★さちゅりこん――渡邊史郎と縦塗横抹

世界が矛盾的自己同一的形成として、現在において過去と未来とが一となるという時、我々は反省的である。(西田幾多郎)

煙突には詩があるね……

2013-04-07 12:10:14 | 文学
その不思議な動機というのは南堂家の図書館に新しく取付けられている煙突であった。
 ……事実……私が南堂伯爵未亡人の素行調査にアンナにまで夢中になり始めた、そのソモソモの動機というのは、アノ粗末な、赤煉瓦の煙突に外ならなかったのだ。

 大久保百人町附近の人は知っているであろう。
 昔風の鉄鋲を打ち並べた堂々たる檜造りの南堂家の正門内には、粗末な米松の貸家がゴチャゴチャと立ち並んでいて、昔のアトカタもなくなっていることを……同時にその裏手へまわってみると正反対に、同家の由緒を語るコンモリした松木立や、ナノミ、樫、椿、桜なぞの混淆林の一部が、高い黒土塀とがっちりした欅造りの潜り門に囲まれて正門内の貸家とも、又は、附近の住宅ともかけ離れた別世界を形づくりつつ昔ながらに取残されていることを……。

(夢野九作「けむりを吐かぬ煙突」)


煙突ではない