大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・089『M資金・20 ハートの女王・2』

2019-10-21 14:40:35 | 小説

魔法少女マヂカ・089  

『M資金・21 ハートの女王・2』語り手:ブリンダ 

 

 

 T型フォードの高機動車が急停車すると、ハートの女王はドレスの裾をからげて、ノッシノッシと近づいてきた。

 

「さあ、ここで停車したのが運のつきだよ。まずはアリスだ!」

 プシューーーーー!

 女王は胸の谷間からスプレーを取り出すと、ルームミラーとサイドミラーに吹き付けた。吹き付けたのはフニフニのスライムのようなもので、もし鏡の国のアリスが出てきても、スライムに絡めとられて身動きがとれなくなってしまうようになっている。

 フグウ フグフグ フググ………

 鏡の中から悶絶するようなうめき声がしたが、しだいに小さくなって聞こえなくなってしまった。

「これでアリスは片付いた。さあ、おまえたち、わたしを議会まで送る栄誉を与えてやろう」

「あ、えと……議会に送るだけでいいのかな?」

 拍子抜けだ、アリスを封印してまで、なにを命ずるのかと思ったら、T型フォードの高機動車をタクシー代わりに使おうというだけなのだ。

「えと、一個質問していいですか?」

「苦しゅうない、申してみよ。ただし、くだらない質問ならば、首をちょん切るぞ」

「女王陛下が、お乗りになると言うことは、ビーフイーターどもは追いかけてはこないということでよろしいので?」

「もちろんじゃ、余はこの世界の志尊たる女王じゃ。たかが獄卒のビーフイーターごときが余の邪魔だてなどができようものか」

「ならば、陛下をお送りするのは臣たるものの務め……」

 オレは、運転席から下りて、恭しく後部座席のドアを開ける。T型フォードの高機動車も気を利かせて、ドアの下からレッドカーペットを女王の足元までスルスルと延ばした。

「おう、気の利いたことをいたしてくれる。それでは世話になるぞ」

 女王が後部座席のステップに足をかける。

 ミシミシ!

 音がしたかと思うと、T型フォードの高機動車は二十度ほども左に傾いでしまった。

「畏れ多いことではありますが、全体重をお掛けあそばしますと、転覆のおそれがあるように思われます」

「ウウ……豊かな肉体は女王の威厳ではあるが、忍ばねばなるまい」

「ご明察、恐れ入ります」

「ならば……」

 顔の高さまで右手を上げると、人差し指をクルリと回した。シャララララ~ンとエフェクトがあって、数秒で半分以下のスレンダーな姿になった。

「おう、お見事な!」

「それでは……」

「お待ちください!」

 今度は、オレの胸の谷間からマヂカが顔をのぞかせた。

「おう、そなたは胸もなかなかのものじゃ。牛女を忍ばせておったか」

「陛下、玉体がお痩せになったのですから、スレンダーなお身に最適なお化粧になされてはと愚考いたします」

 ほう……何を企む牛女? 女王の顔は、痩せようが太ろうが変わりがないほどのナニなんだが。

「良いことを申した。女王の顔は国家の顔である、スッピンでも十分な美貌ではあるが、それでも気に掛けておくのが志尊たる女王の務めであろう……おっと、車のミラーは全て封じてしまったのだな」

「恐れながら、御身のコンパクトを……」

「そうであったは。王室専用の曇りなきコンパクトの鏡にて化粧を整えるといたそう……」

 やった、鏡さえ開かせればアリスが……。

「なにか、引っかかっておる……」

 違和感があるのか、女王は、半開きになったコンパクトをハタハタと振った。

 ピヤーーーー!

 なにか零れ落ちたかと思うと、親指ほどの鏡の国のアリスが転げ落ち、悲鳴を上げて逃げ去ってしまった。

 

 そうか、アリスにとって、ハートの女王は天敵であったのだ……不甲斐ないけど。

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せやさかい・081『夢』

2019-10-21 08:03:07 | ノベル

せやさかい・081

 

『夢』 

 

 

 夢を見た。

 

 始まりはO神社の鳥居から。

 O神社は、この三月まで住んでた大阪市A区の神社。初詣に何度か行ったことがあるけど、特別の思い入れはあれへん。

 とにかく、鳥居を出て歩きはじめるところから始まる。足には約束のハイカットスニーカーを履いて南を目指す。バス通りを渡ると、城東運河に向かって上り坂。

 坂を上り詰めるとO橋、

 O橋は同じA区でも、あたしの生活圏を区切ってる。通ってた学校は幼稚園から小学校まで、O橋の南側。三月に引っ越しせえへんかったら、中学も高校も、ここで済んだはず。

 O橋の北側は校区がちがう。

 小学生にとって、校区が違ういうのは違う街で、おおげさに言うと他府県。特別なことが無いと足を踏み入れへん。

 近所では間に合えへん買い物に行くとか、区役所に行くとか、それこそ初詣に神社に行くとかね。

 城東運河の上には高速道路がO橋とクロスして走ってる。車が通ると音がする。

 シューーーーーッ  シューーーーーッ って……。

 なんか昆虫系の化け物とか妖のようで、幼稚園のころは怖かった。小学二年生で高速道路が阪神高速やいうことを習たけど、たまに高速道路を車で走ったときは、ぜんぜん別の音がするので、N橋とクロスしてるのは別物いう気がしてた。

 橋を渡ると下り坂、小学校と高校が見える。

 小学校は、三月まで通ってたT小学校。その向かい、道路を挟んでA高校。両方とも鉄筋の巨大な校舎。道幅は五メートルの一通を歩いてると谷底を歩いてる感じで圧迫感。風の谷のナウシカを見た時、この谷に似た景色があって、そう思たら素敵やと思えるかもと思たけど、ナウシカほどの根性はあらへんし、「姫さま」と呼んでくれる住人も居てへん。この街でのあたしは完全にNPCやった、まるでアルゴリズムで決められてるみたいに同じ道を通って、先生やら同級生やらとは決まった言葉しか交わさへん。ここがFAOの世界で、キリト君と出会っても、この、風体からしてNPCな少女には言葉をかけてくれへんやろなあと思う。

 谷に入る手前で西に折れる。

 A公園が見えてくる。隣接するA高校よりも広い公園の2/3は有料施設。サッカーコートやったら二面分はあるやろかいうグラウンドはジュラシックパークかいうくらいの鉄のフェンスで囲われてる。むろん有料のグラウンドで、地元の子どもであったあたしは入ったことが無い。もし、鍵が開いてても、NPCたるあたしは入られへんような気がする。

 フェンスの角を曲がると、まるでキリトと待ち合わせしてるアスナみたいに佇んでる少女が居てる。

 少女は朝比奈くるみ。

「うっわー、お久あああああああああ!」

 そんなに素敵に再会を喜んでくれても、それにふさわしいテンションのリアクションはアルゴリズムのボキャブラリーの中にはあれへん。

「く、くるみちゃーーーーん!」

 それでもNPCなりの感動が湧いてきて、ハッシと抱きあう!

 ハグし合うと、あたしの三倍はあろうかと思われる胸の感触!

 そこからは、まさに夢の世界。

 細かいとこは憶えてへんけど、お互いの半年を熱く語り合った。なによりも、お揃いのハイカットスニーカーが嬉しくて、並んで写真を撮る。

「おう、朝比奈、友だちか?」

 向かいの中学校からくるみちゃんの先生が出てきはって、自撮りでは撮られへん全身像を撮ってもらう。

 ええなあ、あたしも、このA中学に通うはずやったのに……そんなNPCの感傷を知ってか知らでか、くるみちゃんは堺でのあたしの話をよう聞いてくれた。

 いっぱいいっぱい話したはずやのに夢の悲しさ、中身はちょっとも憶えてへん。

 

 目が覚めると、式神が一つ見当たらんようになってた。箱がちょっとズレてたし、きっと、あたしの始末が悪かったから。

 

 ひょっとしたら、スマホに写真が……と思たけど、確かめたら、ほんまに夢が夢になってしまいそうで、そのままにした。

 

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真夏ダイアリー・46『プロモ撮影の本番』

2019-10-21 06:51:50 | 真夏ダイアリー
 真夏ダイアリー・46 
『プロモ撮影の本番』      



 登校風景からだった。

 事務所で衣装の制服も着てメイクもすましていたので、乃木坂駅から学校の校門に入るまで、まんま。

 事務所からの移動は、地下鉄という凝りよう。日曜の八時なんで、乗客は少ないんだけど、研究生を含め百人近い「女子高生」のナリをして地下鉄に乗っていると、なんだか通学途中の雰囲気になってしまうから不思議だ。
「やだ、わたしって、もう二十歳過ぎてんだよ」
 そう言っていたクララさん達が一番女子高生返りしていたのがおもしろかった。

