伏せて!
頼子さんの言葉に、田中さんを庇って踊り場の囲いの内に収まる。
囲いの上に身を晒してると外から丸見え。第三者に騒がれるのはまずいという判断。
「わたしたち文芸部なの、落ち着いたら部室にいこ」
田中さんは無反応やけど、抗うこともなく、頼子さんの庇われながら部室に来た。
情けないけど、言葉が出てこーへん。
あたしごときが言葉かけてもしらこい感じがしたり、言葉にしたら田中さんを傷つけるだけいう気がしたり、吸うた空気が声になれへん。
助けた側やけど、あたしもショックで、どないしてええか分からへん。留美ちゃんは、あたしの後ろをついてくる。
ダージリンの香りが立ちこめてる。
救出前に淹れた紅茶が飲み頃になってる。ほんの二分足らずの救出劇やったとは思われへんくらいの緊張感。
言葉は出てけえへんけど、寄り添わならあかん思て、田中さんの横に腰かけた。そやけど、紅茶が入ってティーカップ持って座った時は一つ空けてしまう。
「……誰にも言わんといてください」
猫舌でも飲めるくらいに紅茶が冷めたころに、田中さんはポツリと言う。
「うん、いいわよ。でも、四階の外階段だったから、誰かに見られてるかもしれないけどね」
「…………」
「あの、田中さんやとは限らへんよ。わたしを狙たんかもしれへんし」
そうなんや、あの上着はわたしのとこに置いたったんやから。
田中さんは、チラッとわたしを見ただけで、すぐに視線を落としてしまう。
「酒井さん、一人称使い分けるんやね」
「え?」
「わたし……と……あたし」
え? え?
「田中さん、制服は9号でしょ……これが合うと思うわ」
頼子さんは、三着持った制服の一着を渡した。
「これは……?」
「卒業生が予備に寄付していったものよ。ここを倉庫代わりにして、忘れてるのよ、先生たち。ネームの刺繍は削っといたから、よかったら使って」
すこし間があって、田中さんはノロノロと制服を着替えた。脱いだ制服は補修したところが口を開いてた。さっきの騒ぎで破れたんや。
「お世話になりました」
小さくお辞儀して田中さんは出て行った。
「付いていかなくていいんですか?」
「大丈夫よ、もう一度死のうと思うなら、制服替えたりしないわよ」
頼子さんはすごい! そう思うと、自分もなにかせなあかんと思う。
「わ、わたし、家まで送っていきます!」
さっき、椅子を一つ空けて座ったことと、安直に慰めよとしたオタメゴカシを挽回したくて立ち上がった。頼子さんは、なにも言わんと見送ってくれた。
校長室の前まで行くと、ちょうど田中さんが出てくるとこやった。菅ちゃんが頼んなさそうに付いてる。
「わたしが送っていきます」
「あ、ああ、頼むわ」
そない言うと、菅ちゃんは正直にホッとした顔になる。
田中さんは無言やったけど、付いてきたらあかんとは言えへんかった。
いろいろ聞きたかった。犯人は誰? とか。
でも、言葉はかけられへん。
かけられへんまま送っていって「ここ曲がったとこやから」と言われて、そこからは付いていかれへんかった。
ここでカマイタチが吹いて、ふたり同じように切り傷かできたらなにか言えるような気ぃがしたけど、カマイタチは吹いてけえへん。
せやさかい、田中さんが角を曲がるのんだけ見て、回れ右して帰った。