反社会性だけではない
翻訳夜話2 サリンジャー戦記 (文春新書) | |
村上 春樹,柴田 元幸 | |
文藝春秋 |
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サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』の新訳を果たした村上春樹が、
翻訳仲間の柴田元幸と共にその魅力、謎、すべてを語り尽くす。
ホールデン少年が語りかける「君」とはいったい誰なのか?
村上が小説の魔術(マジック)を明かせば、
柴田はホールデン語で、アメリカ文学の流れのなかの『キャッチャー』を語ってのける。
永遠の青春文学の怖さ、ほんとうの面白さがわかる決定版です。
「幻の訳者解説」併録。
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先に村上春樹さんによる翻訳の、サリンジャー『キャッチャー・イン・ザ・ライ』を読んだのですが、
本当はそこに載せるはずだった「解説」が
契約の都合で載せられなくなったということが書いてありました。
ぜひ読みたかったと思っていたのですが、
この本に載っていることを知り、早速手に取りました。
その「幻の訳者解説」部分には、サリンジャーの生涯についてが触れられていまして、
私は、映画「ライ麦畑の反逆児」を見ていたので、
それほど目新しい話ではありませんでしたけれど・・・。
それと、1980年ジョン・レノンの殺害犯、及び1981年レーガン大統領狙撃犯が、
それぞれ「キャッチャー・イン・ザ・ライ」を愛読していた件にも触れています。
それにより本作の「反社会性」を取り沙汰されることも多々あるわけですが・・・。
本作、「翻訳夜話」ではありますが、翻訳上のことのみならず、
内容についてもたっぷり深い話をしてくれています。
そんな中で村上春樹氏は言う。
本作は高校生の男の子が若者的に純粋で社会の偽善性のようなものと闘うとか、
大人の価値観に刃向かって苦しんだり悩むストーリーととらえられることが多いようなのだけれど、
本当はこの小説の中心的な意味合いはホールデンの内面的葛藤というか、
「自己存在をどこにもっていくか」という個人的な闘いぶりにあったのではないかーーー。
全く同感です。
少なくとも村上春樹さん訳ではそういう方向性を大事にしていると思う・・・。
だから、本作に刺激されて暴挙に出るような若者は、
この本を本当にわかっていないのでは・・・などと思う次第。
まあ、人は文章を自分の都合のいいように読むものですけれど。
それから、本作の中で私も謎に思っていたアントリーニ先生のこと。
ホールデンはニューヨークをあちこちさまよい歩いた挙げ句、
ようやくただ一人信頼できそうなアントリーニ先生の家にたどり着きます。
ところが、夜中に目を覚ますと先生がホールデンの頭をなでている・・・。
ホールデンは先生を同性愛者だと思い、すぐにそこから逃げ出すのです。
本当に先生は同性愛者だったのか・・・?
頭をなでていただけなので、ホールデンの早とちりというか自意識過剰とも思われますが・・・。
そこのところは村上氏、柴田氏共にやはり文章中だけではわからない、と・・・。
残念。
ただ村上氏は、
アントリーニ先生はホールデンを彼の考えている有効なシステムの中にあてはめていこうとしている。
しかしホールデンは自分のあり方をそのまま理解してほしいと思っている。
そのすれ違い感の結果ではないか、
といっています。
そしてもう一つ。
作中でホールデンが呼びかけている「君」とは誰なのか。
それについては、
本当はどこかにいるはずのだけれどどこにもいない友だち。
感覚や価値観を共有する友だち。
・・・でも実は彼の頭の中にしかいない友だち。
もう一人の自分、とも言えるか。
いろいろな読み方ができるものですね。
もう一度読みたくなりました。
図書館蔵書にて
「翻訳夜話2 サリンジャー戦記」村上春樹・柴田元幸 文春新書
満足度★★★★.5