魔法少女マヂカ・118
正直ビビった。
メイド喫茶どころか、めったにアキバに来ることもないわたしには務まらないと思った。
いくらヘッチャラパンツとかスパッツとかかぼちゃパンツとかいう物を穿いていても、パニエでフワフワになっていても、スカートの中が見えるようなメイド服を着るなんて考えられないことだ。
お客さんの視線を感じるだけで裸を見られているような気になって慄いてしまう。お帰りなさいませご主人様なんて、ぜったい言えない。
そんなわたしがサムといっしょに派遣されたのはメイド喫茶ライブラリ。
名前の通り図書館をコンセプトに作られたお店で、ビルの所有者が半ば趣味で、自社ビル一階のフロアー半分をお店にしている。お店はレンガの外装で、アプローチにはイギリスから取り寄せた鉄の門扉が収まっていて、脇に立っているのは本物のガス灯だ。これで、朝もやとか立ちこめたら、このまんまロンドンの街角になりそう。
「これが、本当のメイド衣装なのよ」
ロッテンマイヤーさんみたいなチーフさんが見せてくれたのは、真っ黒で、スカート丈がくるぶしまであるロングワンピ。足さばきに不自由しない程度の脹らみはあるんだけど、パニエは付いていない。
「いちおうドロワーズは穿いてちょうだい」
なんだろうと思ったら、膝まであるフワフワの半ズボンみたいなの。これなら視線を気にすることも無いだろう。
よかった。
エプロンもフリフリのドレスエプロンとかではなくて、ただ胸当てが付いているだけの白いエプロン。頭はドアノブカバーの親分みたいな白いメイドキャップ。
お客さんへの声かけも「お帰りなさいませ」「いってらっしゃいませ」だけで、ご主人様とかお嬢様とかは付けない。これも嬉しい。
お客さんは静かな雰囲気の中で、ゆっくり過ごしたいという人がほとんど。オーダーを取りに行くのも給仕をするのも「失礼します」「どうぞごゆっくりお過ごしくださいませ」という感じ、それも密やかな声で。ほんとにわたし向き。
お店のBGは静かなクラシック。クラシックには疎いけど『威風堂々』や『展覧会の絵』とかは聞き憶えがって落ち着く。
そうなんだ。お店のコンセプトは「ゆっくりと読書でもなさってください」になっていて、年配の方や地味目のオタクさんからの根強い人気があるらしい。
サムは、どうしているかというと。むかし流行った『ローゼンメイデン』みたいな衣装を着て、フロアーセンターのテーブルで本を読んでいる。もともと外人さんの顔つきなので、ほんのりとライトが当たると、とっても雰囲気。サムの姿は外からもうかがえて、彼女の姿がお店の空気を支配するという仕掛けになっている。サムの前任者はロシアの女の子だったんだけど、国に帰ってしまったのでピンチヒッターなんだ。
年末年始の四日間を務めたところで「清美さんもやってみて」とオーナーに言われてコスが変わった。
矢絣の着物に海老茶の袴、頭は、ストレートの髪に茜のリボン。それでもって、サムといっしょのテーブルで本を読む。
でも、やってみて分かった。
何時間も同じ姿勢で本を読んでいるって、結構きつい。
姿勢を崩すわけにもいかなかったんだけど、二日目の今日、とうとう居眠りしてしまった。
「居ねむってる清美って、とてもキュートだったわよ」
『ねこのて』が早くひけたノンコが窓越しに写真を撮ってくれていた。
写真はスマホのマチウケにした。だって、本人が見ても藤本清美には見えなかったから。
自分の写真が素敵だと思えたのは生まれて初めてだったよ。