大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・075『ここはなんの部屋?』

2019-10-06 15:55:56 | ノベル
せやさかい・075
『ここはなんの部屋?』 

 

 

 本堂裏の道具部屋とは言え、ちゃんと畳が敷いてある。

 きちんと片づけると床の間とかもあって、立派な八畳間。

「ほんとにいいの?」

 その立派さに、頼子さんも留美ちゃんも恐縮気味。

「ええんですよ。ここ使えいうたんも、お祖父ちゃん自身やから」

 住職は伯父さんやけど、実質的なナンバーワンはお祖父ちゃん。お年寄りの檀家さんは、お祖父ちゃんのことを『ごえんさん』、伯父さんのことを『ぼんちゃん』、テイ兄ちゃんのことは『テイくん』と呼んでる。

 テイくんは文字通り愛称で、ぼんちゃんいうのはお寺のぼんぼん(住職の倅)いう意味。

「じゃ、お爺様がお帰りになったら、いちどご挨拶させてくれる?」

 さすがはヤマセンブルグのお姫さま!

「あ、いまヤマセンブルグとか思った?」

 するどい。

「日本じゃ、ただの中学生だからね」

 うちの者には、その点触れないようにというニュアンスを感じて「もちろんです!」と胸を叩いたら、かすかにピンポーンと鳴った。

「桜の胸が鳴った!?」

「あ、玄関に人が入って来ると鳴るんです」

 本堂から玄関をうかがうと、ちょうどお祖父ちゃんが帰ってきたとこ。

 

「これは、ご丁寧なごあいさつ、痛み入ります」

 

 頼子さんのお礼の言葉にお祖父ちゃんも大人の挨拶を返してくれる。隅っこではダミアが借りてきた猫みたいにお座りしてる。

「あの部屋は……」

 そこまで言うて、お祖父ちゃんはお茶を飲む、ほーーとため息をついて、遠い目になる。

 なんかイワクありげで、文芸部三人娘は肩に力が入る。

「な、なんかあるのん、お祖父ちゃん?」

「昔は、報恩講とかの行事の時の坊主の支度部屋に使てたんや。坊主の正装いうのは、まるっきり時代劇の衣装やさかい手間も場所もいるしなあ。せやけど冷暖房のない部屋でね、庫裏を改築して座敷を増設してからは、ほったらかしの道具部屋になってしもて、わたしも忘れてたいうしだい。ハハ、そやから気兼ねなく使ってくださいな」

「そうなんですか、ありがとうございます」

 なんかホッとしたような顔で頼子さん。

「冬場は寒いよって、なんか暖房は考えさせてもらいます。もう片づけは済んだんですか?」

「はい、明日にでも部活の道具とか入れさせてもらいます。あ、ほとんどお茶の道具とかですけど」

「承知しました。よかったら、今夜はうちで晩御飯食べていってくださいな。なんにもないけど、ま、部室の開店祝い」

「プ、パチンコ屋さんみたい」

 思わず噴いてしもた。

「アハハ、落慶法要? 開校式? 開所式? まあ、なんでもよろしい、とにかくお祝いお祝い!」

「ようは、文芸部をネタに呑みたいいうだけやから、遠慮せんといてくださいね」

 お祖父ちゃんをフォローしたあと、三人で台所へ、すでに用意にかかってた伯母さんのお手伝いにいそしむ。

 

 お祝いのあと、場所を新部室に移し、コトハちゃんも加わって、むろんダミアもいっしょに八時くらいまで遊びました。

 いつまで続くねんと思てた残暑も、ようやく収まり、頼子さんと留美ちゃんを送り出した山門には秋の風が吹き始めておりました。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

真夏ダイアリー・31『新年会の夢物語』

2019-10-06 07:14:21 | 真夏ダイアリー
真夏ダイアリー・31
『新年会の夢物語』        



 白いネコが路地から駆けてきた。
 続いて黒いネコ。
 そのあと白黒のネコが来たら面白いだろうなと思った。

 思ったことが、本当になるのは面白くて楽しいものだけど、ちょっと不気味だった。

 黒いネコのあとには、本当に白黒のブチが、そして、まさかと思ったら三毛猫までもが、そのあとに続いた。
 三毛猫というのは、そんなにはいない。だから、こうやって、パソコンでダイアリーをつけていても、黒いネコはネコと片仮名で出てくるけど、三毛猫は、あっぱれ漢字三文字だ。
 正月から、縁起が良いというか、不気味というか……最後に、三毛猫が道を渡りきるところで、こちらをみてニャオーと鳴いた。「どんなもんだい」と言われたような気がした。
 
 今日は、クリスマスと違って、昼からの集合ということになった。あまり省吾のうちに面倒かけちゃいけないという気持ちもあったけど、みんなお正月の不摂生がたたっている。頭と体が本調子になるのは午後からだろうという予想が先にたったというべきだろう。

「今日は、親父は出勤で、なんにも出来ないけど、まあ、スナックとソフトドリンクは揃えといたから」

 テーブルの上には、スナックが体裁良く、お皿の上に並べられて、リッツクラッカーの上には、おせちの残りだろうか、チーズや、ハムなんかが乗っかってカナッペになっている。
「ちょっと。いじらせてもらっちゃった」
 玉男がエプロンを外しながら言った。やっぱ玉男は、ただのオネエではない。

 みんなが揃うまで、みんゴル・6の体感モードで遊んだ。ちゅら海リゾートのハーフだったけど、この手のモノはわたしの得意。そのうち、由香とうららも集まったけど、みんゴルは続いた。省吾が案外ダメで、10オーバー。優勝は言うまでもなく、わたしの3アンダー。
 罰ゲームになんかやろうよ。由香が提案。
「初夢の発表会やろうよ!」
「あの、わたし、グッスリ続きで夢見てない」
 うららの発言で却下になりかけたけど、将来の夢でもOKということになって、始まった。

「おれ、なんだか金太郎になって、熊にまたがって鬼退治する夢」
 省吾の初夢にみんなが笑った。
「でもさ、鬼退治してるうちに、熊がナイスバディーのオネエチャンになってんの、それも裸のスッポンポン」
「わ、省吾ってリビドー高すぎ。鼻血出さないでよね」
 わたしは、タイムリープの暗示が夢になっているのかと思った。
「わたしはね、夢じゃないけど、感動したお話」
 由香が続けた。
「テレビで観たんだけど、映画監督の黒澤明が号泣した映画って、なんだか分かる?」
「スターウォーズかな。あれ、ダースベーダーの出演依頼断ったって、話だから、悔し泣き!」
 玉男が、かき混ぜる。
「それは、三船敏郎でしょ」
「それがね、『となりのトトロ』なのよ。偉大な作家って、やっぱ感受性が違うのよね」
「なるほど……」
 由香の話し方には説得力があり、みんな感心した。
「そういや、今月は『ハウルの動く城』と『コクリコ坂』テレビでやるんだよな」
「あ、『ハウル』今日よ。録画しとかなきゃ」
 玉男が、スマホを取りだし、自分ちの録画機の予約をやりだした。玉男は、意外に最先端なので驚いた。
「あたしはね、こういう映画とか、音楽がいっぱいの、お気楽な飲み屋さんやりたいなあ」
「新宿とか赤坂?」
 と、茶化してみる。
「そんなスノッブなとこじゃ、やんないわよ。渋谷か、高齢化社会ねらって巣鴨とかいいかもね」
 意外と堅実。
「わたしはね……」
 うららが始めた。てっきりダレかさんのお嫁さんになりたいとかじゃないかと思った。
「わたしは、うちの野球部を甲子園につれていくこと!」
「お見それしました……」
 玉男が、一同を代表して感動する。
「でも、その前に、部員を二人は増やさなきゃ。七人じゃ、野球はできないわよ」
 由香が、ヤンワリ釘を刺す。
「あ、なんか勘違いしてない。わたしは、甲子園に連れて行くって言ったのよ」
「それって……」
「まずは、直に観て感動するところからだと思うの。今年はみんなで甲子園の決勝戦を観にいく!」
 で、みんなは大笑いになった。

 わたしの番になった。

 なんで優勝者が罰ゲームなのか分からなかったけど、なんだかのっちゃって、雰囲気になってしまった。わたしは、昨日の『桃子の大冒険』の話をした。桃太郎が腐りかけて桃子になったところは大いに受けた。
 わたしは、密かに省吾の反応をうかがったが、アハハと口を開けて笑っているだけ、やっぱ、タイムリープしたときの記憶はないのだろうか、それとも、わたしが、まだ夢を見ているのだろうか……。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

宇宙戦艦三笠・22[暗黒星雲 惑星ロンリネス・2]

2019-10-06 07:06:20 | 小説6
宇宙戦艦三笠・22
[暗黒星雲 惑星ロンリネス・2]    




 

 予想はしていたがスカイツリーは無かった。

 公衆電話がやたらに多く、当然歩きスマホをしている人もいない。ただ、今はほとんど見かけなくなった歩きたばこはそこここに。
 よく見ると、自販機の飲み物が110円。車のデザインなんか、良く分からなかったけど、なんとなく古臭い感じがした。
「ファッション古い……」
 美奈穂が、後部座席で呟いた。
 修一もトシもファッションに疎かったが、渋谷や原宿を通っても、いわゆる萌え系のファッションはなく、日本によく似た外国に来た感じだった。

「いやあ、よく来られましたね。東京を代表して歓迎しますよ」

 鈴木という知事だそうで、この人のことはよくわからない。
――石原さんの二代前の都知事――
 クレアが、三笠のCPに照会してくれたようで、直接頭にクレアの声がした。
 修一たちには、石原さんより前の知事は、ほとんど歴史上の人物だ。鈴木さんは、見かけはとっつきにくい重役タイプだったが、進んでいろんな話をしてくれた。
 東京に、もう一度オリンピックを誘致したいを強調していた。24年後に実現しますよ……と言ってみたかったが、なにか過去に干渉するようではばかられた。

 都庁32階の食堂で名物の都庁弁当をごちそうになり、展望台から下界の新宿を見ていた樟葉が、こっそり言った。

「街を行く人たち、なんだか変……」
「なにが……」
「5分間隔ぐらいで、同じパターンが……ほら、あの修学旅行の一団、さっきも通ったんだけどね……ほら、あの子、またこけた」
「そうなの?」

――みんな、この星はバーチャルだよ!――

 クレアが、少し興奮して言ってきた。
 
――昨日から、この星の主だったことメモリーにしてるんだけどね、大気の流れから人の動きまで、昨日といっしょ。よくできたバーチャルの3DCGみたいなもんだよ……――
「ほんとだ、いま飛んでったジェエット機、10分前と機体番号までいっしょだ」
 修一は大胆な行動に出た。
 給仕にきてくれた女の子のスカートを派手にめくってみた!

 なんと、太ももから上は、荒いポリゴンのようにカクカクしていて、真っ黒だった。別に黒いカクカクパンツを穿いているわけじゃない。太ももから上が存在しないのだ。
 そして、その子は、何事もなく、そのままテーブルを拭いて食器を片付けると行ってしまった。
「普通、叫ぶとかするよな……」
 三笠のクルーの疑問は決定的になった。

 そして、あたりの風景が急速にあやふやになり、数秒後には消えてしまった。

 星は荒涼として、荒れた大地が広がっているばかりだった。驚きとやっぱりという気持ちが一度にやってきた。

 三笠のクルーの前に、白いワンピースの女性が現れた。
「ごめんなさい。やっぱり分かってしまったようね」
 セミロングの髪を緩い風になぶらせながら女性が言った。
――この女性はバーチャルじゃないわ――
「そう、でも人間というわけでもないの」
 不思議に警戒心はおこらなかった。女性の雰囲気が、まるで舞台が終わった女優のようだったからかもしれない。
「あなたは……」
「名前はないわ。誰も関心をもってくれないから、地球からは、暗黒星雲と呼ばれている星々の一つ。暗黒星雲は地球からは、よく見えない。だから名前がない。名前って、人が付けるものでしょ……わたしは、この星のソウル。星の精神が人格化したものだと思ってくれていいわ」
――この星、唯一の生命反応。さっきまであったのは、全てバーチャルよ――
 クレアが、解析結果を伝えてきた。
「この星は、地球とよく似た環境にある……でも。わたし、この星に生命を生めないの」
「どうして……」
「当たり前にしていれば、地球と同じような歴史を踏んで、人類が誕生したでしょう……そして、地球と同じように人類はたくさんの過ちをおこすわ……あなたたちが、ここにいることも過ちの一つの結果。それに耐える勇気がないんで、わたしは、この星に生命を誕生させないの」
「でも、どうしてぼくたちを呼んだんだい?」
「こうやって、間近にあなたたちを見ていると、生命を生んでおけば良かったような気もしているの」
「じゃ、今からでも……」
「フフ、それができるようなら、グリンヘルドもシュトルハーヘンも、わざわざ地球まで手を延ばしたりはしないわ」
「それって……」
「そう、星としての寿命は長くないの。こんなに恵まれた条件なのに……とても愛おしくて、あなたたちを呼びました。ごめんなさい。どうぞ、先の航路を急いで、ボンボヤージュ……」
 女性は、時間をかけて修一たちクルーの顔を見ると、満足したような寂しさを浮かべて消えていった。

 三笠のクルーたちは、星に「ロンリネス」という名前をつけてやった。そして、帰り道に余裕があれば、もう一度ロンリネスに寄ってみようと思うのだった。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

音に聞く高師浜のあだ波は・15『マッタイラの妹』

2019-10-06 06:55:04 | ライトノベルベスト
音に聞く高師浜のあだ波は・15
『マッタイラの妹』
         高師浜駅


 マッタイラの相談には出口が無い

 小学校の四年生ぐらいを境に、マッタイラの妹とは口をきいたことがない。
 兄貴のマッタイラ……正友と疎遠になったんで、おのずと妹も見かけんようになってた。
 妹の敦子はお兄ちゃん子やった。いつでも、何をするのもお兄ちゃんと一緒の、ツインテールの可愛らしい女の子やった。
 滑り台滑るのも正友の膝の上、かくれんぼするときも正友と同じとこに隠れよる。せやから、正友は、いっつも最初に見つかっとった。
 ある時は、正友といっしょに立ちションやって、足も靴もビショビショにしてしもて泣いてた。そんなお兄ちゃん子の敦子は、うちらも可愛らしいて、よう面倒見てた。立ちション失敗のときもうちのお風呂に入れてやって、あたしの小さなった服を着せてやったりした。失敗も含めて、敦子は子ども仲間共通の妹いう感じやった。

 高石駅の近所で見かけた時の正友と敦子は断絶の兄妹になってた。

 まあ、中学生の妹と高校生の兄貴が仲ええいうことはめったにあるもんやない。お互い反発し合ってるのが普通やと思う。むかし読んだ『俺の妹がこんなに可愛いわけがない』の関係が(最後には仲良くなることを除いて)デフォルトやと思う。せやから基本的にはほっといたらええねんけど、発育途上の胸をマッタイラと言われてイジメられてるのは気の毒や。

 なんせ、正友のことをマッタイラと呼び始めたのは、何を隠そう、このあたしやし。

「ホッチが気に病むことはないよ。もともとは気にしいの敦子自身の問題やねんから」
 昼休みに声を掛けたら、正友は普通に返事返してきた。
「せやけど、正友も大変やねんやろ」
「いまさら呼び方変えんんといてくれよ、マッタイラでええし」
「う、うん」
「あいつ、いまはお祖母ちゃんの家におるねん」
「お祖母ちゃんて、八尾の?」
「うん、オカンのオカン」
「八尾いうたら、ちょっと遠いなあ」
「ま、しばらくは不登校確定やろなあ。お祖母ちゃんも、いっそ住民票移して、春からは八尾の中学校に行ったらええて言うてんねん」
 
 ベストの解決やないけど「これでええねん」という気持ちがため息に出てた。

「まあ、それでええのんとちゃう?」
 的の端っこに矢を外してすみれが言う。
 下手に勧誘されたりするのが嫌やから、弓道部の矢場にはめったに行かへんねんけど「話があるねん」というと、矢場に呼ばれた。
「いっそ、どん底まで落ち込んでたら『あたしに関係あらへん』て開き直れるんやけど、あんなに落ち着かれるとなあ……」
「基本的にはマッタイラ兄妹の問題。ホッチがウジウジ悩むことやない……!」
 今度は的も外れて、後ろの古畳に当たる。
「ごめん、あたしが話しかけるから……」
「ドンマイ、ここに来いて言うたんは、あたしやねんし……!」
 また古畳。
「わたしもスランプでね、この三日ほど外してばっかりやねん。なんか刺激があった方がええねん」
「せやかて……」
 今度はタメが長い。すみれは弓をいっぱいに引き絞って、撃つ!……と思たら、緊張を緩めて構え直した。

「………………………………今だ」

 小さく言うと、今度は、的のど真ん中に命中させた。あたしは音を立てないで寸止めの拍手をした。
 すみれが一礼して緊張を解くのと姫乃が入ってくるのが同時だった。

えと……クーポン券とれたよ(^▽^)/

 姫乃が、小さく嬉しそうに呟いた。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

高安女子高生物語・109〔フレキシブル〕

2019-10-06 06:46:09 | ノベル2
高安女子高生物語・109
〔フレキシブル〕
                       


 
 美紀はいけるかもしれんなあ……

 仲間美紀ちゃんを見舞った帰り、車の中で笠松プロディユーサーが呟き、クララさんが頷いた。
 事務所に帰ると、見舞いに行ったメンバーに市川ディレクターと夏木先生も加わって小会議になった。
「美紀は、どこか吹っ切れた顔をしていた。リストカットに失敗はしたけど、自分の中の何かが吹っ切れた顔になってた。どう思う?」
「安心はしたんやと思います。自分は死なれへんいう見切りがついたんか、また続けよかいう気持ちかは分かりませんけど……」
「わたしは、美紀ちゃん自身分かってないと思いました」
 クララさんは断定的に言うた。うちは、そこまで言い切る自信は無い。そやから語尾が濁る。
「持っていきようだと思うんだ。こちらの押し方次第で、美紀はどちらにでも変わる」
「もう一つ勝負に出ますか」
「アイドルグループで、リスカやったのは美紀が最初です。だから、それを乗り越えて続投するのも初めてになります。賭けてみる値打ちはあるかもしれませんね」
「あたしも、それがいいと思います。ここまできた六期生です。他の子たちには、まだまだ伸びしろがあります。美紀を引退させたらイメージダウンだし、みんなのモチベーションにもかなりの影響が出ます」
「そうだよな、ここまで製作費つぎ込んだんだしな……」
 笠松さんは、なにやら考えながら顎をなでた。うちは、美紀ちゃんのことより、制作面やマネジメントの方に重心のある話に、ちょっと違和感があった。で、思い切って発言した。
「大事なんは、美紀ちゃんの心やと思うんです。まだ15歳です。美紀ちゃんの心に傷が残らへんように考えるんが第一やと思います」
「その通りだよ。だけど、持っていきようによっては、美紀の心も救って、MNB47をジャンプさせることもできると思うんだ」
「手記を出しましょう!」
「手記……そんなん書けるほど、美紀ちゃんは回復してません」
「大丈夫アシスタントを付けるよ。桃井ってGRが使えると思います。東京の奴ですが、明日にでも呼びます」
「よし、その線でいってみよう。明日、夏木さん、美紀のところに行ってくれないかな。全員じゃ多いから選抜から何人か引き連れて」
「了解しました」

 あっという間に話はまとまってしもた。市川ディレクターは、さっそく桃井さんに電話。夏木先生はメンバーに話しにいった。

「桃井君、これがチームリーダーの明日香、こっちが座長の嬉野クララ。美紀が君に慣れるまで、どちらかをつかせるから、よろしく頼むよ」
「おまかせください。一人の少女の心を癒して、さらに同世代の子たちの心を掴めるような手記をものにします。お二人とも、どうぞよろしく」
 桃井さんは、新大阪から直行して、うちらと話してる。手許には美紀に関する資料がノート一冊分ぐらいあった。びっくりしたことには、美紀が今まで住んでた三軒の家の外観、間取り、近所の地図と写真まで入ってた。
「さすがは、一流のゴーストライターだな」
 市川ディレクターが方頬で笑うた。
「ゴーストライターって言わないでくださいよ、シンパシーライターです。相手の心に同化して、本人が言葉にならない思いを文字に起こす仕事です。今度の仲間美紀さんの場合はカウンセラーでもあるつもりです」
「ハハ、そうやってギャラ上げようって腹だな」
「よしてくださいよ、このお二人が変に思うじゃないですか。確かにぼくは世間でいうゴーストライターです。今のところ、そういうカテゴライズしかないからね。それから、ぼくは、これによって収入も得ている。だけど考えてね、世の中100%の善意もないけど、100%のビジネスもない。ぼくは、そのバランスはちゃんと取っているつもりだ」
 この桃井さんは竹中直人みたいな怪しげな圧があったけど、話しているうちに引き込まれる。美紀やみんなとの二か月半を、いろいろと話した。桃井さんは、ものすごく真剣に聞いてくれて、うちといっしょに驚いたり笑たり、美紀のリスカに気づいたとき、助けた時は、自分のことみたいに涙を浮かべて、話終わったら仲間いうか、昔からの知り合いのオッチャンみたいになってしもてた。

――明日香の世界も、たいがいやのう――

 家に帰ったら、正成のオッサンが、苦笑いしながら言いよった。どうやら、うちは「乗せられてる」状況かもしれへん。
 せやけど、これで美紀が立ち直り、メンバーもうまいこといったら、それが一番ええ。
 うちも、この業界のフレキシブルに慣らされてきたみたいや……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

小悪魔マユの魔法日記・55『フェアリーテール・29』

2019-10-06 06:37:29 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・55
『フェアリーテール・29』    


 
 西の魔女は、歯を見せずニヤリと笑った……。

 ライオンさんは、そのニヤリ笑いに驚いて、木の陰に隠れてしまった。

 ブリキマンやかかしさんでさえ、足を震わせた。

 しかし、ドロシーとマユはちっとも怖くなかった。

 
 
 西の魔女は、褐色の瞳をして顔も彫りが深く、外人さんらしいところは魔女だけれど、表情は穏やかで、ニヤリと笑ったのも、その身に付いた奥ゆかしさのためのように思われた。奥ゆかしくなければ、アメリカ映画のアン・ハサウエーか、アンジェリーナ・ジョリーのように歯を見せて笑い両手を広げて、みんなを迎えたであろう。それを分かってか、トトなんか、ドロシーの手を離れ、ちぎれんばかりにシッポを振って魔女のところに行った。

「まあ、かわいいワンちゃんね! お名前は?」

「あ、トトって言います」
「ワン、ワン、ワン」
 トトは犬らしく、魔女に甘えた。
「そちらは、かかしさん、ブリキマンさん。木の陰にいるのは……ライオンさんね。シッポが見えてるわよ……あなたは……」
「ドロシーっていいます。カンザスに帰るために……」
「そうよね、ようこそ。で……もう一人のあなたは……女子高生みたいななりだけど……違うわね?」
「あ、わたし小悪魔のマユです。エルフの王女のレミってのに頼まれて、この世界にいます」
「そう。わけは、おいおい聞かせてもらうわ。とりあえずみんなでランチにしましょう」
「あ、わたしたち、さっき食事を済ませてきたところなんです」
 ドロシーは、自分だけが食べたのに、みんなも食べたように思いこんでいる。
「フフ、食べたのは、あなただけでしょ」
「あ、そうだった。でも、どうして分かるんですか?」
「一応、西の魔女だから。それに、わたしのランチは、お腹が空いている人だけじゃなく、心が空いている人にも効果ががあるの」
 そう言われると、なんとなく、みんな納得して、西の魔女の指示に従って、庭のレタスやキンレンカを採りにいったり、パンを切ったり、バターを塗ったり、お皿を並べたりした。

 みんなでランチのサンドイッチを作って食べると、ほんとうに心がホンワカしてきた。

「こんなに心がユッタリしたのは久々だ。お礼に、なにかやらせてくださいよ」
 かかしさんが提案した。
「そうね……わたし、ここに来て間がないから、庭の手入れが出来てないの、薪割りとかもあるから、やってもらおうかしら」
 西の魔女のお願いで、ライオンさん、かかしさん、ブリキマンは広い庭に行って仕事にかかった。

