大橋むつおのブログ

思いつくままに、日々の思いを。出来た作品のテスト配信などをやっています。

乙女先生とゆかいな人たち女神たち・51『もらった南天』

2022-05-18 05:44:17 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

51『もらった南天』  

          

 

 中間テストの初日であったが、朝から全校集会になった。

「黙祷!」

 首席の桑田が号令をかけた。さすがに水を打ったように静かになった。

 一昨日、墓参りのあと、田中教頭が霊園の門前で急死したことを、校長の水野が簡潔に述べたあとである。一分間の黙祷が終わった後、校長は再び演壇に上がり、話を続けた。

「田中教頭先生は、この春に淀屋橋高校から赴任されてこられたところで、赴任以来、本校の様々な問題について、わたしの女房役を務めていただきました。昨年わたしが本校にまいりましてより、我が校の改革に邁進してきましたが、今年度に入り、様々な軌道修正をしながら、本格的な改革案を練る作業に入ったところであります。その実務を裏で支えておられたのは田中先生です。先生を、突然失いわたしは両腕をもがれた思いであります……正直、先生達がやろうとしている改革は、君たちが在学中には実現が難しいほど壮大な難事業であります。時間と、途方もない忍耐力が要ります。先生は、持ち前のモットー『小さな事からコツコツと』を実践してこられました……」

 それから、校長は新しい教頭が決まるのには数日かかること、田中教頭は妻子を早くに亡くし孤独な生活を送ってきたが、生徒のみんなを自分の子どものように思っていたことなどを交え、田中教頭の姿を美しく荘厳して話を終えた。

 生指の勘で、校庭の隅のバックネットの裏に生徒の姿を感じて、現場に急いだ。

――こんなときにタバコか――予想は外れた。

 そこには、しゃがみこんで泣いている栞がいた。

「栞、どないしたん……」
「わたし……わたし、人が死ぬなんて、思ってもいなかったんです!」
「栞……」
「学校の改革は必要だと思ってました。だから、進行妨害事件でも、あそこまで粘りました。それが正しいと思っていたから。そして改革委員会ができて、実際の進行役が教頭先生で、苦労されていることも父から聞かされて知っていました。でも……でも亡くなってしまわれるほどの御心労だったとは思いもしなくて、いい気になってMNBなんかでイキがちゃって……なんて、なんて嫌なやつ! 嫌な生徒!」

 パシン!

 乙女先生は、栞を張り倒した。

「自分だけ、悲劇のヒロインになるんとちゃう!」
「先生……」
「オッサン一人が死ぬのには、もっと深うて、重たい問題がいっぱいあるんじゃ!」
「他にも……」
「いま分からんでも、時間がたったら分かる。さ、もう試験が始まる。教室いき……」
「……はい」

 駆け出した栞に、乙女先生は思わず声をかけた。

「栞がしたことは間違うてへん。それから……教頭さんのために泣いてくれてありがとう」

 栞は、何事かを理解し、一礼すると校舎の方に戻っていった。

「しもた、シバいたん謝るのん忘れてた!」

 振り返ったが、栞は全て理解した顔をしていたので、もう、それでいいと思った。

 

 あくる日の葬儀には、手空きの教職員が行った。

 職員の受付には技師の立川さんが座っていた。土地柄であろうか、細々とした仕事は明らかに、プロではない地元の人たちが手伝っている。その様子を見ていると、上べだけではなかった教頭の近所づきあいの良さがうかがえた。

「ほんまに、去年の盆踊りにはなあ……」
「そうそう、正月のどんど焼きでも……」

 家族がいないせいか、ご近所にはよく溶け込んでいたようだ。

 焼香を終わって一般参列者の群れの中に戻ると、喪服に捻りはちまきというジイサンが呼ばわっていた。

「どないだ、米造が丹精した盆栽です。お気に召したんがあったら、持って帰っとくなはれ!」

 半開きにされたクジラ幕の向こうには、全校集会のように盆栽たちが並んでいた。ゆうに、中規模の盆栽屋ぐらいの量があった。とても会葬者だけでさばける量ではなかった。

「これ、残ったら、どないしはるんですか?」
「あ、わしが引き取ります。ヨネが生きとったころから、そう話はつけたあります。生業が植木屋やさかい、どないでもなりますけどな。どこのどなたさんか分からん人に買うてもらうより、まずは縁のあった人らにもろてもらおと言うとりました。あんさんには、これがよろしい」

 おじいさんは、小ぶりな南天の盆栽を、なんの迷いもなく、慣れた手つきでレジ袋に入れてくれた。

「お棺のフタを閉じます。最後のお別れをされる方は、こちらまで」

 係の人に促され、乙女先生は棺の側まで行った。田中教頭は、着任式の印象とは違って、とても穏やかな顔をしていた。

「よかったな、ヨネボン。こないぎょうさん来てもろて。好子さんも碧ちゃんもいっしょやで」

 喪主のお姉さんが、二枚の写真を入れていた。一枚は卒業式の妻子の写真……そして、もう一枚は、なんと乙女さんの娘美玲の制服の写真だった。どうやら、娘さんの碧ちゃんと間違われたようだった。

 乙女さんは、一瞬混乱したが、田中教頭の大阪城での嬉しそうな顔を思い出した。

――これでええ、本人さんは、よう分かってはる――

 傍らに掲げられた府教委の死者への表彰状だけが、そらぞらしかった。

「教頭さん、ああ見えて、なかなか周旋能力の高いひとでしたからね、あとが大変だ。乙女先生、よろしくお願いしますよ……」

 ハンドルを握りながら、校長が呟いた。

 脇道から自転車が飛び出したが、さすがの校長、緩い急ブレーキで止まった。

――あ……!――

 南天が驚いたような声をあげたような気がした。

 レジ袋を見ると、鉢にさした札には、一字で、こう書いてあった。

 碧…………

 

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魔法少女マヂカ・273『虎ノ門を下見』

2022-05-17 10:17:18 | 小説

魔法少女マヂカ・273

『虎ノ門を下見語り手:ノンコ  

 

 

 てっきり門があるもんやと思てた!

「プ、なに洒落てんの(˘#艸#˘)」

 霧子に笑われてしまう。

「せやかて、虎ノ門やねんから門があると思うやんか(#'O'#)ふつう!」

「江戸城って無駄に大きかったから、明治の初めの頃に壊しちゃったのよ。昔のまんまだったら、大名屋敷しかなかったからね、そこを官庁街にしたから、門とか堀とか残したままじゃ交通に不便でしょ」

 もうじき起こるはずの虎の門事件を未然に防ぐために、みんなで虎ノ門付近に来てる。

 みんな言うても。マヂカとブリンダは富士山の頂上でファントムをやっつけた時、時空の狭間に呑み込まれて(たぶん、令和の時代に戻ってる)しもたさかいに、あたしと霧子。

 詰子(つんこ)とJS西郷は桜田門の方を見に行ってる。「摂政の宮殿下を乗せた車は赤坂御所から桜田門の方を通ってくるはずだから」という見通しやからや。

 関東大震災で、あたしらは戦艦長門を史実よりも半日以上も早く横須賀に着かせてしもた。長門の乗組員は、必死に救助活動に参加して、二百人以上の人を救助した。

 このこと自体は、めちゃくちゃ嬉しかったよ。

 めっちゃ苦労したけど、大勢の人が死なんですんだんやさかい。

 ブリンダなんかは「アラモ砦に駆けつけた第七騎兵隊になったみたい!」や言うて感激してた。歴史苦手なあたしは、よう分からへんかったけど、東日本大震災の救助に『オペレーション トモダチ』に参加したアメリカ軍の感じや言われて「オオ!」と叫んだ。

 せやけど、その救助した人の中に、摂政の宮殿下の命を狙う犯人とその仲間が混じってた!

 史実では単独犯やったのが、集団になった! その陰には、ファントムとその一味が居った。

 あらかたは、富士の山頂でやっつけられたけど、まだまだ残ってる。

「虎ノ門付近とは限らない」

 霧子は推理した。

「犯人たちの気持ちになって下見してみよう!」ということになった。

 史実では、天皇陛下の名代として帝国議会の開会式に向かう途中で襲われてはる。

 けど、帝国議会の開会式は12月。

 それよりも早いというと、別件でお出かけの時や。

 殿下は、震災後の政府や国民を励ますために連日のようにお出かけになってる。なってるけど、警備上の理由で、その予定が公表されることはほとんであれへん。

「このルートをお通りになることが多いよ」

 霧子の推理。それに見習いとか準とかが付いても、あたしも魔法少女やんか!

 その魔法少女の勘が、やっぱり虎ノ門付近がいちばん危ないと言うてる。

「やっぱり交差点だと思う……」

 霧子が賢そうに腕を組む。

「お車が通る時、信号は全て青にするけど、交差点のカーブを曲がるときは、必ず徐行する」

 そらそやろ、なにごとも安全第一。

「あ、信号変わったよ」

 交差点を渡ろうとした霧子を呼び止める。

「え!?」

 うちもビックリしてる。ほんの五秒くらい前に青になったとこやから、行けるて思うやんか。

 それが、瞬き一回したぐらいの間で、また赤になったんやさかい。

「「あ!?」」

 霧子と声が揃うてしまう。

 半蔵門の方から、殿下の車を先導する近衛のバイクと車、とうぜん、その後ろには殿下を乗せた御料車が続いてる。

「急なお出かけになったんだ!」

 マヂカやブリンダに負けんくらいに、ビシビシっと周囲に警戒の目を飛ばしたよ。

 

※ 主な登場人物

  • 渡辺真智香(マヂカ)   魔法少女 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 要海友里(ユリ)     魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 藤本清美(キヨミ)    魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員 
  • 野々村典子(ノンコ)   魔法少女候補生 2年B組 調理研 特務師団隊員
  • 安倍晴美         日暮里高校講師 担任代行 調理研顧問 特務師団隊長
  • 来栖種次         陸上自衛隊特務師団司令
  • 渡辺綾香(ケルベロス)  魔王の秘書 東池袋に真智香の姉として済むようになって綾香を名乗る
  • ブリンダ・マクギャバン  魔法少女(アメリカ) 千駄木女学院2年 特務師団隊員
  • ガーゴイル        ブリンダの使い魔

