大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

魔法少女マヂカ・141『なめくじ巴はどっち巻き?』

2020-03-30 15:32:18 | 小説

魔法少女マヂカ・141

『なめくじ巴はどっち巻き?』語り手:マヂカ    

 

 

 中央通を渡って西へ、湯島聖堂の緑青を噴いた大屋根を見当に歩いて行く。やがて右手に大鳥居が見えてくる。これが神田明神の正面だ。

 普段は西側から男坂の階段を上る。

 アキバからの最短ルートであるだけでなく、階段を上るというロケーションがアニメの絵面としては出来ている。『ラブライブ!』ではドラマの重要な舞台になり『ラブライブ!サンシャイン!!』では聖地になっている。

 しかし、単に絵面がいいと言うだけでなく、西の男坂がいわば神田明神の勝手口であり、神や神に準ずるもはここから入るのが作法とされているのだ。

 

 司令からの指令と洒落ているわけではないが、言いつけ通り正面の大鳥居を潜る。

 

「急な呼び出しにもかかわらず、お運びいただきまして有難うございます」

 巫女さんが頭を下げて出迎えてくれる。

「あ……いつもの巫女さんじゃないんだ」

「はい、アオさんは男坂の巫女。正面大鳥居は、このアカが受け持っております。まずは、これへ……」

 アカ巫女が左側の甘味処を示すと友里が声をあげた。

「あ、高坂穂乃花の実家!?」

「え、そうなのか?」

 千年の歴史を生きてきた魔法少女は、そこまでは分からない。やはり、いまを生きている女子高生にはかなわない。

 アカ巫女の後を付いて店内に入ると、「いらっしゃいませ!」と看板娘が出迎えてくれる。茶髪だが頭の小さなサイドポニーテールが可愛い。

「穂乃花だ……」

 ペコリと頭を下げて友里が喜んでいる。

 外からは分からなかったが、内暖簾の中は一間幅の廊下が奥まで続いている。

 二回角を曲がったところに『ここより中奥』と表示があって、アカ巫女が「お着きいーーー」と声をあげ、同時に杉戸が開けられる。

 さらに、二回廊下を曲がって広書院に出た。

「しばしお待ち願います」

 アカ巫女がお辞儀をして去っていくと、数秒の間を開けて、神田明神が出御して上段に収まった。

「すまんな、わざわざ呼びつけて。ダークメイドは取り逃がしたようだが、黄泉の国では大層な働きぶりであったと聞いておる。おお、ひょっとして、それがジャーマンポテトだな。まずは、それを頂いてからの話にしよう。たれかある、酒と取り皿を持て!」

 パンパン

 神田明神が鷹揚に手を叩くと、アカ巫女が三方に載せた酒と取り皿を捧げ持って現れた。三方と徳利には神田明神のなめくじ巴の紋所が付いている。

 わたしが目を留めたせいか、アカ巫女がチラリと三方を気にした。

「ささ、ジャーマンポテトをこれに入れて、三人で頂こうではないか。まずは近う寄れ」

――え、いいの?――

 友里が心配な顔をするので、わたしの方から近寄る。

 いちおう小笠原流の作法で、将軍に招かれた地方大名のように礼は尽くしておく。それに倣ってオタオタと友里が……ドテ! こけた。

「あいた!」

「とんだ無作法を」

 友里の代わりに頭を下げる。予想通りアカ巫女の鼻が動いた。

「よいよい、無理にジャーマンポテトを無心したのは、このワシじゃ。作法にこだわることは無い」

 もう一度三方に目をやって紋所を確認する。

「おや、紋所が……?」

「いかがいたした?」

「友里がこけるまでは、御紋のなめくじ巴は右巻きであったように……」

「気のせいであろう、紋所がころころ変わったりはせんであろう」

「いや、ですから。神田明神の紋所は右巻きが正しいのでございますが……」

 そうなのだ、もともと紋所は正しく右巻きであったが、わたしが見咎めることでカマをかけると、アカ巫女が、その都度紋所の巻き方を逆にした。三回見咎めたので、紋所は逆の左巻きとなっている。

 それに、なめくじ巴は俗称であって、神田明神や、その巫女が俗称で呼ぶことを咎めぬわけがない。

 正しくは、流れ三つ巴なのだ!

 

「しまった、見破られた!」

 

 ドロンと煙が立って、あたりは真っ白になってしまった。

 

 白い煙が収まると、そこは、中央通の交差点だった。

 中央通に出たところから化かされていたとは気づかなかった。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

戯曲:シャボン玉創立記念日・3

2020-03-30 06:41:53 | 戯曲

シャボン玉創立記念日・3     

                   大橋むつお

 

 

 時・ 現代ある年の秋

所・ 町野中学校

人物・

岸本夏子   中三

水本あき   中三

池島令    町野中の卒業生歌手

池島泉    令の娘、十七、八歳

 

 

 

泉: すみません。

二人: は、はい?

泉: (あきに)あなた、さっき校長室の横の部屋から出てきた人ね?

夏子: あ、令さんの娘さんだ!

あき: え?!

夏子: バカ、なにボサっとしてんの。

あき: あ、さっきは、すみません、頭がボーっとして、ぶつかったことも憶えてないんです。ほんとうにごめんなさい。

泉: いいのよ、そんなことは。(夏子に)あなた、司会をしてくれてた……夏子さんね。

夏子: は、はい、放送部の岸本夏子です。

泉: とても上手な司会だってお母さんが誉めてたわ。

夏子: ありがとうございます。校長室で令さんからもそう言われて、ボーっとしてたところです。たとえお世辞でも嬉しいです。

泉: あたしたちにも言うくらいだから、けしてお世辞じゃないわよ、あなた彼女の友だち?

夏子: はい、小学校からの友だちで、水本あきって言います。

泉: あきさん、ちょっと話していい?

あき: は、はい……

泉: よかったら夏子さんも、いいかな?

二人: は、はい……

泉: 実は、お母さんに頼まれたんだけど、彼女忙しくって。そいで代わりに話しといてくれって……いいかな?

あき: はい。

泉: 時間がおしてたんで、一曲はしょっちゃったし、話も中途ハンパでさ、お母さん気にしてんの、歌ってる時からすごい引力を感じる視線があって……

あき: そりゃ、プロ歌手なんて初めて見ちゃったから、おまけに先輩で、美人で……

夏子: そういうことじゃなくってでしょ、泉さん。

泉: うん、なんか思いつめたような……前列のほうだから、よくわかったって。歌っているときに感動してもらうのは歌手としてとっても嬉しいことだけど……話しているときに、こう……引力が強くなってきてさ、目線が合ったの憶えてる?

あき: はい。それで決心したんですから……

泉: やっぱし……校長室にいても聞こえてくるんだって……上原先生って声おっきいのね。

夏子: その分、耳が遠いんです。

泉: とぎれとぎれに話しの中味が聞こえて……お母さん、そういう耳と勘は鋭いの「あ、あたしのメッセージが間違って伝わってる」……決定的なのは部屋を出たとき、先生が大声で「考えなおせよ!」そして、あきちゃんが泣きそうな顔で、あたしにドシン!

あき: すみません。 

泉: あきちゃん、コーラス部だよね? 歌うことそのものは好きでしょ?

あき: はい……

泉: で、誰だかわかんないけど、同じコーラス部の男の子好きになって同じ学校へ行こうって決めていたんだよね。

あき: ……(顔を赤くしてうつむいている)            

泉: 「友だちがやってるからいっしょに……」は、だめなんだぞってとこらへんでドキッとしちゃったんでしょ?

夏子: すごい、そのとおりです。

泉: へへ、一応親子だからね。

あき: わたし杉村君ほど上手くもないし、杉村君ほど大きな夢はないんです、ただ杉村君のそばにいて、好きな歌が一緒に歌えたら……

泉: それでいいんだよ。あきちゃんが歌と杉村君の両方が好きで。

あき: でも……

泉: お母さんが言いたかったのは、ナンパや遊びや友達とつるみたいだけの集まりは駄目だって……ううん、それだってかまわない、補習うけたくないからジャズやってもいいし、男の子目的でクラブに入ってもいいの。

あき: そんな……

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・85「まずは胃袋から!?」

2020-03-30 06:27:00 | 小説・2

オフステージ(こちら空堀高校演劇部)85

『まずは胃袋から!?』        




 ミリーに言われて二つだけ確認してある。

 イスラム教徒でないこととベジタリアンでないこと。

 イスラムにもベジタリアンにも偏見は無いけど、わたしは牛豚の肉なしでは三日も居られない。二人の生活で別々のメニューなんてやってらんないしね。

「両方ともOKだよ」

 そう答えると、ニンマリ笑って薄い方のノートを仕舞った。
 したがってブットイ方のノートをペラペラとめくるミリー。
 垣間見えるノートには写真とともにレシピが英語まじりの日本語で書いてある。
「料理屋さんでも始める気?」
「ハハ、まさか。渡辺さんちのレパはすごいからね、パパさんは魚屋さんだし、お婆ちゃんの実家はお料理屋さんで、ママさんはレストランやってたし、みんな教える気満々。習わなきゃ損でしょ……はい、これだけの食材買っておいて」
 メモを見ただけでは想像できなかったけど、その量はミッキーを荷物持ちにして正解だった。「やっぱ、ミハルといっしょに帰るよ」というミッキーの気持ちもスケベー根性からだけではなかった。

「いやー、壮観ねー!」

 我が家のキッチンテーブルの上に並べられた食材とその他もろもろは多彩だ。
 野菜やお肉から始まり乾麺に各種調味料も色々、カレールーとか豆板醤があるのでカレーとマーボー豆腐は確定なんだろうけど、ケチャップに塩昆布、チョコレートは意味不明。
「さ、それじゃ分業するからテキパキやってね!」
 ミリーが指示すると演劇部の三人は手際よく下準備にかかる。
 一つ一つは「お湯を沸かして」とか「皮をむいて」とか「みじん切りにして」とか「均等に混ぜて」とかの単純作業。
 その組み合わせも絶妙で、一つの作業が終わると別の作業を指示して、無駄な時間待ちが出来ないようにしている。
 合間にはわたしへの解説と「じゃ、やってみて」と実際の調理もやらせてくれる。
「家庭用のコンロは火力ないから、炒め物はフライパンでいいわよ。手間だけどイモは面取りしといて、そこは余熱を利用して、そうそう、揚げ物は一度にやろうとしないで、野菜は最後に……」
 取りかかった時はミッキーが帰ってくるまでに仕上がるか不安だったけど、三十分もするとあらかた終わってしまった。

 コンロの上にはカレーと肉じゃがとロールキャベツが沸々と煮えていて、テーブルにはチキンライスと唐揚げとハンバーグと玉子焼きが湯気を上げている。

「唐揚げ、ちょっと早くなかった?」
 唐揚げの衣がなんだか白っぽい。
「ミッキーが帰ってきたら、もう一度揚げるの。唐揚げは二度揚げするのがセオリーよ、でもって熱々を食べさせられるってメリットもあるしね、なにより甲斐甲斐しくクッキングしてますって感じがするじゃない」
「えと、それに、ちょっと多くない?」
 ざっと見渡しただけで七品もある。
「ほんまや、俺でもこんなには食わへんで」
 部長の啓介もため息だ。
「これは、最低でも三回分。カレーと肉じゃがとキャベツロールは明日以降ね。チキンライスは冷めてからラッピング、改めて玉子を焼いてオムライスにする。玉子の焼き方も明日以降に教える。ハンバーグは常温にしてから冷凍庫、ソースはそっちの小さな鍋、これも冷蔵庫、乾麺はうどんすきに使うからね」
「あ、デザートは冷蔵庫に、賞味期限は四日はいけますから」
 千歳がいつのまにかデザートの仕込みまでやっている。
「今度は、家に来てやってもらえないかなあ」
 須磨先輩は、次回の実習の予約をする。

「ん、なんだか家庭料理の定番オンパレードって感じね!」

 ミリーの行き届いたメニューに一安心して、なんだか嬉しくなってきた。
「これだけやっとけば、ミッキーも大満足でしょ」
 そう言ってミリーはノートを閉じた。

 閉じかけの中表紙の文字が目に飛び込んできた。

――まずは胃袋から、男を虜にするレシピ百選――

 えと……絶対したくないんですけど! ミッキーを虜になんかさ!

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

坂の上のアリスー35ー関帝廟

2020-03-30 06:15:41 | 不思議の国のアリス

坂の上のー35ー
『関帝廟』   



 カンテービョーは関帝廟と書く

 三国志に出てくる関羽を祀ったもので、中国の人にとっては商売繁盛・家内安全・運気向上の何でもありの神さまで、神戸の関帝廟も地元華僑の人たちの心のよりどころになっているんだそうだ。
 よりどころと言っても、原色をふんだんに使った構えで、俺たち今時の高校生にはテーマパークのパビリオンと変わりない。

 ちょ、静かに!

 お堂に入ると、一子が小声ながらも凛と注意した。いつもホワンとしている一子なので、みんなビクッとする。
 注意されるわけだ……須弥壇(御本尊の関羽像が祭ってある)の前に額づいているオバサンが居た。
 その所作が、お寺や神社で目にするものとは全然違った。
 一般的なものの三倍はあろうかと思われる線香を両手で捧げ持ち、立って一礼、蹲るように膝をついて一礼を繰り返している。
 初めて見るお祈りの仕方なんだけど、とても厳粛で、ガサツな俺たちはひどく場違いな感じがする。

 一子が日本風に手を合わせ、自然と俺たちも倣って手を合わせる。一子がやらなかったら、俺たちは無作法なまま突っ立ていただろう。

 ……お御籤をひいてみようよ。

 すぴかが提案するのだが、直ぐには誰も動かない。お堂の造りが日本のものとは勝手が違って、どこにお御籤があるのか、どうやってお金を払うのかが分からない。
「そこの筒からお御籤棒ひいて、出た番号の引き出しからお御籤を頂くの。料金は引き出しの前の箱に入れればいいわよ」
 ちょうどお祈りが終えたオバサンが教えてくれる。

 こういうものは女子が率先するもので、一子、綾香、すぴか、真治、俺の順序でお御籤棒を引く。

 ……これは!?

 四十八番のお御籤棒を引き、引き出しのお御籤を取ってビックリした!

 下 下 と書いてあった。

「珍しいの引いたわね」オバサンが目を丸くした。
「それは大凶よ、100の引き出しがあるけど、下下は一つしかないのよ」

 うわーーーー!

 みんなが一歩下がって、いっせいにエンガチョされたのには参った。

「ま、これも一種の厄落としだから」

 オバサンの慰めに気を取り直して関帝廟を後にする。車に戻ると放出さんがタブレットの写真を整理している。覗き込むと、たった今エンガチョされたお御籤のシーンが何枚もある。
「いつ撮ったんですか?」
 いつどころか、放出さんが居た気配も無かったのだ。
「フフ、ずっと居ましたよ」

 俺たちが鈍感なのか放出さんが静かなのか……俺たちの旅はようやく中盤にさしかかったところだ。


 

 

♡主な登場人物♡

 新垣綾香      坂の上高校一年生 この春から兄の亮介と二人暮らし

 新垣亮介      坂の上高校二年生 この春から妹の綾香と二人暮らし

 夢里すぴか     坂の上高校一年生 綾香の友だち トマトジュースまみれで呼吸停止

 桜井 薫      坂の上高校の生活指導部長 ムクツケキおっさん

 唐沢悦子      エッチャン先生 亮介の担任 なにかと的外れで口やかましいセンセ 

 高階真治      亮介の親友

 北村一子      亮介の幼なじみ 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

ここは世田谷豪徳寺・56《あかぎ奇譚・3》

2020-03-30 06:08:38 | 小説3

ここは世田谷豪徳寺・56(惣一編)
《あかぎ奇譚・3》
           


 

 案の定、あかぎは南西諸島海域への哨戒任務に回された。

 このことの意味は大きい。海自最大最新の護衛艦を哨戒任務に就かせると言うことは、我が国の「本気度」のレベルを一段階上げたことになる。当然周辺諸国を刺激する。まあ、それも任務なのだから仕方がない。

 しかし、政府の煮え切らない姿勢が、ここでも出てしまった。「あかぎ」は空母型の護衛艦で、現状ではヘリコプターしか積んでいないが、将来的にはオスプレイやF35の搭載も視野に入れた船で、飛行甲板の材質や強度などのスペックは極秘になっている。
 この極秘こそが、周辺諸国には脅威なのである。種子島の南海上で、第七艦隊と合流して、ヘリとオスプレイの離発着を何度かやった。現実にはやっただけで、べつに米軍機が「あかぎ」に移動してきたわけではない。C国の監視衛星などがこれを見ている。C国は、この移動のフリを恐怖心から過大に評価する。ここに狙いがある。つい先年アメリカのオバマ大統領が「尖閣諸島は明確に、日米安保の保証の中にある」と言ったばかりである。C国としては神経質にならざるを得ない。
 しかし「あかぎ」の行動は単艦なのである。普通空母が移動するときには対空対潜能力の優れた駆逐艦数隻を付けるのが常識で、アメリカならばイージス艦を必ず随伴させる。
 でも、それをやれば、見てくれは機動部隊になってしまい刺激しすぎるという判断である。正直素人の心配である。「あかぎ」単艦での行動の方が、「あかぎ」にどれだけの能力や、搭載機があるか分からない状況では、誇大にその能力や意図を解釈される恐れがある。

 案の定、黄海に入ったとたんにC国の哨戒機が頻繁に接触してくるようになった。Y-8DZが二機べったりとはりついている。これは日本の新聞社なども撮影「高まる南西諸島方面での緊張!」とかの記事になり、A新聞などはそのお先棒になることは目に見えていた。

 脅威は潜水艦である。これは新聞社の飛行機からは見えない。米軍も「あかぎ」もC国の潜水艦の接触には気が付いているが、詳細は公表できない。こちらの対潜能力知られてしまうからである。「潜水艦も展開している模様」としか公表はできない。

 もう一つ怖いのは、漁船などの小型船舶に擬装した監視船というよりは妨害船である。これらの小型船舶の多くは木造小型で、水上レーダーにもかかりにくい。半分捨て身で接触されると沈没させてしまう可能性もあり、そうなると、「あかぎ」がC国の漁船を沈めたと騒がれるのは目に見えていた。

 運の悪いことに、濃霧と言っていい霧が立ちこめ始めた。

「対水上監視を厳となせ」

 艦長の警戒命令が出た。本来の監視要員以外の者も、哨戒任務に就く。
 信じられないだろうが、この21世紀の最新護衛艦でも、最後の哨戒は視認によるものである。簡単に言えば双眼鏡で、ひたすら海を見続けるという百年以上前の日露戦争と変わらない方法によっている。

「右舷後方五時より大型船接近しつつあり!」

 杉野曹長が信じられないことを叫んだ。とっさに双眼鏡を向ける。
 確かに五海里の彼方で、緑と赤の幻灯が光っているのが見える。それが次第に近づいてくる。本艦は15ノットの巡航速度だが、相手は20ノットは出しているだろう。商船としては高速と言える。
 さらに驚いたことに、これだけの船がレーダーに写らないのである。ブリッジは混乱していた。
「対水上監視を倍にしろ、手空きの乗員は、上甲板で視認に努めよ!」
 艦長の命令が艦内に響き、乗員の半分が右舷の最上甲板に集まった。

 そして、それは、十分後には「あかぎ」の右舷後方に姿を現し、併走するようになった。

 信じられないが、その船は……戦艦大和であった。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする