秘録エロイムエッサイム・8
(The witch trainingのつもりが……)
三条河原のアベックは川に沿って等間隔に並ぶことで有名である。
「じゃ、とりあえず河原に降りようか」
ろくに紹介もされないうちに、青年の一言で真由は三条河原のアベックの一組になってしまった。
「ボク、安倍って言います。よろしく」
「あ、あたしは……」
「朝倉真由さん。ひょんなことで魔法が使えるようになっちゃって、そのエクササイズのために、沙耶さん、ハチ公、そしてボクのところへまわされてきたんだよね」
「あ、はい。その通りです……なんで分かるんですか、一言も喋ってないのに?」
それには答えないで、安倍は続けた。ハチは、おまかせとばかりに少し離れてリラックスしている。
「なんで、ここのアベックたちは等間隔で座っているか分かる? それも、この冬に」
真由は、改めて周りを見まわすと、同じようなアベックが並んでいるのが分かった。等間隔なのかなと思うと、上空から見たビジョンが目に浮かんだ。何十組というアベックが等間隔で並んでいる。ビジョンが見えたこと自体が、もう魔法なのだが、真由は、この程度では驚かなくなっている。魔女慣れしてきたことと、安倍青年の不思議な雰囲気にも呑まれてしまっているようなのだ。
「これも一種の魔法。日本の古い言い方で呪(しゅ)がかかっているという」
「呪……ですか?」
「それも、二つの呪だよ。一つは互いの愛情……愛は多少の寒さもものともしない」
「なるほど……」
納得して、真由は驚いた。真由も寒さを感じない。小春日和のような温かさを感じる。
「ハハ、真由ちゃんが感じてるのは愛情じゃないから。ボクが暖かくしている。そこのハチ公までは届いている。病気の時、お母さんが手を当ててくれたり、さすってくれたりすると病状が和らぐね。あれも原始的な呪の一つ。西洋で言う魔法とは呪と同じで、その能力を増幅させたものなんだよ。ハチは上手く教えてくれたようだね、君の頭の中にはコントローラーが見える……いまR2ボタンでボクのこと透視しようとしたね」
無意識にやってしまったのだが、言われれば、その通りなので、またまた驚いた。で、真由のレベルでは透視しても安倍の正体は分からない。
「もう一つの呪はね……この三条河原は、むかしは処刑場だったんだ。有名なところじゃ豊臣秀次の一族やら石川五右衛門やらが処刑されてる。アベックの間には、そういう霊が座って心を温めているんだよ」
となりのアベックが笑った。どうやら男の子が女の子にプレゼントをしたみたいだ。
「なるほど、恋は魔法だ。でも、あたし処刑された人たちは見えません」
「経験値があがれば見えるさ。真由ちゃんにはハチが見えてるだろ。でも、他の人には見えないんだ」
「え、見えてないんですか?」
「渋谷じゃないからね、ハチもリラックスしてるんだよ。ちなみに隣にいるのが、いま言った五右衛門……おかしい、五右衛門が気を付けろって言った……いかん、ボクに掴まって!」
言うが早いか、安倍は真由に覆いかぶさってきた。真由は反射的に安倍にしがみついた。
次の瞬間、安倍と真由の体が爆発……したように見えた。
「しとめたか?」
「……だめ、一瞬早くテレポされてしまった」
アベックが悔しそうに言った。
「いて!」
「痛い!」
ハチが、アベックの男女に噛みついて消えた。周りの何組かのアベックが咎めるように二人を睨んでいた。どうやら、仲間の失敗に怒っているようだ。
魔女の初級訓練が、いきなり実戦に入ってしまった。