今日の日曜日も走っていたと思いますが、土曜日に茨城県下館から栃木県茂木(もてぎ)までの真岡(もうか)鉄道の蒸気機関車に乗ってきました。首都圏下で週末に定期運行している貴重な鐵道です。 三月の震災被害で2ヶ月半ほど休止していたようですが、無事再開。急に本物が見たくなりました。
この地域の沿線は、東北本線から水戸線、更に真岡鉄道の益子近辺に入るにつれて屋根を覆ったブルーシートが目立ちます。 棟瓦の落ちている家が大変多いようです。 大谷石で作られた倉庫の継ぎ目がずれているものもありました。 駅員氏の話では真岡駅前の地面が波打っていたとのこと、震度6+だったようです。 列車の名物である小母さん売り子の話では、瓦が間に合わないので修理が出来ないとのことでした。彼女の家はトタンで修理してしまったそうです。
東北大震災に隠れてしまいましたが、関東でも結構被害が出ています。 我が家でも老父の住む家の棟瓦が落ちてしまいましたし、他にもちょこちょこ被害を見つけています。 落ち着いてやっと周囲を見直す余裕が出てきたところです。
ところで、運行していた機関車は期待していたその昔、佐世保線・武雄駅で後押していたC11ではなく ちょっと小型のC12 でした。が、本物であればいいのです。(笑)
下館驛、定時発車、吹き出すドレインの白煙を浴びてギャラリーが喜んでいました。 小さい頃の私もそうでした。 この白煙をかぶり忍者ごっこをしていた記憶があります。白煙に潤滑油が混じっているとも知らないで。(苦笑)
途中真岡駅で長目の停車、給炭する機関士を写しました。前回訪問から3年?経過、当時激しかったドンツクという前後動がだいぶ減って運転技倆が上がっているのを感じます。 しかしながらJR九州人吉号8620の滑らかな運転と比べればまだまだですね。頑張って下さい。
蒸気機関車の動く仕掛けで重要な弁装置です。弓形のリンクから前方に延びるリンク棒の位置が速度調整ギアに相当するもので支点より下、前進フルギアちょい手前にセットされています。フルギアとはシリンダーに蒸気を送り込む蒸気孔を全開するポジションのことです。この位置が支点より上にあると後進するんだと云うことが分かります。 実際は色々バリエーションがあって小難しい話になるので止めておきます。(笑) 国鉄の殆どの機関車で採用されていたのがこのワルシャート弁装置です。80年前の機械がここでも健在でした。
この写真は古いレンズをデジカメに装着したものですが、まずまずの写りでホッとしました。(ズミクロン5cm/f2と90mm/f2)
この沿線の蒸気機関車に乗って感じるのは地震以前より減ったとは云え地元の人が沿線で手を振って歓迎してくれることです。土曜日なのでカメラマンの多いこと、明日はもっと出ることでしょう。
終点の茂木の街はこんな感じの建物が散在していますが、人通りも閑散としており地方の古い町の衰退ぶりを感じてしまいます。犬と一緒に歩道で店番しているおばあさんにちょっとご挨拶しましたがいい雰囲気です。
その様子で分かるように駅前の通りというのに寂しい限りです。その一方で茂木駅からはちょっと離れた道の駅までピストン輸送のバスが出ていますが、これが多分旧市街の衰退の一因でもありそうです。昔からの町並みと新しいアミューズメント地域とをバランスよくコントロールするのは行政ですが、町並みを見るともの足りません。一度壊すと元に戻せない町並みをしっかり守って欲しいと感じる茂木の街です。あちこち空き地とシャッターが降りていて古い町は崩壊一歩手前?
実は食事処に困りました。数年前に仲間と一緒に食べたお店、やっぱり此処しかありません。不味い店ではないのですが、駅前に地元名物料理も並べて欲しいものです。茂木って川魚もあるはずなのに不思議です。
鐵道があって蒸機が走って古い街道があって茂木ツインリンクスと云うモータースポーツの名所も というのに盛り上がらないこと自体不可思議でした。
こんな終着駅風景を見ると途中の益子や真岡におんぶされているだけかも知れないとも思った次第です。勿体ないことです。
帰路は最後尾の席に座り窓を開けて石炭の匂いをたっぷり味わって来ました。おかげさまで立ち上がると石炭の粉や灰がパラパラ落ちるかぶりつきの旅でした。動画も撮れて満足です。周囲に乗客がいなかったので可能でした。(苦笑)(90mmレンズ)
往復蒸機に乗ることにし益子にも降りることなく珍しく酔っ払いの旅にならなかった鐵道旅行でしたけど、なかなか充実した一人旅でした。
やっと遠出する気になったのも気持ちが落ち着いてきたからでしょう。さて草取りも仕事も頑張ろう。(笑)