大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

乙女と栞と小姫山・01『乙女の転勤・1』

2020-03-31 09:20:28 | 小説6

乙女と小姫山・01   
『乙女の転勤・1』         

 

 

 

「は……」

 思わず声になってしまった。

「オホン……だから、佐藤乙女先生の転勤先は、小姫山青春高校です」

 どうやら校長は、乙女先生が転勤先の学校が気に入らないのかと思い、バーコードを撫でつけ、いささか緊張して言い直した。

 乙女先生は、名前に似合わず、学校で、いや校長会でも、ちょっと名前の通った女傑である。
 若い頃は(今も実年齢より若く見えるが)駅のホームで、他校生とケンカをしてボコボコにされていた受け持ちの悪ガキを助けるために、相手のK高校のアクタレ五人を叩きのめしたこともある。指導もきびしく、喫煙で捕まった生徒がシラバックレようなものなら「ええかげんにさらせよ!」と、シバキ倒した。
 ガキ(子どもというようなカワユゲなものじゃなかった)のころから、ケンカ慣れしていて加減というものを知っている。シバキ倒しても鼓膜を破ったり、口の中を怪我させたりはしなかった。
 今は、さすがに生徒に手を出すことはしなくなった。セクハラや体罰に世間がうるさくなってきたからで、乙女先生の心情が変わったわけではない。実際十年ほど前の過渡期には、思わず手が出てしまい、戒告をうけたことがある。

 それからの乙女先生は言葉である。岸和田の生まれなので、人を叩きのめす言葉は、絶妙のタイミングと、ボキャブラリーの中から何百通りでもでてきた。

 事実目の前にいる校長は、前々任校では、乙女先生の同僚で平の教師、組合の分会長であった。組合がN教組から、独立してZ教を作ったとき、乙女先生は吠えた。
「ええかげんにさらせよ、ネチネチとオッサンらシンキクサイんじゃ!」
 乙女先生は、昨日まで組合の幹部が、こう言っていたのを覚えている。
「D教組が上部のN教組を抜け、新しい組合組織に入るのには、組合員の全員投票が必要」
 それが一晩で、こうなった。
「新しい上部組合に入るのではなく、新しく自分たちで創るんだ」
 乙女先生には屁理屈としか思えなかった。
「自分たちで、新しい組織を作るんだから、全員投票の必要はない。各学校ごとの分会の決議でいけるんや!」
 この手のひらをかえしたような変貌ぶりを一言で見限った。
「あほくさ」
 で、すぐに組合をやめた。そしたら数人の幹部の先生に呼び出され、椅子に座らされて取り巻かれ、刑事ドラマの犯人が刑事達に尋問を受けるようなかっこうになった。
――ああ、これが、M集中制っちゅうやつで、今のウチの状況を総括ていうねんなあ。
 乙女先生の辛抱は五分で切れた。

で……。

「ええかげんにさらせよ、ネチネチとオッサンらシンキクサイんじゃ!」

 と、なったわけである。

 むろん校長は、そのネチネチ組の中に入っていた。日の丸、君が代にも当然反対で、あのころは卒業式そのものをボイコットして、校門前で式に参列する保護者たちにビラを配っていた。その同一人物が、つい先月の卒業式では、国歌斉唱のとき、起立しない教職員の頭数を数えていて、乙女先生と目が合うと、サっと目線を避けた。

 そんなこんなで、校長は、乙女先生が、転勤先に不満を持ったと思ったのである。

 乙女先生は、ただ、学校の名前がピンとこなかっただけである。数秒後思い出した。
――四年ほど前に、統廃合されて、そんな学校ができたなあ……。
 その思い出すまでの数秒間、乙女先生は校長の目を見っぱなしであった。特にウラミツラミがあってのことではないのは、読者にはお分かりのことと思う。ただ、校長は蛇に睨まれたカエルのように長い時間のように感じられた。


――これが学校の看板か……。

 小姫山春高校の校門の前に立った、第一印象が、これであった。

 乙女先生の常識では、学校の看板とはブロンズのレリーフで重々しいものであった。
「大阪府立小姫山青春高等学校」の十三文字は、キラキラのステンレスの貼り付け文字。いかにも軽々しい。校舎は、統廃合前のS高校の校舎を、そのまま使っているので、どうにもアンバランス。なんだかテレビドラマのロケに使うためにイカニモつけました。と、いう感じ。