 駅の改札を出ると、一気に寒さがやってきた。

 設定は二月ごろなんだけど、女子高生らしさを出すために、コートとかは無し。さすがにセーラー服だけじゃ寒いので、ヤエさんの発案で押しくらまんじゅうをしてみた。さすがに全員でやると、真ん中の子が圧死しそうなので二グループに分かれて五分ほどやると、ポカポカと温まってきた。
 マフラーや手袋はOKだったので、なんとか寒さはしのげた。
「女子高生らしくキャピキャピでいきます?」
 クララさんが聞いた。
「まんまでいいんじゃない」
 仁和さんが答えた。

「寒い朝の登校って、あんまり喋らないでしょ。でも、完全なだんまりも変だから、適当にやって。まずグループ分け」

 これは、あっさり決まった。選抜やら、ユニットやら、チーム別にまとまった。
 カメリハで、坂の途中まで下ってNGが出た。
「選抜、喋りすぎ。君らのグループは別れて研究生のグループに入って。で、ちょっとくったくアリゲに黙って歩いてくれる。それから、意外なとこでカメラが回ってるけど、カメラ目線にならないように」
 
 わたしは研究生のBグループに入った。

 なんたって、現役の女子高生、それも自分の学校にいくんだから、まったくのマンマ。
 校門まで行って、少しびっくり。固定と移動のカメラが五台回っていたのはカメリハで分かっていたけど、校門前にドローンカメラが来ているのには、驚いた。でも言われたとおりカメラ目線にもならずOKが出たので嬉しかった。
 学校の看板がマンマだったので少し気になったんだけど、OKが出てから見に行くと、反対側の門柱に「桜ヶ丘女子高校」の看板が貼ってあるのに気が付いた。なるほど、これだと校門前のドローンカメラで登校する生徒たちを撮って、看板を舐めながら自然にクレーンアップして校庭を撮ることができる。

「校庭にカメラ移動するから、その間体冷やさないようにね」
「よし、ジョギングだ!」
 クララさんの提案で、グラウンドを二周走った。体を冷やすこともなく、暖めすぎないようにゆっくり走った。走りながら省吾たちお仲間が、他の生徒や先生達と見学に来ているのが視界に入った。
「AKRってのは体育会系のノリなんだ……」
 玉男の呟きが耳に入った。そう、アイドルってたいへんなのよ!

 カメラは、徹底して校舎を写さないように配置された。仁和さんのこだわりだろう。
 
 ここで演出が入った。

 別々のグループで来ていた選抜メンバーが、連理の桜の前で立ち止まる。やがて選抜メンバーだけのグループになる。そして、潤とわたしのソックリコンビが「あ……」と、声を上げる。
「そう、そこで桜が咲き始める。二三人指差して、ちょいお喋り、桜に注目!」
 黒羽さんがメガホンで指示。
 ここは、テイクスリーでOK。わたしたちの視線の動きにシンクロしてドローンカメラが動くのは、ちょっと感動だった。むろん、この時期に桜なんかは咲かない。あとでCGで合成するらしい。

 あとは、グランドで、曲をかけながら振りの収録。

《二本の桜》
 
 春色の空の下 ぼくたちが植えた桜 二本の桜
 ぼく達の卒業記念
 ぼく達は 涙こらえて植えたんだ その日が最後の日だったから 
 ぼく達の そして思い出が丘の学校の

 あれから 幾つの季節がめぐったことだろう
 
 どれだけ くじけそうになっただろう
 どれだけ 涙を流しただろう 
 
 ぼくがくじけそうになったとき キミが押してくれたぼくの背中
 キミが泣きだしそうになったとき ぎこちなく出したぼくの右手
 キミはつかんだ 遠慮がちに まるで寄り添う二本の桜

 それから何年たっただろう
 訪れた学校は 生徒のいない校舎は抜け殻のよう 校庭は一面の草原のよう 
 それはぼく達が積み重ねた年月のローテーション
 
 校庭の隅 二本の桜は寄り添い支え合い 友情の奇跡 愛の証(あかし)
 二本の桜は 互いにい抱き合い 一本の桜になっていた 咲いていた
 まるで ここにたどり着いたぼく達のよう 一本の桜になっていた

 空を見上げれば あの日と同じ 春色の空 ああ 春色の空 その下に精一杯広げた両手のように
 枝を広げた繋がり桜

 ああ 二本の桜 二本の桜 二本の桜 春色の空の下  
 
 
 さすがに、ここは本編なので、パートで撮ったり、全員で撮ったり、わたしと潤は、途中で桜色の制服に着替えて撮ったり。撮影は昼を回ったころにやっと終わった。

「真夏さん、ちょっと」

 仁和さんの声がかかった。

「はい、なんでしょう?」
 かしこまって聞くと、仁和さんは、こっそり特別な友だちを教えるように言った。
「あの桜の下に、女学生がいるの……分かる?」
「え………」
「ようく見てご覧なさい……」

 うっすらと、セーラー服にモンペ姿の女学生の姿が見えてきた……!
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まどか乃木坂学院高校演劇部物語・11『本番』

2019-10-21 06:42:47 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・11   

『本番』 


――ただ今より、乃木坂学院高校演劇部による、作・貴崎マリ『イカス 嵐のかなたより』を上演いたします。ロビーにおいでのお客様はお席にお着きください。また、上演の妨げになりますので、携帯電話は、スイッチをお切り頂くようお願いいたします。なお上演中の撮影は上演校、および、あらかじめ届け出のあった方のみとさせていただきます。それでは……あ、神崎真由役は芹沢潤香さん急病のため、仲まどかさんに変更……。

 客席に静かなどよめきがおこった。

 張り切った見栄がしぼんでいく……やっぱ、潤香先輩は偉大だ。
 本ベルが鳴って、しばしの静寂。嵐の音フェードイン。緞帳が十二秒かけて上がっていく……。
 サスが当たって、わたしの神崎真由の登場。
「あなたのことなんか心配してないから」
 最初の台詞。自分でしゃべっている気がしなかった……潤香先輩が降りてきて、わたしの口を借りてしゃべっている。
 中盤まではよかった、そういう錯覚の中で芝居は順調に流れていった。
 しかし、パソコンの文字入力の文字サイズをワンポイント間違えたように、微妙に芝居がずれてきた。
 そして、勝呂先輩演ずる主役の男の子を張り倒すシーンで、間尺とタイミングが合わなくなってしまった。

 パシーン! 

 派手な音がして、勝呂先輩はバランスを崩して倒れた。ゴロゴロ、ザーって感じでヌリカベの八百屋飾りの坂を舞台鼻まで転げ落ちた。
 一瞬間が空いて(あとで、勝呂先輩は「気を失った」と言った)立ち上がった先輩の唇は切れて、血が滲んでいた。

 あとは覚えていない。気がついたら、満場の拍手の中、幕が降りてきた。
 習慣でバラシにかかろうとすると、舞台監督の山埼先輩に肩を叩かれた。
「なにしてんだ、準主役だぞ。勝呂といっしょに幕間交流!」

 客電が点いた客席は、意外に狭く感じられた。みんなの観客動員の成果だろう、観客席は九分の入り(後で、マリ先生から七分の入りだと告げられた。そういう観察は鋭い。だれよ、スリーサイズの観察も正確だったって!?)
 観客の人たちは好意的だった。「代役なのにすごかった!」「やっぱ乃木坂、迫力ありました!」なんて上々の反応。中には専門的な用語を知ってる人もいて「正規のアンダースタディーとしていらっしゃったんですか?」てな質問も。わたしも一学期に演劇の基礎やら専門用語は教えてもらっていたので、意味は分かった。
 日本のお芝居ではほとんどいないけど、欧米の大きなお芝居のときは、あらかじめ主役級の役者に故障が出たとき、いつでも代役に立てる役者さんが控えている。本番では別の端役をやっているか、楽屋やソデでひかえている。ごくたまにここからスターダムにのし上がってくる人もいるけど、たいていは日の目も見ずに終わってしまう。
「……いえ、わたし、潤香……芹沢先輩には憧れていたんで、稽古中ずっと芹沢先輩見ていて、そいで身の程知らずにも手を上げちゃって」
 そのとき、客席の後ろにいた人が拍手した……あ、あいつ……!?
 そのあと、みんながつられてスタンディングオベーションになって、ヤツの姿はその陰に隠れかけた。その刹那、赤いジャケットを着たマリ先生が客席の入り口から入ってくるのが分かった。
 その姿は遠目にも思い詰めたようにこわばっているのが分かった。

