「中学生日記より」
「gooブログ」に引っ越してくる前、「OCNブログ人」時代に 一度書き込んだことの有る「中学生日記より」を 改めてリメイクしてみようと思っているところだ。「中学生日記」とは 中学生だった頃のM男が ほんの一時期付けていた日記帳のことで 数年前に実家を解体する際に発見した、ボロボロのゴミ同然の日記帳のこと。土産物の小綺麗な空き箱や包装紙、冠婚葬祭ののし袋に至るまで 廃棄処分するという感覚が無かった父母が、子供達の教科書やノート、通信簿、図画工作作品等も押し入れの奥に詰め込んでいたもので、その中に有った。まさに「タイムカプセル」を開けるが如くの感じで、ページを捲ってみると すっかり喪失してしまっていた記憶が 断片的に炙り出されてくる。まさか 60数年後に、ブログで第三者の目に晒される等とは 当時のM男は想像もしていなかったはずで 下手な文章、下手な文字、誤字脱字多しの日記である。
その13 「腸チフス、パラチフス 予防注射」
昭和30年(1955年)7月14日(木)、天気 晴、
起床 4時40分、就床 8時30分、
1限目、理科、もの(物)はどうしてうくか(浮くか)、たまご(卵)の(で)実験、
2限目、
3限目、
4限目、
5限目、
6限目、
1、県から主事先生が来校した、
市ぜいむしょ(税務署)主事先生も、
2、腸チフス、パラチフスの予防注射、昼(午後)から、
3、ぎおん?で もち(餅)をついた、くばった(配った)、
原山で 百円
帰家 14時半
M男のこの日の起床時刻が 4時40分、就床時刻が 8時30分 とは 今ではとても信じられないこと、随分と 早起き、早寝だったことに驚くばかりだ。
この日、学校には 県の職員等が来校したようで、もしかしたら山村の小さな中学校の実態調査等の類だったのかも知れない。
授業は 1限目で終了し、多分 後は 自習だったのだろう。校長、教頭、はじめ、教師達は お偉いさん達の対応で右往左往していたのだと思う。
午後から 「腸チフス、パラチフスの予防注射」と書いて有る。すっかり忘れていたが 確かに そんな注射が有った。今で言うワクチンだ。
今更になってネットで調べてみると
昭和23年の予防接種法により、当時、痘そう、ジフテリア、腸チフス、パラチフス、百日咳、結核に対して ワクチンの定期接種が実施されていたようで そのひとつ、「腸チフス、パラチフス」のワクチン接種だったようだ。
因みに、結核予防で ツベルクリン反応が陰性の場合 痛い痛いBCGを打たれた記憶は 未だに残っている。
ぎおん?・・全く記憶に残っていなかったが もしかしたら 当時の村落に「祇園」という行事が有って この日に 餅をついたのかも知れない。夏場に餅、冷蔵庫等無かった時代、多分 腐りにくいと言われた笹の葉に来るんだ餅だったと思うが 当時は ついた餅を 近所や親戚に配る(お裾分けする)習慣があり、重箱に詰めた餅を配り歩くのは たいてい子供の役目だった。親に教えられたように「つまらないものですが・・」等と届けると、駄賃として「キャラメル」等をくれる家が多かったが、少し遠い金持ちの叔母(父親の長姉)の家、原山さんからは 100円貰ったと書いて有る。
むかしの日記は思い出の宝ですね。
日常のこまごました出来事が甦ってくるようです。
私にもそんな習慣があったら良かったです。
陽性だと 町の保健所へ行かされ レントゲン検査、陰性だと BCG注射。その意味もあまり分からず 嫌がったものです。
わずか1年半ばかりの期間の日記帳ですが、タイムカプセルを開けるが如しで、当時の情景まで 炙り出でくるようです。
コメントいただき有難うございます。