大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ジジ・ラモローゾ:003『お祖母ちゃんとアニメ』

2020-01-11 14:56:40 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:003

『お祖母ちゃんとアニメ』   

 

 

 ジージは早期退職というのをやった。

 

 それまでは二十五年くらい高校の先生をやってた。

 二十五年て、あたしが、もう十年歳とって「ああ、もう若くねえなあ」なんて言い始めるくらいの年月。

 想像つかないけどね、その二十五年の教師生活に打たれたピリオドが『願により本職を免ず』なんだ。

 

 なんか風が吹いてきた、エアコン君のじゃなくてね、心の中にさ。

 心の中に吹く風って、萎えちゃうんだよね……ひとまず止めてココアを飲みに行く。

「お手上げかい?」

「ううん、ココア気分」

 お祖母ちゃんに気取られるのやだから「さてと!」と掛け声かけて再挑戦。

 

 がんばったけど、やっぱエアコン君は世間の風しか吐き出さない。

 それも、夜になったので、より冷たい世間の風だ。

 キッチンに戻って、お祖母ちゃんと晩ご飯作った。

 炊き込みご飯 かす汁(豚肉が入ってるので豚汁と言えなくもない) 出汁巻き卵 温野菜

 お祖母ちゃんは、もう一品作りたそうだったけど、あたしはそんなに食べないからと断る。

 遠慮してるわけじゃない。お祖母ちゃんが変なのだ。

 年寄りのくせにアニメが好きで、アニメの中で女の子がいっぱい食べてるところとかが嬉しいらしい。

 京アニの名作『けいおん!』なんか観てて、放課後のティータイムが大好き。『けいおん!』のメンバーが楽しそうにティータイムしていると幸せな気分になって自分でもお茶を淹れるそうだ。キャラ的には『ガルパン』の五十鈴華がイチオシなんだって。華道家元の娘で、立ち居振る舞い言葉遣いなど完璧なお嬢様で、あんこうチームは四号戦車の砲手で無類の射撃名人なんだけど、食べる量がハンパじゃない。まあ、ギャップ萌えっちゅうやつなんだろうね。

 離れて住んでるのに、なんで知ってるかと言うと、よくお父さんに電話してくるから。

「五十鈴華って大飯食いなのよ!」

 なんて一々ゆってたからね。

 

 夜は、お風呂に入った後、お祖母ちゃんといっしょに寝る。エアコン君が働かないジージの部屋の寒さはハンパじゃないからね。

 

 ためらう気持ちが無いわけじゃないけど、これからいっしょに暮らすんだ、乗り越えるものは早く乗り越えておいた方がいいってこともあるしね。

 ちょっぴり心配した加〇臭なんかしなかったしね。

 ジージの退職辞令の話、聞きそびれる。

 エアコン君をどうしようかとかも思ったけど、布団に入ったら五分もたたずに爆睡してしまった。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

せやさかい・113『堺幕府⇒ヘンリー王子⇒焼き芋』

2020-01-11 11:24:17 | ノベル

せやさかい・113

『堺幕府⇒ヘンリー王子⇒焼き芋』 

 

 

 堺に幕府があったらしい!

 

 中一の知識でも、幕府というものは鎌倉と室町と江戸の三つやいうことぐらいは知ってる。

 鎌倉は湘南の観光地、大仏さんがあるとこ。オバマ前大統領が子どものころ大仏見ながら抹茶アイスを食べたなんちゅうことも知ってる。

 江戸は、今の東京。

 ひょっとして室町は堺やった?

 堺には一条通とか三乗通りとか五条通とか京都みたいな地名がある。せやさかい、室町は堺やったのかも?

「あはは、室町は京都にあったんだよ」

 詩(ことは)ちゃんに笑われる。

 笑いながらも、詩ちゃんはお祖父ちゃんが広げてる新聞を覗き込んでる。

「足利義維(あしかがよしつな)いう将軍の息子が堺で力持ってたらしいな……」

 お祖父ちゃんが二人の孫にも分かるように話してくれる。

 足利義維さんは、十二代将軍の息子で十四代将軍の父親やったらしい。本人は将軍になったことはないけど、一時期将軍と同じくらいの力持って、堺で政治をしていたらしい。

 で、その堺幕府の跡がJR堺と南海の堺東の間で見つかったということらしい。

 

 へ~そうなんだ!

 

 文芸部の部活で言うと、頼子さんも留美ちゃんも感心してくれた。

 ちょっと堺を見直すようなトピックスやったんやけど、仁徳天皇陵が世界遺産になったほどのインパクトはない。仁徳天皇陵の時は三人で自転車で見に行った。

「あれは、中央図書館に本を借りに行ったんだよ」

 留美ちゃんが訂正。

「あ、そうやった。でも、仁徳天皇陵のインパクトはおっきいさかいに、そない思たんやねえへへ(〃´∪`〃)」

 図書館はあのとき行っただけ。仁徳天皇陵にかこつけて、記憶の曖昧さを誤魔化す。

「ヘンリー王子は辞めちゃうんですかねえ」

 留美ちゃんが話題を変える。

「かもね、お母さんのダイアナ妃が、あんな亡くなり方してるから……奥さんとか家族を守りたいんでしょうね」

 ちょっと頼子さんがしみじみ。

 頼子さん自身ヤマセンブルグ公国の王位継承者でもあるので、あたしらとは違う思いがあるんやろねえ。

「女王陛下も悩みの種がつきないわよね……」

 エリザベス女王のことか自分のお婆さまのことか分からん呟きをもらした。

「ブレグジットといい今度のことと言い、ひょっとしたらイギリスは分裂しちゃうかもっていう時事問題ですね」

 留美ちゃんはイギリスの事に限定して話を締めくくった。

 進路を控えて気苦労の多い頼子さんを労わる気持ちが、よう分かる。

 フニャーー

「ねえ、ちょっとダミア太ったんじゃない?」

 モフモフしようとダミアを抱き上げて指導的感想を述べる頼子さん。

「お正月は、ダミアも寝ちゃ喰いでしたからね」

「よし、運動させよう!」

 フニャ?

 

 ダミアの首に犬みたいにリードを付けて散歩に行く。

 

 三人替わりばんこに前に出てダミアの気をひきながら町内を散歩。

 で、米田のお婆ちゃんとこで焼き芋を買ってしまう。

「あんたらの年頃はモリモリ食べなら、はい、オマケ!」

「「「オーー!」」」

 お婆ちゃんがサービスしてくれるもんで、今度はうちらがダイエットかもね……。

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

巷説志忠屋繁盛記・3『志忠屋亭主驚く!』

2020-01-11 06:24:23 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・3
『志忠屋亭主驚く!』  


「え、うそ……!?」

 そう言ったなり、志忠屋亭主・滝川浩一は沈黙してしまった。

「マスター、鍋ふいてまっせ」

 Kチーフの声で、やっとタキさんは正気にもどった。
 午後三時、志忠屋のアイドルタイム(休憩と、ディナーの準備の時間)で、まかないの正体不明のパスタを食べたあと、タキさんは、FM放送から流れてくるお気に入りの曲とデュオしながらソースを煮込んでいた。
 そこで、バイトのSちゃんが、油断しきった背中に切り込んできたのである。
 と言って、Sちゃんが厨房の包丁を振りかざし、タキさんに斬りつけたわけではない。

 しかし、タキさんにしてみれば、まさに背中を切られたようなショックであった。

 Kチーフは、何事にも動じない料理人であるが、タキさんは違う。
 喜怒哀楽が、人の十倍ぐらい早く、ハッキリと出てしまう。特に驚いた時は、赤ん坊のように、行動や思考が停止してしまう。
 心理学用語ではゲシュタルト崩壊という。最前線にいる兵士が、水平線の彼方から無数の敵艦隊が現れて呆然とするようなものである。
 映画評論家でもあるタキさんの頭には『THE LONGESTDAY』の映画でノルマンディー要塞を護っていたドイツ軍兵士が、同じような状況で、連合軍の艦隊を発見したシーンが、浮かびっぱなしになった。

「……で、いつ辞めるんのん?」

 やっとタキさんが言葉を発したときには、吹きこぼれていたソースはKチーフの手によって弱火にされ、危うくおシャカになることをまぬがれた。
「……今月いっぱいで」
 Sちゃんの言葉に、タキさんは少し安心した。
 今月いっぱいなら、まだSちゃんを説得し翻意させられるかもしれない。タキさんはマッチョなわりには口が立つ。若い頃から、高校生集会や、所属していた演劇部の関係で、大阪の高校演劇連盟のコンクールなどで、言葉巧みに論じて、ある年など、審査員に審査のやり直しをさせたぐらいのオトコである。
「あの、マスター……今月いっぱいいうことは、今日でおしまいいうことでっせ」
 ソースの鍋をかき混ぜながら、Kシェフが呟いた。
「え……?」
「そやかて、今日は11月の26日。で、金曜日。Sちゃんのシフトは木金土。明日の土曜は電気工事で臨時休業……」
「……そ、そんな、ま、Sチャン座って、話しよ」
 タキさんは、厨房からカウンターに回り、Sちゃんと並んで座った。

 志忠屋のメニューは旨いものばかりである。値段も、この南森町界隈ではお値頃である。

 しかし、客というのは、必ずしも、旨さと値段だけで来るものではない。バイトのSちゃんMちゃんの魅力でもっている部分がかなりある。だから昼のランチタイムこそ、店の前に十人ぐらいの列が出ることがあるが、ディナータイムは今イチである。あきらかにSちゃん、Mちゃんの力が大きい。

 静かでおっとりしたSちゃんは、男性女性の両方から人気があった。

 彼女がオーダーを取って厨房に声をかけるときに、半身に体をひねったときに、エモ言えぬ可憐さがあった。また、彼女の「いらっしゃいませー」「ありがとうございましたー」は、語尾をのばしたところに長閑さがあり。この声だけで癒されるという客がいるほどであった。花に例えれば、コスモスの花束のような子である。

 Mちゃんは、逆に向日葵のように明るく、その明るさも店の規模に合ったもので、例えれば、ちょうど程よい花瓶に、小ぶりの向日葵が生けてあるようであった。花あってこその花瓶。SちゃんMちゃんのいない志忠屋は、いわば、花が生けられていない花瓶のようなものである。
 それにタキさんは、Sちゃんに初恋の女性の面影を重ねている。それはKシェフでさえ気づかないことであるが、四十年近い付き合いのわたしにはよく分かった。
 初めてSちゃんを店で見かけたとき、「あ、〇子によく似てる」と、わたしは思った。その気配を敏感に感じたタキさんは――黙ってーっ!――という顔をした。

「サオリさんが、いい先生を紹介してくださったんです……」

「ほんなら、フランス行くんか……」
 タキさんは、絶望の声を絞り出した。
 サオリさんとは、本名サオリ・ミナミ。けして南沙織のデングリガエシではない。
 日系フランス人と結婚したキャリアのオネーサンで、夫の任地が長らく日本の神戸であったこともあり、この店の古くからの常連であった。外向的で好奇心の強いサオリさんは、国籍を問わず友人知人が多い。
 そのため、東日本大震災のとき関西に避難してきた関東の友人の面倒をよくみて、震災直後は、店がフランス人を中心とした外国人の情報センターのようになった。
 その中に、たまたま絵の先生がいた。
「え、フランスで絵の勉強ができるんですか!?」
 Sちゃんは、そのフランス人の絵の先生の言葉で、飛躍してしまった。

 Sちゃんは、画家志望で、夜は絵の個人レッスンを受けている。

 そのためアルバイトを水木金に集中させ、他の日は、イラストの仕事のかたわら、自分の作品制作に当てている。
 以前から、絵の先生から「フランスで勉強できたらね」と、半分夢のように言われていた。自分でも夢だと思っていた。ところが、そのフランス人の絵の先生の話で俄然現実味をおびてきた。

 問題は、フランスでの身元引受人であった。それが今回、解決したのである。

 サオリさんの夫が本国勤務になり、フランスに戻ったので、サオリさんが身元引受人になってくれることになったのである。
「そやかて、Sちゃん、フランスで暮らすいうたら大変やで、だいいち言葉が……」
 無駄とは思ったが、タキさんは最後の引き留めをした。
「あ、それなら、去年からやってますから、日常会話的には問題なしです」
 これで、たきさんは、白旗を揚げた、そして白壁を示した。
「え……ここに描いていいんですか!?」

 志忠屋の壁は名物であった。      
 
 もともと駐車場スペースに作った店舗なので、壁は、ただのブロック壁である。外側は丹念に塗装されていてブロックには見えないが、内側はブロックの壁そのままに、白い塗料を塗っただけで、ブロックの境目がよく分かり、近くのラジオ局のゲストたちなどがやってきては、ブロックごとにサインやメッセージを残していく。いつの間にか大阪の通の人間の評判になり、テレビの取材を受けたり、雑誌に取り上げられたりして、中には、この壁の写メを撮ることを目的にやってくる客がいるくらいである。
 つまり、この壁に描けるのは有名な人間だけで、一番新しいのはNOZOMIプロのチーフプロディユーサーの白羽であった。

 Sちゃんは、その白羽の横ワンブロック置いた壁面に、コスモスの花束の絵と、自分のサイン、日付を書いた。
「……お世話になりましたー」
 長閑に伸ばした語尾と、たたんだエプロンを置いてSちゃんは、店をあとにした。
「若いて、ええのう……」
 見送りがてらに店の前に出てきたたきさんは、Kチーフの肩を叩いて、ため息をついた。
 Sちゃんは、交番の角を曲がるとき、一度振り返り、もう一度ペコンとお辞儀をした。交番の角は、すぐそこなで、Sちゃんの表情が良く分かった。その目は、希望と一抹の寂しさが入り交じって潤んでいた。

「次の、アルバイト探さならあきませんなあ……」
 店に戻りながら、Kチーフが力無く言った。
「急場に間に合う言うたら、あいつしかおらへんやろ……」

 タキさんは、白羽とSちゃんの間に挟まれた空白をアゴでしゃくった。

「え……まさか、あの子が!?」
「ちゃう、あの子のオカンや」
「あ、ああ……」
 
 Kチーフは複雑な笑顔になった……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・6・ああ演劇部!!・1

2020-01-11 06:09:10 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)6
ああ演劇部!!・1                     


 
 なんと掲示板に貼り出されていた。

 以下のクラブは部員数を5月12日までに規定の5人以上にならない場合同好会に編入する。

 演劇部 新聞部 社会問題研究部 上方文化研究部 園芸部 薙刀部 ワンダーフォーゲル部

 生徒会規約により、同好会に編入された場合、予算の執行を停止し部室を明け渡すものとする。

                       空堀高校生徒会会長 瀬戸内美晴

「うわ~~~~~~~~~~~」

 演劇部部長の小山内啓介は、盛大なため息をついた。
 このため息が図書室にいた沢村千歳とシンクロしたのだが、この物語における自分の役割を認識していない二人に自覚は無い。

「そら大変やなあ……」

 セーやんは後頭部で後ろ手組み、脚を突っ張って椅子をギシギシ言わせながらのけ反った。セーやんが気乗りしない時の癖である。
「名前貸してくれるだけでええねん、頼むわ」
 啓介は、のけ反ったセーやんの顔を覗き込むようにして食い下がった。
「ちょっと、ツバかかるやんけ」
「ああ、すまんすまん」
 啓介はハンカチを出してセーやんの顔を拭いた。
「ちょっと、止めてくれ。男のハンカチで顔拭かれたない!」
「すまん、そやからさあ……」

「ケースケ、ちょっとミットモナイわよ」

 訛のある標準語が降ってきた。振り向くとミリーが腕組みして立っている。
「え……」
「ケースケの演劇部って部室が欲しいだけでしょ。たった一人で広い部屋独占して、演劇なんてちっともしてないじゃん。生徒会が言うことのほうが正しいよ。みんな知ってるから、誘いにのらないんだよ。ケースケ見ていると日本男子の値打ちが下がるよ」
 ブロンドの留学生は手厳しい。
「いや、俺は目覚めたんや! これからは伝統ある空堀演劇部の灯を守るために精進するんや!」
「ショージン?」
 むつかしい日本語は分からないミリー。
「えと、Do my best!や!」
「ケースケ、窓から飛んでみるといいよ」
 ミリーは傍の窓を目いっぱいに開いた。
「飛べるわけないやろ」
「ケースケ軽いから飛んでいくと思うよ」
「ウヌヌヌ……」
 休み時間の教室に堪えきれない失笑が起こった。
「ミリーも辛らつやなあ……啓介も突然部室の明け渡し言われてトチ狂うとんねんで。まあ、これが刺激になって部活に励みよるかもしれへん」
「トラやん、おまえこそ心の友や! やっぱり演劇部入るべきや!」
「それとこれは違う。お手軽な身内から声かけるんと違て、せめて中庭とかで基礎練習してアピールしてみろよ」
「え、あの意味不明な『あめんぼ赤いなアイウエオ』とかお腹ペコペコの腹式呼吸とかか?」
「そや、そういう地道な努力こそ大事やと思うで」
「そうだね『隗より始めよ』だね」
「なにそれ、ミリー?」
「ことを始めるには、つべこべ言わないで自分からやってみろって、中国の格言だよ」
「……ミリーの日本語の知識は偏りがあるなあ」
「なに言ってんの、去年の古文で習ったでしょ?」
「え、習た?」

 墓穴を掘りっぱなしの啓介であった。

 いいかもしれないなあ――千歳は思った。

 学校を辞めるにしろ、なにか口実が欲しかった。
 入学して一カ月余りで辞めるには、致し方なかったという理由が欲しかった。それはもう仕方がない、千歳はよくやったという状況で辞めるのがいい。

 演劇部が、それにうってつけだと千歳は思い始めた……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乃木坂学院高校演劇部物語・93『解隊式』

2020-01-11 05:57:32 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・93   


『解隊式』    

 
 
 
 乃木坂さんの「手助け」もあって、わたしたちの班は二等賞!

 企業グル-プのみなさんは、お気の毒に又も腕立て伏せ。
 教官の皆さんは拍手してくださったけど、例の教官ドノはいささか首をひねっておられました。どう見てもか弱い女子高生四人(「マリちゃん」はにせ者だけど)が、現役の自衛隊員並の時間で、教則通り……ってか、昔の日本陸軍式の壕を掘ったんだから。
 得意技の女子高生歓喜(とにかく、「ウソー」「マジ」「ヤダー」「キャハハ」の連発)でゴマカシて昼食。
 昼食は、なんと炊事車がやってきた。二トンぐらいのトラックなんだけど、荷台のところに、二百人分一度に作れるというキッチンセットが入ってんの。荷台の壁をはね上げると、そのまま庇になって、荷台の下からは二十人分の食卓と椅子が出てくるという優れもの。
 メニューは、焼きそばの上に焼き肉がドーンと載っかってんの。それに豚汁のセット。昨日のカツ丼といい、うな重定食といい、自衛隊はド-ンと載っけるのが好きなよう。むろんわたし達もね♪
 わたし達は、炊事車の椅子に予備の折りたたみの椅子を出してもらって、全員いっしょに昼食。これが体験入隊最後の食事……たった二日間だったけど、なんだか、とっても仲間って感じがした。教官の人たちも企業グル-プさんたちも。
 いっしょに走ったり行進したり作業をしたり。西田さんにはずいぶん助けてもらったけど、基本は自分たちでやった。わたしは部活の基本と同じだと思った。乃木坂さんは、そんなわたし達を、ちょっと羨ましげに見ていた。
 
 見ていたというと、やはり教官ドノの視線を感じる。これはおっかなかった。
 
 忠クンのことは気になったけど、アカラサマに見たり話しかけるのははばかられた……って、そんな浮ついたことじゃなくって、昨日からの忠クンの心の揺れに対してはハンパな言葉はかけられなかったんだ。
 食事が終わりかけたころ、演習場の林の中から戦車が二台現れた!
「ワー、戦車だ!」「カッコイイ!」「一台でもセンシャなんちゃって!」
 思えば小学生並みのはしゃぎようでありました。
「あれは、戦車ではない」
 西田さんが呟いた。里沙がメモ帳を出した。
「八十九式装甲戦闘車ですね、通称ライトタイガー。歩兵戦闘車」
「よく知ってんね」
 西田さんが驚いた。メモ帳を覗き込むと、『陸上自衛隊装備一覧』の縮尺コピーが貼り付けてあった。さすがマニュアルの里沙。
 で、昼からは、そのソウコウセントウシャってのに乗せてもらって、演習場を一周。見かけのイカツサのわりには乗り心地はよかった。ただ外の景色が防弾ガラスの覗き穴みたいな所からしか見えないのには弱りました。
「変速のタイミングが、やや遅い」
 西田さんは、自分で操縦したそうにぼやいておりました。

 宿舎に帰ると、企業グル-プさんの部屋から、悲鳴があがった。
「なんだよ、これは!」「こりゃないだろ!」「たまんねえなあ!」
 続いて教官ドノの罵声。
「おまえ達が、満足に寝床の始末もできんからだ。やり直し!」
「企業グル-プさん、ベッドめちゃくちゃにされてたよ……」
 夏鈴が偵察報告をした。
「こういうことは連帯責任。クラブも同じだからね」
 一瞬「マリちゃん」がマリ先生に戻って呟いた。

 その後、解隊式があって、修了書とパンフの入った封筒をもらった。
 中隊長さんが短いけどキビキビした訓辞をしてくださった。団結力と敢闘精神という言葉を一度だけ挟まれていた。大事な言葉の使い方を知っている人だと感じた。
 忠クンが感激の顔で、それを聞いていたのでほっとした。

 私服のジャージに着替えると、宿舎の入り口のところで、教官ドノが怖い顔をして立っていた。
「これを……」
 サッと小さなメモを渡された……これって……だめだよ、わたしには忠クンが……。
「貴崎マリさんに」
 なんだ、わたしをパシリに使おうってか……でも、頬を染めた教官ドノの顔は意外に若かった。ウフフ。

「ウフフ」

 不敵な笑みを浮かべ「マリちゃん」は完全にマリ先生にもどった。
 帰りの、西田さんのトラックの中。みんな、ほとんど居眠りしている。わたしは、タイミングを待って、教官ドノのメモを渡した。その結果が、この不敵な笑み。
「まどかにも、大空さんから」

――演劇部がんばってください。公演とかあったら知らせてください。都合が着いたら観させていただきます。わたしのカラーガードもよかったら見に来てください。 真央

 助手席では運転をお孫さんに任せた西田さんが手紙を読んで神妙な顔。封筒にはA師団の印刷……きっと夕べのことなんだろうと思った。 前の空席には乃木坂さんが座っていて、静かにうなづいた。
 空は、申し分のない日本晴れ。夕べ降った雪は陽炎(かげろう)となり、その陽炎の中、トラックは、東京の喧噪の中へと戻っていきました。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする