「5-ALA」は新型コロナに効果 “夢の新薬”誕生の可能性も
2/22(月) 11:31配信 デイリー新潮取材班 2021年2月22日 掲載
コロナに対する5-ALAの研究の指揮をとる長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科の北潔教授
「5-アミノレブリン酸(5-ALA)」という、赤ワインや納豆といった発酵食品や緑黄色野菜に多く含まれるアミノ酸をご存じだろうか。2月9日、長崎大学とネオファーマジャパン株式会社が、培養細胞の感染実験において5-ALAが新型コロナウイルスの増殖を100%抑制したと発表したことで、にわかに注目を浴びているのだ。
5-ALAの研究がより進めば、新型コロナの予防薬としても重症患者を含めた治療薬としても、さらに後遺症に対しても効果が期待されるという。研究の指揮をとる長崎大学熱帯医学・グローバルヘルス研究科の北潔教授は、すでに3年前、「モダンメディア」という医療従事者向けの専門誌に、多くの国を巻き込む感染症の危険性を《先進国といえども安心はできない。空路の拡大とスピードアップによる人やモノの移動の著しい増加、感染症に対する関心の低下、気候・環境の変動などにより、世界中が危険に曝されているのである》と、今の状況を予見するかのような警告を発していた。 「東京は連日、新規感染者が500人を切ったという報道がされていますが、日本以外の先進国、そして南アメリカや中東諸国、アフリカまでも新型コロナの大きな被害を受けています。これほど人・モノの動きがある中では、自国の感染者の減少に目を向けるだけではなく、世界全体が安心安全な状況にならなければなりません。 コロナは天然痘のように、完全に撲滅するということはできません。だからこそウィズコロナではなく、感染しても対応でき、脅威を感じることのないアフターコロナという世の中にしなければと思っています」
マラリアに効くのと同じ原理
もともと北教授は2009年から、抗マラリア剤として5-ALAの開発研究を進めていた。新型コロナの感染拡大が懸念されていた昨年1月には、新型コロナの遺伝子の中に、マラリア原虫(病原体)と同じグアニンという塩基が4つ集まった「G4構造」と呼ばれる配列が複数あることに気付いていた。 「そこで、マラリアに効いているのと同じ原理で、5-ALAはコロナウイルスの増殖も止められるのでは、と考えたのです。私自身はウイルスの専門家ではありませんので、長崎大学にある熱帯医学研究所の森田(公一)所長とエボラ出血熱などの研究をしている安田(二朗)教授に協力を仰ぎ、2月にプランを立てて3月から実験をスタートし、5月にはポジティブデータが出ました」
5-ALAとはどのような物質なのだろうか。 「5-ALAはタンパク質の構成成分ではないアミノ酸で、17歳頃をピークに減少していくものの、我々の体でも作られている非常に安全性の高い物質です。 摂取すると体の中でいくつかの過程を経て、『プロトポルフィリン』ができ、それに鉄が結合すると血中のヘモグロビンを合成する『ヘム』になります。これは細胞内のエネルギー工場といわれるミトコンドリアも必要としている成分です。 そのため、5-ALAをサプリメントとして摂ることで代謝が上がり、疲労感が取れて元気になったり、糖を燃焼してエネルギーに変える力を高めるので、糖尿病予備軍の人は血糖値が下がったり、まだメカニズムはわかっていませんが、精神的な落ち込みが軽減されるという効果もあります。尿となってすぐ排出されるため、蓄積して後遺症をもたらすこともありません」
重症者も改善
5-ALAを投与したシャーレからはコロナウイルスが消えている。わずかに見える緑色のものはゴミ(資料提供・北潔教授)
5-ALAは厚生労働省の基準で、「食品」に分類されるサプリメントに過ぎないが、「治療薬」と認定されれば大きな効果が期待される。その作用メカニズムとは? 「現在の段階では、2つのシャーレの培養細胞にコロナウイルスを振りかけると、何もしない方はウイルスが増殖しますが、5-ALAを一緒に入れれば、増殖を完全に阻害することがわかっています。もちろん、人体に有効なのかが重要です。 新型コロナを予防するという点では、5-ALAの産物であるプロトポルフィリンやヘムが、ウイルスのスパイクタンパク質(ウイルスにある突起物のような部分)に結合すると、ウイルスが受容体を認識できなくなり、細胞への侵入を防ぎます。予防内服により、新型コロナで大きな問題になっている、発症する数日前から周囲にウイルスをまき散らすことも抑えられると考えられます。 マラリアでも見られるG4構造に、プロトポルフィリンやヘムが結合することはすでに知られていますが、5-ALAの産物のヘムなどが同じようにウイルスの遺伝子を複製したり、転写したりすることを阻害するので、患者に投与すれば “治療”になります。 現在、25人ずつ5-ALAを摂取させるグループとそうではないグループに分け、臨床研究を行っています。対象は軽症と中等症の患者のみですが、実は重症患者にこそ投与したいと思っていました。しかし、ルールがあって難しい。それでも、医師の裁量で重症患者に投与して症状が改善された例もあり、すでに論文も投稿されています。これはヘムが過剰に合成されると分解酵素が産生され、抗炎症作用を誘導するため、免疫系の暴走であるサイトカインストームや肺の炎症を抑制するためと考えられます。 さらに言えば、ミトコンドリアを活性化することでエネルギー代謝を活発にすることから、後遺症にも効果があります」
安全、安定、適切価格
静岡県にある「ネオファーマジャパン」の袋井工場
今、市中感染が広がっていると言われる変異種にも、「一部効きが悪くなる可能性もある」(北教授)とはいえ、効果を発揮する。体に対する高い安全性や経口で摂取できるという容易さに加え、5-ALAはほかにも利点がある。世界中で大量生産できるのは、静岡県にある「ネオファーマジャパン」の袋井工場だけだが、すでに多量の備蓄があり、安定供給が確保できるのだ。 「市販のサプリメントは、1カ月分で5000円ほどですが、ワクチンに比べ低価格で提供できます。人体への効果が認定され、アメリカやイギリス、ブラジル、メキシコといった大きな被害を受けている地域にも供給されることを願っています。加えて、室温で数年間も保存できるほど高い安定性があります」 非の打ちどころがないように思えるが、配慮しなければならないのが、遺伝性の病であるポルフィリン症だ。日本人には症例が少ないが、もし今後治療薬として承認されれば、患者が多い欧米への供給に気を付けなければならないという。そしてもうひとつ。 「5-ALAが赤ワインや納豆に多く含まれる、と報じられたことから誤解もあるようですが、赤ワインや納豆は、ほかの食品よりも相対的に見て多く5-ALAを含んではいるものの、サプリメントで1日に摂取する15~25ミリグラムをワインで補おうとすれば、少なくとも9キログラム近くのワインを飲まないといけなくなってしまいます。特定の食べ物で感染を予防できるわけではないので、ご注意ください」 ほとんどの医療従事者や研究者もこの結果を好意的に受け取り、なかには「なんでもっと早く臨床研究をしなかったのか」という声もあったという。 「これから治療薬として認められるため、科学的な検証をしっかり行って、成果を段階的にリリースしていきたいと思っています」 新型コロナから人類を救う治療薬となるのかどうか。臨床研究の結果が待たれる。
デイリー新潮取材班 2021年2月22日 掲載
(太字・色字などの編集は、武田康弘の責任です)
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北 潔(きた きよし、1951年 - )は、日本の生化学者、寄生虫学者。長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科教授・研究科長。東京大学名誉教授。薬学博士。
1974年 - 東京大学薬学部 卒業
1980年 - 東京大学大学院薬学系研究科 博士課程修了、薬学博士。東京大学理学部 助手
1983年 - 順天堂大学医学部 助手(のちに講師)
1984年 - 国際協力事業団長期派遣専門家としてパラグアイに滞在(1年間)
1991年 - 東京大学医科学研究所 助教授
1998年3月 - 東京大学大学院医学系研究科 教授
2015年4月 - 長崎大学大学院熱帯医学・グローバルヘルス研究科 教授、研究科長 (東京大学名誉教授)