大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・083『コタツを出す』

2019-10-25 14:28:38 | ノベル

せやさかい・083

 

『コタツを出す』 

 

 

 あれは、たぶん夢。

 

 ほら、夜中にダミアが枕もとまでやってきて「王妃は言ってないから『パンが無ければお菓子を食べればいい』なんて」と言うて、今夜は一人で寝たい気持ちとかメランコリックな後姿でベッドを下りて、うちに来てから初めて一人で寝てしまった。

 コトハちゃんも「わたしのところにも来てなかったわよ」と言う。

「どうしたん、ダミア?」

 抱き上げて聞くと「ニャーー」と、いつものようにネコ語で返事。

 じゃれついたり、一人で遊んだり、ご飯を出したげたらまっしぐらにとんできたり、他の様子は変われへん。

 せやけど、次の夜になっても、わたしのベッドには寄り付かんと、自分のキャットハウスに収まりよる。

 

「調べてみたんだけどね」

 

 頼子さんにメールで伝えると、あくる日の部活で膝を詰めてくる。

「なにか、思い当たることがあるんですか?」

「メインクーンというのはマリーアントワネットが飼っていたネコなのよ」

「ほんまですか!?」

「うん、フランス革命が起こって、王党派の人たちが万一のことを考えてアメリカに国王一家を亡命させようとアメリカのメイン州に屋敷を確保したの。それで王妃お気に入りの調度品といっしょに飼い猫も避難させたのよ。けっきょく女王は間に合わずに処刑されちゃうんだけどね、飼い猫のメインクーンは、いつも二階の窓から大西洋を見つめては、王妃の到着を待っていたそうよ」

「ほんまですか!?」

「ニャーー」

 頼子さんが答える前に、ダミアが返事。

「その通りニャーって、言ってる!」

 留美ちゃんが感激して、ダミアをかっさらってもみくちゃにする。

「フニャーー フニャーー」

「そうか、そんなに嬉しいか」

「いや、息ができなくて苦しがってるから(^_^;)」

「あ、ごめん」

「プニャ~」

「それが、このダミアや言うんですか?」

 ダミアは、まだ生後二か月ほどや。歴史は苦手やけど、フランス革命が二か月よりももっと前やいうことぐらいは分かってる。おそらく二百年以上昔のことや。

「ネコはね、百万回生まれかわるんだよ」

 頼子さんがシミジミ言う。

「あ、ちょっと震えてる」

「「え?」」

 留美ちゃんがモフるのを止めて、ダミアが震えてるのに気付く。

「子ネコには寒いんだよ、この気候は」

 この二三日の雨で、かなり涼しくなってきた。本堂裏の座敷は他の部屋よりも涼しい。人間には快適やけども、子ネコにはつらいのかもしれへん。

「そうや、コタツを出しましょ!」

 伯父さんから、寒なったらコタツと言われてたんで、さっそく……と思ったら、コタツが見当たれへん。

 ガサゴソやってると、テイ兄ちゃんが覗きにきて「コタツやったら、本堂の納戸の中にある」と教えてくれて、文芸部の三人で取りに行く。

「いやあ、天女さんが現れたかと思たわ」

 須弥壇の裏から本堂の内陣に出てくると、外陣に集まってた檀家婦人会(いうてもお婆ちゃんばっかり)の視線が集まる。

「アハハ、天女ですか(n*´ω`*n)」

 例えが古いと思うかもしれへんけど、内陣の欄間には彫刻が施したって、天女が何体か彫られてる。門徒さんには馴染みらしい。

「テイくん、今からより取り見取りやなあ」

「いや、そんなんちゃいます。中学の部活に、奥の部屋貸してるだけですわ」

「ホホ、そない言うて、鼻の下伸びてるでえ」

「「「「「「「ウヒャヒャヒヤ」」」」」」」

 コタツを探してると知れると、お婆ちゃんたちも手伝ってくれた。

 コタツは五つあったんで、一つをもらって、四つを組み立ててお婆ちゃんらに使ってもらう。

 

 コタツを出すと、ダミアは中に入って出てこうへんようになった。名前を呼んでやると「ニャーー」と返事はするけど、そのうち、返事もせんと寝てしまう。やっぱり、ネコにはコタツが良く似合う。

 ダミアを蹴飛ばさんように気を付けながらトワイニングを頂きました。

 

 その晩、ダミアといっしょに夢にとんでもない人が現れた……!

 

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真夏ダイアリー・50『指令第2号』

2019-10-25 07:18:58 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・50  
『指令第2号』     




 わたしには分かった。
 窓辺に寄った瞬間、省吾はタイムリープしたんだ。
 そして一年近く、向こうにいて、今帰ってきたところ。むろん本人に自覚はないけれど……。

 その夜、潤と二人のテレビの収録があった。

「ねえ、真夏。たまにはうちに遊びにおいでよ。お父さんも会いたがってるし」
 収録を終えた楽屋で、潤が気楽に言った。
「うん……でも、お母さんがね」
「いいじゃん、仕事で遅くなったって言えば。大丈夫、泊まっていけなんて言わないから」
 どうやら潤は、準備万端整えているようだった。お母さんに電話したら「あ、事務所の人からも電話あったから」と言っていた。

「うわー、ほんとにそっくりなんだ!」

 玄関を入るなり、潤のお母さんが叫んだ。おかげで、お父さんに再会する緊張感はふっとんでしまった。
「女の子は、父親に似るっていうけど、ここまでソックリだと、母親のわたしでも区別つかないわよ。ほんと真夏さん。よく来てくれたわね!」
「やだ、わたし潤だよ」
「あ、そかそか、アハハ、とにかく楽しいわよ。ま、手を洗って。食事にしましょう」
 わたしはパーカーを脱いで分かった、潤からもらったパーカーだった。
「そんなパーカー見てやしないわよ。お母さんのボケは天然だから」
 うちのお母さんも暗い方じゃないけど、ときどき言うジョークなんかシニカルだったりする。潤のお母さんは、ちょっとした面影はお母さんに似ていたけど、ラテン系の明るさだった。キッチンへお料理を取りに行く間にも、お父さんのハゲかかった頭を冷やかしながら、先日の大雪についてウンチク。足にまとわりつくトイプードルに「あんたにユキって名前付けたの間違いだったわね」とカマシ、壁の額縁の傾きを直しながら、ガラスに映った自分に「ナイスルックス!」
 キッチンにお料理を取りに行くだけで、うちのお母さんの五倍くらいのカロリーは消費しているように思えた。

 お話を聞くと、学生のころイタリアに留学していて、そのときにイタリアのラテン的な騒がしさが身に付いた……と、本人はおっしゃっていた。

「あれは、留学から帰ってきてから撮った写真ですか?」
 向かいの壁にかかった、ご陽気なサンバダンスのコスで、顔の下半分を口にして太陽のように笑っている写真に目を向けた。
「ああ、あれは、日本で地味だった頃のわたし」
「え……!?」
 あきれたわたしのマヌケ顔に、テーブルは大爆笑になった。

「ブログは、ちゃんと更新してる?」

 潤は、自分の部屋に入るなり、スリープのパソコンをたたき起こして言った。
「ううん、あんまし……ウワー、潤のブログって可愛いじゃん!」
「ベースは事務所の人に作ってもらったの。あとは、その日その日あったことテキトーに書いとくだけ」
「わたしも作ってもらおうかな……」
「そうしなよ、わたしなんか季節ごとに替えてもらってんの。あ、スクロールしたら、前のバージョンなんか分かるわよ」
「ふーん……なるほど」
 感心しながらスクロールしていると、急に潤がバグったように動かなくなった。
「潤……」
 潤だけじゃなかった、エアコンの風にそよいでいたカーテンもモビールも止まっている。半開きのドアのところではトイプードルのユキが固まって……覗いたリビングでは、潤のお母さんも、お父さんもフリ-ズしていた。
 わたしは、予感がして、潤のパソコンに目を向けた。

――指令第2号――

 あの時といっしょだ。そこで意識が跳んだ……。
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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・15『集中治療室』

2019-10-25 07:12:39 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・15   
『集中治療室』  

 
 お気楽そうに手を振るのがやっとだった。

 バックミラーに、いつまでも不安そうに見送るまどかの姿が見える。
 フェリペの通用門をくぐるまでの、ほんの数十秒なんだけど、やたらに長く感じられる。

 体が、グイっと左に傾き、四トンの巨体は通りに出た。
「いつもの、かけます?」
 馴染みの運ちゃんが気を利かしてくれ、返事も待たずにオハコのポップスをかけてくれた。運ちゃんと二人のデュオになった。
「この曲って、Mアニメのテーマミュージックなんですよね。家で唄ってたらカミサンに言われました」
「そう、わたしも。そのアニメからこのミュージシャンにハマちゃったのよ」
「へえ、そうなんだ」
 運ちゃんは、わたしがダッシュボードに片足乗っける前に、缶コーヒーをとった。運ちゃんは飲み残しの缶コーヒーを飲み干すと、昨日のお天気を挨拶代わりに確認するような気楽さで聞いてきた。
「なんか、あったんすか?」
「どうして?」
「なんとなくね……」
 ルームミラーにウィンクした運ちゃんの顔が見えた。
「オトコがらみ……かな。先生ベッピンさんだから」
「ドキ……!」
 大げさに胸に手を当てとぼけておく。大方のとこ外れてはいるが、二割方はあたっている……。
「すんません、ここからは進入禁止だ……」
 話のことかと思ったら、グイっとハンドルがきられた。
――進入禁止――この先、工事中の看板が、助手席に流れる景色の中に一瞬見えた。
 それから、運ちゃんは黙って運転に専念した。予定にない道を走っているせいか、わたしに気を遣ってのことか、判断がつきかねる。おのずと、わたしは物思いにふけった……。


 病院に行くと、受付でその場所を告げられた……集中治療室。

 最初に怖い顔をした教頭の顔が飛び込んできた。その向こうに、潤香のご両親。
 気の弱いバーコードは、ご両親に顔が向けられず、ずっとドアを見ていたんだろう。
「先生、お忙しいところすみません」
 潤香のお母さんが頭を下げた。
「いえ、それより……」
 わたしの言葉で上げたお母さんの顔は戸惑っていた。
「実は……」
 母親の言葉が続くと、潤香のお父さんが割って入ってきた。
「先生、あんた、なんでこのこと言ってくれなかったんだ!?」
「は……?」
 出されたお父さんの手には、潤香の携帯が乗っていた。
「大変なことですよ、これは!」
 携帯の文面を読む前に、バーコードがつっこんできた。
「すみません」
 言葉だけでシカトして、携帯の画面に目をやった。ヤマちゃんの気をつかったメールの一つ前のメールが目に入ってきた。
――今日は、ほんとうにすみませんでした。不注意からとはいえ、申し訳ありませんでした。タンコブ大丈夫ですか? 明日の舞台楽しみにしてますね。K高 工藤美弥
「送信履歴、と写メも見てやってください」
 ボタンを押してみた。
――石頭だから大丈夫。K高の芝居はソデで観てました。がんばってましたね♪ 明日はよろしく。 芹沢潤香
 そして、写メを見ると、K高のポニーテールと潤香のツーショット。そして、背後に少し離れて怖い顔をしたわたしが写っていた。
「先生、あんたこの事故を見てたんでしょ?」
「はい。こんな大事になると思わずに……申し訳ありませんでした」
「かわいそうに、潤香は……」

 お父さんが向けた顔の先には、集中治療室のガラスの向こうに潤香が横たわっていた。

 長い髪を剃られた頭には包帯が巻かれ、ネットが被せられ、体のあちこちにはチューブが繋がれていた。
「こないだ、頭を打ったばかりなんだ、気のつけようがあるでしょうが。こんな危険な裏方やらせずとも!」
「申し訳ありませんでした。不注意でした。本当に申し訳ありませんでした」
「これ、持っていてやってくださいな」
 渡されたのは、一束の潤香の髪の毛だった。
「……これが遺髪になるようなことになったら、訴えてやるからな!」
「あなた……!」

 お母さんがいさめると、お父さんは充血した目に涙を溢れさせて去っていった。バーコードは最敬礼で見送った。

「すみません、先生。主人はあんな気性なもんですから……そんなものを渡したりして」
「いえ、わたしが不注意であったことは確かなんですから。戒めとして……潤香さんの回復を祈るためにも持っています」
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宇宙戦艦三笠・41[宇宙戦艦グリンハーヘン・3]

