昔のことを 懐かしがったり 語りたがるのは 老人の最も老人たるところだと 自嘲もしている。ただ 今 ふっと思い出せた記憶も やがて 思い出すことも 語ることも出来なくなるに違いないと思いつつ 気まぐれ男 M男は 記憶の欠片を 「あの日あの頃」に 書き留めておこう等と 考えてしまった。
先日 M男は 久し振りに 知り合いの女性が営んでいる 「小さな喫茶店」を 訪れた。M男の家からは さほど遠くない町に有る喫茶店なのだが 水曜日、土曜日、日曜日は 休業、通常営業日も 午後1時頃開店し 午後8時頃には 閉店してしまうという なんとも商売っ気の無い営業を かたくなに続けており 昼間 仕事をしているM男等は なかなか 立ち寄ることも難しい喫茶店なのである。
それでも M男は 最近 なんとか 機会を作って 年に数回は 訪れている。
アルコール類は もちろん、ソフトドリンク類、アイスクリームの類も 一切 扱っておらず 「コーヒー専科」。テーブル、カウンター 合わせても 10人程で満席になる 小さな喫茶店であり、当然 彼女一人で切り盛りしている。
店内は 小奇麗で 静かな音楽が流れ、落ち着いた雰囲気が漂っている。
彼女は コーヒーを煎れる作業中のみこそ 真剣な表情だが あとは ゆったり 客と談笑する時間を 楽しんでいる風でもある。
営業日、営業時間の少なさから 来客数、売上げを 心配したくなるところだが 余計なお節介で 彼女は まるで 頓着しない。
話は 飛んでしまうが M男は その「小さな喫茶店」を訪れる都度 懐かしく 思い出すことがある。「純喫茶」である。
昭和30年代後半 M男が学生時代を過ごした地方都市にも やたら 「純喫茶 ◇◇」という看板が 目立っていた。
「純喫茶」とは アルコール類を扱っていない純粋の喫茶店という意味なのだが 今では 「ナニ、それ!」と 言われかねない。死語と化しているのかも知れない。
うろ覚えだが 「白鳥」「プリンス」「田園」「エリーゼ」「ロマンス」「シャモニー」「いこい」等という類の店名が多かったような気がする。
店先まで コーヒーの香りが漂い、店内は やや暗く 茶色系、レトロ、ムーディーな造作、クラシックやジャズのレコード音楽が流れている・・・・、M男には そんなイメージが ずっと残ってしまっている。
青春を謳歌する学生達の溜り場、営業マンの息抜きの場、恋人同士の待ち合わせの場・・・・・。
一杯のコーヒーで 何時間も 語らい合った経験を持つ人は 少なくないはずである。
「純喫茶」は ゆったりした時間を過ごすことが出来る場所であったが 世の中、まだまだ 時間に 余裕が有った時代だった とも言える。
地方では まだ 喫茶店等に入ること自体 「不良(ふりょう)」等という目で見られた時代だったが ちょっぴり 背伸びした若者が 大人ぶって見る場でもあった。
昭和の「純喫茶」的イメージの店は 激減し 今では ファミレス、ファーストフード店、コーヒーチェーン店等 明るく大きな店舗が 主流になっている中、尚 頑張って存在している「純喫茶」的イメージの「小さな喫茶店」情報は うれしいものだ。