大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

巷説志忠屋繁盛記・22『ウィルス感染!』

2020-01-31 15:28:07 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・22
『ウィルス感染!』     

 

 

 いるんよねえ、こういう人て!

 

 そう言うと、トコはカウンターに四つ折りのままの新聞を投げ出した。あおりを受けた紙ナプキンの束が翻る。

 トコの視界の外でカウンターの整理をしていたチーフは『ア』と叫んだが、声には出さない。こういう時のトコは無敵だからだ。

「そやけど、検査受けるのは任意やからな」

 チーフの災難に気づいていながら滝さんが返す。

「そやかて、武漢肺炎ですよ、うつるんですよ! 国のチャーター機で戻って来たんやから検査受けるのは義務でしょ!?」

 トコは、新聞で中国のコロナウイルスの記事を読んで憤慨しているのだ。自身が理学療法やら老人介護のエキスパートなので、こういう医療関係者の指示に従わない人間には憤りを感じるのだ。

「ほら、指定感染症にもなってるやないですかあヽ(`Д´)ノ! 強制隔離かてできるんですよ!」

 また新聞を取り上げる。チーフは畳んだ紙ナプキンを手で押さえた。

「閣議決定はしたけど、施行されるのは二月七日からや」

「えーー、なんで、そんなトロクサイことを! どんどん罹患者は増えてるんですよ! もう、これやから安倍政治はあかんねん!」

「そら、安倍さん可哀そうやで、法律でそないなっとる。日本は法治国家やからな」

「そのホウチて、こっちの放置とちゃいます!」

 チーフのナプキンをふんだくって、乱暴に書きなぐった。

「ほな、なんで中国人の入国とめへんねん。フィリピンなんか送り返しとるで」

「それは……」

「それにな、新聞は情報が古い。半日も前の事はニュースの価値ない……」

 滝さんは器用にタブレットを操作して最新情報を探った。

「おう、指定感染症の施行は二月一日に前倒しになったなあ……特例措置やなあ……検査拒否してた人も検査に同意したらしいぞ」

「ほんまあ?」

「ああ、ほんまや。何を隠そう、さっき安倍君に言うたったとこからなあ」

「あ、安倍君!?」

「せや、安倍は学年は一個下やからなあ、ガハハハハ( ̄∇ ̄)」

 

 その時、自動ドアが開いてトモちゃんが帰ってきた。

 

「いやあ、走り回ったわあ(^_^;)、はい、やっとマスク手に入った」

「おう、ご苦労さん」

「はい、滝さんもチーフも、外出る時はマスクしてくださいね」

「いや、こんなんせんでも、オレは不死身やねんぞ」

「不死身なんは重々知ってます」

「ほな、なんで?」

「世間の人にバカをうつさないためです!」

 

 滝さんは二の句が無かった。

 トコは手遅れだと思った。だって、志忠屋に出入りする者は何年も前から滝さん菌に感染してるから。

 

 チャンチャン(⌒▽⌒)アハハ!

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

魔法少女マヂカ・126『琵琶湖上空の決心』

2020-01-31 12:55:49 | 小説

魔法少女マヂカ・126  

『琵琶湖上空の決心』語り手:安倍晴美 

 

 

 黄泉の国の入り口である黄泉比良坂(よもつひらさか)は島根県の東にあって、東京から出発すると、ちょうど半分の所に琵琶湖が横たわっている。

 琵琶湖の上空に差しかかって来ると体が軽くなってきて、聖メイド服の締め付けるようなきつさが緩んできた。

「あ、隊長がスマートになった!?」

 ノンコが最初に気づいた。

「ほんとだ!」

「というか、若くなってるし!」

 友里と清美も持ち場のシートから感嘆の声をあげる。

「フフフ、これが十四年前のあるべき聖メイド、バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世のお姿なのニャ!」

「普段の安倍先生とは思えないなあ……」

「おう、アメリカ一の魔法少女であるオレが太鼓判を押してやってもいいくらいの魔法少女ぶりだぞ」

「あ、その自分の方が上だって優越感を籠めた賛辞は止してほしいなあ」

「でも、隊長、それでスパッツ破れる心配ないじゃん」

「ああ、でも、なんで琵琶湖の上空で? 黄泉比良坂は、まだまだ先だぞ」

「琵琶湖は日本一の湖なのニャ、つまり、日本一のお清めの水ニャ。その効果ニャン(^ー^* )」

 しかし、鏡を見ると記憶にある十四年前の自分の姿よりも五割り増しくらいの美しさだ……だ、だけど、それは言わない。きっと無慈悲なツッコミされるからな。

「あ、速度が落ちていく! ノンコ、投炭!」

「合点だ!」

 機関助手のノンコがワンスコでバーチャル炭水車から仮想炭を投げ入れる。北斗は九州や北海道の深層炭のバーチャルエッセンスを燃料にしているのだ。

「だめだ、速度が上がらない……」

「ノンコ、投炭三十!」

「合点!」

「四十!……五十!」

「これは……黄泉の力……ニャのかも」

「隊長がスリムになったのは琵琶湖の力だけじゃない、ダークメイドの力が伸びてきているんだ。オレが先に偵察に行こうか?」

「待てブリンダ、ユリ、このまま速度低下して速度がゼロになるのは、どのあたりだ?」

「そうね……綾部か福知山の上空」

「北斗を下りて、全員パーソナルフライトで侵入するのはどう?」

 清美の提案はもっともだが、パーソナルフライトとなれば個人差が大きい。かえって到着が遅れる恐れがある。ダークメイドの予期せぬ伏兵もあるだろうし……なによりも北斗の車載武器が使えなくなる。

「そうニャ、黄泉比良坂には千曳の岩があるニャ。天岩戸と並ぶ岩ニャ、北斗の主砲・量子パルス砲でなきゃ抜けないかもニャ!」

「生身で当たったら、各個撃破かもね……あなたたち、生身での連携戦闘なんてしたことないんでしょ」

 それまで沈黙していたサムが冷静に痛いところを突いてくる。さすがカオスのスパイ、我々の弱点は心得ている。

「心得ているのはいいんだけど、その、試すような目つきは止めてくれる」

「あ、ごめん。でも、ここは隊長が判断するしかないと思う」

 

 サムの冷静な言葉に、クルー全員の視線が集まる。

 

「北斗は元々は蒸気機関車だ……ここから降下して、山陰線をすすんで行こう」

 十四年前の美しい姿に戻りながら、ダサくて辛気臭い方法しか思いつかなかったが、笑ったり突っ込んだりする者は一人も居なかった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ライトノベルセレクト・196『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・5』

2020-01-31 06:12:20 | ライトノベルセレクト
ライトノベルセレクト・196
『俺の従妹がこんなに可愛いわけがない・5』


 
 翔太とは、それで縁を切ったつもりでいたけど、放課後とんでもない巻き添えをくってしまった。

 昇降口で前の日に買ったばかりのローファーに履きかえていると、外で争う気配がした。誰かがケンカしているようだ。
 こういうのは音で分かる。どちらかが一方的に負けていて、勝っている方が執拗に襲いかかっている。
「ちょ、ごめん……」
 人混みかき分けて前に出ると、分かった。翔太がMを一方的にノシている。

「やめろよ翔太。もう勝負ついてんじゃんよ」
「薫か。元はと言えば、おめえなんだぞ。こいつが薫のこと好きだなんてほざきやがるから」
「!……いいじゃんか、誰が誰を好きになろうと、翔太には関係ねーだろ」
「よかねえ。薫は俺の女だ! 薫も覚えとけ、近頃冷たいけどよ、おめえは俺のカノジョなんだ! そいつをMの野郎は……」

「冗談は顔だけにしとけ!」

 渾身の回し蹴りが、翔太の顔にもろに命中。翔太はもんどり打って気絶してしまった。新品のローファーの蹴りが、まともに翔太の首筋に入ったのだ。
 生指の先生が飛んできたが、状況と、みんなの証言で、半分伸びたままの翔太だけを連れて行った。
「あ、ありがと」蚊の泣くような声でMは去っていった。

 昇降口の鏡に写った俺は、やっぱり俺だった。朝キチンと着た制服は、いつものように着崩れていた。だいいち丈を改造した制服はキチンと着ても気合いの入ったスケバンにしか見えない。新品のローファーだけが浮いたように清楚だったけど、こいつが翔太にとどめを刺したのが、とても皮肉だった。

「お母さん、三万円貸して!」

 家に帰るなり、お母さんに頼んだ。
 
「なにするの、そんなに?」
「ちゃんとした薫に戻るの!」

 自分の小遣い一万円を足して、俺は、チョー本気で「あたし」に戻ろうとした。
 学校指定の洋品屋で制服を買い、その場で着替えた。そして美容院に直行した。
「どうしたの薫、首から下は普通の女の子じゃない!?」
 美容院のママが目を剥いた。
「首から上も、普通にして」
「……本気なのね」
「本気」
「分かった。ほのか、悪いけど毛染めはよそでやってもらって、薫の気が変わらないうちにやっつけるから」
「変わんねえよ!」
「どうだか、その言葉遣いじゃね」
「薫さん、本気っすか。進路対策には、ちょっと早いような……」
「本気!……本気よ」
 妹分のほのかは、信じられない目つきで店を出て行った。
 髪を一度ブリーチしてから黒染めにしてもらい、やや短めではあるけど、普通のセミロングにしてもらった。
「オバチャン、あたし、普通に戻れっだろうか?」
 不覚にも声が震えていた。
「薫のことは子どもの頃から知ってる。あたしの好きな薫が可愛くないわけないじゃない!」
 オバチャンも本気モードになった。
「眉剃ってるから変な顔……」
「時間がたてば、元の眉に戻るけど、あたしが描いてあげよう」
 オバチャンは、左の眉を描いてくれた。
「右は自分でやってごらん、左の真似して。しばらくは描き眉でいかなきゃならないんだから」
 真剣に眉を描いた。左を見るまでもなく、手が元の眉を覚えていて、左とピッタリの眉が描けた。体の奥から嬉しさがこみ上げてきた。
「そうよ、それが薫本来の笑顔よ。小学校の二年で九九を覚えて、あたしにご披露しにきたじゃない。あの時の笑顔よ!」

 鏡の中には、どこか由香里に似た女子高生が映っていた……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・26「GAME OVER!」

2020-01-31 05:53:57 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)26
「GAME OVER!」                     


 
「ご、ごめん。イヤホン抜いたら、こうなっちゃって……」

 部室にもどると、空気がおかしかった。
 吸血鬼であることがバレた男って、こんな感じじゃなかったかと思う啓介であった。
 千歳も須磨も、できたら同じ空気を吸いたくない。そんな感じで距離を取っている。

 すぐに分かった。

 ノーパソが点きっぱなしで、画面の中では3か月かけて軌道に乗せたグローバルクラブがクローズドになっている。5人のメイドさんたちは、3か月前、クラブに来たときの私服に着替え、ボストンバッグやキャリーバッグを手にして背を向けている。
「だ、大丈夫。セーブさえしていなかったら、やり直せますから……」
 啓介は、エスケープキーを押して強制終了させてから再起動させた。

 GAME OVER!  時間がたちすぎてしまいました 最初からお始めください

 画面には無情の一行が点滅していた。
「あ、あああああああああああ」
 啓介は、くずおれてしまい、年代物の椅子が断末魔のような悲鳴を上げた。
「で……でもね先輩ぃ……部室でアダルトゲームやってるのも、その……どーかと……」
 千歳は、車いすを軋ませて、やさしく言った。
「この部室では、何をやっても自由やねん。カルチェラタンやねん、そやさかいに……」
「そうなんだろうけど……あたしも、須磨先輩も、こういうのには慣れてないから……ってか、それと、もっと三次元に係わったほうがいいと思うんですけど」
 やさしい物言いではあるが、けっこう厳しいことを言う千歳ではある。
「千歳ちゃん、ちょっと言い過ぎじゃないかな。啓介君はイヤホンでやってるし、席を立つときも画面は見えないようにしていたよ。今回は、部長さんたちが押しかけてきてオフにする暇もなかったんだし」
「いや、オーラルモードをロックしてなかったのが悪いんです。もっかい最初からやり直します」

 啓介は、カーソルをニューゲームに持って行ってクリックした。

 千歳と須磨は、申しわけない気持ち半分、好奇心半分で画面を覗き込んだ。
「あーー、掃除からせなあかんねんなあ……」
 グローバルクラブというゲームは、自分でメイドクラブを経営するゲームで、最初に、手に入れたクラブの建物の掃除からやらなければならない。
「ほー、ひたすら画面をクリック、あるいはタッチするのね」
 啓介は、三月の終わりにグローバルクラブを始めた時に腱鞘炎になりかけたことを思い出した。
「あ、先輩。あたしも手伝います」
 千歳が、しおらしく申し出る。
「じゃ、ボールペンの尻でタッチしてもらえるかなあ」
「よし、あたしも」
 須磨も加わって、三人で画面をタッチし始めた。

 <<<ドバッ!!>>>

 いきなり画面が震え、次の瞬間、爆発のようなエフェクトがあって、画面は無数の、そしてありとあらゆる害虫に覆いつくされた。

 高温多湿の6月なので害虫が大量発生しました!

「すごい、このゲーム、カレンダーに連動してるのね!」
「ハハ、リアル~!」
 やり始めると、面白がる二人だが、啓介は思い出した。

「そうや! えらいことになってるんやった!!」
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

不思議の国のアリス・18『世界の中心で I を叫ぶ!』

2020-01-31 05:45:51 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・18
『世界の中心で I を叫ぶ!』
    


 
 ☆日本で奇妙なこと

 世界地図で、日本が中心になっていること。でも、日本人の頭の中では世界の端っこ。

 ☆アメリカで奇妙なこと

 世界地図で、アメリカが中心になっていること。現実的にも、アメリカ人は、そう思っている。

 
 千代子の家に帰ると、ちょうど隣りのオバチャンが回覧板を持ってくるところだった。

――24日、不発弾処理のため、緊急避難予告――

 びっくりするような文字が飛び込んできた……。
 
 アリスは、一瞬心臓が潰れそうになった。爆弾の写真が載っており、千代子に説明されるまでもなく、それがアメリカの1トン爆弾であることが分かった。伯父さんのカーネル・サンダースが軍人なので、アリスは、並のアメリカ人の高校生よりは、こういうことに詳しいのだ。
 二百メートルほど離れた工事現場で発見され、24日、自衛隊が来て処理をするため、近くの小学校に避難しなければならないのだ。近くの幹線道路も封鎖され、半径三百メートルの地域が避難地区に指定されている。
 
「いやあ、ウチも避難せなあかんねんやろか……?」
「ええやんか、ほんの三時間ほど、小学校で遊んでたらええねん……なんか気になる、アリス?」
「せやかて、これアメリカの1トン爆弾やで……」
「それが、どないかした?」
「ウチ、アメリカ人やで……」
「ハハハ、そんなこと気にしてたん。だーれもそんなこと思てへんわ」
「そやけど、アメリカのオッチャンらは、いまだにリメンバーパールハーバーやで」
「日本人は、戦争は嫌いやけど、どこそこの国が嫌いとは言えへんで」
「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思う……」
 千代子のオバアチャンが割り込んできて、呟いた。
「オバアチャン、なに、それ?」
 難しい標準語は、アリスには分からない。
「憲法の前文やなあ」
 千代子にも、その程度には分かる。
「せやから、アリスも安心して避難したらええねん」

 アリスは、あとで、英訳の日本国憲法をかいつまんで検索した。そして、こう思った。
 
――憲法で戦争が回避できるんやったら、台風も地震も放棄したらええのに……。

 明くる日は、登校日だった。26日の卒業式を前にしての最後の登校日。
――この制服着るのんも、あと二日やねんなあ……。
 その思いのせいか、学校に行くと、やたらと友だちからシャメを撮ってくれとせがまれ、アリスは機嫌よくそれに応えた。合計で40回も撮ったころ、AETのジミーが、やってきた。
「やあ、アリス。もうお別れだね」
「そうね、先生」
「先生なんてよしてくれよ。君とは五つしか違わないんだぜ。ジミー、アリスでいこうぜ」
 アリスは、ジミーが三つは歳をごまかしていると思っている。で、名前のように地味ーではないのもよく分かっている。
「そうね、ジミーって素敵な名前だわ。名前に恥じない地味ー……であることを願ってる」
 どうも、この洒落のめした警告は通じなかったようである。シャメをとるとき、ジミーは派手に体をすり寄せてきた。アリスはシャッターを切るとき、思い切り叫んでやった。
「コノ、ド、スケベー!!」
「今の、なんて日本語?」
「ノンノン、フランス語で、素敵な紳士って意味」
「オー、レッツゴー、ワンスモア!」
 今度はジミーも声を揃えてシャメった。
「コノ、ド、スケベー!!」
 校庭中に響き渡る声だったので、あちこちで笑い声が起こった。
 ジミーは、何を勘違いしたのか、それにガッツポーズで応えていた。シカゴのアドレスを、しつこく知りたがったので、虫除けのアドレスを教えておいた。カーネル・サンダースの伯父さんのアドレスを……。

 卒業式のリハのあと、ロッカールームの整理にかかった。

 アリスは驚いた。
 
 先生達が、大きな段ボール箱をいくつも用意してくれていて、いらないものはその中に入れるように声をからしていた。みんな、ジャージや教科書などを惜しげもなく捨てていく。
 アリスは、みんな持って帰るつもりで、大きなバックパックを持ってきていた。
「やあ、先生。これ、ウチがもろてもよろしい?」
「ああ、どうせゴミや。好きなん持っていき」
 アリスの地図帳や、国語便覧は書き込みでいっぱい。地図帳はちょっとしたアトラスで、市販の同様なものは十倍近い値段がする。国語便覧は、日本文学や風俗がよく分かって貴重な日本の資料である。驚いたことに、半分以上が新品同然だった。名前が書かれていないものを五冊ずつ選び、自分の教科書などといっしょにバックパックに詰めた。モノを大事にしない日本人……TANAKAさんのオバアチャンが知ったら嘆くだろうなあ……と、思った。

 最後にアリスは思いついた。棒きれを持ってきて、グラウンドになにやら描き始めた。
 
「なに描いてんのん?」
 千代子が不思議そうに聞く。
「へへ、ちょっとしたナスカの地上絵や」
 そのうち、四階の社会科準備室の窓が開き、先生たちが顔を出した。
「アリス、えらいうまいこと世界地図描くやんけ!」
「そやろおおおおおお!」
 アリスはとびきりの笑顔でピースサインをした。
「千代子、世界の真ん中で叫ぼ!」
「何を!?」
「I will be なんとか! で、ええねん。または I whish i were なんとか!」
「なんで英語?」
「日本語やと照れくさいやろ」
「そやなあ……」
 千代子が悩んでいるうちに、ギャラリーが賑やかになってきた。
 発作的にアリスは世界地図の真ん中に立った。
「この洒落、分かる人おったら偉い!」
 アリスは、大きく息を吸い込むと、思い切り叫んだ。

「I will be the I……!!」

 一瞬、ギャラリーがシ-ンとした。
 
「I mean japanese 愛や!」
 なんと三階の窓から、東クンが叫んだ。
「Oh yes, its mean LOVE!!」
 アリスが応えると、気を利かした放送部が『L-O-V-E』をかけ始めた。
「L is for the way you look at me……♪」
 さらに練習中の軽音楽部が、ピロティーから出てきて、即興で『L-O-V-E』を演奏し合唱になってきた。
 そして、次々に生徒が集まり、いろんな歌を唄い、期せずしてアリス待望のプロムになった!

※プロム――アメリカの高校などの卒業式のあとに行われるパーティー。ここで正式なカップルができることも多い。
  
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする