大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

不思議の国のアリス・3『二人のカーネル』

2020-01-16 06:50:43 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・3
『二人のカーネル』  
 
 

「一人で大丈夫?」
 
 千代子は、最後まで心配してくれた。
 
「だいじょうぶだいじょうぶ。ほんのそこまでしか行かへんさかい」
「そう……ほんなら気いつけてな。なんかあったら電話してや」
「大丈夫やて、アリスちゃんかて一人で出かけへんと勉強にならんさかいなあ」
 千代子ママが賛成してくれて、やっとアリスは、日本に来て最初の単独行動ができることになった。
 
「あら、アリスちゃん、お出かけ?」
「はい、ちょっとそこまで」
「そら、よろしいな。気いつけてな」
「おおきに」
 
 大阪弁の挨拶も板に付いてきた。今のは、先日お葬式で数珠をくれたオバチャンだ。こういうハンナリした付き合いもいいものだとアリスは思った。
 
 アリスは大阪城に行くつもりだ。
 
 アメリカにはお城が無い。たとえ鉄筋コンクリートであっても、お城はお城。距離的にもお手軽だ。
 千代子の家からだと地下鉄が早いのだが、地理に慣れたいために、わざわざ環状線を使うことにした。
 ちょっとした事件に遭った。
 
 駅のホームで電車を待っていると、やってきた電車が、意外に混んでいた。
 短大生ぐらいの団体さんが同じホームにいたことも災いした。アリスが乗り込んだ車両がいっぱいになってしまって、ドアが閉まらないのだ。
 気づくとドア近くに視線が集中した。アリスもドアの近くにいたので、その視線の方向が分かった。
「あ、軍人さんや」
 アリスは、そう分かると、自分から電車を降りた。気づくと軍人さんもいっしょに降りていた。
「なんで、降りはったんですか。うちが降りたら、それで十分やのに」
「ほう、なかなか大阪弁がお上手だ」
 軍人さんは、にこやかに、でも的はずれの答をした。
「そやかて、おっちゃん軍人さんでしょ?」
「ああ……お国の言葉ならそうなるかなあ」
「陸軍の将校さんでしょ?」
 階級章と、軍服の感じであたりをつけた。
「Ground Self-Defense Forceだよ。ちょっと君のお国とは事情が異なる」
 流ちょうな英語が返ってきた。英語の片岡先生よりもうまい発音に、アリスも、思わず英語で答えた。
「だって、軍人さんは、尊敬される仕事です。ああいう場合は、他の人が降りるべきなんです。だから、わたしは、そうしたんです」
「日本じゃ、なかなかそういう見方はしてもらえなくてね。一般の、それも外国のお嬢さんが降りたのに、制服を着たわたしが乗っているわけにはいかないんだ」
「日本は好きだけど、時々分からないことがあって戸惑います。ああ、わたしアリス・バレンタインです。イリノイ州のシカゴからの交換留学生です。どうぞよろしく」
「僕は、小林一夫です。陸上自衛隊で、給料のわりにはきつい……でも、楽しく仕事やってます」
「よろしかったら、階級教えていただけます? 軍人さんは階級を付けてお呼びしなければ失礼ですから」
「ああ、大佐です。日本ではイッサといいますけど」
「プ……失礼しました。小林一茶と同じになってしまいますね」
「ハハ、大した語学力だ、この洒落がお分かりになるんだ」
「家のお隣がTANAKAさんという日系のオバアチャンがいるんで、子どもの頃から馴染んでるんです」
「ははあ、そのオバアチャンが大阪のご出身なんだ」
「ええ、その通りです。あの、イッサは、なんだか失礼な感じなんで、カーネルでいいですか?」
「そりゃ、光栄だ」
 そのとき、くぐもったアナウンスがあった。アリスは聞き取れなかった。
「どうかしたんですか?」
「三つ向こうの駅で事故があって、しばらく電車は来ないようです」
 そういうとカーネル小林は携帯を取りだし、電話しはじめた。
「……という状況。定刻のヒトマルサンマルには間に合うが、司令には、そのように伝えられたし。オクレ。以上」
 
 それから、カーネル小林は駅を出てレンタカーを借りた。話を聞くと、兵庫県の部隊の創設記念に来賓として出席するらしく、その話を聞いて、アリスは同行することにした。
 カーネル小林は道の事情に詳しく、カーナビもろくに見ないで、予定時間に目的地に着いた。
 着くと、当たり前のベースだった(アメリカ人として) ちゃんと規律と礼儀があった。
 
 驚いたことに伯父さんと出くわした!
 伯父さんは東京の大使館の駐在武官をやっている。まさか関西で会うとは思わなかった。
 
「やあ、アリスじゃないか!?」
「伯父さん、どうして!?」
「出張さ。オレも退役が近いんで、大使が気を利かせてくれて、まあ、関西旅行だな」
 伯父さんも陸軍の大佐。たちまちカーネル小林とも仲良くなった。互いに名前と階級を確認して大笑い。
 カーネル小林は、もう紹介済みだけど、アリスの伯父さんも名前がふるっていた。
 だって、伯父さんのファミリーネームはサンダース。
「退役したら、どうすんの?」
 ミリーが、そう聞くと、伯父さんはウインクしながら答えた。
「シカゴで焼き肉屋をやるよ『カーネルサンダースの焼き肉』っていいだろ!」
 それから式典が始まった。
 アリスは子どもの頃から慣れていたので、特別な感想は無い。ただ、初めてライブで聞いた『君が代』は感動というより、イメージの違いに驚いた。TANAKAさんのオバアチャンが歌うと子守歌みたいだけど、ライブは荘厳だった。
 伯父さんに意地の悪い質問をした。
「さざれ石のイワオとなりてって、意味分かる?」
「TANAKAさんのオバアチャンの言うとおり『チッコイ石が、大きな岩になるまで』という意味だ」
「だって、あり得ないでしょ。石は削られて小さくはなるけど、大きくはならないよ」
「……あり得ないくらい長くって意味だろ。あんまりよその国歌を分析するのは問題だな」
「だって……」
「この周りの日本の人たちは英語が分かるんだ。気をつけなさい」
 伯父さんが、少し真剣な顔で言うのがおかしかった。
「さざれ石がイワオになったのなら、うちのベースにありますよ。よかったら見に来て下さい」
 と、カーネル小林が言った。
「え、ほんとですか!?」
 石が成長して大きくなる? なんだかハリ-ポッターの世界だ!
 
 やっぱ、日本は不思議の国だ……。
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巷説志忠屋繁盛記・8『写真集の悪たれ』

2020-01-16 06:33:44 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・8
『写真集の悪たれ』         



 大阪に来て二年ほどは高安町のアパートに住んだ。

 急な離婚だったのでロクな準備も出来ない、だいいちお金もなかった。
 娘のはるかが文句ひとつ言わないで付いてきたのには、いまさらながら頭が下がる。
 そのはるかが一年後に女優になって半年。

「お母さん、お家買おう!」と言い出した。

 トモはギクリとした。
 はるかは、やっぱり故郷が恋しくて東京に戻る気なのではと思ったからだ。
 生まれは成城、育ちは南千住、間を取って練馬あたりか?

 そう勘ぐったが「隣町だよ」の答えが返って来た。

 高安町は百坪前後のお屋敷が多いので、女優になった勢いで、そういう家じゃないかと心配した。
 
 不動産屋といっしょに案内されたのは近鉄線の向こうの東山本新町のニ十坪ちょっとの中古物件だった。
「安心した?」
 どこで覚えたのか大阪風のドヤ顔で腕を組んだ。
「え、あ、そーね……」
「わたしの決心なんだよ。プロダクションが出世払いでお金貸してくれるの、十年は仕事辞められない」
 築十年の三階建て、二千五百万……
「いま算盤はじいたでしょ」
「んなことないわよ」
「このお家が気に入ったの」

 そして一年が過ぎた。

 住んでみると、家は高安と山本の中間に位置し、両駅とも準急が停まるので、トモは、その日の気分次第で駅を変えている。

 今日は山本だ。

 三十分早く家を出て、山本駅前の書店に寄った。
――この本いいな――
 折り込みチラシ見ながらはるかが呟ていたのを思い出した。
 タイトルは忘れたが高安・柏原の昔を六百枚あまりの写真で紹介した写真集だ。

 はるかには、こういうところがある。

 いいお店見っけたと言って、たこ焼やらタイ焼きやらお花を買ってくる。そのほとんどが高安・山本の店だ。
 この町を好きになることで――こんな街に引っ張て来た母親の気持ちを楽にしている――娘ながら、できすぎた子だと思う。
 写真集に興味を持つのも、そういうことなんだろう。

 見本本を手に取ってめくってみた。

 戦前から二十年位前までの街の様子が手に取るように分かる。
 昔の人は、とてもシャイか人懐っこいかのどちらか。
 今の日本人は、変に慣れてしまって、どの写真や動画でもフラット過ぎてつまらない。

 おーー!?

 思わず声が出た。
 店員さんやお客さんが注目するのが分かるが、発見した写真のインパクトが強いので、構わずに見入ってしまった。

 固太りの悪たれが、子分と言っていい子どもたちを引き連れての登校風景だ。

 名札はボカシてあるが、KTと大きなイニシャルのセーター、子どもとは思えぬ凄んだドヤ顔でカメラを睨んでいる。
 背景の街は国鉄八尾駅の西だ。
 悪たれは、グローブを引っかけたバットを、鬼退治にでも行くように右肩に担っている。
 かたわらの十円禿げが、自分のと悪たれのと二人分のランドセルを担いでいる。

――なにか確証は……あった!――

 バットの側面にKOUICHI TAKIGAWAの文字がかすれて読めた。 
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・11・「コンビニの冷やし中華」

2020-01-16 06:23:05 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)11
「コンビニの冷やし中華」                     



 日本に来る外国人にコンビニの弁当が評判である。

 お花畑のように可憐でありながら、安くて美味しい。商品開発は自動車や家電のような情熱が注がれ、品質管理は医薬品のように厳密に行われる。そのクレイジーなまでにクールなコンビニ弁当は、ネットで繰り返し取り上げられ、中にはコンビニ弁当を目的に日本に来る外国人が居るくらいである。

「そんなこと、ずっと前から知っているわ」
 
 ミリーは豪語する。
 
 ミリーはコンビニ弁当の中でも冷やし中華が大好きだ。食べ方にもこだわりがあって、買った冷やし中華を小さな特製クーラーボックスに入れてお出かけする。気合いの入った時は京都や奈良、近場では大阪城公園や花博公園、どうかすると近所の公園などで冷やし中華を食べている。
「なんで外で食べるのん?」下宿先の真理子に聞かれる。
「う~ん」と唸る。
「なんでえ……?」
 ミリーが真剣に考えた時はマニッシュに腕を組んで目が斜め上を向く。だから真理子の追及も真剣になる。
「一言でいうと、気持ちがいいからなんだけど。なぜ気持ちがいいかというと、あの美味しいサワーの感覚は青空が合うの。それからね、コンビニ弁当っておいしいけど、包装のパックやフィルムがざんないでしょ(「ざんない」は、ミリーが覚えた数少ない大阪弁。ミリーは来日する前に日本語をマスターしていたので、大阪訛にはならないが、古い大阪弁が好きなのだ)。だから、家の中で食べると、ちょっと凹むけど、外だと気にならないんだよ」
「ふ~ん……」
 真理子は、もうひとつ理解できないが、こういう飛んだところも含めてミリーのことが大好きだ。

 冷やし中華との出会いには、腐れ縁と言っていいエピソードがある。

「冷やし中華食みたいやなあ……」
 中三の夏に、斜め後ろの男子に呟かれた。
 真田山中学に入って日本人に幻滅していたので、クラスメートとはろくに口をきかなかったが、この一言が気になった。単なる冷やかしではなく、無垢な冷やし中華への憧憬を感じたからである。
「ヒヤシチュウカってなに?」
 聞かれた方の男子が驚いた。
「あ、えと……」
 男子は、めずらしく幻滅や蔑みではないミリーの言葉に素直に答えてしまった。
「ラーメンのクールバージョン……ミリーの髪の毛見てたら食べたなってきてん!」
「え、わたしの髪?」

 で、探求心旺盛なミリーは学校の帰りにコンビニで冷やし中華を買って、それ以来ハマってしまった。そのミリーの斜め後ろで呟いた男子が、野球部でエースと言われた小山内啓介であったのである。

 連休の谷間、きのうの昼休み、ミリーの教室に車いすの一年生女子がやってきた。
 
「あの、なんか用かしら?」
 一年生女子は、ブロンドのミリーが流ちょうな日本語で聞いてきたので驚いた。
「あ、えと、演劇部の小山内啓介さんはいらっしゃいますか?」
「え、啓介? あなた、ひょっとして演劇部の入部希望者!?」
「は、はい……」

 ミリーと沢村千歳との出会いは冷やし中華とはなんの関係も無かった。
 
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乃木坂学院高校演劇部物語・98『ビデオチャット』 

2020-01-16 06:12:03 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
 まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・98   



『ビデオチャット』


 
 その夜、はるかちゃんとビデオチャット。

 主に自衛隊の体験入隊の話で、ウフフとアハハだったんだけど、話が一区切りついたとこで、はるかちゃんが切り出した。
「月末の土日に例のCMのロケに行くの。荒川でよく紙ヒコーキ飛ばしてたあたりよ。時間があったら、家の方にも寄るんだけど、こういうのって団体行動だから、よかったら現場に来てよ」
「行く行く。お仲間みんな連れてっちゃうから。で、どんな役者さんが来るのよ?」
「堀西真希さんとか……」
「え、いま売り出し中の!」
「うん。彼女がメイン。で、高橋誠司……」
「ゲ、あのおじさん!?」
「知ってんの?」
 わたしは(思い出したくもない)コンクールのいきさつを説明した。はるかちゃんは大笑い。
「アハハハ……それから、上野百合……この人も新人さんみたい。同年配だからちょっと安心」
 はるかちゃんたら、すっかりリラックスしてポテチを食べ出した。
「あ、はるかちゃんズル~イ」
「スポンサーさんから山ほどもらっちゃったから。う~ん、うまいなあ!」
「こういうこともあるかなって……」
 わたしは、机の上のポテチに手を伸ばした。その拍子に机の上のアレコレを落としてしまった。
「相変わらず、整理整頓できないヒトなんだね、まどかちゃん」
「はるかちゃんに言われたかないわよ……」
 わたしは、ポテチをたぐり寄せ、あとのアレコレを足でベッドの方へけ飛ばそうとして、あれが足先に当たったのに気づいた。
「どうした、ゴキブリでも出た?」
「ううん、薮先生から預かった写真け飛ばしそうになっちゃって」
「ハハ、早手回しのお見合い写真ってか。困ったもんだわね、まどかちゃんには大久保クンが……ね」
「そんなんじゃないよ……」
 わたしは、写真のいきさつを話した。自然にというか、当然乃木坂さんの話しにもなっていく。はるかちゃんのことだから笑ったりはしないだろうけど信じてもらえるか少し心配だった。
「そういうことって、あるのよね……」
 案外、わがことのようにシンミリしてくれた。
「で、これが、その写真なんだけどね……」
 カメラの前に写真を広げて見せた。
「……あ、マサカドさん!?」
「え……はるかちゃん知ってんの?」

 はるかちゃんは、迷っていた……そして、ためらいながらマサカドさんについて涙を堪えながら話してくれた。
 長い話だったけど時間なんか気にならなかった。わたしの中で、乃木坂さんと写真の三水偏の女学生、そしてマサカドさんのことが一つになった。
 
 くわしく知りたい人は、はるかちゃんの『はるか 乃木坂学院高校演劇部物語』を読むとよく分かります。
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