大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

せやさかい・133『ごりょうさん奇談・1』

2020-03-25 14:29:22 | ノベル

せやさかい・133

『ごりょうさん奇談・1』         

 

 

 

 堺で6人目の感染者。

 

 せやけど22日の数字やから、三日もたった今日は分からへん。

 ネットで調べたんやけど、他の街は24日の数字が出てたりしてる。堺市が遅れてるのんか、あたしの検索の仕方が悪いのかは分からへん。

「まあ、うちの町内からは出てへんからなあ」

 気持ちが通じたんか、朝食のあと片付けしてると、お祖父ちゃんが呟く。

 坊主と言うのは情報が早いと感心する。

「志村けんが罹ったらしいなあ」

 スマホをいじりながらテイ兄ちゃん。

 ヤマセンブルグは7人の感染者。他の欧米の国に比べたらメッチャ少ない。

 女王陛下の判断で、コロナ対策は日本式。そして、絶賛鎖国中。

『それでもねえ、小さな国だから、そんなに長いこと鎖国してるわけにもいかないしねえ……』

 スカイプで頼子さんの表情は暗かった。

 留美ちゃんは、ちょっと風邪気味で家から出してもらわれへん。

『熱って言っても6・9度なのよ、花粉症だって言ってるのに、お母さん大げさで……クチュン!』

 留美ちゃんの気持ちもお母さんの気持ちもよう分かる。

「詩(うたは)ちゃん、どうすんのん?」

 食器を拭いている詩ちゃんに振ってみる。

「友だちがDVD貸してくれるから取りに行くの。昼過ぎには帰って来るから、いっしょに観ない?」

「うん、観る観るう!」

 

 かくして午前中がぽっかり空いてしもた。

 

 おばちゃんの電動自転車を借りて散歩に出る。

 ウヒョー!

 ビックリするくらい軽い!

 とたんに方針転換。今の今まで家の周りというか、ご近所の散歩にしよと思てたけど、やんぺ!

 ハンドルを180度曲げてごりょうさんを目指す!

 

 フ……ウフフ……アハハハハ!

 

 スイスイ坂道を上っていくと笑いがこみ上げてくる。

 この一年、何べんも、この坂道を上がった。

 ごりょうさんが世界遺産に決まった時、中央図書館に本を借りに行ったり返しに行ったり、大仙高校の記念行事に呼ばれた時、頼子さんに送るビデオレターの撮影に行ったのは、ついこないだのこと。

 そのいずれも普通の自転車でエッチラオッチラやった。

 最初から電動自転車にしたかったけど、ある意味居候のうちには遠慮があった。

 

「あら、散歩?」

「うん、天気ええさかい」

「ごりょうさんとこ、桜咲き始めてるんちゃうかなあ」

「え、あ、うん」

 上り坂の大変なん分かってるから、ちょっと尻込みの生返事。

「電動で行きいよ。今日は使えへんし」

「うん、はい」

 

 そんで、山門を出て、サドルに跨ったら革命的なペダルの軽さ。

 バッテリーがもつのは20キロちょっと、午前中いっぱいの散歩には十分。

 ランナーズハイというやつやろか、30号線を超えるとアイデアが浮かんだ。

 

 ごりょうさんを一周してみよ!

 

 一周三キロか四キロ、まあ、楽勝や!

 けど、アホやった。

 ごりょうさんの南西の角からお堀に沿ってしばらく行くと、道は左に逸れて、ごりょうさんからどんどん離れていく!

 あ、大仙高校。

 こないだ文芸部で行った大仙高校が迫ってくる。ブレーキかけてスマホでチェック。

 そうか、ごりょうさんを完全に一周する道は無いんや。前に立ちふさがってる大仙高校と丸保山古墳が邪魔で迂回せんとあかん。

 並の自転車やったら、これで挫折したやろけど、今日は無敵の電動自転車!

 エイヤ!

 元気よくペダルを踏み込んで、大仙高校を大周りし始めた!

 

 

 

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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・80「二人して渡り廊下の窓辺に寄った」

2020-03-25 06:31:14 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)80

『二人して渡り廊下の窓辺に寄った』  




 理由は二つだろう。

 とりあえず、きまりが悪いんだ。

 中山先生といっしょに廊下で出くわした。先生はすぐに「お、松井須磨!」と気づいてくださった。
 朝倉さんはギョッとして、次にワタワタしだした。
 松井須磨という名前にギョッとしたんじゃない。
 だって、朝倉さんは演劇部の副顧問だ。
 めったに顔を合わさないと言っても、五月からこっち数回は顔を合わせている。七月には、部員一同を引率して地区総会にも行った。
 松井須磨という名前にも馴染んでいる。なんたって四人しかいない演劇部なんだから。

 朝倉さんは、同級生であったころから、わたしなんかには関心が無かったんだ。

 それは非難されるべきものじゃない。
 空堀高校というのは一応は伝統校で、伝統校にはありがちな無関心さがある。
 中山先生も、すすんでクラスの融和を図るようなことはしなかった。だから、クラスの半分くらいとは口もきかずに卒業していった。もっとも、わたしは留年ばっかして未だに二十二歳で現役の生徒だけども。

 二つ目は、朝倉さんは真面目な先生だということ。

 先生たる者、かつての同級生くらいは分かっていなっくっちゃ。
 そう思ってる。
 だから、中山先生が、わたしを見かけて「お、松井須磨!」と、懐かしさの籠った呼びかけになったことを眩しく感じている。アハハ、そうだったんだ! と笑い飛ばせばいいんだけども、真面目で不器用な彼女にはできないんだ。

 トイレに行こうと廊下を歩いていたら、渡り廊下をこちらに歩いてくる朝倉さんが目に留まった。

 気まずさの解消と、ちょっとした悪戯心で二階への階段を上がる。
 二階に上がると職員室。普通に歩いていったら出くわすはず……が、出会わない。
 
 千歳が車いすで提出物を運んでいるのに出くわす。

 段ボール箱を膝の上に載せている。箱の中に一クラス分の提出ファイルが入っている。
 偉いもんだ、足が不自由なのに、当番だったんだろう、一人で運んできたんだ。

「失礼します、一年二組の沢村です、朝倉先生いらっしゃいますか……」

 あ、朝倉さんの授業だったんだ。
 このままじゃ千歳の無駄足になってしまう。
「千歳、わたしが持ってってやる」
「あ、先輩」
 段ボール箱を取り上げると、渡り廊下に急いだ。
 朝倉さんは、渡り廊下の窓から中庭を眺めて時間を潰していた。

「朝倉さん」

 ちょっと悩んだけど、自然な方の呼びかけ。
「職員室の前で、1-2の沢村さんが届けにきてたから」
「え、あ、あ、ありがとう」
「どういたしまして、えと……人が居ないところじゃ『朝倉さん』でいいわよね?」
「え、あ、うん、松井さん」
「それじゃ……失礼します、朝倉先生」
 
 え? という顔になって、朝倉さんはわたしの目線の先を見た。
 こっち側に、瀬戸内美晴が歩いてくる、珍しくしょげている。
 朝倉さんと話せた勢いで声をかけてしまった。

「どうしたの副会長?」

「あ、松井さん」
 元気は無かったけど、てらいのない返事が返ってくる。天敵の生徒会だけど、彼女の優れたところだ。
「なんだか、わたしに続いて三回留年しそうな顔してるよ」
「ハハ、まさか……でも、それ以上かもね」
 そう言うと、二人して渡り廊下の窓辺に寄った。
「実は、ミッキーがうちに来ることになったの……」

 そう言うと、体が萎んでしまいそうな長いため息をつくのだった……。
 

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坂の上のアリスー30ー『おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡』

2020-03-25 06:22:35 | 不思議の国のアリス

坂の上のー30ー
『おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡』  



 お帰りなさいませ~♡ ご主人様~♡ お嬢様~♡

 ちょっと前までの俺だったら、こんな挨拶をされたら回れ右して帰ってしまっただろう。
 聖天使ガブリエルってかすぴかに関わるようになって、いつのまにか慣れてしまった。
 いや、慣れてしまったという自覚も無かった。
「え、あ、ど、ども……」
 顔を赤くしている真治を見て自覚した。俺は慣れて来てるんだ。

