魔法少女マヂカ・083
こんどはチキンレースだ。
いや、チキンレースなどやる気は無かったんだけど、白の闇の中を左右からパッカードが寄ってきて「俺たちとチキンレースをやれ!」と迫って来たのだ。
あたしたちの車は年代物のT型フォードの外見をしているが、魔法少女の高機動車だ。チキン野郎のパッカードにヒケをとるもんじゃない。
リアルなら黙殺する。
だが、ここはカオスの中だ。パッカードもカオスが差し向けたもので、早くも勝負は二回戦に入ったようだ。
「いいわよ、坊やたち、キ〇タマ握って付いてきなあああああああああ!」
いつのまにか日本仕様の右ハンドルになっていたので、シフトレバーをコキンとトップに入れてアクセルをいっぱいに踏み込む。ブリンダは――こんどは、おまえな――という顔で、目を細めて腕を組んでいる。
「がんばってくれるのはいいけど、脚おっぴらげて圧迫するのは止してくれないかなあ」
「ん? ああ……すまない、こうしないと力が入らないみたいだ」
前回のレースでは『出』のかたちの車に変身させられたので、注意しないと脚が開いたままになるようだ。
「じゃ、オレは後部座席に避難するから、しっかり見ててやるんだぞ、アリス」
『わたしも後ろへ』
「後ろに行っちゃあ、ルームミラーにならないでしょーーが!」
『だって』
「そこに居ろ!」
馬力の勝利か、ドライバーには逆らえない仕様なのか、アリスは「ヒッ!」っと声をあげたきり大人しくなった。
「いくぞ、魔法少女! 200メートル先が崖っぷちだ! 時速100キロ以上で突っ込むんだぞ、タイムキーパーがいるからズルは出来ねえぞ。みんな、いっくぞおおおお!」
百台余りのパッカードといっしょに加速する。
ブロロオオオオオオオオオ!
数秒後、揃って崖っぷちに達するが、半分以上のパッカードが崖を飛び出して谷底へ落ちていく。
さすが、カオスのクリーチャーたち、車のクラッシュは派手に聞こえたが、悲鳴を上げるものは一人もいなかった。
「崖っぷち一センチでタイヤが止まってる。あたしの勝ちね」
パッカードどもは、長いノーズを崖の外に突き出しているが、タイヤは十センチ以上手前で止まっているものばかりだ。
「いや、こいつは殲滅戦だ。最後の一台になるまでやらなきゃ終わらねえ」
「そういうことは、先に言え!」
「常識だ」
「分かった、いくわよ」
再び運転席に戻って、スタートラインに着く。
「行くわよ!」
敵共は返事の代わりにアクセルを踏み込んだ。もとより後れをとるあたしじゃない、加速にものを言わせて100キロに達した時は横一列だ。
キキキキキーーーーーーーーーー!!
今度も、崖っぷち一センチで停車。パッカードは、さらに半分に減った。
そんなチキンレースを十三回繰り返して、残ったパッカードは一台になっていた。
「まだ、やるの?」
「おう、カオスに二言はねえ」
「やれやれ……」
最後の勝負。あたしは、崖っぷち5ミリのところで決めてやった。
「敵は……?」
振り返ると、敵のパッカードは、はるか50メートル後方で停まっている。
うちの機動車のルーフに100000000YENが点滅し始めた。
「ふん、怖気づいたか」
鼻で笑ってやると、アリスとブリンダが「ヤバい!」と叫んだ。
グゥアラ……音がしたかと思うと、車を載せた崖っぷちが急に崩れ出した。
「「「ウワアアアアアアアアア!!!」」」
そうか、やつらは、何度も崖っぷちで急停車をさせることで地盤に亀裂を生じさせて、崩れた崖っぷちごと始末するつもりだったんだ!
パッカード野郎の高笑いを聞きつつ、あたしたちは奈落の底へ落ちて行った……。