大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・079『ポチ袋』

2019-10-16 13:25:42 | ノベル
せやさかい・079
『ポチ袋』 

 

 

 うちにも有ったなあ……。

 

 タウン誌をテーブルの上に置いたお祖父ちゃんは、坊主頭を撫でながら廊下の突き当りの納戸に行ってしもた。

 何気に、広げたままのタウン誌を見ると、町家歴史館山口家住宅でやってる特別展のことが載ってる。

「お年玉の袋やあ」

 あたしの言い方が美味しそうやったんか、ダミアが膝の上からテーブルに乗り移って、いっしょにタウン誌を覗く。

 ミャーー?

 ネコ語で「これのなにが美味しいねん?」言うたかと思うと、スタスタと二階のコトハちゃんの部屋に行きよる。

 あたしは頼子さんほどのネコ中毒やないのんで、のべつ幕なしモフモフしてやってるわけやない。

 そうすると、ダミアはコトハちゃんのとこに行く。コトハちゃんがおらんときは、伯母さんのとこ。

 

 お年玉の袋を『ポチ袋』というのんを初めて知った。イメージ的には、犬が入れられてる感じ。けど、犬が入ってるわけやない。

 

 タウン誌の説明では、なにか、人に心づけを渡す時に、このポチ袋を使うらしい。

 関西でポチというのは「小さな」とか「少ない」とかいう意味があって、少ないお礼、心づけの意味で、舞妓さんがお師匠さんやらご贔屓さんから心づけを頂くのに使われたんが始めとか。

 ポチ袋もおもしろいねんけど、写真の『町家歴史館山口家住宅』いうのんもおもしろそう。

 堺でも、もっとも古い木造住宅で、なんでも大坂夏の陣のあとに建てられたらしい。

 そこだけで、家の二軒ぐらいが建ちそうな広い土間。三口のオクドサンが並んでて、昔は大勢の食事を作ってたことが偲ばれる。土間は吹き抜けになってて、黒光りしてる梁には、木綿かなんかの布が長々と干したある。

 土間の左手には広い和室が三つ……やと思たら、写真からは見えへんとこに部屋が十個ほどもある。他にも蔵みたいなんが三つ。うちのお寺も広いけど、ここは、その上を行く。

 

「あった、あった」

 

 お祖父ちゃんが黒塗りの箱みたいなんを持ってきた。大小の二段重ねになってて、組みひもで結んだある。なんか玉手箱みたい。

「よそから貰たんと、うちからあげる用のんみたいやなあ」

 大きい方には未使用と思われるのんがビッシリ入ってる。お馴染みのお年玉袋だけとちごて、封筒ぐらいとか、お布施袋くらいのとか、サイズが色々。

 小さい方は、よそから貰たやつみたいで、口を蓋するとこが折られてるのんが多い。

「これは、わしのお母さんが残してたやつやろなあ」

 お祖父ちゃんのお母さんて……ひいお婆ちゃんか。

「なんでも、とっとく人やったからなあ」

 檀家周りから帰ってきた伯父さんが加わって、にぎやかになってきた。

「せやなあ、いただきもんの包装紙なんかきれいに剥いで、仏壇の座布団の下に敷いとったなあ」

「あ、これ、中身入ったままや」

 今度はテイ兄ちゃんが、袋を取り上げた。

「いやあ、懐かしい」

 お祖父ちゃんが出したそれは、赤茶けたお札。

「百円のお札があったん?」

「ああ、昔の百円は大金やったなあ」

「なんかの記念や、桜にあげよ」

 袋に入ったまま三百円をもらう。

「ありがとう、お祖父ちゃん」

 とは言うたけど、百円札なんて、どこで使たらええねんやろ。

「これ、なんやろ?」

 テイ兄ちゃんが取り上げたポチ袋には、紙の人型が入ってた。

「あ、それ、欲しい!」

「これはなあ……」

 お祖父ちゃんの目ぇが、ちょっとだけ険しなってきた……。

 

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真夏ダイアリー・41『二本の桜』

2019-10-16 07:11:06 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・41
『二本の桜』        
 
 
 
