大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

高校ライトノベル・せやさかい・030『泳げたあ!』

2019-06-30 12:56:47 | ノベル
せやさかい・030
『泳げたあ!』 

 

 

 プッハーーーー!

 

 顔をあげると田中さん。

 ワァ! ちょ……!!

 言う間もなく、抱き付かれてプールの中へ。水中で一回転して、二人で立ち上がる。

「やった! やったよ酒井さん! 五メートル泳げたよおおおおおおおおおお!」

「え? え? ほんま!?」

「ほんま! ほんま! ほんまあ!」

 ザッブーーーン!

 再び二人で水中に……。

 

 わたしが、生まれて初めて泳げた瞬間。泳げたわたしよりも田中さんの方が感激してる。

 

 金槌……A班に分けられて、四回目の授業で泳げるようになった。

 田中さんは、我がことのように喜んでくれた。自転車に乗れるようになった時に似てる。

 せや、あの時はお父さんやった。瞬間、お父さんの顔がうかんだけど、頬をスリスリして喜んでる田中さんが圧倒的なんで、オボロなお父さんの顔は、田中さんに置き換わってしもた。そう思うと、同じように感激が湧いてきた。

「ありがとう、田中さんのお蔭や。めっちゃ嬉しい!」

「ううん、酒井さんが努力したからよ。わたしは手助けしただけ!」

「ほんまに、ありがとう! これからは師匠て呼ばせてもらうわ!」

「やめてよ、恥ずかしい!」

「師匠、師匠~♡」

 先生も、その場でB班(苦手班)への昇段を許してくれて、お昼を二人で食べることを誓い合った。

 

 せやけど、お昼を二人で食べることはでけへんかった。

 ……田中さんは早退してしもたから。

 

 あくる日、田中さんは欠席やった。

 次の日も欠席で、その次も欠席やったら菅ちゃんに聞こと決心した。

「田中さんは転校することになりました。ご家庭の事情です……」

 それだけ言うて菅ちゃんは、どうでもええ諸連絡の話題に移っていった。

 家庭事情で転校なんて嘘や。いつも生徒の名前は呼び捨てにするのに「田中さん」と呼んだのがしらこい。田中さんが、もう関係ない他人やいう感じにしか聞こえへん。

「ほんなら、朝礼おわり」

 それだけ言うて、そそくさと教室出ていく菅ちゃんを追いかけた。

「先生、待って!」

「なんや、一時間目始まるぞ」

「ちゃうでしょ、田中さん家庭事情なんかとちゃうでしょ、やっぱり、制服切られたからでしょ、いじめとかがあったんでしょ、あったんでしょ……答えてえよ! 答えてくださいよ!」

「…………」

「せやさかい、せやさかい、事件が起こった時に言うたでしょ! ちゃんと調べてて! 調べてくださいて!」

 菅ちゃんは、なんにも言わんと職員室に入ってしもた。わたしも勢いで入ってしもたけど、先生らの困ったような圧を感じて立ちつくしてしまう。

 もう一発「せやさかい」を言うたら、取り返しのつかん言葉が出てきそうで……唇をかみしめて回れ右した。職員室は気遣うような安心したような空気になる、それを背中に感じて階段を上がる。

 階段の踊り場で手すりを握りしめて留美ちゃんが迎えに来てくれてた……。

 

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら      この物語の主人公 安泰中学一年 
  • 酒井 歌        さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
  • 酒井 諦観       さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦一       さくらの従兄 如来寺の新米坊主
  • 酒井 詩        さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
  • 酒井 美保       さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
  • 榊原留美        さくらの同級生
  • 夕陽丘・スミス・頼子  文芸部部長
  • 瀬田と田中(男)       クラスメート
  • 田中さん(女)        クラスメート フルネームは田中真子
  • 菅井先生        担任
  • 春日先生        学年主任
  • 米屋のお婆ちゃん

 

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高校ライトノベル・連載戯曲『梅さん⑥』

2019-06-30 07:03:07 | 戯曲
 
連載戯曲『梅さん⑥』  


 
 
ふく: ごめんなさい遅くなって。はい十六人分の署名と捺印(回覧板を渡す)
: ありがとうふくさん、グッドタイミングよ。
: 誰、その人?
: 渚の母方のひいひい婆ちゃん。
: お母さんのひい婆ちゃん? でも、なんで……
: ダサくって齢とってるか?
ふく: このなりとこの齢で死んだからさ。
: でも、歳は無理でも、その服装くらいなんとかしたら。
ふく: ハハ、動きやすくってさ。それに回覧板まわすのにピッタリでしょ。この子が渚? かわいい赤ちゃんだったのにねえ……
: 今でもかわいいよ!
ふく: ごめんね梅ちゃん、美智子がずぼらな育て方しちゃったから。
: 自分の責任よ、もう二十歳なんだから……
: ムッ……でもさ、聞いてよ、お母さんのひい婆ちゃん……梅さん、あたしの体を奪おうとしてんのよ。
ふく: アハハ、そのとおりだね「奪う」ってとこだけで聞いちゃうと変なこと連想しちゃうけど、渚にしてみりゃその通りだもんね。
: ね、でしょ、だから……
ふく: 元締めの決済も終わってるんでしょ?
: ええ、ついさっき。
ふく: じゃしかたないわ、回覧板も回し終わっちゃったし……
: ご覧、わたしを含む十六人の署名捺印。
: 十六人?
: 四代さかのぼると十六人の人間がいるんだよ、渚って子が一人生まれるのに。
 その十六人のやしゃごだからね渚は。その人達の認めをもらってきてもらったの。
 渚の心は初期化し、体はわたしが預かって、まっとうな人生を歩みますって……
 またいずれ、新しい人間として生まれ変わるんだ渚は……
ふく: 悪いようにはしないから。ね、梅さんもついてることだし。そういうこと……じゃ、あたしそろそろ……
: もう?
ふく: うん、内やしゃごの消去に行かなきゃならないから。
: 決まったの!?
ふく: ここに来る前に、元締めからレッドカード……とりつくしまもなかった。
: ……遠いんでしょ、ふくさんとこは?
ふく: 気持ちがね……孫の歳三がドイツ人と結婚しちゃったから……
: マレーネちゃん……だったよね。
ふく: うん、マレーネ・エッセンシュタイン・フクダ、舌噛みそう。
: レッドカードじゃ完全消去ね……
ふく: うん、でもカードの片すみ見て(カードを示す)
: 初期化可、ただし圧縮保存のうえ、百年間は解凍不可……情があるようなないような……
 あたし、最後くらいドイツ語でかましてやろうと思って、急ぎのアンチョコだから自信なくて、聞いてくれる?
: うん。
ふく: エス イスト ツァイト。エス イスト ショーン シュペート!
: もう遅すぎる、時間だよ……まるでファウストね。
ふく: ありがとう、通じるようね……渚ちゃんは百年もかからないからね、それに……
: ふくさん。 
ふく: 用事が済んだら、また戻ってくるわ。じゃ、アウフビーダゼーエン(消える)
: おふくさーん……行っちゃった……
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高校ライトノベル・高安女子高生物語・11〔あたし絵のモデル!〕

2019-06-30 06:53:50 | 小説・2

高安女子高生物語・11
〔あたし絵のモデル!〕
        


 二つ目の目覚ましで目が覚めた。

 せや、今日から、あたしは絵のモデルや!
 フリースだけ羽織って台所に。とりあえず牛乳だけ飲む。
「ちょっと、朝ご飯は!?」
 顔を洗いにいこうとした背中に、お母さんの声が被さる。
「ラップに包んどいて、学校で食べる!」
 そのまま洗面へ。とりあえず歯ぁから磨く。

「ウンコはしていけよ。便秘は肌荒れの元、最高のコンディションでな」

 一階で、もう本書きの仕事を始めてるお父さんのデリカシーのない声が聞こえる。
「もう、分かってるよ。本書きが、そんな生な言葉使うたらあきません!」
 そない言うて、お父さんの仕事部屋と廊下の戸ぉが閉まってるのを確認してトイレに入る……。
 しかし、三十分早いだけで、出るもんが出えへん……しゃあないから、水だけ流してごまかす。
「ああ、すっきり!」
 してへんけど、部屋に戻って、制服に着替える。いつもはせえへんブラッシングして紺色のシュシュでポニーテールに。ポニーテールは、顎と耳を結んだ延長線上にスィートスポット。いちばんハツラツカワイイになる。
「行ってきま……」
 と、玄関で言うたとこで、牛乳のがぶ飲みが効いてきた。
 二階のトイレはお母さんが入ってる。しゃあないんで一階へ。
 用を足してドアを開けると、お父さんが立ってた。ムッとして玄関のある二階へ行ことしたら、嫌みったらしくファブリーズのスプレーの音。

 いつもとちゃう時間帯なんで、上六行きの準急が来る八分も前に高安駅に着いてしもた。
 めったに利用せえへん待合室に入って、まだ温もりの残ってる朝ご飯のホットサンドをパクつく。向かいのオバチャンが「行儀悪い」いう顔して睨んでる。あたしも逆の立場やったら、そない思うやろなあと思う。
 時々サラリーマンのニイチャンやらオッチャンやらが食べてるけど、これからは差別的な目ぇで見いひんことを心に誓う。

 高安仕立ての準急なんで座れた。ラッキー! 高校生が乗る時間帯やないので、通勤のニイチャンやらオッチャンが見てるような気がする。フフ、あたしも捨てたもんやないかもしれへん。
 どないしょ、鶴橋のホームかなんかで、スカウトされたら!
「あ、わたし、学校に急いでますので……」
 それでもスカウトは付いてくる。なんせイコカがあるから、そのまま環状線の内回りへ。
「怪しいもんじゃありません。○○プロの秋元と言います。AKBの秋元の弟なんです。よかったら、ここに電話してくれない? 怪しいと思ったらネットで、この電話番号検索して。ここに掛けて秋元から声掛けられたって言ったら、全て指示してくれるから。それから……」

 そこまで妄想したところで、電車は、たった一駅先の桃谷に着いてしもた。鶴橋のホームでスカウト……ありえへん。

 学校の玄関の姿見で、もっかいチェック。よしよし……!

 美術室が近くなると、心臓ドキドキ、去年のコンクールを思い出す。思い出したら、また浦島太郎の審査を思い出す。あかんあかん、笑顔笑顔。

「お早うございま……」
「そのまま!」
 馬場先輩は、制服の上に、あちこち絵の具が付いた白衣を着て、立ったままのあたしのスケッチを始めた。で、このスケッチがメッチャ早い。三十秒ほどで一枚仕上げてる。
「めちゃ、スケッチ早いですね!」
「ああ、これはクロッキーって言うんだ。写真で言えば、スナップだね。ダッフル脱いで座ってくれる」
「はい」
 で、二枚ほどクロッキー。
「わるい、そのシュシュとってくれる。そして……ちょっとごめん」
 馬場先輩は、あんなにブラッシングした髪をクシャっとした。
「うん、この感じ、いいなあ」
 十分ちょっとで、二十枚ほどのクロッキーが出来てた。なんかジブリのキャラになったみたい。
「うん、やっぱ、このラフなのがいいね。じゃ、明日からデッサン。よろしく」

 で、おしまい。三十分の予定が十五分ほどで終わる。そのまま教室に行くのんはもったいない思てたら、なんと馬場先輩の方から、いろいろ話しかけてくれる。
 話ながら、クロッキーになんやら描きたしてる。あたしはホンマモンのモデルになった気ぃになった。

 その日の稽古は、とても気持ちようできた。小山内先生が難しい顔してるのも気ぃつかんほどに。

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高校ライトノベル・里奈の物語・10『筒形の郵便ポスト』

2019-06-30 06:44:55 | 小説3

里奈の物語・10『筒形の郵便ポスト』
               


 朝から調子が悪い。

 てか、調子が悪くて目が覚めた。
 身体がドンヨリむくんだように重くて、頭も微妙に痛い……アレが始まったかな?

