大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

不思議の国のアリス・12『アリスのミッション・玉砕編』

2020-01-25 06:21:39 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・12
『アリスのミッション・玉砕編』 
   


 
「ちよこのあげかたて、書いてたやん!」
「ちょこのあげかたて、書いたんよ!!」


 日本語のむつかしさを、アリスは改めて実感した。

 アリスは、喋る方ではかなり日本語ができる。かなり古い大阪弁だけど……しかし、書く方はもっぱらヒラガナだった。若干のカタカナや漢字は使えないこともないが、たとえば「ナ」と「メ」、「ツ」と「シ」、「ン」と「ソ」の区別がむつかしい。ヒラガナでも「ね」「れ」がときに混乱し『走れメロス』は『歩ねナロス』と覚えていた。で、字のやりとりは、千代子ともヒラガナだった。

 メモをもらったとき、アリスは千代子の思い詰めた表情で、てっきり、好きなカレに女の子の大事なものを捧げることだと思った(捧げるという感覚は、シカゴのお隣のTANAKAさんのオバアチャンから教わった)。
「まさか、たかがチョコレートのあげ方で、あんな悩み方すると思えへんやんか!」
「本命チョコは、気いつかうんよ!」
「たかが、バレンタインのチョコやろ。そこらへんの安もん買うて、ばらまいたらしまいやん。そんなもんで愛情表現するやなんて信じられへんわ!」

 確かに、アリスに日本語を教えてくれたTANAKAさんのオバアチャンが日本にいたころは、バレンタインチョコの習慣はなかった。アメリカではバレンタインは、ごく軽い習慣で、出来合いのキャンディーなんかをばらまいておしまいである。
 イマイマシイが、プロムの感覚と混同したのもミスであった。アメリカではプロム(卒業式のあとのパーティー)で、友だちから恋人に関係を発展させるカップルも珍しくない。だから、卒業式に近いバレンタインの日に、千代子が悩むことを当然だと思った。ネットでも検索して、日本ではバレンタインの日に、そういうことを願う女の子が多いと確認もしておいた。

 アレ?……と思ったのは、昨日のヒラリ・クリキントンの講演での事件である。バレンタインの日より三日早い。それに、スッタモンダあったとは言え、チョコを東クンにあげて安堵した千代子の顔である。チョコをあげるのは、序章にすぎない。ミッションコンプリートはちゃんとした、しかるべきところのベッドの上で行わなければならない。
 
 で、念のため、家に帰ってから、帝都ホテルのリザーブの件を切り出したのである。

 で、「ちよこ」と「ちょこ」の違いに気づき、論争になりかけたのである。

「ちょっと、あんたら、なにもめてんのよ?」
 千代子ママが介入してきた。
「「ううん、なんでもないよ」」
 声は揃った。
「……これ、いまさらキャンセルしたら、もったいないよって、千代子、ウチと二人で泊まらへん?」
「え……ああ、それええかも。ウチも一回、あんなええとこ泊まりたかってん!」
「お母ちゃん、あさって、アリスと泊まりにいってもええ?」
「ええ、どこにい……」
「それがね……」
 リビングで、母子が話している間に、アリスには電話があった。伯父さんのカーネル・サンダースからであった。
 
――カーネル小林から電話があって、「さざれ石」を見にこないかってさ……うん、明日――

 アリスのミッションは玉砕したが、ヤンキー魂は脈々と生きていた。
「ヤンキー魂」と大阪弁の「ヤンキー騙し」はいっしょだなあと思うと、一人笑みが漏れた……。
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魔法少女マヂカ・124『アキバ裏次元の戦い・2』

2020-01-24 13:29:56 | 小説

魔法少女マヂカ・124  

 
『アキバ裏次元の戦い・2』語り手:安倍晴美 

 

 

 秋葉原東口広場のロータリーの中央には白線で区画された十五のマス目がある。

 

 一見駐車スペースに見えるが、それはアキバの緊急避難用の方形魔法陣なのだ。

 ダークメイドに乾坤一擲のスプラッシュアローを食らわせ、これが十四年ぶりの大技だったので、反動がきつく、ほとんど気絶した状態で墜落したのが、その方形魔法陣の中央だったのだ。

 ミケニャンが長ったらしい我が真名を詠んで地面への激突に間に合わなかった……のではなかった。

 ミケニャンは、我が真名を唱えることで、聖メイドクィーンであるわたしを無事に収容したのだった。

 ごめん、勘違いしていたわ。

 痛さとショックで、心の中でしか礼が癒えなかったが、通じてはいたのだろう。涙目でコクコク頷くと、今の主であるバジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン三世と入れ替わった。

「お気づきですか、大御所様」

「おお、バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン三……イタ、舌噛んだ」

「重子でけっこうです。大御所様の前では、いつまでもメイド志望の女子中学生です」

「そうか、懐かしいなあシゲちゃん……わたしは、どうしてメイドクィーンであったころの記憶が無かったのだろう……?」

「自分で魔法をかけたからですよ。十四年前のクリスマス、ダークメイドを封印に成功して、おっしゃいました『これからは重子たちの時代だ』と。そして、アキバを去って、普通の女子大生に戻って行かれました。あの峻烈な身の処し方に感動したからこそ、今の重子とアキバがあるんです」

「そうか、そんなことが……シゲちゃんも昔の言葉遣いでいいよ」

「はい……うん」

「アキバは無事なのか?」

「うん、裏次元はかなり破壊されたけど、表に影響が出るまでには至ってないよ」

「次に攻撃されたらもたないニャ」

 ミケニャンの言う方が真理なのだろう、重子は俯くばかりだ。

 ようやく半身を起こして周囲に目を配る。

 アキバの内でも『神』や『聖』の称号を持つメイドたちが傷つき疲れ果てた姿で、わたしを取り囲んでいる。

「とにかく、晴美さんが無事でよかった……」

「でも、わたし覚醒させてまで呼んだというのは、もう、手に余るのだろう?」

「う、うん……」

「仕方がない、ダークメイドに打撃は与えたが、黄泉の国に逃がしただけだ……わたしが追撃しよう」

「ありがとう、晴美さん! 重子もいっしょに行くから!」

「わたしも!」「わたくしも!」「わたしたちも!」

 重子が身を乗り出すと、神メイドや聖メイドたちも次々に名乗りを上げる。

 十四年の隔たりはあるが、アキバのメイドスピリッツは確実に育っている。

「いいや、おまえたちは、ここで現世のアキバを守っていなさい。わたしには仲間もいる。仲間たちといっしょにダークメイドを封印してくる。吉報を待っていて欲しい」

「しかし、それでは……わたしだけでも、このバジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン三世を同行させてよ!」

「ちょっと気になっていたんだが」

「なに?」

「わたしが、バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世。シゲちゃんが、バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン三世だろ? 二世は誰なのだ?」

「そ、それはアキバ最大の秘密なのニャ!」

「二世なんかいないよ。三世としておけば、二世もあったみたいで、その……かっこいいから、そういうことにした」

「あ、あ、言ったニャ! ひ、秘密だからニャ!」

「ハハハ、分かった分かった」

 

 ミケニャンの慌てぶりを笑いながら、もう、頭の中ではダークメイド攻略法を組み立て始めている。どうも、わたしはメイドクィーンの自覚と共にかなりの能力を封じていたようだ。

 さて、うちの魔法少女たちの力は借りずばなるまいて……。 

 

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不思議の国のアリス・11『ミッション・恋の実弾編』

2020-01-24 06:52:45 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・11
『ミッション・恋の実弾編』
    


 目が覚めたら千代子のベッドは空だった。

――会場までの道が分からない子がいるので、お先に――

 そのときは、このメモの意味を深くは考えなかった。
 今日のヒラリ・クリキントンの講演には、急な誘いにもかかわらず、七人が参加の返事をよこしてくれた。日本の高校三年生は、この時期はヒマである。学年末テストが終わると、卒業式まで、二日ほど登校日があるだけだ。お手軽な大阪市内で、気のあったクラスメート同士、気楽に出会えて、民主党のヒラリにも会えて、ランチまで付いている。このへんの損得勘定はTANAKAさんのオバアチャンが言っていたとおりだった。
 高校生の行動範囲は狭い。大阪市内でも分からない者もいるだろう。アリスだってシカゴ市内のことを全部知っているわけではない。

 会場のPホ-ルに着くと、すでに五人が集まっていた。大杉がアリスをみつけるなりニタリと笑ったのには困ったが、まあ、ブラフの一人ではあるので、友好的に片手をあげてニッコリしておいた。
 千代子と東クンの距離が気になった。間に三人も人を置いて間を空けている。
――ああ、しんきくさい!――
 そう思ったが、これは互いに意識している証拠。まあ一歩前進と理解しておくことにした。

 事件は、会場に入るセキュリティーチェックで起こった。

 金属探知器はもちろんのこと、持ち物は全てエックス線検査である。ペットボトルやマニキュアなどのリキッドも持ち込めない。最初の大学生二人が、ペットボトルでひっかかり、後続の学生たちは、飲みきったり、捨てたりしていた。そしていよいよアリスたちのグループに順番が回ってきた。
「これは!?」
「Shit!」
 日本語と英語が一度にして、あっと言う間に東クンが拘束されてしまった。会場入り口は騒然となり、床にねじ伏せられた東クンは苦しげにうめき、千代子は空気の足りない金魚のように口をパクパクさせ、すぐに涙を溢れさせた。
 東クンのバッグは、すぐに開けられ、ラッピングした箱の中味が出された。

 その中味は、黒光りする50口径のピストルだった!

「ちょっと待て……」
 拳銃を出しかけたSPたちを静止して、ボスらしきサングラスのダークスーツが、50口径のピストルを箱から取りだした。
「これは……チョコレートに黒いアルミホイルを貼り付けたものだな」
「しかし、良くできている」
「日本人は器用だなあ……」
 そんなことを、アメリカ人のSPたちがつぶやき、東クンを確保していた日本人警官の手も緩みだした。
 その時、箱についていた手紙を読んだベテラン警官の日本人が叫んだ。
「プラスチック爆弾かもしれん!」
「グエーーーー!」
 再び、東クンはロビーの床にねじ伏せられた。
「なんて書いてあるんだ!?」
 アメリカ人のSPが、鋭く叫んだ。
「これで、目標のハートを仕留めて……だ」
「Shit!」
「shit-ass!」
 東クンは、手を後ろにねじあげられ、髪の毛を掴まれ連行されそうになった。

「待って、その手紙は、わたしが書いたんです。それはチョコレートで、わたしがあげたんです!!」

 千代子が叫ぶ、警官が千代子に詰め寄り、手を掛けようとした、その時……!
「マチナサイ!」
 伯父さんのカーネル・サンダースがやってきた。
「カーネル・サンダース」
「これは……ただのチョコレートですよ」
「しかし、チョコレート味のプラスチック爆弾かも?」
「彼女は、わたしのフレンド・チヨコ。神さまにかけて、テロなんかじゃないから!」
 アリスも真剣に伯父さんに訴えた。
「分かってるよアリス。ただ、SPの諸君に納得してもらうために、銃身を少しだけ削らせてもらうよ。科学検査してると、ヒラリの講演に間に合わないからね」

 ヒラリ・クリキントンの講演はおもしろかった。世界情勢から、先月来日していた旦那の話まで、ジョークを交えながら語ってくれた。
「では、質問のある人……」
 ヒラリはにこやかに聞いたが、誰も手を上げない。これ、日本人の不思議ってか、悪いところだとアリスは思った。充実した講演なら、それにふさわしい質問をするのが礼儀だ。気が付いたら手をあげていた。
「はい、そこの彼女……ひょっとしてアメリカ人かしら?」
「はい、アリス・バレンタインです。交換留学生で日本に。で、残念ながら共和党の支持者ですけど、かまいません?」
「もちろん、発言の条件は、ここのオーディエンスだということだけよ」
「あの、ヒラリさんが思われる高校生の……その、男女関係のあり方って、アドバイスしていただけたら。すいません。日本の友人にも分かってもらいたいんで、日本語で失礼しました」
 アリスは、大阪弁のあと、英語に訳してヒラリに伝えた。
「立派な同時通訳ね。そうね、心と体に正直であること。むろん、よく考えた上で。で、心というのは、けして欲望のことじゃないわよ。むかしダレかさんにも言ったけど」
「ありがとうございます」
「そうそう、今日ロビーで、ピストル型のバレンタインチョコで、一騒ぎあったとか。アメリカ式のセキュリティーは優秀だけど、ロマンチックやウィットが分からなくって。50口径が45口径になっちゃったそうで、ごめんなさい」
 千代子と東クンが赤くなった。
「お詫びに銃弾をあげましょう……」
 ヒラリは、ポケットから、二発の銃弾を取りだした。場内が一瞬ざわついた。
「これはね……」
 ヒラリは、薬莢を抜くと短冊にサラサラと書きだした。そう、銃弾型のボールペンである。
「さ、お二人さん。ここに来て」
 おずおずと二人が壇上に上がった。
「注意しとくわね。これ持って飛行機には乗らないこと。それから、銃弾としてはイミテーションだけど、これで書かれる言葉は実弾よ。たまには、デジタルなメールじゃなくて、アナログな実弾攻撃を」
 
 民主党も粋なことをやるもんだと、アリスは思った……。
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巷説志忠屋繁盛記・16『アイドルタイムはアイドルタイム・2』

2020-01-24 06:38:35 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・16
 
『アイドルタイムはアイドルタイム・2』    
 
 
 予定していたロケ地が使えなくなってしまったそうだ。
 
 阿倍野にあるイタ飯屋を予定していたのだが、未明の火事で焼けてしまって使えなくなってしまった。
 スタッフはともかくキャストのスケジュール変更が難しい。
 同じキャストが使えるのは三月も先で、とても間に合わない。
 いっそ台本を書き替え、部分的な撮り直しも検討されたが、二回分は撮り直さなければならず、これも却下された。
 
「あ、志忠屋に似てる!?」
 
 ADの女の子が膝を打ち、ディレクターの中川女史も気が付いた。
「レイアウトがいっしょだ! これならいけるやんか!」
 もうマスターに交渉している暇もなく、女史の一存で強行撮影とあいなったわけである。
「そやけど、完全に同じいうわけにもいかんやろ」
 機嫌悪そうにマスターは腕組みする。
「そこは台本を変えた!」
「使用料はなんぼくれんねん?」
「今日一日の予想売上分」
「しかし、今日の食材無駄にまるしなあ~」
「ランチで、たいがい使い切ったんじゃないの?」
 常連客である女史は志忠屋の冷蔵庫の中身まで知っている。
「それも見込んでランチの大盛況仕込んだんやな~」
「いや、あれはあくまでも必要な撮影やったから」
「タキさん、店の名前変わってるーー!!」
「なんじゃとお!?」
 トモちゃんの声に店のスタッフは表に出てみた。店の看板はそのままに屋号だけが『夢中屋』に替わっていた。
「ダメじゃないの、フライングしちゃあ」
「す、すみません」
 文句を言う女史だが、ディレクターも美術さんも真剣みに欠ける。
「ディレクターのくせして、下手な芝居やのう……売り上げ三日分や!」
「よし、二日分プラスアルファ!」
 
 午後の志忠屋は臨時休業することになった。
 
 あっさり折れたタキさんだったが、ワケがある。
 ロケバスの窓から覗いた女優さんが似ていたのである、あの中谷芳子に……。
 
 ※ 中谷芳子  大和川で溺れているのをタキさんが助けた年上の女の子

「ラッキー! じゃ、二日分ということで!」

 決まってしまった。
 
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・19「どーよ!?」

2020-01-24 06:32:05 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)19
「どーよ!?」                     


 
 ガシャン!!

 部室明け渡しを宣告しに来た瀬戸内美晴を追いかけて、美晴が開けたドアに、千歳の車いすは、そのまま突っ込んだ。
 生徒会室のメンバーは、とんでもないことが起こったという顔になった。

 車いすの女の子が追ってくるのをシカトするだけではなく、閉めたドアで挟んでしまったのだ。ヘタをすれば車いすどころか、車いすに乗った千歳をクラッシュしかねない。はるか昭和の昔には校門の鉄の門扉に挟まれて死亡させた事件もあったのだ。

 生徒会顧問の松平は、最悪のことが浮かんで青い顔になった。

「あ、あんた大丈夫か?」
「だ、大丈夫です。ちょっとびっくりして……大丈夫ですよね小山内先輩?」
「あ……ああ、車いすは大丈夫みたいやなあ、瀬戸内先輩、あんまりちゃいます!」
「なに言ってんの、車いす押してたのは小山内君でしょ。注意義務はあなたにあるのよ」
「せ、瀬戸内……」
「先生も委縮しないでください。さ、ここまで来たんだから話だけは聞いてあげるわ。あたしたちも忙しんだから要領よく言ってちょうだい」
「言います!」
 
 グゥワラッ!!
 
 挑みかかるように千歳は車いすのタイヤハンドルを回し、勢いづいて美晴の真ん前まで来てしまった。

「……わたし、やっと居場所ができたんです。4月に入学して……ずっと居場所が無くて孤独だったの、空堀高校はバリアフリーの学校だけど、ドアもエレベーターも手すりもトイレもバリアフリーだけど、心はバリアフリーじゃないわ。どこもかもよそよそしくて、わたしが入っていけるところなんか無かった。勧誘してくれるクラブはあったけど、なんだか、どこも身障者の女の子としてしか見てくれない。どこへ行ってもお客さん扱いで、仲間にはなれないの。でも演劇部は違った、こんなあたしでも普通の子、当たり前の子として接してくれるの、くれるんです……そりゃ、少しのんびりしすぎたところはあるかもしれないけど、一年中緊張した部活っていうのもどうなんでしょ……そんな演劇部が一か月足らずで部員を3倍にしたんです。で、体の不自由なあたしでも息がつける場所なんです。お願いだから部室を取り上げないでください。潰さないでください。この通り、お願いします!」

 千歳は、車いすのまま頭を下げた。肩が震えて、膝にはポタポタと涙が落ちた。

「……か、考えてあげてもええんとちゃうかなあ……な、瀬戸内?」
「この局面だけとらえての発言はやめてください。演劇部には活動実態がありません、毎日部室でウダウダしてるだけです。部員の増員と活動の活性化は去年から言ってきています。沢村さんが入部したことや、その反響で、さらに1週間様子を見ました。そうよね小山内君?」
「もうちょっと様子を見てもらえませんか、1週間延ばされただけでは、実績はあげられへん」
「間違えないでね、わたしは実態って言ったの、実態。基礎練習をするでもなく、脚本を読むでもなく、ただウダウダしてるだけじゃないの」
「そんなことはありません。どないしたらええか考えてるし、台本かて読んでる、さっきも千歳はチェ-ホフの短編読んでたし」
「フフ、中に挟んでたのはワンピースの第9巻だったけど、小山内君のスマホは演劇とは関係ないサイトだったし。知ってるのよ、小山内君1人の時は、パソコンで……」
「ウ……………」
「特殊なゲームばっかりやってるのよね」
「特殊なゲーム?」
 顧問の松平がひっかかり、他の役員たちも(?)な顔をし、啓介は「ウ」と唸ってしまった。
「それに、もう次に入るクラブも決まってるの、ボランティア部が十分な実績を挙げながら部室が無いんで、来月には入ってもらうの。もう手続きも進んでいるわ。書類を」
 美晴は、啓介がたじろいだところでトドメを刺しに来た。
「これです、瀬戸内さん」
 書記の女の子がプリントを見せた。
「そう、公平、公正に規則を運用した結果がこれなの。理解してね」

 千歳も啓介も言葉が無かった。

「その規則が不備だったら、どーよ!?」

 そう言ってドアを開けたのは、4回目の3年生をやっている松井須磨であった。
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乃木坂学院高校演劇部物語・106『エピロ-グ』

2020-01-24 06:02:51 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・106   



『エピロ-グ』

「おつかれさま」

 の声が六つした。
 
 そう、たった今ハルサイの新生乃木坂学院高校演劇部の『I WANT YOU』の幕が下りたのだ。
 わたしは初めて孤独を感じることができた。現実では味わったことが無いほどの孤独を。地上げ屋の三太が最後に言う。
「なになんだよ、なぜなんだよ、ここまでの粘りは……もう、もう、知らねえからな!」
 都ばあちゃんが最後まで、土地を売らなかったのは、人とのキズナを信じたから、信じたかったから。キズナがお金で取引されることを善しとしなかったから。そこには人が人であることの尊厳をなし崩しに失わせる抗(あらが)いがたいものへの孤独な戦いがあった。

 これを教えてくれたのは水島さん。
 消えていくことで、その孤独さと崇高さを教えてくれた。
 
 そこへの道を示してくれたのは上野百合へと変身をとげたマリ先生。
 マリ先生は、乃木坂学院高校演劇部が崇高な神殿であることを知っていた。だから責任をとった。一見投げ出したようにして、タヨリナ三人組に任せたんだ。
 そして、その血脈は……たとえて言うなら、あの談話室に人知れず掲げられていた校旗のようなもの。
 だから、わたしは自分を校旗のようなものに置き換え……あの孤高な孤独が表現できたんだ。

 さあ、バラシ! 

 バラす道具はなにもない。照明も地明かりのツケッパ。
 長年のクセで、舞台に集まったけど、何もすることがない。
「乃木坂さん、幕間交流お願いします」
 フェリペの司会の子がせっついている。
 そのとき、初めて気づいた。まるでカーテンコールのような拍手が湧き上がっていることに!

 緞帳の前に六人の部員が並んだ、言わずと知れた潤香先輩(学年はいっしょだけど)里沙、夏鈴、わたし、そして、新入の一年生が二人。

 この男女二人の新入部員が来たときはビックリした。
 男の子は水島クン、女の子は池島さんというのだ。
 むろん下の名前はちがう。ってか、水島さんは下の名前は分からずじまい。
 でも、たった二人の新入部員だけど気だてのいい子たちです。

 観客席の前はオナジミさんでいっぱい。
 はるかちゃんや上野百合さん。陸上自衛隊の人たちまで居たって言えば見当がつくと思います。あ、それから忠クンもコンクールのときとおなじような感動した顔で……後で手間かかりそう。
 そうそう、部室は追い出されておりません。三月三十一日に峰岸先輩が一日だけ部員になってくれましたから。

「それでは、乃木坂学院高校演劇部の上演について幕間交流を始めたいと……」
 思います。を言う前に、競り市のように手が上がった。
 最初は自衛隊の大空さん、続いて十人ほどが手を挙げている。
 もう、みんな誉め言葉ばっか。
――誉めて、誉めて、誉めちぎって、ちぎり倒してちょうだい!
「じゃ、最後お一人様にさせていただきます」
 司会の子に、指されて立ち上がったオジサン……どこかで見たことあるなあ?
 このオジサンだけが、けなしたのよね!
「……というところに、感情のフライングがありました。台詞はちゃんと中味を聞いてリアクション。芝居は演ずるのではなく、いかに受け止めるかです。仲まどかクン」
 このオジサンは、はるかちゃんのクラブの元コーチ。
 そんでもって、あつかましくも、無遠慮にも、無頓着にも、無神経にも、無分別にも、無鉄砲にも、不作法にも、不躾にも、不細工にも、この物語の作者でありました。

 この、クソオヤジ!!

 言い忘れるとこだった。例の宝くじ、潤香先輩が三等賞の百万円!
 で、わたし達は……四等賞の十万円!
 ウフフ、作者のクソオヤジは、わたし達のはハズレにするつもりだったらしい。
 でも物語も、このあたりにくると、作者の意図しないことも起こってしまう。
 わたしたちは、これで火事でオシャカになった照明器具を買った。
 めでたし、めでたし……え、忠クンとはどうなったかって?

 それは……二人だけの、ヒ、ミ、ツ。



  『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』 完
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ジジ・ラモローゾ:009『ジージの高校時代』

2020-01-23 15:10:26 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:009

『ジージの高校時代』  

 

 

 ジャノメエリカは窓辺に置いてある。

 

 窓辺と言っても外側。

 室内は暖かすぎて良くない。窓辺の外に脚立を立てて、その脚立の上に置いてある。

 外に置いていても姿が見えなきゃね。できたら花が咲く瞬間というのを見てみたいもん。

 直ぐに咲くわけじゃないのに、チラチラ見てばかり。買ってきたあくる日はチラ見ばっかしてしまって、ジージのファイルも開けなかった。

 

 今日は五分ほどチラ見して、ファイルを開く。五分も観ていたらチラ見とは言わないのかもしれないけど。

 

 

『ジージのファイル』

 ジージが高校生だった頃の話をしようか。

 ジージは家の近所、公立のA高校に行った。近くにあるというのが一番の理由なんんだけど、他にも動機がある。

 A高校は、通っていた小学校の向かいにあった。

 だから、A高校の様子は生き帰りだけじゃなく、教室の窓からもよく見えたものさ。穏やかで、行儀がよさそうで、生徒も先生も賢そうでね。放課後になると、いろんな部活の様子も見えるんだ。テニス部は、なんだか天皇陛下と美智子さまの軽井沢の恋って感じがして。吹奏楽やコーラス部は、もうそのままコンサートかというほど上手かった。

 そうそう、校舎は全て戦後に建てられた鉄筋コンクリートで、戦前からの木造校舎を使っていた小学校から見ると、とても近代的な感じだ。

 正門を入って右手にはガラス張り二階建ての食堂があってね、脱脂粉乳を飲んでアルマイトのお皿のコッペパンばかりだったジージたちには天国のレストランみたいに見えた。

 決定的だったのは、三年生の時の担任の湯浅先生だ。

 湯浅先生は大学を出たばかりの美人でね、A高校の出身だったんだ。小三だったけど、他のクラスのやつには羨ましがられて、湯浅先生はジージたちのアイドルだった。

 もう、A高校への憧れはマックスになったさ!

 

 そして、小三の憧れから六年後に晴れてA高校に入学した。

 先生もクラスメートも、みんな賢そうに見えた。

 入学式では、壇上の先生がこう言ったのを覚えてる。

「先生たちには授業をする以外にもたくさんの仕事があります。だから職員室に居るとは限りません。教官室や準備室や分掌の部屋にいたりします。他にも教科ごとの学会があったりして……」

 びっくりしたよ、学会だって言うんだもの。

 学会というのは大学の先生が行くものだと思っていた。小学校のころ読んでいた『鉄腕アトム』に天馬博士とかが学会いくとか言う話が載っていたからね。

 そうか、高校の先生と言うのは鉄腕アトムが作れるほど偉いんだと思った。

 ジージは見かけだけは賢そうに見えるもんだから、すぐに学級委員長を仰せつかった。

 担任がこう言うんだ。

「始業のベルが鳴って五分経っても先生が来ない時は、委員長、おまえが呼びに行くんだ」

 大変な仕事を受け持ったと思った。

 さっきも言ったけど、先生たちは小学校、中学校よりもはるかに広い校内のあちこちに散らばっているんだからな。

 最初の国語の授業で、国語のS先生は言った。

「オレ、一時間目は来ないからな、内緒だけど。その時は自習していてくれ、おまえらも自習の方がいいだろ? な、だから委員長、オレが来なくても呼びに来るんじゃないぞ」

 半分冗談かと思ったが、つぎの一時間目の授業、S先生は、ほんとうに来なかった。

 なんとなく噂は聞いていたんだろう、担任が見に来たよ。

「委員長、ちょっと」

 廊下に呼び出されて「先生が来ない時は呼びに行かなきゃだめだろう!」っておこられた。

 だから、正直に答えたよ、S先生に言われたことを。

 すると、次の時間、今度はS先生に呼び出されておこられた。

「屯倉、おまえ、ナイショだっていっただろうがあ!」

 まあ、A高校というのは、そういう学校だった。

 

 そいうって、どうとったらいいんだろ?

 自由? チャランポラン? ジージも呆れているような、面白がっているような……。

 ま、とりあえずファジーだったんだと理解しておく。

 洗濯物の取り込みを手伝って、お昼ご飯と晩ご飯の手伝いをした。明日から月末までお天気は下り坂らしい。無理して外に出ることは無いよね。

 

 

 

 

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せやさかい・116『キングダムハーツ・3追加シナリオRe Mind』

2020-01-23 11:15:20 | ノベル

せやさかい・116

『キングダムハーツ・3追加シナリオRe Mind』 

 キングダムハーツ・3追加シナリオRe Mindの最新版を始めたよ!   「キングダムハー...」の画像検索結果 

 

 キングダムハーツは保育所のころからやってるゲーム。

 言うてもガチガチのゲームオタクやない。

 ディズニーキャラとファイナルファンタジーのゲームキャラが出てきて、一粒で二度おいしい!

 このゲームやってるうちは、なんや夢の中に居てるみたいで、そういうとこが好き。

 大河ドラマの重要キャラになってながら薬物に手ぇ出して逮捕された女優さんがおったけど、薬物やったときの夢の中みたいな感じは近いかもしれへん。

 日本橋で試遊したVRの没入感もすごかったけど、あたしは『キングダムハーツ』で十分というか、こっちの方がええ!

 ただ、ネットのダウンロードでしか買われへんので、ちょっと戸惑い。

 プレステストアチケットをコンビニで買う。5280円(消費税込み)がけたくそ悪い。

 3000円のチケットを二枚(6000円)買わならあかん。

 あたしは、このために、去年の秋から貯金してる。

 お祖父ちゃんにもろた豚の貯金箱に500円玉12枚。しっかり小銭入れにいれたらパンパンになった。

 レジでお金払たら、小銭入れは空っぽのペラペラになってしもた。

 欲しいものを買うたんやから、納得のハズやねんけど、なんとも言えん寂寥感。

 

 プレステ4を起動してチケットをチャージ。

 

 夕べのというか、午前零時にダウンロードが始まったんを確認して「よし!」とガッツポーズしてから寝る。ほんまはインストールも済ませて二時間ほどプレーしたかったけど、学校があるから無理して目ぇつぶって寝る!

 朝起きて、一回起動してみる。ばっちり入ってるのを確認して、「よし!」と、またまたガッツポーズ。

 学校でも部活でも、もう心ここに在らずという感じ!

 頼子さんは「あれ?」いう顔をしてたけど、留美ちゃんは上目遣いでニタニタ。きっと留美ちゃんもやってるんや!

 

 晩御飯を食べて、すぐに二階の自分の部屋に。

 

 アイタ!

 階段の最後の一段で足の親指を引っかける……めっちゃ痛い!

 けども、痛さ堪えてテレビの前へ。

 情けないけども涙が滲む。痛さのせいか感動のためかよう分からん涙。

 

 初めてみて発見した!

 

 黒ずくめコートにフードを被ってる謎のニイチャン(正式なキャラ名は忘れてる)の声、どこかで聞いたことあると思てたら、分かってしもた。

『涼宮ハルヒの憂鬱』シリーズの、お気に入りキャラである(きょんくん)の声ではないか!

 それで、今度は『涼宮ハルヒの憂鬱』が気になって、DVDを取り出して二時間も観てしもた!

 

 ほんで、メッチャ眠たい。

 今日は、新作ゲームでアホになったさくらのお話でした。

 チャンチャン

 

 

 

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不思議の国のアリス・10『アリスのミッション・激闘編』

2020-01-23 06:20:01 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・10
『アリスのミッション・激闘編』
    


 その夜、アリスは奇襲攻撃をかけた。
 
 奇襲とは、敵がこちらの攻撃を予想もせず、油断したときに、敵の拠点を強襲し壊滅的打撃を与えることである。

 一方の敵である東クンについては、今日「千代子への気持ち」を最終確認するという策敵任務を完了した。

 次はXデーに向けての千代子の戦意と準備状況の確認である。むろん最終戦闘は、千代子と東クンが帝都ホテルのベッドの上で行うわけだが、そこへいたる道筋はアリスがつけてやらなきゃならない。

 敵は、まったくの無防備で現れた。
 
 つまり風呂上がり、髪をバスタオルで拭き、アクビをしながら部屋に入ってきたのだ。
 この半年の共同生活で、千代子が心身共にリラックス、つまり油断しているのは、風呂上がり。まさに、この瞬間であることを熟知している。
 
「千代子が好きなんは、東クンやろ?」
「ア、アリスには関係ないやろ」
 千代子は、目を泳がせて真っ赤になった。
「ほらほら、顔が赤うなったで」
「お、お風呂から、あがったばっかりやからや」
 敵は、最初の一撃で、混乱した。アリスは追撃した。
「その顔は認めたんといっしょやで。ちゃんと準備はしてんのか?」
 アリスは、余裕でトドメを刺した。
「ウチ、今日学校でアンケートとってん。ほら、これな……」
 アリスは、アンケートの結果をベッドにぶちまけた。
「なに、これ……?」
「心理テスト。で、結果から言うて、東クンも、千代子のことが好きや!」
「ちょっと、こんな余計なこと!」
「大丈夫、ダミーに七人とったし、千代子のことは分からんようにリサーチしたあるよってに」
「あのなあ、アリス!」
「で、準備はちゃんとしてんねんやろな!?」
 アリスは千代子の顔に五センチまで近づいて、真顔で聞いた。
「なんで、アリスに……ウチは、きっちりヒニンする!」
「あたりまえやろ、ヒニンは。そやかてラバー(Rubber)ぐらい……」
「ラバー(Lover)やなんて、いくらアリスでもなあ!」
「かんにん、かんにん。ちょっと立ち入りすぎたなあ……」

 アリスは千代子をかわいく思った。この半年でアリスが分かっただけでも、クラスの1/5ほどが程度の差はあれ、その種の体験があった。TANAKAさんのオバアチャンに聞いていたテイソー観念との落差は大きかったが、まあ、今時の高校生に日米の差はないと感じた。
 しかし、覚悟を決めたわりに、千代子は準備不足だ。
「ようし、明日はウチが全部用意したろ!」アリスは決心した。

「あら、アリスちゃん、今日はえらい大人びたかっこうで……」
 千代子ママは、そう言って送り出してくれた。途中までは、千代子といっしょだった。あべのハルカス前で落ち合うことにして、別行動をとることにした。夕べの千代子の態度では、別々にした方がいいと、アリスは思ったからだ。
――ちゃんと準備はするから――
 千代子は、そう言ったが、あのオネンネぶりでは、せいぜいチョコレートを買うのが精一杯。まあ、清水の舞台から飛び降りるような気持ちになるかもしれないが、その時はその時。ダブったら、シカゴの友だちミリーへのお土産にしようと思った。ミリーは小柄で、サイズがいっしょなのを知っている。

 アリスは、ほとんど日本語が分からないアメリカのオネエサンという感じで必要なものを買った。サイズが違うので、こう、店員には言った。
「for my friend you see?」
 シカゴなら平気なんだけど、どうも日本、それも大阪というのは手に負えない。店内や、店の前のオーディエンスの遠慮のない目にはショージキむかついたが、ここは阿倍野。クラスメートの目に触れないとも限らない。

 それから、コーヒーショップで、スマホを取りだして、明日のヒラリ・クリキントンの講演のお知らせメールを打った。「あとで領事館でランチ付き」と添付。そして一斉送信のボタンを押しかけて、考えた。このメールを送った相手の名前を全部書き足した。

 あべのハルカスの前で会った千代子は目的を果たしたのだろう。アリスと同じぐらいの紙袋を持って、ニコニコしていた。
「アリス、ありがとう。ウチも明日行くさかい!」
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巷説志忠屋繁盛記・15『アイドルタイムはアイドルタイム・1』

2020-01-23 06:09:07 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・15
 
『アイドルタイムはアイドルタイム・1』     
 
 
 マスターは写真集を封印した。
 
 ここのところアイドルタイムになると昭和の八尾の写真集にのめり込んでしまうので、トモちゃんに持って帰ってもらったのだ。
 実際に伝票の整理が遅れてしまって仕事に差し障るとチーフからも言われている。
 
「仕事に身ぃ入れるとお客さんの入りもちがうでしょ」
「ほんと、お店の外に列が出来てるわ」
「悪い日に来てしもた~(;'∀') どうぞ、お待ちの二名様~」
 勝手知ったるトコは急きょエプロンを付けさせられ、臨時のウェイトレスにさせられている。
「海の幸とビーフシチューのランチセットです、はいご注文承ります……はい、お冷すぐに……」
「すみません、一つお詰め合わせ願えますか、申し訳りません、お一人でお待ちのお客様~」
「山の幸大盛りあがり~」
「オーダー入ります、海と山、海大盛りで麺硬め~」
 厨房もフロアーもてんてこ舞い、ズーーっと自動ドアが開く音。
「すみません、満席ですので……」
 
 トモちゃんが振り返ると交番の秋元巡査。
 
「店の前、ちょっと整理してもらえませんか」
 お客が溢れかえって通行の邪魔になってきているのだ。
「ごめん秋元巡査、すぐに……」
 首を45度も回せば見渡せる店内をサーチライトのように三往復舐めまわした。
「お、大橋、それ食べたら店の前整理して!」
「え、おれか?」
「他に大橋はおらへん」
 マスターは、この作品の作者さえも使い始めた。大橋の人柄の良さと現役教師時代に熟練した列整理(教師は集会や行事で整理の仕事が多い)の技で、店の外をきれいに整理した。念のためマスターがチラ見すると『最後尾』のプラカードが見えた。
――あんなプラカードあったんかいな?――
 詮索する暇もなく厨房に戻り八面六臂獅子奮迅の働きで二時過ぎにやっとアイドルタイムにこぎつけた。
 
「あーーしんどかった……」
 
 マスターが冷蔵庫に背中を預けた時には、チーフはじめトモちゃんも臨時のトコも作者の大橋までもカウンターに打ち伏せていた。
「ご苦労様でした、マスター」
 四人掛けシートの向こうから声が掛かった、どこに潜んでいたのか、テーブルを潜って顔を出したのは近所のテレビ局の中川女史だった。
「あ、中川はん……」
「じつはお願いがあるんだけど……」
「…………なんでっしゃろ?」
 返事に間が開いたのは、疲れていたこともあるが、こんなクソ真面目な顔をした中川女史は初めてで、海千山千のマスターの脳みそは『要注意』のアラームが灯っていたからだ。
「お店をロケに使わせて欲しいねんけども」
「え、あ……いつ?」
 以前にもグルメコーナーで紹介されたこともあるので、そういう線だろうと思った。
「いや、ドラマの収録やねんけども」
 違う答えが返ってきたが「ドラマ」という言葉にカウンターのゾンビたちも顔を上げる。
「で、いつなん?」
「実は、今日……もう、その角曲がったとこで、みんなスタンバイしてるんやけど……」
 
「え、なんやて?」
 
 入り口に近かったトコが外まで出てみた。
「わ、えらいこっちゃ!」
 カメラやマイクの機材を構えたスタッフだけではなく、キャストを乗せたロケバスまでが今か今かと待機していたのだ。
「そんなことは前もって言うてくれやんと」
 不平そうに言うマスターだが、ランチの爆発的な客の入りもあって、頬っぺたが緩んでいる。
「実は……もう部分的には撮影させてもろてんねんわ」
「「「「「え?」」」」」
「めっちゃ流行ってる店という設定で、ランチのお客は、うちの仕込みやねんわ……」
「な、なんじゃと!?」
 
 ひっくり返りそうになったアイドルタイムであった。
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・18「部室明け渡し!?」

2020-01-23 05:58:28 | 小説・2
 オフステージ(こちら空堀高校演劇部)18
「部室明け渡し!?」                   


 お互いネコのようだと思った。

 普通教室まるまる一個分の部室に3人しかいない。
 その3人が、互いに関わることも、3人揃ってなにをするでもなく、好きなようにしている。
 啓介は、ヘッドホンをして好物の冷やし中華を食べながらスマホを弄っている。
 千歳は、チェーホフの短編で隠すこともしないでワンピースを読みふけっている。
 そして、須磨が一番ネコらしく、椅子を並べた上に丸く寝そべって寝息をたてている。
 
 放課後になって部活が始まってから、ずっとこんな調子だ。

 かりに誰かが3人を撮っていて、部活の始まりから観ていても、この3人が演劇部であることは見抜けないだろう。
 それもそのはずで、啓介は、校内で隠れ家が欲しいだけで演劇部の看板を利用している。車いすの千歳は、学校を辞めるに足る部活参加の実績を作って、一学期末には「空堀高校でがんばったけどダメだった」と周囲を納得させるためだけに入部し。4回目の3年生をやっている須磨はタコ部屋(生徒指導分室)以外の部屋に行きたいために4年ぶりに復活している。

 この昼下がりのネコカフェのようにアンニュイな静けさは、30分おきに小さく破綻する。

 目をつぶったま須磨はムックリと起き上がり、尻を軸として180度旋回し、再び横になる。
 まるで猫のように膝を曲げるので、スカートの中が丸見えになってしまう。
「っつ……千歳、頼むわ」
「啓介先輩が移動すれば?」
「もう2回移動した。それに今は食事中やし」
「もう……あたしは足……」
「うん……?」
「なんでもない」
 千歳は足が不自由なことを言いわけにはしない。口をつぐむと床に落ちた毛布を拾って須磨の体にかけてやる。
「こんど目が覚めたら、スパッツとか穿くように言うてくれへんかなあ」
「きのう言った。暑くなるからやなんだって」
「…………」

 そして、再びアンニュイな淀みが部室を満たし始めた時、ドアがノックされた。
 入ってきたのは1週間ぶりの瀬戸内美晴だ。

「……あら、3人になったの?」
「あ……うん。これくらいで堪忍してくれへんかなあ」
「なに寝ぼけてんのよ。あたしは5人と言ったのよ。ちゃんと生徒会規定に則って」
「あ、でも、そこの松井先輩は6年目で4回目の3年生だし」
「ええ、そう。松井先輩1人で3人分くらいの値打ちあるんじゃないかしら」
「2人とも、寝言は寝てから言ってくれる。規定は規定、揃わなかったんだから、週末までに部室を明け渡してね。じゃ」
「ちょ、ちょっと副会長!」

 回れ右をすると美晴は、そそくさとドアの外に消えて行った。

「ちょ、ちょっと、どうにかならないの!?」
「3人で……いや、2人で、もう一度話しにいこう!」

 あわただしく2人は美晴を追いかけ、三度目の寝返りを打った須磨だけが残された。 
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乃木坂学院高校演劇部物語・105『仰げば尊し』

2020-01-23 05:47:25 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・105   



『仰げば尊し』


 話しは戻るけど、三月十日は乃木坂さんがいなかった。

 三月十日は東京大空襲の日。乃木坂さんの命日でもあるし、大事なあの人、マサカドさんと言おうか、三水偏の彼女と言おうか、その大切な人の命日でもあったんだもんね。
 乃木坂さん自身の平気な顔は――それには触れないでほしい――という意思表示だと思ってわたしたちも、聞かないことにした、やっぱ成長したでしょ。

 潤香先輩は、ロケの疲れで二日ほど寝込んでいたけど、梅の花が満開になったころから、時々稽古を覗きにきてくれるようになっていた。

 そして……それは、桜の蕾が膨らみ始め、新入生たちの教科書や制服やらの引き渡しの日に起こった。
 稽古場の同窓会館にいても、新入生たちの満開のさんざめきが聞こえてくる。
 その日は、理事長先生と潤香先輩が稽古場でいっしょになり、乃木坂さんは、バルコニー近くで、静かに、しかし厳しい目で稽古を見ていた。
 
 クライマックスのシーンで、それは起こった。
 
 都ばあちゃんが、地上げ屋の三太にも三人の子供たちにも見放され、一人お茶をすするうちに突然脚と腰に走る痛み。遠く聞こえる若き日のなつかしの歌。
 
 埴生の宿も わ~が宿 玉の装い羨まじ……♪
 
 都ばあちゃんの最後が迫る。登場人物がみんな……といっても都ばあちゃんを入れて三人だけど、「埴生の宿」の合唱になる。都ばあちゃんは最後の力をふりしぼって、最後の一節を唄う。
「……楽しとも……頼もしや……🎵」

 そこで、見えてしまった。乃木坂さんの体が透けてきているのを……。

「乃木坂さん!」
 おきてを破って叫んでしまった。一瞬乃木坂さんは「だめじゃないか」という顔になり、そして……気がついた。
 自分にその時がやってきたことを……。
「あ、あなたは……」
 潤香先輩にも見えてしまったみたい。
「水島君……」
 理事長先生は、驚きもせずに、静かに、そして淋しそうに乃木坂さんの本名を呼んだ。
「高山先生……先生は、ご存じだったんですか」
「三月の頭ごろからね……この歳になるととぼけることだけは上手くなるよ。本当は、イキイキとした君の姿を見られて、とても嬉しかったんだ」
「……僕の役割は、もう終わっていたんですよ……それが、この子達と居ることが楽しくて、嬉しくて……つい長居をしすぎたようです」
「わたしを助けてくれたの……あなた……あなた、なんでしょ?」
 潤香先輩が、ささやくように言った。
「君は、こんなことで死んじゃいけない人だもの……僕は、昔、助けたくても助けられなかった人がいる。自分の命と引き替えにすることさえ出来なかった……みんな、最後は、こう思ったんだ。自分は死んでも構わない。その代わり、他の誰かを生かして欲しい……親を、子を、孫を、妻を、夫を、教え子を、愛しい人を一人だけでも……みんな、そう思って、身も心まで焼き尽くされて死んでいったんだ」
 わたしは、カバンから、あの写真を取りだした。
「この人だったんでしょ。乃木坂さん……水島さんが守りたかったのは、苗字の上の字が三水偏の女学生。ねえ水島さん」
「……そうだよ。あの時は、他の仲間に申し訳なくて言えなかった。今、ここに居る仲間は喜んで許してくれる。その子は、十二高女の池島潤子さん。潤子の潤は……」
「わたしと同じ……?」
「そう……不思議な縁だね」
「潤いを人に与える良い名前だよ」
「水島さん。下のお名前も教えてください。わたし一生、あなたのことを忘れません」
「それは、勘弁してくれたまえ。僕たちは『戦没者の霊』で一括りにされているんだ。こうやって、君達と話が出来ることだけでも、とても贅沢で恵まれたことなんだよ。苗字を知ってもらったことだけで十分過ぎるんだよ。高山先生、こんな何十年も前の生徒の苗字、覚えていただいていて有難うございました」
「もう歳なんで下の名前は……忘れてしまった。でもね、僕は時々思うんだよ……この歳まで生かされてきたのは、君達の人生を頂いたからじゃないかと」
「先生……」
「だとしたら、そうだとしたら、僕はそれに相応しい……相応しい仕事ができたんだろうか」
 水島さんは、仲間の承諾を得るようにまわりを見渡し、ニッコリとした笑顔で大きくうなづいた。
「ありがとう、水島君。ありがとう、みなさん」
 空気が暖かくなってきたような気がした。水島さんの体がいっそう透けてきた。

「それじゃ……」

 と、水島さんが言いかけたとき、バルコニーの外の桜がいっせいに満開になった。最初、水島さんに会ったときの何倍も、花吹雪は、壁やガラスも素通しで談話室に入ってくる。
 気づくと、壁に紅白の幕。理事長先生の後ろには金屏風、日の丸と校旗も下がっている。
「これは……」
 と言ったのは、水島さん。わたしは思った、ここにいる大勢の水島さんの仲間がはなむけにやった演出だ。
「ありがとう、みんな……先生、最後に一つだけお願いがあります」
「なんだい、僕に出来ることなら……」
「『仰げば尊し』を唄わせてください。僕は唄えずに死んでしまいましたから、最後にこれを……」
「では、僕たちは『蛍の光』で送らせてくれたまえ」
「僕には、もう、そこまで時間が残っていません」
 水島さんの手足は、消え始めていた。
「じゃ、じゃあ、みんなで唄おう!」
 理事長先生は、ピアノに向かった。  

――仰げば尊し我が師の恩 教えの庭にも早幾年(はやいくとせ) 思えば いと疾し この年月 今こそ別れめ……いざ さらば――

「さらば」のところでは、もう水島さんの声は聞こえなかった。そして、桜も金屏風も紅白幕も、日の丸も消えてしまった。

 でも、校旗だけがくすんで残っていた。

 いえ……最初からあったんだけど、だれも気がつかなかった。何ヶ月もここを使っていながら。
 そして……悔しかった。わたしたちだれも『仰げば尊し』を完全には唄えなかった。ちゃんと水島さんを送ってあげられなかった……わたし達は、この歌を教えてもらったことがない。
 でも、歌の心は分かった。
 それを忘れるところまでわたし達のDNAは壊れてはいなかった。その心が少しでも水島さんに届いていればと願った。
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魔法少女マヂカ・123『アキバ裏次元の戦い・1』

2020-01-22 14:29:38 | 小説

魔法少女マヂカ・123  

 
『アキバ裏次元の戦い・1』語り手:安倍晴美 

 

 

 えと……空を飛んでるんだけど。

 

 傍らには寄り添うようにミケニャンが飛んでいる。

 ミケニャンは詠唱によって、わたしをセントメイドにすると、ベランダのサッシを目いっぱい解放した。

 寒い!

 寒かったのは一瞬の事で、気が付くと山手線に沿った上空をアキバを目指して飛んでいるのだ。

 

「いちどツマゴメに寄ろうと思ったんだけどニャ……どうも、そうはいかないみたいニャ!」

 フニャフニャのネコ語だけど、緊迫した面持ちのミケニャン。

「アキバの上空が明るい……いや、燃えているのか?」

 アキバの中高層の建物が炎に煽られたようにチロチロしている。建物群の足元は幾百の悪魔が赤い舌を嬲らせているように炎で滾っている。

「予想よりも早い復活ニャ……」

 青ざめたミケニャンは言葉を繋ぎかねている……なんだ、このダークエナジーにまみれたデジャブは?

 子どものころに布団の中、タブレットで読んだ『魔法少女アギカ』の一節か? 卒論の映像文化史のレポートを書くために読んだ『吉原炎上』の残滓? はたまた虫眼鏡でアリを観察していて太陽の誘惑に負けて次々に焼き殺した負の想念の照り返しか?

「十四年前に陛下が滅ぼされたダークメイドが復活したニャ」

「陛下、陛下とは……」

「あんた、いえ、貴女様のことニャ、バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世陛下!」

「……わたしが?」

「そうニャ! 十四年前にアキバのセントメイドクゥイーンであった陛下が、きゃつのHPを全損させて上で封印したダークメイドが復活したニャ!」

 ダークメイド…………封印……よもつ……ひらさか……」

「ちかごろの異常気象で黄泉平坂にほころびができてしまったニャ」

「黄泉平坂!? 思い出した! アキバの上空に次元の狭間を現出させて、はるか黄泉平坂までぶちのめして封印した! わたしが封印したのだ!」

「陛下、これを使ってニャ!」

 ミケニャンが放ってきた、ジャガイモ?

「不完全だけど、効き目はあるニャ! 思いを込めて振ってみるのニャ!」

「ジャガイモでか?」

「さっさとやってみるニャー!」

 手触りで分かった、これは男爵ではなくメイクィーン……」

「メイクィーンはメイドクィーンに通じるニャ」

「オヤジギャグか……」

「ギャグじゃニャい、メイドクィーンロッドの原初形態なのニャ! さあ、振ってみるニャ!」

「あ、ああ」

 目をつぶり左手にメイクィーンを握り、そこに弓があるように念を凝らした。

 

 シュィーーーーン!

 

 CGのようなエフェクトがしてメイクィーンは弓矢に変化して、わたしは力いっぱいに弓弦を引いた。

「出でよ、スプラッシュアロー!」

 たちまち解き放たれた矢は彼方のダークメイドの胸板を貫いた!

「メイーーーーーン!」

 効果はあった、ダークメイドは胸に深々と矢を突き立てられたまま、たちまちアキバの空高くに躍り上がった。

 

『復活したのかメイドクィーン……しかし、腕はまだまだだな……我が漆黒の衣をわずかに貫いただけに過ぎぬ。致命傷に程遠いわ……フフフ、では、またいずれな。イモクィーン!』

 それだけ言うと、ダークメイドは冬の夜空を西を目指して飛び去った。

「手負いのまま逃がしてしまったな……」

 仕留められなかった……一気に気だるさが襲ってきて、目を開けていられなくなって、真っ逆さまに落ちていく。

「バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼンシュタイン一世陛下ぁ!!」

 ミケニャンが、わたしの真名を叫びながら手を伸ばしてくる、しかし、しかしなあ、助ける気があるなら、もっと短く呼んでくれないかなあ、さっきみたいにさ……ああ、地上に激突する……!

「バジーナ・ミカエル・フォン・クルゼン……!」

 だから短く言えって……間に合わない、激突するううううう!

 

 ドベシ!!

 

 げ、激突してしまった……。

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不思議の国のアリス・9『アリスのミッション・敢闘編』

2020-01-22 06:43:33 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・9
『アリスのミッション・敢闘編』    


 
 その日のうちにアリスは次の手を打った。

 アリスは、交換留学生である立場を利用した。
「東クン、ごめん。うちシカゴに帰ったらレポート書かならあかんねん。それで、ちょっとアンケートに協力してくれへん?」
「うん、ええで。そうか、アリスも、もう半年たつねんなあ……で、どんなアンケート?」
「いまから、ウチが、いろんな単語言うさかいに、思いついた言葉をすぐ言うて。たとえば、阪神……」
「タイガース!」
「うん、その調子。分からへんときは無理せんでええけど、なるべく言葉で答えてね」
「うん」
「ほな、いくよ……校長先生」
「タヌキ」
「地下鉄」
「通学手段」
「AKB48」
「高橋みなみ」
「前田敦子」
「キンタロー」
「アリス」
「不思議の国」
「ああ、ウチのこというて欲しかったなあ」
「あ、ごめん」
「ええよ、好きな女の子は、ほかにおるんやろさかい」
 ……と、暗示をかけておいて、その中に、クラスの子の名前をいくつか混ぜておいた。
「大杉」
「照れ屋」
「千代子」
「え……アリスのホームステイ先」
 
 ヒットした。

 千代子の名前を言ったとたん、それまでスムーズだった答えがつまった。
 で、答を言う前に、目が逃げた。これは、人間がウソ、または意識的に無関係な答を言う証拠である。アリスは、シカゴの高校の選択授業で心理学をとっている。その時に教えてもらったメソードである。これにひっかからないのは、このメソードにかなり慣れた人間か、特殊訓練を受けた……そう、あのカーネル伯父さんぐらいのものである。
 あと、いくつか無関係な質問をしたあと、念押しをした。
「渡辺(千代子の苗字)」
「え……マユユ」また、目が逃げた!
「恋人」
「募集中」
 日本人のステレオタイプの答え。ごていねいに、ほんのり赤くなっている。
 そのあと、メアドの交換をやった。
 
 目的は果たしたんだけど、東クン一人だけではワザとらしいので、教室に居た八人全てに聞かなければならなかった。まあ、こういうリサーチは苦手じゃないし、ほとんど遊び感覚でできた。
 ただ、その中に、アリスに好意を寄せる大杉が混じっていたことがモヤっとだった。

 アリスは、伯父のカーネル・サンダースに電話した。
 
 二日後に元国務長官のヒラリ・クリキントンが大阪に来て講演をすることになっていた。伯父は、その警備計画の打ち合わせもあって、先日大阪にやってきたのだ。アリスは、高校生を十人ほど加えてくれるように頼んだ。
「あ、それから伯父さん。伯父さんの名前で14日、帝都ホテル予約していいかなあ……ち、ちがうよ。あたしじゃなくて、友だちなんだってば! もう、ウソだと思うんなら、領事館のポリグラフにでもかけてよ!」

 アリスの敢闘精神は、涙ぐましくも、いかんなく発揮されていた……。
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巷説志忠屋繁盛記・14『写真集・4 渋川神社の境内』

2020-01-22 06:26:51 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・13
 
『写真・4 渋川神社の境内』    
 
 この物語は、かつての志忠屋にヒントを得て書いたフィクションです
 
 
 タキさんは国鉄八尾駅のすぐ近くの植松町に住んでいた。
 
 そのあたりの写真は写真集のあちこちに載っているのだが、黒歴史に満ち満ちているのでスルーしてきた。
「あ、これは……」
 不覚にも目についてしまった。
 渋川神社の境内の写真だ。
 渋川神社はタキさんちの裏庭と言っていい、事実タキさんは自分の庭だと思っていた。
 タキさんの近所の公園には遊具らしい遊具が無かった。
 それが、なぜか渋川神社の境内にはシーソーや滑り台があって、近所の子どもたちの良い遊び場になっていた。
「なんで神社には、ゆーぐがいっぱいあるんやろ?」
 四年生になったばかりの百合子は、夕べお父ちゃんと喋って「ゆーぐ」という大人言葉を覚えたので、滑り台のテッペンに立って呟いた。
「そら、おれの庭やからやんけ」
 真後ろでコウちゃんの声が上って来たので、サッサと滑り降りる百合子。
 そんなことはお見通しなので、すぐ後ろから滑り降りてコウちゃんはペッチョリとくっついて滑り降りる。
「いやー、もうコウちゃん、ひっつくのんイヤやーー!」
「よいではないか~よいではないか~(^^♪」
「もーお代官様みたいなこと言うてもあかん」
 去年あたりからグッと大きくなったコウちゃんは暑苦しかった。
 幼いころは、こうやってくっ付いて転がっているとケタケタ無邪気に笑いあえたのが、ちょっと変わってきたのだ。
 たかが小学四年生なのだが、引っ付いてくるコウちゃんがうとましい。
 でも、コウちゃんには通じなくって、滑り落ちた地面では暑苦しく覆いかぶさってきた。
「いや、え、あ……百合子、なんで泣いてんねん?」
「もう、うっさい! コウちゃんなんか、あっち行けーーー!」
 そう叫んで、百合子は鳥居の方へ駆け出してしまった。いっしょに遊んでいた子どもたちはポカンとしている。
「ヒューヒュー女泣かしよった!」「エロの滝川やーー!」
 日ごろタキさんに頭の上がらない隣町のガキどもが囃し立てる。
 タキさんが仕切っているうちは遠慮しているガキどもだ。むろん隣町のガキと言えど邪険にするようなタキさんではないが、すすんで「きみたちもいっしょに」と優しく声をかけるような天使でもない。普段は蛙の面に小便を決め込むタキさんだが、百合子に泣かれて機嫌が悪い。

「じゃかましいわ!!」

 あっという間に隣町を駆逐した。
「コウちゃん、血ぃ出てるよ」
 五年生のリッちゃんが、年長らしく傷の手当てをしてくれる。
「もー、しゃーないやっちゃなー!」
「百合子」
 鳥居の陰から駆けてきて、ハンカチを出して割り込む百合子。
「ほな、ゆりちゃん、頼むよ」
 リッちゃんは穏やかに看護婦のポストを明け渡した。
「お、おー、すまんな」
 一瞬なにかが浸みて傷が痛んだ。
 膝の傷に目をやると、百合子の涙が落ちて浸みたのだと知れた。
 
 無性に頭を撫でてやりたくなったが、これ以上泣かれては困るので我慢した。
 
「マスター、ディナーでっせ」
 
 今日もチーフの声で現実に引きもどされるタキさんであった。
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