 でも、慣れた自分を自覚すると、ちょっぴり心が痛い。

 メイド喫茶に来ても、すぴかと綾香のゴスロリは目立つ。かなりのレイヤーでも真夏に完全装備のゴスロリをしている者は居ないだろ。

「ウ……これは水素水……基本は外していないわね」
 ウェルカムウォーターを口に含んで、すぴかは鑑定した。
「口に含んだだけで分かるの? 水素水って無味無臭でしょ?」
 常識人の一子がツッコミを入れる。
「凡俗は知識というフィルターでしかものを見ない」
 背後の壁に『当店は水素水を使っております』のポップがあるんだが、知らん顔をしておく。

「お待たせしました、ご主人様~♡、お嬢様~♡」

 メイドさんが二人掛かりで注文のあれこれを持ってきた。

 メイド喫茶は基本的には喫茶店なので、食事はランチとカレーとオムライスしかない。覚めた目で見ると、どこの喫茶店のメニューにもあるものなんだけど、こういう萌えの環境で出されると特別なものに感じてしまう。って、俺かなり感化されてんのかなあ?

「「それでは、美味しくなるおまじないをかけさせていただきま~す♡」」

 二人のメイドさんがハモってくれる。二人ともアイドルグループに居てもおかしくないくらい垢ぬけている。

「「おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡ 萌え萌えきゅ~ん!♡」

 真治一人真っ赤で、残り四人は楽しく萌えキュンのオマジナイを受ける。萌え萌えキューン!♡のところで両手でハートを作るのだけど、形を完全なハート型にするのは意外にむつかしい。見たところ、この二人はカンペキなハートを作った。それにオマジナイのフィニッシュにはただの笑顔ではなく、口元をωの形にした。ωは世界平和を願うオタクのシンボルなのだ! 大阪のメイド侮りがたし! wwww……って、俺どうしてしまったんだ!?

「わたしがトドメをさすわ……」

 すぴかがポッと頬を染めて立ち上がった。
「気を悪くしないでね、わたしは聖天使ガブリエル。この五年アキバのピナフォーで修行して『おいしくな~れ♡』の免許皆伝! 1000円のランチを、その三倍の美味しさにしてあげる! ちょっと場所を開けてくれるかしら。違いが分かるように一つだけ避けておくわね」
 ランチ一つと二人のメイドさんを退けると、純花は『おいしくなーれ♡ おいしくなーれ♡』の呪文に合わせ、外回りに大きく腕を回した。
 そして『萌え萌えキューン!♡』のところでは、親指を下にしてハートマークを作った。

「……もうこれはただの萌えランチではない、我聖天使ガブリエルの肉、アイスティーは我の血と化した、心して食せ!」

 で、あらかじめ避けていたランチと食べ比べると、すぴかの言葉通り三倍は美味しかった! 女執事のナリをした支配人が出てきて「わたくしも失礼して……」と試食。
「いかがかしら?」
「……ウ! ウ! これは美味しい! とても原価100円の冷凍とは思えない!」
 思わず秘密を口走ってしまう支配人。

 それからジャンケンタイムになると、すぴかは五回のジャンケンを全勝、プライズグッズを独り占めしてしまった!

「さすが聖天使! すごいじゃないか!」
 福引会場への道で、正直に褒めちぎった。

あんなことが出来たって……」
「うん?」
「あ……ううん、なんでもない、どうもありがとう」

 おれたちは三度(みたび)福引にチャレンジするのだった……。
 

 

 ♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 


 

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ここは世田谷豪徳寺・51《クランクイン》

2020-03-25 05:58:53 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・51(さくら編)
《クランクイン》         


 

 

 クランクインは大阪だ。

 まあ、舞台の大半が大阪なんだから、当たり前。
 最初は鶴橋駅でのシーンから。
 はるかが初めて母といっしょに鶴橋の駅経由でアパートに帰る。
 ホームにまで、立ちこめる焼き肉の匂いに母子もお腹の虫もびっくりする。

「日本で一番おいしい匂いのする駅だ」

 はるかの独白から始まる。で、エスカレーターの乗り方が東京と逆で、歩く人のために左側を空ける。それを知らずに左側に立ち、邪魔になってオッサンに怒鳴られるシーン。

「大阪っておっかなーい」

 この十数秒のカットと、他に5カットのために、終電が出たあとの鶴橋駅を借りる。エキストラは50人だけど、CG処理で、数千人に見せるそうだ。で、この撮影に、あたしは参加していない。鶴橋の駅では出番がないから。

 二日目の志忠屋の撮影から参加した。

 志忠屋が実在の店であることは知っていたけど、15坪15席の店内が、広く見えるようにレイアウトしてあるのにはビックリ。撮影用じゃなくて、普段からそうだと、マスターの滝川さんに聞かされて感心した。
 マスターの滝川さん役は、監督と作者の大橋先生が相談して、リアル本人にやってもらうことになっている。

 本人を見て納得した。シェフのナリをしていなかったら、どう見ても、その道の玄人。子分の百人もいようかという風格。それに若い頃は役者の真似事もやっていたようで、芝居も上手いらしい。


「お、はるかちゃん……やな?」

 これがマスター……がっしりした上半身がカウンターの中で、ロバート・ミッチャム(親の趣味でわりと洋画とかにもくわしい)の顔をのっけて振り返る。ただしチョンマゲ!
「母がお世話になっています。ご……坂東はるかです。マスターさんですか?」
「まあ、お座り」
「あ、はいっ!」
 すると、奥のトイレからジャーゴボゴボと音をさせて、お母さんが出てきた。
「あ、はるか。思ったより早かったじゃない」
「初日だもん。でも中味は濃かった!」と、立ちかける。
「タキさん。トイレ掃除完了。あとやることあります?」
「ないない、トモちゃんも落ち着こか」
 タキさん、トモちゃん……初日から、もうお友だちかよ。
「お母さん、これから教科書と制服いくんだよね……!」と、ドアに向かう。
「え、ああ、あれね……」
 あ、また忘れたってか……!? 自動ドアに挟まれそうになって止まる。
「あれ、行かなくってもいいことになった」
「え、どういうこと(まさか、また学校替われってんじゃないでしょうね)!?」
「送ってもらうことにしたから。今夜には家に着くわ」
「んもー、だったら言ってよ。わたし友だちのお誘い断ってきたんだからね!」
「あら、もう友だちできちゃったの!?」
「さすが、トモちゃんの娘やなあ」
「原稿の締め切り迫ってるからさあ……」
「まあ、昼飯にしよ。はるかちゃんも、口さみしいやろから、これでも食べとき。それから、オレのことはタキさんでええからな」
 タキさんは、サンドイッチを作って、オレンジジュ-スといっしょに出してくれた。
 そして、タキトモコンビの前には、毛糸にしたら手袋一個と、セーター一着分くらいのパスタが置かれていた。想像してみて、セーター一着ほどいた毛糸の量のパスタを!!

 ここで怒っても仕方ないので説明。

 目の前で、アッケラカンとパソコンを叩いている坂東友子。つまり、わたしの母は、つい一週間前に離婚したばっか。
 離婚の理由は、長年夫婦の間に蓄積されてきたもので一言で言えるようなもんじゃない。
 でも、離婚に踏み切れた訳はこのパソコン。
 わたしが、まだお腹の中にいたころに暇にまかせて書いた小説モドキが、ちょっとした文学賞をとっちゃって、以来、この人は作家のはしくれ。
「ハシっこのほうで、クレかかってるんだよね」
 そう言って、怖い目で見られたことがある。だって、本書きたって年に二百万くらいしか収入がない。最初はよかった。お父さんはIT関連の会社を経営していて、お家だって成城にあって、住み込みのお手伝いさんなんかもいた。
 でも、わたしが五歳のときに会社潰れて、お父さんは実家の印刷会社の専務……っても、従業員三人の町工場。で、そのへんからお母さんの二百万が、我が家にとって無視できない収入源になってきて、あとは、世間によくある夫婦のギスギス。
 かくして夫婦の限界は、先週臨界点を超えてしまい決裂。
「よーく分かったわ。はるか、明日この家出るから、寝る前に用意しときなさい」
 二人の最後の夫婦げんかは、明日の天気予報を確認するように粛々と終わっていた。わたしも子どもじゃないから、ヤバイなあ……くらいの認識はあった。でも、こんな簡単に飛躍するとは思っていなかった。

 そして、まさか大阪までパートに来るとはね……。

 作家というのは意表をつくものなんですなあ……って、タキさんもなんか書いてる!?
「ああ、これか……おっちゃんも、お母さんと同業……かな」
「タキさんは、映画評論だもん。ちょっと畑がちがう……」
 カシャカシャカシャと、ブラインドタッチ。
「せやけど……それだけでは食えんという点ではいっしょやなあ……」
 シャカ、シャカ……と、老眼鏡に原稿用紙……なんというアナログ!
「おれは、どうも電算機ちゅうもんは性に合わんのでなあ」
 ロバート・ミッチャムはポニーテールってか、チョンマゲをきりりと締め直した。店を見回すと、壁のあちこちに映画のポスターやら、タキさん自筆のコメント。
「……ところで、はるか、学校はどないやった? もう友だちはできたみたいやけど……」
 百年の付き合いのような気安さで、タキさんが聞いた。
「うーん……ボロっちくって暗い。でも人間はおもしろそう。今日会ったかぎりではね」
「どんな風にボロっちかった?」
 原稿用紙を繰りながら、横目でタキさん。
「了見の狭い年寄り。ほら、こめかみに血管浮かせて、苦虫つぶしたみたいな」
「ハハハ、ええ表現や。たしか真田山やったな?」
「あ、わたし演劇部に連れてかれちゃった」
「え、はるか、演劇部に入んの!?」

 お母さんが、目をむいて聞いてきた。

「図書の先生がね、演劇部の顧問。でね、本を借りたら、そういうことになっちゃって」
「演劇って、根性いるんだよ。その場しのぎのホンワカですますわけにはいかないんだよ」
「なによ、その場しのぎのホンワカって!」
 当たっているだけに、むかつく。ちなみにホンワカは、東京以来のわたしの生活信条。
「はるかは、本を読んではおもしろがってるしか、能がない子なんだよ」
 あ、暴言! それにはるかの苦労は、あなたが元凶なんですぞ。母上さま……!
「で、どや、おもしろかったんか?」
「大橋っておじさんがコーチ。変なオヤジかと最初思ったけど、わりとおもしろそう」
「大橋て、ひょっとして大橋むつおか? 字ぃのへたくそな」
「うん、有名な人なの?」
「オレのオトモダチや」
「え!?」

 母子は同時に驚いた。


 これだけのシーンが、ランスルー、カメリハ、そして本番は一発で決まった。
 あたしは、次のシーンに備えて見てるだけだったけど、このシーンの柱になっているのがタキさんだということがよく分かった。
「いやあ、タキさんは若い頃から、極道寸前の人生やったから、並の役者では味が出えへん」
 大橋先生の弁。いや、おっしゃる通りです。

 大橋先生は、見学に、新幹線で出会った車内販売の岸本というオネーサンを連れてきていた。先生は、とっくに現役の教師は辞めていたが、アフターサービスの行き届いた人だ。休憩中なんかには、岸本さんの話をよく聞いていた。どうやら、夫婦関係で悩みがありそう。
 気になったあたしは、午後の休憩で聞いてみた。
「あの、岸本さん、夫婦関係の悩みだったんじゃないんですか?」
「せや。でも撮影現場見て決心しよった」
「どんな風に?」
「別れよる」
「別れさせたんですか!?」
「あいつは最初から結論持っとった、俺は後押ししただけや。年寄りの仕事。しかし、さくらも、人間に興味があるようで結構。役者は、こうでないとな。せやけど、今の話は内緒な」

 知り合って、まだ三回しか会ったことのない先生だけど、もう百年の知り合いのよう。はるかさんの人生は、こういう距離感の取り方の人たちの中で決まっていったんだ。

 自分の、鈴木由香という役が、一歩近くなったような気がした。

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