映画と本の『たんぽぽ館』

映画と本を味わう『たんぽぽ館』。新旧ジャンルを問わず。さて、今日は何をいただきましょうか? 

少年H

2014年06月03日 | 映画(さ行)
貴重な物語



* * * * * * * * * *

作家妹尾河童の自伝的小説の映画化です。
ちょうど太平洋戦争の前後、激動の日本の世情を背景としています。
いえ、背景ではなくてその頃の世情そのものといったほうがいいでしょう。
神戸に住むある家族が、どのようにしてその時期を乗り切ったのか、
そのことが描かれています。



少年“H”は主人公肇の呼び名。
彼のイニシャルですね。
母がセーターにそのイニシャルを刺繍してくれたのです。

肇の父(水谷豊)は洋服屋。
神戸に住む外人たちの服を仕立てたりもするので、外国人とも交流があり、
そんなところから通常よりも“世界”をよく知っているリベラルな精神の持ち主。
しかし昭和16年。
アメリカとの開戦で、どんどん庶民の生活もおかしな方向へ流れ始めます。
キリスト教を信仰している一家は、
たまたま米国からの絵葉書を持っていただけでスパイ呼ばわり。
父は日本の状況を俯瞰しているかのようにしっかり見極めていますが、
決してそれについて声高に反対したりはしません。
それは家族の生活がかかっているからです。
こんな時代は長くは続かない。
とにかく耐え忍ぼう。
父は肇に日本の状況をしっかりと話しますが、
そのことを他言しないようにと教えることも忘れません。



このように流されることは、弱いことかもしれませんが、
まずは生きていくことを第一としたのは当然のこと。
本作は少年の目を通すことで、
この時代の理解し難い状況を描き出すことに成功していると思います。
赤狩りのこと、嫌がらせのような徴兵のこと・・・、
そんなことに口をつぐんだり、喝采したりする大人たちへの疑問。
また前後のそうした大人たちの呆れるような変節。
このような大人たちの社会に巻き込まれるしかなかった“子ども”の視点が、
現在の私達の視点に重なります。



大変貴重な物語でした。
ナチス・ドイツから逃れ、神戸までたどり着いたユダヤ人たちのエピソードには泣かされました。
ドイツと同盟を結んでいる日本には長くいられず、
更にまた旅をしてパレスチナまで行くのだという・・・



単なるフィクションではなく、現実が下敷きとなっているところを
しっかりと受け止めたいと思います。

少年H DVD(2枚組)
水谷豊,伊藤 蘭,吉岡竜輝,花田優里音,小栗 旬
東宝


「少年H」

2013年/日本/122分
監督:降旗康男
出演:水谷豊、伊藤蘭、吉岡竜輝、花田優里音、小栗旬
歴史再現度★★★★★
満足度★★★★☆