かけられへんまま送っていって「ここ曲がったとこやから」と言われて、そこからは付いていかれへんかった。

 ここでカマイタチが吹いて、ふたり同じように切り傷かできたらなにか言えるような気ぃがしたけど、カマイタチは吹いてけえへん。

 せやさかい、田中さんが角を曲がるのんだけ見て、回れ右して帰った。

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高校ライトノベル・連載戯曲『あすかのマンダラ池奮戦記➄』

2019-06-20 06:41:44 | 戯曲
連載戯曲『あすかのマンダラ池奮戦記➄』




 フチスミは、出雲の方角に例の神の挨拶をしている。イケスミもそれにならいながら挨拶をする。あすかもつりこまれ、不器用にそれにならう。

イケスミ: 師走にもつれこむと、鬼が出始めるぞ。
フチスミ: もう出始めている。(彼方で音)ほら……水没したとはいえ、ここはトヨアシハラミズホノオオミカミさまの住まわれる聖地、しかも留守とあっては禍つ神どもにとって、鍵の開いた金庫も同然。あの音は結界に禍つ神が触れる音だ。
イケスミ: 結界が?
フチスミ: 今のところは無事、でも、時間の問題、北と南に集まり始めている。一人で二正面の戦いは苦しかった。
イケスミ: あたし……出戻りが親のスネカジリにもどってきたつもりなんだけど……
フチスミ: なによ、それ?
イケスミ: だってね……
フチスミ: だってもへちまもないわよ。いいこと、このミズホノサトを奪われたら、わたしたち住むところないのよ。イケスミさん、あなた、東京の万代池もほっぽらかしてきたんでしょ!?
イケスミ: だって、だって、あそこはもう埋め立てられっちまうんだよ! 池の神が池を失ったら、もう存在理由ないだろ? アイデンテイテイ、レーゾンデートルの問題だ。
フチスミ: だからがんばるんじゃない! わたしなんか依代の方が元気で、どっちがとりつかれてんのか……
あすか: ね、あそこ、学校があったんじゃない?
イケスミ: え?(話を中断されたようで、少し機嫌が悪い)
フチスミ: よくわかったな。ポールが突き出ているだけなのに。
あすか: あのポール、卒業記念に、中学に残してきたやつといっしょみたいだから。あたしが選んだんだよ。生徒会の役員やってたから。
フチスミ: へえ、あすかちゃんて偉いんだ。
イケスミ: 中学の生徒会役員なんて、手ェあげたらだれでもなれんだよ。
あすか: もう、ちゃんと対立候補を大差でやぶって当選したんだかんね。
フチスミ: へえ、立候補したんだ。
あすか: そ、そだよ! 
イケスミ: プ(*´艸`*)
あすか: な、なにがおかしいの!?
イケスミ: 体育祭のリレー、ゴール直前でズッコケてクラスをドンベにして「お詫びになんでもします!」って、やらざるを得なかったんだよな~。
あすか: う、うっさい!
フチスミ: 村立伴部小中学校、この依代の子が通っていた学校。この子も卒業記念品の選定委員やってたんだよ。
あすか: そうなんだ! あのポール、特注品で高いんだよね頭のところに校章がついていて、夜になると、太陽電池の明かりが照らすようにできてんの。校章とポールの間に発光ダイオードとか入ってて……
フチスミ: 日によって色が変わるんだよね。
あすか: うん、うちは月曜が赤「ファイトオッ一発がんばるぞ!」ってんで、ヘヘ、学校にゴマスリのハッタリだけどね。
フチスミ: ここは田舎だから、日めくりの色どおりに日曜が赤、あとはアンケートとって多い順。
あすか: あら民主的……うちは、あたし一人で全部きめちゃった。
フチスミ: すごいのね……
イケスミ: 誰も興味ないんだよ、あすかの学校じゃそういうことにはさ。
あすか: そういうこと言う?
イケスミ: でも、そうなんだろが。
あすか: ……そりゃ、そうだけどさ。
フチスミ: あのポールの校章、今でも光るんだよ……フフフ、今日はオレンジ。給食にミカンのつく日だったから、一番に決まったの。
イケスミ: あなた……名前はなんて言うの?
フチスミ: え?
あすか: ?(不思議そうに二人の顔を見る)
イケスミ: 依代、あんたのことよ。普通神さまがとりつくと、依代の意識は眠っちまうんだ。な、そうだろあすか、ここへ来るまでのことちっとも憶えてないだろ?
あすか: ……うん、「ミッションスタート!」でとぎれて……
イケスミ: スカートめくって太ももあらわにして、長距離トラック乗り継いだことなんか憶えてないよな?
あすか: え……そんなことしたの!?
フチスミ: フフフ、そうよ、この子の意識は起きている。だから、スカートめくってヒッチハイクなんて、とてもやらせてはもらえないけど。
イケスミ: で、名前は? 依代をしながら意識が醒めているなんて、ただ者じゃないわ。
フチスミ: 桔梗、天児桔梗(あまがつききょう)
イケスミ: 天児……!
あすか: アマ、アマガ……?
イケスミ: 天国の天に鹿児島の児と書くんだ。伴部村の神社の子だな?
フチスミ: 社は二十年前の台風で倒れて、それっきりだけど、この子のお父さんが、映画のセットみたいな代用品を建てて細々とやっていたんだけど……そのお父さんの神主さんも、今度の地震で……
あすか: 他に家族は……?
イケスミ: 天涯孤独……一人ぼっちって意味さ。
あすか: どうして、イケスミさんに分かるの?
イケスミ: その桔梗って子、身を投げにきたんだね、フチスミさんの花ケ淵に……
フチスミ: よくわかったわね、二人だけの秘密だったのに。
イケスミ: イケスミだよあたしは。意識が起きてさえいりゃあ、なんだってお見通し。依代になりながら起きているなんて、天児の子とは言え、本当は強くて賢い子なんだね。
フチスミ: ……繊細で賢い子。だから、新しい町や学校にもなじまず、死のうと思った。
あすか: あの……繊細で賢い子だと、どうして、なじめずに死のうと思っちゃったりするわけ?
イケスミ: だって、おまえはなじんでるだろ、町にも学校にも?
あすか: うん、あたしは バカでガサツで弱虫なわりにお調子者で……
イケスミ: だろ。万代池が無くなるのに死のうなんて思わないしさ……
あすか: ちょ、ちょっと!
イケスミ: すまん、ちょっとひがんでみただけ……
フチスミ: 桔梗は、このあたりでただ一人わたしの依代になれる素質を持った子だった。
あすか: ソフトとハードの関係だね。あたしとイカスミさんみたいに。
イケスミ: イケスミだっつーの。
フチスミ: その桔梗が、廃村の二日後、たった一人でわたしのところへやってきた。これは運命だと思った。この子もね……二人でそう感じた時、わたしは溺れているこの子にのり移っていた……その時……
あすか: その時?
フチスミ: かすかにオオミカミさまの声が聞こえたような気がした……
イケスミ: はるか出雲から、オオミカミさまの声が……
フチスミ: 見とどけよ……とおっしゃった。
イケスミ: 何を見とどけよと?
フチスミ: おもどりになるまでのこと、それしかないわ。
あすか: でも、もう十一月も末だよ。
イケスミ: どういう意味だ?
あすか: ……もう帰ってこないんじゃ……だって何もかも水の中に沈んでしまって、変な不良の神さまたちもここをねらってるみたいだし……(彼方で崩れる音)
イケスミ: 神さまは嘘は言わん。
あすか: でも、もどってくるとは言ってないんでしょ。出雲に行ってくるとだけ、そしてかすかに、見とどけよと、そう言っただけでしょ?
イケスミ: 神無月を過ぎて、神々がもどられなかったことなどない!
あすか: だって、まだもどってこないじゃないか!
イケスミ: ……
あすか: 先生だって、トイレにたったきり職員会議にもどらない人がいる。生徒の大事な進路を決める職員会議にだよ!
イケスミ: 学校の教師ごときと神さまをいっしょにするな! 神さまを信じろ!
あすか: だって、イカスミさんだって、マンダラ池を見捨てたじゃないか、二度ともどってきやしないんじゃないか!
イケスミ: 勝手なことを申すな!!
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高校ライトノベル・高安女子高生物語・1〔それは三日前に始まった〕

2019-06-20 06:26:42 | 小説・2
高安女子高生物語・1
〔それは三日前に始まった〕   初出:2013-12-30 


 それは三日前の12月27日に始まった。

――アスカ、ちょっと学校出ておいで――
――え、なんでですか?――
――期末の国語何点やったかしら?――

 これだけのメールの遣り取りで、あたしは年内最後の営業日である学校に行かざるを得んようになった。

 南風(みなかぜ)先生は、あたしの国語の先生でもあり、演劇部の顧問でもある。

 数学と英語が欠点で、国語がかつかつの四十点。それでなんとか特別補習と懇談を免れた。四十点というのは実力……とは思てたけど、素点では三十六点。四点はゲタで、そのさじ加減は先生次第。きたるべき学年末を考えると行かざるを得んかった。

 南風先生の名前は爽子。名前から受ける印象は、とても若々しく爽やかやけど、歳は四十八(秘密やけど) 
 見かけはボブがよく似合うハツラツオネエサン。アンテナの感度もよく、いろんなことに気のつく人やけど、悪く言えば計算高く、取りようによっては今日みたいにイケズな人の使い方もする。

「美咲が、健康上の理由で芸文祭に出られんようになった。アスカが代わりに出るんや」
「あ、あたしが!?」
 見当はついていたけど、一応は驚いとく。
「三年出しても、来年に繋がらへん」
「そやけど、あたし、まだ一年生ですよって……」
「なに言うとんねん。三年以外言うたら、美咲とアスカしかおらんやろ。で、美咲があかんようになったら、アスカがやるしかしょうがない。ちゃうか?」
「……そら、そうですけど」
「ハンパな裏方専門という名の幽霊部員から、このOGH演劇部の将来を担える生徒になんなさい。佐藤明日香さん!」
「は、はい……」
「一年でダラダラしてたら、高校生活棒にフルでえ。もう三か月もしたらアスカも二年や。ここらで、一発シャキッとしとかんかい!」
 と、愛情をこめて頭を撫でられた(ほとんどシバカレた)

 あたしの学校は、大阪府立Osaka Global highschool(和名=大阪グローバル高校。意訳すると大阪国際総合高校……なんともいかめしく中味のない名称であることか!)
 二年前に三つの総合科の高校が統合されて一つになった。あたしは、その二期生で、三年生は、もとの学校の名前と制服を引き継いでる。

 統合と共にやってきた校長は、いわゆる民間人校長でOGHを含め四つの校長を兼ねて張り切っている。これは四倍の給料が出るから! と思うたら、四校分の給料が出るわけではないらしい。
 あたしは、新設校は生徒への手当が厚いという中学の先生の薦めでこの学校にきたけど、どうも総合病院みたいに、ただ白っぽくてでかいだけの校舎にも、三校寄せ集めの落ち着きのない雰囲気にもなじめない。

 演劇部は、勧誘のAKBの歌とダンスがいけてたことと、南風先生の熱心な(大阪弁では、ひつこい)勧誘で入ってしもた。本当は軽音がよかった……とは、口が裂けても言えません。

『ドリームズ カム トゥルー』という一人芝居の台本をもらって帰った。

「早めに目ぇ通して、新年五日の稽古には台詞入れといでや!」
 
 ドン!

 背中をドヤされて、桃谷から環状線に乗り、鶴橋で近鉄に乗り換え。準急に乗って布施までは読んでいたけど、意識がもどったのが山本。シャキッとしたのが高安。

 あたしは河内のど真ん中の高安女子高生。

 冠に原宿とか新宿とか付くとオシャレやねんけど……しかし生まれ育った河内高安。こう書くしかない。
 家に帰って、台本を読もうとするんやけど、ついテレビの特番を観てしまう。
 外国人の喉自慢にしびれ、衝撃映像百連発、ドッキリなんか観てると夜は完全に潰れ、昼間は、家の手伝いやら友だちとのメールの遣り取りなんかでつぶれてしまう。
 今日こそは……そう思ていると連ドラの総集編を観てしもた。

――台本読んでるかあ?――

 南風先生のメールで、ようやく台本を読み始める。かくして、この年末のクソ忙しいときに、我が『高安女子高生物語』は始まってしまったのであります!
 
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高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・068『そもそも遷都の条件が違う』

2019-06-20 06:09:29 | ノベル2
時空戦艦カワチ・068   
『そもそも遷都の条件が違う
 
 
 
 
 密はオアズケをくらった。
 
 江戸を都にすべきという仲子の提案に賛同しきれなかったからだ。
「分かっていただけるまでは枕を共にいたしません!」
 そう宣言されて、密は夫婦の寝室から追い出されてしまったのだ。
 
 新政府の意向は『大坂遷都』に決まっている。
 大久保や西郷、長州の伊藤や桂だけではなく、江戸っ子の勝までも「都は大坂がいい」と言っているのだ。
 なによりも密の理性が――大坂こそが日本の都――と認めてしまっている。
 
 密は足許に気を配りながら大手門を潜った。
 
 大坂城は鳥羽伏見の戦いの後に荒れた。
 将軍慶喜と幕府軍が退去した後、大坂の市民たちが城に押し寄せ、何者かが火を点け城内の大半が焼失し、その後始末もできないまま放置されている。
 その大坂城の天守台に登ってみろと仲子が言ったのだ。
 大手門の多聞櫓を抜けると二の丸だ。二の丸だけでも五百メートル四方もあり、新政府の官庁のほとんどが収まる。
 収まらないとしたら練兵場ぐらいのものではないかと思ってしまう。
 
 思ってしまうが決めてはかからない。
 
 一昨年、漢字を廃止して仮名だけにすれば便利になると思い込んでいたが、仲子は反対し続け、けっきょく仲子が正しかった。物事の決定に偏見が無いところが密の長所だ。身分や男女差で判断しない、自分自身越後の百姓の出である。身分にこだわる世の中であれば今の密は存在していない。
 薩摩の大久保利通が同じである。
 新政府は大久保の頭脳と西郷の人徳で回り始めている。この二人がそうであるお蔭で密たち旧幕府系の人間も政権に参画できているのだ。
 桜門を過ぎると本丸で、そこから見える天守台の上には先客がいた。
「大久保さんではないですか?」
 先客は大久保と、その従者だった。
「おお、前島さん。これは話が早い」
 大久保も喜んで従者を下がらせ、二人だけで大坂の街を見下ろすことになった。
「きのう仲子さんが来られましてね」
「仲子が?」
「ほんの五分ほどしかお相手できなかったが、大事なことに気づかされました。それを確かめに来たんです」
「大坂遷都のことですね」
「わたしは大坂で十分だと思っていました。十分どころか、この摂河泉の平野の広がりは都を置いてなおゆとりがあります」
「わたしも同じです。他に舟運、諸街道との連絡、街の整備を考えましても大坂が適しています」
「その適しているというのは、いつの日本を指してのことなのですか?」
「は?」
「いや、仲子さんにそう詰め寄られました」
 気づくと、大久保の口元がほころんでいる。大久保が人前で笑顔を晒すのは稀有なことである。
「日本の安寧が整う条件を言われました、目から鱗でしたよ」
 言われた密は息をのんだ。都の条件は日本国内を治めることを柱にして考えている。それだけならば、いまの大坂で十分すぎるくらいなのである。
 だが、将来にわたっては必ず周辺の大国との摩擦が起こる。
「摩擦の相手は清国とロシアです。好んで事を構える気はありませんが、かの国は日本の独立を喜びません。わたしたちの寿命が尽きるころには衝突が起こるでしょう。遠い将来と思っていましたが、その布石は打っておかなければなりません」
 密は沈黙し、摂河泉の平野の広がりと、清国・ロシアに対抗できる国の首都の大きさを秤にかけた。
「収まりきらないかもしれません」
「前島さんが言うのなら確かです、さっそく朝議に掛けましょう。おそらく御裁可になります」
 