2019-10-25 07:03:47 | 小説6
宇宙戦艦三笠・41
[宇宙戦艦グリンハーヘン・3] 


 
「きみ、ほんとの修一?」

 樟葉が警戒心丸出しの表情で眉をひそめた。気づくと美奈穂もトシも、クレアでさえ疑惑のジト目になっている。
「……どうやら、おまえらもホログラムの偽物に会ったみたいだな」
「体が触れ合うまでは、分からなかった」
「触れるって、どんな風に?」
「何気なく肩に手を掛けたら、素通しになっちゃった」
「修一が、あんまり身内の事ばかり聞くんで、おかしいと思って……」
「オレといっしょだ。樟葉がくどかったから、おかしいと思った」
「いっしょだ。あたしは頭をはり倒したら、空振りになっちゃった。修一は?」
「キスしようとしたら、顔が重なってしまった」
「えー、キスなんかしたの!?」
「だから怪しいと思ったからさ。ちょっと大きな声じゃ言えないって誘ったら、顔を寄せてきた。で、ホログラムの偽物だって分かった」
「本物だったら、どうするつもりだったのよ!?」

 樟葉がむくれた。

「しかし、なんだな……俺たちって、あんまりスキンシップしてなかったんだ」
「されてたまるか!」
「それは文化の差よ。ウレシコワさんやジェーンさんはよくボディータッチやハグしてくれてた。日本人はしないから」
 クレアがフォローした。
「しかし、なにもキスしなくてもさ!」
「とっさのことだよ、とっさの!」
「それより、本物の艦長かどうか確認しておきましょう」
 トシの提案に三人が同意した。

 で、捻られたり、つねられたり、くすぐられたり。修一は、まるで罰ゲームのような目に遭った。

「艦内に動きがあります……三笠にかなりの人数が……」
 クレアが、アナライジングして警戒の顔つきになった。
「何をしに行ってるんでしょう」
「あたしたちの情報を総合して、まだ誰か残っている人間がいると思っているらしいです……」

 クレアも自分でバージョンアップしているようで、この秘匿性の高い敵艦の中でも、ある程度は読めるようだ。

「他に、人間て……」
 みんなの頭の中で、同時に一人の顔が浮かんだ……みかさんだ。
「敵に動き、三笠から退去しようとしています!」
「……みかさんは船霊、神さまだから、予見できない能力を恐れたんでしょう」

 クレアの分析は正しく、みかさんの能力は、そのクレアの分析を超えていた。なんと三笠に乗り移った敵兵たちが、三笠の艦内に閉じ込められてしまったのだ。
 そして、みかさんの力は、それだけでは無かった……。
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秋野七草 その六『ナナセかナナか!?』

2019-10-25 06:53:39 | ボクの妹
秋野七草 その六
『ナナセかナナか!?』        


 妹は、テンポの違いとアルコールの具合によって、ナナとナナセを使い分けているようだ。

 もっともナナセという人格は、後輩の山路が家にやってくるまでは存在しなかった。山路が泊まった明くる朝、酔った勢いの口から出任せでナナセを演じざるを得なくなった。山路はナナセがお気に入りのようだ。
 そこで、そのあとは山路を帰すため、ちょっと誇張したナナを演じ、10メートルダッシュから木登りまで山路と競い、オテンバぶりを発揮した。これで山路はナナが嫌いになるだろうと。
 ところが、山男の山路は、そんなナナとますます気があってしまった。
 昨日再び山路を連れて家に帰ると、ほぼ同時にナナが帰ってきたが、山路はナナの指の傷を見て、ナナセと勘違い。仕方なく、ナナはナナセを演じた……。

「いやあ、夕べのナナセさんは凄かったなあ。仲間の技術屋と話しても、あそこまでは熱くなりませんよ」
 ナナセ(ナナ?)手作りの朝食を食べながら、山路は本気で妹を誉めた。
「お恥ずかしい、みんな父やお祖父ちゃんの受け売りです。女でなかったら、お兄ちゃんに負けないくらいのエンジニアになっていたかもしれませんけどね。うちはは女らしさにうるさい家ですから」
「でも、ナナちゃんみたいな妹さんもいるんですよね」
「だから、あの子は自衛隊に行ったんです。あそこなら男女の区別ないですから」
「じゃあ、なんで辞めたんですか? この浅漬け美味いですね」
「あ、それは母です」
「山路さん、ごゆっくり。あたしはちょいと……」
「あ、お母さん、どうもお世話になりました」
「いいんだよ、今日はご町内の日帰り旅行」

 そう言いながら、オレは、ナナ・ナナセ問題の終息を、どう計ろうかと考えていた。結局は、面倒くさくなり、山路の帰りを妹に任せることにした。実際夕べは飲み過ぎて頭も痛く朝飯も抜いていた。妹はナナセだったので、一滴も飲んでいない。山路を送って帰ってきたら朝酒になりそうだ。

「ナナは、入ってみて分かったみたいです。自衛隊でも女ができないとかやっちゃいけないことが、けっこうあるみたいで……詳しくは言いませんけど」
「でしょうね、あの子は、面白いことには、なんでもチャレンジしてみたい子なんですよ、とことんね……でも、そこで女の壁にぶつかってしまうんでしょうね」
「もう子どもじゃないんだから、わきまえなくっちゃやっていけないって言うんですけどね。女でやれることで頑張ればいいって」
「でも、ナナセさんにも、そういうところあるんじゃないかなあ」
「え、わたしがですか?」
「うん、ただ射程距離が長いから、ナナちゃんと違って、時間を掛けて狙っているような気がする。今の勤めも腰掛けのつもりなんでしょ。ゆっくり力をつけて、経営のノウハウを身につけたら、独立するんじゃないかな」
「ナナは現場だけど、わたしは、信金でも総務ですから、そういうことは……」
「いや、総務ってのは会社全体を見てますからね。経営陣との距離も近い。ナナセさんも、かなりしたたか」
「そんな……」

 しおらしく俯いてはいるが、気持ちは言い当てられたような気がしていた。ただ、今の信金に勤めていては、ただの夢に終わってしまうだろうが。

 その時、幹線道路から、線路際の道にドリフトさせながら三台のスポーツカーが入ってきた。歩道の先には、近場の山に登りに行く十人ばかりの子供たちが歩いていた。

「危ない!」

 妹は、とっさにジャンプし最後尾の子ども二人を抱えて脇に転がった。いままでその子どもが居た位置には先頭の車が、高架下のコンクリート壁に腹をこすりつけ停まっていた。どうやら、駆動系のダメージはなかったようで、ドライバーの若い男は。逃げようとシフトチェンジをしているところだった。
「山路、最後尾の車を確保!」
 そう言いながら、妹はコンクリートブロックを運転席の窓に投げつけて粉々にした。そして、中の二人の男がひるんだ隙に、エンジンキーを引き抜いた。
 山路は、ダッシュして三台目の車の後ろに回り。道路脇の店の看板を持ち上げ、ぶんまわしてリアのガラスを破壊。そのままリアウィンドウから飛び込み、ドライバーの男の頭をハンドルに思い切りぶつけ、これもエンジンキーを抜いた。

「なに、しやがるんだ!」

 子供たちが無事だったことに気をよくしたんだろう。二台目の車から男女がバールを持って降りてきた。それに勇気づけられたんだろう、他の二台からも、男三人と、女一人が降りてきた。
「山路、気を付けて、こいつら半グレだ!」
 半グレの六人は、言い訳の出来る道具袋を持っており。手に手に金槌などのエモノを持って立ちふさがった。
 山路は、そのエモノを避けつつ、一人を投げ飛ばし、後ろから振りかぶられた金槌をかわして腕をねじり上げた。ボキっと音がしたんで、男の腕が折れたようだ。
「山路、ネクタイでもなんでもいいから縛着!」
 そう言いながら、三人の男女を倒し、ズボンを足もとまで脱がせて足の自由を奪い、ベルトを引き抜き後ろ手に拘束した。四人目の男はその場にくずおれて失禁していた。妹は、そいつを俯せにして、馬乗りになり、こめかみに金槌をあてがい、スマホを構えた。
「こちら、通行人。状況報告、半グレと思われる車三台○○区A町、一丁目三の東城線東横で、子供たちを轢きかけ、一台中破、二台撃破、犯行の男女六人確保、至急現場に着到されたし、オクレ!」

 妹は、かつての職場の業界用語で七秒で警察に伝えた。

「キミは……ナナ?」
「あ………」

 妹と山路に、新しい転機が訪れようとしていた……。
 
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小悪魔マユの魔法日記・74『期間限定の恋人・6』

2019-10-25 06:38:46 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・74
『期間限定の恋人・6』     



 スズメの鳴き声で、半ば意識がもどってきた。

 いつもの朝……このスズメの泣き方で、おおよその時間がわかる。いつもなら、もう一群れのスズメたちがやってきて、ちょうど起きる時間になる……ちょっと変だ。
 黒羽は、音楽事務所のプロディユーサーをやっているので、音感は並の人間よりは鋭い。スズメの鳴き声が微妙に違う……。

――そうか、友だち……いや、恋人でも連れてきたかな……スズメも、なかなかやる。

 おめでたい誤解は、コーヒーの香りで打ち消された。
「このベッド……この部屋……?」
「黒羽さーん。もう起きて、朝ご飯できたから」
――この声は……?
「おはよう!」
 明るい笑顔が視界に入った。
「み、美優ちゃん……!」

「すまん、この通りだ!」

 朝食を前にして、黒羽は深々と頭を下げた。
「そんなのいいから、冷めないうちに。話は食べながらでいいわ」
「お母さんは……この状況……?」
「まだ帰ってない。黒羽さんのせいよ」
「ボクの?」
「正確には、HIKARIプロのね……五日で四十七人分の衣装。うちだから引き受けられたのよ」
「ああ、新曲の発表に間に合わせなきゃならないから……無理言った。ごめん」
「縫製にクレームついて、お母さん、とうとう泊まり込み……トーストお代わりする?」
「うん……ああ、すまない」
「そんな忙しいときに、チーフプロディユーサーが酔いつぶれていていいのかなあ……」
 オーブントースターに食パンを入れながら、美優は、少し意地悪を言ってみた。
「いや、面目ない。ちょっと事情が……」
「黒羽さん。ほんとは恋人のとこに行けばよかったのに……」
「ゲホ、ゲホ、ゲホ……」
 黒羽は、派手にむせかえった。
「あ、ごめん。ひょっとして、まだナイショのことだった?」
「ナイショもなにも、恋人なんていないよ。このクソ忙しいHIKARIプロのプロディユーサーに、そんなヒマはないの」
「でも、夕べは、さんざん言ってたわよ。わたしのこと妹さんと間違えて」
「それは……」
「どーよ……」

 黒羽は、観念して、病院でのこと話した。恋人がいるなんて出口の無いウソの話を。

「じゃ、お父さんは婚約者がいるって信じてるんだ……」
「ハッタリだってわかってるよ」
「だったら、なんで、あんなにヘベレケになっちゃうのよ」
「……だよな。でも無いものはしょうがない、今夜でも正直に話すよ」
「でも、お父さんガッカリ……長くないんでしょ、お父さん?」
「そんなことまで、しゃべったのかオレ?」
「わたしも病人……だったから」
「そうだ、たしか、美優ちゃん入院してたんだよな」
「『だった』って言ったのよ。昨日退院しちゃった」
「そうか……それはおめでとう。元気になってなによりだ……オヤジは、あと一週間……なんか、他の方法で親孝行考えるよ。じゃ、オレそろそろ行くわ」
「やだ、黒羽さん、自分の家の感覚になってるでしょ。HIKARIプロはすぐそこだよ。まだ八時まわったばかりだし」
「いや、夕べはレッスン見てないからね。早く行ってスタジオの空気吸っとかなきゃ。クララなんか九時には、スタジオにやってくるからね」
 そう言うと、コーヒーを一気のみして、上着を手にした。美優は、ときめく心を無意識に押さえ込んだ。
「そうよね、うちのお母さん徹夜させるぐらい熱が入ってるんだもんね」
「ごめん、迷惑かけたね。落ち着いたら、お礼させてもらうよ」
 黒羽は、右袖に腕を入れながら、ドアに向かった。

 マユは、少しだけ美優の心臓を刺激した。ラノベでいう「胸キュン」である。

「わたしが恋人になってあげようか」

「え……」
 左袖をぶら下げたまま、黒羽が振り返った。

「一週間だけの期間限定の恋人……だけどね」
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