「トトも、お庭で遊んできたら?」
 トトは、キョトンとした顔になった。
「あのね、わたしは、この子達と女子会がしたいの」
「ワン、ワン」
「だめだめ、あなたがオスで、人間の言葉が喋れるぐらいは分かってるわよ」
「ちぇ、しかたねえなあ」
 そう言うと、スコップをかついで二本足で庭に行ってしまった。

 それから、三人の女子会になった。

「……というわけで、あなたが最初のお客さん。まさか小悪魔さんがいっしょだとは思わなかったけど」
「わたし落第生だから、これも修行のひとつだと思って。でも、なんでおばさんは西の魔女なんかに応募したんですか?」
「わたしって、もともと西の魔女だから」
「「え……?」」
 ドロシーとマユは同時に声をあげた。
「落ち着いたら、パソコンでも検索してちょうだい。著作権の問題で、わたしの口からは言えないこともあるから……わたしは、前のお話が終わったから、ダメモトで応募したんだけどね。まさか選ばれるとは思わなかった」
「試験とか面接あったんですか?」
「書類選考のあとは面接だけ。受かるつもりなかったから言いたいこと言ってきたんだけどね」
「どんなこと言ってきたんですか!?」
 ドロシーが身を乗り出した。
「知りたい……?」
「教えてください」
 マユも、身を乗り出した。
「バカな意地悪はやらない、魔法も使わない、ホウキを欲しがっている子には、黙ってあげる」
「え……ホウキいただけるんですか!?」
「ええ。でも、少しお話してから。むろん、あなたたちが急ぐんなら、今すぐに持っていってもいいわよ。いくらでも作れるから」

 それから三人は半日お喋り。

 マユは魔界でのことや、人間界で修行させられている苦労や、このファンタジーの世界に来てからも、なかなか思い通りにならないことなどをグチった。
 ドロシーは、早くカンザスに帰りたいことや、いかにカンザスでの生活が楽しかったかを話した。
 西の魔女は、ハーブティーを飲み干すと、ニヤッと笑ってこう言った。
「マユのお話は、無意識の誇張や思いこみがあっておもしろい。まさに修行中の小悪魔さんね」
「いや、わたしは……」
「ほら、マユが、この世界に来てやったことが出てるわよ」
 西の魔女は、パソコンを操作して、モニターに、今までの記録を出した。
「ああ、やめてくださいよー」
 マユは、頭を抱えた。
「白雪姫も赤ずきんも、サンチャゴのライオンのこともグチャグチャね」
「アハハ」
「笑うな!」
 マユは、ドロシーを張り倒そうとしたが、意外な敏捷さでかわされてしまった。
「熱くならないの。世の中には『一石を投じる』ってこともあるのよ。マユがやったことの結果は、まだまだ先にならないと分からないわ」
「でもね、西の魔女さん……」
 マユは、アイドルグループのヘタレキャラのような声をあげた。
「わたしは、こう言っとくわ『買わない宝くじは絶対当たらない』って」
「ハハ、マユのやったことって、宝くじ並みの確率しかないんですね」
「ドロシー!」
 今度は、手を上げる前にかわされた。
「ドロシー、あなたの方が深刻だと、わたしは思う」
「え……?」
 すかさず、マユの左パンチが……これは避けきれずに、ドロシーはギンガムチェックのスカートをひるがえして、ひっくり返った。
「アイテー……なんでですか。わたしはホウキをもらって、オズの魔法使いに渡したら、ミッションコンプリート。めでたくカンザスに帰れるんじゃないんですか?」
「ドロシーの意識の底には、もっと厄介なものが潜んでいるわ。それはマユがやったことよりもすごい影響を自分にも、このオズの世界にももたらすようなこと……」
「わたしが、そんなことを……」
「そう、でも、これ以上は言えないわ……ほら、こんなとこにも……」
 西の魔女は、床に落ちていたドングリを拾い上げると、テーブルの上に乗せ、ナイフで一刀両断にした。
 ドングリの中味は、こまかい電子部品で一杯……それは高性能盗聴器だった。

「こんなものが、あちこちにあるようじゃねえ……」


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする