魔法少女マヂカ・084
T型フォードにはシートベルトが無い。どころかキャビンは幌を張っただけの素通しだ。
そんなT型フォードの高機動車が、グルングルンと上下左右に回りながら落ちていくのだから、たまったもんじゃない。
ウワアアアアアアアアア!!
あっという間に投げ出されて、虚空の中を落ちていく。このまま落ちてしまえば『不思議アリス』のように奈落の底にたたきつけられて一巻の終わりだ!
魔法少女は飛行する能力があるが、得意ではない。基本的に地面や壁とか、踏ん張って勢いをつけるものがなければ飛行姿勢がとれない。むろんスカイダイビングのチャンピオン程度の力はあるのだが、それも、こんなグルグルのモミクチャでは絶対無理だ!
T型フォードも『鏡の国のアリス』も手をこまねいているわけでは無いのだが、オレたちよりも早く落ちていってる。物質の落下速度は質量に比例しないのはガリレオがピサの斜塔から大小の鉄球を落として実証済みだ。三百年前に確立された物理法則が完全に無視されている。
――ニャハハハハ……ここはカオスの世界だからにゃあ――
チェシャネコが顔だけ現してニヤニヤしている。
ニクッタラシイやつめ!
せめてもの悪態を浴びせてやると、なにかが降ってきてチェシャネコを直撃した。
フギャ!
それは、茶褐色の牛だ! 牛に直撃されたチェシャネコは悲鳴を残して消えてしまったが、牛たちは後から後から降って来る。黒いのも茶褐色のもホルスタインみたいのもいる。牛たちは、クルクル旋回せずに足を下にしたまま落ちている。
「牛に乗れば、ちょっとマシにならないかな?」
マジカがいいことを言う。
「よし、手ごろなのに乗っかるぞ!」
対策が見つかると(牛に乗ったからと言って助かると決まったわけではないが)楽になる。視野に入っている牛たちの中から手ごろな黒牛を見つけて跨ってみる。
おお、この感触!?
大戦前に何度か挑んだロデオ大会を思い出した。思い出すと同時に感覚が戻ってきて、我ながら器用に乗りこなせる。視野の端っこに、へっぴり腰ながら牛に跨ったマジカが見える。
なんとかなりそう……思った瞬間、上の方から牛に跨った男たちが下りてくる。パッカードに乗っていた連中だ。
――こいつら、又仕掛けてくるのか!?――
「ブリンダが、ロデオなんか思い出すからだろがあ!!」
相棒が吠えている。
着地には間がありそうだ、腐っても魔法少女、着地するまでには上手くなるだろう。
奈落の底が、仄かに明るくなってきた……T型フォードは風に流されたのか姿が見えない……真下ではすでにロデオ大会が始まっているのだろう、湧き上がる歓声が聞こえてきた。