大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・17・「やっと演劇部員は3人になった……」

2020-01-22 06:19:09 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)17
「やっと演劇部員は3人になった……」                      


 
 千歳が手を伸ばしたが間に合わなかった。

 寝返りを打った拍子に、須磨のスカートがめくれ上がり、千歳が伸ばした手に引っかかって太ももの付け根まで露わになってしまった。
「ちょっと、先輩は出てってくれる?」
「え、あ、うん」
 千歳に言われ、啓介はオタオタと部屋の外に出た。ほんの0.2秒ほどだったが、須磨のスカートの中身が目に焼き付いて閉口だ。
 上背がある美人であることは申し分ないのだが、あの寝ぼけた顔は願い下げだ。と思いながら、員数合わせの部員に復活してもらうだけなのだから、人格的にはどんな先輩でもかまわない。さっさと済ませよう。
 

「もう入っていいよ」

 これが、今の今までだらしなく居ねむっていた大先輩かと目を疑った。
 服装の乱れはもちろんのこと、クシャクシャのセミロングは、たったいまブラシをかけたように整ってツヤツヤと輝いていた。口元のよだれの跡も消え去り、このまま学校案内の表紙に使えそうだ。しかし、ついさっきの様子を見ているので、思わずエンガチョしてしまう。

「演劇部なんて、まだあったんだね……」

 松井須磨は浦島太郎のようなことを言った。
「あ、その、地味な部で……部員もオレと千歳の2人だけなんですけど、今週中に部員を5人にしないと廃部になりそうで。あ、どうも不甲斐ないもんで、申し訳ありません。で、まあ、とにかく週末の部活動の確認には間に合わせたくて、松井先輩の在籍確認をさせてもらいたんです」
 啓介は、空堀高校6年目の大先輩の威厳に打たれて、つい腰の引けた言い回しになってしまう。
「そんなに気をつかった言いかたしなくてもいいわよ。あたしも、毎日こんなタコ部屋登校にゲンナリしてたとこだから」
「松井先輩は、どうして、こんな生徒指導分室なんかにいるんですか?」
 千歳が円らな瞳で遠慮なく聞いた。
「あたし、もう6年目でしょ? 4回目の3年生。学校は追い出したくてしかたがないのよ。だから教室に行くのは禁止でね、こんな部屋でずっと……音をあげて、あたしが退学にしてくれって、自分から言い出すのを待ってるのよ」
「そんな、チョー留年生とは言え、学校がイジメみたいなことやってええんですか?」
「ハハハ、あたしも指導に従わないしね。ほんとは、それやってなくちゃいけないんだ」
 須磨は、部屋の隅の段ボール箱を指さした。
「え、なんですか、これ?」
 千歳は器用に車いすを操って、段ボール箱の中身を確認しに行った。
「わ、黄ばんだプリントがいっぱい!」
「学校が、あたしに課した課題。それをやっつけないと教室にもどれない」
「……こんなもん、1年かかってもできませんよ!」
「うん、3年分だからね」
「え、先輩て、3年間も、この部屋に居てはるんですか!?」
「正確には3年と2カ月。自分が所属している教室には行ったことがないからね。えと、今のあたしって3組だったっけ?」
「え、6組でしたよ」
「あ、そうなんだ」
「松井先輩は、この部屋に住み着いてるんですか?」
「ハハハ、まさか。9時ごろに登校して、ここに入って、6時間目の途中に帰ってるの。他の生徒と顔を合わせないようにね」
「それで今まで見たことが無かったんですねえ」
 啓介と千歳は顔を見合わせた。
「えと、在籍確認の書類は、君が手に持っているそれなのよね?」
「ああ、そうです」
 啓介が差し出すと、須磨はサラサラと必要事項を記入してハンコまで押した。

「じゃ、明日の放課後から部室に行くね」

 やっと演劇部員は3人になった……。
 
 え、いま部室に行くって言った? げ、幻聴だよな?
 
 恐ろしくて聞けない啓介であった。
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乃木坂学院高校演劇部物語・104『感情の記憶』

2020-01-22 05:56:38 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・104   



『感情の記憶』


 柚木先生が、慌てて稽古場にやってきた。

「たいへんよ、ハルサイの公演が早くなっちゃった!」
「「「「えーー、どういうことですか!?」」」」」
 四人は声をそろえて言った(むろん乃木坂さんの声は、柚木先生には聞こえない)
「会場のフェリペがね、設備の故障で五月には工事に入るんで一ヶ月前倒しだって!」
「ええ、そんなあ……」
「間に合うかなあ……?」
「……なんとかしょう!」
 乃木坂さんが言った。
「なんとかなる?」
「だれと、しゃべってんの?」
 うかつに乃木坂さんに言った言葉を先生に聞きとがめられた。
「あ、二人に言ったんです。里沙と夏鈴に。で、間をとって二人の真ん中に……はい」

 その日から稽古は百二十パーセントの力が入った。

 乃木坂さんの演出にも熱がこもってきた。
「君たちの演技は形にはなっているけど、真情がない。地上げの仕事への熱意が偽物だ。都婆ちゃんの子ども三人は、狡猾だけど、そうなってしまった人生の背景が感じられない。悪役は、ただ凄めばいいというものじゃないんだ。それに都婆ちゃんの孤独感というのはそんなものじゃない。他に迎合せず、孤高のうちにも孤独を貫き通す覚悟、そして、その覚悟をも超えてやってくる真の孤独の凄まじさ、それが出なくっちゃ!」
「はい……」
 乃木坂さんの指摘は的確だけどキビシイ。だてに何十年も幽霊やっていない。
 三人はうなだれる。
「君達の人生は、まだ浅い。理解しろと言う方が無理なのかもしれない」
「だって、無理だよ。分かんないものは、分かんないもの」
 夏鈴が正直に弱音を吐く。
「馬鹿、そんなことを言っていたら、殺される演技や殺す演技は誰も出来ないことになるじゃないか!」
「そう、それは……そうなんだけどね」
「……ごめん、つい感情的になってしまった。もっと分かり易く言わなくっちゃね」
 
 それから乃木坂さんは根気強く、かみ砕いて教えてくれた。
 
 たとえば、寂しさというのは、目の下の上顎洞という骨の空間から、暖かい液体が口、喉、胸、腹、脚を伝って地面に吸い込まれるイメージを持つこと。老人の腰は曲がるんじゃなくて、落ちる(後ろに傾く)ものなんだということ。で、そのバランスをとるために上半身が前傾し、膝が曲がる。そして、そのいくつかは、はるかちゃんがビデオチャットで教えてくれたことと同じだった。

 分からないことがもどかしかった。孤独を淋しさと置き換えてみた。
 ひいじいちゃんとのお別れ。これはガキンチョ過ぎて、分からない。
 中学の卒業……卒業してからもたびたび行ってたので、このイメージも希薄。
 忠クンとの空白の一年。いつでも、その気になれば会えるという、開き直ったお気楽さがあった。
 はるかちゃんの突然の引っ越し……これは心の底に残っているけど、去年のクリスマスで、再会。この傷は、完全に治ってしまった。
 
 感情の記憶は、その時の物理的な記憶を残しておかないともたないらしい。何を見て何を触って、なにが聞こえたか、その他モロモロ。
 マリ先生が学校を辞めて、乃木坂の演劇部がつぶれたのは記憶に新しいけど、これは、演劇部再建のバネになってしまって、思い出すと活力さえ湧いてくる。
 人間の感情って複雑だってことが分かる程度には成長しました……はい。
 潤香先輩……これも奇跡の復活で、痛みは遠くなってしまっている。

 われながら、痛いことはすぐに忘れるお気楽人間だ。
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ジジ・ラモローゾ:008『目に見える姿で』

2020-01-21 14:30:51 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:008

『目に見える姿で』  

 

 

 目に見える姿で時間を感じたかった。ちょっとキザかなあ?

 

 カレンダーがあるんだから問題ないんだけど、目に見えるってのは、そういうことじゃない。

 カレンダーの数字では姿にはならない。

 子どものころに、去年の服を出したらツンツルテンになってて、ああ、年月だ……とか思うでしょ?

 カレンダーで感じる数字としての年月よりも、グッとくると思うんだ。

 学校が嫌で嫌でたまらなかったとき、たまたま見つけた工事現場。

 足場を組んでいたんで外壁塗装かなあと思ったんだけど、下校途中で見たら屋根瓦とか外しにかかってたんで解体と分かった。解体したら家が建つ。解体工事が進んで、新築の家が建つのを小さな楽しみにした。

 三か月たって完成した時は嬉しかった。ここまで辛抱できたんだって達成感。

 何かが作り上げられるとか、成長すると言うのは観てて楽しいよ(⌒∇⌒)

 中学時代の一番つらかった三か月が乗り越えられたのは、この工事のお蔭かもしれないと思うんだ。

 でも、そのためにわざわざ工事中の家を探しに行くのはバカだ。たまたまだからこそ値打ちがあるんだ。

 でも、たまたまなんてそうそう転がってるもんじゃない。やっぱり、少しは自分で働きかけなきゃ。

 

 そうだ、花を植えよう。

 

 自分で植えて、世話をして花が咲けば、しっかり時間を感じられるしさ、達成感もある。

 この程度の働きかけは、むしろ好ましいよね?

 うん、決めた。

 

 でも、ちょっと待て……いまは冬だぞ。

 冬に植えられる花ってあるのか?

 早くも敗北の予感。今までの人生で……て、まだ十六年にしかならないんだけど(〃´∪`〃)、何かを思いついて上手く行ったことよりも失敗したり挫折したりの方が圧倒的に多い。

 そうだ、お祖母ちゃんに相談しよう!

 きっと可愛い思いつきだと思ってくれるし、ダメになったらいっしょに悲しんでくれるだろうし、どっちに転んでも可愛い孫のアドバンテージが大きくなるに違いない。

 ちょっと打算的。けど前向きだからね、いいんだ。

「お祖母ちゃん、お花を植えたいんだけど」

 さっそく、リビングのコタツでネコの伝助と一緒に丸くなってるお祖母ちゃんに声をかける。

 えっと、伝助はお祖母ちゃんが飼ってるネコなんだけど、ちっともわたしには懐かないんで、わたしはシカトしている。

「え、お花?」

 冬に植えられる花なんてないよ、そう言われて残念がって、お祖母ちゃんに慰められることを予感してたんだけど。

「じゃ、お花の苗を買いに行こう!」

 予想に反して、軽く請け負うお祖母ちゃん。

 伝助だけ、迷惑そうに「ニャー」と鳴いてどっかに行ってしまう。

 

 意外な近さに花屋さんはあった。家の近所は知っているつもりだったけど、わたしが知っていたのはバス停から家までの道沿いだけだということを実感した。

 花を買いに行ったから花屋さんだと思っていたら、造園とかの工事も引き受けている大きなお店というか、看板をみたら堂々と株式会社を謳っている。隣りがパン屋さんんでいい匂いがしているのも好ましい。

 こことパン屋さんについては、いずれ触れることになると思う。小説じゃないから、思うと言うのは予告ではなくて予感。

 ジャノメエリカの苗を買ってもらった。

 ほかにもパンジーとかビオラとかあったんだけど、名前の『ジャノメエリカ』が気に入って決めた。なんだか『スケバン』とか『緋牡丹なんとか』って感じで、ちょっと孤高のアウトローって感じ。しない?

 お店のオジサンが「咲いたのがあるから見ていく?」と言ってくれたけど、咲くまでワクワクしていたいから断った。

 わたしはジャノメエリカの形で時間を感じていく。

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不思議の国のアリス・8『アリスのミッション・奮闘編』

2020-01-21 06:37:29 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・8
『アリスのミッション・奮闘編』    
 
 
 日本でむつかしいこと(アリスの日記より抜粋)
 
 ☆ピストルを手に入れること(だから、この大阪でも、たいがい気楽に歩いていける)
 ☆日本人の気持ちを正確に知ること(「結構です」はほぼ否定の意味。「びみょう」の意味が微妙に分かりにくい)
 ☆日本人に正確に気持ちを伝えること(なんせ、わたしの日本語は半世紀前の大阪弁。他にも理由いろいろ)
 で、二番目と三番目の問題が、アリスのミッション遂行の壁になっている。
 まず、直球であたってみた。
 
――ちよこが すきなひとてだれ?――
 
 テストの最終日、ホームル-ムの時間にメモを回した。ちなみにアリスは、漢字が、ほとんど分からないため、誤解したり、されたりしないために、文章のやりとりはひらがなを使っている。
 
「そんなん、言われへん!」
 
 あとで、あっさり千代子本人に言われてしまった。
 そこで、クラス一番の情報通と言われるマユに聞いてみた。
「うちらのクラスのソシオメトリーについて聞きたいねんけど」
「なに、そのソシオ……とか言うもんは?」
「ああ、つまり……だれが、だれと仲がええとか、気いが合うとか……ええと、こんなん」
 アリスは、クラスの人間全員の名前をざら紙に、ばらばらに書いた。
「たとえば、クラスで一番好かれてる人間を、好いてる人間から線ひくねん」
 で、サンプルに、アリスは、自分の名前から、千代子とマユに矢印を引いた。
「あ、そういうことか」
 自分に線を引いてもらって気をよくしたマユは、なんとクラス全員の名前からアリスに矢印を引いた。
「あ、国際親善してくれるのは、うれしいけど……もっと、なんちゅうか……」
「あ、ラブラブ関係!?」
 
「声大きい!」
 
 言った自分の声が大きいので、みんなの注目を集めるが「アハハ」と笑ってごまかす。
 
「……まかしなさ~い! 人に見られても分からんように、出席番号でやろか……」
 マユは、またたくうちに、暗号表のようなソシオメトリーを完成させた。
「この色の違いは?」
「ああ、青の方の矢印は淡い片思い。両矢印は淡い両思い。赤は強烈な片思いと両思い」
「この外に向こてるのは?」
「それは、クラス外の子との関係」
「この大杉クンはおかしいやろ!?」
 大杉からは、極太の方矢印がアリスに向けられていた。
「大杉クンて、ウチに一番冷たいよ。なんか無視されてるしい」
「それて、愛情の裏返し。でも言うたら、ブロンドコンプレックス。大杉は、いまだに昭和を引きずっとる」
「マユ、あんたのは、あれへんね?」
「よう見てみい」
 よく見ると、マユの出席番号の真ん中に小さな点が打ってあった」
「この点……なにい?」
「ここから矢印が、はるか空の上、宇宙に伸びていってんねん」
「ええ……?」
 アリスは、マユといっしょに天井を見上げた。
「星の王子さま~な~んてね!」
 煙に巻かれたアリスだが、千代子と東クンが太い青線で結ばれていることが意外だった。
「この太い青線は?」
「ほんまは赤で書いてもええねんけど、この二人は、互いに気持ちがありながら、絶対気持ちを伝えよらへん。で……」
「え……?」
「アリスは、なんで、こんなもん知りたがるわけ? 冷静になったら、ちょっとギ・ワ・ク」
「ああ、シカゴ帰ったらレポート書かなあかんねん。それで、日本の若者の愛情表現をテーマにしよ思て……」
「ああ、留学生いうのんも大変やなあ」
 マユは、意外にあっさりと、この苦し紛れを信じてくれた。アリスは、自分の演技力に自信も持ったが、日本人は、アメリカを簡単に信じすぎるとも思った。
 
 おっと、問題は千代子と東クンだ。アリスの奮闘は続く……。
 
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巷説志忠屋繁盛記・13『写真集・3 玉手山遊園の観覧車』

2020-01-21 06:27:11 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・13
『写真・3 玉手山遊園の観覧車』    
 
 
 
 
 あ 玉手山遊園や……
 
 写真集の巻末近くで思い出の遊園地を発見したタキさんだ。
 なぜ巻末近くかといううと、大和川からこっち、どのページを見ても黒歴史そのもの、あるいは、それに繋がる写真ばかり。
 懐かしくはあるが、いかんせん黒歴史、アイドルタイムに見ていて思わず呟いた言葉がKチーフやランチタイムから居続けの常連さんなどに聞かれてはまずいので、巻末に飛んだというしだい。
 
 玉手山遊園は、平成十年に閉じられたが、日本で二番目に古い遊園地なのだ。  
 
 八尾から近いこともあって、タキさんにはディズニーランドやUSJよりも、ある意味思い入れが深い。
 写真集に載っているのはゴンドラがわずか9個しか付いていない観覧車だ。
――吊り橋をいっしょに渡ると、いっしょに渡った異性を好きになる――
 社会の時間にN先生が脱線して『吊り橋論』の話をした。
 要は、吊り橋などを一緒に渡ってドキドキすると、脳みそが勘違いして、その異性を好きだと思ってしまうという話。
 中学生にもなると色気づいてくるので、N先生は、うまく牽制球を投げたのだ。
 タキさんは、こういう話され方をすると――なるほどなあ――と思ってしまう。
 道徳的に、かくあるべし! などと言われると反発してしまうが、N先生のように科学的かつウィットに富んだ言い方をされると「なるほど」と思ってしまう。
 
 で、その週の日曜日は子供会の遠足の日だった。
 
 もとより子供会というのは小学生のものなのだが、生まれついてのガキ大将。
 それに家の宗旨がキリスト教ということもあり、何かにつけて境界や町内の用事は進んで参加する。
 ガキ大将でもあるので、自然とその場を仕切ってしまうことが多くなる。
「玉手山遊園は目えが届かへんねん、コウちゃんなんかが来てくれると助かるねんけどなあ」
 世話係のオッチャンに言われては行かざるを得ない。
 実際のところは、子どもたちに人気のあるタキさんなので、なまじ大人が仕切るよりも楽しくなることを、みんなが知っている。
 同様に声を掛けられた中一三人といっしょに楽しく玉手山遊園に出かけたのであった。
 三つのグループに分けた子どもたちを、タキさんたち中学生はうまく遊ばせた。
 お昼はいっしょにお弁当を食べながらのビンゴ大会。人間いっしょに飯を食ってビンゴをやれば身も心も温まってくるのだ。
「これで、こいつらの絆の『き』の字くらいはできたよ、オッチャン」
「ありがとう、ありがとう、午後は好きにしてくれてええよ」
 
 三人の中学生、タキさんの他は酒屋のせがれと、もう一人は、あの百合子だ。
 
「コウちゃん、いっしょに回ろか」
 酒屋のせがれをソデにして百合子が寄って来た。
「秀(酒屋のせがれ)は?」
「子どもらと盛り上がってるから……」
 大人びた言い方で馬跳びをしている秀を一瞥した。
 なにか吹っ切ろうとしている風を感じたので、タキさんは並んで歩いた。
「秀と付き合うてんのかと思てた」
「友だちとしては……あ、すみません、シャッター押してもらえます?」
 最後まで言わずに、持っていたカメラを通りがかりのアベックに声を掛ける百合子。
「撮りますよー引っ付いてー」
「はーーい」
 アベックの照り返しだろうか、百合子はちょっぴり大胆に腕を組んできた。不覚にも胸キュンのタキさんだ。
「ありがとうございます、よかったらお二人のも撮りますけど」
「そう、じゃ、お願いしよかな」
「観覧車背景に撮ってもらえます?」
「ちょうど乗ってきたとこやねん(o^―^o)ニコ」
「ハイ、いきまーす……」
 
「わたしらも乗ろっか!」
 
 アベックにカメラを返すと、素敵な笑顔でタキさんにねだる百合子。
 ついさっきまで秀の彼女だと思っていたので、気持ちがポワポワと浮き上がってしまう。
 浮き上がったまま二人は観覧車のゴンドラに乗った。
 ジェットコースターはあちこち制覇しているタキさんだが、観覧車は生まれて初めてだ。
 狭いゴンドラの中では互いの膝が触れ合ってしまう。ゆっくりと上昇するゴンドラ、互いの息遣いさえ聞こえてきそう。
 秀とのことで封印してきた気持ちがあることをゴンドラの上昇とともに感じてくる……ドキドキと自分の心臓がうるさい……しかし、これは……きっと吊り橋効果や……せやけども……ああ、なんちゅうカイラシイ目すんねん!
 外の景色を見るふりをして、時々目線を避けるが、かちあった時の百合子の目は凶器だった。
 
 9個のゴンドラしかない観覧車は三分足らずで地上に戻ってしまった。
 
「ほんなら、あたし子どもらの相手してくるわね」
 地上に降りると、百合子はそそくさと行ってしまった。
 なじられたような気がしたが、N先生の影響だろうか――とりあえずは、これでええねん――自分に言い聞かせるタキさんだった。
 で、結局はS高校の偵察に行く百合子を玉櫛川のほとりで見かけるまで、ろくに口もきかなかった二人であった。
 
「マスター、ディナータイムでっせ!」
 
 タキさんは日常に引き戻されてしまった。
 
 
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・16・「あ、あの、松井先輩ですか?」

2020-01-21 06:12:48 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)16
「あ、あの、松井先輩ですか?」                    

 
 在籍確認をすればいいと分かった。

 1年以上活動実績が無い部員は、生徒会規定で正規の部員とは認められない。
 活動実績とは、日々の部活への出席が基本なのだけれど、今時毎日の出席を確認しているような部活は、ごく一部に過ぎない。
 で、運動部なら選手登録や試合。文化部ならコンクールや発表会へ名前を連ねていることが有効なのだが、それも出来ない場合は所定の用紙に、本人の署名捺印されていれば暫定的に在籍していることを確認できることになっている。

「あのー……」

 と声を掛けただけで教室中の注目を浴びてしまった。
 
 下級生が3年生の教室にやって来たのだから目立つ。それも男子が女子の車いすを押しながらなのだから、何事かと思われる。
「えと……松井先輩はいらっしゃいますか?」
「松井君、下級生の面会やで~」
 千歳の声に、いかにも学級委員という感じの女子が声を張り上げてくれた。
「え、おれに?」
 運動部の部長らしい引き締まった体の男子が顔を向けた。
 最初に声を掛けたのが千歳ということもあって、教室の注目は引き締まった松井と車いすの可愛い下級生に暖かく集中した。3年生にもなると、人のことを暖かい目で見るという反応ができるようだ。
「あ、いえ松井須磨さんのほうなんです」
 
「「「「「「「「「「え?」」」」」」」」」」
 
 砂を噛んだように教室の空気が気まずくなった。

「あ……その松井さんやったら、タコ……あの部屋、なんていうんやったっけ?」
 学級委員風は、病原菌が入った瓶をを放り出すように背後のクラスメートたちに聞いた。
「……生徒指導分室」
「1階の突き当り。『分室』とだけ書いてあるから。ま、行ってみい」
 別人の松井が車いすの傍まで来て、指差して教えてくれた。
「どうもありがとうござい……」

 ピシャ!……お礼を言う前に教室のドアは閉められてしまった。

「……なんや、イワクありすぎいう感じやなあ、松井さんて」
 車いすを押す啓介の声は緊張してきた。
「ドンマイドンマイ、やっぱ押してもらうと車いすも快調よねえ」
 千歳はワクワクしてきているようだ。

 生徒指導分室は1階と言っても、今まで踏み込んだことのない校舎の外れだった。

「……失礼しまーす」
 3回目のノックにも反応が無かった。
「入ってみようか……」
「う、うん……」

 分室のドアはロックされておらず、ノブを回すと簡単に開いた。

「失礼し……あれ?」
 教室の1/4ほどの分室はゼミテーブルが4つ引っ付けられて島のようになっていて、その向こうに背を向けたソフアーがあったが人の気配がなかった。
「留守かなあ……」
「ね、あれ……」
 千歳が指し示したソファーの背から、わずかに足の先が出ている。
 車いすを寄せて回り込むと、ソファーに俯せで寝ている女生徒がいた。
「あ、あの、松井先輩ですか?」
「う、う~ん」
 
 寝返りを打った顔は整ってはいたが、目と口が半開きになってヨダレが糸を引いていたのだった。
 
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乃木坂学院高校演劇部物語・103『素顔のキャストとスタッフ』

2020-01-21 05:57:57 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・103   



『素顔のキャストとスタッフ』

 
 
「忠クンさ、自衛隊の体験入隊で、なんか変わった?」
「変わったってか……分かったよな」
「なにが……?」
「それは……」
「自分は、まだまだダメだ。でも、自分が希望の持てる場所はここだ……とか?」
「先回りすんなよ、言う言葉が無くなっちまうじゃないか……」

 ゆりかもめの一群が川面をなでるように飛んでいった、忠クンはそれを目で追う。ゆりかもめは、少し上流までいくと、さっと集団で舞い上がり。それにつれて忠クンの顔は上を向き、遠く彼方を見つめる目……サマになってる。
 そんな彼を、まぶしそうに見るわたし。ますますサマになる。
 すかさずレフ板の位置が変わり、カメラが切り替わる。

 ちょっと説明。

 これは、ちゃんとしたテレビの撮影なんだ。『春の足音』のね……って、別にわたしが主役になったわけじゃない。
 プロディユーサーの白羽さんのアイデアで、毎回番組の最後に『素顔のキャストとスタッフ』というコーナーがあって、二分間、毎回一人ずつ紹介していくわけ。
 やり方は基本その人の自由。この荒川の下町が舞台だから、町の紹介をしてもいいし、他のキャストやスタッフさんとのト-クもOK。順番はジャンケンで決める。そのジャンケン風景も撮って流すんだから、この業界やることにムダはありません。
 
 で、わたしが大久保流ジャンケン術で勝利し、その栄えある第一回に選ばれた。
 
 むろん、ただのエキストラなんで、あらかじめ、はるかちゃんが紹介してくれて、わたしが映っている何秒間かが流れて、このシーンになるのね。
 わたしは、無理を言って忠クンを引っぱり出した。
 忠クンの体験入隊は、忠クンの中ではまだ未整理になっている。わたしへの気持ちもね。だから、こうやをって引っぱり出してやれば、いやでも考えるだろうって、わたしの高等戦術。いちおうわたしの彼だから、しっかりしてもらいたいわけ。
 え……「いちおう」……それはね、乙女心よ乙女心。最終章まできて、のらりくらりしてるカレを持った崖っぷちのオトメゴコロ!!

 分かんない人は、第一章から読み直して。序章には忠クン出てこないから。
 でも、わたし的には序章から読んでほしいかな。
 監督も、高校生の自衛隊の体験入隊がおもしろいらしく、A駐屯地まで行って取材もしてきた。教官ドノをはじめみなさん大張り切りだったみたいだけど、流れるのは、ほんの何十秒。それも大空さんがほとんど。テレビのクルーも絵になるものは心得ていらっしゃる。
 で、ゆりかもめを見つめて、なんとかサマになった忠クンは、こう締めくくった。
「大変なことを、自然にやってのける力……そういう心になれるまで……その、軽はずみな気持ちだけでフライングしちゃいけないんだなって、そう思った」
「ほんと?」
「うん。前さえ向いていたら……今はそれでいい」
「今度、火事になったら、また助けてくれる?」
「それは、もう勘弁してくれよ」
「それって、もう助けないってこと?」
「助けるよ。目の前で、それが起こったら……そういうことも含めて、まず目の前にあることを一つずつやっていこうって。あのゆりかもめだって、最初から、あんなに自由に飛べるわけじゃないだろう」
「……だよね」
「卵からかえって、餌をもらい、羽の筋肉が発育し、親を見ながら飛ぶことを覚えていくんだ」
「そうね……そうだよね。今の忠クン、かっこいいよ」
「ああ、キザったらしい。二度と言わないからな!」  
 しきりに頭をかく忠クン。そして、程よい距離で、まぶしく、そして小さく拍手するわたしをロングにし、荒川の全景に溶け込ませて、お、し、ま、い。
 ほんとのとこ、まだまだ食い足りない。でも、忠クンとしては進歩。番宣でもあるし、「はいオーケー」の声もかかっちゃうし。
「ほんと、かっこよかったっすか!?」と、ヤツは目尻下げちゃうし……。

 オトコって、ほんとまどろっこしい! 
 
 ゆりかもめに気持ち乗っけて、それで「キザったらっしい」なんて、安物の青春ドラマ。めちゃくちゃショ-モナイって思わない!?
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不思議の国のアリス・7『アリスのミッション・立志編』

2020-01-20 06:34:52 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・7
『アリスのミッション・立志編』     
 
 
 
 日本でモヤっとしたこと(アリスの日記より抜粋)
 
 ☆紅白歌合戦が空白歌合戦に聞こえる(聞こえるってだけで、中味についてはコメントしません)
 ☆パレス(皇居)の写真見たら、橋だった(パレスそのものは、お城全部。でもパレスの建物は検索しても出てこない。国家機密?)
 ☆ダライラマが来たことを、どこも報道しなかった(you tubeで見たら、日本のこと誉めてたのにね)
 ☆北方領土が日本領……知らなかった(千代子は名前は知ってたけど、地図見せても分からなかった)
 ☆きれい好きの日本人の放置自転車(千代子パパは、お花見のあとは、もっとスゴイと言っていた)
 ☆日本にまで届く中国の大気汚染(アメリカだったら、損害補償とか、絶対裁判になってる)
 ☆ファミレスとか電車の中の子ども(とにかく、うるさい! なんで叱らないの!?)
 ☆丸腰のガードマン(銀行の現金輸送でさえ、ピストルも持ってない。シカゴじゃ自動小銃持ってる)
 ☆パパラッチがおとなしい(そのわりにスクープは多い。やっぱり忍術使ってるの!?)
 ☆なんで、枝豆がおいしいの!?(ただの未熟な大豆で、青臭いだけ。なんでビールに欠かせないの?)
 ☆日本人は虫の声が、美しく聞こえる(わたしには、ただの騒音なんだけど!)
 ☆生きてる人間が国宝になる(検索したら、定員が決まってるって、知ってた?)
 ☆教室に国旗がない(まあ、毎朝敬礼や宣誓しなくていいのは、いいかも)
 ☆『幸福の黄色いハンカチ』の原作はアメリカ!(ミスター山田洋次じゃなくて、ピート・ハミル。まあ、流行らなかったけど)
 ☆ウォシュレットのアイデア(もともとは、アメリカ人の発案だって、吉田先生が教えてくれた!)
 ☆トランプは弾劾裁判に掛けられるほど悪い大統領だと思ってる。あれって民主党の悪あがき。
 
 千代子のバレンタイン計画を成功させることに、アリスは熱中した。
 
 むずかしいのは、あくまで、アリスはアドバイザーで、決定するのは千代子自身でなきゃだめ。シカゴの友だちに相談したら、こんなメールが返ってきた。
 
――アリスのチヨコを思う気持ちは、友情に溢れた立派なことだと思う。でも、アリスは行動力ありすぎだから、あんたがプロディユースしちゃだめ。あくまで、それとないアドバイスで、チヨコ自身が決心し、行動できるように気をつけてね。去年のボール(学内パーティー)仕切っちゃって、生徒会長のコワルスキーを自信喪失させたようなことにはならないように――
 
  アリスの最大の友人にして理解者であり被害者  ミリー・オウエン
 
 
 アリスは、まず千代子のターゲットが誰なのか探ることから始めた。
 
 アリスのミッション開始!
 
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巷説志忠屋繁盛記・12『写真集・2 タキさんの学校選び』

2020-01-20 06:20:33 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・12
『写真集・2 タキさんの学校選び』  
 
 
 
 
 なんでY高校なんだ?
 
 担任が不思議そうな顔をした。
 
 タキさんの強いため息に、机の上の進路調査票が飛んで行きそうになり、担任は慌てて手で押さえた。
 
「YM高がええんですわ」
 今どきの高校生とちがって、タキさんは教師には敬語で通す。
 別に、教師を尊敬してのことではなく、不要な摩擦を避けたいからだ。
「だけど、進路を考えたら、ぜったいY高校の方が有利だぞ」
 自身Y高校の出身である担任は、タキさんの学力ならY高に行くべしと、はなから決めてかかっている。
「もう決めたことですから、これでお願いしますわ」
「……ご両親は承知しておられるのか」
「書類にハンコついたんは親父ですよって」
「……ま、来週もう一度聞くから」
 無駄なことをと思ったが、軽く頭を下げて職員室を出た。
 中三とは思えない貫録に、出入り口近くの先生たちは盗み見するような視線を投げた。
 
――そういう目つきは、闘鶏場の軍鶏(しゃも)にこそ向けなはれ――
 
「コウちゃん、どないでした?」
 
 最近ようやく「あにき」と呼ばなくなった十円ハゲがイッチョマエの心配顔で聞いてくる。
「どないもこないも、俺は初手からY高校に決めとる」
「せやかて、Y高行けるのにもったいない!」
「おまえなー、高校ごときで人生決まるもんとちゃうぞ」
「そやろけども……」
「うちの担任でもY高や、ほんで京都大学進んで、いまはワイらの学校のセンテキや。俺は学校のセンテキなんぞにはならん」
「せやけど、えらそーに言うて共済年金もらえるし」
「志が低い、男は太う短う生きならあかんのんじゃ」
「それに、芳子ねえちゃんもY高に決めたて言うてましたよ」
 
 ちょっと心が動いた。
 
 芳子とは、数年前に大和川で溺れていたのを助けてやった女の子だ。
 芳子は一つ年上だが、身体を壊して学年が遅れ、タキさんと同学年になっているのだ。
 助けた時の柔らかさは、いまでも衝撃として皮膚感覚に残っている。
「先週、芳子ねえの写真もろたんですわ」
 ズック鞄から硫酸紙に包んだ写真を大事そうに出した。
 十円ハゲの姉は芳子の友だちで、彼はときどき姉にせがんで写真を撮ってもらっている。
「まあ、見せてみいや」
 こういうとき、タキさんは人の好意を無にしない。相手が子分格であっても同じだ。
 タキさんの生まれ持った優しさである。
 
「なるほど……磨きがかかってきたなあ」
 
「大原麗子に似てまっしゃろ」
「というよりは……言うといたげ、Y高校は水泳の授業に遅刻したら水着のまんまグラウンド走らされるねんぞ」
「え、女子でも?」
「女子でもや」
 タキさんなりに子分を教育している。
 水着ランニングに象徴されるように、Y高校は体育科を始めとする教師がうるさい学校だ。元々が府立の旧制中学だったので、男子校のころの気風が残っていて、そんな窮屈さはごめんだと言うのが第一の理由だ。
 それに比べてYM高校は旧制女学校が新制高校になったもので、「生徒の自主性を尊重する」ということで、なにかにつけて緩い。これが第二の理由。
 
「慶太(十円ハゲの本名)、ちょっと付いてこい」
 
 学校を出るとカバンだけ家に置き、自転車に乗ってYM高校を目指した。
 途中、Y高前を通り、近鉄八尾駅を中継点に喫茶店やらレコード屋やらハンバーガー屋やら本屋などを周る。
「なるほど、この通学路は楽しいなあ!」
 自由人タキさんは、Y高へ行っては味わえない道草が大事なのである。これが第三の理由。
 そして、YM高校の玉櫛川を挟んだ向かいで下校風景を眺め、Y高にはくらぶべくもない自由さを慶太に知らしめた。
「ま、こういうこっちゃ」
「自分の目で見るいうのは大事やねんなあ」
「ま、たこ焼でもおごったるわ」
 
 山本駅方面にチャリを漕いでいると、玉櫛川遊歩道に意外な後姿を発見した。
 
「「オ……」」
 向こうも気配を察した。
「あら、コウちゃん!?」
「百合子、なにしてんねん?」
「ちょっと偵察」
「偵察て、学校のか?」
 自分が行ってきたばかりなので、偵察でピンとくる。でも、これから行くとしたら方角が逆だ。
「あたしはS高やさかい、なんやったらいっしょに来る?」
「あほぬかせ、S高は女子校やないか」
「より取り見取りやでー、どや、慶太も」
 慶太もブンブン首を振る。
「アハハ、ほんならね!」
 スキップしそうな軽やかさで百合子が去っていく。
 ちょっと残念そうなタキさんは、それをおくびにも出さず慶太を引き連れたこ焼き屋を目指したのであった。
 
「このたこ焼き屋は、もうないなあ……」
 
 写真本を閉じると、Kチーフに言われる前にディナータイムの準備にかかるタキさんであった。
 
 
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・15・「ダメもとで……」

2020-01-20 06:07:39 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)15
「ダメもとで……」            


 
 
 
 演劇部の部室は旧校舎一階の東端にある。

 創立以来の蔦の絡まる木造校舎は、それだけでも歴史と文化を感じさせ、ブログや新聞に載った佇まいは、いかにも伝統校の伝統演劇部である。
 特に夕方、茜色の夕陽に晒されると、ギロチン窓の窓越しに見える啓介と千歳の姿は、映画の中の演劇部員が秋の公演に向けて資料や戯曲を読み漁っているようにうかがえる。
 時おり見せるため息や吐息をつくさまは、青春の真中(まなか)で呻吟する若人の姿そのものであり、昭和の日活青春映画かジブリアニメの主人公を彷彿とさせた。

 千歳がチェ-ホフ短編戯曲集第二巻から目を上げて、なにやら問いかける。啓介は顔を上げてひとしきり、千歳の問いに真剣に答える。麗しくも頼もしい、あるべき青春の一コマである。

「……お説は分かったから、その聴覚的受容の在り方についてだけ考察しなおしてくれないかしら?」
「二次元的視覚効果を補完するための聴覚効果は妥協したらあかんと思うし、互いに尊重し合うべきやと思う」
「しかしね、同じ空間を共用する者としては、相手の感性への共感と尊重の意識が重要なファクターになると思うのよ、間違ってる?」
「我々は、江戸の昔には3千万人に過ぎなかった列島に1億3千万人で生活しているんや。都市の生活環境の中で生きることを内発的に是認して、いや、所与の条件として見据えていかなければ、二十一世紀中葉の喧騒に耐えられる文化の担い手にはなられへん!」
「あのね……簡単なことなのよ。モンハンやるならヘッドホンとかしてって話よ! ちっとも集中できないでしょ!」
「そういう自分かて、チェ-ホフの短編に挟んで読んでるのは『ワンピース』やねんやろが!」
「あ、そいうこと言う!? コミックは低俗って、昭和も30年代の感覚じゃないの! 信じられない!」
「そんなこと言う前に、オレが言うたサブカルチャー論、なんにも分かってへんやんけ!」

 二人は、放課後の部室で思い思いの時間を過ごしていたのである。

 啓介は、自由になる隠れ家を。千歳は、精一杯学校生活を営んだというアリバイが欲しい。そのためにNHK朝の連ドラも真っ青というほどのロケーションとして、演劇部の皮を被っている。
 
「……て、こんな場合じゃないのよ! 今週中に部員を5人にしないと、部室取り上げられんでしょ!?」
「あ、つい安心してしもてた!」
「なんか手立てはないの?」
「宣伝はしまくったし、個別に一本釣りもしてみたけど」
「ブログにも書いて、新聞社にまで来てもらったけど」
 そう、千歳の機転で、先週一週間、演劇部の露出度はなかなかのものであった。だが「がんばってるのね!」という評判はたっても「じゃ、自分も参加しよう!」ということにはならない。もっとも、真剣に演劇部をやろうという気持ちはハナクソほどにも無いので、間違って「演劇命!」という生徒に来られても困るのである。

「せやけど、そんな都合のええもんて居るやろか?」

「めったにはね。でも、せめて一学期一杯くらいは続いてくれなくっちゃね」
「人のこと言えんけど、千歳もたいがいやと思うで」
「ねえ……思うんだけど。幽霊部員とかいないの?」
「幽霊部員?」
「入部だけして来なくなっちゃって、はっきり退部の意思表示していないようなの?」
「ここ二年ほどは、オレだけやさかいなあ」
「じゃ、それ以前は?」
「え、3年生? さすがに3年生には……」

 そう言いながらも、啓介は古い演劇部の資料を当たってみた。

「え~~~と……」
「あ、この人!」
 2人の目は、4年前に入部届を出した松井須磨という女生徒を発見した。
「でも、4年前ってことは、卒業してるよなあ……」
「ひょっとしたら留年とかして……ダメもとで……」
「どこ行くんや、千歳?」

 千歳は、生徒会室に行って3年生のクラス別名簿を確認した。サラサラと流し見ただけだが発見した。

「3年6組に居るよ!」

 松井須磨、留年した本人か、はたまた同姓同名の別人か?

 
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乃木坂学院高校演劇部物語・102『変なものが写ってます!』

2020-01-20 05:51:14 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・102   




『変なものが写ってます!』


 それは、ラストシーンの撮影が終わった直後におこった。

 監督さんがOKを出したあと、ディレクターとおぼしき(あとでNOZOMIプロの白羽さんだって分かる)人が、ADさんに軽くうなづく。
 すると、ロケバスの上から花火があがって、カメラ載っけたクレーンから垂れ幕!
 
――『春の足音』ロケ開始! 主演坂東はるか!――
 
「え、ええ……ちょっと、これってCMのロケじゃないんですか!?」
 驚きと、喜びのあまり、はるかちゃんはその場に泣き崩れてしまった。
「おどかしちゃって申し訳ない。むろんCMのロケだよ。でもカメラテストも兼ねていたんだ。僕はせっかちでね、早くはるかちゃんのことを出したくって、スポンサーの了解得て、CMそのものがドラマの冒頭になるようにしてもらったんだ。監督以下、スポンサーの方も文句なし、で、こういう次第。ほんと、おどかしてごめんね」
 白羽さんの、この言葉の間に高橋さんが、優しく抱き起こしていた。さすが名優、おいしいとこはご存じでありました。
「月に三回ほど東京に通ってもらわなきゃならないけど、学校を休むようなスケジュ-ルはたてないからね。それに相手役は堀西くんだ、きちんとサポートしてくれるよ」
「わたしも、この手で、この世界に入ったの。大丈夫よ。わたしも、きちんとプロになったのは高校出てからだったんだから」
 と、堀西さんから花束。うまいもんです、この業界は……と、思ったら、ほんとうに大した気配り。とてもこの物語には書ききれないけど。

 で、まだ、サプライズがある。

「分かりました、ありがとうございました。わたしみたいなハンチクな者を、そこまでかっていただいて。あの……」
「なんですか?」
 このプロデューサーさんは、とことん優しい人なのだ。
「周り中偉い人だらけで、わたし見かけよりずっと気が小さいんです。人生で一等賞なんかとったことなんかありませんし。よかったら、交代でもいいですから、そこの仲間と先輩に、ロケのときなんか付いててもらっちゃいけませんか……?」
「いいよ……そうだ、そうだよ。ほんとうの仲間なんだからクラスメートの役で出てもらおう。きみたち、かまわないかな?」
「え、わたしたちが……!?」

 というわけで、その場でカメラテスト。
 
 笑ったり、振り返ったり、反っくり返ったり……はなかったけど。歩いたり、走って振り返ったり。最後は音声さんが持っていたBKB47の音源で盛り上がったり。上野百合さんが――あんたたち、やりすぎ!――って顔してたので、BKB47は一曲の一番だけで終わりました。

「監督、変なものが写ってます!」

 編集のスタッフさんが叫んだ。みんなが小さなモニターに集中した。
 それは、わたしたちがBKB47をやっているところに写りこんでいた。
「兵隊ですかね……」
「兵隊に黒い服はないよ……これは、学生だな……たぶん旧制中学だ」
 と、衣装さん。
「この顔色は、メイクじゃ出ませんよ」
 と、メイクさん。
「今年も、そろそろ大空襲の日が近くなってきたからなあ……」
 と、白羽ディレクター。
「これ、夏の怪奇特集に使えるなあ」
 と、監督。
 わたしたちはカメラの反対方向を向いてゴメンナサイをしている乃木坂さんを睨みつけておりました。
「どうかした?」
 潤香先輩と、堀西さんが同時に聞くので、ごまかすのにアセアセの三人でした。
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せやさかい・115『学校見学』

2020-01-19 11:58:08 | ノベル

せやさかい・115

『学校見学』 

 

 

 とっくにオープンキャンパスは終わってたけど、見学は快く承諾された。

 

 少子化のこの時代、ちょっとでもええ生徒を確保したいということやと思う。

 そんで頼子さんだけと違て、あたしと留美ちゃんも付いて行ってええということになった!

 えと、真理愛女学院(マリアじょがくいん)の見学。

 

 頼子さんは通学ルートも見ておきたいので電車で行くつもりやったけど、詩(ことは)ちゃんに聞いたら分かることなんで、例によってテイ兄ちゃんの車で向かう。

 テイ兄ちゃんは午後から檀家周りがあるんで坊主のコス。

「テイ兄さんお願いします」

 頼子さんが手渡したんは、頼子さんの親の委任状。

 つまり、見学に関しては保護者と同じ資格ということや。テイ兄ちゃんが喜ばんはずがない!

 坊主のコスでミッションスクールってどうよ? とも思うねんけどね。

 

 校門の前でテイ兄ちゃんは合掌、うちらも行儀よく頭を下げる。

「よくいらっしゃいました」

 グレーのシスター服のおばさん……いや、校長先生(詩ちゃんに教えてもろてた)がお出迎え!

「他の先生方は授業中なもので、わたくしがご案内させていただきます」

 他に、副校長とか教頭先生とか居てるやろに……頼子さんがヤマセンブルグの王女様(正式やないけど)やいう情報が伝わってのことやと思う。

 テイ兄ちゃんは、保護者の代理ということを委任状を渡しながら説明し、もう一度ピロティー脇にあるマリア像に合掌。あたしらも頭を下げる。

 応接室に通されて、学校の概要と入試のあれこれについて説明を受ける。

 頼子さんは、パンフレット半分、校長先生の顔半分いう感じで、時折美しく微笑んで頷いてる。さすがは王女様の気品。でもって、二度ほど軽く質問。いくら上品でもコミニケーションは双方向でないと礼を失するいう、行き届いた気配りやねんわ!

 そやけど、後半になってオーラを感じたんは留美ちゃんや!

 コクコク頷いてはメモをとったり、パンフにアンダーラインを引いたり、頼子さんよりも入る気満々いう感じ。

 校長先生がモニターに学校案内を流して、校歌が流れるとこになったら涙まで流してる。

「榊原さんね、しっかり聞いてくださってありがとう」

 校長先生は、付き添いの名前まで憶えてくれてはったよ!

「正直に申しますが、学年途中でエディンバラの高校に編入する可能性があります……」

 いちばん大事なことを頼子さんは包み隠さへんかった。

「はい、それは、その時にお考えになったらよいことだと思います」

 間接的表現やけど、学校としては気にしませんという意思表示やと思う。これからは自分の事も自分の意思だけでは決められんようになる頼子さんには嬉しいことやと思う。

「ありがとうございます(#^―^#)」

 お礼を言う頼子さんの言葉にも歳相応の嬉しさが滲んでた。

 

 キーンコーンカーンコーン キーンコーンカーンコーン

 

 ちょうど終業のチャイム。うちの中学と違てチャラ~ンポラ~ン チャラ~ンポラ~ンとは聞こえへん。

「では、校内案内を……」

 校長先生が言いだすと同時に、ドアがノックされた。

「どうぞ」

 校長先生の言葉に「失礼します」と入って来たのは……なんと詩ちゃん!

「二年A組の酒井詩です、見学の方のご案内を申し付かってまいりました」

「ピッタリね、じゃ、ここからは酒井さん。よろしくね」

「はい、では、みなさん、こちらにお進みください」

 家でもしっかりした詩ちゃんやけど、なんかもうすっかり総理大臣の秘書でも務まるんちゃうかいう大人びた感じ!

 

 次の時間は『校内奉仕』とかいう時間で、ようは大掃除。

 

 頼子さんが注目されてるのがよう分かる。

 なんせ、ブロンドのセーラー服。先月は来日したヤマセンブルグ女王陛下に付き添ってマスコミへの露出も多かった。高校生とは言え、そのへんの事情を知ってる人も居てる。

 せやけど露骨にジロジロ見たりはせえへん。キャーキャー言うこともない。

 視界に入る生徒さんたちは、みんな、それぞれに校内奉仕のお掃除に勤しんでる。一人だけ、窓ふきの雑巾を落とした子がおったけど。

 高校生になったら落ち着くんか、学校の躾が行き届いてるんやろか……たぶん、その両方。

 で、あきらかにうちらは刺し身のツマというか空気ですわ、空気。

 廊下ですれ違た女生徒。

 きちんと会釈するんはさすがやけどね……そのまま、頼子さんに目を奪われてしまいよった。

 ごつん! 

 後ろ歩いてたあたしにぶつかって、もろ大阪弁で「アイタア!!」とカマシテくれはりました。

 でや、空気でもぶつかったら痛いねんぞ。

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不思議の国のアリス・6『OH MY POOR 千代子!』

2020-01-19 06:17:37 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・6
『OH MY POOR 千代子!』      
 
 

 日本で、笑っちゃうもの(アリスの日記より抜粋)
 
 NHKのアナウンサーの顔(証明写真の動画版みたい。民放でもたまにいる)
 キンタローのAKBのモノマネ(彼女六頭身はあるのに、どうして四頭身と言うのかな。立派なダンサーだ)
 選挙の演説(ムツカシイ日本語で、半分は意味分からないけど、きっと分かっても分からないだろう)
 選挙演説を聴いてる人(エキストラかと思った。大人に聞いたらサクラがいるとか。サクラって何?)
 大阪の整列乗車(電車が来たとたんに列が崩れる。千代子は「なんちゃって整列」と言ってた)
 ママチャリの3人乗り(ほとんどアクロバット。でも、ホンワカして笑っちゃうんだよね)
 ケイオンというポップスのクラブ(なんで、演奏中に観客見ないでノレるのかなあ?)
 赤ん坊の笑顔(世界共通。でも、赤ん坊みたいな大人は、別の意味笑える)
 テレビのコメンテーター(言ってることが、わたしが聞いても小学生レベル)
 地球温暖化を信じてる人が多い(アメリカ人は「どうでもいい」と思ってる。大きな声じゃ言えないけど)
 アメリカが日本を守ってくれると思ってる(自分の国をヤバクしてまで、外国のこと守ると思う?)
 コメディアン志望多すぎ(みんな笑わす側のコメディアンになったら、だれが笑うの?)
 核とロケット技術あるのに、なんで核兵器持たないのか(一発で、日本のポテンシャル上がるのに)
 パチンコへのハンパじゃない熱中(あの小さな箱、ほとんどエンタテイメント!)
 学校の面接練習(プレゼンテーション能力ない先生に教えてもらってもねえ)
 わたしの無責任な感想にうなづく人(しょせんは、わたしの思いつきだからね)
 
 日本で、笑えないもの(アリスの日記より抜粋)
 
 コメディアンのギャグ(日本語にだいぶ慣れてきたけど、やっぱ笑えない。千代子の婆ちゃんも笑わない)
 コメディアンみたいな政治家(最初はギャグで真似してんのかと思ったら、本物の政治家だった)
 いくら勉強できても、飛び級させない(これって、若者のモチベーション下げてると思う)
 日本の地震(一度、震度3を経験。地球最後の日かと思った。わたしのリアクションにみんな笑った)
 イジメの認識(bullyingとviolenceは、全然違う。アメリカのイジメもたいがいだけど)
 授業で、反対意見ってか、質問できない(社会科でちょっと質問したら、怖い顔で黙殺された)
 世界最高齢のオジイチャンがミイラだった(親の年金が欲しいためだとか)
 アイドルの子が坊主頭になった(なんかルール違反らしいけど、最初はテロで拉致されたのかと思った)
 証明写真撮るとき(なんで、証明写真に自分のブスっとした顔? あ、ブスじゃないから。念のため)
 わたしの英語のギャグが通じない(シカゴじゃ、3歳の子でも笑う。6年も英語習ってんのになんで!?)
 千代子ママの高校時代の体育祭の写真(スカート穿くの忘れてんのかと思った。ブルマというらしい)
 わたしの日記を公表するやつ(作者だからって、なんでもありは無し。登場人物のプライバシーを守れ!)
 

 ハーーーーーーーー
 
「元気ないやんか、どないしたん?」
「どないもせえへん……」
 学校に着くまでに、千代子はもう十回以上ため息をついている。
「そんな顔されてたら、うちまで切のうなるわ」
「ごめん、アリス」
 あまりにも心配してくれるアリスに、千代子も黙っているのは悪い気がして、教室に着くと、サッとメモをして見せてくれた。
「読んだら、すぐに破って……」
 そう言うと、千代子は机に突っ伏してしまった。
 
――バレンタイン、ちよこのわたしかた――
 
 メモには、そう書いてあった。
 最初のバレンタインが、わたしのファミリーネームでないことは分かった。でも、その後が問題だ。
 千代子の渡し方というのは、ただ事ではない。アリスは自分の手をシュレッダーにしながら考えた。日本には卒業式の後のプロム(パーティーみたいな)がない。アメリカじゃ、プロムを大事にしているところがかなりある。いわば大人への第一歩で、アルコールもありだし、なんとなくのボーイフレンドが正式な恋人になるチャンスでもあり……つまり、身も心もくっつくということ。
 バレンタインデーは、シカゴではお気楽な遊びみたいなもの。でも、日本では意味が大きい。本命とか義理とかの区別もあるらしい。
 そこまで、考えて、アリスは千代子の気持ちを大きく、重く考えた。
――バレンタインで、千代子は愛する彼に、女の子の大事な○○を捧げようとしてるんだ。
 バレンタインまで、あと一週間あまり。
 親友として、アリスは千代子の力になろうと決心した。
 
 窓の外は、早春の曇り空が広がっていた……。
 
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巷説志忠屋繁盛記・11『写真集・1 大和川の海水浴』

2020-01-19 06:06:34 | 志忠屋繁盛記
  
巷説志忠屋繁盛記・11
 
『写真集・1 大和川の海水浴』    
 
 
 
 大和川の海水浴や! 
 
 タキさんは写真集を見て感動した。
 川で海水浴というのは変なのだが、タキさんのガキ時代はプールと風呂屋以外での水泳は全て海水浴と呼んでいた。
 
 海外旅行には一度も行ったことのないタキさんだが、ガキ時代の行動半径は広かった。
 並の子どもなら町内か、せいぜい校区内がテリトリーなのだが、河内の朝吉をヒーローとするタキさんは八尾柏原が行動半径の内だ。
 そんなタキさんは、市民プールなんぞというナマッチロイところには、あまり行かず、自転車をかっ飛ばして大和川まで泳ぎに行ったものだ。
 子分のガキたちが「コウちゃん、連れてってやー」というのをホッタラカシにして海パンを穿いたまま自転車に跨った。
 子分を連れて行かないのには理由があった。
 小学校で、国鉄の線路内に入って遊ぶことと、市内の川で遊ぶことを禁じられていたからだ。
 自分の危険はハナクソほども気にしないが、子分たちが危険な目に遭うことは極力避けた。
 大和川は八尾ではないが、ガキのタキさんにとっては自分のテリトリーは全て八尾であった。
 
 堤防の上、無造作に自転車を放り出すと「うりゃーーーー!!」と奇声を発して駆け下り、一気に川に飛び込む。
 奇声は一種の掛け声なのだが、地元のガキどもをビビらすためでもある。
「また。あのガタロ(かっぱ)や」
 おおかたの地元のガキは、そう言ってタキさんとの無用ないさかいを避けた。
 もっとも大和川の河川敷は広々としていて、タキさん一人ぐらいのがたろを気にすることもなく遊ぶことが出来た。
 しかし、そんなタキさんを快く思わないガキは当然いるわけで、一度タキさんは自転車を川に放り込まれたことがある。
 すぐに気づいたタキさんは「おんどりゃーー!」と追い掛け回し首謀者のガキ大将を組み伏せた。
 一発どついてから「オラ、子分といっしょにとってこいやあ!」と締め上げた。
 五人ほどいた子分で親分の窮地を救うべく戻って来たのは十円禿げのガキ一人だけだった。
 で、親分子分の二人に自転車を回収させると十円禿げを「おまえは偉い!」と褒めたたえた。
 「みんな逃げよったけど、おまえだけが戻って来た。なあおまえ(ガキ大将)これからは、こいつ可愛がったれよ」
 と、ガキ大将に説諭した。
 縁あって十円禿げは八尾に引っ越して、タキさんと同じ学校になったので無二の子分になり、前出の写真のようにタキさんのカバン持ちになった。
 
 この日も雄たけびあげて川に飛び込もうとしたら悲鳴が聞こえた。
 
――だれか助けてーーーー!――
 
 上流の方で、スク水を着た女の子たちが川面を指さして泣き叫んでいる。
 川面に目をやると、女の子がアップアップしながら浮き沈みしている。
 
 溺れてるんや!
 
 これが男の子なら、タキさんはなんの躊躇もなく川に飛び込んだ。
 だが女の子だ。
 ガキの頃のタキさんは、女はめんどくさいものと思って、なるべく関わらないでいるというのが信条だった。
 放っておいてもどこかの大人が助けるだろうと思った。
 その時、河原で助けを呼んでいる子と目が合ってしまった。
 ここで逃げたらカイショナシと思われる。
 
「まかしとけーーーー!」
 
 一声叫んで、タキさんは川に飛び込んだ。
 日ごろから「浩一は昔やったら甲種合格やな!」と祖父さんに言われてるほど体格と運動能力に秀でていた。
 あっという間に女の子のところまで泳ぎ着いた。
「あ、抱きついたらあかん!」
 恐怖のあまり女の子はしがみ付いてくる。このままでは二人とも溺れてしまう。
 立ち泳ぎしながらタキさんは、女の子を裏がえした。
 裏がえすと、頭の下から手を回して呼吸が出来るようにしてやって、結論を言うと無事に救助に成功した。
 
 女いうのは、こんなにやらかいもんか!?
 
 これがタキさん最大の感想であった。
 期せずして、タキさんは最適な溺者救助をやったのだが、最大の関心事はそこであった。
 あとで分かったことであるが、女の子は小学6年生で、当時のタキさんにとってはじゅうぶん女であった。
 
 タキさんは人命救助で表彰された。
 同時に、学校からは禁止されている川での水泳をやったことで目いっぱいオコラレタ。
 
「マスター、ディナータイムだっせ」
 
 Kチーフに言われ、やっと写真集から目を上げたタキさんであった。
 
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・14・「1つだけ影響があった」

2020-01-19 05:53:47 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)14
「1つだけ影響があった」                      


 
 予感はしていたが校長室に呼ばれた。

「沢村千歳さんのチャレンジ精神と、それを受け入れた小山内啓介君の前向きな心に拍手を送りたいと思います」
 校長のお祝いの言葉はテイク3でOKが出た。
 千歳と啓介は恭しく、校長の励ましの言葉がしたためられた色紙を受け取った。
 
 パシャパシャパシャパシャパシャパシャ

 すかさずフラッシュが光り、連写のシャッター音が続く。

「なんとか夕刊に間に合います」
 A新聞の記者が――嬉しいでしょう!――と言わんばかりの笑顔で言った。
「3人並んだところの写真なんかいりませんかね?」
 理髪店の匂いをプンプンさせながら校長が言う。A新聞の取材を聞いて、校長は1時間の時間休をとって散髪に行ってきたばかりである。
「連写した中から選びます、自然な感じなのがいいですから。動画も撮っていますので、それはネットで流れますから」
 天下のA新聞だ、どうだ嬉しいだろう! というマスコミ笑顔で記者はとどめを刺した。

 千歳は身障者対応の自販機の前で撮った『乾杯の写メ』を付けてブログに載せると共に、主要四大紙に送った。

 予想通りA新聞が食いついてきた。完全バリアフリーモデル校である空堀高校の演劇部に車いすの女生徒が入部したのである。こういうことが大好きなA新聞の地方欄にはうってつけだった。
 こうして、千歳の演劇部への入部は空堀高校のエポックになった。
 エポックというのは、それ以上でもそれ以下でもない。
 だから、校長が予定よりも2週間早く散髪に行った以外には、世間も学校も、取り立てて何もしてはくれない。

 そんなこと、千歳は百も承知だ。
 
 千歳は「千歳は頑張っているんだ」という熱意の発信ができればいい。この発信のポテンシャルが高ければ高いほど学校を辞める時は「仕方が無かった」ということになる。
「大丈夫よ、新聞の地方欄なんてほとんど注目なんかされないから」
 隠れ家としての部室が欲しいだけの啓介は新聞社なんかが来て、少し不安になっていた。まっとうな演劇部活動をやろうという気持ちは毛ほどもない。ないから不安になる。しかし、千歳の見透かしたような物言いには、どこかカックンとなってしまう。

 だが、1つだけ影響があった。

「部員の充足、もう一週間待ってあげるわ」
 生徒会副会長の瀬戸内美晴がポーカーフェイスで伝えに来た。
「え、どういう風の吹き回しやねん?」
「校長の申し入れよ。あたしもうかつだった、校長が居るのにも気づかなくて生徒会顧問に確認したのよ『演劇部の部室明け渡し、今日確認します』て、そーしたら『もうちょっと待ってやってくれへんやろか』て言われたのよ。むろん、校長とはいえ素直に聞く気はないけどね、クラブ部長会議やる視聴覚教室の許可願の不備を突かれてね。ま、それで一週間延期。一週間延ばしてもなんにも変わらないだろけど、フェアにやりたいからね。ほんじゃ……」

 千歳は、もう一工夫やってみる気になってきた……。
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