せやさかい・085
君はマリーアントワネットの飼い猫だったのね。
チリン……
炬燵にアゴを載せたまま頼子さんが言うと、ダミアは首を一振りしてペットハウスに潜り込んだ。
部活の間はペットハウスを持ってきてやってる。ほっとくと、あたしらの足にまとわりついたりコタツの中で暴れたり。あたしらも、ダミアにケガさせたりしたらあかんので、部屋からペットハウス(カイロ付き)を持ってきてやって、おいたが過ぎる時は移動させてる。
かしこい子で、二日ほどで、そのルールに慣れてきたんやけど、自分からすすんで行くことは無かった。
「やっぱり、触れられたくないんですかね?」
留美ちゃんの中では決定事項。ダミアはマリーアントワネットの飼い猫の生まれかわり。
むろん、あたしが夢の話をしたから。
「でも、オリンピックにマリーアントワネットが生まれかわるって、どうなんやろか?」
あたしが心配したのは「オリンピックには生まれかわるから、その時には、わたしの側にいてちょうだいね」という言葉。
文字通りやったら、来年のオリンピックのころに王妃マリーアントワネットが生まれかわり、それに合わせてダミアも生まれかわるということになる。
つまり、ダミアは来年の七月までには死んでしまう!
そこんとこが心配やったから、アホな話と思いながらも頼子さんと留美ちゃんに話したわけ。ダミアはマリーアントワネットの飼い猫やった言いだしたのも頼子さんやし。
来年の七月やとしたら、ダミアは生後十カ月ほど、人間で言うたら小学校の低学年。まだまだ子ネコや。
ぜったいイヤや!
「東京オリンピックじゃないと思うよ」
「え、そやかて……」
「うん、変だよ。マリーアントワネットってクーベルタンがオリンピック始めるずっと前に死んでるし、東京にも縁がないよ」
留美ちゃんが冷静に判断する。
「東京は、まだ江戸だったし」
「ほんなら……?」
「ちょっと待ってね……」
スマホを出してググる頼子さん。
「あ、東京の次はフランスのパリだ!」
「え、次ですか?」
パリなら頷ける。マリーアントワネットのすべてがある街やし、終焉の地でもある。オリンピックに集まった世界各国の人らのエネルギーやら魂やらを吸い取って、薄幸の王妃の蘇り!
ゾンビだらけのパリで、蘇ったマリーアントワネットが高笑いしてる! 妄想のし過ぎや!
そんなあたしを横目に、留美ちゃんまでがググりだした。
「マリーアントワネットには首が無かったんだよね?」
「ううん、夢では、首が飛んでしまうんだけど、ダミアが直してやるのん」
「じつはね……ギロチンで切られた王妃の首は持ち去られたんだって」
えーーーーーー!!?
「グロイ話は……」
頼子さんがたしなめるが、留美ちゃんは停まらへん。
「蝋人形館のマダムタッソーが持ち帰って、蝋人形の複製をいっぱい作って……」
「………………」
「それくらいにしとこ。ほら、ダミアも……」
ペットハウスを見ると、今の話が分かったのか、ダミアがうな垂れて涙を流してた。
「この子、人の言葉が分かるのかなあ……」
「ヤバくないですか、先輩……」
「あ、これは、もうお祓いだ!」
幸い、部室は本堂の後ろ。
あたしらは、ダミアを連れて本堂に移り、阿弥陀さんにひたすら祈るのでありました。