大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・せやさかい・025『カマイタチ・2』

2019-06-13 13:20:48 | ノベル
せやさかい・025
『カマイタチ・2』  

 

 

 五分ほどで春日先生がとんできた。パトカー並みの早さや。

 

 菅ちゃん(担任)は出張やそうで、遅れてくるか電話があるとか。いつもやけど、まんの悪い先生や。

「まず、制服を拝見します」

 挨拶もそこそこに、すぐに被害物件を見てくれはる。

 リビングには如来寺の男全員が集まってる。みんな衣着てるさかいに葬式の打合せみたい。直ぐに伯母ちゃんと詩(ことは)ちゃんが人数分のお茶を運んできたので、リビングはいっぱいになった。

「これは、たぶんカッターナイフで切ってますなあ……」

 先生は切り口を写真に撮ってからしみじみと言う。

「カッターナイフの持ち込みは認めてるんですか?」

 おっちゃんが真顔で質問。事と次第によっては許さへんいうオーラが出まくり。いつもニコニコしてるお祖父ちゃんも真顔になって、テイ兄ちゃんは唇を噛み、伯母ちゃんと詩ちゃんは立ったままお盆を胸に抱えてる。

「認めてはいませんが、毎日持ち物検査をしてるわけでもないので、正直持ち込まれても分かりません……しかし……」

 語尾を濁しながら、制服のあちこちをチェックする先生。ちょっと恥ずかしい。

「おや……」

 裏側を見た時、先生の手ぇが停まった。

「ネームが田中になってます」

 

「「「「「「え!?」」」」」」

 

 わたしも含めて、家のもんは切られたとこばっかり見てて裏のネームまでは見てなかった。

「一組で田中いうと……田中真子。背格好は酒井さんと同じくらいやなあ」

「あ、更衣室は隣同士です」

「断言はできませんが、田中真子さんと間違われた可能性がありますねえ」

 田中さんは運動もできて成績もええ子やけど、あんまり喋らへん地味目の子。なんかあったんやろか?

「あくまで可能性なんで、ちょっと田中さんに電話してみます」

 

 先生はスマホを持って廊下へ。

 

 電話は直ぐに繋がったようで―― 見てくれる……そうか……やっぱり……ほんなら…… ――という言葉が切れ切れにして、お母さんが出てきたのか声のトーンが変わって、ちょっとしてからリビングに戻ってきた。

「やっぱり、田中さんが酒井さんの上着着てました。今から田中さんの家に上着の交換に行ってきます。折り返し戻って来るつもりですが、田中さんとの話によっては遅れるかもしれませんので、一時間以上遅れるようならお電話を入れます」

 そう言うと、先生は田中さんの上着を持って立ち上がった。

「待ってください、さくらちゃん、スカートも調べたほうがええよ」

 伯母ちゃんの指摘に――あ、そうや――ということになって、スカートを取りに行く。

 調べるとスカートは自分ので、上着だけが入れ替わってることが分かったので、先生は上着だけ持って田中さんの家に向かった。

「いやあ、さくらとちごて良かったなあ」

 テイ兄ちゃんは安心しよったけど、賛同する家族はおらへん。問題は、まだまだこれからやいう感じやし、わたしか田中さんのどちらかが制服切られたことに違いはないねんもん。

 九時を回ってから春日先生が上着を届けに来てくれる。「田中さんは?」と聞くと「あとは先生らに任しとき」と返事。

 春日先生が帰ってから菅ちゃんの電話「いやあ、あんたがターゲットやなくて良かったなあ」とテイ兄ちゃんレベルの返事。

 悪気はないんやろけど、やっぱりムカつく。

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら      この物語の主人公 安泰中学一年 
  • 酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
  • 酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主
  • 酒井 詩        さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
  • 酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
  • 榊原留美        さくらの同級生
  • 夕陽丘・スミス・頼子  文芸部部長
  • 瀬田と田中       クラスメート
  • 菅井先生        担任
  • 春日先生        学年主任
  • 米屋のお婆ちゃん
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高校ライトノベル・連載戯曲 ダウンロード(改訂版⑦)

2019-06-13 06:35:18 | 戯曲
連載戯曲 
ダウンロード(改訂版⑦) 


※ 無料上演の場合上演料は頂きませんが上演許可はとるようにしてください  最終回に連絡先を記します
  
ノラ: 見ていたの?
 そう……手を見せてくれる。広げて……ちゃんとあるのね……とっくに食いちぎられていると思ったわ、お父さんの手。
 ……そう、幸子のままよ、わたし。メモリーがどうにかなっちゃって消去できないの。
 ……お話し?……あまりしたくない(去ろうとするが、父の一言で立ち止まる)……!?
 ……うそ、お父さんもロボットだなんて……
 本物は四十五年前に死んだ……
 カリスマだったから、ロボットの影武者で……
 そう……後継者が育つのを待って交代する予定だった……
 四十五年待って……とうとう百二十五歳。
 ……ボデイの能力はプラスマイナス二十歳……そうでしょうね。わたしでもプラスマイナス十歳……
 いつまでも化けていられないわね。お父さん、ギネスブックにものっちゃったものね……
(父が何か小さなものを手渡す)なにこれ?……最高級のルーター!?……お父さんの!?
 ……そりゃ、これがあれば、どんなブロックも解除して接続できるけど。お父さん、ボケちゃうよ……
 いらない?……だってお父さん、松田電器の……会社のむつかしいこと処理したり、決定したりできなくなるわよ……もういい。
 ……そりゃ、百二十五歳の現役なんて不自然だけども。いいじゃない一人ぐらい、そんなスーパー老人がいたって。
 ……人が育たない?
 そんなの人間のせいでしょ。幸子や、お父さんが責任持たなくても、人間がもっと努力すればいいことでしょ!
 ……そのためにも。
 ……どうしたの、ひどく顔色が。
 ……動力サーキットをブレイク!?
 ……死んじゃうわよ、お父さん!
 ……昨日わたしと会って決心がついた。
 ……そんな、そんなの悲しいわよ、悲しすぎるわよ!
 わたしのハンガーに来て、わたしのマシーンにコネクトすれば、わたしの動力サーキットが使えるわ。
 ……お父さん、しっかりしてお父さん!
 ……え、名前を聞いて覚えて欲しい。お父さんのほんとうの名前?
 ……アダムっていうの、お父さん。
 アダム……とってもいい名前よ! 
 ……わたしにだけに覚えていてほしい。
 ……うん、忘れないわよ、忘れはしないわよ。
 死んじゃいや! 死んじゃいや! お父さん! アダム……!

 暗転、なにかを消去するような電子音。明るくなると、ノラのハンガー。三角座りした膝の間に頭を埋めるようにして、グッタリしたノラ。ノラの手には、マシンからのびたケーブルがつながれている。

ノラ : ……だめ。やっぱりわたしは松田幸子。
 ……消去できない。
 ……いいのよもう(ケーブルをはずす)なんならスクラップにして新しいアンドロイド買ったら……
 わたしなら、もういいの……もう疲れちゃったし……
 へん? ロボットがこんなこと言うなんて……
 優しいのね……って言ってあげたいけど。オーナーも余裕ないんでしょ? キッチンひとつつくれないんだものね。
 わたしが、本当にスクラップになったら、どうする気?
 オーナーのことなにもわからないけど、あまり前向きな人じゃない……
 でしょ……中古のアンドロイドの稼ぎで生活してるんですもんね。
 ……いいわよ、今夜はもう休んでちょうだい。わたしは、とりあえず明日はこのままでいけるから、幸子の演ずるオードリーで。
 ……うん、わたしもスリープモードにして、お肌の疲れを癒すわ。
 ……じゃあ(オーナーとの交信を切る)
 ……あ、流れ星……
 あれ、お父さん……アダムだ。
 ……ロボットが星になったって……いいよね。
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高校ライトノベル・時空戦艦カワチ・061『来輔のマラ!?』

2019-06-13 06:15:23 | ノベル2
時空戦艦カワチ・061   
『来輔のマラ!?
 
 
 手鏡の中の千早姫が言った通り来輔は優秀だった。
 
 天才というのではなく、人の倍ほども勉強し、論を立て、この人と思う人物に提言する。
 言わば、ツボを心得た秀才とも言うべき男だ。
 日がな一日本を読んでいるか考え事をしている。嫁いだ夜こそ寝床を一緒にしたが、あくる日からは来輔のペースである。
 その初夜も来輔は何事か考えて奈何に触れることは無かった。
「構いません、わたしを待っていては奈何さん、睡眠不足で死んでしまいますよ」
 辛い顔をしていると、そういうトンチンカンを言う。
「承知いたしました」
 奈何は千早姫の言葉もあるので――ここは我慢――と大人しく一人で寝間に向かう。
 
 そんなことが一年ほど続いた夜。
 奈何が寝床に着くと、そっと寝所にやってきて、くるくると寝間着に着替えたかと思うと奈何の布団の中に入って来た。
 かつて無かったほどに来輔は時めいており、さすがの朴念仁もその気になったかと奈何は少女のように胸を高鳴らせ、体が震えた。
「奈何さん」
「は、はい」
「いいことを思いついたんです!」
 男が女の寝床にやってきて「いいこと」というのだから、これはとんでもないことになると奈何の心臓は爆発しそうになった。もし、寝間に灯りがともっていたら、奈何の震えと真っ赤な顔に医者を呼ばれたかもしれない。
 来輔は、いたずらっ子のように奈何の耳元まで顔を寄せて、その「いいこと」を口にした。
「真名を廃するんです!」
 頭に血が上った奈何には、頭の二文字しか入ってこなかった。
 マナはマラと聞こえた。
 マラとは魔羅と書き、元来は仏教の言葉である。人の善事を妨げる悪神。魔王。欲界第六天の王。転じて、悟りの妨げとなる煩悩 (ぼんのう) をいう。
 つまりは、寝床の中、来輔は自分のイチモツを剥き出しにして迫ってきていると、学識ある奈何は思ってしまった。
「はい、それは良いことです! 奈何も嬉しく思います!」
「そうですか、奈何さんも嬉しく思いますか!」
 来輔の手が伸びてくると思いきや、返って来たのは少年のように健やかな寝息であった。
 
 来輔の「マラ」が分かったのは、用事で出かけた勝の家である。
「来輔のやつ、上様に漢字の廃止を上申しやがったよ」
 伝法な勝の言い方で分かった。
 マラとはマナのことであり、マナは漢字では真名である。つまり日本国の国語表記を仮名だけにしようという暴論である。
 奈何は頭に来た……。
 
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高校ライトノベル・時かける少女BETA・27《大和と信濃と・12》

2019-06-13 06:08:02 | 時かける少女
時かける少女BETA・27
《大和と信濃と・12》                   


 エンタープライズの爆沈は事故による弾薬庫の爆発かと思われた。

――今のエンタープライズの撃沈が警告である――伊藤中将から、直ぐに電信がきた。
「……いったい、どうやって。レーダーには何も映っていないというのに」
 スプルーアンス提督はいぶかしんだが、予定通り上陸部隊を上陸させるための艦砲射撃を準備させた。

「中佐、そろそろ敵の電探に掴まるな」
「はい、レーダ波の吸収は40キロが限度であります。射程いっぱいですが、艦砲は必ず命中します」
「うん、エンタープライズは沈められたが、今度は、敵機がこぞって襲ってくるぞ」
「大和の艦砲で、砲撃準備に入った敵艦をできるだけ沈めましょう。向上蓋がついています。散布界20度に収まっていれば必ず当たります」
「敵機が発艦し始めています。10分でこちらに来ます」
 通信参謀が静かに言った。
「18斉射はできます。敵機がくるまで、敵艦を沈めましょう」
 大和は、一斉射すると次の斉射までに1分かかる。そこで三基の主砲一発ずつ三発で一斉射とし、照準も含め30秒おきに斉射する。

「提督、サウスダコタが!」

 艦長が叫んだ。もう3隻目である。仰角をかけ照準が決まったころに、敵弾が3発ずつ飛んでくる。アメリカの戦艦は40サンチの砲弾に耐えられる装甲がなされているが、敵弾は易々と装甲を打ち抜き内部でさく裂。今のサウスダコタも瞬時に艦体が三つに裂かれ、数分で沈没した。
「攻撃隊は、まだ着かんのか!?」
「やっと編隊を組み終えたところです。5分もあれば敵艦隊に届きます」
「駆逐艦隊も走らせろ、海と陸から挟撃するんだ。空母は退避させろ!」
 命じ終えた時にはウイスコンシンが爆沈した。

 アメリカの戦艦9隻と巡洋艦5隻を沈めたところで、敵機の編隊が電探に映った。

 大和は三式弾を一斉射、アメリカ攻撃隊の鼻先でさく裂。瞬間に40機あまりが墜ちた。しかし、二斉射は間に合わず、対空火器で残りの160機あまりを相手にした。
 信濃からは、その直前に真っ黒な陸攻と30機の紫電改が飛び立った。正面衝突するような形で日米の編隊はすれ違い、すれ違ったあとは、アメリカの攻撃隊は125機に減っていた。

 紫電改は、全機そのままアメリカ艦隊の上陸用舟艇を狙い、10分あまりで64隻の舟艇を沈め、上陸できた舟艇は10隻に満たず。沖縄の守備隊により各個に撃破され、20分後には全滅した。上陸部隊指揮官のバックナー中将は上陸部隊の進撃を中断せざるを得なかった。

 日本艦隊は、懸命の対空射撃を行った。全艦主砲弾から25ミリ機銃に至るまで向上蓋が装着されており、命中率は95%で、有効な命中弾を与えられた米軍機は一機もおらず、20機あまりが魚雷や爆弾を放棄して、逃げ去った。
 航空攻撃が一段落しかけたころに、敵の駆逐艦23隻が二列の短縦陣で押しかけてきたが、大和の副砲、矢矧や駆逐艦の遠距離射撃で半数以上が撃破され、10隻あまりが、遠距離から魚雷を打って反転したが、一発も命中せず(アメリカの魚雷は雷跡が派手に見えるので、艦が健康であれば、容易に躱せる)逃げた駆逐艦も、追いかけてきた日本の駆逐艦によって、全艦撃破された。
 航空攻撃が終わった後、大和の主砲による攻撃が再開され、遁走しつつあった米英空母も全艦撃沈された。

 伊藤中将は、米英軍に降伏を勧告した。

 米英軍には、戦闘艦艇はほとんど残っておらず、輸送艦、工作船、病院船ぐらいであり、スプルーアンスは他の陸軍、海兵隊、イギリス艦隊司令官と協議、降伏を受け入れた。

 降伏の条件は、タンカーを引き渡すことと、夜に艦体の上空に浮かぶ映像を観ることであった。映像は、かつてウェンライト中佐に見せたものと同じであり、どういう仕掛けかは分からなかったが、上空に縦250メートル、横に400メートルほどの高画質の映像が映った。そして、それを見た米兵たちは、それまで釈放された米兵捕虜が日本に洗脳されたと思っていたことが事実であることを思い知った。

 そして、あくる朝、信濃から飛び立った一式陸攻が、距離10000で落とした核爆弾が海上で爆発。その衝撃波は、全ての米英の艦船に伝わった。

「これで、アメリカも講話にのってくるでしょう。海軍力の半分を失い、隔絶した戦力を身に染みて知ったのですから。タンカーは一隻アメリカに戻します」
「なぜかね、せっかく手に入れた油なのに」
 伊藤中将が細井中佐に聞いた。
「彼らはウルシーではなく、真珠湾でもなく、サンディエゴまで帰ってもらいます」

 その一週間後、ルーズベルト大統領は脳溢血で世を去った。跡を継いだトルーマンは、マンハッタン計画の中止を命じ対日講和について非公式に協議に入った。そして5月にドイツが降伏したことを機に五分五分で対日講和が結ばれた。

 日米共に互いの戦争責任は問わない。中国から日本は撤退し、中国をはじめとするアジア諸国の民族自決権を相互に認めること。ソ連の包囲網をつくりあげ、共産勢力と対峙することなどが決められた。

「では、わたしの任務は、ここまでということにいたします」

 細井中佐は、信濃の飛行甲板から30機の紫電改を引き連れ、一式陸攻で飛び立っていった……。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・34』

2019-06-13 05:57:48 | エッセー
はるか 真田山学院高校演劇部物語・34 


『第四章 二転三転・5』

「ここには、何度もきてるんですね」

「ああ、サックスのレッスンに行く前とかね」

 先輩が豆粒ほどの小石を池に投げ込んだ。
 小さな波紋が大きく広がっていく。
 アマガエルが驚いて、池に飛び込んだ

「ねねちゃん……クラブには戻らないぜ」
「話してくれたんですね」
「ねねちゃんは、仲良しクラブがいいんだ」
「え?」
「あんな専門的にやられちゃうと、引いちゃうんだって。分かるよ、そういう気持ちは。しょせんクラブなんて、そんなもんだ」
「そんなもん?」
「そうだよ、放課後の二時間足らずで、なにができるってもんじゃない。しょせんは演劇ごっこ。あ、悪い意味じゃないぜ。学校のクラブってそれでいいと思う。前の学校じゃ、それ誤解して失敗したからな。で、分かったんだ。クラブは楽しむところだって。もし、本気でやりたかったら、外で専門的なレッスン受けた方がいい。だから、オレは外で専門にやっている。はるかだって本気じゃないんだろ?」
「え?」

「だって、まだ入部届も出してないんだろ」

「……それはね、説明できないけど、いろいろあるんです」

「はるかはさ、芝居よりも文学に向いてんじゃない?」
「文学?」
「うん、A書房のエッセー募集にノミネートされるんだもん。あれ、三千六百人が応募してたんだろ」
「三千六百人!?」
「なんだ、知らなかったのか」
「うん……」
「十人しかノミネートされてないから、三百六十分の一。これって才能だよ」

 言われて悪い気はしなかったけど、作品も読まずに、ただ数字だけで評価されるのは、違和感があった。

「作品読ませてくれよ」

「うん……賞がとれたら」

 タマちゃん先輩のときと同じ返事をした。
「オレ、大橋サンて人にはフェイクなとこを感じる」
「どうして?」
「検索したら、いろんなことが出てきたけど。売れない本と、中高生の上演記録がほとんど。受賞歴も見たとこ無いみたい。専門的な劇団とか、養成所出た形跡もないし、高校も早期退職。劇作家としても二線……三線級ってとこ」
「でも、熱心な先生ですよ」
「そこが曲者。オレは、教師時代の見果てぬち夢を、はるかたちを手足に使って『今度こそ!』って感じに見える」
「それって……」
「あの人、現役時代に近畿大会の二位までいってるんだ」
「へえ、そうなんだ!」
「おいおい、感心なんかすんなよ。言っちゃなんだけど、たかが高校演劇。その中で勝ったって……それも近畿で二位程度じゃな。それであの人は、真田山の演劇部を使って、あわよくば全国大会に出したい。ま、その程度のオタクだと思う」
「……オタク」
 頭の中が、スクランブルになってきた。

「オレたち、つき合わないか……」

「え……」
「お互い、東京と横浜から、大阪くんだりまでオチてきた身。なんか、支え合えるような気がしてサ」
 池の面をさざ波立てて、ザワっと風が吹いた。

 思いもかけず冷たいと感じた。

「わたし、東京のことはみんな捨ててきたから……」
「え?」
 わたしの心は、そのときの空模様のように曇り始めた。にわか雨の予感。
「ごめんなさい、わたし帰る。テスト前だし」
「おい……付き合ってくれるんだろ?」
「お付き合いは……ワンノブゼムってことで」
「ああ、もちろんそれで……」
 あとの言葉は、降り出した雨音と、早足で歩いた距離のために聞こえなかった。
 背後で、折りたたみ傘を広げて追いかけてくる先輩の気配がしたが、雨宿りのために出口に殺到した子供たち(さっきの)のためにさえぎられたようで、すぐに消えてしまった。

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