 まるで夢から覚めたようだった……。
 
 1941年12月7日のアメリカにタイムリ-プして歴史を変えようとした。からっきしダメな英語がペラペラしゃべれ、習ってもいない歴史の知識が頭の中にあった。
 そして、ジョ-ジという若者に出会い、あっと言う間に死なせてしまった。そして、歴史を変えることはできなかった……その全てが夢のようだった。
 
――ジョ-ジなら生きているわ。Face bookで検索してごらんなさい――エリカが、言った。
 
 ジョ-ジ・ルインスキで検索してみた。五人目でヒット。プロフは、まさに、あのジョージであることを証明していた。シカゴ在住の100歳のオジイチャンだった。そうなんだ、この世界では、わたしはジョ-ジとは出会っていないんだ……いちおう納得した。この世界でもやることはいっぱいある。
 
 宿題は……そうか、やり終えた後に指令がきたんだ。
 わたしは、簡単に朝昼兼用の食事をとって、事務所に出かけた。午後からは新曲のレッスンだ。
 
 《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の
 
 あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜
 
 それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた
 
 空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜
 
 ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下
 
 
 作詞、作曲は、AKRの会長、光ミツル先生だった。なんだか思い入れがあるようで、二本の桜は聞いていると日本の桜にも聞こえてくる。
「これって、言葉を掛けたんですか?」
「二本と日本……」
 クララさんとヤエさんが聞いた。
「ばか、オレが、そんなおやじギャグみたいなことやるもんか。マンマだよマンマ!」
 会長が、珍しく赤い顔をして言った。
「この春のヒットチャートのトップ狙うからな。まゆみちゃん、振り付け頼んだぜ」
 専属の振り付け師、春まゆみさんに、そう言うとスタジオを出て行った。
「会長、こないだ、48年ぶりの同窓会に行って、初恋の彼女に会ったらしいよ」
 黒羽ディレクターが、新曲誕生の裏話をして、スタジオのみんなは明るい笑顔になった。
 
 実は、もう少し重い意味が、この新曲にはあるんだけど、それをわたし達に悟らせないために、光会長は、黒羽さんを通じて、こんなヨタを飛ばしたんだ。
 
 曲を覚えて、大まかの振りが決まり、休憩になってスマホをチェックしたときに、担任の山本先生からメールが入ってきた。
 
――すぐに電話して欲しい――
 
 わたしは、折り返し山本先生に電話した。
 
「もしもし、真夏ですけど……」
「忙しいとこ、すまんなあ」
「いいえ、で、ご用件は?」
「真夏、学校のパンフレットのモデルになってくれないか?」
「え……!?」

 
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まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・6『第一章・4』

2019-10-16 06:57:35 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・6   
『第一章 五十四分三十秒のリハーサル・4』 


 わが乃木坂学院高校演劇部は、先代の山阪先生のころから先生の創作脚本を演ることが恒例になっていた。「静かな演劇」と「叫びの演劇」の差はあったけど、根本のところでは同じように感じる。
 どこって、上手く言えないけど……集団として迫力があるところ。
 青春ってか、等身大の高校生の姿を描くとこ(毎年、審査員が、そう誉めているらしい)。
 なんとなく反体制的なとこ(この四文字熟語は、入学してからマリ先生に教えてもらった)……そして、毎年地区発表会(予選)で優勝し、中央発表会(本選)でも五割を超える確率で優勝。この十年で全国大会に三度も出場。内二回は最優秀。つまり日本一ってこと!

 この作品のアイデアは、夏休みも押し詰まったころ、創作に行き詰まって湘南の海沿い、愛車のナナハンのバイクをかっ飛ばし、江ノ電を「鎌倉高校前」の手前で三十キロオーバーで追い越したとき、急に「抹茶入りワラビ餅」が食べたくなった。そう言えば江ノ電の電車って、抹茶を振りかけたワラビ餅に似ていなくもない。
 で、そのまんま鎌倉に突入したマリ先生は、甘いもの屋さんに直行。
 で、出てきた「抹茶入りワラビ餅」を見て、ハっと思いついたわけ。
 なにを思いついたかというと、お皿の上に乗っかった「抹茶入りワラビ餅」が、わたしたちコロスに見えた。
 で、コロス…コロス……そうだ「コロス」の反意語は「イカス」だ!
 で、あとは、そのヒラメキを与えてくれた「抹茶入りワラビ餅」を無慈悲にもパクつきながら、携帯で、必要な情報を検索。その日の内にアラアラのプロット(あらすじ)がまとめられ、今日のリハーサルに至っているというわけなのよね。

 この話を聞いたとき、部員一同は「アハハ」と笑いながら、今さらながら、マリ先生を天才と思いました。集団の迫力、等身大の高校生、反体制というセオリーが見事に一つになっている!
 ただ、家でこの話をしたとき、クタバリぞこないのおじいちゃん(念のため、わたしじゃなくて、おばあちゃんが正面切って、お母さんは陰でこそこそ言っている)が、こう言った。
「イカスってのは、もともと軍隊の隠語(業界用語)なんだぜ……」 

 ま、昭和ヒトケタのおじいちゃんのチェックはシカトして、本題に……。

 場当たりをきっかり二十分で終えたあと、今度は十七分きっかりでバラシを終えて、中ホリ裏の道具置き場に道具を収めた。
「五十四分三十秒です」
 山埼先輩が報告。
「じゃ、残りの五分三十秒は次の学校さんが使ってくださいな。オホホホ……」
 余裕のマリ先生。
 しかし、中ホリ裏の道具置き場は半分がとこ、わたしたち乃木坂の道具で埋まっていた。
 それが、いささか他の学校のヒンシュクをかっていたことなど、その時は気づきもしなかった。
 立て込みやバラシも他校の実行委員の手を借りることはなかった。それが誇りでもあったし、ほかの学校や、実行委員の人たちにも喜ばれていると思っていた。
 そう、あの事件がおこるまでは……というか「あの事故」は終わったわけではなかったんだ。
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宇宙戦艦三笠・32[水の惑星アクアリンド・2]

2019-10-16 06:48:02 | 小説6
宇宙戦艦三笠・32
[水の惑星アクアリンド・2] 


 暗黒星雲ロンリネス以上の歓待だった。

 アクアリンドは、夕刻の入港を指定してきた。
 船の入港は朝が多く、異例といえたが、クルーたちは素直に従った。
 二十一発の礼砲を鳴らすと、それが合図であったように、港街であり、首都であるアクアリウムの各所から一斉に花火が上がり、花火には無数の金属箔が仕込んであって、それが他の花火や夕陽を反射して、ディズニーランドのエレクトリカルパレードの何倍も眩く、この世のものとは思えない美しさであった。三笠のクルーは正装して上甲板に並び、この歓迎の美しさを堪能した。

「悪いけど、わたしとウレシコワさんは神棚にいるわね。この星の雰囲気、どうも肌に合わない」

 で、二柱の船神さまを除く七人のクルーで上陸し、アクアリンドの大統領以下、この星の名士、セレブの歓迎を受けた。
 
「いやあ、実に八十年ぶりの来航者で、我々も感動しております」
 大統領の言葉から始まり、各界名士の挨拶が続いた。
 歓迎レセプションには、この星一番のアイドルグループのエブザイルや、AKR48(アクアリンド48)のパフォーマンスが繰り広げられた。
「正直、退屈な民族舞踊なんか見せられると思っていたけど。良い感じじゃん」
 美奈穂もトシも喜んでいた。樟葉と修一は笑顔を絶やさなかったが、何とも言えない違和感を感じていた。

 たかが水の補給にきて、この歓待はなんだ? 二人の疑問の元は、ここにあった。

 深夜になって、クレアが修一の部屋に来た。
 
 と言って。修一とクレアが特別な関係であるというわけではない。クレアは元々はボイジャー一号で、三笠が保護した時に、人間らしい義体を与えたものである。
「ちょっと、いいかしら……」
 と言った時には、その夜の晩さん会の素晴らしさを語り合う二人のバーチャルデータをダミーに流していた。だから「今夜のおもてなしは素晴らしかったわね」とアクアリンドの諜報機関には聞こえていたが、実際は「この星、おかしいわよ」である。
「具体的に言ってくれ」
「レセプションでも気づいたと思うんだけど、この星には伝統芸能や、伝統技能がないの。それに、この星のCPU全てにアクセスしてみたけど、八十年前以前の記録がどこにもないの」
「ロンリネスのときみたいにバーチャルってことはないのかい?」
「そう思って調べたけど、全て実体よ。人口は一億八千万。惑星としては少ない人口だけど、大陸としてはほどほどの人口。ジニ係数も二十以下で、地球のどの国よりも貧富の差が少ないの」
「歴史が分からないという点を除けば、よくできた星だな」
「それから、この星は、ほとんど無宗教。アクア神というのがあるけど、信者は数千人、神官は僅か二十人ほど。穏やかに見えるけど、どこかおかしいわ、この星」
「明日、名所案内をしてくれるそうだから。そのときに、ちょっと気を付けてみよう」
「それから、八十年前に…………」

 修一は、クレアが言った八十年前のあれこれを頭に入れて、あくる日の視察に臨むむことにした……。
 
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音に聞く高師浜のあだ波は・25『あたしらは目を背けた』

2019-10-16 06:39:21 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・25
『あたしらは目を背けた』         高師浜駅


 
 
 ワンルームアパートがお屋敷になったみたいだ。

 お祖母ちゃんの新しい車は、そんな感じ。

 今までの軽自動車は四人乗りで、事実上は二人乗りやった。
 ま、うちがお祖母ちゃんとの二人暮らしやということもあるんやけど、四人乗るとすっごく窮屈。
 
 今度のワンボックスは、三列シートで、なんと九人まで乗れてしまう。
 もちろん、ゆったり乗るには六人くらいなんやけど、前の車の三倍の感じ。
 後ろの二列は対面式に出来て、感覚的には南海の特急電車。
 南海の特急は高石市にも羽衣にも停車せえへん。いっつも、ホームで電車待ちしてるあたしらを暴力的な速さでいたぶっていきよる。
 一瞬見える特急の乗客が「下がりおれ、下郎どもめ!」といういような目をしてるように思えてしまう。
 その特急感覚やから、もう、ザーマス言葉でオホホホてな感じで笑い出しそう。

「でも、毎日迎えに来ていただいて、なんだか申し訳ないです~」

 姫乃がヘタレ眉になって恐縮する。

 五日前、不慮の事故で三人揃ってジャージで帰らなくてはならなくなり、寒さに震えていると、ちょうど後ろにお祖母ちゃんがいて、乗っけてもらった。
 それからお祖母ちゃんは、下校時間になると、学校の角を一つ曲がった道路で待ってくれるようになった。
 この車のことは、何度も聞いたけど、ニコニコするばかりで、お祖母ちゃんは答えてはくれない。
 
「今日は、ちょっと高速にのるけど、ええかな」
 三人が頷くと、お祖母ちゃんは泉北高速への道へとハンドルをきった、
 お祖母ちゃんのお迎えは、寄り道をする。
 ほんのニ十分ほどやねんけど、高石の街中をゆったり走ってから、すみれと姫乃を送っていく。
 あたしらも乗り心地が特急電車なんで、放課後ひとときのドライブを楽しむってか、お喋りに興じる。
 もう少しで高速に乗ろうかという時に、シャコタンの白いボックスカーが並んできた。
 
「感じわる~」
 すみれが眉を顰める。
「スモークガラスで、中見えないね……」
 姫乃が気弱そうにつぶやく。
 お祖母ちゃんは、やり過ごそうと速度を落とした。
 すると、白は、スーッと前に出たかと思うと、あたしらの前に出て停めよった。
「年寄りと女子高生だけや思て舐めとるなあ、あんたら出たらあかんで……」
 そういうと、お祖母ちゃんはシートベルトを外してドアを開けた。
「お、お祖母ちゃん!」
 お祖母ちゃんは、ゆっくりと白に近寄って行く。白のドアが開いて人相の悪いニイチャンが二人出てきた。
 お祖母ちゃんは腕を組んで二人を睨みつけてる。二人組がカサにかかって喚いてるけど、車の遮音が効いてるので言葉の内容までは分からへん。しかし、かなりヤバイというのは見てるだけで分かる。
「こ、これヤバいよ……」
「つ、通報しようか……」

 すると、あたしらの車の後方からダークスーツの男の人が現れて、あっという間に二人組をノシテしまった!

 白の車は、二人を残したまま急発進、二つ向こうの交差点を曲がり損ねた。

 ドッカーン!

 信号機のポールにぶつかってひっくり返った。
「「「うわーーー!」」」
 あたしらは目を背けた。
 目を開けると、お祖母ちゃんが戻ってくるとこで、ダークスーツも二人組の姿も無かった。
「ほんなら、いこか」
 そう言いながら、いつのまに買ったのか温かい缶コーヒーを配ってくれて、今までで一番長いドライブに発進した……。
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小悪魔マユの魔法日記・65『AKR47・9』

2019-10-16 06:30:28 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・65
『AKR47・9』    


 ポチの悲しさ……人間に化けるときは、見本がいる。

 つまり、その時見えた人間の姿を真似てしまうのだ。
 だから、マユの姿をした拓美と大石クララを足して二で割ったような姿になったわけである……。

 このポチのハンパな化け力が後ほど意外に役に立つのだが、ポチ姿の今のマユは、迷路のようなダクトを伝ってスタッフの会議室を探すのに懸命である。
 帰り道のことは心配ない、犬の嗅覚は人間の二千倍から一億倍もある。自分の匂いをたどっていけば、もとの出口にたどり着くことは容易である。
 オッサン特有の臭いがただよってくるのに気づいた。たどっていけばドンピシャ。HIKARIプロのえらいさんたちが会議をしている部屋の排気口にたどり着いた。

「……オモクロが、この週末の週間火曜曲で、新曲の発表をやります」

 オーディションのとき、えらそーに見えて、実は、それほどでもないディレクターが話していた。
「どんな曲なんだ?」
 社長が聞いた。
「それが、分かりません」
「分からない?」
 みんなが、一見えらそーなディレクターに注目した。
「今までは、宣伝を兼ねて、意図的に情報を流していたんですが、今回は、見事に分かりません」
「オレは、少しは分かっている。作詞作曲はは中山耕一だ」
 黒羽ディレクターがつぶやいた。
「え、薬師丸陽子じゃないんですか!?」
 二番目にえらそーなディレクターがびっくりして、目を剥いた。
 その拍子に、このディレクターは、コンタクトレンズを落とし、話に参加できなくなったが、見かけほどにはえらくないので、会議が中断するほどではなかった。
「上杉のヤロー、勝負に出てきやがったな……」
「たかが上杉、たいしたことはできませんよ」
 えらそーなディレクターが言った。
「オレも昔は、たかが光ミツルって言われていたんだぜ……」
 ぜんぜんえらそーに見えない小柄な会長が立ち上がって、会議室の窓辺に沿って歩き始めた。会長が本気で考え事をしたときのクセで、その歩くところには白線が描かれている。
 これは会長が光ミツルとしてデビューする前、フォークの主席と言われた田中米造であったころからのクセで、いつも駅のホームの白線ギリギリのところを歩いて考え事をするクセからきたものである。HIKARIプロができたころは、ビルの屋上の柵の外に白線をひいて歩いていたが、通行人に自殺者と間違われ、警察や消防に通報されて大騒ぎになった。それからは、会長室と会議室の窓ぎわに白線を引いて代用している。
 二往復目、先ほどのディレクターのコンタクトレンズを踏んだ。ソフトなので割れることはなかったが、レンズを踏んだ、ほんのわずかな違和感が、会長を決心させた。

「この違和感は、本物だ。今日一日で新曲作るぞ! で、オモクロと同じ収録の時に発表! 十時までには作詞しとくから、振り付けの春まゆみ、作曲の大久保も呼んどけ!」
「じゃ、レッスンも、今日からですね」
「むろんだ!」
 ドアを閉め、出て行きながら黒羽ディレクターに命じた。黒羽ディレクターは、全員に目配せ。それだけで、おのおのがやるべき事が分かる。鍛え上げられたクリエィティブ集団である。

「みんな、集まって!」

 リハーサル室に行くと、黒羽ディレクターはメンバー全員を集めた。

「今日は、十時から新曲のレッスンに入る。今までとは、やり方が違うからビックリしないように。それから、今日は遅くなるから、お家には連絡入れとくこと。深夜タクシーで帰る覚悟しとけ!」
「はい!」
 大石クララを筆頭に、メンバー全員が熱気の籠もった返事をした。会長の熱気が、HIKARIプロ全員に行き渡っていく。知井子などは、なんだか自分の身長が、また伸びたような気がしたぐらいである。

 そのころ、マユはクララたちが用意してくれていた制服を着て、オモクロのプロダクションを目指していた……。


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