本堂裏の道具部屋とは言え、ちゃんと畳が敷いてある。
きちんと片づけると床の間とかもあって、立派な八畳間。
「ほんとにいいの?」
その立派さに、頼子さんも留美ちゃんも恐縮気味。
「ええんですよ。ここ使えいうたんも、お祖父ちゃん自身やから」
住職は伯父さんやけど、実質的なナンバーワンはお祖父ちゃん。お年寄りの檀家さんは、お祖父ちゃんのことを『ごえんさん』、伯父さんのことを『ぼんちゃん』、テイ兄ちゃんのことは『テイくん』と呼んでる。
テイくんは文字通り愛称で、ぼんちゃんいうのはお寺のぼんぼん(住職の倅)いう意味。
「じゃ、お爺様がお帰りになったら、いちどご挨拶させてくれる?」
さすがはヤマセンブルグのお姫さま!
「あ、いまヤマセンブルグとか思った?」
するどい。
「日本じゃ、ただの中学生だからね」
うちの者には、その点触れないようにというニュアンスを感じて「もちろんです!」と胸を叩いたら、かすかにピンポーンと鳴った。
「桜の胸が鳴った!?」
「あ、玄関に人が入って来ると鳴るんです」
本堂から玄関をうかがうと、ちょうどお祖父ちゃんが帰ってきたとこ。
「これは、ご丁寧なごあいさつ、痛み入ります」
頼子さんのお礼の言葉にお祖父ちゃんも大人の挨拶を返してくれる。隅っこではダミアが借りてきた猫みたいにお座りしてる。
「あの部屋は……」
そこまで言うて、お祖父ちゃんはお茶を飲む、ほーーとため息をついて、遠い目になる。
なんかイワクありげで、文芸部三人娘は肩に力が入る。
「な、なんかあるのん、お祖父ちゃん?」
「昔は、報恩講とかの行事の時の坊主の支度部屋に使てたんや。坊主の正装いうのは、まるっきり時代劇の衣装やさかい手間も場所もいるしなあ。せやけど冷暖房のない部屋でね、庫裏を改築して座敷を増設してからは、ほったらかしの道具部屋になってしもて、わたしも忘れてたいうしだい。ハハ、そやから気兼ねなく使ってくださいな」
「そうなんですか、ありがとうございます」
なんかホッとしたような顔で頼子さん。
「冬場は寒いよって、なんか暖房は考えさせてもらいます。もう片づけは済んだんですか?」
「はい、明日にでも部活の道具とか入れさせてもらいます。あ、ほとんどお茶の道具とかですけど」
「承知しました。よかったら、今夜はうちで晩御飯食べていってくださいな。なんにもないけど、ま、部室の開店祝い」
「プ、パチンコ屋さんみたい」
思わず噴いてしもた。
「アハハ、落慶法要? 開校式? 開所式? まあ、なんでもよろしい、とにかくお祝いお祝い!」
「ようは、文芸部をネタに呑みたいいうだけやから、遠慮せんといてくださいね」
お祖父ちゃんをフォローしたあと、三人で台所へ、すでに用意にかかってた伯母さんのお手伝いにいそしむ。
お祝いのあと、場所を新部室に移し、コトハちゃんも加わって、むろんダミアもいっしょに八時くらいまで遊びました。
いつまで続くねんと思てた残暑も、ようやく収まり、頼子さんと留美ちゃんを送り出した山門には秋の風が吹き始めておりました。