続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

痛み。

2016-09-28 07:06:43 | 日常

 大学卒業時に発覚した病のために就職もままならず定職を断念せざるをえなかったという話に胸が痛んだ。息子の友人であり、子供のころの可愛い面影が目に浮かんだ。

 何があるか分からないのが人生かもしれない。

 勤務先が自主廃業したため、数学の教師になったAさんの息子さん。突然の病は瀕死の状態に移行したが、受験生に「頑張れ、頑張れ、頑張れ…」とメールを打ち続けながら、自らも闘い、激痛の中に息絶えたという。

 悲しみは至る所に隠れている。
 自分ばかりが不運と嘆いていたことが恥ずかしい。今、出来ることは苦痛でも何でもなく、むしろ喜びであり、感謝すべき試練なのだと思う。そう思うように無理にも自分を矯正しなくてはという思いがする。
 軟弱で風任せのわたし、老いて気弱になっているけれど、世間を見知った分だけ打たれ強い人間にならなくてはと気を引き締めている。


デュシャン『自転車の車輪』③

2016-09-28 06:36:11 | 美術ノート

 『自転車の車輪』

 あたかも何かの象徴のように掲げられた車輪、しかし無用の長物であり、本来スツールの上にこのような形で立つことなどあり得ないものを、人為的な力(横暴)の下にこの形態を保っている。

 円、回帰、周遊、入口であり出口である円弧、等分に組まれたスポークの巧妙…これを美とみるか廃棄物とみるかは自由であるが、少なくともこれ自体が機能することはない。

 自転車としての働きを失った部品に過ぎない車輪は、どこか物悲しい。羽根のない天使が悲嘆にくれているような淋しい詩情がある。(不完全ながら)という猶予はなく、不完全ゆえの絶望があるのみである。

 存在しているが存在の意義を持たない。存在そのものが消去を期待されるような代物としての存在。いわば《無》の領域に隣接した『自転車の車輪』はデュシャンの胸に呼応する虚空への導入口ではなかったか。

 《在るけれど、無いもの》への執着であり、一つの眺望である。


(写真は『DUCHAMP』ジャニス・ミンク/TASCHENより)


『城』2437。

2016-09-28 06:07:13 | カフカ覚書

たとえばですよ、ペーピがあんたを軽蔑しているのは、あつかましいにもほどがある。こんど縉紳館へ行くことがあったら、ぼくがしっぺ返しをしてあげますよ」


☆たとえばペーピが君を眠らずに酢ござせているのは、先祖の全くけしからんことであって、わたしの意思で、今度大群の死の入口にいくようなことがあったら、わたしはしっぺ返しをします。