 いったい何が起こったんだろう……。
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宇宙戦艦三笠・37[20年の歳月]

2019-10-21 06:34:05 | 小説6
宇宙戦艦三笠・37
[20年の歳月] 



 

 

 体が鉛のように重かった。手足も自由に動かず、視野もボケている。

 でも、どうやら20年の眠りから覚めたんだ……そう理解するのに30分ほどかかった。
「もう、大丈夫ですよ」
 優しい声が聞こえたが、誰の声であるのか思い出すのに数分かかった。
「えっ……!?」
 視覚が戻ってきて、修一の口から洩れた言葉は、驚愕の一言だった。

 目の前にいるのは、スケルトンだった。くたびれたユニホームと声からクレアだということが分かった。

「クレア、その恰好は……?」
「生体組織のメンテナンスに使うエネルギーも、三笠の蘇生に使いました。三笠がダルを抜けたら、元に戻します。しばらく見苦しいですが辛抱してください」
「他のメンバーは?」
「そちらです」

 救命カプセルは、船内で使う場合、状態を視認できるように半面が透明になっている。樟葉と美奈穂のカプセルを見て、修一はドキリとした。二人とも身に一糸もまとわない裸であった。

「服は、体を締め付けます。そこから皮膚や内臓に負担をかけてしまうので、みなさんが眠りについたあと、裸にしました」
「オレは、服を着てるけど」
「蘇生の兆候が見えたので、昨日服を着せました」
「え、クレアが着せてくれたの?」
「はい、ちゃんと着せたつもりなんですけど、不具合があったら、ご自分で直してください」
「クレアこそ、そのスケルトン、なんとかしろよ。他の三人が目を覚ましたら、オレよりビックリするぜ」
「ダルを抜けるまで気が抜けません」
「そうか。トシのカプセルは?」
 救命カプセルデッキには、三基のカプセルしかなかった。
「トシさんのカプセルは、こちらです」

 トシのカプセルは、デッキの隣の部屋に移されていた。

「お早う。東郷君が一番だったわね」
 みかさんがカプセルに寄り添ってくれていた。悪い予感がした。

 トシのカプセルには白い布がかけられているのだ。

「トシは……?」
「カプセルとの相性が悪くて、五年しかもたなかった。ごめんなさいね……」
 修一は、白布を剥ぎ取った。透明なカプセルの中にいたのは、ミイラ化したトシの変わり果てた姿だった。
「どうにもならなかったの……?」
「秋山君を助けようと思ったら、その分三笠の復旧が遅れる。カプセルは20年しかもたないのよ。秋山君を助けようとしたら、全員助からなかったわ」

「そうなんだ……」
「そこで相談があるの。三笠の復旧も終わったし、秋山君のクローンを作ろうかと思うの。これからの航海に機関長は欠かせないわ」
「それ、どうしてオレに聞くんだよ。オレに黙ってやってくれたら、こんなショック受けずにすんだのに!」
「だって、あなたは艦長だもの、全てのことを知っておく必要があるわ」
「じゃ、クローンでもいいから再生してやってくれよ。トシは、やっと立ち直ったところなんだから」
「その前に、秋山……トシくんの最後をしっかり見て上げて」

 トシのカプセルの蓋が開けられた。賞味期限が過ぎたスルメのような臭いがした。修一は、トシが胸に抱いているスマホを手に取った。
 皮肉なことに、スマホの電池は残っていた。

 マチウケは、死んだ妹の写真だった。ホームセンターで自転車を買ってもらったばかりの嬉しくてたまらない顔をしている。あまりにいい顔なので、トシは写メったのだろう。その数分後にバイクに跳ねられて死んでしまうとも知らずに。
「じゃ、カプセルを閉じて。再生するわ」
 みかさんは、ミイラ化したトシの皮膚のかけらに息を吹きかけた。目の前のベッドが人型に光った。光が収まると、そこには寝息を立てているトシがいた。そして、みかさんが指を一振りすると、カプセルの中のミイラは、煙になって消えてしまった。
「ミイラがいたんじゃ、話のつじつまがあわないから。あくまで、トシくんは東郷君と同じように目覚めた……忘れないでちょうだいね。それからクレアさんも、それじゃあんまり。生体組織再生しときましょうね」

 クレアが、元に戻ると同時にクローンのトシが、ベッドで目覚めて伸びをした。

「ああ、よく寝た。やっぱ先輩の方が目覚めるの早かったですね。樟葉さんと美奈穂さんは?」
「隣の部屋」
「せんぱーい!」
 お気楽に、トシは隣の部屋に行った。数秒後真っ赤な顔をしてトシが戻って来た。
「な、なにも着てないんですね……で、ウレシコワさんは?」

 修一は虚を突かれたような気がした。ウレシコワのことは、今の今まで忘れていたのだ。
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秋野七草 その二『ナナの狼狽』

2019-10-21 06:22:59 | ボクの妹
秋野七草 その二
『ナナの狼狽』         


 
 
 オレが起き出さないうちに、こんなことがあったらしい。

 山路が起き出したころには、七草(ナナ)は起き出していて、お袋といっしょに朝の家事にいそしんでいた。
 自衛隊にいたころからの習慣で、七草の朝は早い。お袋も職工のカミサンで朝が早い。
 で、お袋は、寝室に居ながらも夕べのことは全部覚えていた。オレが山路を連れて帰ったことや、七草が、その酔態をごまかすために、七草の姉、七瀬の話をしたことなど。

「あ~、やっちゃたあ……」

 夕べのことを、お袋から聞いた。で、七草は、オレたちの朝の用意をしながら、ダイニングのテーブルにつっぷしてしまった。
「おはようございます。夕べは、すっかりお世話になりまして」
「いいえ、あらましは、夕べお聞きしました。いえね、もう床に入っておりましたんでね、この子達も、いい大人なんだから、恥ずかしさ半分、ズボラ半分でお話し聞いていましたのよ。大作がいつもお世話になっております。主人は早くからゴルフにでかけちゃって、よろしくってことでした」
「それは、どうも恐縮です」
「いえいえ、こちらこそ。朝ご飯の用意はいつでもできるんですけどね。その前に朝風呂いかがですか。さっぱりいたしますよ。その間に朝ご飯は、この子が用意いたしますので。わたし、朝一番に美容院予約してますので、失礼しますが、ごめんなさいね。これ、ちゃんとご挨拶とご案内を!」
 と、名前も言わずに、お袋は七草をうながし、美容院へ行ってしまった。で、七草が正直に白状してしまう前に、山路の方がしゃべってしまった。
「お早うございます。わたし……」
「ああ、おねえさんの、七瀬さんですね。いや、夕べ妹さんがおっしゃっていたとおりの方ですね。双子でいらっしゃるようですが、だいぶご性格が違われるようですね。いやいや、いろいろあってこその兄妹です。妹さんは?」
「あ…………まだ寝てるんじゃないかと思います。仕事はともかく、うちでは、まだまだ子どもみたいで」
「いやいや、なかなか元気の良い妹さんです。部屋に入る前は、かっこよく敬礼なんかなさってましたね」
「え、ええ、あれで、この春までは陸上自衛隊におりましたの。本人は幹部になりたかったようですが、自衛隊の方が勘弁してもらいたいご様子で、今は信用金庫に……はい(モジモジ)」
「じゃ、お言葉に甘えて……お風呂いただきます」
「あ、どうぞどうぞ。兄のものですが、お召し替えもご用意いたしますので、どうぞごゆっくり。こちらが、お風呂でございます」
「あ、どうも」

 このあたりで目を覚ましていたが、展開がおもしろいというか、責任が持てないからというか。タヌキを決め込んだ。そして、タヌキが本気で二度寝しかけたころに、インタホンが鳴った。
 ピンポーン
「お早うナナ。あら、お母さんもお父さんもお出かけ? お兄ちゃんは朝寝だね」
「こりゃ、気楽に女子会のノリでやれそうね」
 幼なじみで、親友のマコとトコが来た。そういや、高校の同窓会の打ち合わせを、ウチでやるとか言ってたなあ……なんだか、下のリビングとナナの部屋を往復する音がして、ややこしくなっているようだ。

「なんで!?」
「つい、ことの成り行きでね。お願いだから合わせてちょうだい……というわけだから」
「へー!」
「なんと!」
「ほんの、二三時間。わたしも張り切るから」
「おもしろそうじゃん」
「じゃ、そのナリじゃなくて、らしく着替えなくっちゃ!」
「メイクも、髪もね!」

  で、オレが起き出し、山路が風呂から上がったころには、夕べ玄関先で見かけたナナが出来上がっていた……。
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小悪魔マユの魔法日記・70『期間限定の恋人・2』

2019-10-21 06:11:20 | 小説5
小悪魔マユの魔法日記・70
『期間限定の恋人・2』    



 マユは、ポケットのカメオを撫でて美優の病室に向かった……。

「あら、吉田さん。今日は、もう上がったんじゃないの?」
 病室に入ると、母の美智子が驚いた。以前ロ-ザンヌで客として会ったときよりも十歳ほど老けて見えた。それは看病疲れなのだろうけど、自分が老けることによって、少しでも娘の命をのばしてやりたい母心のようにも思えた。

「ナースステーションにもどったら、このブローチ、ユーノー (Juno、古典綴 IVNO)って、ローマ神話の女性の結婚生活を守護する女神さまだって、ドクターに教わって……改めてお礼が……」
 そこまで言うと、吉田(マユ)は涙で言葉が詰まってしまった。マユ自身の心なのか、コピーしたナースの心の反応なのか、マユは、自分でも分からなかった。
「お礼が言いたいのは、わたしの方よ……吉田さんは、わたしと同い年でしょ。その吉田さんが、結婚を間近にして、こんなにキラキラして……わたし、自分のことのように嬉しいのよ」
 やつれてはいるが、美優は酸素マスクをずらし、透き通るような笑顔を返してきた。
「でも、疲れたんじゃない。この一週間、これにかかりっきりだったでしょ。わたし、よっぽど止めようと思ったんだけど、美優ちゃん、一生懸命だったし、お母さんも楽しそうに観てらっしゃったから……」
「うん……少しね。いよいよ酸素マスクなしじゃ、呼吸も苦しくなってきたけど。わたし……満足」
「『吉田さんにあげる』って言われたとき、びっくりしちゃった。そのとき、これがユーノーだって言われてたら、わたし泣いちゃってたわ」
「フフ……」
 美優は力無く、しかし、心から嬉しそうに笑った。
「そこまで言ったら、きっと吉田さん泣いちゃうだろうって……当たりだったわね。でも、もう泣かないで。美優もわたしも、吉田さんの笑顔が見たかったんだから」
「吉田さん……」
「うん?」
「側に来て……」
「え……?」
「わたし、目にきちゃったみたいなの……それ、彫り終えてから、物がが見えにくくって」
 
 美優は、抗ガン剤を使わなかった。もう助からないことが分かっていたし、抗ガン剤の副作用で髪の毛が抜けたりするのが嫌だった。どうせ助からない命なら、少しでも女らしく死にたかった。

「ほんと……吉田さん、ほんとにきれいだよ。お母さんの言ってたこと、ホントだね」
「そうよ、恋の絶頂にいる女性は、一生で一番きれいになるのよ。もともと吉田さんはきれいな人だけどね」
「吉田さん……顔さわってもいい?」
「う、うん。いいわよ。こんなものでよければ、ご存分に」

 美優は、吉田(マユ)の頬に触れようと手を伸ばした……しかし、吉田(マユ)の顔の高さまで手を伸ばす力が出ない。

「……手が、上がらない」
「美優……!」母の美智子が、思わず立ち上がった。
「ちがうって、お母さん。ブローチ彫るのに腕使いすぎたから……」
 美優は、少しだけ嘘をついた。腕が上がらないのは、ブローチのせいなんかじゃない。吉田(マユ)は美優の手を取り、自分の頬に持っていった。
「スベスベのツヤツヤだ……フフ、なんだか、赤ちゃんのお尻みたい……泣かないでよ吉田さん」
「う、うん」
「泣いたら、スベスベが分からなくなっちゃう……」

 美優は、一分足らずで吉田(マユ)の顔から手を放した……力が尽きてきたのだ。
 もう、明日からは寝たきりになるだろう……吉田の姿のマユは小悪魔の勘で、美優の命は一週間きっかりだとふんだ。

 マユは温かくも悲しい気持ちになり、母の美智子に、そっと言った。

「お母さん……」

「え……そんな薬があるの!?」
「ええ、命を延ばすことはできませんが、命をまっとうするまでは普通の元気でいられます」
「ぜひ、お願いします!」
「なに、こそこそ話してんの……」
「「な、なんでも……!」」
 
 美智子と吉田(マユ)の声がそろった……。
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