おそらく、わたしが今まで一番多く聴いてきたピアノ曲は、小曲を除けば、ベートーヴェンの「ディアベリの主題による変奏曲」です。
演奏は、マウリツィオ・ポリーニ。どういうわけか、この曲はこれにつきるのです。というよりも、この演奏に出会って、この曲に開眼したというのがほんとうです。
実は、わたしはポリーニはあまり好きなピアニストではありません。ベートーヴェンのソナタも一般には評判ですが、わたしには少しも面白く感じられません。固いのです。若い時の高評価の演奏も超絶技巧ですが、豊かな広がりがなく、音楽の悦びに乏しいのです。
ところが、比較のために聴いたこの「ディアベリの主題による変奏曲」にはドップリはまりました。なぜでしょうか。発売から15年近くたちますが、いつ聴いても面白く、少しも飽きません。一時は、毎朝起きるとかけていました。CDなので「かけて」というのは変ですが。
わたしは、変奏曲が好きで、ベートーヴェンに限っても、トルコ行進曲によるもの、エロイカの主題によるものなど昔(大昔)よく聴きました。リヒテルの演奏を、LPで聴いていたのですが、CD化されてすぐ買い、その後音質のよいゴールドCDも買い、という具合です。
ただし、同じベートーヴェン変奏曲でも、この「ディアベリの主題による変奏曲」は、リヒテルの演奏は面白味がなく、聴き通すのが難儀ですらありました。
それが、情緒音痴?のようなポリーニの演奏がなぜか、すばらしく面白いのです。最初に聴いた時、えっ、この曲、こんなに面白くていいの?と思ったくらいです。いや~、不思議、摩訶不思議。
知情意のバランスが完璧で、そして、なんとも色っぽいほどの美しさ! 師のミケランジェリゆずりの輝かしく明るい音色は聴く者を強く惹きつけます。
ポリーニが弾きながら歌う声も入っています。ああ、そうか、彼はとても知的だが、オペラの国のイタリア人、この長大な難曲(50分もかかる)を前にして、余るほどの知性と技巧はようやく所を得て、よろこびが自然と声に出た、のかな?と勝手に思っています。
とてもお勧めです。
武田康弘