※ この章の登場人物

  • 高坂霧子       原宿にある高坂侯爵家の娘 
  • 春日         高坂家のメイド長
  • 田中         高坂家の執事長
  • 虎沢クマ       霧子お付きのメイド
  • 松本         高坂家の運転手 
  • 新畑         インバネスの男
  • 箕作健人       請願巡査
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乙女先生とゆかいな人たち女神たち・50『教頭 田中米造』

2022-05-17 05:58:57 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

50『教頭 田中米造』  

       


 すり切れた肩下げカバンから二つの真新しい写真立てを出した。

 微かに野鳥の声がしたが、屋内の仏壇式納骨堂だったので、とても微かで、ひょっとしたら幻覚かもしれないと思った。
 幅五十センチ、高さ百八十センチ程の納骨式仏壇は、まるで職員室のロッカーのようだった……いや、奥行きが三十センチあるなしの薄さなので、ロッカーよりも貧弱に見える。 

 二十数年前、親類の紹介で見合いして、妻といっしょになった。妻は、娘といっしょに下段の納骨スペースに収まってている。

 事務所で、お経を上げる坊主を付けましょうかと言われたが断った。坊主といっても仏教系大学の学生アルバイトであることは百も招致である。自分で正信偈(しょうしんげ)の小さな経本を持ってきている。子どものお道具箱のような引き出しを開け、鈴(りん)と鈴棒を出し、花生けには妻が好きだった菫の造花を差した。

「おっと、水だ。もう、ダンドリも忘れてしもたな……」

 ひとりごちて、田中教頭はママゴトのそれのような湯飲みに水を汲みに行った。

 この仏壇式納骨檀は、妻の祖父の強い勧めで買った。百万もしたが、半分出してやると言われては断るわけにもいかず購入したものだ。

 一応真宗の門徒ではあるが、生まれた家が真宗であったというだけである。納骨を済ませたあとは、お参りに来たこともない。三年前十三回忌を済ませたが、もう終わりにしようと思っている。

 田中は、これでも仏教系の大学を出て得度も受けている。法名を釋触留(しゃくしょくる)といい、自分ではシャクに障るだと、シニカルに思っている。

 帰命無量寿如来 南無不可思議光(きみょうむりょうじゅにょらい なもふかしぎこう)法蔵菩薩因位時 在世自在王仏所(ほうぞうぼさついんにじ ざいせじざいおうぶっしょ)覩見諸仏浄土因 国土人天之善悪 (とけんしょぶつじょうどいん こくどにんでんしぜんまく)……。

 と、やり始めた。教師というのは声が大きい。正信偈も真宗では、基本中の基本である。彼の声明(しょうみょう)は堂内に響き渡り、中には、高名なお坊さんが経を唱えているのかと手を合わせていく年寄りもいた。

 写真は、娘が中学を卒業したときに、卒業式の看板の前で撮った妻と娘の写真。もう一つは、こないだ乙女先生からもらった制服姿の美玲の写真であった。

「佐藤先生の娘さん。碧(みどり)と同じ森ノ宮女学院や。雰囲気が碧そっくりやし、持ってきた。好子、すまなんだな。ほったらかしで……わしは人間は死んだらゼロや思てた。真宗では、このゼロのことを極楽と言う。好子も碧も、そこにいてる。そやさかい墓参りにも来んかった……今日は気まぐれや。お天気もええし、美玲ちゃんの写真もろたんも、なんかの縁。それに学校も問題多いし、これから仕事忙しなる思てな……ハハ、わし、なに言い訳してんねんやろなあ……そや、ただワシは来たいから来ただけや。来たいから来ただけ……」

 そう言うと、田中は水を飲み干し、仏具を片づけ、写真と造花をカバンにしまった。

 田中は、ゆっくりと納骨堂の玄関にもどった。人が少なく、堂内に、やけに自分の足音が響くのに閉口した。

「タクシー呼びましょか?」

 玄関の係員の申し出も断った。

「いや、新緑の中、ちょっと歩きますわ」

 そうは言ったが、実のところ、あまりな新緑の輝きに泣き出しそうな自分を見られたくなかったからである。

 ……しばらく行くと、植え込みの陰で人の気配がした、それも、ごく親しい人のそれである。

「……好子……碧……」

「ごくろうさま」

 妻が軽く頭を下げた。

「ありがとう、お父さん」

 碧が、森ノ宮女学院の制服姿で、ハニカミながら言った。

「これ、美玲ちゃんの借りたの。制服姿で、お父さんに会えてよかった」

 田中は、慌ててカバンの中の写真を見た。卒業写真から二人の姿は消え、美玲は、下着姿で恥ずかしそうにしていた。

「そんなん見たげたら、あかんよ。お父さんのエッチ」
「ほんまに、好子と碧やねんな!」

「「うん、そうよ」」

 母子の声が揃って、十五年ぶりに親子三人で笑った。

 そして、なにをしゃべるでもなく、親子三人は、霊園の門までの百メートルあまりをいっしょに歩いた。
 門が見えてきたとき、好子と碧がニッコリ手を繋いで来た。田中は十五年ぶりに幸せで心が満たされた。

 そして……ちょうど門のところで、田中はこときれた。四十九年の生涯であった。

「はあ、なんや、楽しそうに納骨堂から歩いてきはりましてな。ほんで、両脇をニッコリ見たかと思うと、まるで人に支えられるようにゆっくり倒れていかはりましたわ」

 警備員のオッチャンは、見たとおりに警察官に話した。

 初夏の青空を、三つの小さな雲が流れていったことに気づいた人はいなかった……。

 

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くノ一その一今のうち・2『風間そのの災難・2』

2022-05-16 18:08:05 | 小説3

くノ一その一今のうち

2『風間そのの災難・2』 

 

 

 凹んでばかりいられないので、ちゃんとスーパーで買い物をする。

 

 買い物は晩ご飯のあれこれ。

 ここんとこ、お祖母ちゃん不調だから、あたしがやってる。

 お祖母ちゃん、今年に入って晩御飯失敗してばかり。

 お味噌汁にお味噌入れ忘れたり、砂糖と小麦粉の区別つかなくなったり、金魚を三枚におろしたり。

 あと、炊飯器のスイッチ入れ忘れぐらいならいいんだけど、揚げ物、炒め物に失敗して、二回火事出しかけたし。

 危なくって任せられないから、夏の終り頃からは、あたしがやってる。

 たぶん認知症なんだろうけど、要介護認定……してもらわなきゃいけないんだろうけど、あたしも、お祖母ちゃんも、怖くって踏み切れない。

 要介護3とか出てさ、「一人にしてちゃいけませんね」とかケアマネさんに言われたら、介護付き老人ホーム入れてあげられるだけの余裕なんて無いしさ。

 まだ、まだらにまともな時もあるから、ショックだけはイッチョマエに受けて、いっそうダメになるような気がする。

 下手したら、三年のこの時期に学校辞めて、在宅介護とかしなくちゃならないかも。

 口下手だから、役所に行って相談したり……ちょっち無理。

 ああ……落ち込む。

 お料理する元気も気力も無くなって、けっきょく、五時を過ぎて半額シール貼ってもらうの待って、お弁当買って帰る……もう三日も続いてるんだけどね。お祖母ちゃん、食い意地だけはボケてないから「また、弁当買かい……」って、暗い顔して言うんだ。

 まあ、他に、糖尿とか心疾患とか、肝臓とかも悪いから、あたしが二十五になるくらいまでには死ぬだろ。

 あと、七八年といったとこかなあ。

 

「死ねばいいと思ってる目だ……」

 

 ぐっ……見抜かれてる。

「思ってないよ、んなこと……」

 ドア開けて、目が合ったのがマズかった。なんか見抜かれて、でも「そうだよ、さっさとくたばっちまえよ、クソババア!」なんて言えるはずも無く、制服のまま夕飯の用意……って、弁当並べて、インスタントの味噌汁こさえるだけ。

「制服ぐらい着替えたら……」

「食べてからでいいんだよ、お祖母ちゃんも、晩御飯、早く食べたいでしょ」

「あんまり早く食べたら、食べたこと忘れそうになる……」

 ゲ、それやめて。「その、晩御飯まだかい?」なんて、洗い物してる最中に言われるのカンベンして。

 なんか会話しなくちゃと思うんだけど、なにか言ったら、どんな変な方向に話しいっちゃうか分かんないし……駅の階段踏み外して、知らないオッサンとほとんどファーストキスしてしまうところだったあ(^_^;)!……なんて自虐ネタ……みじめになるだけ、ありえねえ。

「……猫触ったね?」

「え?」

 そうだ、猫の話……だめ、オッサンも猫も、もう黒歴史の最新ページになってしまってるし。凹んだ顔で話したら、お祖母ちゃんのまだらボケが、どんな災厄をもたらすか知れない。

「ちょっと、抱っこして……でもハンカチではたいたし、手も洗ったし」

「責めてるんじゃないよ……」

 ニャンパラリンの話……発作的なことだったし、お巡りさんには𠮟られたし、凹んだ話したら、お祖母ちゃん変になるかもだし……けっきょく、黙々とお弁当食べて、さっさとお風呂に入る。

 ちゃちゃっと着替えて、頭乾かして、やっと一日でいちばん自由になる。

 進路のことも、お祖母ちゃんの事もいっぱい心配だけど、とりあえずは、頭切り替えてネットサーフィンやって寝落ちする。

 風間そのの冴えない一日……アニメだったら、ここでエンドロール出て、また来週なんだろうけど。

 リアルの人生は一週間の余裕なんて与えてくれなくて、容赦なく朝がやって来る。

 

 そして、お祖母ちゃんとの朝の格闘……は省略して学校に行く。

 

「風間、ちょっと……」

 校門潜ろうとしたら、生活指導の先生に呼び止められる。

 脳みそをグルンと巡らせる。服装も頭髪も問題なし、遅刻って時間帯でもないし、なに? なんかしたあたし?

 生活指導室までは呼ばれなくて、掲示板の横。

 ま、大したことじゃなさそう。とりあえず恐れ入っておく、目線だけ落として真っ直ぐ立って恭順の姿勢。

「おまえ、猫助けようとして、ちょっと事故になりかけたんだってな」

 え、もう警察から連絡してきた?

「まあ、動機は責めるようなことじゃないけど、ひとつ間違えたら大事故になってるとこだ。気を付けるんだぞ」

「警察から電話あったんですか?」

「ああ、いちおう正式に電話してきたから、釘刺しとくぞ」

「は、はい」

 アリバイ指導……まあいい。

 今度、猫が轢かれそうになって、それで、駅前で大事故起こっても、あたしのせいじゃないからね。

「もういい、いけ」

「…………」

 アリバイ指導でもいいからさ、もうちょっと優しく言えないもんかなあ。

 ナントカ坂46のA子とかだったら、先生の対応、ぜったい違うよ。

 ブスモブって損だ。

 ダメだ、不足を言ったら、落ち込み急降下。

 ピシャピシャ

 頬っぺたを叩いて昇降口に向かう。また、さい先の悪い一日が始まってしまった。

 

 

 ☆彡 主な登場人物

  • 風間 その        高校三年生
  • 風間 その子       風間そのの祖母
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やくもあやかし物語・139『蓄音機から聞こえてくるもの』

2022-05-16 10:35:45 | ライトノベルセレクト

やく物語・139

『蓄音機から聞こえてくるもの

 

 

 Vic〇orの犬が聴いているのは何なんだろう?

 

 白虎にのせられていたっぽいと言っても、将門さまやメイド王が困っていたワンコ妖怪。

 そいつが本家のVic〇or犬といっしょに大人しく耳を傾けるんだから、そうとう良いものが聞こえていたはずだ。

 蓄音機は、相当にレトロなもので、そこいらへんのトラッドを気取った喫茶店のディスプレーって感じじゃない。

 

 う~~ん

 

 日本で言えば、明治か大正か……100年は経っているに違いない。

 ラジオ放送が始まったころだよね? テレビとかはまだ無かっただろうし。

『蓄音機でラジヲは聴けませんよ』

 え?

 いっしゅんビックリしたけど、黒電話が喋っているのに気付く。

 受話器が少し上がっていて、そこの送話口から交換手さんの声が聞こえてくるんだ。

 チカコと御息所も気づいたようで、コタツに足を突っ込んだまま首を伸ばして聞いている。

『蓄音機は、レコードしか聴けませんよ』

「あ、そうか」

 むかし、お母さんと行った喫茶店に蓄音機があって、そのラッパからはFM放送が聞こえていた。あれは、蓄音機型のレトロラジオ……ひょっとしたら、CDとかUSBとかからも聞けたかも。

『昔は78回転でしてね……』

「78回転?」

『あ、一分間にターンテーブル……レコード載せた円形の台が、一分間で78回回るんです』

「なんだか、目が回りそう(^_^;)」

『フフフ、子どもなんか目を回してましたね』

「あ、わかる! 子どもって、動くものとか回るものって見ちゃうのよね( ´∀` )」

「わらわの娘も、水車が回るのを見て目を回しておった……かわいいものであったのう……」

「あたしは、自分の運命が回るのに目を回していたよ……」

『昔は、街の高級カフエや、学校にも一台あるかどうかという高級品でした』

「ああ、ちょっと昔のコンピューターみたいなものだったんだね……」

『真岡は北の田舎町でしたから、本土の事はよく分からないんですけど、たぶん、クラシックとかの西洋音楽とか聴いていたんじゃないでしょうか?』

「あ、うん。そういうクラシック音楽似合うかも……でも、犬がクラシックなんて聞くかなあ?」

「ググればよいではないか、こういう時のためにスマホとかパソコンであろうが」

「やくも、お爺さんに聞いてみるといいわよ」

『あ、それがいいですね。疑問・質問は最高のコミニケーションツールですよ!』

 

 で、リビングに行って、お爺ちゃんに聞いてみた。

 

「ああ、あれはね、亡くなった飼い主の声を聴いてるんだよ」

「飼い主?」

「うん、外国じゃ、昔からカセットテープとかMDの感覚でレコードに録音することが流行っていてね、それで、飼い主が生前吹きこんでいた声を流してやると、側に寄ってきて、いつまでも聴いていたってエピソードはあるんだ。Vic〇orっていうのは、その犬の名前でね。だから、下の方に『ヒズ マスターズボイス』って書いてある。やくもにあげたフィギュアにも書いてあると思うよ」

「え、あ、あ、そうなんだ。ありがとうお爺ちゃん!」

 Vic〇orを持っておいでと言われたら困るので、そそくさと自分の部屋に帰ったよ。

 

 コンコン コンコン

 

 お昼ご飯も棲んで、部屋でウトウトしていたら、ガラス窓を叩く音がした。

「あ、アキバ子?」

 わたしの声でチカコも御息所も窓に首を向ける。

「いや、アキバに戻ったら叱られましてね(^_^;)」

「あ、ごめん」

 アキバでは、また凱旋セレモニーの用意がしてあったんだろう。

「それで、お渡しするはずだったお品のあれこれを預かってきました」

 そう言って、空き箱の中から、立派なケースに入ったメイデン勲章改を渡してくれる。

「メイデン勲章は、この前にももらったよ」

「これは、メイデン勲章改・Ⅱだよ」

「改・Ⅱ?」

「うん、コスの種類が増えてるし、今度は、お屋敷も入ってるし」

「え、わたしにもお屋敷!?」

 ちょっと申し訳ない。

「アハハ、今度ね、メイド王自身がやくもの家に行きたいって……やくもの家も広いけど、メイド王がお供を連れてやってくるには、ちょっと狭いから。まあ、自分が来る時のためのものだから気を遣わなくってもいいよ。一段落したけど、まだまだあやかし退治は残ってるから。じゃあね」

 そう言うと、目の前で空き箱はワープして消えてしまった。

 時計を見ると、そろそろお風呂掃除の時間。

 みんなでお風呂掃除やって、晩ご飯の後は、迫ってきた中間テストの準備をしたよ。

 え、勉強じゃないのかって?

 机の上を片付けたり、本やノートを眺めて……そういうこと!

 明日からはやるからね。

 そうそう、メイデン勲章改・Ⅱのお屋敷も探検したんだけど、それは、また次ね。

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王

 

  

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乙女先生とゆかいな人たち女神たち・49『デビュー!』

2022-05-16 06:38:20 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

49『デビュー!』  

     

 

 朝、校門近くの坂道で、さくやのお姉さんを見たような気がした……。

 しっかり者の栞は、人が気づく前に、こっちから挨拶ができる子である。幼いころに母が亡くなってからは、弁護士の父の足手まといにならないように、子どもながら家事一般はこなしてきたし、父の仕事柄、行儀作法も並の子よりはできる方である。だから挨拶はされる前にする。これがモットーであった。

 それが「あ」と思ったときには姿が見えなかった。ただ栞のことをニッコリ見つめ皇族の内親王さまのように手を振っていたような気がした。で、気がしたときには姿が見えなくなっていた。

「ねえ、お姉さん、来てた?」

 妹の方は、すぐに目に付いた。下足室で上履きに履きかえようと片脚をあげたところに声を掛けたものだから、さくやはタタラを踏んで、クラスの男の子にぶつかってしまった。

「ごめん、片桐君!」

 さくやは、顔を真っ赤にして謝った。

「あ、ええよ、大丈夫か?」

 片桐君は、優しく肩を支えてくれて、さくやの顔は、さらに赤くなった。

「う、うん大丈夫」
「そうか、ほんなら、お先に」
「はいはい……」

 片桐君を見送って、もう栞のことなど忘れている。

「ちょっと、さくや!」
「あ、栞先輩!」
「あの子……なんなのよ?」
「あ、ただのクラスメートです!」
「そうなんですか……?」
「栞先輩も、新曲頭から抜けへんのんですね」
「抜けちゃ困るわよ、今日本番なんだから!」

 栞も、今日の本番のことで聞くことを忘れてしまった。

「学校生活に影響を与えないって、約束じゃなかったかな?」

 担任代行の牧原先生が、小学生を諭すように言った。

「すみません。急にデビューが決まって、本番の日取りは決まっていたんですけど、リハなんかのダンドリが今朝入ってきたもんですから、ご報告が遅れました」
「……ご報告やないやろ。許可願いやろが」
「あ、はい、言い間違えました。よろしくご許可願います」
「まあ、しゃあないな。そやけど試験前やいうこと忘れんなよ」

 ハンコをついて、栞が手を出したところで、牧原は引っ込めた。

「あ、あの……」
「榊原聖子のサインもろてきてくれへんか?」
「え……」
「同じユニットやろ。うちの娘が聖子ちゃん好きでな。交換条件や」
「あの、わたし、身分的には研究生なんで、そういうことは……」
「ちぇ、ケチやのう。まあ、手島栞のデビューやったら、しゃーないわの!」

 職員室中に聞こえる声で牧原が言った。

 こう言うときに、弱った顔や、怒った顔をしては負けである。

「ありがとうございました」

 栞は、落ち着いて頭を下げた。

 四時間目が終わり、生指の部屋に入るときは、さすがに胃がキリリときた。

「失礼します。二年A組の手島栞です」
「やあ、栞。いよいよやね!」

 よかった、生指の部屋には常駐の乙女先生しかいなかった。

 リハーサルはドライもカメリハも上手くいった。いよいよ本番である。

 こないだ刺身のつまで出たときの倍くらい念入りなメイクにヘアーメイク。緊張が増してくる。

「スリーギャップスの船出、円陣組むよ」

 聖子が、七菜と栞に声を掛ける。

「「お願いします」」

 七菜と栞の声が揃って、それがおかしいのか聖子がクスっと笑った。

「あんたら、おかしいよ、別にオリンピックの決勝戦じゃないんだから」
「わたし、高校の陸上部入ったらいきなりオリンピック出ろって、そんな心境なんですけど」
「そうなんですか!?」
「アハハ……」

 さすがにベテラン、ほぐすのも上手い。

「じゃいくよ……」

「「「スリーギャップス、GO!」」」

 それを合図にしていたかのようにADさんが迎えに来た。

「それでは、本日結成したばかり、MNBの新ユニットスリーギャップスでーす!」

 MCの居中が大げさに声をあげると、エフェクトのドライアイスが、両サイドからシュポっと出て三人そろって出る、最後の一段で栞はステップを踏み外した。危うく将棋倒しになるところを居中が支えてくれた。

「なんだ、栞って、冷静そうな顔して意外とドジなのな」
「いや、今のは想定内のズッコケでした」
「栞、ちょっと、真っ直ぐに歩いてみてくれる」

 聖子の機転だ。栞はわざと手と足を同時に出して笑いを誘った。

「ね、緊張なんかしてないでしょ」
「あー、こりゃ気合いの入れ直しだわ」

 三人で、背中のどやしつけあいをやった。

「じゃ、大丈夫ね?」

 角江の声でスイッチが入った。三人は丸いステージスペースに入り、イントロが流れる。

「それでは、本日結成、初公開。スリーギャップスで『そうなんですか!』どうぞ」

 


 《そうなんですか!》  作詞:杉本 寛  作曲:手島雄二

 ホ-ムの発メロが鳴る階段二段飛ばしに駆け上がる 目の前で無慈悲にドアが閉まる

 ああチクショー! このヤロー! 思いがけないキミのため口

 駅員さんも乗客のみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ カワイイ顔して このギャップ
 

 あの それ外回りなんだけど

 そうなんですか しぼんだようにキミが呟く

 新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな電車の発メロぐらい

 でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか

 

 昼休みチャイムが鳴る廊下優雅に教室に向かう 開けたドアみんなが起立していたよ

 ええ うそ~! ええ ど~して! 見かけに合わないキミの大ボケ

 クラスメートも教科の先生も ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ カワイイ顔して このギャップ

 あの 今の本鈴なんだけど

 そうなんですか 他人事みたいキミが呟く

 新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな予鈴と本鈴ぐらい

 でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか


 
 照りつける太陽 砂蹴散らして駆けまわる ビキニの上が陽気に外れかかる

 ええ うそ~! なんで今~! 天変地異的キミの悲鳴

 ライフセーバーさんもビーチのみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ キミは飛び込む 波打ち際

 ああ たしかキミはカナヅチなんだけど

 そうなんですか でも助けてとキミが叫ぶ

 夏休み もう真っ盛り いいかげん覚えて欲しいな犬かきとボクの気持ちぐらい

 でも 愛しい こ~の無神経 このギャップ そうなんですか そうなんですか 

 そうなんですよ ボクの愛しいそうなんですよ ボクの青春そうなんですよ 人生一度のそうなんですよ

 Yes! そうなんですよ!

 

 歌っている間、栞は、さくやの姉の手の温もりを思い出した。そうあの姿は温もりそのものだった。そう感じると、さっきのズッコケはどこへやら。

 すっかり落ち着いてデビュー曲を歌い上げた栞だった……。

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くノ一その一今のうち1『風間そのの災難・1』

2022-05-15 16:57:50 | 小説3

くノ一その一今のうち

1『風間そのの災難・1』 

 

 

 うまく言えないけど、普通ってあると思う。

 

 普通の成績とって、普通に進路が決まって、普通に進学だか就職だかして、普通に生きるってこと。

 普通に友だちできて普通につきあって、友だちのほとんどは女子で、ちょっとだけ男子の友だちもいて、その男の一人と結婚して……しなくてもいい。見合いでもいいしさ。結婚しても普通に働く。

 普通に子育てして、普通に年取っていく。家族葬やれるくらいのお金を残して、風間家先祖代々とかのお墓とかに入って、七回忌ぐらいまで法事やってもらって、十三回忌はうっかり忘れられて、そして無事にご先祖様の端くれになっていく。

 そうだよ、ひいばあちゃんの十三回忌、お婆ちゃんうっかり忘れてたもんね。

 次は十七回忌だっけ? たぶん忘れる、わたしもお祖母ちゃんも。

 でも、まあ、そういうのが普通だと思うから、ひいばあちゃんも草葉の陰で喜んでくれると思うよ。

 あたし、普通病かな?

「風間の普通ってよく分からないけど、この成績じゃ難しいぞ」

 先生の言うことはもっともだ。もっともなんだけど、もっと早く言ってほしいよ。

 秋のクリアランスセールが始まろうかって、この時期に言われても、ちょっち遅いっちゅうの!

 まあ、ほっといたわたしも悪いんだけどさ。

 春の懇談は、お祖母ちゃん具合悪くて「いつやる?」って、二三度言われてるうちに立ち消えになって、そいで、秋の中間テスト明けの懇談が今日あって。相変わらずお祖母ちゃんは具合悪くって、けっきょく、あたしと先生の二者懇談になって。それくらいなら「春にゆっといて!」なんだけど、そういう文句言わないくらいには普通のJKでもあるわけでさ。

 これで、ちょっとスポーツができるとか、歌が上手いとか、ちょっとオーディション受けてみようかとか己惚れるぐらいにルックス良ければ、憂さの晴らしようもあるんだろうけどさ。

 体育も音楽も小学以来2ばっか。高一のとき、数少ない友だちのAとBと三人渋谷を歩いてたらスカウトのオネエサンが声かけてきて、あたしはカン無視されてさ。その時は、へんなキャッチセールスと思って三人で逃げたけどさ。

 Aはナントカ坂46のハシクレになっちゃうし、ならなかったBも「ほんとのスカウトだったんだねえ!」って声かけてもらったことが勲章だしさ。「Bは、テニス部イノチだから仕方ないよ!」って、なんで、あたしが慰めなきゃならないのさ。そういや、Bは体育大学、推薦でいけるって話だった、慰めて損した!

 ウダウダと二者懇談のアレコレ醜く思い出してるうちに電車は駅に着いてしまった。

 あ……

 エスカレーターに足を掛けようとしたら点検中で停まってる。

 仕方がないので、階段…………ウワッ!? ブチュ!

 踏み外し、なんとか手摺につかまったら、ちょうど振り返ったオッサンの限りなく唇に近い頬っぺたにキスしてしまった!

「す、すみません(;'∀')!」

 エヅキそうになるの堪えて謝る。

「き、気を付けろよ!」

「ほんと、すみません(-_-;)」

 事故とは言え、JKがキスしたんだぞ、せめてラッキースケベくらいの反応しろよ、おい、ハンカチでゴシゴシすんなよ。オーディエンスのやつらもクスクス笑うんじゃねえ!

 凹みながら改札を出て、駅前のロータリー。

 ピシャピシャ頬っぺたを叩いて切り替える。

 スマホ出して気分転換……しようと思ったら、信号待ちしてる人たちみんなスマホ見てる。

 まあいいか、この瞬間だけでも、ひとり信号を見てるのも、ささやかな気分転換さ!

 あれ?

 ちょうど、車の流れが途絶えて、横断歩道の向かい側、バカな猫が赤信号を渡ろうとしている。

 危ない!

 思った時には飛び出していた。

 迫る車の直前でバカ猫をキャッチすると、自分でも信じられないくらいの早業で歩道にニャンパラリン!

「きみ、危ないよ!」

 お巡りさんが寄ってきて「だいじょうぶ?」も聞かないで頭の上から叱られる。

 上からのはず、あたしはバカ猫を抱えたままへたり込んでいる。

「ま、猫は助かりましたから……」

「きみの猫?」

「いいえ、でも、赤で渡っちゃうから、つい必死で」

「猫の命も大事だけど、下手に飛び出したら大事故になるからね」

「はい、すみません」

「まあ、これからは気を付けて。いちおう、学校と住所と名前、聞かせてくれる?」

「え、あ……はい……○○区〇〇町……風間そのです……学校は……」

 通りすがりの人たちが――こいつ、なにやらかしたんだ?――と、好奇の目で見ていく。

 ――家出?――なんか違反?――援交?――被害に遭った?――いや、加害者だろ――ブスだし――

 ほんの二三分なんだろうけど、メチャ長かった。

 で、やっと解放されたら、バカ猫はとっくに居なくなっていた。

 あ~あ~とんだ災難の放課後だった!

 

 

 

 

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ピボット高校アーカイ部・7『先輩と川に入る』

2022-05-15 09:16:17 | 小説6

高校部     

7『先輩と川に入る』

 

 

 くの字に曲がる小川の手前まで来て、先輩は立ち止まった。

「ここを曲がった先、小川の向こう岸にお婆さんが現れる。そのお婆さんを観察するのが、今日の部活だ」

「あ、そうですか」

「念のため、靴と靴下は脱いでおいてくれ」

「え?」

「理由は聞くな、わたしも脱ぐから」

 そう言うと、先輩は器用に立ったまま靴と靴下を脱ぐ。

 たかが靴と靴下なんだけど、ドキッとする。

 片足ずつしか脱げないので、脱ぐたびに先輩の片足が上がって、太ももの1/3くらいが露わになるし、くるぶしから下の生足が露出するし。

「ズボンもたくし上げておいてくれ」

「ひょっとして、川に入ります?」

「可能性の問題だが、とっさに間に合うようにしておきたい。さ、行くぞ」

 

 くの字の角を曲がって薮に身を潜めると、向こう岸にお婆さんが現れて盥の中の布めいたものを水に漬けはじめた。

 お祖父ちゃんの影響で、あれこれ知識のあるボクは、お婆さんが染色の職人さんのように思えた。

 今でも、地方に行けば染色の職人さんとかが、染めの段階で糊や、余計な染料を洗い流すために川を使うのを知っているからだ。お婆さんの出で立ちも裾の短い藍染の着物だったりするので、その線だと思った。

「ただの洗濯だ」

「え……ということは」

「黙って見ていろ」

「はい」

 待つこと数分、先輩のシャンプーの香りなんかにクラクラし始めたとき、先輩が、小さく、でも鋭く言った。

「来たぞ!」

 見ると、川上の方から大きめのスイカほどの桃がスイスイ流れてきた。

「桃は、スイスイではなくて、ドンブラコドンブラコだろ……」

「は、はあ……」

 ドンブラコドンブラコというのは、川底に岩とかがあって、流れが複雑で揺れている感じなんだけど、桃は、性能のいいベルトコンベアの上を行くように、ほとんど揺れることがない。だからスイスイなんだけど、先輩には逆らわない方がいい。

 穏やかに流れてきた桃は、ゆっくりとお婆さんの前に差し掛かってきた。

「ここからだ……」

 お婆さんは、染め物職人のように洗濯に集中しているせいか、気付くことも無く、桃は、お婆さんの目の前を通り過ぎる。

 チッ

 舌打ち一つすると、先輩は女忍者のように川下の方に駆けていく。僕もそれに倣って川下へ。

 くの字の角を戻ったところで、川に入る。

「少し深い」

 先輩は、スカートの裾を摘まみ上げるとクルっと結び目を作って、丈を短くした。

 太ももの、ほぼ全貌が見えて、思わず目を背ける。

「見かけよりも重いぞ」

「え?」

 一瞬、先輩のお尻に目がいってトンチンカンになる。

「しっかり持て!」

「は、はい」

 それと分かって、二人で桃を持ち上げて向こう岸に上がる。

「すぐに、上流に行くぞ」

「はい」

 二人並ぶようにして桃を持ち上げ、お婆さんを避けつつ小走りで、百メートルほど上で川に入る。

「急げ、ゆっくりと!」

「は、は……あ!」

 矛盾した指示にバランスを崩してしまう!

 ジャプン

「「………………」」

 努力の半分が水の泡。

 二人とも、川の中に転んでしまって、もう、胸から下がビチャビチャ。

 しかし、桃は無事に川の流れにのって流れていく。

「鋲、念には念をだ!」

「はい?」

 急いで岸に上がると、お婆さんの後ろ側の土手に隠れる。

 先輩は、野球ボールくらいの石を拾うと、迫ってきた桃の前方に投げた。

 ドプン!

 さすがに気づいたお婆さんは、洗濯の手を停めて、川の中に入ると「ヨッコラショ」と桃を持ち上げた。

「うまく行ったぁ!」

「ちょ、先輩!」

 感激した先輩は、濡れたままの胸で抱き付いてきて、僕はオタオタするばかり。

 お婆さんが無事に桃を持って帰るのを確認して、僕たちはゲートを潜って部室に戻って行った。

 

☆彡 主な登場人物

  • 田中 鋲(たなかびょう)        ピボット高校一年 アーカイ部
  • 真中 螺子(まなからこ)        ピボット高校三年 アーカイブ部部長

 

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乙女先生とゆかいな人たち女神たち・48『それぞれの週明け』

2022-05-15 05:40:54 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

48『それぞれの週明け』  

           

 


 トーストを咥えながら、駅まで走っている女子高生なんてドラマかラノベの世界だけだと思っていた。

 栞は、現実にやって、自分がドラマの主人公になったような気に……は、ならなかった。

 今日から中間考査の一週間前である。学年でベストテンの成績をとっていた去年までの栞なら、こんなには慌てはしない。

 父子家庭で、早くから主婦業を兼業……正確には、弁護士である父と半分こであるが、半分とは言え主婦をやっていることには違いない……ので、物事を計画的とか、順序立ててやることには自信があり、去年まで実態として存在していた演劇部と学業と家事の三人組を相手にするのは、『体育会テレビ』で、プロのスポーツマンが子どもを相手にするよりタヤスイことであった。
 
 でも、今は違う。

 MNB24の研究生になって十日もたたないのに、ユニットを組まされた。

 その名も『スリーギャップス』 

 センターを張るベテランの榊原聖子と中堅の日下部七菜、そして駆けだし(現に今もトーストを咥えながら駅まで駆けている)の手島栞の三人。

 きっかけは、レッスン中に栞が口にした「そうなんですか!」が、グループの中で流行り、プロデューサーの杉本寛が「今月中に、『そうなんですか!』で新曲をリリースする」と生放送中に宣言した。そのときは、ただの冗談かと思った。そうしたら、一昨日いきなり新曲のスコアを渡され、急遽ユニットが組まれ、何度も言うようだが、ユニット名は『スリーギャップス』。それぞれのギャップの差を楽しもうという、芸能界ではあり得ない、いや、あり得なかった、いや、あってはならないアイデアである。

「ギャップの差は、個性の差である!」

 杉本は、この世界の風雲児である。たとえ思いつきでも、言われたらやるっきゃない!

 正直、杉本の企画が全て当たるわけではない。母体のAKRも神楽坂でも、コケた企画は山ほどある。そして、陰で泣いた……泣くぐらいなら、まだいい。この世界から姿を消したアイドルは死屍累々。

 だから、この『スリーギャップス』は、絶対にコケられない。聖子や七菜はすでにアイドルの地位を不動のものにしている。コケルとしたら駆けだしの栞である。

 栞は、昨日も夜中の十一時までかかって、ボイトレ、新曲の練習、フリの復讐をBスタを独占してやった。そして帰宅してからは、三時前までテスト勉強。

 ああ、二次関数や英単語たちがこぼれていく……そして『そうなんですか!』がグルグルと頭を巡る。

 

 ホ-ムの発メロが鳴る階段二段飛ばしに駆け上がる 目の前で無慈悲にドアが閉まる

 ああチクショー! このヤロー! 思いがけないキミのため口

 駅員さんも乗客のみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ カワイイ顔して このギャップ
 
 あの それ外回りなんだけど

 そうなんですか しぼんだようにキミが呟く

 新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな電車の発メロぐらい

 でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか~(^^♪

 

 曲の一番にスイッチが入り、駅前で思わずワンコーラス分、ステップを踏んだ。そして歌詞通りになった。
 ホ-ムの発メロが鳴る階段二段飛ばしに駆け上がる。その目の前で無慈悲にドアが閉まってしまった……。

 

「ええ、今日からこのクラスの仲間になる佐藤美玲さんです。中間テスト一週間前からの転校で、ちょっと大変ですけど、みんなよろしくね。じゃ、佐藤さんから一言」

 美玲は、ゆっくり先生の横に立った。

 制服は他のみんなと違って、イージーオーダー、身にピッタリと合っている。高い位置でポニーテールにしているので、目尻が上がりキリリとした表情には気品が漂い、貫禄さえあった。

「ご縁があって、今日からみなさんといっしょに勉強することになりました佐藤美玲です……」

 そこまで言うと、黒板に自分の名前を書こうとしたら、すでに担任が書いてくれていた。

「ちょっと難しい字だけどミレイと読みます。言いにくいからうちの母は略してミレって呼んでます。みなさんも、それでよろしくお願いします」

 オヘソの前で手を組んで、静かに頭を下げた。お母さんに教えられた通りに……暖かい拍手が起こった。

――受け入れられた!――

 そんな喜びが、オヘソのところから湧いてきた。

 前の学校では、正直言ってハブられていた。狭い街なので、噂は子どものころから広まっていた。面と向かって言われたことはなかったが「不倫の子」と陰で言われていることは分かっていた。しかし伯父夫婦は気にする様子は無かった。

 姪への愛情からではなく、無関心からであった。

 だから一定以上言われることもない。そして、姿勢も成績もいい美玲は、ハブられるというよりは、近寄りがたい存在として見られることが多くなっていったのだが、それとハブられることとの区別がつくほど美玲は大人ではなかった。

 美玲は、初めて自分を受け入れてくれる学校ができたと思った。

 一礼して上げた美玲の顔は、担任の佐野先生が驚くほど美しかった。本来母親似(乙女さんではない)の美玲は整った顔立ちの子で、それが、その身に溢れる喜びで一杯になったのである。美しさはひとしおで、その日いっぱい、中等部の職員室の話題になった。

 

「教頭先生、例のものです」

 乙女さんは、お土産の饅頭を置くような気楽さでそれを、教頭さんの机の上に置いた。
 数秒して、教頭さんは、それが何かが分かった。この人には珍しく、プレゼントをもらった子どものように、すぐさま開けると。葉書大ほどのそれを食い入るように見つめた。

「今日の教頭さん、なんだか……その、楽しそうでしたな。あんな教頭さんは初めてだ」
「よっぽどええことがあったんでしょ。そっとしといたげましょ」
「ですね……」

 校長は、片手を挙げると校長室にもどった。

「ああ、チャック閉め忘れてる……ま、ええか」

 乙女さんは、美玲を引き取った判断に間違いはないと思った。

 それぞれの週明けだった……。

 

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鳴かぬなら 信長転生記 73『蜀の桟道ニコプン賞』

2022-05-14 10:46:26 | ノベル2

ら 信長転生記

73『蜀の桟道ニコプン賞』市   

 

 

 三国志を、四角い文字盤の時計に例える。

 

 0時の位置にあたるのが北部の首邑である豊盃。向かって右側の2時が酉盃で、その右隣2時10分あたりが辺境の前戦都市・懐古(皆虎)。我々は2時10分の懐古を出発。時計の針を逆回りに北の隣国・転生(扶桑とも云う)の南端を掠めるようにして左側、10時の卯盃(ぼうはい)に入って、一路、8時に位置する蜀の成都を目指している。

 え、ここを通るの!?

 思わず馬の手綱を引いてしまう。

 目の前には道に沿って渓谷が広がっていて、成都には、渓谷の崖にへばりついている細い崖路を通らなければならないんだ。道幅は広いところでも三メートルほどでしかなく、ところによっては道が途絶えていて、棚のように設えられている木製のキャッツウォークみたいなのを渡らなければならない。

「蜀の桟道(さんどう)だ」

「なんで嬉しそうに言うの!?」

「このへんじゃ、赤壁と並ぶくらいの名所なんだぞ」

「浅井親子の髑髏でお酒飲んだ時も変人だと思ったけど、今のニイチャン、ほとんど変態だよ(-_-;)」

「ここを抜ければ函谷関、ぐっと楽になる」

「無理! ぜったい無理!」

 こんなとこ、歩いてだって無理! 馬で行こうなんて、もう、絶対変態! 馬だって後ずさりしてるし!

「あ、馬は預かります……」

 のんびりした声が寄ってきたかと思うと、輜重の検品長。

「馬は、輜重がまとめて迂回します。時計で言うと、9時のところで文字盤を飛び出してから8時にまわる感じですね」

「え、あ……そなの?」

「万余の騎馬が桟道を渡れるはずがないだろう」

 斜め後ろから声を掛けてきたのは茶姫。

「だったら、馬に乗ったまま迂回すればいいんじゃない?」

「「アハハハハハ」」

「ちょ、なんで二人で笑うのよ! メッチャ傷つくんですけど(҂⌣̀o⌣́)」

「馬で行ったら、蜀のやつらに警戒されるだろ?」

「え、だって、そのために曹素の輜重本隊は切り離したんじゃ?」

「蜀には、関羽とか張飛とかの筋肉バカが居る。あいつらは騎馬隊の砂煙見ただけで脊髄反射を起こして攻めてくる」

「だってだって、劉備は温厚だし、諸葛亮とかの軍師もいるんじゃないの?」

「切れた筋肉バカは、しばしば脳みそを裏切る。むろん、あとで反省するがな。殺された後で反省されてもかなわん」

「アハハ、ニイチャンは脳みそ(光秀)に裏切られたけどね」

「うっせー!」

 兄妹でイジりあってると、茶姫が馬を下りてやってきた。

「騎兵と言うのはカッコよさに狎れてしまうところがある。そういう騎兵はカッコ悪いことを忌避して失敗することが多い。そのための笑われる練習でもある」

 茶姫さま、全員の馬を預かりましたあ!

 検品長が声を張り上げると、茶姫は、鞭をブルンと振り上げると「かかれ!」と号令をかけ、万に近い徒歩騎兵たちは桟道を渡り始めた。

「安全第一! カッコよく行こうと思うな! 装具の縛着にだけ気を配り、ゆっくりと進んでいけ! 渡り終えたら、ちょっとしたお楽しみを用意してあるからな!」

 絵にかいたような男前女子の茶姫が言うと、ピリっとはするんだけど、どこか緩くて暖かい。

 卯盃で、差し入れを一杯貰って「食べきれないぞ」と頬を染めていた時もギャップ萌えだったけど、茶姫の人の心を掴む才能があるよ。

 ゆるゆると、三時間かけて桟道を渡る。茶姫の硬軟取り混ぜての指揮も功を奏して、ここまで、一人の転落者も脱落者も出ていない。

「シイ(市)、大丈夫か? 膝が笑っているぞ」

「だ、だいじょうぶよニイチャン(^_^;)」

「おまえの高所恐怖症は可愛いぞ」

「可愛い言うな……高所恐怖症じゃないし……」

「お、シイ、おまえ泣いてんのか?」

「こ、これは……」

「こ、怖いんじゃないし……」

「じゃ、このニイチャンの優しさに感動したか?」

「ち、違うしいい(;`O´)!」

 

 ワハハハハハハハハハ!!

 

 もうちょっとで渡り終えるって時に、向かいの崖の上から笑い声がして、みんな一斉に見上げた。

「あ、あいつら?」

―― 天下の魏軍も情けないもんだ! ――

―― 我らなら、そんな桟道、逆立ちして半分の時間で走り渡って見せるぞ! ――

 腹立つ!

「デカいのが関羽、短足が張飛だろ」

「えらそー!?」

「ムカつくな、茶姫も言っていたろうが」

「でもでも……」

「そんなところに立たれては、首が疲れる、降りてきてくれないか!」

―― おうさ、心得た! ――

 なんと、二人とも馬に乗ったまま崖を下りてきた。

 で、馬に乗ったままなもんだから、降りてきても見下げられてるし! 関羽デカすぎだし!

「慣れぬ桟道で往生した、慣れたそこもとたちには、さぞかし滑稽に映ったろうな」

「いやいや、近ごろは戦も絶えて退屈しておったところだ」

「面白い見世物であったぞ」

「そうか、蜀の二大将軍の無聊を慰められたのなら、こちらもへっぴり腰のし甲斐があったぞ。どうだ、貴公らの目から見て、だれが一番退屈しのぎになった?」

「そうよのう、兄者はどうじゃ?」

「う~ん、その、女騎士だな」

「うん、わしも、そう思う。見目麗しくスタイルも良いのに、あのビビりよう……」

「天下無双のへっぴり腰!」

「「そなたじゃ!!」」

「え? あたし……?」

 関羽、張飛二代将軍の指先は、ピタリとわたしの鼻先に向けられている。

 みんなの注目が、わたしに集まるし(#-o-#)!

「そうか、近衛騎兵・職市(ショクシイ)、お前に、茶姫ニコプン賞を授与するぞ!」

「え?」

「いけよ」

「押すなよ、ニイチャン!」

「皆の者! 拍手で讃えよ!」

 ウオーーー! パチパチパチパチ!

 ちょ、止めてよ! めっちゃ恥ずかしいんですけど!

 前振りが無ければ、きっと、切れてるか、泣いてるかその両方か。

 真っ赤になりながらも、取りあえず受賞の徴にニコニコ缶バッジを付けてくれる茶姫。

 さっきまで、囃していた二大将軍の姿はなくて、代わりに白い馬に乗ってごっつい羽ペンみたいなの持った女子が現れていた……。

 

☆ 主な登場人物

 織田 信長       本能寺の変で討ち取られて転生
 熱田 敦子(熱田大神) 信長担当の尾張の神さま
 織田 市        信長の妹
 平手 美姫       信長のクラス担任
 武田 信玄       同級生
 上杉 謙信       同級生
 古田 織部       茶華道部の眼鏡っこ
 宮本 武蔵       孤高の剣聖
 二宮 忠八       市の友だち 紙飛行機の神さま
 今川 義元       学院生徒会長 
 坂本 乙女       学園生徒会長 
 曹茶姫         魏の女将軍 部下(劉備忘録 検品長)弟(曹素)

 

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乙女先生とゆかいな人たち女神たち・47『スリーギャップス』

2022-05-14 06:08:08 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

47『スリーギャップス』  

   


「栞、Bスタジオまで……ほら、急ぐ!」
 
 午前のレッスンが終わって、控え室でお握りを頬張っていたら、鼻に絆創膏を貼ったMNBの専属作曲家の室谷雄二に呼び出された。

「は、はい!」

 栞は、お茶でお握りを流し込み廊下に飛び出す。

 室谷は、もうエレベーターの前にいて、エレベーターのドアが開きかけていた。

「うわー! 待ってえ!」

 慌てて、エレベーターに乗り込むと叱られた。

「アイドルは、仕事以外では走らない!」
「はい」

 気難しい人だと思った。

「ほら、これ栞のパート」

 ナニゲに渡されたスコアに戸惑っているうちにエレベーターは一階上のフロアーに着き、あと二三歩でBスタジオというところで、室谷の背中にぶつかった。なぜかというと、室谷が急に立ち止まったからである。室谷は勢いでドアに顔をぶつけた。

「イテー! オレ、さっきもぶつけたところなんだよ! なんでMNBは、ガサツな奴が多いんだろうね」
「すみません」

 室谷さんが急に止まるから……と思いながらも、栞もスコアを見てテンパっていた。

 スコアのタイトルは『そうなんですか!』になっていたから。

 そう、栞の一言で流行ったギャグである。

「失礼します」

 ドアを開けて、さらにテンパッた! 

 スタジオにはプロディユ-サーの杉本、MNBセンターの榊原聖子、三期生で売り出し中の日下部七菜の、研究生の栞から見れば、雲の上の人間が揃っていたのだ。

「室谷さん、また顔ぶつけました(^_^;)?」

 聖子が、おかしそうに聞いた。

「MNBは、そそっかしいのが揃ってるからな」
「室谷ちゃん含めてね」

 杉本が、体を揺すって笑った。七菜も俯いているところをみると同じ目に遭ったんだろう。

「とりあえずスコア見てくれよ」


 《そうなんですか!》  作詞:杉本 寛  作曲:手島雄二

 ホ-ムの発メロが鳴る階段二段飛ばしに駆け上がる 目の前で無慈悲にドアが閉まる

 ああチクショー! このヤロー! 思いがけないキミのため口

 駅員さんも乗客のみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ カワイイ顔して このギャップ
 

 あの それ外回りなんだけど

 そうなんですか しぼんだようにキミが呟く

 新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな電車の発メロぐらい

 でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか


 昼休みチャイムが鳴る廊下優雅に教室に向かう 開けたドアみんなが起立していたよ

 ええ うそ~! ええ ど~して! 見かけに合わないキミの大ボケ

 クラスメートも先生も ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ カワイイ顔して このギャップ

 あの 今の本鈴なんだけど

 そうなんですか 他人事みたいキミが呟く

 新学期 もう夏だというのに いいかげん覚えて欲しいな予鈴と本鈴ぐらい

 でも 愛しい ピンのボケ方 このギャップ そうなんですか そうなんですか


 照りつける太陽 砂蹴散らして駆けまわる ビキニの上が陽気に外れかかる

 ええ うそ~! なんで今~! 天変地異的キミの悲鳴

 ライフセーバーさんもビーチのみなさんも ビックリ! ドッキリ! コレッキリ!

 ああ キミは飛び込む 波打ち際

 ああ たしかキミはカナヅチなんだけど

 そうなんですか でも助けてとキミが叫ぶ

 夏休み もう真っ盛り いいかげん覚えて欲しいな犬かきとボクの気持ちぐらい

 でも 愛しい こ~の無神経 このギャップ そうなんですか そうなんですか 

 そうなんですよ ボクの愛しいそうなんですよ ボクの青春のそうなんですよ 人生一度のそうなんですよ

 Yes! そうなんですよ!


「このユニット名は、スリーギャップス」
「スリーギャップス?」
「そう、ベテランと中堅と駆けだしのミスマッチ」
「そう、栞はミス・マッチ」
「マッチですか!?」
「そう、栞の荒削りな馬力と根拠のない自信。こいつで火を付けてみようと思う。今日は曲をしっかり覚えて、明日は振り付け。来週の習慣歌謡曲で発表する」

 かくして、栞のヒョウタンから駒が出た……!

 

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銀河太平記・108『新しいお隣りさん』

2022-05-13 10:15:37 | 小説4

・108

『新しいお隣りさん』加藤恵 

 

 

 2DKに住むようになるとは思わなかった。

 

 自分の家はおろか、自分専用の住居スペースというのが初めてだった。

 もの心ついたころには施設で集団生活。「まだ二年居られるのよ」という施設長の言葉を振り切って16歳から外で働いて、初めての二人部屋でも広かった。施設に居る時は6人部屋だったしね。

 紆余曲折あって天狗党に入ると、ずっと移動ばかりで、車やシップ、あるいは潜入先のあちこち雑多な場所を仮寝の宿にしていた。西之島のカンパニーに来てからはラボの仮眠室、倉庫の隅、ハナちゃんたちと名ばかりの女子寮の三人部屋……ここが一番長かったし楽しかった。

 西之島に市政がしかれて、人口が増えてくると、いつまでも秘密基地みたいなわけにもいかなくなって、ナバホ村にもフートンにも移住者が住み始める。それにつれて、普通の街のようになってきて、一部の古参以外は普通の所に住むようになった。

 わたしも、居住五年目、ラボ主任研究員とかになってしまって女子寮というわけにもいかなくなった。

 で、西之島市営住宅にお住まいなわけ。

 落ち着かない2DKにもようやく慣れてきたころ、出張で出かけた市役所で呼び止められた。

「待ってました、加藤さん」

 通り過ぎたばかりの守衛室から出てきたのは及川市長、その人だ。

「え、市長直々に?」

「御用は、開発室でしょ?」

「ええ、開発案のすり合わせ……」

「開発室に話は通してあります。このまま、ご同行願います」

「え?」

「さ、こちらへ」

「あ、ちょ……」

 有無を言わさず連れていかれたのは三階の空きになっている議員控室だ。

「お連れしました」

 市長に続いて、奥の議員室に入って驚いた。

「御足労おかけします」

 ソファーから立ち上がった、その人は、二日前に島にやってきた心子内親王殿下だ!?

「どうぞ、お掛けになってください」

 殿下のオーラで気づくのにコンマ五秒遅れたが、部屋の隅で佇立しているのは、気配から云って第一級の警護官だ。

「こちら、警護官の橘さんです」

「役目柄、同席させていただきます」

「はあ、どうも……あ、ヒムロカンパニーの加藤です。あ、ラボの主任をしています」

「あ、まあ、その紹介も、座ってからにしましょう」

「「あ、はい!」」

 アハハ

 殿下と返事が被ってしまい、思わず、揃って笑ってしまう。

 作り笑いや演技の笑いなら天狗党……いや、施設に居たころからの習い性だが、自然に出てしまうのは、焼きが回ったか、殿下の雰囲気なのか。

「実は、心子内親王殿下は、しばらく西之島市の嘱託職員としてお勤めになられます」

「そうなんですか」

 皇族の方が働かれるのは、さほど不思議なことではない。ただ、前話も無く、いきなりということに少し面食らう。

 所属も市の嘱託ということである、カンパニーのわたしがどうこうという話ではないはずだ。

「ついては、当分の間、島にお住まいになるのですが、その御住まいが、加藤さんの隣の部屋なのです」

「え、ええ!?」

「正確には、間の部屋には警護の橘さんに入って頂き、同じフロアは全て空き部屋になります」

「でも、角部屋には人が……」

「今日転居なさいます」

 殿下が申し訳なさそうに目を伏せられる。

「いえ、これは、たまたまの偶然ですから」

 確かに、島では人口増加を見込んで官民ともども居住施設の増築増設を急いでいるが、さすがに偶然はあり得ないだろう。

「ああ、そう言えば、角部屋さんエレベーターで一緒になったとき不動産のチラシとか見てましたね(^0^)」

 わたしも、かなり調子がいい(^_^;)

 

※ この章の主な登場人物

  • 大石 一 (おおいし いち)    扶桑第三高校二年、一をダッシュと呼ばれることが多い
  • 穴山 彦 (あなやま ひこ)    扶桑第三高校二年、 扶桑政府若年寄穴山新右衛門の息子
  • 緒方 未来(おがた みく)     扶桑第三高校二年、 一の幼なじみ、祖父は扶桑政府の老中を務めていた
  • 平賀 照 (ひらが てる)     扶桑第三高校二年、 飛び級で高二になった十歳の天才少女
  • 加藤 恵              天狗党のメンバー  緒方未来に擬態して、もとに戻らない
  • 姉崎すみれ(あねざきすみれ)    扶桑第三高校の教師、四人の担任
  • 扶桑 道隆             扶桑幕府将軍
  • 本多 兵二(ほんだ へいじ)    将軍付小姓、彦と中学同窓
  • 胡蝶                小姓頭
  • 児玉元帥(児玉隆三)        地球に帰還してからは越萌マイ
  • 孫 悟兵(孫大人)         児玉元帥の友人         
  • 森ノ宮親王
  • ヨイチ               児玉元帥の副官
  • マーク               ファルコンZ船長 他に乗員(コスモス・越萌メイ バルス ミナホ ポチ)
  • アルルカン             太陽系一の賞金首
  • 氷室(氷室 睦仁)         西ノ島  氷室カンパニー社長(部下=シゲ、ハナ、ニッパチ、お岩、及川軍平)
  • 村長(マヌエリト)         西ノ島 ナバホ村村長
  • 主席(周 温雷)          西ノ島 フートンの代表者
  • 須磨宮心子内親王          今上陛下の妹宮の娘

 ※ 事項

  • 扶桑政府     火星のアルカディア平原に作られた日本の植民地、独立後は扶桑政府、あるいは扶桑幕府と呼ばれる
  • カサギ      扶桑の辺境にあるアルルカンのアジトの一つ
  • グノーシス侵略  百年前に起こった正体不明の敵、グノーシスによる侵略
  • 扶桑通信     修学旅行期間後、ヒコが始めたブログ通信
  • 西ノ島      硫黄島近くの火山島 パルス鉱石の産地

 

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乙女先生とゆかいな人たち女神たち・46『家族写真』

2022-05-13 06:33:33 | 青春高校

乙女先生とたち女神たち

46『家族写真』  


        


「こんちわ、クロヤマタヌキの宅配便です!」 

 ドアホンのカメラで宅配便のオニイサンを確認すると、美玲は代引きのお金とハンコを持って玄関に出る。
 今度は、カバン一式だった。リュックにも手提げにもなる優れもののメインバッグはAKBの『SO LONG』の持ち道具を思わせるようでカッコよかった。

 思い出が味方にな~る♪

 思わずワンフレーズが口をついて出てしまった。近江八幡の中学で使っていたものは、基本はビニールの手提げで、ストラップを調整することで肩から掛けられるようにもなっていたが、いま手にしている森ノ宮のものはリュック……鏡に映してみると、形がしっかりしていて小粋なランドセル。人工皮革だけど、緑地に細い赤のラインが入っていてオシャレだ。サブバッグは、同じデザインで、近江八幡の時と同じ手提げにも肩掛けにもできるものだったけど、一見コットンで出来ているように見えて、シックで高級感。

 ウフフフ(n*´ω`*n)

見とれているうちにお昼になった。残ったご飯でチャーハンを作っている間も。テーブルに置いて眺めながら作ったので、少し焦げてしまった。

 お焦げの味は、程よいというか、美玲の十三年の人生そのもののような感じがした。

 父親がいない寂しさ、伯父家族への遠慮、それは苦さだった。死んだお母さんは美玲を産むと、大阪の学校を辞めて、もう一度滋賀県の高校の先生になった。何度か転勤したが、美玲が物心が付いてからは、大津や長浜の高校で、いつも帰りが遅く、その間、馴染めない伯父の家に居るのも辛く、学校の図書室や街の図書館で過ごすことが多かった。
 お母さんは、亡くなる三日前に美玲を枕許に呼び「万一のことがあったら、お父さんに連絡を取るように」と言っていた。それから、思いがけず乙女母さんが来てくれるまでは火宅のようなものだった。

 最初に来た教科書を入れてみた。全部入れるとメインバッグもサブバッグもパンパンになったが、美玲には、それが、これからの人生の希望のように思えた。
 午後からは、靴と体操服一式が来た。やっぱり公立中学のときのよりもオシャレで、美玲は着替えてみたかったが、一番楽しみにしている制服が来るかもと思うとおちおちファッションショーをするわけにはいかなかった。

 とうとう、その日、制服は来なかった。

 けれどお父さんもお母さんも早く帰ってきてくれた。

「なんや、制服はまだか……」

 お母さんは、美玲と同じテンションでガックリしていたが、お父さんは落ち着いていた。

「少し、補正をお願いしたからな、時間がかかるんだろう」

 森ノ宮での、お父さんを思い出した。

「メジャーを貸してください」というと、お父さんは美玲の体のあちこちを計りだした。親でなかったらセクハラだと思うような計り方だったが、既成の七号サイズでは、線の細い美玲では合わないところがあり、業者に電話で補正の注文を付けていた。

「いやあ、これから大きくなられますから」

 という業者のアドバイスに、父は、こう答えた。

「大きくなったら、また買い直します!」

 その補正で遅れていると言いながら、じゃ、お父さんは、なぜ、こんなに早く帰って来たのだろう……?

「あんたも待ち切れへんねやろ(o˘д˘)」

 乙女お母さんが、お父さんを冷やかした。 

「管理職は、遅までおったらええ言うもんとちゃうねん!」

 と、なぜか意地になっていた。

 そして、昨日、美玲は朝から新品の教科書を読んだりしていたが、さすがに成績優秀な美玲も、ちっとも中身が頭に入ってこなかった。昼に、またチャーハンをこさえていると(美玲が作れるのは、これしかない)宅配便がきた。喜んで玄関に出ると宅配屋さんは、A4の段ボールの袋を置いていった。宛名は美玲、注文主はお母さんだった。開けてみるとラノベが出てきた『まどか 乃木坂学院高校演劇部物語』という、大橋むつおという人の作品だった。あまり上手いとは思えない表紙絵に、かえって新鮮さを感じて、読み出した。序章だけで止めておこうと思ったら、面白くてうかつにものめり込んでしまった。

 そして、お母さんが帰ってくるのと、宅配便が来るのがいっしょになった。お母さんは、その日は遠足で、帰ってくるのが早かったのだ。

「ミレちゃん。来たよ、来たしい(*^ω^*)!」

 賑やかにお母さんが制服の箱を開けながらリビングに入ってきた。

――わたしと忠クンは……二人、あらかわ遊園で、この半年にわたる物語を振り返り、そっと栞をはさんだところです――

 ふけっていた余韻は、ふっとんでしまった。乙女さんは、美玲をさっさと裸にして、制服を着せた。これも親でなければセクハラである。

「「うわー!」」

 同じ言葉が、母子の口から出た。亭主の補正注文が功を奏して、美玲はまるでアイドルの制服姿だった。で、それをスマホで撮って二秒で亭主に送った。

――直ぐ帰る――

 そのメールが着いて、きっちり四十五分後に正一が帰ってきた。

「うわー、やっぱり生で見るとちゃうなあ!」

 とりあえず、娘の制服姿に大感激したあと、正一は、亭主として夫婦のイッチョウラを出すことを命じ、一家で正装し終わると車を出した。

「あんた、写真屋さんには予約入れたんのん?」
「転入試験の日に予約入れた!」
「お父さんも、やるー!」

 写真屋のスタジオに入ると、美玲は迷った。言い出しかねているのである。乙女さんが気づいた。

「美子母さんやろ……?」
「は……はい」
「写真屋さん、ちょっとお願い」

 三人の新品親子の前に、小さな台が置かれ、美子お母さんのお骨の入ったリップクリームは可愛く花で飾られた。
 それから、美玲一人の立ち姿も別に撮られ、それは四枚焼き増しされ、それぞれ違った色のフレームに収められた。

 美玲は幸せだった。まるで昼間読んだラノベの主人公まどかのような感じで、人生の一ページに栞が挟まれたような気になった。

 その夜、予期せぬ電話が手島弁護士から掛かってきた。

『美子さんの遺産なんですが、生命保険だけは受取人が娘さんになっていまして、これだけは受け取ってください』

「しゃあないなあ」

 そう思いながら、これは実の母である美子さんの、美玲への餞別であるような気がした……。 

 

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せやさかい・306『通天閣の滑り台』

2022-05-12 13:56:37 | ノベル

・306

『通天閣の滑り台』さくら   

 

 

 ギョエーーーーーーーーーーー!

 

 十秒間叫びっぱなし!

 先に着いてたみなさんがニヤニヤしたり同情の眼差しを向けてくれたり……。

 

 シューーーーーーーーーーーー!

 

 あたしの後に、極超音速ミサイルみたいな音をさせて悲鳴もあげずに滑り降りてきたのは、さすがのソフィー!

「ソフィーは可愛くない」

 最初に下りて、まだ涙目のままの頼子さんは不貞腐れてる。

 留美ちゃんとメグリンは、パチパチパチと無邪気に拍手。

 

 今日は、学校近くの公園の横までヤマセンブルグ領事館の車が来てくれて、みんなで開業間もないタワースライダーに来てる。

 タワースライダーっちゅうのんは、通天閣にできた全長60メートルのチューブ型滑り台。

 9日から営業してるから、当然――やってみたい!――という気持ちになるんやけど、料金が高い!

 一回10秒で滑り降りるんやけど、料金が、なんと1000円!!

 1000円あったら、食堂で三回は食べられる。三回食べる時間は、一時間ぐらい。

 同じ千円で10秒と1時間。

 日本中のテーマパークやら遊園地にいろんなアトラクションがあるけど、10秒で1000円はそうそうあれへん。

 それに、通天閣に行くまでの交通費あるしねぇ。合わせたら、10秒の快楽に2000円はかかる勘定。

 それが、なんで、こんな易々とこれたかと言うと、タダやから!!

 

 頼子さんのお婆ちゃん、言わずと知れたヤマセンブルグの女王陛下がネットニュースでご覧になって「あれをやってみたい!」とおっしゃったから。

 せやけど、はるか日本の大阪やし、65歳以上不可という年齢制限もあって、女王陛下の願望は実現不可能。

 それで、孫の頼子さんと、その御友達に白羽の矢が立ったわけですわ!

 条件は動画を撮ってくること、そんで、SNSには流さんと女王陛下に一番に見せること!

「それやったら、これ持っていき!」

 ITオタクのテイ兄ちゃんがVR映像が撮れるカメラを貸してくれた。

「え、もう送っちゃったの!?」

 頼子さんが目を剥いた。

「はい、陛下がすごく楽しみにしておられて、撮ったらすぐに送れと言明されております」

 涼しい顔でソフィーが言う。

「それで、ソフィーは無言のポーカーフェイスだったのね!?」

「いえ、空挺部隊の降下訓練も受けてますから、あの程度の滑り台、屁みたいなもんです」

「屁みたいな……(^_^;)」

「展望台に上がってもいいのですが、100メートルそこそこですし、次の予定もありますから」

「次の予定?」

「はい、女王陛下は『串カツも体験してみたい!』とおっしゃっておいでです」

「ソフィー、近場の『串富』という店を確保できた」

 お馴染みのジョン・スミスがピンマイクにイヤホンいうロイヤルガードの姿で指示を飛ばす。

「殿下、二時間食べ放題コース。ちなみに貸し切りです」

「よし、じゃあ、みんな繰り出すわよ!」

「あのう、着替えとかは?」

 留美ちゃんが恥ずかしそうに聞く。

「時間がないから、そのままで行くわよ」

 ソフィーがシレっと返事。

 うちは、ぜんぜんかめへんねんけど、留美ちゃんは目立つことが大の苦手なんで、ちょっと恥ずかしい。

 うちらは、タワースライダーやるために、領事館が用意してくれたジャージを着てる。

 学校のジャージを着る手ぇもあったんやけど、ちょっとね(^_^;)。

 

 でね、これはソフィーから内緒のお願いやったんやけど、三人揃って散策部に入ることになってる。

 学校探検で部活の事は完ぺきに抜けてた。

 むろん二つ返事でOKです。

 それから、今日はジョン・スミスが居てるんで、メグリンが嬉しそう。

 なんせ、ジョン・スミスは、メグリンよりも10センチちかく背ぇ高いしね。

 串富では、揚げる前の串カツ50本をチルドにしてもろてる頼子さん。

 特製ソースといっしょに、ヤマセンブルグに送るらしいです。

 女王陛下の気配りと好奇心には、いつもながら助けられてるうちらでした。

 

☆・・主な登場人物・・☆

  • 酒井 さくら    この物語の主人公  聖真理愛女学院高校一年生
  • 酒井 歌      さくらの母 亭主の失踪宣告をして旧姓の酒井に戻って娘と共に実家に戻ってきた。現在行方不明。
  • 酒井 諦観     さくらの祖父 如来寺の隠居
  • 酒井 諦念     さくらの伯父 諦一と詩の父
  • 酒井 諦一     さくらの従兄 如来寺の新米坊主 テイ兄ちゃんと呼ばれる
  • 酒井 詩(ことは) さくらの従姉 聖真理愛学院大学二年生
  • 酒井 美保     さくらの義理の伯母 諦一 詩の母 
  • 榊原 留美     さくらと同居 中一からの同級生 
  • 夕陽丘頼子     さくらと留美の先輩 ヤマセンブルグの王位継承者 聖真理愛女学院高校三年生
  • ソフィー      頼子のガード
  • 古閑 巡里(めぐり) さくらと留美のクラスメート メグリン

 

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やくもあやかし物語・138『残され犬がウロウロ』

2022-05-12 10:21:37 | ライトノベルセレクト

やく物語・138

『残され犬がウロウロ

 

 

 ちょっと、あれを見てください……

 

 白虎をやっつけて、空き箱の中でグッタリしていると、アキバ子が声を上げた。

「……なに?」「……なによ?」「……なんじゃ?」

 ノロノロと三人、空き箱の縁から首を出してアキバ子の指の先を見る。

 指先の『あれ』は、高速移動しているようで、アキバ子の指がせわしなく動く。動きに従って、三人の首も動くので、動物園のペンギンが餌につられて集団で首を動かすのに似ていると思ったよ。

「「「あ」」」

 同時に気付いた。

 犬が、ウロウロオロオロと相棒の白虎を探しているのだ。

「気が付いていないんですね……」

「ククク……バカな犬よのう、土星の輪に溶けてしまったことが理解できないのじゃなあ」

「意地が悪いわよ、御息所」

「何を言う、わらわたちを、あそこまで苦しめた片割れじゃぞ。あれくらいの報いは受けてよいのじゃ」

「載せられていたんじゃないかな……」

「やくもまでが何を言う、乗っていたのは犬の方であろうが」

「だって、あんなに耳も尻尾も垂れて、かわいそうじゃない」

 クーーーン クーーーン

「ほら、悲しそうに鳴いている……」

「ゲ、やくも、そなた犬を連れて帰るつもりではあるまいな?」

「それは止めた方がいい。ただでも、アノマロカリスとかフィギュアとか黒電話とか……居るのよ」

「チカコ、なぜわらわを見る?」

「たまたまよ、たまたま」

 クーーーン クーーーン

 悲しそうに、ウロウロと歩き回る犬。

「あの、スピードじゃ土星の輪とも同化しませんね……」

「そのうち、衛星の一つになるであろう、捨て置けばよい」

「「「薄情~~~」」」

「ふん!」

 ソッポを向いてしまう御息所。

 そういうわたしたちも、空き箱の縁に掴まって見ているしかないんだけどね……あ……思いついた!

 ガサゴソ ガサゴソ

「ちょ、狭いんだから、ゴソゴソしないでよね」

「ごめん……あった!」

 それは、お祖父ちゃんからもらったVic〇orの犬だ。

「二人で、仲良く聴くのよお!」

 そう言って、犬の傍に放ってやる。

「あ、犬が寄ってきましたよ(^▽^)」

 最初はためらいがちにまわりを周って、遠慮というか警戒している犬だったけど、先客の犬が耳を動かして『そっちならいいよ』って感じで促すと、蓄音機を挟んで狛犬のように並んだよ。

「おお、おお、仲良く耳を傾けておるわ」

「一件落着ね」

「チームワークの勝利ね(^_^;)」

「ちょっと大変でしたけど、そのお蔭で、犬までやっつけなくて済みましたね」

「そうだよね、無駄な殺生しなくて済んだ」

「じゃ、アキバにもどりましょうか、みなさんお待ちかねです」

「そうじゃそうじゃ、今度も勲章をもらわなくてはな」

「えと、そういうの、ちょっと苦手だし……ちょっと、疲れたしね(^_^;)」

「そうですか……よし、ではお家までお送りします」

「え、アキバのエスカレーターでなくてもいいの?」

「アハハ、裏アキバのアキバ子ですから、裏技でいきます。プチワープしますから、箱の中に収まって、シートベルトをしてください」

「心得た」「うん」「はい」

 三人三様に声を上げて、空き箱は土星軌道からワープしたよ。

 ピューーーン

 でも、ワープしながら思った。

 あの蓄音機から聞こえてくるのは、いったいなんだったんだろうね?

 

☆ 主な登場人物

  • やくも       一丁目に越してきて三丁目の学校に通う中学二年生
  • お母さん      やくもとは血の繋がりは無い 陽子
  • お爺ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い 昭介
  • お婆ちゃん     やくもともお母さんとも血の繋がりは無い
  • 教頭先生
  • 小出先生      図書部の先生
  • 杉野君        図書委員仲間 やくものことが好き
  • 小桜さん       図書委員仲間
  • あやかしたち    交換手さん メイドお化け ペコリお化け えりかちゃん 四毛猫 愛さん(愛の銅像) 染井さん(校門脇の桜) お守り石 光ファイバーのお化け 土の道のお化け 満開梅 春一番お化け 二丁目断層 親子(チカコ) 俊徳丸 鬼の孫の手 六畳の御息所 里見八犬伝 滝夜叉姫 将門 アカアオメイド アキバ子 青龍 メイド王

 

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