大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真夏ダイアリー・52『ニューヨーク郊外・1942』

2019-10-27 07:13:32 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・52
『ニューヨーク郊外・1942』
    


 

 気が付くと、1942年6月2日、ニューヨークの郊外にいた。

 少し違和感を感じた。わたしは視点を三人称モードにして、自分の姿を見た。
 ギンガムチェックのワンピースの上には、ブロンドのポニーテールが載って、脇にブックバンドでまとめた教科書を挟んでいた。前回、ワシントンDCに行ったときよりも、わたしらしくなかった。
 どうやらイングランド系アメリカ人のようで、肌は白く、瞳はブルー。頬に少しソバカスの名残が……頭の上には、02ーMILLIEというIDが付いていた。これは、この時代の人間には見えない。同じ時代に来ている未来人同士が互いに認識しあえるように付けられたIDタグだ。前回は、これが無かった。タイムリープした未来人が、わたし一人だったせいだろう。その他、いろんな情報が新しくインストールされている。

「ハイ、ミリー!」

 声が掛かって、後ろで自転車のブレーキ音がした。
「ハイ、ジェシカ!」
 この子はジェシカで、ハイスクールの同級生(ということになっている)で、ブルネットの髪をヒッツメにして、陽気なパンツルックである。
「トニーのとこ?」
「うん、ここんとこ休みが多いから」
「成績はいいけど、あいつなんか変よね」
「変……?」
「あ、いやゴメン。そういう意味じゃないの……」
 わたしは、そんな気はなかったけど、ジェシカの顔には、なんだかトニーを非難がましく言ったような後ろめたい色が浮かんでいた。
「ミリーには勝てないわ」
「どういう意味よ?」
「わたしも、今日の欠席にかこつけて、トニーに会いに行くつもりだったの……でも、たかが二日休んだだけで、お見舞いってのも、ちょっとフライングだわよね」
「ジェシカ……」
「いいの、これでふっきれた。トニーとは上手くやってね。BALL(ボール=卒業式に付随したパーティー)楽しみにしてる!」
 そういうと、ジェシカは口笛を吹きながら、ゆるい坂道を下っていった。
 
 わたしは、この世界では、卒業間近のハイスクールの最上級生で、トニーとは恋人同士に設定されている。
 分かりやすく言えば、恋愛シュミレーションゲームのようなもので、成り行きによるイベントの発生やら、分岐がいくつもある。ただ、それがゲームと違うのは、これは現実であり、イベントや分岐は楽しむためではなく、予期できないリアルなアクシデントとして起こる。
 つまり、それだけリスクの大きいタイムリープであるということなんだ。
 さっきのジェシカは、外見も心もバランスのとれたいい子。でも、時に自分でコントロールできなくなることがある。トニーへの愛情は、インストールされたわたしの疑似感情よりも強い。早くトニーに会って問題を解決しなければ、とんでもないことになりそうな予感。

 ドアをノックして二呼吸ほどすると、ガレージの方から、トニーが現れた。頭の上には、01-TONYのID。

「ハイ、ショーゴ!」わたしは、明るくフレンドリーに、そして、正確なIDで奴に呼びかけた……。
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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・17『KETAYONA』

2019-10-27 07:07:26 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・17   

『KETAYONA』 

 
 
 それからの片づけ作業は敗戦処理のようになってしまった。

 わたしも、どこか気が抜けていたのだろう。なんせ広いだけが取り柄の倉庫。戦後進駐軍が学校を接収したときも、この倉庫だけは除外したというシロモノ。ちょっと気を抜くとコウモリが巣くったり、野良猫が住み着いたり。いつもなら隅々までチェックするんだけど、この時ばかりは……。
「ヤマちゃん、オーケー?」
 ヤマちゃんも……。
「里沙、オーケー?」
 と、伝言ゲーム。
 ルーキーの里沙はチェックシートを見てオーケーサイン。
 そのチェックシートは去年のコピーで、この春にみつけた欠陥は書かれていなかった……。