 乙女先生は、最近の公立高校の名前の付け方は気に入らなかった。何年か前までは、条例で「学校名は地名を冠するものとする」と決められており、例外は廃校になった准看護婦養成の女子高と、八尾市から引き継いだ伝統校だけであった。校名を具体的に書くことははばかられるが、なんだかラノベに出てきそうな校名が多く、どうにも軽々しい。なによりも地名を冠しないことで地域との結びつきが希薄である。で、希薄になった分、逆に地域からのクレームが増えた。これは、単に校名の問題ではなく、地域がコミュニティーの存在としての意義を失ったからであろうが。

 そんなことを思いつつ、校門前に佇んでいると後ろから、バリトンの東京弁で声をかけられた。
「保険の勧誘ならだめだよ、今日は会議と作業で、先生たち手一杯なんだから」
 振り返ると、四十前後のニイチャンが、スーツ姿で立っていた。
――なんや、こいつは?
――なんだ、こいつは?
 同じ表情が、二人同時に顔に浮かんだ。
 ビックリしたのか、小鳥が飛び立ち、五分咲きの桜の花びらハラハラと舞い落ちた……。

 

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戯曲:シャボン玉創立記念日・4

2020-03-31 06:43:07 | 戯曲
シャボン玉創立記念日・4         
                   大橋むつお
 
 
 
 
 
時・ 現代ある年の秋
所・ 町野中学校
人物・
岸本夏子   中三
水本あき   中三
池島令    町野中の卒業生歌手
池島泉    令の娘、十七、八歳
 
 
泉: お母さんが言いたかったのは、ここ。いつまでもそれじゃだめだってこと! 補習いやさにジャズ始めたら、楽しくってたまんなくなっちゃうって映画あったよね、スウイング……なんとか……彼といっしょにいたい、そこからでいいんだよ。それで歌が好きなら……あたしの母さんね、ほんとは役者になりたかったの。
夏子: でも、時々ドラマとか出てるでしょ?
泉: それは副業。本業はあくまでジャズシンガー。
夏子: その役者志望がどうして……
泉: 彼が役者だったの。ある時、デートしてて、会話が途切れちゃってさ。そう、横浜の山下公園、そこで彼が、不慣れな歌の話をしたの。男ってカッコつけたいときって、あるじゃん。「かもめの水兵さん」て知ってる?
あき: 知ってます(歌う)かもめの水兵さん、ならんだ水兵さん(ここから泉も和して)白い帽子、白いシャツ、波にチャプチャプ浮かんでる。
二人: アハハハ……
泉: お互い古い歌知ってるね。
あき: 泉さんも……
泉: お母さんとは、ちょっと趣味ちがうけどね。 
夏子: あたし、それ知らない。
泉: ちょうどいい、今の歌、どんなふうに聞こえた?
夏子: えと、カモメがチャプチャプ。無邪気に子供が水遊びしてるみたいな……
泉: 楽しい歌でしょ?
夏子: はい、保育所の生活発表会みたいな。
泉: あたしも、いい童謡だと思う。この歌に関してはお母さんと趣味一致。それがね、その彼は反戦歌だって言うの。
二人: ハンセンカ?
泉: 戦争に反対する暗い歌。軍歌と同じくらいあたしは嫌い。
夏子: どうして、そんな風に聞こえるんですか?
泉: この歌、ゆっくり歌うとね、特に最後のとこ(歌う)波にチャプチャプうかんでる……
夏子: 変なの……
泉: でしょ。母さんの彼は、戦争で死んだ水兵さんの死体が浮いている姿を歌い込んだもんだって、知ったかぶりするわけよ。
夏子: 嘘でしょ、この歌は絶対そんな歌じゃない
泉: そう、お母さんもそう言った。昔、そういうひねくれた感覚で芝居すんのが流行ったんだって。彼も、ちょっと気の利いた話しをするつもりで、ついホラふいたんでしょうね。
あき: それは歌を侮辱しています!
泉: そう怒るのは、あんたが歌を愛してるからよ! 広く言えば、お母さんや、あたしたちと同じ仲間だってこと。むろん、杉村君もね。
あき: で、お母さんは、どうしたんですか? わたし、そっちの方も興味津々!?
泉: 若かったのね、彼氏と別れたのはもちろんのこと、お芝居までやめちゃった。……若い頃って、許せないとか悪いとか思っちゃうと、ハサミでものをちょん切るように切っちゃう……と、うちのお母さんは言うわけ。でもこの彼氏って、けっきょくあたしのお父さんになるんだよ。
二人: ……え!?
泉: それから、切れた二人は方やジャズ、方やお芝居をグルグルっと遠回りして、三年後に出会ってくっつき直したってわけよ、おかげで娘のあたしは……どう、あき、ちっとは気が変わった?
あき: はい、自信がわいてきました! 上原先生に、きちんと話してきます。
夏子: むろん、杉の森だろ!?
あき: もちろん! あ、泉さん、これからも手紙とか出していいですか?
泉: メールでいいよ、手紙書くの大変だろ?
あき: わたしって、そういうとこ古風なんです。
泉: あたし筆不精だから三度に一回くらいしか出せない……電話でもいい?
あき: もちろん!
夏子: 住所とか電話は、わたしが伝えておくから、早く行かないと職会はじまって、杉の森ら外されちゃうよ。今日は進路調整のための職会だから。
あき: じゃ、また手紙書きます、ありがとうございました! じゃ夏子また明日!
夏子: え、ほんとに急いでたの?
あき: うん、明日婆ちゃんの法事だから、ごめん、じゃ、失礼します!(下手に退場)
 
   しばらく見送ったあと泉は上手正面方向に、両手で大きな○を示す。
 
夏子: 何してるんですか?
泉: 杉村君に成果を報告してんのよ。(大声で)グッドラック!!
夏子: 杉村君、知ってたんですかこのこと?
泉: 彼も、あきに負けないくらい好きなのよあきのこと。青い顔して上原先生に……夏子君と同じこと言われてた「人の問題に首を突っ込むな」それで、一肌脱いじゃったのよ。
夏子: じゃ、お母さんに頼まれたってのは?
泉: 本当だよ、「正しく伝わるように話といて」そう言った。でも、お母さんは一枚上手……のつもり。
夏子: え? 
泉: これ、あたしの名刺、あきに渡しといて。
夏子: はい。これ、あきのアドレスとか住所とか……
泉: はいはい……はい。(素早く自分の携帯にうちこむ)
夏子: あの、泉さん?
泉: え?
夏子: この肩書きに書いてあるニートってなんですか? ニート・池島泉……
泉: へへ、すねっかじりをキザに書いただけさ……わからない?これといった仕事もしないでブラブラしてる奴のこと。
夏子: だって、泉さんは、お母さんのアシスタントやスタッフのお仕事を……   
泉: 何もしないで食わしてもらうわけにもいかないしさ……わたしに合うようなシャボン玉がまだ見つからないの。あたし高一で中退したから、資格は中卒……ほらほら、そういう珍しい動物を見るような目で人を見ちゃいけません。               
夏子: ご、ごめんなさい、そんなつもりじゃ……
泉: お母さんは何かさせたいことがあるみたいだけど、ぜったい言わない。
夏子: 自分のしたいことは自分で見つけるしかないから。自分もそうやって生きてきたからね、今さら娘にはいえないでしょ。だから、こうやって自分の仕事にひきまわしていろいろパシリをさせるわけ。その中からなにかをつかむだろうって……
夏子: わたしみたいに、なんとなく高校いっちゃうのは軽蔑します?
泉: しないしない、遅い早いの違いだけだから。ただ、こういうあたしを軽蔑する奴をあたしは軽蔑蔑する。
夏子: あ……
泉: どうかした?
夏子: この名刺、手描きじゃないですか?!
泉: え、うそ……ほんとだ、原版だ。
夏子: 原版?
泉: うん、半年くらいで新しい名刺に替えてるの。原版は、ここ一番大切な時とか人用に……
夏子: 返しましょうか……?
泉: いいよ、無意識だったけど、今日は、とっても大切な出会いの日だったのかもしれない……だからひょいと手描きの原版を……ハハハ、今日は創立記念日だ、ひょっとして。
夏子: はい?
泉: 新しいいろんなもの、目標とか、友情とか、勇気とか、愛情とか……ま、とにかく諸々の創立記念日(インカムから声がする)わかった今いく。撤収の準備ができたみたい。夏子、家はどこだ?
夏子: 駅前東の団地です。
泉: よし、途中までのっけてやろう。ただし、トラックの荷台だけどな。
夏子: ほんと? 嬉しい!
泉: じゃ、あたしは荷物とってくるから、裏門のトラックのところで落ちあおう、じゃあな!(元気よく上手に去る)
夏子: はーい!……こうやって、創立記念日の陽は西の山並の中、穏やかにやすらごうとしております。東の空には気の早い星々が、この記念日を言祝ぐように煌めきはじめております。そう、わたしにも、この岸本夏子にも、ほんとうは胸に秘めた夢があります。今日は、それが宵の明星のように、かすかに、でも、くっきりと輝いたような気がします。今日は、そんなわたしたちの目出たいシャボン玉創立記念日の良き一日でした(裏門とおぼしきあたりからトラックのクラクション)はーい、今行きます!
 
 
 夏子のこの独白の最初あたりから、エンディングのテーマFIし。最後、夏子が今一度惜しむように、まぶしく西空をあおぎ、上手にゆるゆると駆け出したところで、急速にFUし、幕が降りる。     
 
 
 
※ 作者メモ
 ボーイズ、ビー、アンビシャスというような、五十を過ぎたおじさんからの、言うのも恥ずかしいピュアなメッセージです。令と泉の二役をやる人、きりかえを大切に……でもこの親子、似た者同志です。夏子はキリっと、あきは、思いつめてはいても、けっして弱々しくハ演じないでください。説教くさい芝居にもならぬよう、明るく演じてください。
 
 ※ 上演される時は下記までご連絡ください 
🏣 581-0866
 大阪府八尾市東山本新町 6-5-2   大橋 むつお
 
 上演料は、文化祭、コンクールだけでなく、自主公演でも入場料を取らない無料公演の場合は頂きませんが上演許可はとるようにしてください。有料公演の場合は一万円以上になります。 
 
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・86「えと、一番近い知り合い!」

2020-03-31 06:25:28 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)86

『えと、一番近い知り合い!』   


 

 パーーン!

 久々に銃声かと身を縮めたのは自分がアメリカ人だからだろう。

 
 日本人なら銃声なんてドラマやアニメの中でしか聞いたことが無い。
 だから銃声というのは、ズキューン! ズバーン! などとエキセントリックな音がするものだと思っている。
 本物の銃声は乾いた音がする。そう、たった今のみたいに。
 撃たれたことは無いけど、銃声はシカゴでも数回耳にした。ギャングの発砲だったりお巡りさんだったりするんだけど、今のみたいに「パーーン!」なのよ。

 で、それは銃声では無くて、自分の自転車がパンクする音だった。

 カクンカクンと、タイヤのリムが直接アスファルトの路面を噛む衝撃で分かった。

「アチャー😵」

 こういう時にも日本語が出てくるのは、骨の髄から日本に馴染んだ証拠。
 でもね、黙ってりゃブロンドの白人少女、自分で言うのもなんだけど可愛い。
 サエカノに出てくる澤村・スペンサー・エリリに似ている。
 特に今朝は、中学の時のジャージにTシャツ。これって、エリリの定番だったりする。
 こんな街中、困った顔して佇んでいたら高い確率で声を掛けられる。十中八九オトコからね。

 思えば気合いが入りすぎていたんだ。

 美晴に頼まれて家庭料理のあれこれをレクチャーしに行った。面白そうなので演劇部の一同も付いて来て、とても盛り上がった。
 美晴は見かけに反して、ちっとも料理はできない。出来ないくせに居候のミッキーに「飯ならまかせとけ!」なんて請け負ってしまった。お婆ちゃんとお母さんが居ない一週間だけなんだけど、ボロが出ないようにしなくちゃならない。

 日本に来てから書き溜めたレシピノートを持ってって腕を振るったわけ。

 一週間はともかく四日くらいはいけそうな品揃えになった。
 でもね、家に帰ってから気が付いたのよ。
 あの品揃えのコンセプトは『まずは胃袋から、男を虜にするレシピ百選』だった。

 美晴がミッキーのハートを射止めようとか思ってるんだったらピッタリだったわよ。

 でもね、美晴は基本的にミッキーが疎ましい……とまではいかなくても、好意を寄せられるのは勘弁なんだよね。
 わたしの料理を三日も食べたら、男なら――彼女はオレに気がある!――ぜったい誤解する。
 演劇部の天敵である生徒会副会長の美晴だけど、それとこれとは別よ!

 そんなこんなを悩んでいたので、秋晴れの今朝――ヨーシ、今日は自転車でカットブぞ!――てんで、自転車に気合いと空気を……入れ過ぎた。

 ホームステイ先の渡辺さんちに電話すればいいんだけど、きっとパパさんが車で迎えに来てくれる。だけど、それって申し訳ない。
 人間、一つ失敗すると、連想ゲームみたいに過去の失敗の記憶が蘇ってくるんだ。
 で、直近の悪夢である『美晴んちでお料理に励みすぎ』を思い出してしまったわけよ。

 あ、ヤバイ、学生風の二人がこっち見てる。
 日本語わっかりませーん! を装ってもいいんだけど、近頃のスマホには翻訳機能が付いていたりする。

「えと、一番近い知り合い!」

 スマホに呼びかけると一件ヒット。
 なんと、100メートルも行けば美晴の家ではないか!

 大学生風がこっちに歩いてくるので、迷わずに電話するミリー・オーエンであった!

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坂の上のアリスー36ービーナスブリッジ

2020-03-31 06:16:30 | 不思議の国のアリス

坂の上のアリスー36ー
『ビーナスブリッジ』   
                 


 

 うわーーーーー!

 五人とも歓声を上げるだけだった。

 

 らせん階段を上がると、神戸の街と港が一望のもとに広がっている。
 なんというか、景色としての完成度がハンパない。
 知識では、函館の100万ドルの夜景も横浜の夜景も知っているし、自分の目で見たものもある。景色の大きさと言う点では、スカイツリーからの眺望の方がはるかに上だろう。
 でも、ダイレクトに心に響いてくるという点では、このビーナスブリッジからのが頭抜けている。

 広い空の下に海。海は陸地に迫って神戸港になって陸に抱きかかえられ、陸は程よい街並みになって足許に迫り、足許は豊かな緑になって後ろの山に繋がっている。
 もう、ここに立っているだけで、自分が3Dの風景画の中にいるような気になれる。で、その風景画は、心を和やかにしてくれて、人の心の中にある……なんちゅうか、静かな情熱? そんなものを穏やかに滾らせてくれるような気がする。

「ニイニ、いっしょに来てくれる彼女……見つかるといいね」

 綾香がポツリと言う。

「そーだよ、この雰囲気は告白にぴったりだぜ!」

 真治が閃いた。

 そうだ、ここは恋人たちに相応しい。

「そうなんですよ、ここは神戸屈指の……日本屈指の恋の聖地なんですよ。みなさんに感じていただきたかったんで、あえて予備知識的なことは申しませんでした」
 後ろで控えていた放出さんが、優しく付け加えた。
「ここって……愛を誓いあって鍵をかけていくんですね……あ、この手すりだわ」
 スマホで検索していた一子が発見した。
「でも見当たらないわ」
 すぴかが手すりを見渡して言う。
「手すりにかけたら、ちょっとおぞましくね?」
「そうだな、一個や二個ならかっけーけど、鈴なりになったらおぞましいな」

「みなさん、こちらです」

 放出さんにリードされて行った先は、ちょっとした広場になっていて、広場の真ん中にハート型に組まれたステンレスの骨組みがあった。

 

「なるほど、ここに掛けるんだ!」
 骨組みの間にはワイヤーが張り巡らされていて、ワイヤーには一杯鍵が掛けられていた。
「無知蒙昧な人間としては、気の利いたことをする」
 すぴかは聖天使ガブリエルの口調で言うけど、目の光は穏やかだ。
「みなさんも友情の証に掛けてみますか?」
 放出さんの手の先には新品の南京錠が輝いていた。俺たちは南京錠に白の極細マーカーでそれぞれの名前を書いた。

 カチャ        

 鍵をかけると、それまでいたブリッジの方で気配を感じた。

「「「「「あ……………」」」」」

 ブリッジには幸せそうなカップルが手を繋いでいて、ニッコリ笑って、こちらを見ている。
「あ、他にも!」
 なんと下のらせん階段から他のカップル……いや、子供や大人や赤ん坊を抱いたお母さんやら、いろんな人たちが上がってきて、ブリッジから広場にかけて数百人の人たちで埋め尽くされてしまった。

 いったい、この人たちは……?
 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 



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ここは世田谷豪徳寺・57《あかぎ奇譚・4》

2020-03-31 06:06:26 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・さくら*57(惣一編)
《あかぎ奇譚・4》
          



 その船は……戦艦大和であった。


「対空兵装から天一号作戦時の大和かと思われます……」
「艦上に人の気配がない……」
 大和は「あかぎ」と500メートルほどの距離で併走しており、最上甲板やブリッジ、対空戦闘指揮所に人が居れば見える距離であった。

 艦上には人の気配がまるでない。

 そして、相変わらず「あかぎ」にいくつもあるレーダーには映らないのである。

「所属と艦名を聞け」
「は……」
「待て、この距離なら、発光信号と旗旒信号でおこなえ。C国に傍受されると厄介だ」
 艦長の命令でアナログの信号が送られた……が、返事がない。
「……あの大和は実在なのか?」
「艦長、ビデオには姿が映りません!」
「なに?」

 ブリッジの艦長だけでは無かった、我が砲雷科でも何人かがビデオ撮影を試みる、モニターには映るが、映像としては取り込めない。つまりデジタルとしては存在しない船なのである。

「艦長、本艦は左舷に流されています」
 当直航海士が、静かに言った。
「潮の流れではないのか?」
「潮は艦首方向から二ノット。右舷からの影響は、あの大和の縦波の影響かと思われます」

 大和ほどの大型艦が500の距離で併走すると、相手が起こす波が微妙に影響し、反対方向に流される。その物理的な影響は受けているのである。
「面舵五度。大和に300まで接近」
あかぎは、かすかに右舷に傾斜しながら大和に近づいた。全長・全幅で大和とあかぎは、ほぼ同じ大きさだが、艦上構造物、特に46サンチ砲三基は圧倒的であった。

「シーホークを飛ばそう」

 艦長は、艦載ヘリのシーホークを飛ばし、全方位的に大和を観察することにした。

 ヘリからも、大和の映像が送られてきた。それはCGなどではない実在感があった。甲板も伝説通り黒く塗装され、甲板の機銃の周りには土嚢が積まれていた。ただ、人の姿が見えない。そしてビデオには映らなかった。
「大和との距離300」
「もどーせ、よーそろ」

 船は、近づきすぎると、僅かに引き合い、放置すれば衝突する。観艦式などで、何隻もの船が単縦陣で併走するのが高度な技術であるのは、このへんの事情による。現在、世界で、これが出来るのは米英海軍と海自ぐらいのものである。

「艦長、ソナーに感あり。両舷後方より二隻(ふたせき)距離ヒト千」
 CICから、ブリッジに報告が上がってきた。
「キャビテーションは?」
「ハン級と思われます」
「気づかないフリをしておこう。ここはバカになっておく」

 外国の潜水艦が近づいても、よほど危機が迫らない限り反応しないのが海自のセオリーである。反応すれば、こちらの対潜能力が知れてしまうからだ。

「大和より発光信号!」

 左舷見張り員が叫んだ。そして、ブリッジからの指示を聞くまでもなかった。発光信号であるので、大和を見ていた乗組員にはみんな分かった。

――1分後、機関停止、両舷全速反速されよ――

「どういう意味だ?」
 1分後にスクリューを停め、逆回転させろということだ。車で言えば、急ブレーキをかけ、全速でバックで走れということである。
「艦長、ハン級二隻が速度をあげてきました」
 CICが言ってきた。
「真横で浮上して驚かそうという腹でしょう。放置しときましょう」
 副長は独り言のように意見具申した。
「盛大に驚いたフリをしてやろう」

 以前、アメリカの機動部隊の輪形陣の真ん中に、C国の原潜が浮上したことがある。アメリカは艦隊全部で驚いたフリをした。これでC国は、米軍や海自の対潜能力を低く見積もった。で、艦長は、今回も同じであろうと判断したのである。

「大和より、発光信号。機関停止、全速反速30秒前」
「……」
「艦長……」

 乗員は、大和の意図を計りかねた。

「機関停止、全速反速。総員衝撃にそなえよ!」
 艦長は、大和にかけてみた。

 あかぎは、急速に速度を下げ、十数秒後には停止。すぐに後進になった。艦長の指示がなければ、ほとんどの乗員が転倒していただろう。

「ハン級、全速で我が進路を塞ぎます!」

 C国のハン級は、あかぎの前方300ほどで急速浮上し、なんと味方同士で衝突してしまった。
「あのまま進んでいたら、どちらかの潜水艦と接触事故をおこしていたところだ」
「ナンクセをつけられるところでしたね……」
 航海長が、汗を拭いた。

「左舷前方の潜水艦浸水の模様、乗員が避難しつつあり」
 左舷の見張り員が叫んだ。

 あかぎは、救命艇を出して、C国の乗組員の救助に向かった。そして、それに気を取られているうちに大和の姿は消えてしまった。

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