映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

マイ・ニューヨーク・ダイアリー

2023年01月12日 | 映画(ま行)

サリンジャーとの日々

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原作、ジョアンナ・ラコフさんの自叙伝から。



90年代後半のニューヨーク。

作家を夢見るジョアンナ(マーガレット・クアリー)は、老舗出版エージェントで、
J・D・サリンジャー担当の女性上司マーガレット(シガニー・ウィーバー)の
編集アシスタントとして働き始めます。
そこでジョアンナは、世界中から大量に届くサリンジャーへのファンレターの対応処理に当たることに。
サリンジャーはそのような手紙を一切受け取らないと決めていたので、
極めて紋切り型の事務的返信をして、手紙はシュレッダーにかけるというのがその仕事。
しかし、そんな中には心揺さぶれる手紙もあって、
ジョアンナは規定を破って、個人的に何人かに返事を書いてしまいます・・・。

原題は“My Salinger Year”なので、そちらの方が的確に内容を表わしていると思うのですが、
まあ確かに、そのまま邦題とするのは、わかりにくいでしょうか。

そのころのサリンジャーは、田舎に引きこもり、
外部との連絡をほとんど断って隠遁生活をしていました。
そのような中で、唯一サリンジャーと直接やりとりをする会社というのが、
いかにも希有な体験なわけです。

出版エージェントというのは、日本ではあまり聞きませんが、
作家と出版社をつなぐような役割なんですね。
このような傾向の小説ならどこそこの出版社がいいのでは・・・?
と、紹介したりするわけです。

さて、大ヒットの「ライ麦畑でつかまえて」が出てから何十年も経つのに、
いまだに大量に届くファンレター。
ジョアンナは
「著者の意向で、手紙を本人に届けることはできません。」
など、文例集に従って、返事を書いていたわけです。
けれども妙に心に引っかかる手紙がたまにある。
それに対して、ジョアンナはただの紋切り型の返信で済ますことがつらくなってしまうのですね。

そういうジョアンナは作家志望ながら、この仕事に就いている間は何も書いていません。
上司マーガレットから、「小説なんか書いてもムダ」と
始めに軽くいなされたためもあるのですが、
彼女の中でまだ何かの醸成が足りないようにも思えます。

ニューヨークに来る前に付き合っていた男性とは別れて、
新たな恋人と共に住んだりと、
仕事面ばかりでなく恋愛事情についても、
ジョアンナはこれからの人生の方向性を模索しているようです。

そしてまた、サリンジャー関係の仕事をしているにもかかわらず、
ジョアンナはサリンジャーを読んだことがないというのです!!
彼女がついにそれを読むのは、かなり終盤になってから。
あまりにも多くの人が「すばらしい」というものに
ちょっとためらいが出てしまう、という気持ち、私にも少し分かる気がします。
でもこんなにも長きの間、多くの人に愛されるのには、
やはりそれなりの理由があるのでしょうね。

1人の女性の成長、そして自立の物語。
サリンジャーが素材となっているのも、なんともステキです。

シガニー・ウィーバーの女性上司というのがまた、ナイスなのです。
厳しく、頑固そう。
でも意外と部下のことをよく見ている。
エイリアンと闘ったりしなくても、魅力的であります!!

そして本作の1990年代という時代性。
オフィスに徐々にコンピューターが入り込んでいった時代です。
まだ多くはタイプライター。
マーガレットがデジタルに不信感を持っているので、
ここのオフィスはよそよりコンピューターの導入が遅れているのです。
でもそんな彼女も、ネット検索などの利便性を否定できなくなってくる。

私自身もそんな時代を過ごして来たわけで、妙に懐かしい気がしました。

 

<WOWOW視聴にて>

「マイ・ニューヨーク・ダイアリー」

2020年/アイルランド・カナダ/101分

監督:フィリップ・ファラルドー

原作:ジョアンナ・ラコフ

出演:マーガレット・クアリー、シガニー・ウィーバー、ダグラス・ブーマ、
   ブライアン・F・オバーン、セオドア・ペレリン

時代性★★★★☆

サリンジャーへの興味度★★★★☆

満足度★★★★★


マリー・ミー

2023年01月01日 | 映画(ま行)

格差もなんのその

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世界的歌手・キャット(ジェニファー・ロペス)と
彼女の恋人、音楽界の新星・バスティアン(マルーマ)は、
コンサート中にファンの前で華々しく結婚式を挙げようとしていました。
ところが、その直前にバスティアンの浮気が発覚。

失意の中、キャットはステージ上から、
彼女の新曲名「マリー・ミー」と書いたボードを持っている男性が目に入ります。
キャットは突発的にその男性にプロポーズ。

プロポーズされたのは、ぱっとしない数学教師のチャーリー(オーウェン・ウィルソン)。
彼は友人に誘われてあまり気が進まないままに、このコンサートに来ていたのでした。

スタッフやマスコミ、ファンの混乱の中、2人は会場を逃げ出します。
この話を今さら打ち消すことはできないので、
とりあえず営業上の結婚をそのまま続けてみよう、ということになり・・・。

