続・浜田節子の記録

書いておくべきことをひたすら書いていく小さなわたしの記録。

『忘れえぬ人々』57.

2019-12-24 06:50:30 | 国木田独歩

原稿を見ているのか、将た遠く百里の彼方の人を憶っているのか、秋山は心のうちで、大津の今の顔、今の眼元は我が領分だなと思った。


☆現れる講(話)は兼ねた章(文章)掩(隠している)。
 飛躍した理(どうり)は、秘(人に見せないように隠す)方(やりかた)である。
 図りごとに憶(思いを巡らし)終(死)に懺(罪の赦しを乞う)。
 審(正しいかどうかを明らかにする)他意の芯(中心)は襟(胸の内)にある。
 眼(要)の根(物事のもと)は、幻を含んでいる。
 我(自分一人の考え)の両(二つ)の文の詞(言葉)である。


『城』3326。

2019-12-24 06:31:13 | カフカ覚書

フリーダは、イェレミーアスに湿布をまいてやるのに忙しいからな。万一イェレミーアスがすでに健康になっているとしても、彼女にそんな時間はあるまい。イェレミーアスの腕に抱かれているだろうから。


☆フリーダ(平和)は、じめじめした悪意を包むようにしていた。イェレミーアスは健全であるべきである、というのは、小舟の時間には悲しみが横たわっているのだから。


Ⅲ-1-1 自分の方へ向かう犬Ⅰ

2019-12-23 07:05:44 | 美術ノート

 自分に対峙する犬、向かって来る犬は水中にあり、泳いでいる。圧と抵抗に阻まれているということである。その距離を測るのは難しいが、水面に不明な円形の掘りがある。

 水面に掘りは決して出来ない。自分の方へ向かう犬の間には不明な空間があるが、亀裂ではなく条理を外した空間の孔のようなものである。
 犬が空中に出しているのは、情報をキャッチすべき耳と観察する眼差しと呼吸のための口だけである。犬と自分とは直線的な位置関係にあると思われる。
 水は樹に置換されているが、水を想起させるものは無く(波ではなく、あり得ないような傷をつけている)むしろ拒否する態を潜ませている。明らかに樹木という材質を提示しており沈むことのない神話を隠した犬の態である。

 巨大なエネルギー・宇宙論的な世界を持つ犬が自分の方へ向かっているのである。大いなる振動、驚愕すべき事態の襲来だと換言できるが、作品は問題を提議すべく、ただ静かに置かれている。


 写真は『若林奮 飛葉と振動』展・図録より 神奈川県立近代美術館


『忘れえぬ人々』56.

2019-12-23 06:40:43 | 国木田独歩

「こんな晩はきみの領分だねェ」
 秋山の声は大津の耳に入らないらしい。返事もしないでいる。風雨の音を聞いているのか、


☆判(可否を定める)訓(字句の解釈)がある。両(二つ)の文は終(死)に算(見当をつける)章(文章)である。
 他意の審(正しいかどうか明らかにする)辞(言葉)は新しい。
 片(二つに分けたものの一方)の事(ことがら)は、普く迂(遠まわし)の隠れた文である。


『城』3325。

2019-12-23 06:30:24 | カフカ覚書

この男がベルで呼ぼうとしているのは、もしかしたら給仕ではないだろうか。フリーダではあるまいか。それなら、いつまでも鳴らしているがいい。


☆大群(多くの人)をこちらへと書いてある(響かせている)のはもしかしたら規約ではないだろうか。あるいはフリーダ(自由)なのか。それなら長く鳴らすがいい。


Ⅱ-5-4 水没Ⅱ④

2019-12-20 07:01:46 | カフカ覚書

 この作品全体は人類と自然との共存、簡略化された歴史である、はかり知れないほどの長い時間が内在している。知的であり、情報の集約は機密性が高く整然と重ねられている。
 この人為の結集、果てしなく未来への挑戦は続行するに違いない。

 世界全体はこの作品にみる《水没》を想起した時のエネルギーに等しいのではないか。
 しかし、人智の結集は、この作品を水没に至らしめるだろうか。

 仮に水底深く沈めたとして浮かび上がるのは必至。深ければ深いほど勢いは猛威を加速すると思われる。
 人類の進歩・発展、今日の社会は長く大きな時空(歴史)を継続している。
 この社会を水没させることは困難であるが、宇宙的な時間軸で測ればそれは有るかもしれない。物質すべてが原子に還る日がくるだろうか。

 この作品の課題は巨きく重い。
 若林奮は人間(動物)と自然(生物)を、海・山・地層(地球)の関わりの中で捉えようとしている、即ち世界は時空の振動に刻まれながら呼吸している。(この作品のシンプルさに敬意と驚嘆の意を抑えることができない)


 写真は『若林奮 飛葉と振動』展・図録より 神奈川県立近代美術館


『忘れえぬ人々』55.

2019-12-20 06:36:37 | 国木田独歩

 と大津は秋山の手から原稿を取て、処々あけて見ていたが、二人は暫時無言であった。戸外の風雨の声がこの時今更らのように二人の耳に入った。大津は自分の書た原稿を見つめたままじっと耳を傾けて夢心地になった。


☆他意を進めて終(死)の算(見当をつける)と、趣(ねらい)が現れる講(話)である。
 手(方法)は、署(割り当てられた)諸(もろもろ)から現れる。
 字の尽(すべて)の竄(文字文章を変える)と、二つの謀(計画)が現れる。


『城』3324。

2019-12-20 06:28:59 | カフカ覚書

sうると、あちこちの部屋のなかでもしきりにがやがやという声がしはじめた。それは賛成の声のようであった。この役人は、ほかの連中が以前からやりたくてたまらないのに、なにか気がとがめて遠慮していたことをやってのけたようであった。


☆すると、他のテーマをたえずしきりに呟き始めた。それは賛成を意味するように見えた。大群が、みんな喜んで以前からやろうとしていたことを遠慮して中止しなくてはならないようなことをやったように見えた。


Ⅱ-5-4 水没Ⅱ③

2019-12-19 07:17:36 | 美術ノート

 巨木の加工・・・その中にカードの集積が整然と埋まっている。
 自然を人為が犯し、時空に共存してきた長い過去・現在・未来…果てしなく続くかもしれない時空と人間との共存世界。

 それを『水没』と題している。沈むはずのない巨大木製。
 自然の理に反してこれを水中に没することができるだろうか。相応のエネルギー(力)が要る。想像を超えるエネルギーの持続は離反した途端瞬時のうちに水上に浮上するに違いない。


『シジフォスの神話』というのがあるが、罪人がその刑によって重い石を山上に運ぶが、大変な労力の末に見た景色は、自分が下りるより早く麓に転落していった石である。
 水底へ沈めたと思ったとたん、瞬時勢いよく浮上するに違いないこの木製の作品。
 これは『神話』である。 

 軽い葉が沈み、重い石が浮く。比重の軽い樹木は沈むことはないが、『水没』とタイトルしたならば、これは正に不条理であり『神話』である。


 写真は『若林奮 飛葉と振動』展・図録より 神奈川県立近代美術館


『忘れえぬ人々』54.

2019-12-19 06:39:21 | 国木田独歩

秋山は一枚二枚開けて見て所所読んで見て、
「スケッチにはスケッチだけの面白味があるから少し拝見したいねェ」
「まア一寸借して見たまえ」


☆終(死)に算(見当をつけること)が逸(隠れている)。
 昧(暗くてはっきりしないこと)を字(文字)で邁(進めていく)。
 改めて現れる諸(もろもろ)の書いたものは、独(自分だけ)が兼(二つ以上のものを合わせた)綿(細く長く続くもの)であると、吐く。
 魅了(もののけ)が招く輩(仲間)が現れ、逸(隠れたもの)が、駿(素早く)現れる。