人生の裏側

人生は思われた通りでは無い。
人生の裏側の扉が開かれた時、貴方の知らない自分、世界が見えてくる・・・

神の愛の支配

2024-07-11 09:30:53 | 
神は何かは分からない...
いつも言うように、神の実体は分からないのです。
だけど、こうして書いているだけで、私の思いを超えたあるもののことは、ジンジン、アリアリと感じられるのです。
それを言葉で表せるもので、すぐ思い付くものとして、“愛、平安、リアリティ“という風に表しているのですが、それは別々に感じるものでなくて、三位一体というか、分けられないものなのです。これがこの一個なる私からは絶対に出て来る訳がありません。だから、これは神ったことなんです!
この神的なものを一つの属性で表すことなど到底出来ませんが、強いて表せば、私は“愛“を思い浮かべます。
愛があるところ、一個というものは無いのです。だけど、そこには他者性というものが前提になっています。その自他が一つになることが愛のハタラキなのです。それは勿論私と神の関係でもあるのですよ。
しかし、こういうことを未熟な私のこと、四六時中感じている訳では無いのです。そうなったら私は多分ラマナ.マハルシのようになれるでしょう?
もう、忘れる時は簡単に忘れちゃいます(笑)。特にH系に走るとか、短気を起こす時とか(要するにそれが私の弱点なんです)が多いのですが、もう、そうなったら神も仏も無い!(笑)
私と違って真面目な信仰者などが思っているであろうような、それを阻止する力がある訳でも無いし、そのお咎めというものも無いんだから簡単にそうなっちゃうんです(単に道徳心、克己心に欠けるだけなんでしょう?)。
神は万有を支配しているなんて言うけど、私は神に支配されているなんてことは、ほとんど感じていないのです。それを言うなら私は私の思い、欲望に支配されているんだ!
これが簡単に神、愛を忘れるということの全くの裏返しなのです。
ベルジャーエフは「神の力は、赤子よりも無力だ」と言いました。
それくらい、簡単に忘れる、又蹂躙することも出来る!...
だけど、本当は、ホント~には、泣く子、子猫には勝てないのです!
この力は一体何だ?!...それは全ての力学的な力というものを超えたものに違いない!
それに打ち勝つことは勿論、逃れることなど絶対に出来ようはずなど無いではありませんか!
そうなれば、私は私で無くなるだろう!...これは、そのもの無しでは私は実存出来ない、と言っているのですよ!
だから、簡単に忘れることは、簡単に戻ることが出来るという、これ又裏返しがあるのです。
この世界には権力や法の支配など、支配する、される関係というものがあります。
しかし、その根底には支配でない支配、全ての支配を超えた、愛の支配ともいうべきものがハタラいているのを感じずにおれません。
表層に隠れ、感じられなくなったとしても、無くなったのではない、根底に生きているものは、それに立ち帰ることが出来るのです。
神の愛の支配は、けっして廃れたことは無いのです。
神は、何か超絶的な力を持って世界を支配している、と信じ込んでいる人は多いでしょう。
真相は勿論分からないですが、私には、太古の昔、支配力ならぬ愛の支配によって神は世界を治めていたが、ある時代に別なる神(?)が、力の支配を持ってそれを蹂躙し、元の神に取って代わったということがあったように想像されるのです。
神と人間の分離は、その時から始まったのではないか?

ああ、私は何度あなたの愛を裏切り続けたか分からない...
でも、私の中にはしっかり、あなたのハートの文字が刻印されている...
段々鮮明になってゆく...表に顕わになってゆく...
あの御方と一つになれるかどうかは、誰も何ものも強制出来ない!...どこまでも私次第!
それが自由なる愛の掟!...

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« ダンテス愛を語る | トップ | 内なる神と人類 »

コメントを投稿

」カテゴリの最新記事