 

ポップスターと、平凡な子持ちの数学教師のラブストーリー。
多くの人が「ノッティングヒルの恋人」を思い浮かべると思うのですが、
まさしく、それに類するストーリーです。

実際に、ジェニファー・ロペスの歌が楽しめるのも、美味しいところです。

片やあまりにも有名で人気のある歌姫。
もう片や、バツイチの子持ち教師。
まさしく格差カップルですね。
でも互いの立場を取り払って、単に1対1の人間同士と考えてみれば、
当然恋は成り立つはずで・・・。

ま、現実的にはそう簡単ではないわけですが、そこは「映画」の夢の世界。
ちょっとした幸せ気分を味わって、お正月気分を盛り上げるのもいいですね!!

<WOWOW視聴にて>

2022年/アメリカ/112分

監督:カット・コイロ

原作:ボビー・クロスビー

出演:ジェニファー・ロペス、オーウェン・ウィルソン、マルーマ、ジョン・ブラッドリー、
   サラ・シルバーマン、クロエ・コールマン

 

ハッピー度★★★★★

満足度★★★★☆


マークスマン

2022年12月16日 | 映画(ま行)

老人と子どもと犬の鉄板ロードムービー

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かつて海兵隊の狙撃兵だったジム(リーアム・ニーソン)。
今は妻に先立たれ、メキシコ国境付近の町で牧場を営み、愛犬と暮らしています。

ある日、麻薬カルテルの追っ手から逃れようと、メキシコ人母子が国境を越えてきます。
それを見たジムは、母子を助けようとして銃撃戦になってしまいます。
母親は銃撃されてジムの目の前で息を引き取りますが、
その直前、息子ミゲルをシカゴに住む親類の元に送り届けてほしいとジムに頼みます。
自分にも危険が及ぶので、気が進まないながらも、
ミゲルを連れてシカゴへ向かう覚悟を決めたジム。
老人と子供、そして一匹の犬のシカゴへの旅が始まります。
そして、アメリカに不法侵入したカルテルの一味が執拗にジム達の後を追う・・・。

ジムは一味のボスの弟を撃ち殺してしまっていたのです。
ただでさえ凶暴な相手の復讐心を燃え立てさせてしまった。
捕まれば命はない・・・。

今時の麻薬カルテルはハイテクで、
カードの使用履歴からジムの居所は簡単に割り出されてしまう。
一方ジムは、スマホも持っていなくて、雑貨店で地図を買おうとするのです。
たまたま古い売れ残りのものがあって、ただでもらってしまいました。
ミゲルは、スマホがあれば地図なんか要らないのに・・・とややあきれ顔。
しかしこの地図が後に災いを呼ぶ・・・というストーリー立てがなかなかイケています。

また、ジムは最後の最後に自分の身を守るためにと、ミゲルに銃の撃ち方を教えるのです。
本当はこんな子供に銃を持たせるべきではないと、十分に承知しながら。

けれどそれは後に、人を殺すためではなく、銃の扱い方を知るという意味で役に立ちます。
このエピソードもナイスです。

老人と子供と犬って、鉄板の組み合わせですよね。
護るものがあるときのリーアム・ニーソンはとにかく強い!! 
でも彼も不死身ではないというわけか・・・。

お定まりの展開かもしれないけれど、やっぱり面白い。

 

<WOWOW視聴にて>

「マークスマン」

2021年/アメリカ/108分

監督:ロバート・ローレンツ

出演:リーアム・ニーソン、キャサリン・ウィニック、ファン・パブロ・ラバ、ジェイコブ・ペレス

 

ロードムービー度★★★★☆

スリル度★★★★☆

満足度★★★★☆


マトリックス レザレクションズ

2022年11月17日 | 映画(ま行)

生かされていた、ネオとトリニティ

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「マトリックス」の18年ぶりとなるシリーズ新章。
私、見るつもりではありましたが、さほど大ヒットの作品ではなかったので
急がなくともよいと思い、ついに無料で視聴できるまで待ってしまいました。

 

「マトリックス レボリューションズ」のその後の物語となっています。
その時に、ネオもトリニティも死んだはず・・・。
ところが、さすがにその頃より年をとってはいるのですが、2人は生きているのです。

つまりこれは、例によってコンピュータによって作られた仮想現実の世界。

トーマス・アンダーソン(=ネオ)(キアヌ・リーブス)は、
ゲーム・クリエイターの仕事をしており、
かつて「マトリックス」というゲームを大ヒットさせました。
しかし最近はヒット作を作ることができず、どうも少し精神を病んでいる様でもあります。
そんな彼の元へ突然現れた風変わりな女性が、
「この世界はマトリックスだ」と告げますが、
トーマスはすぐには受け入れることができません。

そんなある日、彼はカフェでティファニー(=トリニティ)(キャリー・アン・モス)という女性と出会います。
以前の記憶をすっかり無くしているトーマスですが、
彼女には以前会った気がしてならない。
何か不思議な感情がこみ上げてくるのですが・・・。
ティファニーも同じような思いが芽生えたように見えたのですが、
彼女には夫も子供もいて、2人で親しく話す間もありません。

こんな日常にいよいよ違和感を覚え、
トムはこの仮想現実を逃れ、「現実」の世界へ戻ることを決意。
現実の世界では、以前と同様、ネオはポッドの溶液の中で眠っていたのでした。
そして、トリニティも・・・。

なぜ2人は命を救われてまたここで眠り続けることになったのか、
マシーン側の狙いは・・・?

という風にストーリーは進んでいくのですが、結局私にはよく分かりませんでした。
ぜんぜんマトリックス界を理解できていなかったことが要因だと思います。
中途半端な理解で見ていたら、やっぱりここでの理論もよく分からないということか。

でもまあつまり、「愛は勝つ」といいたいのでしょうね。
なんだかなあ・・・。

なくてもよかった話かも。

<WOWOW視聴にて>

「マトリックス レザレクションズ」

2021年/アメリカ/148分

監督:ラナ・ウォシャウスキー

出演:キアヌ・リーブス、キャリー=アン・モス、ヤーヤ・アブドワル=マティーン2世、
   ジョナサン・グロフ、ジェシカ・ヘンウィック

満足度★★★☆☆


窓辺にて

2022年11月09日 | 映画(ま行)

何かをあきらめるとき

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フリーライターの市川(稲垣吾郎)。
編集者である妻・紗衣(中村ゆり)が、担当している若手人気作家と
浮気していることに気づいていましたが、それを妻に言うことができません。
また、その浮気を知ったときに、自分の中に怒りの感情がわかないことに戸惑っていました。
そんな頃、ある文学賞の授賞式で、
高校生作家・久保留亜(玉城ティナ)と出会った市川。
彼女の受賞作「ラ・フランス」の内容に惹かれ、
その小説にモデルがいるのなら会ってみたいと話します。

何か(それは自分がそれまで大切にしてきた仕事や、
恋愛、結婚生活などいろいろなことに当てはめることができるのですが)を
あきらめるとき、それは自分のためでなく、相手のため・・・。
そんな言葉が胸に残りました。

今のままの状態では、自分も苦しいけれど、相手はもっと悩み苦しむのではないか・・・。
そんな思いが、裏には必ずあるような気がします。

市川は昔小説を書いていて、たった一冊本を出しています。
けれどその後すぐに、もう本は書かないと宣言して、止めてしまいました。
その時の編集者が妻・紗衣。
その過去のたった一冊には、市川のいなくなってしまった恋人のことが書かれていました。
紗衣は、自分と結婚しても、自分のことを何も書こうとしない市川に
ちょっぴり傷ついていたようなのです。
結婚していても、直接は言えないこと、聞けないことも多いですね。

「どうして、たった一作で書くことを止めてしまったのか」
そのことを紗衣は聞けなかったのです。

実はその答えはラストの方にあって、結局市川はもう一冊本を書いたらしい。
それこそが紗衣との結婚生活の結末の答えでもある・・・という、
あまりにもストンと落ちる気がするエンディング、
何やら深い感慨に浸ってしまいました。

自分は妻が浮気しても怒りも感じない、感情の薄い冷たい人間なのだと市川は言う。
でも、なんだかそういうこともあるような気がするのです。
少なくとも私はそれで市川が冷たい人だとは思わない。

この人は、口で色々と表現することは苦手なのだけれど、
きっと「小説」という枠組みのなかで
自分の感情をうまく昇華させることができるのだろうと思います。

この茫洋として感情の起伏が少なそうに見える市川のイメージ、
稲垣吾郎さんにピッタリでした。
今泉力哉監督とのよい出会いであったと思います。

それと、高校生にして文学賞受賞、大人びてみずみずしい感性の持ち主、留亜。
そのカレシというのが金髪の少年。
しかし意外にもこの二人は、純情で純愛の仲であったらしい。
というのがなんとも興味深いです。
若い人は皆ませていて進んでいる・・・というわけではないですよね。

私の推しの若葉竜也さんも出演していますし、
要所要所で深いところの感情が刺激される
私にとっては宝物のような作品でした。

 

<シネマフロンティアにて>

「窓辺にて」

2022年/日本/143分

監督・脚本:今泉力哉

出演:稲垣吾郎、中村ゆり、玉城ティナ、若葉竜也、志田未来、倉悠貴

 

大人の恋愛度★★★★☆

満足度★★★★★

 


ミュジコフィリア

2022年11月07日 | 映画(ま行)

現代音楽に親しむ

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さそうあきらさんの同名音楽漫画の実写映画化。

京都の芸術大学に入学した漆原朔(井ノ脇海)。
ひょんなことから現代音楽研究会に入会します。
彼は子どもの頃からピアノに親しんでいたのですが、
あることから、音楽から遠ざかっていたのです。
なりゆきから不承不承入会したものの、そこには朔が憧れる小夜がいました。
しかし、小夜は朔が音楽から遠ざかる原因となった
異母兄・貴志野大成(山崎育三郎)の恋人でもあるのです。
大成は天才作曲家として世間の注目を浴びる存在。
否応なく朔のコンプレックスが刺激されます。

そんな中、朔は現代音楽研究会の活動を通じて、
一時遠ざかっていた音楽の喜びを取り戻していきます。
朔は子どもの頃からものの形や色が音として頭の中で鳴っていました。
その能力が、現代音楽として表現できることに気づくのです。

 

本作、京都が舞台というのがステキなのです。
古都、京都と現代音楽。
相容れないようでいて、それは実に良く調和する。

冒頭、いきなり朔は現代音楽研究会の実験的試みに引っ張り込まれて、鴨川へ。
そこで川の上に弦を渡して、川面を響体として弦を共鳴させるのだという・・・。
風任せで自然が奏でる音。
彼らは各々そこに様々な音を重ねていく。

「現代音楽」といったら、なんだか前衛的でとんがったイメージがあって、
あまり親しみを感じる気がしなかったのですが、なるほど、こういうのもアリなのか。
一瞬にして私も、こうした「音楽」のファンになってしまいました。

コミックの原作ではなかなかこういうところまではイメージしにくいのではないかと思います。
映画はいいなあ。
そのまま音が伝わる。

天才として注目を浴びる大成も、
名作曲家といわれる亡き彼の父(石丸幹二)に押しつぶされそうになる
という彼なりの苦悩があります。
その同じ父の愛人の息子である朔にとっても、父は憎しみの対象。

現代音楽という背景の中で、彼らの関係性がどう変化していくのか、
そうしたところが見所です。

朔を見守る形になる凪(松本穂香)ガ、独自の立ち位置で
物語を引っ張っていくのもいい感じです。

原作の勝利ですね。

 

<WOWOW視聴にて>

「ミュジコフィリア」

2021年/日本/113分

監督:谷口正晃

原作:さそうあきら

出演:井ノ脇海、松本穂香、山崎育三郎、阿部進之介、石丸幹二、濱田マリ

現代音楽の魅力度★★★★☆

満足度★★★★☆


モーリタニアン 黒塗りの記録

2022年10月19日 | 映画(ま行)

容疑をかけられた時点で、お終い

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実話に基づいています。
モハメドゥ・ウルド・スラヒ「グアンタナモ収容所 地獄からの手記」より。

米国弁護士ナンシー・ホランダー(ジョディ・フォスター)と
テリー・ダンカン(シャイリーン・ウッドリー)は、
モーリタニア人青年、モハメドゥの弁護を引き受けます。
モハメドゥはアメリカ同時多発テロに関与した疑いで逮捕され、
裁判さえ受けられないまま、キューバのグアンタナモ米軍基地で拘禁され続けているのです。
その真相を明らかにするため、調査に乗り出す2人。
やがて明らかになる隠された事実とは・・・?

モーリタニアンとはすなわち、モーリタニア人。
イヤ、そもそもモーリタニアという国がどこにあるのかも知らなかった私。
アフリカの北西部です。
イスラム教の国。
そしてまた、キューバに米軍基地があるというのも、いかにも意外。
なんとも、知らないことばかりでお恥ずかしい・・・。
アメリカは、あの9.11テロの後、なんとしてもその首謀者や実行犯、その他関係者を
あぶり出して処罰しないと気が済まないという状況に陥っていたわけです。
そんなわけで、本作のようなムチャクチャなことが起こる。

容疑が事実かそうでないかは二の次。
容疑をかけられた時点でもうおしまい。
後は拷問で口を割らせるだけ・・・
こんなやり方はこれまでもいろいろな時代にどこでも行われたことは知っているけれど、
それは現代のアメリカも例外ではない、というのがショックです。
正義の国アメリカはそんなことはしない?
いやいや、それこそは幻想に過ぎないわけで。

なんともやりきれない話です。

そんな中で、唯一喝采を送りたくなったのは、
ベネディクト・カンバーバッチ演じるところの軍側の弁護士、スチュアート・カウチ中佐。
彼はモハメドゥに対して拷問や家族に危害を加えるとの脅しを行ったことを知り、
役の継続を放棄します。
というより外されたというべきなのか。
ごくごく少数ではあるけれど、おのれの正義を貫こうとする方もいるものですね。

しかしそれは人生の道を踏み外すことでもあるのだけれど・・・。

 

結局モハメドゥは14年もの間拘禁され続けたのです。
よくぞ生き抜いたものです。
人間は弱いものではあるけれど、強くもあるのですね。

 

<WOWOW視聴にて>

「モーリタニアン 黒塗りの記録」

2021年/イギリス/129分

監督:ケビン・マクドナルド

出演:ジョディ・フォスター、タハール・ラヒム、ザカリー・リーバイ、
   シャイリーン・ウッドリー、ベネディクト・カンバーバッチ

 

