大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

志忠屋繁盛記・4『300グラムのステーキ』

2020-01-12 07:27:13 | 志忠屋繁盛記
志忠屋繁盛記・4
『300グラムのステーキ』    


 300グラムのステーキを前にして、タキさんとKチーフはため息をついた。

 ため息をつくほど旨そうなのではない。いや、旨そうなのである……見た目には。いやいや、このステーキを作るプロセスを見ずに、これを出されたら、だれだって旨そうと思うのに違いない。
 ところが、オーナーシェフのタキさんも、Kチーフも作るプロセスを見ている。
 正確には、ステーキの原料を知っているのである。

「あのなあ、トモちゃん……」
「なんか文句あんの?」
「いえ、いただきまーす!」
 タキさんとKチーフは、幼稚園児のような素直さで、お箸を構えた。

「どうよ、けっこういけるでしょ」

 トモちゃんは、カウンターに並び、いっしょに300グラムのステーキを主菜にしたマカナイの昼食を食べだした。トモちゃんが完食し、二人のオッサンが、なんとか2/3ほどを食べ終えたころ、〈準備中〉の札も構わずに女子高生が入ってきた。
「こんにちは……」
「あ、はるかちゃん……」
 Kチーフがすがるような眼差しで女子高生を見上げた。タキさんは「お……」と一瞥をくれただけである。
「あ、こんなもの二人に食べさせてるの!?」
「ここは食べ物屋のくせに、栄養管理がちっともできてないんだから」
「それにしても大根のステーキ200グラムはきついよ」
 と、はるかという女子高生は、オッサンたちに同情した。
「200ちゃう、300や」
 タキさんは、そう言うと、残った大根ステーキを口の中に放り込み、シュレッダーのように咀嚼すると、シジミのみそ汁で一気に胃袋に収めた。
「タキさんもKさんもオジサンなんだからメタボは仕方ないよ。ね、タキさん」
「はるか、それ、あんまりフォローになってへんで」
「別にメタボを非難してるわけじゃないんですよ。あ、言葉がいけないんですよね。ポッチャリてかデップリってか……あ、貫禄、貫禄!」
「おまえも、女優のハシクレやねんから、もっと言葉にデリカシー持たなあかんで」

 そう、この女子高生は、坂東はるかというれっきとした女優なのである。

 昨年の秋にひょんなことで東京の大手芸能プロである、NOZOMIプロにスカウトされ、高校生のまま女優になってしまった。詳しくは『はるか 真田山学院高校演劇部物語』をお読みいただきたい。
 そして、名前からお分かりであろうが、この志忠屋の新しいパートとしてやってきた、坂東友子の娘でもある。

「はるか、四時の新幹線なんじゃないの」
「そうだよ。六時間目からは、早引きしてきた」
「まさか、その制服のまま行くんじゃないでしょうね?」
「このままの方が、目立たなくっていいんだよ」
「うん、それアイデアやと思いますわ」
 Kチーフが、こっそりと大根ステーキの残りを始末しながら、賛意を表した。
「はるか、今、あんたの顔は全国区なんだからね、おちゃらけたこと言ってたら……」
「冗談よ、ちゃんと着替える。タキさんおトイレ借りますね」
 はるかは、ものの二分あまりで着替えて出てきた。ラクーンファーコートに大きめのキャスケットを被ると、顔の2/3が隠れてしまい、よほど近くに寄らなければ、本人だとは分からない。
「ほう、そんなんが似合うようになってきたんやなあ……」
 タキさんは、感じ入った声で言った。

 タキさんの言葉は、包み込むような父性を感じさせる。はるかは、こういうタキさんの物言いが好きだ。

「ありがとう、タキさん。お母さんのことよろしく。また、変なもの食べさせられそうになったら、言ってくださいね。じゃ、お母さん、制服とかよろしく」
 はるかは、制服と学校カバンが入った袋を目の高さにあげた。
「そこ、置いとき。帰りにオカンが持って帰るわ」
 タキさんが、伝票の整理をしながら、カウンターの横をアゴで示した。
「お店は、コインロッカーじゃないし、わたしは、はるかの付き人じゃないんだからね」
「わたしはね、お母さんが他人様にご迷惑かけてないか、監督に来たんだよ。お母さんは、なんでも自己流通す人だから」 
「この店のことを思ってやってんの、ちょっとタキさん邪魔。ねえKちゃん……」
 トモちゃんは、タキさんの横の椅子に上がって、ソースの缶詰や、パスタの残量をチェックして、Kチーフに報告、Kチーフは、それをメモると、食材屋に電話をする。
「まあ、確かに並のアルバイトの倍は働いてくれるさかいなあ」
「そう言っていただければ……でも、なんかあったら言ってくださいね。このヒトは、とことんのとこで男心分かってないとこがありますから」
「グサッ……はるか、ちょっと生意気すぎ!」
「じゃあ、行ってきま~」
 はるかの語尾は、自動ドアがちょん切ってしまった。
「ええ、お嬢さんですねえ……」
 Kチーフが、感心と、ちょっぴり憧れのこもった声で言った。

 手際よく、始末と準備を済ませると、Kチーフは窓ぎわのベンチ席で横になり、タキさんとトモちゃんは、パソコンを取りだし、互いにもう一足の仕事を始めた。
 そう、タキさんは映画評論家であり、トモちゃんは、小なりと言えど作家の端くれ。互いに文筆だけでは食えないところが共通していた。

 ディナータイムになって、最初にやってきたのは、店の常連であるトコこと理学療法士の叶豊子であった。

「わあ、トモちゃん、復帰したん!?」
「うん、編集の内職って、やっぱガラじゃなくって。それにタキさんが、どうしてもって言うから」
「当分、やってはるんでしょ!」
「うん、半永久的にね」
「そんな契約はしてない!」
「タキさんは、魔女と契約したのよ」
 タキさんが、厨房で目を剥き、慌てて十字をきった。その漫才のようなやりとりを、トコは、子どものように身をよじりながら喜んで見ていた。

 その姿にトモちゃんは、何かあったな……と、女の勘が働いた……。
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・7・ああ演劇部!!・2

2020-01-12 07:17:56 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)7
ああ演劇部!!・2                     


「あら、懐かしいわね」

 車いすを押す手を休め、感心したように姉の声が弾んだ。
 中庭の植え込みの向こうから「あめんぼ赤いな アイウエオ……」と、発声練習の声が聞こえてくるのだ。
 入部することを決めていた千歳も驚いた。
 
 なんせ演劇部は、部員が一人しかいない。だから生徒会から連休明けの5月12日までに部員が5人以上にならなければ同好会に格下げされた上に部室を明け渡さなければならない。そんな演劇部が発声練習などやっているわけがない、それも10人ほどがよく通る声でやっている。

 ……ありえない。

「ちょっと見にいこうよ」
 留美は千歳の返事も聞かないで車いすの進路を変更した。
「すごいね、高校の演劇部とは思えないわね……」
 車いすは藤棚のところまでしか行けなかった。夏に咲く花を守るための柵がしてあって、車いすでは、それから先には行けないのだ。
 歩いてなら行けそうだけど、他に生徒はいなかった。演劇部への関心は、かなり低いようだ。
「上手…………なんだけど、なんで、あんなとこでやってるんだろう?」
 留美は不思議に思った。

 演劇部は、使われなくなった浄化槽の上で発声練習をやっていた。南館の北側で日当たりが悪い。

 発声練習は2分ほどで終わってしまい、ジャージ姿の部員たちは変電室の陰に消えて行った。
「集中してたわね、だれもあたしたちに気づかなかったわ」
 留美は感心したが、千歳は――あれ?――と思った。演劇部は一人しかいない、それがなんで? それに、なんか変だ?
 だけど、その疑問が解消する前に演劇部は引き上げて行った。

「おねえちゃんも演劇部だったんだよ」

 駐車場に向かいながら留美は続けた。
「え、それ初耳」
「3か月で辞めちゃったからね」
 残念とも仕方が無かったとでも取れるニュアンスだ。地雷を踏みそうな予感がしたので、千歳は黙った。

「えー、車買い換えたの!?」

 黙っていたぶん驚きの声が大きくなってしまった。
「リースよ、ウェルキャブって言うの。先輩がT自動車だから、実用試験兼て使わせてもらうの」
 留美が小さなリモコンを押すと、自動的に助手席のドアが開いた。
 この程度では驚かないが、続いて助手席がせり出してきたのにはたまげた。
 せり出した助手席は90度回ってから車いすと同じ高さになった。
「どう、自分で移れる?」
 車いすは助手席の横に並べられた。
「あ、うん、やってみる」
 千歳は腕の力を使って助手席に移った。
「やっぱ、元バレー部だから楽勝みたいね」
「関係ないよ、普通の体力があれば簡単みたいよ」
「そう、じゃ、載せるよ」
 ウィーンと小さな音がして助手席は正規の位置に収まった。

「すごいですね、見せてもらっていいですか」

 いつの間にか先生や事務職の人たちが集まってきて、見学を申し入れてきた。
「え、あ、ああどうぞ」
 中には千歳の学年である一年生の学年主任も混ざっている。
「車いすは、どうするんですか?」
「ええ、格納します。こちらです」
 留美は空の車いすを押しながらオーディエンスを車のハッチバックに案内した。
「小型のクレーンが付いていて、これで吊り上げるんです……」
「「「「「おーーー!」」」」」
 オーディエンスたちは感心して写真を撮ったり、車内を覗き込んだり「すみません、もう一回乗るところ見せてもらえませんか」と言って、千歳に3度も乗り込みをやらせた。そして、最後には拍手して発車するウェルキャブを見送った。

「さすがバリアフリーのモデル校ね、先生たち熱心に見てたわね」

「どうだか……」
「どうして?」
「設備とか、建物とか、車は見るのにね、障がい者のあたしのことは……」
「ふふ、そんな風に見てるんだ」

 車はゆっくりと校門を出て行った。4月も末の夕方は、まだまだ日が高かった。
 
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

乃木坂学院高校演劇部物語・94『帰還』

2020-01-12 07:06:41 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・94   



『帰還』    

 横丁を曲がるまで心配だった。

 何かって……決まってるじゃん。
 あれよ、あれ、ジジババのコスプレ。
 顔から火の出る思い。で、尻に帆かけて……って慣用句で合ってたっけ。文才のあるはるかちゃんなら、こんな時でもぴったしの表現が浮かぶんだろうけど、ラノベに毛の生えた程度のものっきゃ読まないもんだから……でも、はるかちゃんに教わってシェ-クスピアの四大悲劇とか、チェーホフの何本かは読んだけど、後が続かない。これも根気がない江戸っ子の習い性。ええい、ままよ三度笠横ちょに被り……これ、おじいちゃんがよくお風呂で唸ってる浪曲じゃんよ!

 横丁を曲がると、そこは雪国だった……なんか間違ってるよね。

 でも、いつもの我が町、我が家がそこにあった。はるかちゃんの「東京の母」秀美さんにも会ったけど、ごく普通。
「あら、まどかちゃん、お帰りなさい」
 で、これは家の中に入ってからだな……と、見当をつけ、深呼吸した。
「ただ今」
「お帰り」
 当たり前のご挨拶。おじいちゃんもおばあちゃんも、いつもの成りでご挨拶。
「タバコ屋のおたけ婆ちゃんに『無粋だね』って言われたのが応えたみたい。なんせジイチャンの寝小便時代も知ってる、元深川の芸者さんだったからな」
 狭い階段ですれ違う時に兄貴が言った。すれ違う時に胸がすれ合った。
「まどかでも、ちゃんと出るとこは出てきてんだな」
「なによ、兄ちゃんこそメタボ!」
 ハハハ……と、兄貴は笑って行っちゃった。これって言い返したことになってないよね。
 自分の部屋に入ると、思わず横向きになって自分の姿を見る。

 その夜、スゴイ夢を見た。

 正確には、スゴイ夢を見た余韻が残っているだけで、中味は覚えていない。
 起きあがろうとしたら、まるで体が動かない。金縛りでもない、指先ぐらいは動く。
 でも、寝床から起きあがろうとすると、身もだえするだけで体が言うことをきかない。
 時間になっても起きてこないので、お母さんがやってきた。
「まどか、どうかした?」
「……体が……重くて、動かない……」
コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする