中古パソコンをもらった。
詩(ことは)ちゃんが買い替えたんで、お下がりをもらった。
元々はテイ兄ちゃんが学生時分に使てたもんで、それが三年の歳月を経てあたしのもとにやってきた。
詩ちゃんは写真とかのデータを残すぐらいにしか使ってなかったから状態はいい。
「スマホで事足りるもんね」
あたしが気ぃつかわんように言うてんねんやろけど、ほんまにきれい。
キーボードって、エンターとかAとかOとかKとか、よう使うキーがすり減ったりテカってたりすんねんけど、きれいなまんま。
「キーボードだけ買い直したんよ。兄ちゃんの手垢と脂にまみれたキーボードは気持ち悪いでしょ」
なるほど……やねんけど、テイ兄ちゃんかわいそう。
わたしもスマホで十分やねんけど、28インチモニターの迫力は嬉しい。
スマホの5インチもない画面に比べるとモンゴルの大草原のように広い!
こんな大草原にほり出されたら、どないしてええか分からへんなあ。
じっさいパソコンは6年の時にチョロッと習ただけ。初期化されてセキュリティーしか入ってないパソコンは、どないしてええか分からへん。
せやさかい、風呂上がりのテイ兄ちゃんを掴まえる。
「パソコンでなにがしたい?」
「ええと……動画が見たいかなあ」
スマホで時々見るけど、画面がちっこいんで、28インチで見たら迫力あるやろと思う。
ほかにもスカイプやら、エクセルやらも入れてくれる。
オーーー、YouTubeが大迫力!
気ぃ付いたら夜中の二時。
今朝は、めっちゃ起きづらかった。
せやけど、がんばって起きる。こんなことで遅刻なんかでけへん。なんせ、六月最初の月曜日。
もうじき、うっとうしい梅雨も始まるやろし、ハツラツといかならあかん。
それでも遅刻してしもた。
運の悪いことに、クラスで遅刻したんは、あたし一人。
「なんで、遅刻したんや!?」
菅ちゃんが、めったにせえへん説教を垂れよる。
なんでも、六月の第一周は遅刻撲滅週間やとか、掲示板にポスターが貼ってある。
「えーと、紫陽花の蕾に見惚れてました」
山門の脇に紫陽花が蕾を付けてたんを思い出す。
べつに、大感激して立ちつくしたわけやないねんけど。瞬間思い浮かんだのはそのこと。
三月の末に堺に引っ越してきて、確実に季節は流れてるんやなあ……そない思うと、不覚にも涙が滲んできた。
菅ちゃんは慌てて「明日からは気ぃつけるように」とだけ言うておしまい。
六月は変な始り方をしてしもた。
☆・・主な登場人物・・☆
- 酒井 さくら この物語の主人公 安泰中学一年
- 酒井 歌 さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。
- 酒井 諦観 さくらの祖父 如来寺の隠居
- 酒井 諦一 さくらの従兄 如来寺の新米坊主
- 酒井 詩 さくらの従姉 聖真理愛女学院高校二年生
- 酒井 美保 さくらの義理の伯母 諦一 詩の母
- 榊原留美 さくらの同級生
- 夕陽丘・スミス・頼子 文芸部部長
- 瀬田と田中 クラスメート
- 菅井先生 担任
- 春日先生 学年主任
- 米屋のお婆ちゃん