 その二日後、東京遷都が決まった。
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高校ライトノベル・時かける少女BETA・34《コスモス坂から・7》

2019-06-20 06:00:32 | 時かける少女
時かける少女BETA・34
《コスモス坂から・7》


『カツオとワカメの兄妹日誌』

 ワカメからカツオへ

 共産主義は間違っている。一党独裁は必ず党内の権力闘争と政治の腐敗を招きます。
 
 党が一つだと、その中でしか競争ができないからです。その競争も党の外からは見えないので、日本では想像できないぐらい汚く熾烈なものになり、競争に負けた者は、あらゆる罪名で強制収容所に送られたり、処刑されたりします。政治や政策論争は公開され、民衆の支持を得なければ、独りよがりな独善でしかありません。ソ連でも、創設期から、たくさん粛清されています。教育や生産も党の指導で行われ、現場の声は反映されません。当然潜在的な恐怖や不満は国中に満ち、そのはけ口は対外膨張に向けられます。戦後の共産主義国の増大は、そういう空気の中で行われたもので、けして世界の民衆が望んで行われたことではありません。

 日本は、そういう共産主義の国々に囲まれています。だから、それらの国からの間接侵略・直接侵略から国を守らなければなりません。とても日本一国でできるものではありません。日本はまだまだ戦後復興の途上にあります。莫大な軍事費にまわすお金がありませんし、回すべきでもありません。
 アメリカがパラダイスで、いつも正義だとは思いません。でも、共産主義の国と手を結ぶよりは100倍はましだと思います。だからこその日米安保条約なんです。どうか理解して、安保反対闘争などに首を突っ込まないでください。

 カツオくんは絵の才能があります。進路もM美大とかおっしゃっていましたね。その道で努力してください。カツオくんの勉強なら絵のモデルにもなります(ヌードモデルは御免こうむりますけど)勉強できるように力にもなります。春には受験ですね。専一にがんばってください。

 カツオからワカメへ

 ワカメのお父さんは外交官だから、お父さんの影響が強いと思うよ。安保条約はアメリカの戦争に日本が巻き込まれるだけだ。朝鮮戦争に直接日本は巻き込まれずに済んだ。でも、日本の基地からたくさんアメリカ軍が戦場に出撃した。そのお蔭で日本は経済復興したけど、ボクは釈然としない。人の不幸で復興しても素直には喜べない。アメリカは、これからも対外戦争を続けるだろう。次はインドシナかフィリピンか、キューバあたり。
 ボクは、ソ連も含めて完全な国など存在しないと思っている。だからこそ、日本が平和憲法を守って美しく平和に向かい合っていけば、いつかは日本の平和主義が世界のスタンダードになると確信している。今年の春には国会で批准されてしまう。日本を真の平和国家にするためにも絶対阻止しなければいけない。微力でも、この時代を生きる若者としては見過ごしてはいけないと思う。

 ボクの絵の勉強を応援してくれることは、とても嬉しい。ボク自身は絵で身を立てていこうと思う。ボクは人物デッサンが苦手だ。モデルになってくれることは、とても助かる。これからもよろしく。


 二人の論争は交換日誌の中だけだった。二人で会っている時間は、そういう揮発性の高い話はしないような不文律ができていた。そして、春には白根はめでたくM美大に合格し、芳子は七倉高校の三年生になっていた。

「やだ、お兄ちゃん、なに、その恰好!?」

 半年ぶりに帰ってきた勲を見て久美子が、素っ頓狂な声を上げた。
「似合うだろう。青春の一ページをめくったんだ」
 そういうと、勲は上着を脱ぎ捨て、ネクタイも外して居間で大の字になった。

 のちの時代でリクルートカットと言う頭になって、完璧なサラリーマンの姿になっている兄を見て、芳子も茫然とした。
 
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・41』

2019-06-20 05:51:37 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・41
 
 
 
『第五章 ピノキオホールまで・2』


 だめ!

 パンプスを蹴飛ばすように脱いで、お母さんは宣告した。
 あおりを受けて、わたしのローファーがすっとんだ。

 くだくだしく言っては、言いそびれるか出鼻をくじかれるか。
 風呂上がり、玄関の上がりがまちでお母さんを待ち受けていた。
 そしてドアが開くやいなや「バイトやる!」と、正面から打ち込んだ。
「だって、みんなやってるよ!」
「いつから、DM人間になったのよ」
「DM?」
「DAって、MIんなやってるもん。の、DM。自主性のない甘ったれたダイレクトメールみたいな常套句」
 サマージャケットを放り出す。
「だって……でもさ、わたしがバイトして、少しでも稼いだら、お母さんだって楽になるじゃん」
 神戸のページを開いた旅行案内を投げ出した。
 ブワーっと、エアコンが唸りだした。
 おかあさんが「強風」にしたのだ。室外機の唸りが部屋の中まで聞こえる。
「どんな風に楽にしてくれるわけ?」
 エアコンの吹き出し口の下で、タンクトップをパカパカさせて、胸に風を入れる。
「その分さ、お母さんパートの時間減らせるでしょ、そしたら、その分原稿だって書けるじゃない」
「余計なお世話」
「でも、お母さん、ス……」
「スランプだって、心配してくれるわけ!?」
「ス……隙間のない生活でしょ。家のことやって、パートに出て、本も書かなきゃなんないし……」
「わたしはこのリズムがいいの。はるかぁ……なんか企んでる?」
「う、ううん」
「あ、ビール冷やすの忘れてた」
 チッっと舌を鳴らして、缶ビールを冷凍庫に放り込むお母さん。
「だからさ……」
「なに企んでるか知らないけど、後にして。とりあえずもう一度、だめ!」
 首を切るように、手をひらめかせて、お風呂に入った。
 わたしは、もともと親にオネダリなんかしない子だった。やり方が分からない。そうだ由香に聞いてみよう!

「バイト……なんかワケあり?」

「うーん……そうなんだけどね」
「それやねんやったら、正直にわけ言うて、正面からいくしかないやろなあ。小細工の通じる人やないと思うよ、一回しか会うたことないけど。で、わけて何?」
「言えたら、言ってるよ」
「秘密の多い女やなあ」
「で、そっちはどうよ?」
 矛先を変えた。
「言えたら……」
「なによ、そっちも」
「言うたげるわ、まだまだワンノブゼムや!」
「そうなんだ」

 ……今の、冷たく感じたかなあ。

「吉川先輩の心には、確実に坂東はるかが住んでる!」
「あの……」
「この鈍感オンナ!」
 プツンと音がして、スマホが切れた。

「鈍感オンナ」はないだろう……。

「ビールまだ冷えてないじゃん……!」
 バトルの再開。
「氷でも入れたら」
 これがやぶ蛇だった。
「それって、高校生がバイトやるようなもんよ」
「え、なんで?」
「働くなんて、いつでもできる。てか、嫌でも働かなきゃなんない。高校時代って、一回ぽっきりなんだよ。それをバイトに時間とられてさ、氷入れたビールみたいに水っぽくすることは許しません。部活とか恋とかあるでしょうが、高校時代でなきゃできないことが。ね、やることいっぱい。ビールは冷たく、青春は熱く!(ここでビールを飲み干した)生ぬるいのはいけません」

 わたしの人生って、そんなに生ぬるくないんですけどね……コロンブスの玉子はこけた。  
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