せやさかい・132
詩(ことは)ちゃんの説得は大変やった。
頼子さんのお祖母さんの女王陛下も、めちゃくちゃ心配してくれはった。『青青校樹』をスカイプしながら聴いてたら封印してたお父さんのことが胸に溢れてしもて訳わからんようになって、過呼吸になってしもた。
落ち着いてから、女王陛下には「お父さんのことが思い出されて、動揺はしたけど、すっごく嬉しかったんです。ほんとうにありがとうございました!」言うて、笑顔で何べんもお礼を言うといた。
『武漢ウィルスが落ち着いて、いい気候になったら、またヤマセンブルグに来てちょうだい。今日のお詫びも兼ねて、おもてなしするわ。いろいろ楽しいプログラムを考えてね』
お気遣いが済まなくて、でも、嬉しくって、何度もお礼を言って画面に頭を下げた。
スカイプを終えてからは詩ちゃん。
「遠慮しなくていいのよ。あたしたち家族なんだからね!」
「うん、そやけど、いちばん耐えてるんはお母さんやから。うち、お母さんが言うまでは聞かへんことにしてるから。ほんま、大丈夫やから、ね、詩ちゃん(^_^;)」
それから、一時間ほど詩ちゃんは、いっしょにベッドに腰掛けながら付き合ってくれて、夜食におうどんこさえて、いっしょにフーフーしながら完食したら(とりあえず)安心してくれた。
この連休の間、大阪と兵庫の間の行き来は控えて欲しいと府知事がテレビで言ってた。
「ええ、いよいよかあ?」
お祖父ちゃんが呟く。いよいよの意味は分かる。往来の制限は都市封鎖とか外出禁止とかに繋がる。武漢やイタリアやパリのことが頭に浮かぶ。
兵庫県の知事が『やり過ぎや』言うて反発。「なんや、吉村知事の勇み足か」と伯父さんがチャンネル変えようとしたら「ちょ、まだなんかあるで」テイ兄ちゃんが止める。
吉村知事は大きなフリップをカメラに向けて続ける。
『国は、阪神間の感染拡大予測で、この連休が危ないと書類を回してきたんですが、秘密にはすべきでないと判断してお知らせすることにしました』
中学生にはむつかしいけど、茶の間の大人たちの雰囲気で大変なものやと感じる。
それは、国から各県知事に送られたもので、公開しないように注釈があったらしいけど、府民の安全にかかわる事なんで公開に踏み切ったらしい。
「戦時中もあったんや」
「スペイン風邪?」
「ちゃう、二十年五月の大阪大空襲は事前に分かってたんやけどな、府民に知らせよとした大阪の師団に『知らせるべからず!』と命じた大本営と喧嘩になったことがある」
さすがはお祖父ちゃん。
府知事の放送のせいか「しばらくは家にいろって」と留美ちゃんは電話してきた。
自転車で町内を走ってみる。マスクして走ってると、自分が怪しい者に思えてくる。
それに、子どもを見かけることが無い。町を歩いてるのはほとんど年寄りばっかり。なんか悪いことしてるような気になって、そうそうに引き上げる。
山門脇の桜の木が蕾を膨らましてきてる。
去年、この桜が満開の時に、ここに来たんや。
雨上がりで、満開の桜はみずみずしく咲き誇ってたはずやねんけど、記憶にない。
そうや、留美ちゃんが桜に見惚れて遅刻してきて、その桜がうちの桜やて分かって、それで留美ちゃんと親しくなったんや。
今日は来えへん留美ちゃんが、なんとも懐かしい。
明日は、なんか口実作って、いっしょに遊びたいなあ。