 引きこもるようになってから、感じが違う。

 身体はもちろん、脳みそまでがラードになってしまったように不快。
 とりあえず運動不足なんだ。
 奈良に居た頃は完全な引きこもりだったけど、今里に来れば、多少は出歩いて良くなると思ってた。

 一昨日は、選挙の投票に行く妙子ちゃんに付いて投票所まで行った。あの三十分ほどが、今里に来て最長の外出。
 あとはせいぜい伯父さんの家の周り。万歩計付けても千歩にもならないだろう。

 トイレでしゃがむと、大きな風船が萎むようなガスが出た。
「そんなオナラすんのは運動不足の証拠やな。ジジムソぉならんとってや」
 おばさんの声がした。
 あたしってば、伯父さんのスリッパ履いてきたんだ!

「アハハ、還暦過ぎるとあちこちだらしななってくるなあ!」
「アハハハ」
 リビングに行くと、伯父さんとおばさんの気遣い……ありがたいんだけど、顔どころか首まで熱くなる。
 でも、朝の連ドラを観ているうちにいつものペースに。NHKは受信料だけの仕事はしていると思った。
「里奈ちゃん、この手紙出してきてくれへんかな」
 お茶を入れながらおばさんが、五十通ほどの手紙の束を持ち上げる。
「ちょっと向こうやけど、三丁目まで行ったら、昔のポストがあるで」
「昔のって、筒形で帽子被ってるみたいな?」
「うん、この近所では、あそこだけや。終戦直後からあるから、ちょっと見ものやで」
 伯父さんとおばさんの気配りが嬉しくって、手紙の束を持って玄関を出た。
 気配りの意味って分かるわよね? 単に運動不足の指摘だったら、素直には聞けない。

 三丁目は城東運河の、その向こうの向こう、鶴橋に近いところにある。

「うわー、こんなの奈良にもないよ!」

 ○○さんは、この島で、たった一人の郵便屋さんです……というCMを思い出した。
 

 思ったよりも低い背丈、変色して赤さびが出ているポスト……定年後も働いている昔気質な郵便屋さんに思えた。
 手紙を入れると「ドスン」と手応え。箱型の「バサッ」という感じよりも奥ゆかしい。
 十二枚写メる。あとで伯父さんたちに見せて気配りに応えようと思う。
「ポストといっしょに撮ったろか?」
 びっくりして振り返ると『閉店大売出し』の法被着たオジサンが立っていた。
 オジサンの向こう側には、道路を挟んで靴屋さん。
 店のあちこちに『閉店大売出し』の張り紙。店の中も外も乱雑に靴や靴の箱が積まれていて、いかにも倒産しました的。
「このポストも来月には無くなるさかいな」
「無くなるんですか!?」
「うん、残して欲しいとは言うたんやけどな」
 オジサンは小さくため息をついた。ポストもオジサンも健気に思えた。
「じゃ、このスマホでお願いします」
「よっしゃ、ポストもお嬢ちゃんもベッピンに撮るさかいな」
「あ……」
「うん?」
「あの、こっちから、お店をバックにして撮ってもらえませんか?」
「え……うちの店を?」
「はい、両方とも素敵ですから!」
「そうか……おおきに、お嬢ちゃん」

 ポストと並んで閉店間近の靴屋さんをバック、久しぶりの笑顔で写真が撮れた。

 そいで、伯父さんちに帰ってから、お財布持って靴屋さんに行き、ハイカットのスニーカーを買った。 「ハイカットスニ...」の画像検索結果

 2200円、閉店大売出しにしても安かったよ(^0^)。

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高校ライトノベル・時かける少女BETA・44≪国変え物語・5・美奈と秀吉≫

2019-06-30 06:31:19 | 時かける少女
時かける少女BETA・44 

≪国変え物語・5・美奈と秀吉≫

 
 天正13年(1585年)も、天下が躍進した年である。

 大坂城がおおよその完成を見た。
 五層の大天守が、はるか摂津や和泉からも見え、空気の澄んだ日には淡路からも望むことができた。秀吉の面目躍如の時である。春には秀吉に関白宣下が行われ、秀吉の氏は羽柴から豊臣に変わった。

 豊臣というのは、大そうな氏で、源・平・藤・橘しかなかった朝廷公認の氏に豊臣の姓が生まれたことであって、源氏にも平氏にもなれなかった秀吉のアイデア賞であった。
 なんせ、朝廷が臣に氏を与えるのは、平安時代の清和源氏、桓武平氏以来数百年ぶりのことである。
 そこへもってきて、秋には四国の長曾我部元親が降伏し、四国全域が秀吉になびいた。

 その、四国征伐の軍勢が凱旋してきたのを秀吉は四天王寺まで行列を並べ、自らは臨時の高倉を作らせて出迎えた。

 大坂の民衆は、秀吉と、その軍勢の見事さに驚嘆し、長曾我部軍の田舎くささを笑った。
 確かに、四国の馬は本州の馬に比べ一回り小さく、また具足も粗末でエルフ(長人族)の都にやってきたドアーフ(七人の小人の種族)の軍隊のように見えた。ただ、道頓と美奈の見方は違った。

「飾った田舎もんと、むき出しの田舎もんの違いやな」
「道頓さまは、どちらがお好きですか?」
「どっちも好きや。わしも、河内の田舎もんやさかいな……せやけど、長曾我部はんは負けたのに凄味があるなあ」
 道頓の見立ては正しかった。長曾我部は、後に関が原で西軍について敗れ、安堵された土佐一国を山之内一豊にとられ、家臣のことごとくが武士としては一段低い郷士に落とされた。しかし二百数十年後に、この中から坂本龍馬をはじめとする維新の草莽たちが群がり出てくる。
「関白殿下のお背中が……」
 美奈は、道頓が思いもしないことを口走った。

 美奈の一言で、道頓は美奈をつれて、秀吉の前にいる。

 大坂城の外堀の作事に功があったので、城の完成を祝って呼ばれたのである。
 美奈は付き人として同席を許された。作事に付いている医師が妙齢の女であることを知った上でのことであった。

「道頓、苦労であった。これで城の護りも堅固になった。ついては礼じゃ。あれを持っていけ」
 秀吉は、庭に荷車を引き出させた。荷車一杯に天正小判の箱が山積みになっていた。
「これはご過分な……道頓、関白殿下の豪儀さに言葉もござりませぬ」
 道頓は、平伏すると同時に秀吉の視線が自分の後ろに回ったことを感じた。
「その方が、若い女子でありながら、作事場の医師を務めた美奈か?」
「はい、道頓さまのお引き立てで、なんとか無事に務めさせていただいております」
 顔を上げると、好色そうな秀吉の顔があったが、美奈は一瞬で、その好色さをアンインスト-ルした。
「……不思議な女子よのう。それだけの器量でありながら、女を感じさせん」
「恐れ入ります」
「ハハ、わしも、色を超えて人を見る目ができたということかのう……美奈、そちから見て、わしは壮健に見えるか?」
「恐れながら……お背中に、少し進んだ痛みをお抱えと拝察いたします」
「分かるか!? 長い時間偉そうに立ったり座ったりしていると、背中の真ん中あたりが怠くなり、ひどいときには痛みになる!」
「背骨の骨の間が弱っておられます」
「そうか、直ぐに診てくれ!」

 秀吉はクルリと装束を脱ぎ捨てると下帯ひとつの裸で仰向けになった。美奈は秀吉の隔たりのなさと身軽さを好ましく思った。
――今なら、まだ間に合う――
 そう思った美奈は、この時代にはない医療器具を取り出し、脊髄のヘルニアを一発で治した。

