一子が一番恥ずかしそうにしている。
無理もない、自分の横に座っている女子高生がきれいで、その首から上さえ無ければファッション誌の読者モデルをやれるんじゃないかというぐらいにできあがっている。膝頭を揃えてハの字に開いた足も、小指を立ててストローを摘まんだ右手も、ジュースを飲むたびにコクンコクンとする喉も、とても可憐だ。
でも、この女子高生は、ほとんど犯罪だ。
なんたって首から上がハゲのオッサンなんだから!
交差点の信号待ちで思わぬ邂逅をして、暑さのせいと突き刺さる人目の為に、俺たちは再びメイド喫茶に入った。
メイドさんたちは大したもので、このヘンテコな六人に嫌な顔一つしない。
女装の安倍さんにも「お帰りなさいませ、お嬢様♡」と挨拶してくれる。「ただいま~、ミカちゃん!」と、メイドさんに自然に返す安倍さんもなかなかだ。
「安倍さん、どうして大阪なんかに?」
社交辞令的な話が一巡したところで、すぴかが非難がましく質問する。
「アキバはできあがっちゃってるじゃない、できあがって悪いことはなんだけど、あたし的には進路予想に幅のある関西って魅力的なの」
「そうなの……?」
「うん、あたしが居ない方が、アキバの伸びしろは広くなるのよ。で、ガブリエルは?」
安倍さんは、ごく自然にすぴかをホーリーネームで呼ぶ。
「神の御声に導かれて……」
「そう、それで四人の使徒のみなさんを従えているのね……みなさんありがとうございます」
安倍さんは過不足なく挨拶をする。この間も俺たち四人均等に笑顔を向ける、首から上と下のバランスが取れていたら掛け値なしに好感が持てただろう。
「……きれいにしてらっしゃるんですね、横に居るとオーラを感じます」
「アハハ、基本的に化け物だから、せめて出来るところはね、気を付けてます」
一子のポツリに柔らかく返す。
「安倍さんが完璧にしたら、こんなものじゃないわ」
「そうね……あら、ガブリエル、その紙袋から覗いてるのは、福引の一等賞なんじゃないの?」
「まあ……」
「ほんとは二等賞が良かったって顔ね」
安倍さんはお見通しなんだろうか?
「安倍さん、よかったら入りませんか?」
メイドさんが声を掛けてきた。
「あら、ウェルカムダンスね! 十秒待って!」
ゴムバンドのようなものを頭に装着してから、お下げのウィッグを被った。
そして二三度顔をクシャっとすると……なんと、完璧な女子高生(それも昭和の頃の)になってしまった。
「じゃ、ちょっと混ぜてもらってきますぅ!」
なんと、声まで変わってしまった。すぴか以外の四人は目が点になってしまう。
安倍さんは、三人のメイドさんといっしょにウェルカムダンスを踊った。
見惚れてしまった。
「あ、そうなのか……」
すぴかが呟いた……なにか閃いたのかもしれない。
♡主な登場人物♡
新垣綾香 坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし
新垣亮介 坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし
夢里すぴか 坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止
桜井 薫 坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん
唐沢悦子 エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ
高階真治 亮介の親友
北村一子 亮介の幼なじみ