
平岡の町並を眺めながら進み、家並みが途切れるとトンネルに入る。
丁度その辺りの東方に平岡ダムがあるが、車窓は暗闇が続いている。
一瞬車内に明かりが戻ると期待を持たせるが、直ぐに又トンネル入りで、
こんなことをくり返しながらの車窓は中々楽しむことも出来ない。

地図で確認すると飯田線は、佐久駅を出た辺りからは、蛇行する天竜
川の本流を鉄橋で越えることも無く、ひたすら左岸(東岸)を忠実にな
ぞるように山際に沿って北上する。
それはこの先の千代駅を出た辺りまで続くので、車窓を楽しむならこの
間では、やはり進行方向の左側に席を占めたい。

とは言え線路は、等高線の間隔の詰まったこんな厳しい地勢に敷設さ
れているので、長短幾つものトンネルを抜けることに変わりはない。
それだけに、トンネルが途切れ、目眩ましの後に訪れる、一瞬の開けた
風景は新鮮で、ローカル線の趣を満喫させてくれる。

平岡の町外れで、連れ添ってきた国道は東に逸れ、変わって県道1号
線が天竜川の蛇行に沿って北上する。
左岸を行く鉄道とは反対の右岸に沿った道である。
仲を取り持つのは天竜川ではあるが、そこに架かる橋を車窓からは滅
多に目にすることはない。
たまに橋が見えてくると、やがてそこには駅があり、列車が停車する。

為栗もそんな駅の一つである。
嘗ては川岸に集落も有ったらしいが、平岡ダムの完成で水没し、いまで
は民家らしいものは何も無い。
この駅の乗車人員は極めて少なく、一日平均数人程度という。
多くの場合、駅前には川を跨ぐ橋が架けられているが、この駅には、
自動車で渡ることの出来ない橋しかない。(続)


