「ちょこのあげかたて、書いたんよ!!」
日本語のむつかしさを、アリスは改めて実感した。
アリスは、喋る方ではかなり日本語ができる。かなり古い大阪弁だけど……しかし、書く方はもっぱらヒラガナだった。若干のカタカナや漢字は使えないこともないが、たとえば「ナ」と「メ」、「ツ」と「シ」、「ン」と「ソ」の区別がむつかしい。ヒラガナでも「ね」「れ」がときに混乱し『走れメロス』は『歩ねナロス』と覚えていた。で、字のやりとりは、千代子ともヒラガナだった。
メモをもらったとき、アリスは千代子の思い詰めた表情で、てっきり、好きなカレに女の子の大事なものを捧げることだと思った(捧げるという感覚は、シカゴのお隣のTANAKAさんのオバアチャンから教わった)。
「まさか、たかがチョコレートのあげ方で、あんな悩み方すると思えへんやんか!」
「本命チョコは、気いつかうんよ!」
「たかが、バレンタインのチョコやろ。そこらへんの安もん買うて、ばらまいたらしまいやん。そんなもんで愛情表現するやなんて信じられへんわ!」
確かに、アリスに日本語を教えてくれたTANAKAさんのオバアチャンが日本にいたころは、バレンタインチョコの習慣はなかった。アメリカではバレンタインは、ごく軽い習慣で、出来合いのキャンディーなんかをばらまいておしまいである。
イマイマシイが、プロムの感覚と混同したのもミスであった。アメリカではプロム(卒業式のあとのパーティー)で、友だちから恋人に関係を発展させるカップルも珍しくない。だから、卒業式に近いバレンタインの日に、千代子が悩むことを当然だと思った。ネットでも検索して、日本ではバレンタインの日に、そういうことを願う女の子が多いと確認もしておいた。
アレ?……と思ったのは、昨日のヒラリ・クリキントンの講演での事件である。バレンタインの日より三日早い。それに、スッタモンダあったとは言え、チョコを東クンにあげて安堵した千代子の顔である。チョコをあげるのは、序章にすぎない。ミッションコンプリートはちゃんとした、しかるべきところのベッドの上で行わなければならない。
で、念のため、家に帰ってから、帝都ホテルのリザーブの件を切り出したのである。
で、「ちよこ」と「ちょこ」の違いに気づき、論争になりかけたのである。
「ちょっと、あんたら、なにもめてんのよ?」
「え……ああ、それええかも。ウチも一回、あんなええとこ泊まりたかってん!」
「お母ちゃん、あさって、アリスと泊まりにいってもええ?」
「ええ、どこにい……」
「それがね……」
リビングで、母子が話している間に、アリスには電話があった。伯父さんのカーネル・サンダースからであった。
アリスのミッションは玉砕したが、ヤンキー魂は脈々と生きていた。
「ヤンキー魂」と大阪弁の「ヤンキー騙し」はいっしょだなあと思うと、一人笑みが漏れた……。