大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・082『パンが無ければお菓子を食べればいいのに』

2019-10-22 14:47:19 | ノベル

せやさかい・082

 

『パンが無ければお菓子を食べればいいのに』 

 

 

 パンが無ければお菓子を食べればいいのに。

 

 社会科の授業で先生が言うた。六時間目で、みんなテンションが低かったんで、先生が話を脱線させたんや。

 パリの話から、フランス革命の時のマリーアントワネットの話になった。

 ルイ16世は知らんかったけど、マリーアントワネットは知ってる。マンガにもなってるし、宝塚でもやってた。

 家族に食べさせる食糧にも事欠いたパリのオカミサンたちが宮殿にデモをかけて、バルコニーに立った王妃のマリーアントワネットが言うた言葉が、これ。

 あんまり脳天気な言葉に、クラスのみんなが笑った。

 アホやあ! ナイスボケ! とか面白がるものもおった。

 

 ああ、有名な話だよね。

 

 トワイニング紅茶を淹れながら頼子さんが話を広げる。

「オーストリアから嫁いだ王妃だから、フランスに馴染めなかったこともあるんだろうけど、ちょっと軽率なところもあったって言われてるわ」

「マリーアントワネットって、フランス人じゃなかったんですか?」

 留美ちゃんの目ぇが光る。留美ちゃんは、こういう裏話的なことが大好き。あたしも初耳の話題、社会の先生もアントワネットの出身国までは言うてへんかった。

「ヨーロッパの王室は国際結婚とか多かったのよ。マリーアントワネットの実家はハプスブルグ家で、いろんな国の王室と姻戚関係だったのよ」

「ひょっとして、先輩のヤマセンブルグにも!?」

「うん、十二代前にハプスブルグからお嫁さんが来てる」

 ハハーー! 

 思わず最敬礼。

「よしてよ、見てくれはこんなだけど(喋れへんかったら、まんまフランス人形)、その分、中身の八割は日本人だからね」

「「はいはい」」

「王室って、どこも大変なのよ。ダイアナ妃もホームビデオとかじゃ、ずいぶん愚痴をこぼしてたみたいだし」

「ダイアナ妃がですか? パパラッチに追われて事故ったんですよね……」

 自前のノートを広げる留美ちゃん。

 おお、ノートにはビッシリと書き込みが! いや、頭が下がるわ、この子の勉強ぶり。

「チャールズ皇太子とかにね『このごろ福祉事業にがんばってるね』って褒められるの。『当り前よ、王室に居たら、それくらいしかやる事無いんだもの!』って、ツボにハマって喜んでた」

「あー、分かります。放課後の学校で校長先生がツケッパの電気消して回ってるみたいな。『いやあ、校長先生がんばってらっしゃる』『いやあ、校長は、これくらいしかやる事無くって』的な?」

 なんか、二人の会話はレベルが高い。

 

 その夜、あたしの枕もとにダミアが寄ってきよった。

 

 どないしたん、ダミア?

「昼間の話なんだけど」

 昼間あ?

「ほら、部活で盛り上がってたでしょ」

 ああ、マリーアントワネットとか?

「とかじゃなくって、マリーアントワネット王妃」

 ああ、それが?

「王妃は言ってないから『パンが無ければお菓子を食べればいい』なんて」

 え、そなの?

「ほんとに、言ってないから。それ、憶えといて」

 それだけ言うと、ダミアはベッドから下りてしもた。

 あ、今夜はいっしょに寝ないの?

「一人で寝たい気持ちなの……」

 

 なんか、めっちゃ寂しなってきた……て、ダミア、あんた喋った?

 

 

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真夏ダイアリー・47『桜の記憶』

2019-10-22 06:38:19 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・47 
『桜の記憶』      



 セーラー服にモンペ姿の女学生の姿が見えてきた……!

「あれは……」

「じっと見ていて……」

 女生徒は、もんぺ姿から、普通のセーラー服に変わり、視野が広がるようにまわりの様子が変わってきた。
 女生徒の仲間が増えた。友だちを待っているんだろうか、弾んだゴムボールのように笑いあって……ハハ、先生に叱れれてる。みんなでペコリと頭を下げたけど、先生が通り過ぎると、またひとしきりの笑い声。
 先生も、仕方ないなあと言う感じで苦笑いしていく。
 やがて、お下げにメガネの小柄な子が「ごめん、ごめん」と言いながらやってきた。で、だれかがなにかおかしな事を言ったんだろう。ひときわ大きな笑いの輪になり、校門に向かった。
 途中に、なにか小さな祠(ほこら)のようなものがあり、ゴムボールたちは、その前までくると弾むことを止め、祠にむかって神妙な顔でお辞儀した。そして、校門を出る頃には、もとのゴムボールに戻って、坂を昇り始めていった。

「あの祠、奉安殿……」
「よく知ってるわね」
「でも、この景色は……」
「あの桜の記憶。乃木坂女学校が、まだ良かったころ……そして、一番愛おしいころの記憶」
「……なぜ、こんなものが見えるんですか」
「あなたに、その力があるから」

 仁和さんが黒板を一拭きするように手を振ると、景色はもとに戻った。

 グラウンドの桜並木を歩きながら、仁和さんは語り続けてくれた。不思議に人が寄ってこない。こういうときの仁和さんには話しかけちゃいけない暗黙のルールでもあるのだろうか。

「そんなものないわよ。わたしが、そう思えば、そうなるの」
「どうして……」心が読めるんだろう……。
「ホホ、わたしの超能力かな……さっき見えた女生徒や先生は、みんな空襲で亡くなったの。あの桜は、その人達が死んでいくとこも記憶してるけど、桜は、あえて良かった時代のを見せてくれた。これは意味のあることよ」
「どういう……」
「それは、真夏という子に託したいものがあるから……」

「仁和さん……ご存じなんですか……あ、なにか、そんなことを」

「ううん。なんとなくね……あなたは、ただのアイドルじゃない。そして、あなたがやろうとしていることは、とても難しいこと……それぐらいしか分からないけど、桜が見せてくれた人たちが死なずにすむように、あなたなら……」

 仁和さん、真夏、お昼の用意ができました!

 潤が、校舎の入り口のところで呼ばわった。
「ホホ、わたしの超能力も腹ぺこには勝てないみたいね」

 昼食後、旧館の校舎の中で屋内の撮影。掃除用具のロッカーを木製のものに変えたり、アルミサッシが写らないようにカメラアングルを工夫したり、仁和さんと黒羽さんのこだわりは徹底していた。

 帰りは、ロケバスと観光バス二台で事務所に帰る。わたしは省吾たちといっしょに帰りたかったけど、そこは我慢。アイドルは団体行動!
 仁和さんが、ニッコリ笑って横の席をうながした。
「仁和さん、タクシーじゃなかったんですか?」
「わたし、こういう方が好きなの。あなたとも、もう少し話したかったし」
「はい……」
 仁和さんは、お昼や、他の休憩時間は、黒羽さんや、他のメンバーとも話していた。でも、わたしと話したがっていることは確か。なんだか緊張する。
「寒そうだけど、見事な青空ね……」
「はい、冬の空って、透き通っていて好きです」
 わたしは、1941年のワシントンDCの青空を思い出していた。
「本当は、もっと違った青空の下で撮りたかったんでしょうね……」
 一瞬、ギクリとした。
「ミツル君、福島の出身なの……覚えとくといいわ」

 会長が口にしない歌の意味が分かったような気がした……。
 
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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・12『メイクを落として制服に着替えた』

2019-10-22 06:30:38 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・12   
『メイクを落として制服に着替えた』 

 
 
 
 幕間交流の間に、バラシも搬出も終わっていた。

 わたしは、スタンディングオベーションのきっかけになったアイツを探したかったけど、マリ先生の様子が気になって、搬出口に行ってみた。

 バタンと音がして、荷台のドアが閉められたところだった。

「まどか、大儀であった。じゃ、先に行ってる。柚木先生、あとはよろしく」
 柚木先生がうなづくと、トラックはブルンと身震いして動き始めた。助手席の窓から、お気楽そうに、マリ先生の手が振られた。二台目のトラックのバックミラーに、ほっとした山埼先輩の顔が一瞬映った。
 ため息一つつく間に、二台のトラックはフェリペの通用門を出て行った。実際にはもう少し時間があったんだろうけど、頭の中がスクランブルエッグみたくなってるわたしには、そう感じられた。

「じゃ、わたしたちは地下鉄で学校に行ってます」

 舞監助手の里沙がそう言って、あらかじめ決められていたメンバーを引き連れて歩き出した。学校で道具をトラックから降ろして、倉庫に片づけるためだ。
 残ったメンバーは、わたしも含め、誰も何も言わず、それを見送った。
「先生なにか言ってました?」
 柚木先生に聞いてみた。
「え……ああ、なにも。さ、わたしたちも交流会に行きましょ。そろそろ審査結果の発表でしょうから」
「先輩。潤香先輩……」
 峰岸先輩に振ってみた。
「必要なことしか言わないからな、マリ先生は……大丈夫なんじゃないか」
 言葉のわりにはクッタクありげに歩き出した……ボンヤリついていくと叱れた。
「まどか、そのナリで交流会はないだろう」
 わたしったら、衣装もメイクもそのまんまだった。
「すみません、着替えてきます」
 ひとり立ち止まると、訳もなく涙が頬を伝って落ちた。

 メイクを落として制服に着替えた……気づくと、窓の外には夜空に三日月。秋の日はつるべ落としって言うけど……ヤバイ、もう八時前。審査発表が終わっちゃう!
 急いで会場に戻った。交流会はまだ続いていた。
「審査発表まだなの?」
 あくびをかみ殺している夏鈴に聞いてみた。
「遅れてるみたい……まどか、なにしてたのよ。さっきまでまどかの話で持ちきりだったのよ」
「うそ……!?」
「そりゃ、あれだけのアンダースタディーやっちゃったんだから」
「そうなの……でも、道具係の夏鈴がどうしてここにいるのよさ?」
「地下鉄の駅まで行ったら、お財布忘れたのに気づいて。そしたら、宮里先輩が『夏鈴はもういい』って」
「プ、夏鈴らしいわ」
「まどかこそ。楽屋で声かけたのに気づかなかったでしょ。お空は三日月だし狼男にでもなんのかと思っちゃったわよ」
「女が狼男になるわけないでしょうが」
「なるわよ。うちのお父さん、お母さんのことオオカミだって言ってるわよさ」
「だいいち、狼男が狼になんのは満月じゃんよ」
「うそ。わたし、ずっと三日月だと思ってた!」
「ハハ、でも、そういうズレ方って夏鈴らしくてカワユイぞ」
「どうせ、わたしはズレてますよ。まどかみたく物覚えよくないもん!」
「二人とも声が大きい……」
 峰岸先輩が、低い声で注意した……でも手遅れ。夏鈴の声で面が割れてしまった。
――え、乃木坂学院のまどか!――あの、まどかさん!――マドカァ!!
 
 ……と、取り囲まれてしまった。
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宇宙戦艦三笠・38[虚無宇宙域 ダル突破]

2019-10-22 06:22:36 | 小説6
宇宙戦艦三笠・38
[虚無宇宙域 ダル突破] 



 
「……遼寧が撃沈されたの」

 修一は、あまり驚かなかった。まだ20年の仮死から覚めきっていないのかもしれない。
 
 遼寧……ウレシコワにとってはヴァリヤーグの撃沈は、その拠り所の喪失を意味する。つまり、ヴァリヤーグの船霊(ふなだま)としては存在できない。
 日本の船は、たいがいどこかの神社の御神体を分祀する。だから、船が無くなっても、それぞれの神社に帰れば済む話だが、ウレシコワは、ヴァリヤーグが出来上がるにしたがって現れた船霊なので、船が無くなると居場所が無くなるのだ。

 一瞬三笠の艦首にメーテル姿のウレシコワが見えたような気がしたが。それは遼寧に成り果てたヴァリヤーグに居場所が無くなり、三笠にやってきたときの残像であることを自覚した。

 遼寧は、無謀にも虚無宇宙域ダルの外縁に展開していたグリンヘルドの大艦隊に飛び込んでいった。3分も持たなかったそうである。
「遼寧には、党の指導が入っていたみたい。三笠もアメリカの艦隊も足踏みしたのをチャンスだと思ったみたいね。グリンヘルドへの突撃を指示した……乗っていた子たちは大半がカプセルで脱出。あらかたはグリンヘルドの捕虜になったみたい」
「あまり嬉しそうじゃないね、みかさん。ウレシコワは残念だけど、人の命が助かれば、みかさんの気性なら喜びそうなのに」
「そんなことないわ。少しでも生存者の可能性があることは喜ばしいことだわ」

 日本の神さまは正直だ。みかさんの顔には当惑とも悲しみともつかない色が隠しようもないのだ。修一には、それがウレシコワの消失によるものなのか、なにか修一には言えない、言いにくいことからなのか区別がつかなかった。

 あくる日には、樟葉と美奈穂が覚醒した。
 
 トシのことは伏せて、ウレシコワのことだけを伝えた。二人ともウレシコワのことを悲しんだが吹っ切るのは早かった。
「クレア、前よりきれいになったんじゃない?」
 美奈穂も樟葉も、クレアの新しい生体組織に興味を持った。女の子は、居なくなった者よりも、生きて変化を遂げている者に興味のある薄情な生き物かと、修一は思った。
 が、違った。樟葉も美奈穂も、すぐに三笠の状態をチェックし、発進の準備と、周囲の警戒に没頭した。

「航海長、機関は万全です。エネルギーもダルを脱出しても、15%の余裕があります」
「了解。いよいよね!」
 樟葉は気づいていなかった。トシが今まで名前で呼んでいたのを、航海長と呼んだことを。修一は、あらかじめ知っていたせいか、トシのクローンには違和感があった。

「ワープ到達域に障害物なし。一気にダルを抜けるわよ!」
「機関長、前進強速。一気にワープ!」
「ワープカウント30秒前!」
「対ショック、閃光防御!」
 そう命じながら、オリジナルトシとウレシコワの喪失がせきあげてきて、涙が止まらない修一であった。

 三笠は20年の眠りから覚めて、グリンヘルドもシュトルハーヘンも予測だにしなかったダルからの脱出を果たそうとしていた。
 
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秋野七草 その三『ナナ、ナンチャッテ!』

2019-10-22 06:13:08 | ボクの妹
秋野七草 その三
『ナナ、ナンチャッテ!』         


 
 ここまで豹変しているとは思わなかった……!

「オハ、兄ちゃんワルイ。朝飯は自分でやってねえ。で、会場だけどさ……それウケる! ガールズバーで同窓会なんて、男ドモの反応が楽しみだね!」
「アハハ!」
「ウハハ!」
 と、トコとマコもノリが良い。
「あたし、いっしょにシェ-カー振るわよ! たしか、オヤジが持ってんのがあるから、やってみよ!」

 で、キッチンでゴソゴソやってるうちに、山路が風呂から上がってきた。

「あ、このイケメンが山路。兄ちゃんの後輩。水も滴るいいオトコ。朝ご飯テキトーにね」
「いいっすよ。いつも自炊だから」
「ごめんなさいね、同窓会の打ち合わせやってるもんで……ほんと、いいオトコ。あたしやります! ナナ、トコと話しつめといて!」
 マコが、朝ご飯を作り始めた。
「あのう、ナナセさんは?」
「ああ、あいつドジだから、そこで指切っちゃって、休日診療に行っちゃった」
「え、大丈夫なんですか?」
「あ、大げさなのナナセは。マコ、キッチン血が飛び散ってたら、拭いといてね。で、中山センセだけど……」

 キッチンへ行くと、シンクや壁にリアルな血痕が付いていた。

「ナナセさん、一人で大丈夫ですか!?」
「大丈夫よ。大げさに騒ぎまくるから、血が飛び散っちゃって。あんなの縫合もなし。テープ貼っておしまい。ほら!」
 ナナは、偽造したメールとテープを貼った指のシャメまで見せた。
「貧血になったんで、しばらく横になって帰るって」
「だったら、やっぱり誰か……」
「ダメ! 甘やかしちゃ、本人の為にならない。ガキじゃないんだから、突き放してやって!」
「ナナ、壁の血とれないよ」
 マコが、赤く染まったダスターを広げて見せた。
「アルコ-ルで拭けばいいわよ」
「あとあと、それより、そこのハラペコに餌やって、早く戻ってきてよ。で、会費は……」
「包丁にも……」
「大丈夫、ナナセは病気は持ってないから。処女の生き血混じりのサラダなんておいしゅうございますよ」
「おい、ナナ……」

 オレは、なにか言おうとしたが、女子三人の馬力と妖しさに、次ぐ言葉がなかった……いや、半分ほど、この猿芝居に付き合ってみようかという気にさえなってきた。どうも我が家の血のようである。

 マコと山路が朝飯作って、食後の会話で飛躍した。

「へー、山路って、山が好きなんだ!」
「うん、オレの生き甲斐だね。こないだも剣に登ってきたとこ。次は通い慣れた穂高だな」
「国内ばっか?」
「海外は金がね……でもさ、山岳会がテレビとタイアップして、チョモランマに挑戦するパーティーに応募してんだ!」
「じゃ、体とか鍛えとかなきゃ!」
「鍛えてあるさ、ホラ!」
 山路が、腕の筋肉をカチンカチンにして見せた。で、調子にのって、割れた腹筋を見せたとき、これまた、調子に乗ったナナが、ルーズブラウスをたくし上げて、自分の腹筋を見せた。
「おお、こりゃ、並の鍛え方じゃないな!」
「あたぼうよ。これでも数少ない女レンジャーなんだから!」
「じゃ、一発、勝負だ!」

 で、庭で10メートルダッシュをやった。これはナナの勝ち。
 調子に乗ったアームレスリングは、3:2で山路の勝ち。
 腹筋は、時間がかかるので、60秒で何度やれるかで勝負。ナナが98回で勝利。
 匍匐前進は、むろんナナ。
 跳躍。指の高さは山路だが、足の高さではナナの勝ち(ナナの方が足が長い)。
 シメは近所の公園まで行って木登り競争。ナナが勝って、もう一回やろうとしたら、警官に注意されてお流れ。

 最初は、山路に嫌われるために、始めたのだが、双方本気になるに及び、事態がおかしくなった。

 どうやら、山路はナナが気に入ってしまったようなのだ。

「ナナちゃん。君は素敵だ!」

 山路の顔が迫って来た。

「ナナ、ナンチャッテ……!」
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小悪魔マユの魔法日記・71『期間限定の恋人・3』

2019-10-22 05:59:31 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・71
『期間限定の恋人・3』   



「「な、なんでも……!」」
 
 美智子と吉田(マユ)の声がそろった……。

 吉田の姿をしたマユは、当直のドクターを連れてきた。ドクターは若ハゲでデップリとして、鼻の下にはヒゲなんか生やしていて、見かけは立派なドクター。実は、近所の開業医のどら息子で、ハクを付けるためにだけ、この病院に勤めている食わせ物だったが、こういう人間の方が操りやすい。
――先生は、日本一の名医です。この注射をしてあげれば、ノーベル賞だって夢じゃありません。
 そう、暗示をかけると、マユの差し出した注射器を持って美優の病室に現れた。

「この薬を注射すれば、死が訪れるまで、まったく健常者と同じように動くことができます……ええ、長年わたしが研究してきた成果です。末期ガンの患者さんの残された時間を、患者さんの意思で思う存分自由に生きてもらうための薬です……効き目の期間ですか……美優さんの命がつきるまで……言ってもかまいませんか……美優さんの命は、あと一週間です。きっちり百六十八時間」
「ぜひ、お願いします……こんな寝たきり……で……じわじわ……死ぬのは……いや」
 美優の言葉に、母の美智子も、涙ぐみながらうなづいた。

「では……きみ、クランケの腕を……」

 ドクターは、威厳を持って吉田ナースの姿をしたマユに命じた。マユは、おごそかに美優の袖をまくり、上腕に静脈注射用のゴムバンドをした。
「う……」
 美優は小さな声をあげた。このドクターは見かけ倒しなので、注射はヘタクソなので、かなり痛かった。元気だったら、美優は大きな悲鳴をあげていたところだろう。
「効き目が現れるのに二十分ほどかかります。起きあがれるようになったら、もう自由になさってけっこうです。では、残った一週間。思い残すことなく使ってください」
 ドクターは、もったいぶって言うと、名医らしく美優の手を握り、母の美智子に目礼をした。
「ありがとうございました」
 美智子のお礼を背中で聞いて、ドクターは吉田の姿をしたマユを従えて、病室をあとにした。
  
 マユは、いそいで更衣室にいき、ナースのユニホームを脱いだ。吉田の姿は、消えかかっていた。
 そう、あの注射は、ただのビタミン。本当は、マユ自身が美優の体の中に入り込んで、美優を死の間際までサポートするのだ。
 マユ本来の体は幽霊の拓美に貸してある。マユとクララが混ぜてコピーした体は、オモクロのオーディションまでは用がない。そこで、マユは、魂というかエネルギーだけの存在になって、美優の体に入り込む。美優の体は衰弱が激しいので、二十分ゆっくりかけて美優の体に入っていく。
 十九分がたったころ、吉田の同僚のナースが、遅れた日勤を終えて更衣室に入ってきた。

「……吉田さん……?」

 同僚は、裸の吉田が消えていく瞬間を目にした。胸騒ぎした同僚は、携帯で吉田に電話をした。電話の向こうで、元気な吉田の声がしたので、安心して携帯を切った。

「お母さん、わたし元気になった!」
 美優は、嬉しい叫び声をあげて起きあがった。
「よかったね、美優!」
「うん、一週間だけど、わたし一生分生きてやる!」
「これ、使いな。一週間自由に生きるのに十分な使いでがあるよ」
 美智子は、自分のゴールドカードを渡してやった。
「ありがとう、お母さん」
 美優は、もう二度と着ることがないと思っていたお気に入りのポロワンピースに着替えると、さっさと病院を出て行った。
「とりあえず、自分の家に行こう」
 そう独り言を言ってタクシーを拾った。

――人生でやり残したことをやるのは、けして楽しいことばかりじゃないんだよ。

 小悪魔のマユは、美優の体の中で、そうつぶやいた……。
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