「なんと、あれほどの疼痛が、きれいさっぱり無くなった。すごいぞ美奈。そなたにも褒美をとらそう。そうじゃ、とりあえず、そこの金の高炉を……ん、どこに行った?」
 秀吉が身軽になったからだで、違い棚まで行くと、昨日まで金の高炉が置いてあったところに、千社札のような紙きれが載っていた。

――石川五右衛門参上――

 秀吉の近習たちが騒ぎ始めた。
「アハハ、構わぬ、捨て置け。天下の秀吉のもとに天下一の作事上手と、医師と盗人が揃ったんじゃ。面白い、面白い!」

――これなら間に合う――

 美奈はそう思うと嬉しくなり笑い出した。道頓も鳴り響くような笑い声で、近習や侍女たちも笑い出した。美奈の役割がいよいよ本格的に始まった。
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高校ライトノベル・『はるか 真田山学院高校演劇部物語・51』

2019-06-30 06:20:25 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
はるか 真田山学院高校演劇部物語・51 



『第五章 ピノキオホールまで・12』

 問題は、この四百席の客席をどう埋めるか……。

 本番は平日だから、タキさんやお母さんを呼ぶわけにはいかない。
 吉川先輩は、あの人がわたしをコンサートに呼ばなかったのと同じ理由で呼ばなかった(後で分かったんだけど、由香は声をかけてくれていた)。結局は、由香を含め三人ほどになりそうだ。

 立秋はすぎたとはいえ、まだまだ真夏の暑さの中、リハを終えてA駅へ向かう。
「まだまだ暑いなあ」
 乙女先生が豪快に汗をぬぐう。
 ところどころ、並木の下に短い地上での生を終えた蝉がひっくりかえっている。
 気がつかないところで確実に季節は移ろい始めている。そして人の心も。
 かすかな季節の移ろいに気づいて、ちょっと得意になっていたわたしは、その人の心の移ろいにまでは気が回らなかった。
 リハを終えて、大橋先生のダメは一つだけだった。
「稽古は本番のつもりで、本番は稽古のつもりで」
 これは、『ノラ』の稽古に入る前にも言われた。
 まあ、本番を直前に気合いを入れたぐらいのつもりでいた。

 が、そうではなかった……。

 いよいよ本番の日。

 一ベルが鳴ったとたんに、心臓がバックンバックン。
 日頃「あんなもの」と軽くみていたAKB48が偉く思えてきた。
 緊張緩和のために、基礎練でやった脱力をやってみた。呼吸もそれに合わせて穏やかに……なったところで、本ベルが鳴った。
 リハで慣れていたはずなのに、照明がまぶしい。
 そして、まぶしさの向こうの客席にたくさんの人の気配と視線。
 あ、ここで、見慣れた(という設定の)スミレの姿を見て、軽く声をかけるんだ。
「こんにちは……」
 そして、目線はその向こうにある(という設定)桜の並木に。
――まだ咲かないなあ――と、思う。
「え……」
 と、スミレが反応。『ジュニア文芸』を見つけたときと同質のときめきが湧き上がってくる。
 それからは、ほとんど集中できて芝居が流れ始めた。
 宝塚風の歌のところでは、思わぬお客さんからの拍手。タマちゃん先輩は、アドリブでニッコリと頭を下げる。やっぱキャリアの差!
 新川で、紙ヒコーキを飛ばす、クライマックス。
「すごい、あんなに遠くまで……!」
「まぶしい……」
 実感だから言いやすかった(視線の方角にシーリングライト)。カオル(わたし)の身体が透け始め、お別れのときがやってきた。
『おわかれだけど、さよならじゃない』テーマの二部合唱。
「あなたと出会えた、つかの間だーけれど……いつまーでも、いつまーでも……忘れーない……♪」 ソプラノのまま、息の続く限りの余韻。
 感極まって、涙が出る。稽古では出なかった感動の涙が……。
 そしてラスト。
 キャスト全員(といっても三人だけど)で歌って踊って。
 それに合わせて客席から沸くように手拍子!

 もうサイコー!!
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