大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

ジジ・ラモローゾ:024『ジャノメエリカ』

2020-03-28 13:15:36 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:024

『ジャノメエリカ』  

 

 

 

 目が覚めてベッドの脇に目をやると、座卓の上に一瞬だけおづねが見える。

 

 名刺大の座卓の前に座り、じっとわたしのことを見ている。『やっと起きたか』という顔をして直ぐに消える。座卓の上に広げたいろいろな所帯道具ごと居なくなる。

 それが四日続いた。

 四日とも、朝の一瞬だけで、絡んでくることもなく、次の朝の起き抜けまで見かけることは無い。

 ま、これなら気にすることもないか。

 

 この四日、例のウィルスが、ジワジワと猛威を振るい、東京では都知事のオバサンが不要不急の外出は控えるようにって怖い顔で言った。

 怖いと言うのは、別に目を三角にしたり牙をむいたりするわけじゃない。

 あの人特有の無表情。

 どんな表情をしても目が笑わない。あれが怖い。

 

 ネットで東京のあちこちを見てみる。

 

 上野公園は閑散としてる。桜通りも夕方には通行禁止なんだそうだ……原宿……え? 人が歩いてる、けっこうな人数。あ、平日はこんなもんじゃないんだ。歩きながらクレープ食べたら迷惑になるらしい……渋谷……あ……少ない感じはするけど、人は歩いてるかな……信号が青になる……渡り切ると、やっぱ少ない。ニューヨークとかほどじゃないけどね……浅草……わ、少な! 仲見世とかも閉まってるんだろうなあ……新宿、あんまり言ったことないけど、少ないように思う……秋葉原、ああ……プレステ3でアキバを舞台にしたゲームをやったけど、あんな感じ。PCの能力で、画面に出せる人間は二十人までって、そんな感じ。

 

 おい、ジジ。

 

 声の方を振り向くと、座卓の上におづね。

「あ、四日ぶり」

『毎朝見てるだろ』

「喋った!」

『無駄口はたたかんのだ。こちらへおいで……』

 なんか、後ろの方に手招き……ボヤっと人影が現れたかと思うと、おづねの後ろの方で立ち止まって、姿が見えた。

 おづねと同じくらいの女の子。オレンジと赤の中間くらいの暖色のワンピースの下に緑色のスパッツ。

「えと……彼女?」

『たわけたことを、おまえが世話してたジャノメエリカだ』

「え、あ、ああ……」

『窓辺のジャノメエリカです。シーズンが終わったのでご挨拶にあがりました』

 チラリと窓辺に目をやると、ジャノメエリカの花は全部散って、残った葉っぱも元気がない。

「ごめんなさい、わたしの手入れが悪かったのよね!」

『いいえ、シーズンが終わっただけですから、気にしないでください』

「そ、そう……でも、ごめんなさい、ここのところ忘れ……」

 続けようとしたらおづねが止める。

『口にすれば言霊が災いする。ここは、ジャノメエリカの言葉を受けるだけでいい』

『ありがとう』

 おづねに頭を下げてえりかは続けた。

『球根は生きていますので、鉢はそのままにしてください。また来年お目にかかります』

「そうなんだ、ほんとにごめんね」

『では、失礼いたします』

 ペコリと頭を下げて、おづねといっしょに消えてしまった。

 

 久々に庭に出て、植物たちの世話をする。

 ジャノメエリカを真っ先にしたのは言うまでもない。

 

 

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戯曲:シャボン玉創立記念日・1

2020-03-28 06:18:48 | 戯曲
シャボン玉創立記念日・1     
                   大橋むつお
 
 
 
 
 
時 ・ 現代ある年の秋
所 ・ 町野中学校
 
人物・
 
岸本夏子   中三
水本あき   中三
池島令    町野中の卒業生歌手
池島泉    令の娘、十七、八歳
 
 
 満場の拍手の中、下手司会者席の夏子にライトがあたる。今、挨拶が終わって退場しつつある(という設定)校長を、客席の人々といっしょに拍手で送り返している。町野中学校創立五十周年記念式典のクライマックスが迫っている。
 
 
 
夏子: 校長先生の、おまとめのお言葉でした。ありがとうございました林信彦校長先生。それではみなさん、お待たせいたしました、式典のおひらき、フィナーレを飾っていただくため、スペシャルゲストをお招きいたしております。本校をン十年前に御卒業になり、現在、テレビ、ラジオ、そしてライブでご活躍中の、我町野中学の大先輩、シンガーソングライターの池島令さんにご登場願います。
 
 校長の時以上の拍手で、中央又は上手から令があらわれる、式典らしく、長目のロングドレス。
 
令: みなさん、今日は、池島令です。知らない人も多いかも(拍手)ありがとう、普段大人相手の歌ばかり歌ってるから、どうかなと思ったんですけど、知ってくれていてありがとう……あたし、本名は池島令子っていいます。子があるかないかだけなんだけど、歌手デビューする時に、「もう子供じゃないんだ!」そんな思いで「子」の字をとりました……それと「令」という呼ばれ方には中学時代の思い出が……今日は式典なんでこんな似あわないドレス着てるけど普段はパンツルック。中学生の時も、学校以外でスカートなんて穿いたことなかったの。悪いことばっかしてて……たとえばこの講堂の上、あがれるんだよ、そこでタバコ吸ったり、下級生いじめてる男子にケリ入れて、いきおいあまって玄関の大きなガラス割ったり、そんなあたしを、先生方も友だちも令子とは呼んでくれない「コラ、令!」「しばき倒すぞ令!」……「令子」って呼んでもらったのは卒業証書をもらう時だけ……そんなあたし、池島令がみなさんに送る歌、さぞや、ジャズやソウルとかレゲーとか、知ってる?ドガチャカにぎやかなやつ……違うんだぞー。実は、池島令にまだ「子」がついていたころ一番好きだった歌……笑っちゃやだよ。アハハハ……って自分で笑ってどーすんのっつうの、ね。その大好きな歌唄わせてもらいます。野口雨情作詞、中山晋平作曲「シャボン玉」……
 
 
 令、「シャボン玉」を、叙情的に、しかし明るく歌いきる。技術的には、CDの歌にあわせた口パクか、音楽の先生とか、コーラス部あたりの上手な人の声をとって口パク。自分で歌っても良いが、ここ、相当上手にやらないと、芝居をこわしてしまうので注意。
 
 
令: どうだった? 意外に素直、でしょ。知ってたこの歌? この歌はシャボン玉を赤ちゃんや子供の命にたとえてあるんだって。昔は、生まれて一才までに死んじゃう子が多いから、その命の儚さとか悲しさを、そうは感じさせないように明るく歌った……というのは大人になってから知ったことで。君らぐらいの時は、あたし、このシャボン玉って、少年時代の夢とか、あこがれのことかと思ってた。毎日いろんな新しいことに気をとられたり興味を持ったりして、なかなか自分に、本当に自分にあった夢やしたいことが見つからない、あれおもしろい! と思ったら次の日にはそれがおもしろくなって、そしてまた別のおもしろいことが見つかって、シャボン玉のように消えていく楽しい歌だと思った。だからあたしは、そういうふうに歌ってます。でもシャボン玉ってすぐ消えちゃうから、これだって思ったら、両手でパチンとつかまえて、自分の体や頭にしみこませるの、シャボン玉を体に憶えさせるの。そうすると、いつか自分自身がけして割れないシャボン玉になれる。いい、余計なことを考えちゃダメなんだ。楽できそう、近くにあるから、お手頃だから、友だちもやってるから……そういうのはダメ! 直感で、これだって思えるシャボン玉、どうぞ、君たちも見つけてください、ヘヘ、ちょっと長い令のお話はこれでおしまい。それじゃ、五十周年おめでとう! 六十年七十年、いや百年めざしてがんばってくださーい!
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・83「わたしはお料理名人!」

2020-03-28 06:01:35 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)83

『わたしはお料理名人!』   




 自慢じゃないけどお料理はからっきし。

 目玉焼きくらいはできるけど、あとはカップ麺にお湯を注ぐくらいのもの。


 十八歳にもなって、このザマなのは家庭環境によるところが大きいんだけど、言いだすととんでもないグチりになるので控えておく。
 母も祖母も十分承知しているので、この一週間はデリバリーを手配してくれている。

 ところが、このデリバリーさんが食中毒を出してしまって、二日目から止まってしまった!

 お母さんはヌカリのない人で、デリバリー以外の手配もしてくれている。

 わたしの口座に『おもてなし資金』を振り込んでくれていて、それを下ろせばしのげるようになっている。
 でも、これは万一の時の保険のようなもので、このお金で食材を買うことはできるけど。その食材でもって、わたしが料理することがどんなに無謀なことなのか……これには目をつぶっている。
 こんなところにも、日本人の安全保障への脳天気さが現れていると思うんだけどね。

 一週間だけのことだから、店屋物とか食べに行くとかという選択肢も一般的にはあるんだけど。

 シスコでミッキーんちに滞在している時に「ミハルの料理の腕はすごい!」ということになってしまっているのだ。
 これは日本と日本人への過剰な期待というか幻想が元になっていて、ま、多少の見栄とかもあって、ミッキーとその家族の思い入れを否定しなかったわたしにも問題がないわけじゃない。
 
 だって、一か月後にミッキーがわたしんちにホームステイするなんて、この大阪にミサイルが落ちてくるよりも確率が低いんだもん!

 でも、デリバリーを頼んでいたじゃない?
 それはね、こういうこと。
「わたしが作ったら美味しくなりすぎるのよ。一般的な家庭料理を堪能してもらうには、このデリバリーが一番なの!」
 と苦しく押し切った。
「もう少し一般的な家庭料理ができるようになったらご馳走するわ」
 自分へのフォローも忘れなかった。
 こういう屁理屈の立て方は、我ながらすごいと思う。ひょっとしたら国会議員に向いているのかもしれない。

 いろいろあって、放課後の空堀商店街をミッキーと二人で歩いている。

 恥を忍んで演劇部のミリーに相談したんだ。

 ミリーは、もう四年も大阪に居る。
 ホームステイ先は黒門市場で魚屋さんをやっている渡辺さんだ。
 渡辺さんは魚料理の他にも調理の腕はハンパじゃなくて、ミリーもその薫陶を受けて、かなりのものになっているらしい。
 演劇をちっともやらない演劇部だけど、お茶とお料理はなかなかのものらしい。
 お茶は千歳、お料理はミリーなんだ。
 松井須磨と小山内啓介も、なにか持っていそうなんだけど。生徒会の諜報能力をもってしても、この二人については分からない。
 
「協力してあげるわ、とりあえず食材は揃えておいてちょうだい」

 協力を約束してくれたミリーは綿密なリストを書いてくれた。
「魚だったら黒門市場の方がよくない?」
「ばかねえ、最初からそんな美味しいもの揃えたらハードル上がりっぱなしになるじゃないのよ!」
 なるほど、ミッキーのホームステイは三か月はあるのだ。
「それに、下校途中に買い物しておくって、とても自然じゃない」
「なるほど……演劇部のくせに思慮深いじゃない」
「うるさい!」

 ミリーは大したもので、空堀商店街のどこにいけば何があるかをしっかり把握している。

 わたしは家事とお料理のエキスパートとしてミッキーを連れまわした。
「すごいね、商店街がみんなお馴染みさんなんだ!」
「まーね」
 学校の制服を着て「あれとそれください」とテキパキしていれば、どこのお店でもお得意さんぶっていられる、地元商店街の有りがたいところよ♪

「あら、生徒会の副会長さん」

 声が掛かったのは、食器洗剤を買いに入った薬局だった。
 

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坂の上のアリスー33ー『USJからの中継』

2020-03-28 05:51:12 | 不思議の国のアリス

坂の上のー33ー
『USJからの中継』   



 

 この物語は『坂の上のアリス』というタイトルだ。

 今日で33回になるけど、アリスが出てきたことは無い。アリスというからにはブロンドの髪にパラシュートみたくスカート膨らんだ水色ワンピに真っ白な胸当てエプロン姿。で、時々懐中時計で時間を気にしている兎が出てこなければならない。ハートの女王もイカレタ帽子屋もハンプティーダンプティーも出てこない。ハートの女王にお目にかかったこともない。

 なのに、なぜ『坂の上のアリス』なんだ?

 実は、坂の上というのは、俺たちが通っている坂の上の高校にちなんでいる。律儀に第一回から欠かさず読んでくれている人なら分かっているんじゃないかと思う。
 じゃ、アリスは?
 これは名前の頭文字なんだ。アは綾香のア、リは亮介のリ、スはすぴかのス、で、『坂の上のアリス』ということになっている。

 ……ということで、俺、新垣亮介は、この物語の主人公の一人……なんだけど……。

 やめてくれェーーーーーーー!!!

 叫んだところで、風を切って急降下してしていった! あとは自分で何を言ったか叫んだか記憶にない。
 一分間の恐怖を味わった後、俺の顔は涙と涎でビチャビチャだった。事前にトイレに行っていたのは正解だ。ビチャビチャが涙と涎だけでは済まないところだった。

 今日は、気分を変えてUFJに来ている。UFJ……なんか違う? あ、そうそうUSJだよな、ユニバーサルスタジオジャパンの略だもんな。

 地面が揺れている……あーー気持ち悪いーーーー。

「これしきのことで、しっかりしなさいよ下僕!」
「そーよ、次は、やっとハリポタエリアなんだからさ!」
 くそ、絶叫系はダメだって言ったのによ。なんでフライングダイナソーから乗るんだよ!
「亮ちゃん、仕方ないよ。ハリポタは混んでるんだから、時間調整しなきゃならないでしょ」
「まだ三十分ほどあるよ」
 あ、俺はヘバッテっから……先いってくれていいよ。
「ニューヨークエリアに行こう! 水鉄砲で打ち放題だからさ! ほら、下僕! 行くわよ!」
 ひ、引っ張るなあ!
「ニイニ、行くぞ!」

 で、ニューヨークエリアでさんざん水鉄砲の的にされる。

 俺はすぴかみたいに大阪に偏見は無いけど、今日ばかりは違う。弱った俺を「キャッキャ」言いながら的にしやがって!
「あら、半分以上は大阪の外から来たお客さんよ。隙あり!」
 グエ! ゲホゲホ! 水がまともに口に飛び込んできた!
「じゃ、日本中大っ嫌いだあああああ!」
「ニイニ、外人さんもたくさん来てるんだよ、トドメ!」
 ウギーーー!
「世界中、みんな嫌いだああああああ!」

 以上、USJからの中継だったぜ……。

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

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ここは世田谷豪徳寺・54《あかぎ奇譚・1》

2020-03-28 05:44:10 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・54(惣一編)
《あかぎ奇譚・1》   



 

 なにから話せばいいだろう。

 まあ、どこから話しても、めでたい話と何一つ記録も証拠も残っていない話なので、気楽にいこうか。
 まずは、めでたい話から。

 あのボースン(熟練下士官)の杉野曹長が結婚した話から。

 陸に上がると、杉野曹長は杉野さんだ。なんといってもメンコ(在職年)が違う。オレは、この四月に二尉に昇進したけど、メンコは防大を入れても六年にしかならない。ところが杉野さんは、六の横に二十が付く。艦長に並ぶくらいのメンコの数だ。
 この自衛隊と結婚したような杉野曹長がリアルにおいても結婚した!

 それも相手は十五も年下のテレビ局のアナウンサー。どうも去年「あかぎ」の一般公開のときに、何かのきっかけがあったようだ。
 おれは、妹のさくらのために、AKBのフォーチュンクッキーを踊らされて恥をかいたことしか記憶にないが、そのとき、いっしょに乗艦していたテレビ局のオネーサンとできてしまったらしい。

 事実を知ったのは、四月一日に陸に上がる寸前だった。
「杉野君の披露宴のスピーチ、これでいいかなあ?」
 士官食堂で、艦長から、そう言われたのが最初だった。
「す、杉野って、うちのボースンですか!?」
 聞くまでもない。「あかぎ」の乗り組みで杉野というのは、あの杉野曹長しかいない。

 披露宴で、新郎の席に着いた杉野さんはとても四十代半ばのオッサンには見えなかった。なんともブキッチョに緊張した姿は、少年のようにウブだった。花嫁さんは、アナウンサーだけあって、あか抜けたウェディングドレスで、にこやかに微笑んでいる。
 艦長が、海自の士官としては申し分のないスピーチをやってのけたが、新婦側のゲストはみんなマスコミ関係、ウィットも話題も豊富で、海自側は押され気味だった。特に、オレのスピーチの直前に出たディレクターのオッサンが、こともあろうに妹のさくらのことを話題にしたので、若者用語で言えばテンパッテしまった。
「えー、ここで初披露になりますが、新郎杉野さんの上官であられる佐倉二尉の妹さん佐倉さくらさんが、『はるか ワケあり転校生の7ヵ月』の実写版に出演されることになりました……」

 おかげで、オレのスピーチは急遽妹のことから入らざるを得なくなり、「あいつが入ったあとのトイレは格別に臭く……」などとやってしまった。ネイビーの士官のモットーは、スマートとウィットである。トイレの話はウケたが、我ながら品性に欠ける。

 そのあとも、新郎側は押されっぱなしだった。

 とどめに出てきたのが新郎の祖父、もう百歳になろうかというしなびた老人であった。完敗を覚悟した。
「ええ、本日は……不肖のひ孫のために……ゴホンゴホン(ここで痰を切った)我が家は、私の祖父の代からのネイビーでありますが、三代目のわたしが不甲斐ないために、海自のみなさんには戦後ずっと肩身の狭い思いをさせてまいりました。艦長はじめ乗り組みのみなさんには……」
 あとの言葉は明瞭ではなかったが、旧海軍の出であるということで、我々の背筋が伸びた。

「なんの船に乗っておられたのか?」

 艦長が、司会を務めていた砲雷長に聞いた。驚くべき答が返ってきた。
「大和だそうです」
 艦長が起立した。
「お祖父さまは、大和の乗り組みであられた。総員起立、敬礼!」

 しなびたお爺さんの背筋が五センチほども伸び、見事な答礼を返された。

 期せずして、新郎側の一発逆転になった。しかし、その二日後にお爺さんは、静かに逝かれた。あの答礼で、ネイビーのなんたるかを自分達に伝えて逝かれたような気がした。

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