大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

乃木坂学院高校演劇部物語・101『本番はこんな具合』

2020-01-19 05:44:56 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・101   

 

『本番はこんな具合』


 ロケのだんどりは、こんなだった。

 クシャミを合図のようにして、役者の人たちが、笑いながらロケバスから出てきた。完全なティーンに化けたマリ……上野百合さんは、クシャミまでは化けきれず、そのギャップに大笑い。特に事情を知っている高橋さんと、はるかちゃんは笑い死に寸前。
 監督さんから、いろいろと指示が出されている様子。そして何度かのカメラテストとリハーサルに一時間ほどかけて本番。
 
 女の子はみんな女子高の制服。高橋さんは、いかにもありげな先生のかっこうで、自転車に乗って土手道をやってくる。土手の下では、堀西真希さんと、われらが上野百合さんが、三年生の設定で、ポテチをかじりながら、二年間の高校生活を嘆いている。
 つまり設定は四月で、新学年の始まり。あちこちに造花のスミレやレンゲが何百本。美術さんが忙しそう。お気楽に見てるテレビだけど、頭が下がります。
 そこを本を読みながら、はるかちゃんが土手道を歩いてくる。前から自転車でやってきた高橋さんの先生が、よけそこなって、自転車ごと土手を転げ落ちてしまう(もちろん、落ちるのは人形の吹き替え)。
「大丈夫ですか!?」
 と、大阪弁で、はるかちゃんが駆け寄る。
「アイテテ……」
 と、うなる先生。
「ごめんなさい、ついボンヤリしてしもて」
「きみは……転校生の春野……お?」
 先生は、春野さんのバッグからはみ出しているポテチに気づく。同時に春野さんは、先生の自転車の前かごから飛び出したポテチに気づく。見交わす目と目、吹き出す二人。そして、その親密さに気づいて、草むらから立ち上がる堀西真希と上野百合。その二人の手にも同じポテチが……。

 で、二回目のテストのとき、監督さんがわたしたちに目をつけた……。

 わたしたちは同じ制服を着て、はるかちゃんの後ろを歩いてくる、文字通り通行人。で、先生が転げ落ちたあとは、土手から心配げに見ている背景の女学生。
むろん顔なんかロングなんで分からないんだけど、思わぬテレビ初出演! でも、病み上がりとはいえ、やっぱ、潤香先輩って映える。また、カメラ回っている間平然としている根性もやっぱ、潤香先輩ではありました。
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魔法少女マヂカ・122『聖メイド服の秘密』

2020-01-18 12:43:20 | 小説

魔法少女マヂカ・122  

 
『聖メイド服の秘密』語り手:安倍晴美 

 

 

 あの頃は怖いものなしだった。

 

 窮屈だったミッションスクール系の女子高生時代が終わって、来春に成人式を控えた二十歳になったばかりの女子大生。類まれな(当時は思った)スタイルとルックスと才覚で、将来は在京大手の女子アナまっしぐらだと自他ともに認めていた。局アナを五年も務めたあとはフリーアナを経由して美貌のジャーナリスト兼ニュース番組のキャスターとかね!

 そのためには、経験と冒険よ!

 いろんなバイトをやったけど、全部将来への訓練! 勉強! 投資!

 それで、いちばん萌えたのが、ちが! 燃えたのが妻籠電気のメイド喫茶だ!

 アキバにキャンギャルの仕事で何度か行くうち、まだ中学一年だった妻籠電気店主の娘と知り合った。そのころのことが走馬灯のように頭を巡って心を貫く。その子とのあれこれは、それだけで一ぺんのドラマになりそう。

「ソフマップとかヨドバシとかに押されて、個人営業の電気店なんて先が見えてるしさ、一人娘だからってあと継ぎたくなんかないし……」

 中一ながら伸び悩んでる父と家業を呪いながらも心配していたのだ。じつに面白い女子中学生だった。

 で、キミは何をやりたいのさ?

 メイド喫茶がやりたい!

 そう答えた時の彼女は目をキラキラ輝かせてさ、老舗だけど先細りの電気店がメイド喫茶に変身するのに手を貸すのも面白いって思ったわけさ。

 それで、彼女の親父を説き伏せて、店の後ろ半分をメイド喫茶に改築。

 たった一年でアキバのメイド喫茶のヒエラルキーを書き換えてやったさ。

 その一年間、アキバのメイドたちから『セントメイド』の二つ名で呼ばれ、わたしのコスは『聖メイド服』として、アキバでは聖遺物として聖杯と同列に扱われたものさ。

 

 その聖メイド服をミケニャンが、市井に隠遁した姫騎士に聖騎士の衣を捧げるようにして復活を懇請しているのだ。

 

「それだけでは無いのニャ、バジーナ・ミカエル・フォン・グルゼンシュタイン一世である貴女には封印された記憶があるニャ、それを呼び覚まし、いま再びアキバの為に力を貸してほしいというのがバジーナ・ミカエル・フォン・グルゼンシュタイン三世陛下の思し召しニャ。可及的速やかに着替えて王国に行くニャ!」

「ちょ、ちょっと待て、今帰って来たばかりなのだ。風呂に入って晩御飯くらい食べさせてほしいぞ」

「なにをまどろっこしいことを! では、ミケニャンが失礼するニャ!」

 ニャニャニャニャニャ~~~~~~~ン!

 ミケニャンがネコ語で詠唱すると、わたしは、瞬間で聖メイド服姿になってしまった!

 

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不思議の国のアリス・5『アリスの好きな日本』

2020-01-18 06:52:53 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・5
『アリスの好きな日本』        
 
 
 
 

 日本で、わけの分からないもの(アリスの日記より抜粋)
 
 プレゼントをもらっても、その場では開けないこと(ただ、一部のテレビドラマでは別)
 プレゼントをあげるときに「つまらないものですが」(つまらないものなら持ってくるな!)
 トーストをくわえながら駅まで走っている高校生(ドラマやコミック見てたらいると思った)
 マッキー・デイズのことを、マックと略すこと(アメリカで習ったフランス語ではとんでもない意味)
 証明写真を笑顔で撮っちゃいけないこと(もっとも、日本人の無理な笑顔は歯痛をガマンしてるみたい)
 授業で先生が、教えようという気持ちがないこと(アメリカだったら、即クビ!)
 授業で黙っていてもなにも言われないこと(シカゴなら「アリス、具合悪いのか?」と聞かれる)
 70年間も憲法を変えていないことを、先生が自慢する(70年前のご先祖の遺言みたいなのに)
 なんで、軍人さんに敬意を払わないのか(小林イッサ=カーネル小林で実感)
 SEXコードはきついのに、バイオレンスコードが緩いのか(ゲームは、おかげで楽しいけど)
 なんで、結婚式専用の教会があるのか(宗教への冒涜……考えすぎ?)
 エスカレーターを駆け上がるオッサン(脚鍛えたいなら、ジムへいくか、階段でやって!)
 カフェで、話もしないでコミック読んでる人たち(向かい同士、携帯でチャットしてんのもいた!)
 写真でピースサインをする(裏表逆にしてアゴにもってくるの、中指たてるぐらいにヤバイんだけど)
 卒業式のあとプロムがないこと(本気で恋人つくる絶好のチャンスなのに!)
 なんで、高校生が車の運転ができないのか(できないのに、免許は取れる。矛盾!?)
 あとは、話の中で読み取って(書いたら忍者に殺されそう!)
 日本で、いいと思うもの(アリスの日記より抜粋)
 
 どこの学校にもプールがある(アメリカじゃ、よっぽどのセレブ学校にもない。水泳が全米レベルの大学とかね)
 電車とかの時間が正確なとこ(2分遅れただけで、ゴメンナサイアナウンスやってる)
 ママチャリで子ども乗っけてるママ(これって、スキンシップだと思う)
 マッキー・デイズのことをマクドという(かなり、ウチの個人感情。でもマックよりは絶対いい)
 ティッシュをタダで配ってること(密かにコレクションしている。でも、かさばってきた!)
 タクシーのドアが自動で開閉(でも、その分、料金下げてくれたほうがいい)
 学校に掃除当番があること(TANAKAさんのオバアチャンが言うほどテイネイにはしないけど)
 自動車のバックブザー(自動車に人間的な感情があるのかと、感激。ディズニーの『カーズ』思い出す)
 自動車が喋る(「バックします」最初は親切な女性ドライバーだと思った。オッサンなんでびっくり!)
 スモウレスラーがフェアなこと(リング(土俵)から出たら、相手が怪我しないように、かばう)
 アイドルグル-プ(これはマジック、一人一人はフツーなのに、集合するとかわいい)
 AKBのタカミナ(148センチ、かわいいんだけど、時々キリリ。でもソーカントクってなに?)
 ゴミのパッカー車のかわいい歌(これは、シカゴに帰ったら市役所に提案してみよう)
 ツバや、タンを吐く人がほとんどいない(TANAKAさんのオバアチャンは多いって言ってたのでビックリ)
 レストランで、お茶やオシボリがタダなこと(でも、やっぱ、麺類すする音には慣れない)
 宗教に関係なくクリスマスができること(アメリカじゃ、宗教の違いで案外ムツカシイのよね)
 つまらないものです。と言って、ステキなものをくれる(その場で、開けた。結果的には喜んでもらえた)
 テレビゲームがクール!(ファイナルファンタジーが日本製なの、初めて知った)
 授業中静かにしていたら叱られないこと(だから、こんなこと書けてる)
 
「ワオ!」
 
 思わず、アリスは声をあげた。別にハートのクイーンと出くわしたわけではない。ただバスを見つけただけである。
 バスのボディーには、Abeno Swiming School……で、イニシャルのASSがでっかく書いてあった。思わずスマホを出して、シャメった。
「なんで、あんなんがおもしろいのん?」
 千代子が、笑いの止まらないアリスに聞いた。
「そやかて、ASSて、オイドのことやねんもん」
「オイド……?」
「え、大阪の子やのに『オイド』分からへんのん?」
「分からへん」
 千代子は、ポニーテールを振った。ときどき、TANAKAさんのオバアチャンが教えてくれた日本語は、かなり古いのではないかと思うことがある。一人称である「ウチ」は通じたが、二人称である「オウチ」は通じなかった。
 帰ってから、千代子は、お婆ちゃんに聞いた。アリスが意地悪で「オバアチャンに聞いてみいや」と言ったから。オバアチャンは、いつになく上品に笑って答えた。
「そら、千代子。お尻のことや。いやあ、久しぶりに懐かしい言葉聞いたなあ」
「オバアチャン、オイド冷えませんか?」
 アリスが、うまいタイミングで聞いてきた。
「アリスちゃん、千代子も、ちょっと寄ってきて」
「え?」
 不思議に思いながら、アリスは、お婆ちゃんに近づいた。
「ああ、あんたら春の香りがするで」
 そう言って、お婆ちゃんは、障子を開けて庭を見た。
「おやまあ、梅が一輪……」
 庭の早咲きの梅が一輪咲いていた。英語で言えば、ただのワンブロッサムだけど、日本語で言うとなんだか、春の前触れのチャイムのように聞こえる。
 
 アリスの「日本でいいと思うもの」が一つ増えた……。
 
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巷説志忠屋繁盛記・10『写真集を出窓に』

2020-01-18 06:42:15 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・10
『写真集を出窓に』    
 
 
 
 面白いことはみんなで楽しもう!
 
 トモちゃんのモットーだ。
 お客さんにも楽しんでもらおうと、写真集を志忠屋の出窓にオキッパにした。   
「こんなとこ置いたら陽に焼けるで……」
 大の読書家であるタキさんは山賊の親玉みたいな顔をしているが、本の扱いは女学生のように丁寧で優しい。
 去年、南森町の交番にゴブラン織りのブックカバーが付いた新刊本が落とし物として届けられた。
 ゴブラン織りは花柄にムーミンのキャラが散りばめてあり、新刊本は少女漫画の表紙や挿絵の豪華本であった。
「これは、三十代くらいの女性の落とし物やなあ」
 交番の大滝巡査部長は頷いた。
「自分は女学生……ひょっとしたら女子高生だと思量します」
 秋元巡査は真面目な顔で異を唱える。
「こんなに豪華な本ではありませんが、妹が同じようなものを持っておりました。それに……クンカクンカ……そこはかとなく良い匂いがいたします」
 数時間後、青い顔をして「本の落とし物……」とやってきたのがタキさんであった。
「え、マスターの落とし物でしたんか!?」
「え、クンカクンカしてしまった……」
 タキさんは、表紙に指紋が付くのを嫌って、あらかじめ文具売り場で見つけた特製ブックカバーを購入直後に付けたのだ。
 南森町の改札を出たところで、常連客のモデルの女の子たちに出くわした。一人の女の子タキさんの本に目を留めて「かっわいいーー、ちょっと見せてもらえます?」
 改札を出たところで十分ほど愉快に立ち話、そこへ列車がやって来たので慌てて別れた。
 別れ間際の数秒間でも山賊ギャグをかまし、メアドを交換したり……しているうちに、定期券売り場のライティングテーブルの上に置かれた豪華本を置き忘れてしまった。
「ほんなら、この香りは……?」
「モデルの子ぉが読んでたからなあ」
「あ、そ、そでありますか」
 
 タキさんはアイドルタイムの間、伝票整理も忘れて写真本に見入った。
 八尾・柏原の昭和を記録した写真ばかりである、八尾のネイティブとしては懐かしいに違いない。
 そんなマスターを微笑ましく見ていたKチーフだが、ぽつり零したタキさんの一言にむせ返った。
 
「どこも殺し合いしたとこばっかりやなあ……」
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・13・「かんぱーい!」

2020-01-18 06:32:42 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)13
「かんぱーい!」                     


 
 
 忌々しくはあったが入部を認めざるを得なかった。

 なんせ今週中に部員を5人にしなくては部室を取り上げられる。
「せやけど、なんでそこまで正直やねん!?」
 お互いのいろいろを言い合っているうちに、啓介の声は大きくなってしまった。
「きれいな嘘をついて、あとでグチャグチャになりたくないもん」
「もっぺん聞くけど、学校辞めたいんやったら退学届け書いて学校に出したらしまいやろがな」

「だ~か~らあ、入学して1か月で辞めたら親とか心配するでしょ? 心配されるってウットーシイものなのよ。ただでもこの年頃ってさ『多感な年ごろだからそっとしておこう』なんて思われちゃうの。高校生の自殺って9月の第一週と春の連休明けが多いの。ため息一つついただけで『あ、自殺考えてる!?』とかになっちゃって腫れ物に触るような目で見られるのよ。学校だって放っておかないわ。カウンセリングだ事情聴取だとかで家まで押しかけてくるわよ」

「ええやんか、心配させといたら」

「あのね、あたしは足が不自由なの、車いすなのよ、そんな子が『辞めたい』って言ったら普通の子の10倍くらいネチネチ干渉されるのよ。この学校ってバリアフリーのモデル校だけど、それってハードだけだからね。実の有る関わり方って誰もしないわ。そんな人間オンチに口先だけの言葉かけてもらいたくない」
 啓介はイラついていたが「口先だけの」という言葉には共感してしまった。
「それにね、あたしの足がこうなったのは事故のせいなんだけど、その事故の責任は自分たちにあるって、お父さんもお母さんも思ってる。そんな親に思いっきり心配されるのって絶対やだ!」
「しかしなあ、演劇部つぶれるのを確信して入部するて、オチョクッてへんか?」
「だってそうなるわよ。あなただって隠れ家としての部室が欲しいだけじゃない。放っておいたら、今週の金曜日に演劇部は無くなるわ。でも、あたしが入ったらもうちょっと持つわよ。車いすの子が入ったクラブを簡単には潰せない。そうね~、まあ今学期いっぱいぐらいは持つんじゃないかなあ。金曜日に潰れるのと、夏まで持つのとどっちがいい?」
「ムムム……………」
 どこか釈然としない啓介だったが、利害関係という点では了解していることなので沈黙せざるを得なかった。
「よし、じゃ新生演劇部の出発! 乾杯でもしよう!」
「乾杯って……ここなんにもないで」
「なきゃ、買いに行けばいいじゃないの」
「わざわざ……」
 そう言ったときには、千歳は廊下に出ていた。車いすとは思えない素早さだ。

「これって、うちの学校の象徴だと思わない?」
「え?」

 空堀高校はバリアフリーが徹底していて、ジュースの自販機もバリアフリー仕様。お金の投入口も商品の取り出し口も車いすで買える高さになっている。
「いくら手が届いても、物言わぬ自販機じゃねえ……」
「そやけど自販機がしゃべってもなあ」
「あなたもいっしょなんだ」
「え、なにが?」
「ううん、なんでも……じゃ、あそこで」
「え、部室に戻らへんのんか?」
「いいから……」

 千歳は啓介をリードして中庭の真ん中に来た。

「え、こんなとこで?」
「うん、みんなが見てる……あ、すみません、今から乾杯するんで写真撮ってもらえません?」
 通りがかりの女生徒に声を掛け、スマホを預けた。
「じゃ、新生演劇部に……かんぱーい!」
 女生徒は、乾杯の瞬間を写してくれた。

 ホログラムの発声練習では見向きもされなかったが、この乾杯の瞬間は、ほんの一瞬だけど数十人の生徒と数人の先生が見ていた。

 五月晴れの中庭で、やっとインチキ演劇部が動き始めた。
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乃木坂学院高校演劇部物語・100『その日がやってきた!』

2020-01-18 06:18:06 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・100   

 

『その日がやってきた!』


 いよいよロケの日がやってきた。

 ロケ先の荒川の土手に朝の九時ごろから、タヨリナ三人組で行ったら、もうロケバスが来ていて、ADさんやスタッフの人たちが忙しそうに動き回っていた。
 梅の蕾も、まだ硬い二月の末日だけれど、まるで春の体験版のような暖かさだった。
 はるかちゃんは、まだロケバスの中なんだろう、姿が見えない。
 そのかわりロケバスや、撮影機材が珍しいのか、乃木坂さんがウロウロ。わたしたちに気づいても、軽く手を振るだけ。
 やがて、一段下の土手道を黒塗りのセダンが登ってきた。
「あ、あの運転手さん、西田さんだよ!」
 夏鈴が手を振ると『オッス』って感じで、西田さんが手を振った。
 手前の土手道で車が停まると、運転席から西田さん。助手席から若い男の人が出てきて、それぞれ後部座席のドアを開けた。
 左のドアからは、高橋誠司……さん。
 右のドアからは、キャピキャピの女の子が出てきて、目ざとくわたし達を見つけて駆け寄ってきた。
「初めまして、まどかに夏鈴に里沙!」
「あ……ども」
 だれだろ……と、考えるヒマもなく、その子はロケバスの方へ。途中で気づいたように振り返って、戻ってきて挨拶した。
「NOZOMIプロの上野百合で~す。よろしくね!」
「上野百合って……?」
「まどかが言ってた新人さん……だよね?」
 里沙が首をひねった。男の人は、荷物を抱えて追いかけていった。
「おはよう、乃木坂の諸君。あの子の正体は分かっても内緒にね」
 高橋さんがすれ違いに、そう言って行った。
「……あ、マリ先生!?」
「うそ……!?」
「もう芸名変えたんだ……」
 体験入隊の時よりもさらに化けっぷりには磨きがかかっていた。赤いミッキーのチュニックにチェックのカボチャパンツにムートンのブーツ。髪はかる-くフェミニンボブ……で、あのキャピキャピ。どうかすると、わたし達より年下に見える。

 そうして、驚くことがもう一つ。

「あ、潤香先輩!」
 潤香先輩が、紀香さんに手をとられながらやってきた。
「マリ先生から連絡もらって」
「上野百合さんだよ」
 さすがに立っているのは辛そうで、折りたたみの椅子が出された。
「ありがとう和子さん」
 それは、西田さんのお孫さんだった。
「お互いの、再出発の記念にしようって。お嬢……上野百合さんの発案なんです」
「わたし、あなたたちに発表したいことがあるの。お姉ちゃん、ちょっと手をかして」
「大丈夫、潤香?」
「うん。この宣言は立ってやっときたいの」
 潤香先輩の真剣さに、わたし達は思わず寄り添ってしまった。
「わたし、この四月から、もう一度二年生をやりなおす」
「それって……」
「出席日数が足りなくて……つまり落第」
「学校は、補講をやって、進級させてやろうって言ってくださるんだけどね、潤香ったら……」
「そんなお情けにすがんのは、趣味じゃないの」
「一学期の欠席がなければ、いけたんだけどね……」
「怒るよ、お姉ちゃん。これは、全部わたしがしでかしたことなんだからね」
「先輩……」
 わたしも胸がつまってきた。
「ほらほら、まどかまで。わたしはラッキーだったと思ってんのよ。だってさ、あんたたちと、もう二年いっしょにクラブができるじゃない。ね、それもこれも、まどかや先生のお陰……なんだよ」

 ハーーックション!

 ロケバスの方で、聞き慣れた大きなクシャミがした。
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ジジ・ラモローゾ:007『ジージ最初の赴任校』

2020-01-17 12:17:08 | 小説5

ジジ・ラモローゾ:007

『ジージ最初の赴任校』  

 

 

 設定を25度にしても24度にしかならないエアコンを点けて、ファイルを開く。

 ウィーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン

 エアコンの起動音なのに、回転座椅子で眠っていたジージが、ウーーーンと伸びをして、こっちを向いてくれたような気になる。

 回転座椅子のジージが身を乗り出した。

 

 

 最初の赴任校の話をしようか。

 通算で五回目の採用試験で初めてG判定(合格)をもらって、もう採用されたような気になっていた。

 ところがね、採用試験と言うのは『合格者名簿』に名前が載るだけのことなんだ。

 県内の校長先生が、合格者名簿を閲覧してね、これはという合格者を引っ張って来るというのが実際なんだ。

 むろん、単に閲覧するだけじゃなくて、教育委員会の意見や、校長同士の調整とかもあるんだけど、ずっと平教師だったジージは詳しくは分からない。

 

 それまで落ち続けていたジージは、ちょっとひがんでた。

 

 ハーフだからとか、出身大学のレベルが低いから、合格はしたけど、あんまりいい成績じゃなかったから、どこの校長も二の足を踏んだとかね。

 あれは、春の甲子園が始まって三日目くらいだった。

『S高校の校長で嵯峨と言いますが、どうでしょう屯倉先生、うちの学校で務めていただけませんか?』

 これを断ったら後がない。合格は一年間だけ有効。実際には年度途中の採用なんて、ほとんどありえないから、本当に最初で最後のチャンスなんだ。

「はい、お受けいたします!」

 そう返事して、二日後に指定された時間にS高校の校長先生に会いに行った。まあ、最後の面接だね。

 

 見た目はほとんど外人だから、最後の電車に乗り継いでからは乗客や、道行く人の視線がささる。

 自宅とか職場の周囲は、ただの通行人にしても顔見知りだから、特に視線は気にならないんだけど。やっぱり初めてのところじゃね。

 まあ、いま思うと、異様に緊張して怖い顔していたということもあるんだと思う。

 で、ジージはニ十分も遅刻してしまったんだ。

 ちゃんと地図で確かめて、二時間と見込んでいたんだけどね。家から三回も乗り換えがあって、最後のS線なんか一時間に四本しか電車が無い。駅からは上着を脱いで走ったよ。

「いやあ、初めて来られる人は、たいてい遅れられるんですよ」

 校長先生は、咎めることもなくニコニコと出迎えてくれた。

 

「実は、屯倉先生の前に女の新採の先生が決まっていたんですけどね、社会科に打診したところ『女の先生じゃもたないから、男、それも現場経験のある人に替えて欲しい』と言われましてね……」

 ちょっとビビった(^_^;)。

 S高校は、県内有数の困難校だったんだよ。

 困難校というのは、まあ、生徒が荒れていて、教師にとっては非常に厳しい学校だということだ。

「いやあ、うちで務まったら、県内どこの学校でも務まりますよ。アハハハ」

 校長は笑ったけど、ジージは笑えなかった。それを察してか、校長先生は言い足してくれた。

「まあ、三年辛抱してください。次は考えさせてもらいますから」

 

 あくる日、非常勤講師で務めていた職場にいくと、もうみんなジージの赴任校を知っていてね。みんな元気づけてくれた。

「S高校は、組合が強いところだから!」

「教師の平均年齢は三十歳くらいで、若い先生多いから!」

「いや、そんなに偏差値は悪くないよ!」

「生徒との距離は近いから!」

 いろいろ慰めてくれたさ。

 でもね、三年も非常勤講師やってたら分かるんだよ。

 組合が強いのも教師の平均年齢が若いのも生徒との距離が近いのも、みんな困難校の特徴だからね。

 あ、それと、困難校なのに偏差値が高いのは、悪さをするにも考えが行き届いる。指導の難しい生徒が多いと言うことなんだ。

 で、最後に挨拶に行った校長の一言がとどめだったね。

「いやあ、若いうちに苦労しておくのが一番だよ。いやあ、よかったよかった、よかったよ屯倉先生!」

 この校長、G判定が出るまでは「屯倉君は、うちの卒業生だから、G判定出たらうちで勤務してもらうよ(^▽^)/とか言ってた。

 ジージが通ることなんか無いと思ってのリップサービスだったんだね。

 まあ、こんな具合にジージの正式な教師生活が始まったわけさ。

 

 非常勤講師の時代もおもしろかったけど、それは、またどこかでね。

 

 

 あっけらかんだけど……なんか重い話だよ。

 ……ジージ、とりあえず朝ごはんにしよう。

 仏壇のジージにご飯とお水をあげて、リンを一発鳴らす。

 チーーーーーン

 そしてお祖母ちゃんと朝ごはん。

 わたしの一日が始まる。

 

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不思議の国のアリス・4『回覧板と犬の糞』

2020-01-17 06:29:42 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・4
『回覧板と犬の糞』  
 
 
 
 アリスは、日本のことは、わりあい知っている。となりのTANAKAさんのオバアチャンから聞いたし、ネットでも事前にかなり調べていた。伯父さんが東京のアメリカ大使館に勤めているので、そこからの情報もあった。
 
 でも、見ると聞くとじゃ大違いということがいろいろある。千代子のうちに来て三日目、回覧板というのを初めて見た。
 
「これが、あの伝説の回覧板か!」と感激した。
 トントントカラリンと隣組 まわしてちょうだい回覧板♪
 助けられたり 助けたり♪
 TANAKAさんのオバアチャンがよく歌っていた歌の中に出てくる回覧板! 仮名しか分からないアリスはまるで中味が分からなかったが、シャメに撮って保存した。
「千太、お隣に回しといて」
「ええ、またオレがあ……?」
 親子の会話を聞きつけて、立候補した。
「ほんなら、ウチがいきます!」
「そう、ごめんね。ほんなら、こっちがわのお隣の鈴木さんやさかいに」
 そう言って、千代子ママはハンコを押した。これがまた感動! アメリカにはハンコはない。よほどハイソで、トラディッシュな家なら、郵便の封緘(ふうかん)用のロウにペタンとその家のマークのスタンプを押すことがあるが、普通の人は持っていない。
 千代子ママは、象牙色のハンコを取りだし、ペタンと軽く押した。○の中に「渡辺」というファミリーネームが器用に彫り込まれていた。
「ちょっと見せてもらえます?」
「ああ、ハンコ。どうぞ、こんなもんが珍しいのん?」
「はい、ごっつい珍しいです……これが、渡辺家のシンボルなんですねえ……」
「こんな認め印でええんやったら、こんど作るったげるわ」
「ええですよ、こんな高価なもん……」
「たいしたことないよ、表通りの彰文堂行ったら、二千円ほどで作ってくれるさかい」
「ワオ、ほんまにええんですか!?」
「うん、留学記念にあげるわ。どんな字いにするか、千代子と相談して決めとき」
「ほんまに、おおきに、おおきに!」
 アリスは、思わず千代子ママにハグした。千代子ママはびっくりしたようだけど、不器用に、でも暖かくハグしてくれた。
 
 お隣の鈴木さんの家のドアホンを押した。
 
「あの、隣の渡辺さんのイソウローですけど、回覧板もってきました」
 いきなり外人が、英語訛りの大阪弁で「回覧板ですう」では、驚かれるだろうと思い、アリスは丁寧に言った。カメラ付きのドアホンなんだろう。「やあ、外人さんやわ……」と、いう声がした。
「……そう、交換留学生のホームステイやのん」
「はい、アリス・バレンタインて言います。どうぞよろしゅうに」
 それから、大阪弁が上手だと誉められ、また、TNAKAさんのオバアチャンの話になり、回覧板は緊急でない限り、郵便受けの上にでも置いておけばいいこと、でもアリスならいつでもOKなど話してくれた。
 
 日本で、驚いたこと。犬の糞がほとんど落ちていないこと。
 
 TANAKAさんのオバアチャンには「道歩くときは、犬のウンコに気いつけや」と言われていた。最初の日、関空から千代子の家に行くまで、そのウンコが気になって、下ばかり見ていると「なんか気になるのん?」と千代子に言われた。で、話をすると「ああ、昔は、よう落ちてたなあ」と千代子パパが言った。シカゴの公園などに行くと、役所が設置した「犬のウンコ袋」なんかがあるんだけど、日本には、そういうものがないのにウンコが始末されている。アリスは、やっぱり日本人はエライと思った。でも、やはり道路は気になる。「例外が、たまにある」と千太が言ったから。
 
 そしたら500円コインが落ちているのを見つけた。
 
「ワオ、500円コイン!」
「アリス、ウンがええなあ」
 千代子パパの言葉は、大阪人らしいギャグかと思ったら。
「もろといたらええねん、500円くらい」
 日本人の評価の針が、アリスの中で揺れた。
 こういうのを「ネコババ」というのだろうと、アリスは学習した……。
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巷説志忠屋繁盛記・9『タキさんゴジラ』

2020-01-17 06:17:46 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・9
『タキさんゴジラ』     




 ぜんぜん変わらへんなあ~!

 衝動買いした写真集を見て、Kチーフが感嘆の声を上げた。

 チーフが、こんな風に感嘆するのは数年前に三連単の馬券を当てて以来だ。
「ぜんぜんちゃうやろがーーー!」
 フライ返しをしながらタキさんは、チーフといっしょに買った馬券がハズレタ時のように不機嫌な声を揚げる。
「いまのワシは、もっと柔和なナイスガイじゃ、ど~~や(*^-^*)」

 振り返ったタキさんはカーネルサンダースがレンジにかけられ溶けかかったような顔だ。

「「「ア アハハハハ……💦」」」

 チーフとトモと、折悪しく客で着ていたトコが引きつりながらの愛想笑い。
「いや、しかし、この悪たれタキさんも可愛いですよ💦」
 トコが精一杯のフォロー。
「こういうガキは可愛いない、自分のことはよー分かってる。これかてカメラ目線で睨んどるしな、いまのワシやったら張り倒しとるわ」
「ね、タキさんをタイムリープとかさせて、この悪たれ時代のタキさんに対面させたら面白いだろーね」
 トモが面白がる。
「いまのワシが出て行ったら、この浩一は媚びよる」
「え、そうなん?」
「だれかれなしにこんな顔してたわけやない。とことん敵わん相手には媚びまくっとった」
「え、マスターてブレーキの効かんブルドーザーやと思てましたけど」
「ほんまの河内もんは、そのへんの機微はこころえとるもんじゃ」
「タキさんが媚びるて、どんな相手?」
「そら……んなもん言えるか。ほら、特製山賊スパじゃ」

 ドスンとカウンターに置いたのは、トコが無理矢理オーダーしたまかない料理。
 とても美味しそうに見えるので、全てのメニューを制覇している常連には提供している。食材は、その時その時の有り合わせなので、タキさんの気分次第で千差万別になっている。

「これは、なんの肉?」
 見かけない肉をフォークで刺し、グイッと突き出すトコ。
「ゴジラのモモ肉」
「モー、ええかげんなことを」
「ウソやない、パク!」
「あーー、わたしのお肉ゥゥゥーーーー!」
 トコの非難をよそに、肉を咀嚼するとシンゴジラのように口を開け、ガオーと火を噴いた!

「「「ウワーーー!」」」

「な、ゴジラじゃろーが」
 三人の頬がひきつる。
 とうぜんマジックのネタなんだけども、タキさんがやると、本当にゴジラの眷属のように思えてしまう。
「もっかいやってもらえます、動画に撮りますから」
「イヤ、失敗したらヒゲ焼いてしまう」
 なるほど、よく見るとタキさんのヒゲは先っぽのところが焦げて縮れてしまっている。
「トコも、それ食べたんやから不用意に大きい声出したら火ぃ噴くぞ~」
「えーーー、そんなんイヤや」
「ところで、この写真、なんで怖い顔してんの?」
「ああ、撮ったやつが気に入らんかったんや」
「だれが撮ったの?」
「学校のセンセ」
「なんでまた?」
「ゴジラの火ぃ噴き学校でやったらエライ怒られて、そのあくる日やったから」

 どこまで本当なのか、三人はあいまいに笑うしかなかった。

 志忠屋の帰り、トコは入れ違いに地下鉄の階段をあがってくる作者(大橋)に出会った。

「やあ、センセ!」

 思わず呼びかけたトコは三メートルほども火を噴いて大橋の顔を真っ黒にしてスプリンクラーを作動させてしまった。
 
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・12・「え、あ、はい!」

2020-01-17 06:08:57 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)12
「え、あ、はい!」                     



 とにかく驚いた。

 生徒会副会長の瀬戸内美晴から「5人以上の部員がいなければ、同好会に格下げの上、部室を明け渡し!」と宣言されて2週間。
 部員募集のポスターを貼ったり、身近な生徒にしつこく声を掛けたり、せーやんに頼んで3Dホログラムで部員を多く見せて発声練習をしてみたり。そのことごとくが空振りで、今週の金曜日には演劇部のお取りつぶしは確定する運命なのだ。

 そこに、入部希望者がやってきたのだ!

 部室のドアがノックされた時は瀬戸内美晴の催促かと思い、ぞんざいに「開いてますよ」と顔も向けずに返事した。
 ガラガラとドアの開く音がしたが、開いたドアの所に人影はなかった。
 啓介の定位置である窓側の席からはドアの上半分しか見えない。机にうず高く積まれたガラクタが視界を狭めているからだ。でも見えないと言っても床から1メートルほどである。空堀は幼稚園でも保育所でもない、高校なんだから身長が1メートルに満たない人間など居るわけがない。

「なんや、気のせいか……」

 啓介が、そう思ったのも無理はないかもしれないが、きちんと確かめなかったのは、入部希望者など来るわけがないという思い込みであったのかもしれない。
「入部希望なんですけど!」
「イテ!」
 啓介はびっくりして立ち上がり、その拍子にパソコンに繋いでいたイヤホンがバシッっと外れて耳が痛んだ。

「あ、あの……入部希望者?」

「はい………………なにか?」
「あ、いや…………」
 
 入部希望者はルックスこそ可愛かったが車いすだった。車いすだから見えなかったんだと、啓介は納得した。
 次になんで車いすの子が、演劇部に入ろうとするんだ? という疑問が湧いた。
 そして車いすの子という戸惑いがきた。空堀高校はバリアフリーのモデル校ではあるけれど、友だちの中に身障者の生徒はいなかった。中学までは野球ばかりやっていたので、身近に関わったこともない。演劇部は看板だけだけれど一応は演劇部、車いすで演劇はあり得ないだろう……などなどが一ぺんに頭に浮かんだ。
「車いすじゃダメなんて、ポスターには書いてなかったけど」
 見透かしたように車いすの少女は言う。
「もっとも、仮に書いてあったとしたら、それって差別だし」
「え、ああ、そうだよ、そうだよね。障害があるとかないとか、そんなのは全然関係あれへんし」
「それじゃあ……」
「あ、ああ、ごめんなあ。もう入部希望者なんかけえへん思てたから、びっくりしたんや。まあ、こっちの方に、まずはお話し聞こか」
 少女は器用に車いすを操って、啓介が指し示したテーブルの向こう側ではなく、啓介の横に来た。
「1年2組の沢村千歳です。これが入部届」
 保護者印と担任印のそろった書類をパソコンの横に置いた。

 その間、啓介は計算していた――足の不自由な子が入部したら、学校もムゲに演劇部を潰すこともでけへんやろ。ひょっとしたら、この子一人入っただけで存続確定かもしれへんなあ!――

「あたし、演劇部潰れるの前提で入るんだから。そこんとこよろしくね」
「え……ええ!?」
「この部室グチャグチャじゃん。棚の本は色あせてホコリまみれだし、ゴミ屋敷寸前の散らかりよう。とてもまともに部活やってるようには見えないわ」
「いや、これはやなあ……」
「それに、なによ、これ?」
 千歳の視線はパソコンの画面に移った。
「あ、ああ!」
 
 パソコンの画面では、ボカシの入った男女が絡み合ってあえいでいた。千歳が入ってきたときに驚いてクリックしてしまったようだ。

「四の五の言わずに入れてちょうだい。さもないと部室でエロゲやっているって触れ回っちゃうわよ」
「え、あ、はい!」

 演劇部の新しいページがめくられた瞬間であった。
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乃木坂学院高校演劇部物語・99『よ! 乃木坂屋! 日本一!』

2020-01-17 05:56:51 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・99   



『よ! 乃木坂屋! 日本一!』


 
 稽古は順調に進んでいった。なんたって、乃木坂さんが堂々と手伝ってくれる。

 それまでは、里沙や夏鈴の目を気にしたり、古文みたいなメモを読解しなくちゃならなくって、とっても不便だったんだもん。
 平台は一日一個作ることに決めた。なぜかというと、ちょうど最後の一個を作った明くる日が、はるかちゃんのロケになる。

 そう、みんなで見に行くことに決めたんだ!

 乃木坂さんは、浅草の軽演劇や歌舞伎なんかにくわしくって、型をつけてくれる。幕開きの口上のところなんか、大向こうから、かけ声をかけてもらうことになった。
 最初は顧問の柚木先生に頼んだだけど、乃木坂さんがイマイチな顔をしている。
 そして、なんと、なんと、理事長先生の耳におよんで、理事長先生がやってくださることになった!
 
 よ、乃木坂屋! 日本一!
 
 二日に一度くらいのわりで来てくださって、声をかけていかれる。
 
「高山先生もあいかわらずだなあ」
 理事長先生が機嫌よく出て行ったドアに向かって、乃木坂さんがつぶやいた。
「乃木坂さん、理事長先生知ってんの?」
「うん、国史の先生。敗戦の前の年に出征されたんだ」
「あの、乃木坂さん。コクシとシュッセイってなんのこと?」
 夏鈴がソボクな質問をする。
「えと、国史は日本史、出征は兵隊に行くこと。高山先生は沖縄戦の生き残りなんだよ」
「へえ、戦争にいってたんだ、理事長先生……」
「沖縄じゃ、ほとんどの兵隊が戦死した。で、より安全な銃後にいた僕たちも死んだ。その中で生き延びてきたことを重荷に感じていらっしゃるんだ」
「ジュウゴって……?」
「銃の後ろって書くんだ。それくらい辞書ひきなよ。さ、一本通すぞ!」
「……なるほど」
 スマホで「銃後」を検索して、納得してから稽古にかかるわたし達に、苦笑いの乃木坂さんでした。

 この『I WANT YOU』というお芝居は、歌舞伎、狂言、新派、新劇、今時のコメディー、それに、はやりの女性ユニットのポップな歌と踊りまで入っている。
 
 最初は楽しそうだと思って、次には、読むのと演るのは大違いということに気づいたころに、自衛隊の体験入隊。がんばろうとリセットができて乃木坂さんの姿が見えるようになって、乃木坂さんの指導よろしく、平台が十枚できたころにはようやくカタチにはなってきた。
 がんばろうとすると、ただ台詞を張って声が大きくなるだけで、芝居そのものは硬くつまらないものになっていく。
 乃木坂さんは、型になるところは見本までやってくれて、らしく見えるようにはしてくれた。
 そこから、あとは台詞を忘れて自然に反応できるようにしろって言うんだ。
 はるかちゃんも、チャットで同じようなことを言う。芝居の中で、見るもの聞くものを探し、それに集中しなさいって。でも、それをやると芝居のテンションが下がってくる。
「どうすりゃいいのよ!?」
 と、ヤケにになりかけたころに平台は、十六枚全部できてしまった。
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不思議の国のアリス・3『二人のカーネル』

2020-01-16 06:50:43 | 不思議の国のアリス
不思議の国のアリス・3
『二人のカーネル』  
 
 

「一人で大丈夫?」
 
 千代子は、最後まで心配してくれた。
 
「だいじょうぶだいじょうぶ。ほんのそこまでしか行かへんさかい」
「そう……ほんなら気いつけてな。なんかあったら電話してや」
「大丈夫やて、アリスちゃんかて一人で出かけへんと勉強にならんさかいなあ」
 千代子ママが賛成してくれて、やっとアリスは、日本に来て最初の単独行動ができることになった。
 
「あら、アリスちゃん、お出かけ?」
「はい、ちょっとそこまで」
「そら、よろしいな。気いつけてな」
「おおきに」
 
 大阪弁の挨拶も板に付いてきた。今のは、先日お葬式で数珠をくれたオバチャンだ。こういうハンナリした付き合いもいいものだとアリスは思った。
 
 アリスは大阪城に行くつもりだ。
 
 アメリカにはお城が無い。たとえ鉄筋コンクリートであっても、お城はお城。距離的にもお手軽だ。
 千代子の家からだと地下鉄が早いのだが、地理に慣れたいために、わざわざ環状線を使うことにした。
 ちょっとした事件に遭った。
 
 駅のホームで電車を待っていると、やってきた電車が、意外に混んでいた。
 短大生ぐらいの団体さんが同じホームにいたことも災いした。アリスが乗り込んだ車両がいっぱいになってしまって、ドアが閉まらないのだ。
 気づくとドア近くに視線が集中した。アリスもドアの近くにいたので、その視線の方向が分かった。
「あ、軍人さんや」
 アリスは、そう分かると、自分から電車を降りた。気づくと軍人さんもいっしょに降りていた。
「なんで、降りはったんですか。うちが降りたら、それで十分やのに」
「ほう、なかなか大阪弁がお上手だ」
 軍人さんは、にこやかに、でも的はずれの答をした。
「そやかて、おっちゃん軍人さんでしょ?」
「ああ……お国の言葉ならそうなるかなあ」
「陸軍の将校さんでしょ?」
 階級章と、軍服の感じであたりをつけた。
「Ground Self-Defense Forceだよ。ちょっと君のお国とは事情が異なる」
 流ちょうな英語が返ってきた。英語の片岡先生よりもうまい発音に、アリスも、思わず英語で答えた。
「だって、軍人さんは、尊敬される仕事です。ああいう場合は、他の人が降りるべきなんです。だから、わたしは、そうしたんです」
「日本じゃ、なかなかそういう見方はしてもらえなくてね。一般の、それも外国のお嬢さんが降りたのに、制服を着たわたしが乗っているわけにはいかないんだ」
「日本は好きだけど、時々分からないことがあって戸惑います。ああ、わたしアリス・バレンタインです。イリノイ州のシカゴからの交換留学生です。どうぞよろしく」
「僕は、小林一夫です。陸上自衛隊で、給料のわりにはきつい……でも、楽しく仕事やってます」
「よろしかったら、階級教えていただけます? 軍人さんは階級を付けてお呼びしなければ失礼ですから」
「ああ、大佐です。日本ではイッサといいますけど」
「プ……失礼しました。小林一茶と同じになってしまいますね」
「ハハ、大した語学力だ、この洒落がお分かりになるんだ」
「家のお隣がTANAKAさんという日系のオバアチャンがいるんで、子どもの頃から馴染んでるんです」
「ははあ、そのオバアチャンが大阪のご出身なんだ」
「ええ、その通りです。あの、イッサは、なんだか失礼な感じなんで、カーネルでいいですか?」
「そりゃ、光栄だ」
 そのとき、くぐもったアナウンスがあった。アリスは聞き取れなかった。
「どうかしたんですか?」
「三つ向こうの駅で事故があって、しばらく電車は来ないようです」
 そういうとカーネル小林は携帯を取りだし、電話しはじめた。
「……という状況。定刻のヒトマルサンマルには間に合うが、司令には、そのように伝えられたし。オクレ。以上」
 
 それから、カーネル小林は駅を出てレンタカーを借りた。話を聞くと、兵庫県の部隊の創設記念に来賓として出席するらしく、その話を聞いて、アリスは同行することにした。
 カーネル小林は道の事情に詳しく、カーナビもろくに見ないで、予定時間に目的地に着いた。
 着くと、当たり前のベースだった(アメリカ人として) ちゃんと規律と礼儀があった。
 
 驚いたことに伯父さんと出くわした!
 伯父さんは東京の大使館の駐在武官をやっている。まさか関西で会うとは思わなかった。
 
「やあ、アリスじゃないか!?」
「伯父さん、どうして!?」
「出張さ。オレも退役が近いんで、大使が気を利かせてくれて、まあ、関西旅行だな」
 伯父さんも陸軍の大佐。たちまちカーネル小林とも仲良くなった。互いに名前と階級を確認して大笑い。
 カーネル小林は、もう紹介済みだけど、アリスの伯父さんも名前がふるっていた。
 だって、伯父さんのファミリーネームはサンダース。
「退役したら、どうすんの?」
 ミリーが、そう聞くと、伯父さんはウインクしながら答えた。
「シカゴで焼き肉屋をやるよ『カーネルサンダースの焼き肉』っていいだろ!」
 それから式典が始まった。
 アリスは子どもの頃から慣れていたので、特別な感想は無い。ただ、初めてライブで聞いた『君が代』は感動というより、イメージの違いに驚いた。TANAKAさんのオバアチャンが歌うと子守歌みたいだけど、ライブは荘厳だった。
 伯父さんに意地の悪い質問をした。
「さざれ石のイワオとなりてって、意味分かる?」
「TANAKAさんのオバアチャンの言うとおり『チッコイ石が、大きな岩になるまで』という意味だ」
「だって、あり得ないでしょ。石は削られて小さくはなるけど、大きくはならないよ」
「……あり得ないくらい長くって意味だろ。あんまりよその国歌を分析するのは問題だな」
「だって……」
「この周りの日本の人たちは英語が分かるんだ。気をつけなさい」
 伯父さんが、少し真剣な顔で言うのがおかしかった。
「さざれ石がイワオになったのなら、うちのベースにありますよ。よかったら見に来て下さい」
 と、カーネル小林が言った。
「え、ほんとですか!?」
 石が成長して大きくなる? なんだかハリ-ポッターの世界だ!
 
 やっぱ、日本は不思議の国だ……。
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巷説志忠屋繁盛記・8『写真集の悪たれ』

2020-01-16 06:33:44 | 志忠屋繁盛記
巷説志忠屋繁盛記・8
『写真集の悪たれ』         



 大阪に来て二年ほどは高安町のアパートに住んだ。

 急な離婚だったのでロクな準備も出来ない、だいいちお金もなかった。
 娘のはるかが文句ひとつ言わないで付いてきたのには、いまさらながら頭が下がる。
 そのはるかが一年後に女優になって半年。

「お母さん、お家買おう!」と言い出した。

 トモはギクリとした。
 はるかは、やっぱり故郷が恋しくて東京に戻る気なのではと思ったからだ。
 生まれは成城、育ちは南千住、間を取って練馬あたりか?

 そう勘ぐったが「隣町だよ」の答えが返って来た。

 高安町は百坪前後のお屋敷が多いので、女優になった勢いで、そういう家じゃないかと心配した。
 
 不動産屋といっしょに案内されたのは近鉄線の向こうの東山本新町のニ十坪ちょっとの中古物件だった。
「安心した?」
 どこで覚えたのか大阪風のドヤ顔で腕を組んだ。
「え、あ、そーね……」
「わたしの決心なんだよ。プロダクションが出世払いでお金貸してくれるの、十年は仕事辞められない」
 築十年の三階建て、二千五百万……
「いま算盤はじいたでしょ」
「んなことないわよ」
「このお家が気に入ったの」

 そして一年が過ぎた。

 住んでみると、家は高安と山本の中間に位置し、両駅とも準急が停まるので、トモは、その日の気分次第で駅を変えている。

 今日は山本だ。

 三十分早く家を出て、山本駅前の書店に寄った。
――この本いいな――
 折り込みチラシ見ながらはるかが呟ていたのを思い出した。
 タイトルは忘れたが高安・柏原の昔を六百枚あまりの写真で紹介した写真集だ。

 はるかには、こういうところがある。

 いいお店見っけたと言って、たこ焼やらタイ焼きやらお花を買ってくる。そのほとんどが高安・山本の店だ。
 この町を好きになることで――こんな街に引っ張て来た母親の気持ちを楽にしている――娘ながら、できすぎた子だと思う。
 写真集に興味を持つのも、そういうことなんだろう。

 見本本を手に取ってめくってみた。

 戦前から二十年位前までの街の様子が手に取るように分かる。
 昔の人は、とてもシャイか人懐っこいかのどちらか。
 今の日本人は、変に慣れてしまって、どの写真や動画でもフラット過ぎてつまらない。

 おーー!?

 思わず声が出た。
 店員さんやお客さんが注目するのが分かるが、発見した写真のインパクトが強いので、構わずに見入ってしまった。

 固太りの悪たれが、子分と言っていい子どもたちを引き連れての登校風景だ。

 名札はボカシてあるが、KTと大きなイニシャルのセーター、子どもとは思えぬ凄んだドヤ顔でカメラを睨んでいる。
 背景の街は国鉄八尾駅の西だ。
 悪たれは、グローブを引っかけたバットを、鬼退治にでも行くように右肩に担っている。
 かたわらの十円禿げが、自分のと悪たれのと二人分のランドセルを担いでいる。

――なにか確証は……あった!――

 バットの側面にKOUICHI TAKIGAWAの文字がかすれて読めた。 
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オフステージ・(こちら空堀高校演劇部)・11・「コンビニの冷やし中華」

2020-01-16 06:23:05 | 小説・2
オフステージ(こちら空堀高校演劇部)11
「コンビニの冷やし中華」                     



 日本に来る外国人にコンビニの弁当が評判である。

 お花畑のように可憐でありながら、安くて美味しい。商品開発は自動車や家電のような情熱が注がれ、品質管理は医薬品のように厳密に行われる。そのクレイジーなまでにクールなコンビニ弁当は、ネットで繰り返し取り上げられ、中にはコンビニ弁当を目的に日本に来る外国人が居るくらいである。

「そんなこと、ずっと前から知っているわ」
 
 ミリーは豪語する。
 
 ミリーはコンビニ弁当の中でも冷やし中華が大好きだ。食べ方にもこだわりがあって、買った冷やし中華を小さな特製クーラーボックスに入れてお出かけする。気合いの入った時は京都や奈良、近場では大阪城公園や花博公園、どうかすると近所の公園などで冷やし中華を食べている。
「なんで外で食べるのん?」下宿先の真理子に聞かれる。
「う~ん」と唸る。
「なんでえ……?」
 ミリーが真剣に考えた時はマニッシュに腕を組んで目が斜め上を向く。だから真理子の追及も真剣になる。
「一言でいうと、気持ちがいいからなんだけど。なぜ気持ちがいいかというと、あの美味しいサワーの感覚は青空が合うの。それからね、コンビニ弁当っておいしいけど、包装のパックやフィルムがざんないでしょ(「ざんない」は、ミリーが覚えた数少ない大阪弁。ミリーは来日する前に日本語をマスターしていたので、大阪訛にはならないが、古い大阪弁が好きなのだ)。だから、家の中で食べると、ちょっと凹むけど、外だと気にならないんだよ」
「ふ~ん……」
 真理子は、もうひとつ理解できないが、こういう飛んだところも含めてミリーのことが大好きだ。

 冷やし中華との出会いには、腐れ縁と言っていいエピソードがある。

「冷やし中華食みたいやなあ……」
 中三の夏に、斜め後ろの男子に呟かれた。
 真田山中学に入って日本人に幻滅していたので、クラスメートとはろくに口をきかなかったが、この一言が気になった。単なる冷やかしではなく、無垢な冷やし中華への憧憬を感じたからである。
「ヒヤシチュウカってなに?」
 聞かれた方の男子が驚いた。
「あ、えと……」
 男子は、めずらしく幻滅や蔑みではないミリーの言葉に素直に答えてしまった。
「ラーメンのクールバージョン……ミリーの髪の毛見てたら食べたなってきてん!」
「え、わたしの髪?」

 で、探求心旺盛なミリーは学校の帰りにコンビニで冷やし中華を買って、それ以来ハマってしまった。そのミリーの斜め後ろで呟いた男子が、野球部でエースと言われた小山内啓介であったのである。

 連休の谷間、きのうの昼休み、ミリーの教室に車いすの一年生女子がやってきた。
 
「あの、なんか用かしら?」
 一年生女子は、ブロンドのミリーが流ちょうな日本語で聞いてきたので驚いた。
「あ、えと、演劇部の小山内啓介さんはいらっしゃいますか?」
「え、啓介? あなた、ひょっとして演劇部の入部希望者!?」
「は、はい……」

 ミリーと沢村千歳との出会いは冷やし中華とはなんの関係も無かった。
 
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乃木坂学院高校演劇部物語・98『ビデオチャット』 

2020-01-16 06:12:03 | はるか 真田山学院高校演劇部物語
 まどか 乃木坂学院高校演劇部物語・98   



『ビデオチャット』


 
 その夜、はるかちゃんとビデオチャット。

 主に自衛隊の体験入隊の話で、ウフフとアハハだったんだけど、話が一区切りついたとこで、はるかちゃんが切り出した。
「月末の土日に例のCMのロケに行くの。荒川でよく紙ヒコーキ飛ばしてたあたりよ。時間があったら、家の方にも寄るんだけど、こういうのって団体行動だから、よかったら現場に来てよ」
「行く行く。お仲間みんな連れてっちゃうから。で、どんな役者さんが来るのよ?」
「堀西真希さんとか……」
「え、いま売り出し中の!」
「うん。彼女がメイン。で、高橋誠司……」
「ゲ、あのおじさん!?」
「知ってんの?」
 わたしは(思い出したくもない)コンクールのいきさつを説明した。はるかちゃんは大笑い。
「アハハハ……それから、上野百合……この人も新人さんみたい。同年配だからちょっと安心」
 はるかちゃんたら、すっかりリラックスしてポテチを食べ出した。
「あ、はるかちゃんズル~イ」
「スポンサーさんから山ほどもらっちゃったから。う~ん、うまいなあ!」
「こういうこともあるかなって……」
 わたしは、机の上のポテチに手を伸ばした。その拍子に机の上のアレコレを落としてしまった。
「相変わらず、整理整頓できないヒトなんだね、まどかちゃん」
「はるかちゃんに言われたかないわよ……」
 わたしは、ポテチをたぐり寄せ、あとのアレコレを足でベッドの方へけ飛ばそうとして、あれが足先に当たったのに気づいた。
「どうした、ゴキブリでも出た?」
「ううん、薮先生から預かった写真け飛ばしそうになっちゃって」
「ハハ、早手回しのお見合い写真ってか。困ったもんだわね、まどかちゃんには大久保クンが……ね」
「そんなんじゃないよ……」
 わたしは、写真のいきさつを話した。自然にというか、当然乃木坂さんの話しにもなっていく。はるかちゃんのことだから笑ったりはしないだろうけど信じてもらえるか少し心配だった。
「そういうことって、あるのよね……」
 案外、わがことのようにシンミリしてくれた。
「で、これが、その写真なんだけどね……」
 カメラの前に写真を広げて見せた。
「……あ、マサカドさん!?」
「え……はるかちゃん知ってんの?」

 はるかちゃんは、迷っていた……そして、ためらいながらマサカドさんについて涙を堪えながら話してくれた。
 長い話だったけど時間なんか気にならなかった。わたしの中で、乃木坂さんと写真の三水偏の女学生、そしてマサカドさんのことが一つになった。
 
 くわしく知りたい人は、はるかちゃんの『はるか 乃木坂学院高校演劇部物語』を読むとよく分かります。
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