人権問題度★★★★★

満足度★★★★☆


岬のマヨイガ

2022年10月08日 | 映画(ま行)

訪れる人を「おもてなし」するマヨイガ

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柏葉幸子さんの同名小説をアニメ化したものです。

岩手県の海沿いの町。
ある事情から家を出た17歳ユイ。
両親を事故で亡くしたショックで声を失った8歳ひより。
この行き場のない二人が、震災の避難所で出会います。
そして、そこへ現れた不思議なおばあちゃん・キワさんと出会い、
岬に建つ古民家「マヨイガ」で暮らすことに。

「マヨイガ」とは、 “訪れた人をもてなす”という岩手県に伝わる伝説の家。
マヨイガとキワさんの温もりに触れて、二人の傷ついた心は解きほぐされていきます。
そんな頃に、「ふしぎっと」と呼ばれる奇妙な妖怪達がキワさんを訪ねてやって来ます。
なにか、大きな災いがこの町に迫っているらしい・・・。

 

海を見おろす断崖の上に立つこの古民家。
見かけはいかにも古めかしいけれど、中はおしゃれで使いやすいようにリノベされています。
眠くなるとすでに部屋には布団が敷いてあったり、
水が飲みたいと思えばコップに水が用意されていたり。
できすぎでは?と思うほどに気の利く、おもてなし精神にあふれた家。
なんだかこちらの精神が堕落してしまいそうですが、
おそらくそういう人にはこの家は見えないのかも。
真面目で一生懸命で、それなのに報われずつらい目にあっている、
そういう人にこそ出現する癒やしの家なのかも知れません。

このようなことに熟知し、古来の妖怪達とも親しく行き来するキワさんは、
和製の「魔女」とでも言うべき存在なのでしょう。
その声が大竹しのぶさんというのも、雰囲気ピッタリです。

彼女の語る「言い伝え」のパーツのアニメが、
迫力に満ちていて素晴らしかった!!

さて、そんな伝承の中で語られていた恐ろしい怪物が、
今、蘇ろうとしていることが分かってきます。
その怪物は、人々の不安や哀しみ、苦しみを飲み込んで成長していくという。
この大震災直後の岩手で、怪物のエサとなるものはいくらでもある・・・。
この筋立てには大いに納得させられます。

また本作が遠野のある岩手県を舞台としていることにも意味があって、
とても奥深い物語になっています。

ユイはこんなマヨイガの楽ちん生活に埋没せず、すぐにバイトを探して働き始めるし、
言葉を発することができないひよりちゃんをいじめる子どもたちも登場しない。
こうしたいわば定石を外したストーリーが、私には実に心地よく感じました。

一見の価値ありのアニメです。

<WOWOW視聴にて>

「岬のマヨイガ」

2021年/日本/105分

監督:川面真也

原作:柏葉幸子

出演(声):芦田愛菜、粟野咲莉、伊達みきお、宮澤たけし、大竹しのぶ

 

伝承の日本度★★★★★

満足度★★★★★

 


メインストリーム

2022年08月17日 | 映画(ま行)

媚薬のようなSNSいいね

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ロサンゼルスに住むフランキー(マヤ・ホーク)はYouTubeを公開しつつ、
さびれたバーで働いています。
ある日、天才的話術を持つ風変わりな男・リンク(アンドリュー・ガーフィールド)と出会います。
フランキーは、作家志望の友人・ジェイク(ナット・ウルフ)も巻き込み、
本格的に動画作成を始めます。

破天荒でシニカルなリンクの活動を追った動画で、再生数はうなぎ登り。
彼らは一躍人気YouTuberに。
しかし絶頂期は長くは続きません。
そんな焦りが、いつしかリンクの人格を蝕んでいきます・・・。

はじめリンクはスマホさえも持たず、SNSなど気にもかけない人物でした。
そんなことから、彼らのチャンネルのテーマは
“SNSなんかに没頭するな”と言うことだったのです。

それをSNSで発信するというのが、そもそも大きな矛盾をはらんでいるわけなのですが。
そんなリンクなのに、次第に人気が出て注目を浴びるようになると、
自身がその蠱惑的な麻薬に溺れていく・・・。
元々センセーショナルな言動をする男だったけれど、
一層過激になり狂気をはらんでいきます。

アンドリュー・ガーフィールドはこうした自己肥大的な人物をやらせると
ピカイチのような気がします。

 

作中最もまともな神経の持ち主・ジェイクは、フランキーのことが好きだったのですが、
フランキーはジェイクと愛し合っていることを知り、
身を引き、YouTubeのチームからも離れていきます。
ホント、実にマトモ。
しかし、まともな人物は実はつまらないと暗に言っているようでもある・・・。

SNSでバズるというのは一体どういうことなんだろう。
時には立ち止まって考えてみてもいいのかも知れません。

 

<WOWOW視聴にて>

「メインストリーム」

2021年/アメリカ/94分

監督:ジア・コッポラ

出演:アンドリュー・ガーフィールド、マヤ・ホーク、ナット・ウルフ、ジョニー・ノックスビル

 

狂気度★★★★☆

満足度★★★☆☆

 


ムーンフォール

2022年08月09日 | 映画(ま行)

いや、もうこれ、一巻の終わりでしょ

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Amazon prime video 独占配信中のSF超大作。

 

原因不明の力によって、月が本来の軌道からそれ、
あと数週間で地球に激突するという恐るべき事実が判明します。

地球と月を救うため、NASA副長官ジョー・ファウラー(ハル・ベリー)、
かつて一流の宇宙飛行士だったブライアン・ハーパー(パトリック・ウィルソン)、
天文学博士を自称するKC・ハウスマン(ジョン・ブラッドリー)の3名が宇宙船に乗り込み、月へ向けて出発しますが・・・。

月が地球上に落ちてきて衝突!! 
なんとも衝撃的なストーリー。
月の重力の影響で、大津波が発生、地殻変動が活発化し、しまいには空気も薄くなってくる・・・!?
大災害の映像もなかなか壮大に描写されていて、迫力がありました。

そもそも実際にこんなことがあったら、人類は滅亡するに違いない・・・。
だって、地球に激突した巨大隕石で恐竜さえ絶滅したわけなのだから。
軍隊は、核ミサイルで月を破壊し粉々にしてしまおうと計画を練りますが、
それとは別にジョーらの行動があるわけです。

 

この3人というのがユニーク。

ジョー・ファウラーはまさにエリートです。
かつてブライアンとも組んで宇宙飛行をしたこともありますが、
その時に事故で一名が亡くなっています。

ブライアンは、実はその時月面に不審なものを目撃したのですが、
誰も信じてくれず、仲間をみすみす死なせてしまったことに責任を感じて仕事を退いたのでした。



そして、ハウスマンは、宇宙飛行士になるのが子どもの頃の夢ではありました。
しかし、ごく初歩段階から挫折。
頭は良くて月の軌道がずれていることにいち早く気づいたりはするのですが、
実のところは単なるフリーターで、ほとんど宇宙オタク的な人物でしかないのです。

このちょっとへんてこな3人トリオが、月の内部、奥深くに侵入していく。
そこで見たものとは・・・!!

 

彼らが宇宙へ赴くのは、今はもう使われていないスペースシャトルのエンデバー号。
その機体は落書きだらけというのも、なんだかシャレているのです。

一方地球上では、今にもぶつかりそうに接近している月の影響による危機から
なんとか生き延びようとするジョーとブライアンの家族たちの物語が展開しています。

ガチガチのSFというのではなくて、ちょっとユーモアが漂っている辺りもステキでした。
ローランド・エメリッヒ監督のこんな壮大な作品が、
Amazon prime video独占だなんて、もったいない・・・。
劇場の大画面で見たかった気もします。

 

<Amazon prime videoにて>

「ムーンフォール」

2022年/アメリカ・イギリス/130分

監督:ローランド・エメリッヒ

出演:ハル・ベリー、パトリック・ウィルソン、ジョン・ブラッドリー、マイケル・ペーニャ、チャーリー・プラマー

 

地球の危機度★★★★★

迫力描写度★★★★☆

満足度★★★★☆

 


マイ・ダディ

2022年07月01日 | 映画(ま行)

それでも信仰を保てるか?

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小さな教会で牧師を務める御堂一男(ムロツヨシ)。
8年前に妻(奈緖)に先立たれ、
中学生になる一人娘のひかり(中田乃愛)を男手一つで育ててきました。
思春期に入ったひかりは扱いにくくなっては来ましたが、それでも穏やかな日々。

牧師としての収入だけでは不足のため、ガソリンスタンドでバイトをする一男ですが、
優しく穏やか、周囲の人々から慕われています。
しかしある時、娘ひかりが病に冒され、
そのことから思いがけない事実が発覚します・・・。

最愛の妻、最愛の娘。
そのつながりが根底から覆されてしまうような恐ろしい事実。
神を最も信じているはずの一男には、つらすぎること。
それでも一男は信仰を保つことができるのか。
さあ、どうする・・・?!

一男が牧師でなくとも十分につらいことなのですが、
彼が牧師であることで一層問題が深まります。

映画では、妻・江津子の事情も描かれていて、割と納得できるのですが、
何分にもすでに亡くなっている妻は、一男に事情を説明することができない。
なんとも切ないですねえ・・・。

どうにもならない感情を抑え込むムロツヨシさんの演技が圧巻です。
江津子の元カレであるヒロ(毎熊克哉)がマジでクズ男なのが、
しょうもないけどなんだかちょっとおかしい。

探偵役で登場する小栗旬さんもナイスでした。

<WOWOW視聴にて>

「マイ・ダディ」

2021年/日本/116分

監督:金井純一

出演:ムロツヨシ、中田乃愛、奈緒、毎熊克哉、小栗旬

 

切ない事情度★★★★★

満足度★★★★★


真夜中乙女戦争

2022年05月15日 | 映画(ま行)

絶望の中の光

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はい、永瀬廉さん目当てに見たミーハー視聴です。
でもこれ、全然アイドル映画ではありません。

上京し一人暮らしを始めた大学生の“私”(永瀬廉)。
友だちも恋人もできず、鬱屈した毎日。

何気なく「かくれんぼ同好会」の募集が気になり、入会します。
そしてそこで出会った聡明でちょっと冷たい感じのする“先輩”(池田エライザ)に惹かれていきます。

そしてまた“私”は、謎の男“黒服”(柄本佑)とも出会う。
“黒服”は、生きることは無意味と考え、社会への反逆を実行していきます。
“私”もそんな彼の思想に同調していきますが、
圧倒的カリスマ性を持つ“黒服”には他にも付き従うメンバーが増えていき、
次第に大きな組織になっていきます。
始めはほんのいたずら程度のものだったのが、
やがて「東京破壊計画」すなわち“真夜中乙女戦争”を目指すようになっていく・・・。

大学の一コマの講義は計算すると3000円。
だからそれだけの価値のある講義をしてくれないと困る、と教師に詰め寄る“私”。
経済的に厳しいところを、バイトをしながら学ぼうとする“私”は、
しかし、講義にも友人関係にも何も希望が見いだせない。
大学生活どころか自分のこの先の人生までもが絶望的に退屈で、
しかも底辺から抜け出せないように思われる。
そんな彼が“黒服”に傾倒していくのは当然のように思われます。
けれど、そんな暗黒の思想に真っ正面から立ち向かおうとするのが、“先輩”なんですね。

彼女自身、決して無垢な正義の味方ではない。
むしろ人よりも世界を斜めに見ているようでもあるのですが、
でもまっすぐに生きようとしている。
そんなまっとうさから、“私”は、目をそらすことができない・・・。

何やら不思議なムードのある作品です。
柄本佑さんの、ほの暗い感じも悪くないですね。

 

<Amazon prime videoにて>

「真夜中乙女戦争」

2022年/日本/113分

監督・脚本:二宮健

原作:F

出演:永瀬廉、池田エライザ、柄本佑、篠原悠伸、安藤彰則、山口まゆ

 

虚無感度★★★☆☆

満足度★★★☆☆

 


モロッコ 彼女たちの朝

2022年05月08日 | 映画(ま行)

女の敵は女

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マリヤム・トゥザニ監督が過去に家族で世話した
未婚の妊婦との想い出を元に作られた作品とのこと。

モロッコが舞台です。
臨月のお腹を抱え、カサブランカの路地をさまようサミア。
イスラム社会では未婚の母はタブー視され、
美容師の仕事も住居も失い、行き場がなくなってしまったのです。

そんな彼女が、小さなパン屋を営むアブラと出会い、彼女の家に招き入れられます。
アブラも決してサミアを温かく迎えたというわけではなくて、
見るに見かねてやむなくという所ではあったのですが。

アブラは夫を事故で亡くし、娘と二人暮らし。
好きな歌も踊りも化粧も、女としての喜びを心の奥にしまい込んで働き続けていたのでした。

サミアは意外にもパン作りが得意で、
次第にむしろサミアがアブラを支えるような関係に変化していきます。
そして、もっと人生を楽しんでもいいのではないかと、アブラに気づかせていく・・・。

そしてやがて、サミアの出産の時がくる。

 

困難な状況にありながら、やがて生まれてくる命を慈しむ女性の心が
美しく、そしてたくましく描かれます。

本作中、登場するのは女性ばかりです。
男性で登場するのは、アブラに気があるようで何かと面倒を見たがる男と、
共同の窯でパン焼きをする男のみ。
彼は、妊娠中のサミアをみて、座って待つようにと椅子を勧めます。
他に待っていた女たちは
「ふしだらな女を座らせて私たちは立たせておくのかい」
とイヤミを言うのですが。

サミアをクビにした美容室店長も女。
職を求めてさまようサミアを追い払ったのも女。
この社会の中で、女の敵はむしろ女。
未婚の母をタブーとするような意識を
女こそがまず変えなければならないのではないかと、監督は言いたいのかも。
だって、そうした女性の気持ちが分かるのはやっぱり女なのだから・・・。

しかし社会はどうしても偏見に満ちていて、
当の本人が蔑まれたり差別されたりするのは我慢できるとしても、
生まれて来る子どもにはなんの責任もないこと。
そこでサミアは大きな決断をするのです。

なんにしても、若い女性の生きようとする力はすがすがしいものです。

シングルマザー、今や多くの地域ではほとんど当たり前のようなことになっていますが、
そうではないところもまだまだ多いということですね。
戦争とか平和の概念と同じく、女性の社会的地位についても、
日本の当たり前は世界では通じない。
世界を知ることは大切です。

 

作中に、ルジザというモロッコ伝統のパン(?)が出てきます。
麺のように細く長く伸ばしたパン生地を束ねて焼くようです。
これ、食べてみたい!!

