「孤宿の人(上・下)」 宮部みゆき 新人物ノベルス
宮部みゆきの時代物です。
この話は江戸ではなくて、讃岐の丸海(まるみ)藩というところが舞台。(丸海藩は宮部氏の創作です。)
北を瀬戸内海に面し、南を山に囲まれた、滋味豊かな自然に恵まれた郷、とあります。
ここに、江戸から一人の罪人が護送されて来ることになった。
それは幕府のかなりの要人でありながら、
自分の妻子や役人数名を切り殺してしまったという大罪。
周りからも敬われていた優秀な人物だったはずが、なぜそのようなことをしてしまったのかは、黙して語らず・・・。
始末に困った幕府は、罪人としての預かりを丸海藩に押し付けてきた。
つまり、島流し、という奴ですね。
しかし、藩にとってみれば、これはかなり厄介なことなのです。
罪人とはいえ、相当位の高い人なので、そう適当には扱えない。
もし、何らかの粗相が江戸に伝われば、藩のとり潰しにもつながりかねない。
むしろ幕府は、それを狙っている節さえある。
丸海の人々は、この罪人加賀様は、鬼に取り付かれているに違いないと噂し、
何かよくないことがおこるのではないかと案じている。
さて、一方ここに一人の少女が登場します。
名前は”ほう”。
ちょっと頭の回らないところがあって、
人からは阿呆の”ほう”だといわれ、自分でもそう思っている。
”ほう”は不幸な生い立ちの末、江戸からはるばるこの丸海につれてこられた挙句、置き去りにされてしまったという悲惨な身の上。
しかし、この町の藩医の家に拾われ、おそらく生まれてはじめての安らかな日々を過ごしている。
この”ほう”が、加賀様の籠もっている涸滝屋敷に下女として奉公することになるのです。
それでも、普通なら、このような下女が加賀様と直接会うなどということは絶対にないはずのことでした。
ところが、ある事件により、ほうは加賀様に対面します。
”ほう”も、村の人々と同様、加賀様を鬼のような人と思っていたのですが・・・。
まあ、これが一応中心のストーリーといえると思いますが、
他にもいろいろな登場人物がいろいろな事件、情景を紡いでいて、
大変読み応えのある内容となっています。
そもそも、ストーリーの序盤に、
ほうが慕っている大変気立ての優しい琴江が毒殺されてしまう、
というショッキングな出来事があって、度肝を抜きます。
いろいろ魅力的な人たちがいまして、
町役所の同心、渡部。
女だてらに町廻り同心の手伝いをしている宇佐。
しかし、作者は、彼、彼女にも、過酷な運命を用意しています。
本当に、先の予測がつかない展開で、びっくりさせられ通し。
この”ほう”が、まさに、純真無垢といいましょうか、けなげで真摯で働き者で・・・。
幾度ほろりとさせられたことか・・・。
何しろ、働かなければご飯を食べてはいけないと思い込んでいたりするのは、
誰かさんに爪の垢をせんじて飲ませたいくらいですね。
・・・だから、誰もが気にして、優しくしたくなる・・・。
人の善意を汲み出すのも、才能の一つかもしれない、なんて思ったりします。
鬼。
人智の及ばない強大な力を持った何か。
その力が良い方に向けば神だし、
悪い方に向けば鬼とか、魔とか、呼ぶのでしょうね。
その良し悪しというのも、私たちの見る目で変わる。
神も鬼も実は紙一重なんですね。
・・・そんなことも語っています。
実はこの話のモデルは、讃岐の丸亀藩で、
幕末の幕臣鳥居耀蔵が実際罰をうけて流されたのだとか。
と、言われてもぜんぜんピンとこない歴史音痴の私、残念でした・・・。
でも、この本は面白かったなあ。
近頃私は、宮部みゆき作品は時代物の方が好きです。
満足度★★★★★