大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

真夏ダイアリー・48『光会長の秘密』

2019-10-23 07:04:16 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・48 
『光会長の秘密』       


 
 新曲『二本の桜』のリリースといっしょに乃木坂で撮ったPVも発表になった。

 アイドルグループの新曲としては珍しく、中高年の人たちが、たくさん聞いて下さった。
 動画サイトのアクセスは、初日だけで2万件を超えた。

――新曲なのに、とても懐かしい。
 そんな書き込みが多かった。
――子供たちのためにも頑張らなくちゃ……気づいたら、孫がいっしょに聞いていました。
 東北のお年寄りからの、そんな書き込みもあった。

「会長、その辺の狙いもあったんですか?」

 週間歌謡曲で初披露のときは、光会長も付いてきて(珍しいことなんだけど)司会のタムリに聞かれた。
「狙いなんか、ありませんよ。タムリさんの芸と同じく、思いつき。まあ、あんたより歳くってるから、なんか無意識に出たものはあるかもね」
「ああ、あるかも。似たようなギャグやっても、若い奴ならヒンシュクだけど、タムリがやったら笑うしかないって言われますもんね」
「ハハハ、お二人とも、存在そのものが昭和の文化遺産というか、無形文化財ってとこありますもんね」
 MCの局アナのオネエサンがヨイショした。
「そんな見え透いたヨイショしたら、ヨイショ返ししちゃうよ」
「え……」
 目が点になったオネエサンを、会長はタムリといっしょにヨイショした……物理的に。
「キャ、キャ、アハハハ、止めてくださいよ、あ、ど、どこ触ってんですかあ……!」
 セクハラというか、放送事故というか、その手前までやって、わたしたちの『二本の桜』になった。

《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の

 あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜

 それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた

 空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜

 ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下

 
「今年の卒業ソングのベストになりそうですね」
 ヨイショを警戒しながら、局アナのオネエサンが正直な感想を言った。
「そうなるかなあ……まあ、卒業式の歌は定番てのがあったほうがいいかなあ」
「お、大きく出ましたね。早くも定番ソング狙いですか!?」

「……こんな歌が定番になってたまるか」
 帰りのバスの中で、会長が呟いた。
「ヒットさせちゃいけないんですか?」
 潤が聞き返した。
「バカ、ヒットは当然。お前らは動画サイトで、昔の卒業式でも見てろ」
「あの、仁和さんから聞いたんですけど、光先生は東北のご出身なんですか」
「それは、たまたま。真夏は、乃木坂の古い卒業アルバムでも見てな」

 わたしは気になったんで、ネットで光会長のことを調べた。でも、福島県出身という以上のことは分からない。
 天下のHIKARIプロの会長のブログなので、書き込みや、コメントがたくさんある。わたしは、その中にヒントがあるような気がした。でもたくさん有りすぎて途方に暮れる。
 そのとき閃いた。

――そうだ、ラピスラズリのサイコロだ。

 そう思って、ラピスラズリのサイコロを振ってみた。サイコロは、1から6までしか無いはずなのに、196という数字を浮かばせていた。
「え……?」
 わたしは、196番目のコメントを見た。

――充くん、この間はありがとう。ノムサン

 わたしは閃くものがあって、福島県ノムサンで検索してみた。

「あった」

――ノムサン。野村産業。社長・野村信一……初代・野村信之介によって創始された県下有数の流通企業に……。

 わたしは、会長の野村信之介にひっかかり、検索しなおした。経歴がいっぱい出てきたけど、出身のH小学校にひっかかった。ここに、なにかある……。
 さらに、H小学校で検索。昭和45年、過疎化のために廃校とあった。
 
 さらに画像を検索してみると……それがあった。
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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・13『コンチクショウ』

2019-10-23 06:57:46 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・13   

『コンチクショウ』 


 あやうく握手会サイン会になりそうになったところで三人の審査員の先生が入ってきた。

――ただ今より、講評と審査結果の発表を行います。みなさん、お席にお着きください。


 みんな慌ただしく席に戻った。
「審査員、表情が固い……」
 峰岸先輩がつぶやいた。
 三人の審査員の先生が、交代で講評していく。さすがに審査員、言葉も優しく、内容も必ず長所と短所が同じくらいに述べられる。配慮が行き届いていると感じた。単細胞の夏鈴はともかく柚木先生まで、「ほー、ほー」と感心している。
 ただ、峰岸先輩だけが、乃木高の講評をやった高橋という専門家審査員の先生が「……と感じたしだいです」と締めくくったとき、再びつぶやいた。
「講評が……」
「なんですか?」
 思わず聞き返した。
「シ、これから審査発表だ」

 舞台美術賞、創作脚本賞から始まったが、乃木坂は入っていない。そして個人演技賞の発表。
「個人演技賞、乃木坂学院高校『イカス 嵐のかなたより』で、神崎真由役を演った仲まどかさん」
――え、わたし?
 みんなの拍手に押されて、わたしは舞台に上がった。
「おめでとう、よくがんばったね。大したアンダースタディーでした」
 と、高橋先生。
「どうも、ありがとうございます」
 カチコチのわたし。
 そして優秀賞、つまり二等賞の発表。最優秀を確信していたわたし達はリラックスしていた。
「優秀賞、乃木坂学院高校演劇部『イカス 嵐のかなたより』」
 一瞬、会場の空気がズッコケた。乃木坂のメンバーが集まった一角は……凍り付いた。少し間があって、ポーカーフェイスで峰岸先輩が賞状をもらいにいった。峰岸先輩が席に戻ってもざわめきは続いた。
「最優秀賞……」
 そのざわめきを静めるように、高橋先生が静かに、しかし凛とした声で言った。

「フェリペ学院高校演劇部『なよたけ』」

 一瞬間があって、フェリペの子たちの歓声があがった。フェリペの部長が、うれし涙に顔をクシャクシャにして賞状をもらった。
 高橋先生は、皆を静めるような仕草の後、静かに語りはじめた。
「今回の審査は、少し紛糾しました。みなさんご承知のとおり、高校演劇には審査基準がありません。この地区もそうです。勢い、審査は審査員の趣味や傾向に左右されます。われわれ三名は極力それを排するために、暫定的に審査基準を持ちました。①ドラマとして成立しているか。ドラマとは人間の行動や考えが人に影響を与え葛藤……イザコザですね。それを起こし人間が変化している物語を指します。②そして、それが観客の共感を得られたか。つまり感動させることができたか。③そのために的確な表現努力がなされたか。つまり、道具や照明、音響が作品にふさわしいかどうか。以上三点を十点満点で計算し、同点のものを話し合いました。ここまでよろしいですね」
 他の審査員の先生がうなづいた。
「結果的に、乃木坂とフェリペが同点になり、そこで話し合いになりました……」
 高橋先生は、ここでペットボトルのお茶を飲み……お茶が、横っちょに入って激しく咳き込んだ。
「ゲホ、ゲホ、ゲホ……!」
 マイクがモロにそれを拾って鳴り響いた。女の審査員の先生が背中をさすった。それが、なんかカイガイシく、緊張した会場は笑いにつつまれた。夏鈴なんか大爆笑。どうやら、苦しんでいる高橋先生とモロ目が合っちゃったみたい。
「失礼しました。えーと……どこまで話したっけ?」
 前列にいたK高校のポニーテールが答えた(この子、二章で出てきた子)
「同点になったとこです」
「で、話し合いになったんです」
 カチュ-シャが付け足した。
「ありがとう。で、論点はドラマ性です。乃木坂は迫力はありましたが、台詞が一人称で、役が絡んでこない。わたしの喉は……ゲホン。からんでしまいましたが」
 また、会場に笑いが満ちた。
「まどかさんはじめ、みなさん熱演でしたが……」

 という具合に、なごやかに審査発表の本編は終わった……。
 でも、わが城中地区の審査には別冊がある。生徒の実行委員が独自に投票して決める賞がね。
 その名も「地区賞」 これ、仮名で書いた方が感じ出るのよね。だって「チクショウ」
 その名のとおり、チクショウで、中央発表会(本選)には出られない。名誉だけの賞で、金、銀、銅に分かれてんの。
 で、一等賞が金地区賞。通称「コンチクショウ」と笑っちゃう。そう、このコンチクショウを、わが乃木坂学院は頂いたわけなのよ!
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宇宙戦艦三笠・39[宇宙戦艦グリンハーヘン・1]

2019-10-23 06:47:12 | 小説6
宇宙戦艦三笠・39
[グリンハーヘン・1] 



 


 虚無宇宙域ダルの正面はガラ空き。

 ……の、つもりだった。

 ワープし終わってもしばらくは分からなかった。50万キロという、宇宙単位で目と鼻の先になって分かった。
「正面50万キロに大型宇宙戦艦。ロックオンされている!」
 念のためCICに入っていたクルーが、出ようとした時に砲術長の美奈穂が叫んだ。
「取り舵一杯。右舷シールド展開。砲雷戦ヨーイ!」
 美奈穂と樟葉が、操艦と砲雷戦の用意をし終えようとしたころに、着弾があった。

 

 ドッガーーーーン!!

「右舷装甲版、第四層まで破壊される。右舷舷側砲、全て損傷!」
「次の砲撃には耐えられないわ」
「そのまま旋回、左舷を向けろ!」
 敵は、三笠が大破したことで、一瞬の油断があった。旋回も舵の惰性だと思っていた。
「光子砲雷撃、テー!!」
「照準ができていない!」
「構わない、主砲、舷側砲、光子魚雷全て発射! 直後に前進強速!」

 三笠の砲雷撃は、それでも半分が敵艦に命中したが、全て敵のシールドに阻まれた。機関もダメージを受けていて、10万キロ進んだところでダウンした。

――降伏を勧告する――

 いきなりモニターに敵の艦長の姿が現れた。見かけは中一程度の女の子だったが、同時に送られてきた情報は、彼女がグリンヘルド、シュトルハーヘンのタスクフォースの司令官であることを示していた。

――20年待った甲斐があったわ。わたしの狙い通り、ダル宇宙域に隠れていたんだ。わたしはタスクフォース司令のミネア。その船は破壊するけど、あなたたちは助けます。ここまでやってきた努力はあなたたちの優秀さを示しています。地球支配の役に立ってもらいます。一分だけ待ちます。降伏か、戦死かを選びなさい――
 トシが、メモをよこしてきた。
:ワープ、敵艦に体当たり:
 三笠の残存エネルギーは、さっきのワープと、今の攻撃を受け止めることに使われて完全にエンプティーのはずである。しかし、修一は、クローンのトシに賭けてみる気になった。ワープは通常機関を使わない。なにか目論見があっての事だろう。この三笠のクルーは、誰も地球支配のお先棒を担いでまで生き延びようとは思わない。その確信はあった。
「……分かった、降伏しよう。三笠の救命カプセルでは、そこまでたどりつけない。近くまで牽引してくれないか、ミネア司令」
――了解、賢明な選択ね。まず残っている主砲と舷側砲をロックして――
「するまでもなく、あらかた破壊されてしまったけどね」
――余計なことは言わない。言われた通りにしなさい――
「了解。美奈穂、オールウェポンロック」
 美奈穂が、悔しそうな顔で、全装備をロックした。

 三笠は牽引ビームが来ると同時にワープした。修一とトシとの阿吽の呼吸である。

 牽引ビームとワープエネルギーの相乗効果で、三笠は、船そのものが巨大な弾丸になり、敵巨大戦艦の艦首にめり込んだ。
 半分消えかかった意識で、敵の艦首の銘板が読めた。

 グリンハーヘン……芸のない艦名だと思った。
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秋野七草 その四『ここで遭ったが百年目』

2019-10-23 06:38:06 | ボクの妹
秋野七草 その四
『ここで遭ったが百年目』       


 
『百年目』という落語がある。

 謹厳実直な番頭が、店の丁稚や若い者に細かな苦言を呈したあと「得意先回り」をすると言って店を出る。かつてから、こういう時のために借りている駄菓子屋の二階で、粋な着物に着替え、太鼓持ちや芸者衆を連れ、大川に浮かべた船で花見に出かける。店では謹厳実直な男なのだが、いやいや、外ではなかなかの遊び人だったのだ。
 最初は、人目にたたぬよう大人しく遊んでいたが、酒が入るに従って調子に乗り、桜の名所で、陸に上がって目隠し鬼ごっこをする。そして、馴染みの芸者と思って抱きつくと、なんとそれは、たまたま通りかかった店の旦那であった。
 で、明くる日旦那に呼び出された番頭が、「番頭さん、あの時は、どんな気分だった?」「はい、ここで会ったが百年目と思いました」

 この「会う」を「遭う」にしたような事件が妹の七草(ナナ)と後輩の山路におきた。
 
「やあ、ナナちゃんじゃないか!」
 
 そう声を掛けたときの、ナナは突然の出会いにナナらしい驚愕と面白さに、一瞬で生気に溢れた顔つきになったらしい。
 あとで、ナナ本人に聞くと、一瞬ナナセに化けようと思ったらしいが(といっても、ナナセが本来のナナの姿ではあるが)一昨日切ったはずの指を怪我していないので……ナナセはナナの出任せで、指を怪我したことになっている。で、山路も、それを確認した上で、ヤンチャなナナと確信して声を掛けたのである。

「なんかテレビドラマみたいな出会いだな!?」
「なんで、山路が、こんなとこにいるのよ!」

 この二言で、ナナといっしょに昼食に出た同僚たちは勘違い。

「じゃ、秋野さん、わたしたちはお先に……」
「すみません。変なのに出会っちゃって……!」
 同僚達は、なにやら勘違いした。
「わたしたちは、いつものとこだから、そっちはごゆっくり!」
 そして、桃色の笑い声を残して行ってしまった。

「おまえ、職場だと、かなりネコ被ってんのな」

「あたりまえでしょ。総務の内勤とは言え、この制服よ。会社の看板しょってるようなもんだもん。何十枚も被ってるわよ。でも、A工業の設計部が、なんで昼日中に、こんなとこに居るわけさ?」
「ああ、今日は防衛省からの帰りなんだ。飛行機一機作るのは、ロミオとジュリエットを無事に結婚させるより難しいんだ」
「プ、山男が言うと大げさで陳腐だね」
「大げさなもんか。じゃ、知ってるだけの日本製の飛行機言ってみろよ」
「退役したけど、F1支援戦闘機、PI対潜哨戒機、C1輸送機、新明和の飛行艇、輸送機CX……」
「そんなもんだろ。あと大昔のYS11とか、ホンダの中型ジェットぐらい」
「そりゃ、アメリカが作らせてくれないんだもん」
「いいとこついてるね。F2は、アメさんの横やりで作れなくなったし、ま、そのへん含めて大変なのさ。ところで、一昨日の延長戦やろうか!?」
「よしてよ、こんなナリで、木登りなんかできないわよ」
「昼飯の早食い。これならできるだろ?」
「う~ん、ちょっと待ってて」

 ナナは、近くの喫茶店に行き、カーディガンを借りてきた。オマケにパソコン用だがメガネも。

「よーし、天丼特盛り、一本勝負!」
 近所の天ぷら屋の座敷を借りて、この界隈最大のランチを出す「化け天」で、フタも閉まらないほどの洗面器のようなドンブリに入った特盛りで勝負することになった。ご飯は並の倍。天ぷらは二倍半という化け物である。むろん代金は負けた方が払う。
「ヨーイ、スタート!」
 と、亭主がかけ声をかけて、厨房へ。ランチタイム、早食いとは言え、終わりまでは付き合っていられない。三分後に見に来てくれるように言ってある。
 座敷といっても、客席からは丸見えで、一分もすると、その迫力に人だかりがした。

「「ご馳走様!!」」

「三分十一秒……こりゃおあいこだね」
 亭主の判定と、お客さん達の拍手をうけて、割り勘で店をあとにする二人であった。

 地下鉄の入り口で別れようとしたときに、山路のスマホが鳴った。

「出なくていいの?」
「ああ、これはメールだからな」
「そう、じゃ」
「またな」

 またがあってたまるか。そう思って、いつものナナ=ナナセに戻って歩き出すと、後ろから山路の遠慮無い気配。

「やったぞ、ナナ。チョモランマの最終候補に残った!」

 それだけ言うと、山路は、直ぐに地下鉄の入り口に消えた。

 七草は、ナナともナナセともつかぬ顔で見送った……。
 
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小悪魔マユの魔法日記・72『期間限定の恋人・4』

2019-10-23 06:27:42 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・72
『期間限定の恋人・4』   



――人生でやり残したことを成し遂げるのは、けして楽しいことばかりじゃないんだよ。

 小悪魔のマユは、美優の体の中で、そうつぶやいた……。
 むろん、マユのつぶやきが、美優に届くわけもない。また、マユも、それを承知で、美優を、その死の瞬間まで元気でいさせることだけに専念する。人間を死の瞬間まで苦悩させ、それによって魂をより高潔にしてやることが、悪魔の道だと、悪魔の先生に教えられてきたから。

 美優は、一つ手前の地下鉄の駅でタクシーを降りた。
 
 急な思いつきだった。タクシーの窓から、懐かしい街並みが見えてくる。その中にAKR47の看板がチラホラ見えてきた。AKR47はそのシアターまで、街の要所要所に看板やポスターを貼っている。
 その一枚は『最初の制服』というレパのコスを着た大石クララを中心とした主要メンバーが、女子高生のようなフレッシュさで写っている。美優は、数年前の女子高生のころの自分の姿と重なった。いろんなことに憧れていたあのころの自分に……。

――そうだ、高校生のときの気分で家に帰ろう。

 そう思い立ってタクシーを止めた。そして、たった一駅だけど、高校生のころ、通学に使っていた地下鉄に乗ることにした。
 美優は、たった一駅の間に時間を巻き戻した。美優は、このあたりでは少しセレブな乃木坂学院高校に通っていた。ダンス部に所属し、コンクールの前などは、遅くまで練習した。あのころは部員も10人そこそこで泣かず飛ばずだったが、今では、文化部の花形だった演劇部を追い越し、都の大会でも三位につける好成績ぶり。あのころはリハーサル室なんか使えなくて、練習場所の確保に四苦八苦……でも、持ち前のマネジメント能力の高さで、美優は、いつも十分ではなかったが、必要なだけの練習場所は確保してきた。

――充実してたなあ……地下鉄の揺れが、懐かしく思い出を呼び覚ましてくれる。

 カーブに差しかかると、独特の軋み音とともに、パンタグラフと架線がスパークして、瞬間ストロボのようになる。美優は、そのストロボが好きで、このカーブに差しかかると、持っていた携帯や文庫から目を離し、窓の外のストロボに目をやったものだ。ときに、このストロボは、思わぬアイデアや思い出を閃かせてくれた。ダンスの振りが、今ひとつ決まらないときも、このストロボでアイデアが浮かんだ。
 
――そうだ、あの振り付けは、自分のアイデアじゃなかった……そのころ、近所のビルにHIKARIプロが引っ越してきた。引っ越し挨拶に、近所の店にシアターの招待券が配られたっけ。
 美優は公開レッスンを見に行った。
 春まゆみという振り付けの先生が厳しく教えていた。メンバーの一人が、なかなか振りを覚えられずに、袖に駆け込んで泣き出した。レッスンは、そんなことで中断されることもなく続けられたが、美優は泣き出した子に興味があった。こんな局面は、自分のクラブでもよくある。スタッフが、どう対応しているかが気になった。
 カッコいいディレクターが相手をしていた。
「さあ、ゆっくり深呼吸して……」
 過呼吸になったその子を優しくハグし、クシャクシャになった髪を撫でながら、あまやかすでもなく、叱るでもなく、落ち着かせていた。
 後で黒羽というディレクターだということが分かった。ローザンヌは、小売りだけではなく、プロダクションなどの卸の仲介もやっており、そういう仕事で、ときどき黒羽が店に来ることもあったし、母のアシスタントで大量の見本を運ぶこともあり、黒羽とは、いつか挨拶するぐらいの仲にはなっていた。

――いい人だなあ……
 
 その程度の気持ちは持っていたが、淡い憧れ、ご近所の知り合いの域を超えるようなことはなかった。HIKARIプロについては、そんな思い出だけだったんだけど、その時思いついた振りは、無意識に見ていた春まゆみの振り付けを真似していたことに気づいた。この瞬間までは、自分のアイデアだと思いこんでいた。美優は、そんな自分をお調子者とも、吸収力の高い少女であったとも、くすぐったく思いだしていた。

 ストロボはすぐに終わり、駅についてしまった。

 美優は、女子高生のように軽々と階段を駆け上がって出口に出た。目の端に出口のところで座り込んでいる酔っぱらいが見えた。よく見かける光景なので、無視して数歩スキップして気がついた。

 その酔っぱらいは……HIKARIプロの黒羽ディレクターだった……。
 
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