オリ・ムストネン ピアノリサイタル(2018.2.10)すみだトリフォニーホール
フィンランドを代表するピアニストで作曲家、指揮者でもあるムストネンのリサイタルには深く考えさせられました。
はじめのシューマン「子供の情景」から、独創的な演奏で、スタッカートを多用し、表情付けは創意工夫の塊でしたが、まったくというほどに音楽に入れないのです。情緒と情感に乏しく、自然さがないのです。
すべて頭で考えられ、つくられた音楽からは、少しもよろこびがやってきません。1年3カ月前に王子ホールで聴いたイエルク・デームスの情感と色香の「子ども情景」、89歳のピアニストが醸す魅惑の音楽とは正反対です。デームスには、肉体の奥から発する豊かな身体性がありましたが、ムストネンは頭だけです。
優しくていかにも人のよい笑顔、誠実で一生懸命なムストネンは、誰とでも仲良くできそうな人ですが(よい会社員にもなれるでしょう)、その音楽は肉体の力ー身体性に乏しく、底から湧き上がるエネルギーがありません。だから、理屈抜きの楽しさや悦びがないのです。その不足感を頭で補おうとするので、独創的になるのですが、それはプラスの価値をもたず、ただ他と違うだけです。
結果は、感動がなく、聴衆もごく一部のファン以外は、通り一遍の拍手でした。NHKが入っていたので、テレビ放映されるでしょう。
メインのベートーヴェンの熱情ソナタも一生懸命に頭で考えた演奏なので、音も音楽も統一感がなく、いくら強奏しても軽くて、面白み・感動がありません。幼いころから英才教育を受けたまじめな努力家の彼がとても気の毒に思えました。
音楽に限らずですが、生々しい肉体=身体性を土台にもたないと、やることなすことすべて宙に浮き、豊かな世界・魅力ある世界・意味充実の世界・野性味のある強靭な精神世界がつくれず、空回りになり、生命感あふれる生きたものにならないことが改めて分かった演奏会でした。
武田康弘