人生の裏側

人生は思われた通りでは無い。
人生の裏側の扉が開かれた時、貴方の知らない自分、世界が見えてくる・・・

ウスペンスキーの実験

2017-12-10 00:04:41 | 人生の裏側の図書室
ロシアの神秘思想家P.D.ウスペンスキーは、一般には同様のG.I.グルジェフの教えを世に知らしめた人として認知されているようです。
彼の名は、いつもグルジェフの存在と共に語られるのですが、それは果たして彼の本意だったかどうか...
私には、彼のグルジェフの学徒としてでない、所謂オカルト(より正確な意味での隠秘科学)、神秘思想についての書誌学的な著述家としての方により魅力を感じています。
帰属意識から離れた、独立した精神からの考察がより伝わるからでしょう。
そうした彼の著書で「ターシャム.オルガヌム」と並ぶ代表作「新しい宇宙像」(上下刊.コスモス.ライブラリー)の中で「実験的神秘主義」(下巻収録)の章を興味深く読みました。
彼はそこで、"意識の変容"を求めてある実験を試み、その変容のプロセス、有り様についてそのジャーナリストのような客観的筆致で述べているのです。
ただ、その実験の具体的な手法ーどうやって、そうなったかーについては、言及されていません。
前後の文脈から、又英作家A.ハクスリーがこれを読んで、メスカリン使用による神秘体験を綴った著書「知覚の扉」のヒントを得たらしいところから想像すると、薬物の使用によるものだった可能性は高いと思います。
彼はまず、20世紀初頭のこの種の思想家の多く(特にロシアでは広く浸透していた)がそうだったように、神智学の影響を受けており、その教えに基づく、意識の進化に連なる階層に関する知識から、ひとまずアストラル界への移行を目論んだようです。
ところが、予見に基づく想像でなく"実験"により、彼が目の当たりにしたものは...「かつて読んだり聞いたりした描写に似たものは何もない...アストラル界にどんな意味であれ類似したものは絶対的に存在しないということだった」のです。
そして、そこから意識は「客観と主観の関係が破れる」、「客観的現象は...何の実在性を持たないものに見えた」という、非二元らしき領域へと移行したであろうことを述べているのです。
ここで彼は、この「すべてはつながっており、分離して存在しているものは何もない」世界の有り様を「数学的関係の世界」と分かりずらい形容で述べているのですが、おそらく能動的に思考を働かすことが不可能な、純粋意識の状態のことを言っているのでしょう。
ただ、その状態にあっても彼はいくつか試みようとしていたようなので、まるっきり思考機能が働かない状態でも無かったようです。
又、非二元的な世界の特徴を示しながらも、「人格の二元性が出現した」と述べているように、この変容過程を観察している自己も認識されているのです。
しかしながら、意識がその領域にあったことを神智学で先の階層レベルを表すアルーパ界(メンタル界)にあったとして、「アルーパという世界のみが真に存在」し、「その他のすべての世界は想像の産物だった」としているのは、先の言葉から説得力が感じられません。
ここでは、神智学的理解から切り離して考えるべきではなかったかと思います。
これは、端的に疑うことの出来ないリアリティに触れたということを言い表しているのでしょう。
いずれにしても、この記述は、コリン.ウィルソンが「ウスペンスキーが書いた文章の中で最も興味深いもの」と述べているように、もっと注目され、掘り下げられるべきものがある、と私は思うのですが、彼自身ここ以外で直接触れていないようです。
(この著の主要なテーマと思われる「新しい宇宙像」という本題の通りの長文の章は、私にはサッパリ理解出来ませんでした)
この実験を続けようとしなかったのか、出来なかったのか? 一体何をしていたのか、気になるところではあります。
色々トライしようとしていたのは間違いないでしょうが、何であれ自己の力以外の力を借りていたように思えてなりません。と言っても、ずっと祈り、ゆだねていた訳では無さそうです。
どこまでも彼の態度は冷徹なまでの観察者のそれです。"至福、愛"というものが伝わってこないのもそのためでしょう。
自分の意志でトライし続けるのは断念せざるを得なかったようです。
かれはその消息を「別のアプローチ」に待たなければならないと仄めかして結んでいます。

別のアプローチとは? グルジェフの道か、それとも...気になります...。
コメント (7)
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