 

<WOWOW視聴にて>

「モロッコ 彼女たちの朝」

2019年/モロッコ、フランス、ベルギー/101分

監督・脚本:マリヤム・トゥザニ

出演:ルブナ・アザバル、ニスリン・エラディ

 

世界認識度★★★★★

満足度★★★★.5


Mr.ノーバディ

2022年04月04日 | 映画(ま行)

解き放たれたオオカミ

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郊外にある自宅と職場の金型工場を、路線バスで往復するだけの単調な毎日を送る、
平凡でさえない男、ハッチ(ボブ・オデンカーク)。
ある夜、家に強盗が入るのですが、ハッチは暴力を恐れ、反撃をすることもできませんでした。
そのため、家族にも失望されてしまいます。

そんな理不尽さに、思いがくすぶるハッチですが、
路線バスで出会ったチンピラたちの挑発が引き金となり、ついに怒りを爆発させます。
そしてその中にマフィアのボスの弟がいたことから、
ハッチは武装集団を相手に常軌を逸した激しい闘いを繰り広げることに・・・。

臆病でさえない男・・・、と見せかけて実は!!
ハッチは以前、誰からも恐れられる戦闘のスペシャリストだったのです。
穏やかな家庭生活を送りたいとの気持ちが強くなり、
引退して羊の皮を被っておとなしく過ごしていたのです。
しかし、バスの中の乱闘で、彼の闘争心が蘇る。
いや、闘争心というよりはただの凶暴な殺人者というべきかも。
相手が「悪」の存在であるというだけで。

ここで言う正義がどこまで正当なのか、まあ、本作はそこまで考える作品ではないのですけれど。
単純に暴力や殺戮を「ドラマ」として楽しんでしまえ、
という乱暴な作品であります。
などと言えば眉をひそめたくなる方もいるでしょうか。
そうそう、あの「キル・ビル」的、残酷さを滑稽さに変えてしまおうという・・・。
私は特に好きとは思わないけれど、確かに面白さはあると思います。

一番始め、バスの中でさていよいよ実力発揮!かと思えば
彼は最初ボコボコにやられていました。
ちょっとエンジンがかかるのがゆっくりだったようですが、
まあ、次第に調子を取り戻し、凶暴さを発揮していきます。

小さくまとまるな。
本来の自分を解き放て。
そういうメッセージでもあるかな・・・?

<WOWOW視聴にて>

「Mr.ノーバディ」

2020年/アメリカ/92分

監督: イリヤ・ナイシュラー

出演:ボブ・オデンカーク、コニー・ニールセン、RZA、アレクセイ・セレブリャコフ

 

凶暴度★★★★☆

満足度★★★☆☆

 


水を抱く女

2022年03月02日 | 映画(ま行)

ウンディーネ、命をかけた恋

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水の精・ウンディーネの神話をモチーフとしています。

ベルリンの都市開発を研究するウンディーネ(パウラ・ベーア)は、
博物館でガイドとして働いています。
そんな彼女がある日、恋人ヨハネスから別れ話を告げられ、
「私を捨てるなら、殺す」と、強いまなざしで男を見据えるのです。
こんな強烈な場面から始まる本作。

ところがそのすぐ後、彼女は潜水作業員のクリストフ(フランツ・ロゴフスキ)と出会い、
恋に落ちるのです。
ウンディーネはこの恋に満ち足りたはずなのですが、
でも心の片隅にヨハネスへの心残りがまだくすぶっているようで・・・

「殺す」とまで言い放った情感は、そう簡単には打ち消すことができないのかも知れません。
神話のウンディーネは人間の男の愛によって魂を得るのですが、
男に裏切られ、男を殺して水中へ帰って行くのです。
「人魚姫」の童話も、この話が大もとなのかも知れませんね。

本作のウンディーネは結局誰を見捨て、誰を救おうとするのか、
そして自身はどこへ行くのか。

しっかり現代の街並みを描きつつもどこか幻想的。
独特な雰囲気を持った作品です。
ベルリンの街の模型のある博物館もいいですね。

そうそう、クリストフが溺れたウンディーネに心臓マッサージをするときに、
「スティン・アライヴ」を歌うシーンがあります。
救命講習でそのようにならった、と。
実は私も講習を受けたことがあるのですが、
講師は「もしもし亀よ」がいい、と言っていました。
そのリズムと回数がちょうどいい、ということで。
さすがヨーロッパ、「もしもし亀よ」より
「スティン・アライヴ」の方がカッコイイですよねえ・・・。

 

<WOWOW視聴にて>

「水を抱く女」

2020年/ドイツ・フランス/90分

監督・脚本:クリスティアン・ペッツオルト

出演:パウラ・ベーア、フランツ・ロゴフスキ、マリアム・ザリー、ヤコブ・マッチェンツ、

   アネ・ラテ=ポレ

 

女の情念度★★★★★

幻想性★★★★☆

満足度★★★★☆