魔法少女マヂカ・089
T型フォードの高機動車が急停車すると、ハートの女王はドレスの裾をからげて、ノッシノッシと近づいてきた。
「さあ、ここで停車したのが運のつきだよ。まずはアリスだ!」
プシューーーーー!
女王は胸の谷間からスプレーを取り出すと、ルームミラーとサイドミラーに吹き付けた。吹き付けたのはフニフニのスライムのようなもので、もし鏡の国のアリスが出てきても、スライムに絡めとられて身動きがとれなくなってしまうようになっている。
フグウ フグフグ フググ………
鏡の中から悶絶するようなうめき声がしたが、しだいに小さくなって聞こえなくなってしまった。
「これでアリスは片付いた。さあ、おまえたち、わたしを議会まで送る栄誉を与えてやろう」
「あ、えと……議会に送るだけでいいのかな?」
拍子抜けだ、アリスを封印してまで、なにを命ずるのかと思ったら、T型フォードの高機動車をタクシー代わりに使おうというだけなのだ。
「えと、一個質問していいですか?」
「苦しゅうない、申してみよ。ただし、くだらない質問ならば、首をちょん切るぞ」
「女王陛下が、お乗りになると言うことは、ビーフイーターどもは追いかけてはこないということでよろしいので?」
「もちろんじゃ、余はこの世界の志尊たる女王じゃ。たかが獄卒のビーフイーターごときが余の邪魔だてなどができようものか」
「ならば、陛下をお送りするのは臣たるものの務め……」
オレは、運転席から下りて、恭しく後部座席のドアを開ける。T型フォードの高機動車も気を利かせて、ドアの下からレッドカーペットを女王の足元までスルスルと延ばした。
「おう、気の利いたことをいたしてくれる。それでは世話になるぞ」
女王が後部座席のステップに足をかける。
ミシミシ!
音がしたかと思うと、T型フォードの高機動車は二十度ほども左に傾いでしまった。
「畏れ多いことではありますが、全体重をお掛けあそばしますと、転覆のおそれがあるように思われます」
「ウウ……豊かな肉体は女王の威厳ではあるが、忍ばねばなるまい」
「ご明察、恐れ入ります」
「ならば……」
顔の高さまで右手を上げると、人差し指をクルリと回した。シャララララ~ンとエフェクトがあって、数秒で半分以下のスレンダーな姿になった。
「おう、お見事な!」
「それでは……」
「お待ちください!」
今度は、オレの胸の谷間からマヂカが顔をのぞかせた。
「おう、そなたは胸もなかなかのものじゃ。牛女を忍ばせておったか」
「陛下、玉体がお痩せになったのですから、スレンダーなお身に最適なお化粧になされてはと愚考いたします」
ほう……何を企む牛女? 女王の顔は、痩せようが太ろうが変わりがないほどのナニなんだが。
「良いことを申した。女王の顔は国家の顔である、スッピンでも十分な美貌ではあるが、それでも気に掛けておくのが志尊たる女王の務めであろう……おっと、車のミラーは全て封じてしまったのだな」
「恐れながら、御身のコンパクトを……」
「そうであったは。王室専用の曇りなきコンパクトの鏡にて化粧を整えるといたそう……」
やった、鏡さえ開かせればアリスが……。
「なにか、引っかかっておる……」
違和感があるのか、女王は、半開きになったコンパクトをハタハタと振った。
ピヤーーーー!
なにか零れ落ちたかと思うと、親指ほどの鏡の国のアリスが転げ落ち、悲鳴を上げて逃げ去ってしまった。
そうか、アリスにとって、ハートの女王は天敵であったのだ……不甲斐ないけど。