 生徒達を解散させたあと、北畠先生に電話した。まだ病院にいるようなら交代しなければならない。なにより潤香の様態が気がかりだった。
――大丈夫ですよ、潤香の様態は安定しています。お医者さまも「危険な状態じゃない」っておっしゃって、わたしも、もう家に帰ってきたんです……ええ、お母さんも、そうおっしゃって家に戻っていらっしゃいます、お父さんも。念のため、お姉さんが付き添っていらっしゃいます……ええ、大丈夫ですよ。
 わたしは切り替えが早い。それなら一杯ひっかけて明日に備えよう。
 柚木さんも誘おうかと一瞬思ったけど、たまたま玄関ホールのガラスに映った自分の顔を見てやめた。
 こんなくたびれた顔のオネーサン(柚木さんとは四つっきゃ変わんない。けしてオバチャンではゴザイマセン)と飲んでも気を遣うだけだろうと、あえて声をかけなかった。

 お店は、六本木と乃木坂の間あたり。

 街の喧噪からは程よく離れている。いちおうイタメシ屋だけど、客のわがままなオーダーに気楽に応えているうちに国籍不明なお店になったというお店。
 お決まりのゲソの塩焼きと、ハイボール。乙女には似つかわしくない組み合わせだけど、学生時代からの定番。これ、最初は虫除けだった。リキュールのソーダ割り(いまは、リッキーとか言う)にサラダとチーズのセットなんか乙女チックにやってると、すぐに虫が寄ってくる。で、この組み合わせ。

「アイカワラズダナ」
 二つ向こうの席に宇宙人みたいな声がした。

「ん……あ、小田先輩!」
 そう、今日の審査で乃木坂を落とした審査員の高橋誠司こと小田誠が、当たり前のような顔をして座っていた。手には、アニメの少年探偵が持っているような、蝶ネクタイ形変声機……?
「これ、アニメの実写版やったとき小道具さんにもらったんだ。市販品のオモチャなんで、本物みたいなわけには……いかないのよね」
 今度は女の子の声になってきた。
「ハハハ、もう、やめてくださいよ。キモチ悪い」
「でも、こうやって、女の子とは仲良くなれる」
 と、席を一つ寄せてきた。
「まだ、女の子ですか。わたし?」
「誉め言葉のつもりなんだぜ」
「わたし、もう二十七ですよ」
「まだまだ使い分けのできる歳だぜ」
「大人です。もう五年も教師やってんだから」
「ほう、そうなんだ……と、驚いたほうがいいんだろうけど、とっくに知ってた。ほら……」
 と、コンクールのパンフレットを出した。
「ああ、なーる……」
「ネットで、ときどき検索もしてたんだぜ。おれも一応高校演劇出身だからな」
「おまたせしました。『イチオウ・タパス』です」
 マスターがタパスもどき(スペインの小皿料理)をカウンターに置いた。
「おう、本物じゃないですか。マスター……ソースも本物のサルサ・ブランコだ」
「筋向かいがスパニッシュなんで、時々食材の交換なんかやってるもんで」
「サルのブランコ?」
「ハハハ……」
 わたしのトンチンカンに、オッサン二人が笑い出した。
「スペインのサン・セバスチャンて街の特製ソースだよ」
 で、白ワインで乾杯することになった……ところで大疑問!?
「なんで、わたしが、ここに居ることがわかったんですか?」
「だって、アドレスの交換やったじゃないか」
「は?」
「おれのスマホは最新型でね、相手の電源が入っていればGPSで居場所が分かるって優れもの」
「うそ!?」
「ほら、現在位置」
 差し出されたスマホには、まごうかたなきイタメシ屋「KETAYONA」のこの席あたりに緑のドットが点滅していた。
「わ、消してくださいよ。これじゃおちおちトイレにも行けないじゃないですか!」
「大丈夫だよ、通話にしてなきゃ音が聞こえるわけじゃないし」
「わたしのほうで消去しちゃうから!」
「待てよ。これはただのGPS。点滅してんのはオレのドットだよ」
「またまた……」
「ほんとだってば、ここは、学校の警備員さんに聞いたんだよ」
「なんで警備員さんが?」
「キミがそれだけ注目されてるってことだよ……良く言えばね」
「普通にいえば?」
「自信が強すぎて、周りが見えない……ほらほら、そうやって、すぐにとんがる」
 先輩の手が伸びてきて、わたしの頬を指で挟んだ。「プ」と音がして自分でも笑ってしまった。
「乃木坂を落としたのは、オレなんだよ」
「先輩に気づいたとき、ヤバイなあとは思いましたけど。まあ、わたし本番観てませんし」
「乃木坂は、貴崎マリそのものだったよ」
「やっぱし」
「パワフルで、展開が速くて、役者も高校生ながら華があった。とくにアンダースタディーやった、まどかって子は可能性に満ちた子だ。学生時代のキミに似ている……いや、キミが似せさせたんだ」
 わたしは、ワインに伸ばしかけた手をハイボールに持ち替え、オッサンのように飲み干し、氷を口に含んで、ゴリっとかみ砕いた。
「キミの芝居は、一見華やかでパワフルだけどドラマがない。役者が一人称で、台詞を歌い上げてしまっている。パフォーマンスとしては評価できるけど、芝居としては評価できない」
「それだけですか……」
「登場人物が類型的だ。他の審査員なら等身大の高校生とか言って誉めるんだろうけど。オレには、そう見えなかった。主人公の自衛隊への使命感みたいな入隊希望。彼女の彼への気持ちの変化。彼女の不治の病。みんな最後のカタルシスのための作り物だ。あの芝居、最初にラストシーン思いついたんだろ。マリッペのことだからバイクかっ飛ばしてるときか、なんか食ってる時にひらめいたんだろ?」
 わたしは、もう一個、氷をかみ砕いた……ちょっと歯が痛かった。でもポーカーフェイス。
「そのカタルシスもなあ……」
「なんですか!?」
 声が尖った。
「彼女の最後『あとは……あとは、最後は自分で決めてね……研一君』で、彼氏が彼女を抱きしめて『真由……!!』と、慟哭。もったいぶった台詞の羅列。劇的だけどもドラマが無い。人間が関係しあってないんだよなあ……コロスたちの『イカス』の繰り返しのシャウト……コロスにイカスなんて笑えるけどね。そいで大河ドラマの最終回のラストみたいな曲とコーラス。ステレオタイプの典型」
「わたし、大学で習った『共振する演劇』を実践したつもりなんですけど!」
「あれは平田先生だからできた荒技さ。オレが反発してたの知ってるだろ」
「天才は量産できるもんじゃない……でしょ。あのタンカしばらく学部で流行りましたよ。主に単位落とした学生の間にですけど」
「それと、自衛隊への目線に偏りがある。『暴力装置』って言葉は思想的すぎるよ。ま、反体制的ってのは拍手しやすいけどな。ちょっと前世紀の遺物だな」
 半分溶けた氷が、コトリと音を立て、グラスの中ででんぐりかえった。
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宇宙戦艦三笠・43[宇宙戦艦グリンハーヘン・5]

2019-10-27 06:43:45 | 小説6
宇宙戦艦三笠・43
[宇宙戦艦グリンハーヘン・5] 



 
「ミネアさん、無理するのはよそうよ」

 みかさんの言葉に、ミネア司令は微かにたじろいだが、それはみかさんにしか分からなかった。
 修一たちは、ミネアが、みかさんの挑発に一歩前に出たようにしか見えなかった。
「そうやって、なにかあると、いつも一歩前に出てしまうのよね」
「なに……!」

 みかさんは、ミネアの厳しい視線をさらりとかわし言葉を続けた。

「グリンハーヘンというのは悲しい名前ね。グリンヘルドにもなれずシュトルハーヘンにもなれない人たちのアイデンティティー。両方の母星から疎外された人たち。二つの母星は、地球侵略については共同戦線を張っているけど、内心では信じあっていない。だから、二つの母星の間に生まれたあなたたちは疎外され、軍の中でも、遊撃隊でしかいられないんでしょ」
「わたしたちは選ばれたエリート部隊だ。だから、本隊が暗黒星雲の両脇を固めているのに、ドンピシャ三笠の真正面に出ることができた」
「でも、だれも救けにこない。三笠はステルスになっているから、この船のように至近距離でなければ認識できない。でも、この船が停止して、動きがおかしいことは、他の艦隊にも分かっている。助けにもこないし、この船も救難信号も出さない」
「三笠は、私たちだけで捕獲する」
「今の状況は逆でしょ。いくら遊撃部隊でも、こんな状況なら、なんらかの連絡や、共同行動があって当たり前じゃないかしら?」

 その時、グリンハーヘンの艦体が身震いするように揺れた。

「な、何が……!?」
 美奈穂が、みんなを代表するように、怯えた声をあげた。
 ミネアは、この変化にも表情を動かさない。ただ、弱みを見せたくない一心で……。
「三笠を修理しているの。ただ修復材が足りないから、グリンハーヘンから少しいただいてるの。今のは、その衝撃」
 ミネアの表情が微かに動いた。
「大丈夫、この船がダメになるほどには頂かないから。じゃ、三笠の仲間は解放させてもらうわ。修一くん、そこのタラップを上がって、三笠の第二デッキに出るわ。順番は、わたしが最後。パンツ見られるのやだから。ミネアさん、今こそ、あなたの信念に従って行動するときよ」

 ミネアは、最後まで視線を外さないみかさんのために身動き一つできなかった。目力だけではなく、自分自身の葛藤のために。三笠に閉じ込められていたミネアの戦闘員たちは、逆に通路が開いてグリンハーヘンに戻って来た。

「追ってきませんね、グリンハーヘン」
「ミネアさんは知ってるのよ。はるかかなたの地球侵略が無謀なことを……ただ、地球の温暖化が常識で抗いがたいように、グリンヘルドもシュトルハーヘンでも地球侵略が侵しがたい目的になっている。だからミネアさんは一番首の三笠を狩って、母星の人たちの鼻を明かそうとしたのよ。その愚かさに気が付いたところ……そう考えていいと思うわ」
「しかし、どうして三笠にステルス機能が付いたんですか。そんなもの無いはずなのに」
 クレアが不思議そうにみかさんに聞いた。
「アクアリンドのクリスタルのおかげ」
「アクアリンドの?」
「アクアリンドがグリンヘルドにもシュトルハーヘンにも見つからないのは、暗黒星雲のためだけじゃない。このクリスタルが、外界から、あの星を隠す大きな力になっていたの。クリスタルも学習したと思う。隠れて引きこもっていることの危うさを……」

 そう言うと、みかさんは微かに微笑んで神棚に戻って行った。

「あとは、オレたちでやれって目だったな……」
「ピレウスまで、8パーセク。二回のワープで到着。いいわね?」
 樟葉が決心したように、宣言。修一が、それを受けて頷く。
 三笠のクルーの結束は、いっそう固まっていった。
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小悪魔マユの魔法日記・76『期間限定の恋人・8』

2019-10-27 06:34:03 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・76
『期間限定の恋人・8』    



 
 
 わたしと黒羽さん、婚約しましたから!

「「「「「「「「「「え……ええ!?」」」」」」」」」」

 一同から、悲鳴のような歓声があがった。
「だからあ、もう、みんな黒羽さんに手を出してはいけません!」
「ちょっと、美優!」
 と、マダム。
「ちょっと美優ちゃん」
 
 黒羽は、一度美優を廊下に出した。
「これは、あくまでオヤジを納得させるための……バーチャルなんだから」
「たとえそうでも、その気になっておかなきゃお父さんは気づいてしまうわ。病人て、そのへんの勘は鋭いのよ。わたしも、ついこないだまでは、そうだったから、よく分かるの。決めたからには覚悟して!」
「美優、どういうことなのよ!?」
 マダムは、娘の爆弾発言を問いただそうと、廊下に出てきた。メンバーの矢頭萌など数人もくっついてきた。ビル中に騒ぎが広がりそうなので、黒羽は、慌ててみんなをスタジオにもどした。

「AKRは、恋愛禁止になってますけど。密かに黒羽さんに心寄せてる人がいちゃいけないので、宣言しときます。この英二さんは……」

――売約済み――

 いつのまに用意したのか、ロ-ザンヌの(売約済み)のシールを、黒羽の胸や背中、おでこにも貼り付けた。
「「「「「「「「「「キャー、ウワー!」」」」」」」」」」
 歓声があがった。
「結婚式はいつ?」
「告白は、やっぱ黒羽さん?」
「シッ、シッ、これからは、黒羽さんの半径50センチ以上寄っちゃいけないからね。50センチ以内は婚約者のエリアだからね」
 クララが、通せんぼをした。
「って、いうか、クララさん、その距離超えてるしい」
 萌が、くちびるを尖らせる。
「わたしは、親衛隊長だからいいの!」
「ずるい~!」
 などと、ひとしきり騒ぎは収まらない。
「婚約指輪は、まだなんですか……?」
 知井子が、静かに聞いたが「婚約指輪」という言葉は刺激的である。

――ジー…………

 47人のメンバーとスタッフ、そして母親であるマダムの視線が、美優の左手に集中した。
「あ、あの、その……ついさっきコクられたばっかで、そういうのまだなんです……アハハ」
 美優は、顔を赤らめ、眉を八の字にして頭を掻いた。
「ワー!」
「そんなの!」
「信じらんない!」
「大の男だったらさあ!」
 と、またもかしましい。
「いや、だから、それはね……」
 と、黒羽が言い訳しようとすると、黒羽の携帯が鳴った。
「はい、黒羽。あ、会長……はい、今すぐ行きます。オレ会長室行ってくるから、みんなはレッスン。よろしく、まゆみさん(振り付け)」
「はい。さあ、恋人たちのためにもがんばるのよ!」
 春まゆみも二人の事にひっかけて、みんなを集中させた。
「マダム、美優ちゃん、いっしょに来て」
「え?」
「会長が、お二人もいっしょにってことなんで」

「黒羽、おまえは、自分のことに関してはブキッチョなんだからなあ」

 会長は、小さな小箱を投げてよこした。
「……これは?」
「グリコのオマケじゃねえからな。正真正銘の婚約指輪」
「会長……」
「会長さん……」
「急場のことなんで、筋向かいの宝飾堂のありあわせ。でも、モノホンだから……美優ちゃん、マダム、こんな朴念仁だけどよろしく。こいつのお父さんのために……」
「会長……!?」
「夕べは、ずいぶん酔っぱらって……見かねた美優ちゃんが面倒みてくれた……この界隈のことは、業界のことと同じくらいの地獄耳。それに妹さんから電話もあったしな」
「由美子のやつが……!」
「怒ってやるなって……親孝行したいころには親は無しってな。それに『コスモストルネード』発表までは、この朴念仁にもしっかりしてもらわなっくちゃ困るしな」
「ありがとうございます。会長」
「お礼言うならなら、美優ちゃんだ。かりそめにも10歳以上年上の婚約者引き受けてくれたんだからな」
「会長さん」
「なんだい?」
「あの……レッスン見てちゃいけませんか。婚約者として英二さんの仕事ぶり見ておきたいんです」
「それは断る。発表までは非公開だ」
「あの、ブースからでもかまわないんです。お父さんにちゃんと婚約者と思ってもらうためには、英二さんの仕事見といたほうがいいと思うんです」
「だめだ、スタジオからブースは丸見えだ……でも、この部屋のモニターならいいよ」
 
 会長が、机のボタンを押すと、天井から大きなモニターが降りてきた。

「ほら、このゲ-ム機のコントローラーで操作できる」
 モニターにスタジオの全景が映し出された。
「あとは、触っているうちに分かる。じゃ、美優ちゃん、よろしく」
 会長は、ホウキとちり取りを持ってドアに向かった。日課の掃除である。
「あ、それと、適当に時間作ってデートしとけ、リアリティーが出るようにな」
 そう言い残し、会長は部屋を出て行った。
「じゃ、オレも仕事にかかる。あ……昼飯いっしょに食べよう。昼に店に迎えにいくよ」
「は、はい」

 マユは、美優の体の中で、美優のトキメキを、どう受け止めていいのか分からなくなった……。
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